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検索対象: 人民の敵 第36号

人民の敵 第36号から 43件ヒットしました。

人民の敵 第36号


人 民 の 敵 外 山 恒 ー 活 動 報 告 誌 頒 価 1000 円 く 単 行 本 用 未 発 表 原 稿 〉 『 全 共 闘 以 後 』 第 ニ 章 後 篇 今 号 の 内 容 2017 年 9 月 1 日 第 36 号 02

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人 民 の 敵 外 山 恒 ー 活 動 報 告 誌 頒 価 1000 円 く 単 行 本 用 未 発 表 原 稿 〉 『 全 共 闘 以 後 』 第 ニ 章 後 篇 今 号 の 内 容 2017 年 9 月 1 日 第 36 号 02

人民の敵 第36号


人 民 の 敵 外 山 恒 ー 活 動 報 告 誌 頒 価 1000 円 く 単 行 本 用 未 発 表 原 稿 〉 『 全 共 闘 以 後 』 第 ニ 章 後 篇 今 号 の 内 容 2017 年 9 月 1 日 第 36 号 02

人民の敵 第36号


ぼ く は 事 務 所 の ポ ス ト を 開 け る た び に 小 躍 り し て 喜 ん 校 へ の 不 満 が 爆 発 し 、 七 四 年 の 創 立 以 来 初 め て と な る 生 学 の 教 授 を 務 め た 水 田 洋 ら ) も 登 場 し て 、 や は り そ も そ も " 管 。 こ 。 「 中 間 に な り た い 」 多 、 「 爰 し ま す 」 。 仲 間 の 輪 が 確 徒 集 会 へ と 発 展 す る 。 生 徒 集 会 は 三 回 に 及 び 、 八 月 の 校 理 教 育 。 を い ち は や く " 問 題 ~ 化 し う る だ け の 愛 知 の 新 実 に 拡 が っ て い く の が 手 に と る よ う に 伝 わ っ て く る ・ 長 解 任 と 、 そ も そ も の 発 端 と な っ た 、 友 人 の 葬 儀 へ の 出 左 翼 系 市 民 運 動 の 厚 み を 感 じ さ せ ら れ る 。 ぼ く は 、 返 事 を 書 き ま く り 、 読 者 と 出 会 っ て い っ た 席 を 願 っ た 生 徒 の 退 学 で 、 騒 動 は 幕 を 閉 じ た 。 む ろ ん 藤 井 誠 ニ も た び た び 寄 稿 し て い る が 、 創 刊 か ら 事 務 所 は 毎 日 、 校 に 息 し さ を 感 じ て 飛 び 出 し て お そ ら く 他 に も 高 校 生 た ち の さ ま さ ま な 決 起 ・ 反 乱 の 十 ヶ 月 後 の 八 五 年 四 月 に は 、 " 若 者 版 ~ と い う こ と だ ろ き た 若 者 の 熱 気 で あ ふ れ て 、 お い が 知 り 合 っ て い 連 鎖 が あ り 、 そ の 系 譜 の 上 に や が て 藤 井 誠 ニ も 登 場 し て う 、 藤 井 を 中 心 に " 『 か ん か ん 』 別 冊 。 と し て 『 オ イ こ ら ー く 。 遮 断 さ れ た 学 校 の 塀 の 中 だ け に い て は 、 決 し て く る の で あ る 。 学 校 倶 楽 部 』 が 創 刊 さ れ て い る 。 た だ し 同 誌 は 創 刊 号 一 味 わ え な い 「 出 会 い 」 カ い く つ も 生 ま れ た 。 「 オ イ こ ら ! 学 校 』 の 刊 行 は 八 四 年 三 月 で 、 同 五 月 五 号 き り で 後 が 続 か な か っ た よ う だ 。 日 に は 藤 井 ら と 市 民 運 動 の 大 人 た ち と の 共 催 で 「 か ん 別 の と こ ろ 年 ⅱ 月 号 ) で の 回 想 に よ れ ば 、 か ん 祭 」 ( 管 理 教 育 は ア カ 、 ご と 題 し た イ ベ ン ト を 共 催 し 、 読 者 か ら 届 い た 手 紙 は 計 六 百 通 以 上 で 、 そ の う ち 六 割 以 先 の 保 坂 の 文 章 に よ れ ば 、 「 参 加 者 七 五 〇 人 、 そ の う ち 上 と 会 っ た と い う 。 