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完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


完 訳 日 本 の 古 典 55 芭 蕉 文 集 去 来 抄 井 本 農 ー ・ 村 松 友 次 ・ 栗 山 理 一 校 注 ・ 訳 0 ′ ク 0

完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


241 解 説 き よ り く 元 禄 六 年 四 月 の 『 許 六 離 別 の 詞 』 、 七 月 の 『 閉 関 之 説 』 な ど も 、 芭 蕉 の 胸 中 に あ っ て 、 し か し 俳 諧 で は 十 分 言 い 尽 せ な い こ と を 盛 り こ ん で い る と い え よ う 。 そ の た め に 、 初 期 の 俳 文 の よ う な 句 文 映 発 の 妙 味 は 薄 れ て い る と し て も 、 芭 蕉 を ま っ て 初 め て 書 け る 重 厚 な 俳 文 の ス タ イ ル が 確 立 し て い て 、 読 者 は 芭 蕉 が 風 雅 に 沈 潜 ( 井 本 農 一 ) し て 行 く 、 強 い 気 息 を 感 得 す る こ と が で き る で あ ろ う 。 参 考 文 献 / 村 松 友 次 小 学 館 昭 四 七 『 芭 蕉 文 集 』 ( 日 本 古 典 文 学 大 系 ) 杉 浦 正 一 郎 / 宮 本 三 『 芭 蕉 』 ( 鑑 賞 日 本 古 典 文 学 ) 井 本 農 一 角 川 書 店 昭 郎 / 荻 野 清 岩 波 書 店 昭 三 四 『 校 本 芭 蕉 全 集 』 第 六 巻 「 紀 行 ・ 日 記 篇 俳 文 篇 」 井 本 農 五 〇 『 芭 蕉 文 集 』 ( 新 潮 日 本 古 典 集 成 ) 富 山 奏 新 潮 社 昭 一 / 弥 吉 菅 一 / 横 沢 三 郎 / 尾 形 仂 角 川 書 店 昭 三 七 五 三 『 芭 蕉 集 ( 全 ) 』 ( 古 典 俳 文 学 大 系 5 ) 井 本 農 一 / 堀 信 夫 『 芭 蕉 集 』 ( 鑑 賞 日 本 の 古 典 ) 井 本 農 一 尚 学 図 書 昭 集 英 社 昭 四 五 五 七 『 松 尾 芭 蕉 集 』 ( 日 本 古 典 文 学 全 集 ) 井 本 農 一 / 堀 信 夫 へ い か ん の せ つ

