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検索対象: 日本書紀はなにを隠してきたか

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日本書紀はなにを隠してきたか


【 第 四 章 】 知 ら れ ざ る 古 代 女 帝 の 時 代

日本書紀はなにを隠してきたか


壬 申 の 乱 は 天 智 系 天 武 系 の 戦 争 で は な い ク 古 代 天 皇 制 4 誕 生 を 見 据 え た 大 海 人 皇 子 の 戦 略 第 四 章 知 ら れ ざ る 古 代 女 帝 の 時 代 激 動 の 七 世 紀 に 誕 生 し た 女 帝 時 代 「 未 完 の 王 権 ー ー ー 皇 極 ・ 斉 明 女 帝 の 政 治 的 生 涯 第 五 章 古 代 史 の 「 通 説 」 を 疑 う 「 白 村 江 」 敗 北 の 原 因 ー ー 本 当 に 唐 の 軍 事 力 の 前 に 屈 し た の か ? 「 蘇 我 ・ 物 部 戦 争 ー は 宗 教 戦 争 だ っ た の か 倭 王 の 系 譜 と 江 上 波 夫 の 「 騎 馬 民 族 渡 来 説 ー へ の 疑 問 卑 弥 呼 は 個 人 名 に あ ら す 根 拠 に 乏 し い 『 帝 紀 』 『 旧 辞 』 の 成 立 年 代 196 176 152

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◆ 初 出 一 覧 ( 原 題 ) 第 一 章 古 代 律 令 政 治 の パ イ オ ニ ア ・ 聖 徳 太 子 の 実 像 聖 徳 太 子 即 位 ・ 非 即 位 問 題 ・ 『 隋 書 』 倭 国 伝 は 根 拠 に な る か ( 『 歴 史 読 本 」 一 九 九 六 年 四 月 号 ・ 新 人 物 往 来 社 ) 聖 徳 太 子 虚 構 説 へ の 疑 問 ( 『 東 ア ジ ア の 古 代 文 化 』 一 〇 二 号 ・ 二 〇 〇 〇 年 ・ 大 和 書 房 ) 第 ニ 章 「 大 化 改 新 」 は 本 当 に あ っ た の か ? 大 化 改 新 の 謎 ・ ク ー デ タ ー の 真 の 首 謀 者 は 誰 か ? ( 別 冊 歴 史 読 本 ・ 最 前 線 シ リ ー ズ 「 日 本 古 代 史 〔 謎 〕 の 最 前 線 』 一 九 九 五 年 ・ 新 人 物 往 来 社 ) 蘇 我 氏 と 大 化 改 新 ( 『 東 ア ジ ア の 古 代 文 化 』 七 二 号 ・ 一 九 九 一 一 年 ・ 大 和 書 房 ) 蘇 我 入 鹿 を 殺 し た 男 ( 『 エ ッ セ イ で 楽 し む 日 本 の 歴 史 』 ( 上 ) ・ 一 九 九 三 年 ・ 文 藝 春 秋 ) 第 三 章 「 壬 申 の 乱 」 勃 発 の 謎 壬 申 の 乱 ・ 天 智 系 と 天 武 系 対 立 の 真 相 ( 『 歴 史 と 旅 』 一 九 九 三 年 十 月 号 ・ 秋 田 書 店 ) 壬 申 の 乱 、 大 海 人 皇 子 の 戦 略 ( 別 冊 歴 史 読 本 ・ 最 前 線 シ リ ー ズ 「 日 本 古 代 史 〔 争 乱 〕 の 最 前 線 』 一 九 九 八 年 ・ 新 人 物 往 来 社 ) 第 四 章 知 ら れ ざ る 古 代 女 帝 の 時 代 激 動 の 七 世 紀 、 揺 れ 動 く 王 権 継 承 の 原 理 ( 別 冊 歴 史 読 本 ・ 最 前 線 シ リ ー ズ 『 日 本 古 代 史 〔 謎 〕 の 最 前 線 』 一 九 九 五 年 ・ 新 人 物 往 来 社 ) 252

日本書紀はなにを隠してきたか


第 六 章 古 代 有 名 氏 族 の 興 亡 史 石 舞 台 古 犢 225

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第 四 章 知 ら れ ざ る 古 代 女 帝 の 時 代 奈 良 県 明 日 香 村 で 出 土 し た 亀 形 石 造 物 ( 手 前 ) と 湧 水 施 設 ( 写 真 提 供 = 毎 日 新 聞 社 ) 143

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【 第 五 章 】 古 代 史 の 「 通 説 」 を 疑 う

日本書紀はなにを隠してきたか


【 第 六 章 】 古 代 有 名 氏 族 の 興 亡 史

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初 出 一 覧 皇 極 ・ 斉 明 天 皇 ( 「 東 ア ジ ア の 古 代 文 化 」 七 八 号 ・ 一 九 九 四 年 ・ 大 和 書 房 ) ( 一 部 加 筆 ) 第 五 章 古 代 史 の 「 通 説 」 を 疑 う 白 村 江 の 戦 い 論 争 ( 『 歴 史 読 本 』 一 九 九 八 年 九 月 号 ・ 新 人 物 往 来 社 ) 「 蘇 我 ・ 物 部 戦 争 」 の 真 実 と は 何 か ? ( 「 歴 史 読 本 』 一 九 九 六 年 十 一 一 月 号 ・ 新 人 物 往 来 社 ) 遊 牧 騎 馬 民 族 の 系 譜 と 古 代 倭 王 の 系 譜 ( 「 歴 史 と 旅 』 一 九 九 四 年 十 一 一 月 号 ・ 秋 田 書 店 ) 卑 弥 呼 職 と は 何 か ? ( 「 歴 史 読 本 」 一 一 〇 〇 〇 年 十 一 月 号 ・ 新 人 物 往 来 社 ) 「 帝 紀 」 「 旧 辞 」 を 復 元 す る ( 「 歴 史 読 本 』 一 九 九 九 年 四 月 号 ・ 新 人 物 往 来 社 ) 第 六 章 古 代 有 名 氏 族 の 興 亡 史 平 群 氏 ー ー ー 捏 造 さ れ た 河 内 王 朝 の 逆 臣 ( 「 歴 史 読 本 」 一 九 八 六 年 十 月 号 ・ 新 人 物 往 来 社 ) 謎 に み ち た 古 代 史 上 最 大 の 雄 族 ( 別 冊 歴 史 読 本 『 古 代 人 物 総 覧 」 一 九 九 六 年 ・ 新 人 物 往 来 社 ) 藤 原 朝 臣 の 成 立 ( 新 稿 ) 253