五 百 人 あ ま り が 中 高 生 の 若 者 た ち で あ っ た 」 と 大 盛 況 で 、 保 坂 や 青 生 舎 と は 直 接 関 係 の な い 動 き に も 少 し 触 れ て ち な み に 、 藤 井 誠 ニ の 登 場 は 愛 知 の 反 管 理 教 育 運 動 の イ ベ ン ト の 内 容 は 、 保 坂 と 藤 井 の 司 会 に よ る テ ィ ー チ ・ お く 。 画 期 を な す 大 事 件 で は あ っ た が 、 も ち ろ ん 藤 井 が 愛 知 イ ン 、 高 校 生 た ち の バ ン ド や 劇 団 に よ る ラ イ プ や 演 劇 上 八 五 年 十 ニ 月 、 ど う 考 え て も 没 政 治 的 な サ プ カ ル 系 の の " 闘 う 高 校 生 。 の 最 初 だ っ た わ け で は な い 。 全 共 闘 時 演 な ど で あ る 。 版 元 で あ る マ ガ ジ ン 八 ウ ス か ら 、 『 ヒ ス ト リ ー ズ ・ ラ ン 』 代 は さ て お き 、 知 ら れ て い る と こ ろ で は 、 す で に 触 れ た 翌 六 月 に は 、 " 愛 知 の 管 理 教 育 ~ に 疑 問 を 持 っ 少 数 派 な る 奇 妙 な 雑 誌 が 創 刊 さ れ た 。 六 五 年 生 ま れ の 高 野 生 を 七 八 年 の 内 藤 朝 雄 の 生 徒 会 長 立 候 補 未 遂 事 件 が あ る し 、 の 学 校 教 員 ら ( 墨 総 一 郎 、 岡 崎 勝 な ど ) に よ っ て 、 「 市 民 が " 発 行 人 気 六 七 年 生 ま れ の 高 野 大 を " 編 集 長 。 と し 、 「 歴 翌 七 九 年 に は 、 や は り " 東 郷 式 管 理 教 育 。 の " 新 設 校 。 つ く る 教 育 誌 」 を 謳 う 雑 誌 「 か ん か ん 』 が 創 刊 さ れ て い る 。 史 を 切 り 拓 く 2 代 の メ ッ セ ー ジ マ ガ ジ ン 」 と 銘 打 た れ た ま さ み つ で あ る 名 古 屋 西 高 校 の 杉 元 政 光 が 「 叛 高 校 生 通 信 』 な る 版 元 は 人 文 系 書 店 を 兼 ね た 名 古 屋 の 出 版 社 ・ ユ ニ テ で 、 雑 誌 で あ る 。 題 字 の 脇 に は 他 に 「 リ ン グ 無 き 浦 代 た ち へ 」 ミ ニ コ ミ 誌 の 発 行 を 始 め て い る 。 六 一 年 生 ま れ の 杉 元 は 創 刊 号 は 百 四 十 四 ペ ー ジ 、 定 価 九 五 〇 円 の 、 デ ザ イ ン 的 と の 惹 起 が あ る ( そ れ 以 前 に 八 四 年 十 一 月 に " 創 刊 準 備 夛 と い そ の 後 、 東 京 都 中 野 区 職 員 な ど 数 年 間 の 公 務 員 生 活 を 送 に は い か に も " 市 民 運 動 。 的 で 質 素 で は あ る が 、 な か な う の が 出 て い る よ う だ が 、 版 元 は 分 か ら な い ) 。 り 、 そ の 体 験 を 記 し た 「 チ ホ ー コ ー ム イ ン の 冒 険 』 ( あ か 本 格 的 な 雑 誌 で あ る 。 " 創 刊 宣 一 = 戸 的 な 巻 頭 の 文 章 が 「 年 こ の 創 刊 に つ い て は 「 学 校 解 放 新 聞 』 八 六 年 一 月 号 ( 通 い わ 出 版 、 年 ) を 上 梓 、 さ ら に 近 年 に は 『 ゆ る キ ャ ラ 論 』 ニ 回 刊 、 五 ・ 六 号 で 完 結 と す る 」 と 結 ば れ て い る と お り 、 算 三 ニ 号 ) に も 「 話 題 之 種 」 欄 で 言 及 が あ る 。 「 内 容 に 関 ( ポ イ ジ ャ ー ・ 年 ) な る 共 著 も 出 て い る よ う だ 。 刊 行 ペ ー ス の ほ う は と も か く 、 奧 付 に よ れ ば 八 八 年 元 旦 し て は 賛 否 い り ま じ っ た 声 が き か れ る が 、 『 2 代 が つ く 八 一 年 五 月 に は 、 『 元 気 印 大 作 戦 」 の 冒 頭 で も 大 き く 刊 行 の 第 六 号 を も っ て 「 終 刊 号 」 と さ れ て い る 。 