完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


芭 蕉 文 集 井 本 農 一 村 松 友 次 校 注 ・ 訳

完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


作 品 解 説 こ ゝ の と せ の ( 柴 の 戸 ) 延 宝 八 年 ( 一 六 八 0 、 三 十 七 歳 ) 末 の 作 で あ ろ う 。 本 文 は 梅 人 編 『 続 深 川 集 』 ( 寛 政 三 年 刊 ) に よ る 。 わ れ そ の く 我 其 句 を 識 て ( 乞 食 の 翁 ) 天 和 一 兀 年 ( 一 六 八 一 、 三 十 八 歳 ) 末 の 作 。 本 文 は 真 蹟 懐 紙 ( 小 林 豊 広 氏 蔵 ) に よ る 。 ゅ め み と せ み つ 深 川 三 ま た の ( 寒 夜 の 辞 ) 天 和 元 年 冬 の 作 。 森 々 庵 松 後 ( 寛 政 十 年 没 ) の 三 回 忌 追 善 集 『 夢 三 年 』 ( 松 雨 編 、 寛 政 十 二 年 序 ) に 載 る 。 松 後 が 生 前 に 記 録 し た 、 と あ り 、 信 じ て よ い で あ ろ う 。 題 名 ・ 署 名 は 松 後 ま た は 松 雨 の 加 え た も の で あ ろ う 。 草 の 戸 さ し こ め て ( 「 蓑 虫 ノ 説 」 跋 ) 貞 享 四 年 ( 一 六 八 七 、 四 十 四 歳 ) 秋 の 作 。 ( イ ) 芭 蕉 真 蹟 。 ( ロ ) は 真 蹟 よ り の 杉 風 模 写 と 思 わ れ る も の 。 ( イ ) を 推 敲 し 、 素 堂 の 文 章 と の 呼 応 が 緊 密 。 み の ゝ く に ( 十 八 楼 ノ 記 ) 貞 享 五 年 秋 の 作 。 文 末 「 貞 享 五 仲 夏 」 と あ る が 、 諸 種 の 文 献 か ら 芭 蕉 の 岐 阜 入 り は 六 月 八 日 と 思 わ れ る 。 本 文 は 伝 真 蹟 ( 岐 阜 市 岡 本 氏 蔵 ) に よ っ た 。 あ ん ぎ や 北 陸 道 に 行 脚 し て ( 銀 河 ノ 序 ) 数 種 が 伝 わ る が 、 長 文 で 、 ま と ま り も よ い 『 風 俗 文 選 』 ( 許 六 編 、 宝 永 三 年 刊 ) 所 収 を 掲 丿 っ ) 0 げ ん じ ゅ う あ ん の き 幻 住 庵 記 元 禄 三 年 四 月 六 日 よ り 七 月 二 十 三 日 ま で の 幻 住 庵 々 住 の 記 。 ( イ ) は 『 猿 蓑 』 ( 元 禄 四 年 刊 ) に 載 る 定 稿 。 ( ロ ) は 富 山 県 入 善 町 米 沢 家 蔵 支 考 旧 蔵 芭 蕉 真 蹟 。 ( ハ ) は 『 芭 蕉 文 考 』 所 収 。 ( ロ ) よ り も 初 稿 と 考 え ら れ る 。 ( ニ ) は 『 言 語 と 文 芸 』 号 所 載 の 初 期 草 稿 真 蹟 断 簡 。 も ち づ き ぎ ん き よ う 望 月 の 残 興 ( 堅 田 十 六 夜 之 弁 ) 元 禄 四 年 八 月 十 六 日 、 門 人 ら ( 路 通 ・ 丈 草 ・ 惟 然 ほ か 近 江 の 俳 人 ) に 誘 わ れ て 、 舟 で 堅 田 な り ひ で の 竹 内 茂 兵 衛 成 秀 を 訪 れ 観 月 の 句 会 ( 連 句 会 ) を し た 時 、 書 い て 竹 内 氏 に 贈 っ た 一 文 。 こ こ で は 芭 蕉 真 蹟 を 模 刻 し た と い う 『 堅 田 集 』 ( 寛 政 十 年 刊 ) に よ っ た 。 こ ゝ か し こ う か れ あ り き て ( 栖 去 之 弁 ) 元 禄 四 年 冬 か ら 芭 蕉 は 日 本 橋 橘 町 の 借 家 に 入 っ た 。 翌 五 年 二 月 末 か 三 月 ご ろ の 作 。 ひ ょ う ぜ ん 江 戸 俳 壇 の 俗 悪 さ に 飽 い て 、 飄 然 と 旅 に 出 た く な っ た 時 の 一 文 。 本 文 は 『 芭 蕉 庵 小 文 庫 』 に よ っ た 。 芭 蕉 を 移 す 詞 元 禄 五 年 ( 四 十 九 歳 ) 五 月 中 旬 、 第 三 次 芭 蕉 庵 が 完 成 し た 頃 の 作 。 ( イ ) 鶴 岡 市 平 田 家 蔵 の 芭 蕉 自 筆 『 三 日 よ も ぎ が し ま ず し ろ ま る 月 日 記 』 稿 本 所 収 。 当 時 来 庵 し た 図 司 呂 丸 に 書 き 与 え た も の 。 ( ロ ) 土 芳 編 『 蕉 翁 文 集 』 ( 写 本 ) に 載 る 。 闌 更 編 『 蓬 莱 嶋 』 ( 安 永 四 年 刊 ) に も ほ ば 同 文 が 載 る 。 ( ハ ) 川 口 竹 人 『 芭 蕉 翁 全 伝 』 に 「 其 の 頃 深 川 の 庵 再 興 の 記 文 」 と し て 掲 げ る 。 や や 疑 問 も あ る が 、 草 稿 か き よ り く 許 六 離 別 の 詞 ( 柴 門 の 辞 ) 元 禄 六 年 四 月 末 の 作 。 彦 根 藩 士 森 川 許 六 の 帰 国 に 際 し 書 き 与 え た 。 本 文 は 許 六 自 筆 巻 子 『 癸 酉 記 行 』 に よ る 。 へ い か ん の せ つ 閉 関 之 説 元 禄 六 年 秋 の 作 。 本 文 は 『 芭 蕉 庵 小 文 庫 』 に よ る 。