日本書紀はなにを隠してきたか


こ う し て 舒 明 の 死 後 、 推 古 天 皇 の 前 例 に し た が い 、 史 上 一 一 人 目 の 女 帝 が 誕 生 し た 。 山 背 大 兄 王 以 下 、 四 人 の 皇 子 た ち を 無 益 な 争 い の な か で 失 っ て し ま わ な い た め 、 舒 明 大 后 宝 皇 女 が 即 位 し 、 と り あ え ず 王 位 継 承 問 題 を 保 留 状 態 と す る 。 こ の 点 は 推 古 女 帝 の 果 た し た 役 割 と ま っ た く 同 様 で あ る 。 だ が 、 推 古 と 決 定 的 に 異 な る 点 は 、 、 し ず れ し か る べ き 時 を え ら び 、 し か る べ き 方 法 に よ り 、 し か る べ き 皇 子 に 大 王 位 を 譲 る と い う こ と 、 こ の ま っ た く 新 し い = = ロ 題 か 新 大 王 宝 皇 女 の 双 肩 に 課 せ ら れ て い た こ と だ っ た 。 宝 皇 女 は や が て 、 我 が 国 で 最 初 の 生 前 譲 位 を す る と い う 筋 書 き を す べ て 承 知 の 上 で 、 大 王 の 座 に つ く 運 命 を え ら び 取 っ た の で あ る 。 宝 皇 女 、 時 に 四 十 九 歳 だ っ た 。 代 大 王 ・ 宝 皇 女 は ク ー デ タ ー の 準 主 役 ? の 帝 い っ た ん 保 留 状 態 と さ れ た 次 期 大 王 問 題 は 、 宝 皇 女 の 在 位 中 に ど の よ う に 進 展 し た か 。 女 代 古 ま ず 、 六 四 三 年 ( 皇 極 一 l) の 暮 れ 、 山 背 大 兄 王 が 一 族 と も ど も 粛 清 さ れ た 。 手 を 下 し た の る は 、 軽 皇 子 と 古 人 大 兄 皇 子 を そ れ ぞ れ 次 期 大 王 と し て 推 す 勢 力 だ っ た 。 大 臣 蘇 我 蝦 夷 の 子 、 れ 入 鹿 は 後 者 の 代 表 格 だ っ た 。 か れ ら は 共 同 作 戦 を と り 、 共 通 の 敵 と し て 山 背 大 兄 王 葬 り 去 知 章 っ た 。 女 帝 が 位 を 譲 る べ き 候 補 を ひ と り で も 減 ら す こ と に よ っ て 、 女 帝 譲 位 の 客 観 的 条 イ を 第 作 り 出 そ う と し た の で あ る 。 大 王 宝 皇 女 が こ の 大 規 模 な 軍 事 行 動 に 同 意 を あ た え て い た の か 133

日本書紀はなにを隠してきたか


崇 峻 天 皇 は な ぜ 暗 殺 さ れ た の か ? 日 本 の 七 、 八 世 紀 は 「 女 帝 の 世 紀 」 と い わ れ る 。 じ よ め い こ 、 つ ぎ 一 よ く と く に 七 世 紀 は 、 前 世 紀 末 に 即 位 し た 推 古 女 帝 を 筆 頭 に 、 つ ぎ の 舒 明 の 後 が 皇 極 女 帝 、 孝 て ん じ て ん む 饑 の つ ぎ が 斉 明 女 帝 ( 皇 極 の 再 度 即 位 ) 、 そ し て 天 智 、 天 武 両 天 皇 の つ ぎ が 持 統 女 帝 と い 0 、 た よ う に 、 そ れ こ そ 一 代 お き に 女 帝 が 即 位 し て い る 。 七 世 紀 に ど う し て 女 帝 が 多 数 あ ら わ れ た の か に つ い て は 、 従 来 、 男 子 に よ る 王 位 の 直 系 継 承 の 実 現 が 困 難 な 日 こ 、 「 中 継 ぎ 」 と し て 女 帝 が 立 て ら れ た と 説 明 さ れ て き た 。 八 世 紀 に げ ん め い げ ん し よ 、 こ 、 つ け ん し よ 、 つ と く は 元 明 、 元 正 、 孝 謙 、 称 徳 孝 謙 の 再 度 即 位 ) の 諸 女 帝 が あ ら わ れ た が 、 こ れ ら の 即 位 事 情 も 男 子 に よ る 直 系 継 承 を 前 提 に 説 明 さ れ て い る 。 し か し 、 七 世 紀 に 女 帝 が 頻 出 し た 理 由 は 、 や は り 七 世 紀 固 有 の 事 情 に も と め る べ き で あ ろ う 。 と 激 動 の 七 世 紀 に 誕 生 し た 女 帝 時 代 108