『 か ん る 雑 誌 』 と い う 出 版 史 上 類 を 見 な い メ デ ィ ア だ け に せ ひ ん た か 第 紹 介 さ れ て い る " 守 山 高 校 事 件 ~ が 起 き た 。 こ れ も す で か ん 」 に は ( 菅 孝 行 、 長 谷 川 宏 、 山 本 哲 士 、 森 毅 、 俵 萌 子 、 栗 原 ガ ン バ ッ て ほ し い 」 と 、 距 離 を 置 い た " 様 子 見 。 の ス タ 合 ら や ま さ 物 て つ に 触 れ た よ う に 県 立 守 山 高 校 も 、 名 古 屋 市 内 の " 新 設 校 。 彬 、 山 崎 哲 、 そ し て も ち ろ ん 保 坂 展 人 ら 、 全 国 区 の 学 者 や 論 客 も た ン ス が 窺 わ れ る 。 で あ る 。 中 学 時 代 の 同 級 生 が 交 通 事 故 で 急 死 し 、 葬 儀 に び た び 登 場 し て い る が ) 、 本 章 第 ニ 節 で も 言 及 し た 河 合 塾 名 高 野 兄 弟 は 『 ヒ ス ト リ ー ズ ・ ラ ン 」 創 刊 前 の 八 五 年 九 つ よ し 出 席 す る た め 早 退 し た い と い う 一 人 の 生 徒 の 申 し 出 を 教 古 屋 校 の 牧 野 剛 や 、 そ の 教 え 子 で も あ る ピ ー ス ポ ー ト の 月 に 筑 紫 哲 也 の 『 新 人 類 図 鑑 』 に も 登 場 し 、 雑 誌 に 賭 師 が 理 不 尽 に 却 下 し た こ と を 機 に 、 生 徒 た ち の 日 頃 の 学 辻 元 清 美 な ど ( 他 に 著 名 な 思 想 史 家 で 長 ら く 名 古 屋 大 学 や 名 城 大 け る 思 い を 語 っ て い る 。 そ れ に よ れ ば 、 「 僕 た ち に は 今 、 は ん 0

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も の と 考 え ら れ る 。 八 七 年 ニ 月 の 第 八 号 か ら は 『 学 校 解 バ ン ド と な り 九 0 年 に メ ジ ャ ー ア ビ ュ ー し た ザ ・ ヒ ュ ー ズ に つ い て 岡 発 」 と し て 情 報 を 寄 せ て い る の が 見 え る 。 福 岡 市 の 私 放 新 聞 』 の 後 身 の " 雑 誌 内 雑 誌 ~ と な る が 、 の 、 『 ヒ ュ ー ズ が と ん だ 」 八 曜 社 ・ 8 年 と い う 著 作 も あ る ) 、 青 生 立 西 南 学 院 高 校 在 学 中 か ら 青 生 舎 と は 連 絡 を 取 り 合 っ て 同 五 月 号 内 の 第 十 一 号 が 最 後 と な っ た 。 こ の 頃 す で に と 舎 と 関 わ り 始 め た き っ か け は 不 明 。 い た と 聞 く か ら 、 そ の 時 期 の も の だ ろ う 。 廃 刊 号 で あ る か じ ゅ う い ち う に 金 山 は 青 生 舎 の 主 力 の 一 人 と な っ て お り 、 小 学 館 の 加 治 祐 一 の 名 も 、 少 な く と も 八 五 年 八 月 刊 の 『 元 気 印 『 八 九 年 十 月 号 で 平 野 は 、 「 私 が 青 生 舎 に 顔 を 雑 誌 『 小 学 五 年 生 」 で の 連 載 を も と に し た 保 坂 と の 共 著 大 作 戦 」 巻 末 の 執 筆 者 ・ ス タ ッ フ 一 覧 の 中 に す で に 見 え 出 す よ う に な っ た の は 年 の 3 月 の 終 わ り で す 。 大 学 進 『 や だ も ん ! 保 坂 展 人 の 元 気 印 ラ ン ド 」 が 八 七 年 七 月 に る 。 八 六 年 四 月 の 座 談 会 に 「 歳 」 と あ る か ら 六 〇 年 か 学 の た め に 上 京 す る の と 同 時 で し た 」 と 回 想 し て い る 。 出 て い る 。 六 一 年 の 生 ま れ と い う こ と に な る 。 