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芭 蕉 文 集 24 一 京 都 の 貞 門 派 俳 諧 師 、 安 原 貞 室 。 寛 文 十 三 年 ( 一 六 七 三 ) 没 。 ニ 「 松 に す め 月 も 三 五 夜 中 納 言 貞 室 」 ( 玉 海 集 ) 。 「 松 陰 や 月 は 」 の 句 形 は 芭 蕉 の 記 憶 違 い か 。 三 五 夜 は 十 五 夜 。 中 納 言 は 歌 人 で 須 磨 に あ り わ ら の ゆ き ひ ら 流 さ れ た 在 原 行 平 。 「 三 五 夜 中 新

完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


で て い た が 、 延 宝 ご ろ 浪 人 生 活 に 入 り 、 本 名 、 菅 沼 外 記 定 常 。 近 江 国 膳 所 藩 士 。 芭 蕉 を 訪 ね 、 金 沢 の 小 春 の 書 簡 を 届 け た 。 貞 享 元 年 上 洛 し た 其 角 に 接 し て 蕉 門 に 近 曲 水 は 俳 号 、 の ち 曲 翠 。 別 号 、 馬 指 堂 。 享 保 十 六 年 没 、 享 年 不 詳 。 き か く づ き 、 同 三 年 冬 東 武 に 下 っ て 芭 蕉 に 入 門 一 一 三 ・ 九 四 ・ 九 五 ・ 一 九 七 江 戸 勤 番 中 に 芭 蕉 に 入 門 し た ら し く 、 貞 其 角 え の も と し た 。 篤 実 な 人 物 で 、 芭 蕉 に 深 く 信 頼 さ 享 四 年 刊 『 続 虚 栗 』 に 作 品 初 出 。 元 禄 三 榎 本 氏 ( 母 方 の 姓 ) 、 の ち 宝 井 氏 。 蕉 門 ら く し し ゃ ら し ゃ は う し ん れ 、 嵯 峨 の 落 柿 舎 を 提 供 す る な ど 物 質 的 年 初 夏 、 芭 蕉 に 幻 住 庵 を 提 供 し た こ と は 最 古 参 の 高 弟 。 別 号 に 螺 舎 ・ 螺 子 ・ 宝 晋 ば ん ち ょ う 援 助 に も 心 を 用 い た 。 凡 兆 と の 共 編 『 猿 著 名 。 ま た 、 元 禄 五 年 一 一 月 、 芭 蕉 が 曲 水 斎 ・ 晋 子 そ の 他 。 延 宝 初 年 、 十 四 、 五 歳 い な か の く あ わ せ 蓑 』 ( 元 禄 四 年 刊 ) は 特 筆 す べ き 業 績 で あ て に 風 雅 に 志 す 者 の 心 得 を さ と し た 書 で 芭 蕉 に 入 門 、 同 八 年 『 田 舎 句 合 』 、 天 さ ん と う の ぶ ん あ り 、 『 去 来 抄 』 も 蕉 風 俳 論 の 重 要 な 資 和 三 年 『 み な し ぐ り 』 を 刊 行 、 蕉 風 樹 立 簡 は 「 風 雅 三 等 之 文 」 と し て 知 ら れ る 。 料 で あ る 。 宝 永 元 年 没 、 享 年 五 十 四 歳 。 の 過 程 で 大 き い 役 割 を 果 し た 。 元 禄 七 年 人 柄 は 豪 直 誠 実 で あ っ た ら し く 、 芭 蕉 か ・ く か れ お ば な ら も 深 く 信 頼 さ れ た が 、 享 保 二 年 藩 の 家 許 六 十 月 芭 蕉 の 死 に 会 い 、 追 善 集 『 枯 尾 華 』 ご ろ う せ い し ゅ う え ん き 森 川 氏 。 名 は 百 仲 。 別 号 、 五 老 井 ・ 風 月 を 編 集 、 「 芭 蕉 翁 終 焉 記 」 を 執 筆 し た 。 老 曾 根 権 太 夫 の 不 正 を 憤 り 、 こ れ を 殺 し 堂 そ の 他 。 