八 七 年 に 入 る 頃 か ら つ ま り 平 野 は 、 八 〇 年 代 を と お し て 反 管 理 教 育 運 動 の " 総 そ の 後 ま も な く 八 八 年 に 入 る 前 後 か ら 金 山 は 筆 名 を " 青 生 舎 か ら 生 ま れ た 革 命 的 ロ ッ ク バ ン ド 。 と い う お 決 本 山 ~ だ っ た 青 生 舎 の 、 主 軸 メ デ ィ ア の 責 任 者 と い う 大 「 伊 藤 書 佳 」 と 変 え 、 や が て 青 生 舎 の 活 動 が 目 に 見 え て ま り の フ レ ー ズ と 共 に 誌 面 に た び た び ラ イ プ 情 報 が 載 る 役 を 十 八 歳 で 引 き 継 い だ の で あ る 。 『 学 校 解 放 新 聞 』 か 不 振 と な っ て 以 降 も 、 そ の 最 末 期 ま で を メ イ ン の ス タ ッ よ う に な る 「 元 気 ば か 組 」 の ボ ー カ リ ス ト で あ る 。 そ れ ら 『 』 へ の 変 更 の 経 緯 や 、 む ろ ん フ と し て 支 え る こ と に な る 。 な お 伊 藤 名 義 の 著 作 に 「 超 な り に 注 目 さ れ た バ ン ド の よ う で 、 八 七 年 四 月 ニ 一 日 、 廃 刊 へ と 至 る 経 緯 に つ い て も 後 述 す る 。 ウ ル ト ラ 原 発 子 ど も ゲ ン バ ツ は 止 め ら れ る よ 」 ( ジ ャ パ ン メ ジ ャ ー デ ビ ュ ー 十 日 前 の プ ル ー ハ ー ツ の ラ イ プ で 前 座 マ シ ニ ス ト 社 ・ 年 ) 、 於 / 林 広 樹 ・ 三 嶋 信 行 と の 共 著 『 子 ど を 務 め て も い る ( な お 青 生 舎 メ ン ノ ヾ ー に よ る バ ン ド に は 他 に 金 山 ぞ は ん ゅ ラ り も 発 知 り た い 国 連 子 ど も の 権 利 条 約 ( 同 年 ) が あ る 。 福 子 を ボ ー カ リ ス ト と す る 「 造 反 有 理 」 も あ る ) 。 加 治 は 、 九 〇 現 在 も 編 集 な ど の 仕 事 を し な が ら 、 反 原 発 な ど の 運 動 に 年 前 後 か ら " 動 物 解 放 ( ア ニ マ ル ・ ラ イ ツ ) の 活 動 家 と な っ 青 生 舎 が 重 要 な の は 、 単 に 八 〇 年 代 に 全 国 的 に 拡 大 し 関 わ っ て い る 様 子 で あ る 。 た 様 子 で あ る 。 た 反 管 理 教 育 運 動 の 火 付 け 役 で あ り 牽 引 役 で も あ っ た か よ は ね 七 〇 年 生 ま れ で 、 ロ ッ ク バ ン ド や ア イ ド ル の " 追 っ か 六 六 年 生 ま れ の 山 本 夜 羽 も 「 元 気 印 大 作 戦 』 の ス タ ッ ら と い う だ け で な い 。 け を す る 十 代 ・ ニ 十 代 の 女 の 子 た ち を 取 材 し た ル ポ フ 一 覧 に 名 を 連 ね て お り 、 す な わ ち や は り 少 な く と も ま す 一 つ に は 、 こ れ は す で に 前 節 の 冒 頭 で 述 べ た よ う 「 お っ か け パ ラ ダ イ ス 」 ( 太 田 出 版 ) で 八 八 年 四 月 に 十 八 歳 八 五 年 時 点 で す で に " 青 生 舎 入 り 。 し て い た は ず だ 。 に 、 ピ ー ス ポ ー ト や <OLL な ど 、 八 〇 年 代 前 半 に 反 核 運 で 単 行 本 デ ビ ュ ー し て 以 来 、 九 三 年 頃 ま で 小 説 を 含 む 数 八 六 年 七 月 発 行 の 「 学 校 解 放 新 聞 か ら 、 長 岡 義 幸 に 代 動 の 周 辺 に 登 場 し た 若 者 た ち の " 新 し い 政 治 運 動 。 を 、 冊 の 著 作 を 出 し た ( そ の 後 も 九 七 年 と 0 七 年 に エ ッ セ イ 集 を 刊 わ っ て 第 三 代 編 集 長 に 就 く も 、 発 行 ペ ー ス を 著 し く 乱 し 自 身 も そ の 一 つ で あ り つ つ 、 相 互 に 結 び つ け る 役 割 を 積 あ ず み ま な 行 ) 安 住 磨 奈 の 名 前 も 、 そ の 単 行 本 デ ピ ュ ー 前 か ら 青 生 た 責 任 を 問 わ れ た よ う で 、 わ ず か 三 ヶ 月 で 解 任 さ れ て い 極 的 に 果 た し た と い う 点 が 挙 げ ら れ る 。 と 青 生 舎 舎 周 辺 に 散 見 さ れ る 。 確 認 で き た と こ ろ で は 、 青 生 舎 も る 。 の ち の " 社 会 派 ェ ロ マ ン ガ 家 。 山 本 夜 羽 ( 現 在 は 一 文 の 密 接 な 関 係 に つ い て は 、 こ れ も す で に 本 章 第 ニ 節 で 詳 よ は お 中 心 的 に 担 っ た 八 七 年 九 月 の 沖 縄 で の イ ベ ン ト 「 う る ま 字 增 え て 「 山 本 夜 羽 音 」 ) こ と 山 本 洋 一 郎 は 次 章 の 主 要 登 場 述 し た 。 ピ ー ス ポ ー ト と の 関 係 も 、 す で に 八 三 年 九 月 の 祭 り 」 に 、 事 前 準 備 の た め 金 山 福 子 と 共 に 青 生 舎 か ら 沖 人 物 の 一 人 で あ り 、 こ こ で は 詳 し く 触 れ な い 。 第 一 回 航 海 の 「 水 先 案 内 人 」 一 覧 の 中 に 保 坂 の 名 が あ る 。 縄 に 派 遣 さ れ た ス タ ッ フ と し て 、 同 年 九 月 タ ブ ロ イ ド 判 の " 新 聞 。 で あ る 『 学 校 解 放 新 聞 」 が 『 学 校 解 放 新 聞 」 や ru—acu に は ピ ー ス ポ ー ト 関 連 号 に 書 い て い る の を は じ め 、 以 後 何 度 か 署 名 記 事 が 出 て 八 六 年 十 一 月 に サ イ ズ の " 雑 誌 ~ 『 Y—O(D 』 に 衣 の 情 報 も 頻 繁 に 掲 載 さ れ て お り 、 や は り 最 盛 期 で 一 万 部 い る 。 安 住 は 中 学 ニ 年 で 不 登 校 と な り 、 や が て 進 ん だ 定 替 え し て 以 降 の 時 代 に 、 青 生 舎 の メ イ ン の 活 動 家 と な を 超 え る 自 前 の メ テ ィ ア を 持 っ て い た 強 み は 大 き か ろ 時 制 高 校 も す ぐ に 中 退 、 バ イ ト を し な が ら 自 ら も ロ ッ ク る の が 六 七 年 生 ま れ の 平 野 裕 ニ で あ る 。 『 学 校 解 放 新 聞 』 う 。 し か し そ れ 以 上 に 重 要 な の は 、 青 生 舎 が 、 政 治 ・ 文 バ ン ド の 追 っ か け を し て い た よ う だ が ( 原 宿 ホ コ 天 で 人 気 八 六 年 一 月 号 ( 通 算 第 三 ニ 号 ) の 「 通 信 員 情 報 」 欄 に 「 福 化 ・ 思 想 の 三 位 一 体 で 展 開 し た 欧 米 の " 八 〇 年 前 後 。 の

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セ ー ジ 」 ( あ い わ 出 版 ・ 田 年 ) や 『 フ ォ ー ・ ビ ギ ナ ー ズ 性 」 ( 現 代 書 館 ・ 年 ) な ど の 著 作 も あ る 、 ウ ー マ ン リ プ 出 身 の 性 せ い せ い し ゃ 4 ・ 青 生 舎 の 反 管 理 教 育 運 動 教 育 実 践 者 で あ る 。 座 談 会 で 斉 藤 が 、 「 僕 ら は 初 め 『 校 内 暴 力 は 中 高 生 の 掲 と さ て 、 八 三 年 三 月 創 刊 の 「 学 校 解 放 新 聞 」 で あ る 。 異 議 申 し 立 て で あ る 」 と 言 っ た わ け だ よ ね 。 校 内 暴 力 、 号 「 四 千 部 刷 っ た 創 刊 〇 号 は 三 週 間 余 で み る み る う ち に バ イ ク 、 高 校 中 退 と い っ た 中 高 生 の 荒 れ 方 を ど う と ら え は け て い っ た 。 新 聞 や 雑 誌 に の っ た 小 さ な 紹 介 記 事 を 見 る か 、 と 言 っ た と き に 「 異 議 申 し 立 て で あ る 」 と し て 、 て 何 百 人 も の 人 が 問 い 合 わ せ て き た 。 / も う 退 く わ け に 中 高 生 を 支 援 し た わ け だ よ ね 。 ま あ 支 援 せ ざ る を え な は い か な く な っ た 。 月 刊 紙 と し て 発 行 す る 体 制 を 急 ご し か っ た わ け だ 。 / そ し て 、 あ る 程 度 『 陣 形 』 が つ く れ た 輛 き 版 ら え で つ く り だ し て 、 五 月 ニ 十 日 に は 正 式 に 創 刊 一 号 を と 思 う ん だ 。 『 異 議 申 し 立 て だ 」 と い う 人 が 多 く な っ た た カ 書 略 章 し る で 簡 送 り 出 し 」 、 そ れ か ら 一 年 を 経 て 発 行 部 数 は 「 一 万 部 台 し 、 集 会 で そ う い 0 た 発 言 を す る と ウ ケ る わ け だ 。 そ う 原 ー 絶 に の っ た 」 と い う ( 前 掲 ・ 保 坂 展 人 一 •r 内 申 書 裁 判 か ら 「 学 校 い う 意 味 で 僕 ら は ガ ン バ ッ た と 自 負 し て い い と 思 う 。 / ま び ま は 第 し ー 後 の 解 放 新 聞 」 へ 」 ) 。 と こ ろ が 、 そ う い っ た 『 世 論 』 は 変 わ っ た け れ ど 、 事 態 定 と 「 取 る む ろ ん イ ン タ ー ネ ッ ト な ど ま だ 遠 い 未 来 の 話 で あ る 。 は ま っ た く 変 わ ら な い わ け だ 。 変 わ ら な い ど こ ろ か 、 子 決 こ ず れ が リ せ さ 保 坂 に 好 意 的 な リ べ ラ ル 系 マ ス コ ミ の 援 護 も あ る と は い ど も た ち に 対 す る 締 め つ け は ま す ま す 強 く な っ て い る と ヒ 肖 IJ 一 何 え 、 そ し て 価 格 が 一 部 百 円 と 当 時 と い え ど も 破 格 に 安 思 う ん だ 。 そ れ は な ぜ か と 言 え ば 、 学 校 が お か し い 、 と 第 イ に ー 本 下 気 刊 か っ た と は い え 、 一 般 の 書 店 に は 置 か れ て い な い 要 は 単 は 言 え て も 、 じ ゃ あ ど う す れ ば い い の か と い う の が あ ま な る ″ ミ ニ コ ミ ~ が 毎 号 一 万 部 以 上 も 出 る よ う に な る と り に も な い か ら だ と 思 う 」 と 発 言 し て い る と お り 、 「 学 い う の は 、 か な り 衝 撃 的 な こ と だ と 思 わ れ る 。 あ る い は 校 解 放 宣 一 言 』 に 再 録 さ れ て い る 第 十 一 号 ま で の 『 学 校 解 本 北 ′ 八 。 髜 ま の こ 版 む し ろ イ ン タ ー ネ ッ ト な ど な い が ゆ え に 、 マ イ ナ ー な 媒 放 新 聞 の 基 調 は " 告 発 ~ 的 な も の で あ る 。 " 校 内 暴 力 。 号 実 こ 誌 細 体 に 自 ら 積 極 的 に ア ク セ ス し よ う と い う 主 体 性 を 持 つ 者 下 の 学 校 状 況 に つ い て 、 マ ス コ ミ の 論 調 が " 荒 れ る 生 徒 。 が そ れ だ け 多 か っ た の か も し れ な い が 。 叩 き へ と 急 速 に 傾 い て い く の に 抗 い 、 そ も そ も 生 徒 を が 量 ん が 誌 分 こ レ 単 行 本 「 学 校 解 放 宣 言 」 に は 、 「 学 校 解 放 新 聞 」 に 積 ん じ が ら め に 縛 り つ け て き た " 管 理 教 育 。 が 悪 い の だ と 極 的 に 関 わ っ た 主 な 年 長 者 の う ち の ニ 人 で あ る 斉 藤 次 し て そ の 実 態 を 暴 く " 告 発 ~ だ 。 力 、 り 郎 ・ 鈴 木 み ち 子 と 保 坂 ・ 森 ロ 秀 志 と い う メ ン バ ー で の 、 章 た ま 初 期 一 年 間 の 活 動 を 振 り 返 る 座 談 会 が 収 録 さ れ て い る 。 