近 江 国 彦 根 藩 士 。 禄 高 三 百 石 。 て 自 刃 し た 。 享 年 五 十 八 歳 。 元 禄 十 年 ご ろ か ら 作 風 に 変 化 が 見 ら れ 、 江 戸 勤 番 中 の 元 禄 五 年 八 月 の 芭 蕉 入 門 で 、 い わ ゆ る 洒 落 風 的 傾 向 を 示 す よ う に な る 。 挙 白 さ い - も ん 翌 六 年 五 月 帰 国 に 際 し 『 柴 門 の 辞 』 を 贈 草 壁 氏 。 江 戸 住 み の 商 人 で 蕉 門 俳 人 。 天 江 戸 座 の 俳 風 、 洒 落 風 の 俳 諧 が 、 其 角 に ら れ た 。 そ の 中 に 芭 蕉 は 「 画 は と っ て 予 和 三 年 刊 『 み な し ぐ り 』 に 入 集 。 芭 蕉 の 始 る と 称 さ れ る 所 以 で あ る 。 撰 著 は 『 続 た け く ま み な し ぐ り ぞ う だ ん が 師 と し 」 と 書 い て い る が 、 絵 画 は 狩 野 奥 羽 行 脚 に 「 武 隈 の 松 見 せ 申 せ 遅 桜 」 の 虚 栗 』 『 雑 談 集 』 『 句 兄 弟 』 『 末 若 葉 』 『 焦 ち り び き ん 派 の 系 統 に 属 す る 。 師 翁 没 後 、 去 来 と 餞 別 吟 を 贈 り 、 前 書 付 き の 芭 蕉 句 「 散 う 尾 琴 』 そ の 他 多 数 。 宝 永 四 年 一 一 月 没 、 享 ふ た き み つ き 『 俳 諧 問 答 』 の 応 酬 を な し 、 ま た 俳 文 集 せ ぬ 松 や 二 木 を 三 月 こ し 」 を 旅 先 よ り 得 年 四 十 七 歳 も ん ぜ ん き ふ う 一 突 ・ 一 九 七 『 本 朝 文 選 』 ( 改 題 し て 風 俗 文 選 ) を 刊 行 て 『 四 季 千 句 』 を 編 ん だ ( 元 禄 二 年 刊 枳 風 い ん ふ た へ ん ば て い し た ( 宝 永 三 年 ) 。 編 著 に 『 韻 塞 』 『 篇 か ) 。 早 く 其 角 と の 共 編 『 馬 蹄 二 百 韻 』 伝 江 戸 の 蕉 門 俳 人 。 そ の 作 品 は 天 和 三 年 刊 つ き う だ の ほ う し 突 』 『 宇 陀 法 師 』 ( 三 書 と も 李 由 と 共 編 ) ( 天 和 三 年 刊 ) が あ る 。 元 禄 九 年 没 、 享 物 『 み な し ぐ り 』 に 初 出 、 下 っ て は 元 禄 十 人 ほ か 。 正 徳 五 年 八 月 没 、 享 年 六 十 歳 。 年 不 詳 。 一 年 刊 『 続 猿 蓑 』 に 見 ら れ る が 、 少 数 に く め の す け 要 き よ ら い 犬 ・ 兊 ・ 九 0 ・ 九 一 ・ 九 三 ・ 久 米 之 助 主 す ぎ な い 。 天 和 三 年 秋 の 第 二 次 芭 蕉 庵 再 去 来 加 賀 国 山 中 の 温 泉 宿 、 泉 屋 甚 左 衛 門 の 幼 向 井 氏 。 通 称 、 平 次 郎 。 肥 前 国 長 崎 の 医 建 に 際 し て は 、 弍 朱 を 寄 附 し て い る 。 姓 名 。 芭 蕉 来 遊 の 元 禄 二 年 に は 十 四 歳 の 少 家 に 生 れ 、 幼 時 、 一 家 と 共 に 京 都 に 移 住 名 ・ 生 没 年 等 不 詳 。 き よ く す い 年 で 、 こ の 時 芭 蕉 に 入 門 し 、 桃 夭 の 俳 号 し た 。 柔 術 ・ 剣 術 等 の 武 芸 や 軍 学 等 に 秀 曲 水 ・ 一 七 九 ・ 一 八 三 ・ 一 会 ・ 一 九 0 六 三 一 究