本 書 は 主 に 若 い 読 者 を 想 定 し て い る の で 、 煩 雑 に な る っ 第 序 ま さ き も り 斉 藤 は 年 生 ま れ で 、 真 崎 守 の 高 校 全 共 闘 モ ノ 『 共 犯 が 、 " 校 内 暴 力 ~ の 問 題 化 の 経 緯 を 少 し 詳 細 に 振 り 返 っ 幻 想 」 ( 年 ) な ど の マ ン ガ 原 作 や マ ン ガ 批 評 で も 知 ら れ て お く 。 当 時 の 保 坂 が 「 「 校 内 暴 力 」 と い う 言 葉 が 当 た り 前 の る 新 左 翼 系 の 教 育 評 論 家 、 鈴 木 み ち 子 は 年 生 ま れ で 、 『 性 長 期 つ つ ば り オ バ サ ン か ら あ な た た ち へ の 性 の メ ッ よ う に な っ た の は 一 昨 年 ( 八 0 年 ) か ら で あ る 」 ( 『 街 で 発 0 の と

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行 っ た 時 に は 、 幹 部 社 員 多 数 に 出 迎 え ら れ る と い う 、 そ 八 九 年 七 月 ま で 計 六 号 が 刊 行 さ れ て い る 。 誌 名 は い か に や は り " 校 則 ~ と い う か " 制 服 ~ に 疑 問 を 呈 す る 記 事 も れ ま で に は 考 え ら れ な い 破 格 の 待 遇 を 受 け た と 村 山 は 笑 も 保 坂 展 人 っ ぽ い 。 し か し 手 元 に あ る 三 冊 の バ ッ ク ナ ン あ る 。 青 生 舎 と も 多 少 の 関 係 は な い で も な い 大 阪 の " 反 よ り み ち う 。 納 品 に 行 く た び に 「 第 ニ 弾 は ま だ か ? 早 く 出 せ 、 ー を バ ラ バ ラ と め く っ て み て も 、 " 青 生 舎 系 ~ の 寄 稿 管 理 教 育 。 的 な 若 者 グ ル ー プ 「 余 里 径 倶 楽 部 」 の 記 事 も 早 く 出 せ 」 と し つ こ く 言 わ れ る の だ が 、 そ も そ も 林 に は 者 な ど は ほ ぼ 皆 無 に 近 い 。 創 刊 号 に は 島 田 紳 介 や 、 当 十 三 ペ ー ジ の 分 量 だ 。 小 さ な 記 事 だ が 「 ピ ー ス ポ ー ト 文 章 が 書 け な い 。 " バ ー 1 ~ は 時 間 が 無 制 限 に あ っ た 時 か な り メ ジ ャ ー な 女 性 漫 才 コ ン ビ だ っ た ハ イ ヒ ー ル の 航 行 談 」 と い う の も あ る 。 第 三 号 は も っ と す ご い 。 巻 頭 か ら 書 け た ま で の こ と で あ る 。 取 り 次 ぎ か ら は 矢 の 催 促 「 モ モ コ 」 の イ ン タ ビ ュ ー が 掲 載 さ れ て い る よ う だ し 、 か ら も う 「 今 一 番 ラ デ ィ カ ル な 集 団 」 と し て 中 核 派 系 の だ 。 切 羽 詰 ま っ た 村 山 は つ い に 、 中 高 生 の 読 者 か ら の 約 第 ニ 号 に は 赤 井 英 和 が 登 場 し て い る 。 で は 没 政 治 的 な 最 も 戦 闘 的 な 労 働 組 合 と し て 知 ら れ た 「 動 労 千 葉 」 の ( モ 三 千 通 の 手 紙 か ら 必 要 な 分 量 を 取 捨 選 択 し 、 そ れ に 村 山 ミ ー 八 ー 雑 誌 か と い え ば 、 そ ん な こ と は な い ど こ ろ か む ノ ク ロ だ が ) グ ラ ビ ア で あ る 。 む ろ ん 本 編 と し て 八 ペ ー ジ 自 身 で " は や し た け し 。 と し て コ メ ン ト を 付 す 形 で 、 一 し ろ 真 逆 で あ る 。 そ も そ も 題 字 の 脇 の キ ャ ッ チ コ ピ ー も 、 に わ た る " 動 労 千 葉 特 集 。 の 記 事 が あ っ て 、 そ れ が こ の 冊 で っ ち 上 げ て し ま っ た 。 こ の ー ト 2 ~ も そ れ な り 創 刊 号 と 第 ニ 号 ( 9 月 ) こ そ 「 " 2 代 。 と " も と 2 代 。 号 の メ イ ン の 扱 い と な っ て い る 。 