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芭 蕉 文 集 230 が ら 風 狂 の 理 想 図 が 所 期 さ れ て い る 点 で は 、 共 通 の も の が あ る 。 ニ 作 品 に つ い て 野 ざ ら し 紀 行 天 和 三 年 ( 一 六 八 一 (l) 六 月 二 十 日 、 芭 蕉 が 四 十 歳 の 晩 夏 の こ ろ 、 芭 蕉 の 母 が 郷 里 の 伊 賀 上 野 の 兄 の 家 で 亡 く な っ た 。 江 戸 に い る 芭 蕉 の も と へ も 報 せ は 届 い た は ず だ が 、 芭 蕉 は 帰 郷 し な か っ た 。 前 年 の 暮 に 江 戸 の 大 火 で や む ら 草 庵 が 焼 け 、 し ば ら く 甲 州 谷 村 の 高 山 麋 塒 の も と に 身 を 寄 せ 、 天 和 三 年 の 五 月 ご ろ に は 江 戸 へ 戻 っ た ら し い が 、 ま だ 帰 郷 で き る ほ ど 身 辺 は 落 ち 着 い て い な か っ た に 相 違 な い 。 よ う や く 初 冬 の 頃 、 新 芭 蕉 庵 が 再 建 さ れ 、 じ よ う き よ う な え む ら ち り 年 が 変 っ て 翌 貞 享 元 年 ( 一 六 八 四 ) の 八 月 中 旬 、 芭 蕉 は 門 人 の 苗 村 千 里 と 同 行 し て 帰 郷 の 途 に つ い た 。 延 宝 四 年 ( 一 六 七 六 ) 三 十 三 歳 の 帰 省 以 来 八 年 ぶ り の 帰 郷 で 、 寛 文 十 二 年 ( 一 六 七 = ) 二 十 九 歳 の 最 初 の 江 戸 出 府 か ら 数 え る と 十 二 年 ぶ り で あ る 。 出 府 の 時 の 志 と は 違 っ て 、 錦 を 着 て 故 郷 へ 帰 る こ と は で き な か っ た が 、 芭 蕉 の 心 中 に は 自 分 な り に 納 得 の で き る も の が あ っ た で あ ろ う 。 身 は 隠 者 だ が 、 俳 諧 に お い て 独 自 の 道 を 切 り 開 く 自 信 が 生 れ 、 心 あ る 人 々 の 評 価 を 受 け つ つ あ っ た 。 母 の 墓 前 に こ う い う 人 間 に な り ま し た と 額 ず い た こ と で あ ろ う 。 帰 郷 の あ と 、 芭 蕉 は 上 方 各 地 を 遊 歴 し 、 名 古 屋 で は 『 冬 の 日 』 の 連 句 を 巻 き 、 各 地 に 新 し い 門 人 を 得 て 、 翌 貞 享 二 年 四 月 、 甲 州 を 経 由 し て 江 戸 に 戻 っ た 。 こ の 旅 を 素 材 に し て 『 野 ざ ら し 紀 行 』 の 執 筆 に 取 り か か っ た の は 、 江 戸 へ 戻 っ て 、 旅 行 後 の 雑 事 が 片 付 い て か ら 間 も な く の こ と で は な い か と 想 像 さ れ 、 い わ ゆ る 「 芭 蕉 真 蹟 巻 子 」 ( 天 理 図 書 館 蔵 ) は 同 年 秋 ま で に は 成 っ た で あ ろ う 。 私 見 で は 、 同 書 は 江 戸 に お け る 生 活 上 の 後 し ら に し き め か

完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


ち よ し 芭 蕉 の 門 に 入 っ た 。 宝 永 三 年 、 四 十 六 歳 志 田 氏 。 本 姓 は 竹 田 。 別 号 に 樗 子 ・ 無 名 鵜 独 吟 二 十 歌 仙 』 に は 嵐 亭 治 助 の 名 で 歌 の 時 剃 髪 し 、 記 念 に 『 庵 の 記 』 を 編 む 。 仙 が 収 め ら れ て い る 。 芭 蕉 か ら は 「 両 の 8 庵 ・ 浅 茅 生 庵 そ の 他 。 元 文 五 年 ( 一 七 四 0 ) 以 後 諸 国 に 行 脚 し 、 門 葉 の 獲 得 と 撰 集 の 手 に 桃 と 桜 や 草 の 餅 」 と 其 角 と と も に 重 正 月 三 日 没 、 七 十 八 歳 。 越 前 福 井 の 商 家 は な の う つ ば ぎ 刊 行 に つ と め た 。 編 著 に 『 花 虚 木 』 『 流 ん じ ら れ た 。 芭 蕉 が 没 す る と 、 『 芭 蕉 一 に 生 れ 、 江 戸 に 出 て 越 後 屋 両 替 店 の 番 頭 抄 周 忌 』 を 編 み 、 追 悼 の 意 を 表 し た 。 句 集 川 集 』 そ の 他 が あ る 。 と な る 。 宝 永 元 年 、 辞 し て 大 坂 に 移 り 、 ろ ち ょ う 来 三 一 三 三 四 一 一 三 六 八 魯 町 に 『 玄 峰 集 』 が あ る 。 樗 木 社 を 結 ん だ が 、 享 保 七 年 、 類 焼 し た あ ぎ な い み な ろ う か 去 向 井 元 成 。 諱 は 兼 丸 。 字 は 叙 明 。 号 は 鳳 た め 、 翌 年 高 津 に 浅 茅 生 庵 ( 浅 生 庵 ) を 浪 化 梧 斎 ・ 礼 焉 。 享 保 十 二 年 二 月 九 日 没 、 七 東 本 願 寺 十 四 世 法 主 琢 如 上 人 ( 俳 号 白 新 築 し 、 芭 蕉 の 木 曾 塚 の 無 名 庵 の 名 を つ 十 二 歳 。 元 升 の 三 男 で 去 来 の 弟 。 儒 家 と 話 ) 遺 腹 の 子 。 七 歳 で 越 中 井 波 瑞 泉 寺 十 け 、 無 名 庵 高 津 野 々 翁 と 号 し た 。 元 禄 七 し て 長 崎 の 聖 堂 の 祭 酒 、 書 物 改 役 。 天 一 代 の 住 職 と な る 。 十 九 歳 の 時 、 季 吟 門 年 に 孤 屋 ・ 利 牛 と 共 編 で 『 炭 俵 』 を 刊 行 。 き ょ や し よ う そ こ 文 ・ 本 草 ・ 算 用 に も 長 じ て い た 。 蕉 門 の 俳 諧 を 学 び 、 そ の 後 、 去 来 の 指 導 を う 許 六 と 論 争 し た 文 書 に 「 許 野 消 息 』 が あ ろ つ う 三 八 七 る 。 け 、 そ の 紹 介 で 芭 蕉 に 入 門 し た 。 元 禄 七 路 通 や そ む ら い ん べ 一 一 三 七 三 三 一 三 八 六 露 通 ・ 呂 通 と も 書 く 。 八 十 村 氏 ま た 斎 部 年 、 落 柿 舎 で 芭 蕉 に 会 い 、 去 来 と と も に 野 明 氏 。 元 文 三 年 没 、 九 十 歳 。 出 生 地 は 諸 説 三 吟 が あ っ た 。 八 年 四 月 に は 京 都 に 滞 留 、 奥 西 氏 、 の ち 坂 井 氏 。 通 称 、 作 太 夫 包 元 。 が あ る 。 芭 蕉 と の 初 対 面 は 貞 享 二 年 『 野 義 仲 寺 に 丈 草 を 訪 ね て い る 。 そ の 編 著 初 号 は 鳳 仭 。 正 徳 三 年 没 か 。 筑 前 黒 田 藩 あ り そ う み ざ ら し 紀 行 』 の 折 で あ っ た 。 貞 享 五 年 の 『 浪 化 集 』 は 上 巻 『 有 磯 海 』 、 下 巻 『 と な 士 で あ っ た が 、 致 仕 し て 京 の 嵯 峨 に 住 み 、 み 山 』 で 、 去 来 ・ 其 角 の 援 助 を 得 て い る 。 春 に は 江 戸 に 芭 蕉 を 訪 ね て い る 。 元 禄 二 初 め は 常 牧 門 で あ っ た が 、 の ち 蕉 門 に 入 つ る が 年 『 お く の ほ そ 道 』 行 脚 の 芭 蕉 を 敦 賀 に 十 三 年 、 上 京 の 折 に は 芭 蕉 の 墓 か ら 小 石 り 、 去 来 と 親 し く し た 。 そ の 子 小 五 郎 に ら く し 迎 え 、 伊 勢 ・ 伊 賀 ・ 奈 良 に 随 行 し 、 落 柿 を 持 ち 帰 り 、 井 波 に 翁 塚 を 建 立 し た 。 も 句 作 が あ る 。 ろ せ ん ら ん せ つ 三 三 六 三 夭 露 川 舎 ・ 湖 南 で も 教 示 を 受 け て い る 。 芭 蕉 は 嵐 雪 か い ぎ ん く っ 「 俳 作 妙 を 得 た り 」 と か 「 こ の 句 細 み あ 沢 市 郎 右 衛 門 別 号 、 霧 山 軒 ・ 鱠 山 窟 ・ 服 部 氏 。 別 号 、 嵐 亭 治 助 ・ 雪 中 庵 ・ 不 白 り 」 な ど 路 通 を 評 価 し た が 、 「 其 性 不 実 月 空 居 士 な ど 。 伊 賀 国 友 生 村 に 生 る 。 名 軒 ・ 玄 峰 堂 そ の 他 。 宝 永 四 年 十 月 十 三 日 軽 薄 」 と し て 門 弟 か ら 憎 ま れ 、 師 に も 遠 古 屋 札 の 辻 渡 辺 家 の 養 子 と な っ た が 、 の 没 。 五 十 四 歳 。 生 地 に つ い て は 定 説 が な ざ か っ た 。 『 芭 蕉 翁 行 状 記 』 が あ る 。 ち 沢 氏 を 名 乗 り 数 珠 商 を 営 む 。 寛 保 三 年 若 く か ら 武 家 奉 公 を し た が 、 元 禄 三 ( 一 七 四 三 ) 八 月 二 十 三 日 没 、 八 十 三 歳 。 俳 年 頃 、 致 仕 し た 。 芭 蕉 に 入 門 し た の は 延 諧 は 初 め 季 吟 ・ 横 船 に 学 び 、 元 禄 四 年 、 宝 三 、 四 年 の こ と ら し い 。 同 八 年 の 『 桃 あ さ ち ふ 第 - ・ つ ド レ ー ん 三 一 一 四 三 八 四 し ゃ

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7 凡 例 『 お く の ほ そ 道 』 に つ い て は 久 富 哲 雄 氏 の 協 力 を 得 た 。 一 、 現 代 語 訳 は 、 で き る だ け 原 文 の 味 わ い を 忠 実 に 伝 え る よ う 留 意 し 、 と こ ろ に よ っ て は 語 順 を 変 え て 訳 出 一 、 本 書 に は 、 つ ぎ の 付 録 を 付 し た 。 ま ず 、 芭 蕉 文 集 の 巻 末 に は 、 紀 行 ・ 日 記 編 主 要 諸 本 異 同 表 : : : 主 要 な 諸 本 間 の 異 同 を 表 示 し た 。 ま た 「 校 訂 付 記 」 に つ い て は 、 底 本 を 活 字 化 す る 上 で の 諸 問 題 に つ い て 略 記 し た 。 こ れ ら 二 編 は 西 村 真 砂 子 氏 を 煩 わ し た 。 紀 行 ・ 日 記 編 地 図 : : : 紀 行 ・ 日 記 を 読 み 解 く 便 宜 の た め に 付 し た 。 次 の 『 お く の ほ そ 道 』 地 名 巡 覧 ・ 主 要 人 物 略 伝 と も ど も 久 富 哲 雄 氏 を 煩 わ し た 。 『 お く の ほ そ 道 』 地 名 巡 覧 : : : 本 文 中 の 地 名 ・ 寺 社 名 な ど に つ き 、 順 次 、 解 説 し た 。 『 幻 住 庵 記 』 『 望 月 の 残 興 』 地 名 一 覧 : : : 近 江 を 舞 台 と す る 二 作 品 の 地 名 を 解 説 し た 。 『 幻 住 庵 記 』 『 望 月 の 残 興 』 出 典 解 説 : : : 両 作 品 の 踏 ま え る 典 拠 を 解 説 し た 。 主 要 人 物 略 伝 : : : 芭 蕉 と 同 時 代 の 人 物 に つ い て 、 五 十 音 順 に 配 列 し 、 解 説 し た 。 登 場 す る べ ー ジ を 付 し 、 索 引 と し て も 利 用 し 得 る も の と し た 。 初 句 索 引 : : : 本 文 中 の 句 に つ い て 、 初 句 を 五 十 音 順 に 配 列 し た 。 次 に 、 『 去 来 抄 』 巻 末 に は 、 主 要 俳 人 略 伝 : : : 同 門 評 を 中 心 に 、 主 要 な 俳 人 を 選 び 、 五 十 音 順 に 配 列 し 、 主 た る 登 場 ペ ー ジ を 付 し た 。 初 句 索 引 : : : 本 文 中 の 句 に つ い て 、 初 句 を 五 十 音 順 に 配 列 し た 。

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455 解 説 参 考 文 献 『 連 歌 論 集 俳 論 集 』 ( 日 本 古 典 文 学 大 系 ) 木 藤 才 蔵 / 井 『 連 歌 論 集 能 楽 論 集 俳 論 集 』 ( 日 本 古 典 文 学 全 集 ) 伊 地 知 鐵 男 / 表 章 / 栗 山 理 一 小 学 館 昭 四 八 本 農 一 岩 波 書 店 昭 三 六 『 蕉 門 俳 論 俳 文 集 』 ( 古 典 俳 文 学 大 系 ) 大 礒 義 雄 / 大 内 初 『 芭 蕉 の 芸 術 観 』 栗 山 理 一 永 田 書 房 昭 五 六 夫 集 英 社 昭 四 五