サ プ ・ メ イ ン の 記 事 は に 売 れ て 、 こ う な っ た ら " 一 人 殺 す も ニ 人 殺 す も 一 緒 。 を つ な ぐ メ ッ セ ー ジ マ ガ ジ ン 」 な ど と 『 ヒ ス ト リ ー ズ ・ 京 都 の " 暗 黒 舞 踏 。 集 団 で あ る 「 白 虎 社 」 だ 。 こ の 号 に と い う や つ で 、 ー ト 3 ″ も ー ト 4 。 も 村 山 の 著 ラ ン 』 な み に 、 い や 、 " も と 2 代 ~ な ど と 逃 げ を 打 っ " あ も " 反 管 理 教 育 ~ 的 な い く つ か は も ち ろ ん 、 岡 山 の 「 地 じ ん が く し ゃ 作 だ 。 た し か 『 プ チ セ ブ ン 』 で の 連 載 を は じ め 、 雑 誌 な ざ と さ 。 で は そ れ 以 上 に 胡 散 臭 い が 、 「 ガ キ オ ッ サ ン 人 学 舎 」 な ど エ コ 系 の 運 動 体 や 、 死 刑 制 度 、 さ ら に は 「 東 ど に 依 頼 さ れ て 寄 稿 し た 文 章 も た い て い は 村 山 が 書 い た オ バ ハ ン 」 と 意 味 不 明 な 第 三 号 年 ⅱ 月 ) を 経 て 、 第 四 ア ジ ア 反 日 武 装 戦 線 」 に 関 す る 記 事 ま で あ る 。 も の だ と 言 っ て い た よ う に 記 憶 す る 。 私 と " は や し た け 号 ( 年 4 月 ) で は 何 と 「 変 革 の た め の ネ ッ ト ワ ー ク 誌 」 一 体 何 な の だ こ の 雑 誌 は し 。 と の 共 著 と い う こ と に な っ て い る 「 校 門 を 閉 め た の と 突 如 と し て 政 治 的 に 胡 散 臭 い 。 第 五 号 年 8 月 ) と 第 ブ レ ー ン セ ン タ ー の 創 業 者 で 出 版 も 仕 切 っ て い た ら し い な だ の ワ お は 教 師 か 』 は 、 メ イ ン を 占 め る の は 私 と 林 と の 往 復 書 簡 六 号 に は と く に キ ャ ッ チ コ ピ ー は 付 さ れ て お ら す 、 も は い 稲 田 紀 男 は 五 〇 年 生 ま れ 、 兵 庫 県 出 身 で あ り 、 ブ レ ー だ が 、 も ち ろ ん 私 が 手 紙 の や り と り を し た 相 手 は 村 山 で や " 2 代 ~ な ど と は 何 の 関 係 も な い 内 容 と な っ て も い る ン セ ン タ ー も 七 五 年 に 大 阪 で 立 ち 上 げ て い る 。 初 期 は 奈 あ る 。 同 書 収 録 の 林 の 書 き 下 ろ し の い く つ か の 文 章 も 村 よ う だ が 、 と く に 第 六 号 に な る と も う 『 元 気 マ ガ ジ ン 」 良 の タ ウ ン 誌 の 編 集 ・ 発 行 が か な り 主 要 な 仕 事 で 、 八 〇 山 が 書 い て い た 。 ま あ 、 犯 罪 と か で は な か ろ う 。 と い う 誌 名 は ほ と ん ど 目 立 た ず 、 リ 畠 題 で あ る は す の 「 釜 ケ 年 代 に 入 る と 、 岡 本 太 郎 、 武 満 当 唐 健 太 郎 な ど の 著 崎 ス ト ー リ ー 」 が 前 面 に 出 て い る ほ ど だ 。 名 人 を 招 い て の " 公 開 セ ミ ナ ー 。 と い っ た 文 化 イ ベ ン ト ご 兀 気 マ ガ ジ ン 」 と い う 奇 怪 な 雑 誌 も あ っ た 。 中 身 を 見 て み る と ま す ま す 極 度 に 政 治 的 な 匂 い が プ ン に も 力 を 入 れ て い る よ う だ 。 ウ イ キ ペ デ ィ ア に は 「 起 業 版 元 は 「 プ レ ー ン セ ン タ ー 」 で あ る 。 会 社 は 現 在 も 存 プ ン す る 。 ま も な く し て 、 「 カ ネ な し コ ネ な し 学 歴 な し 』 の 状 態 で 、 続 し て い て 、 サ イ ト に よ れ ば 、 「 出 版 社 と し て ス タ ー ト 手 元 に な い 創 刊 号 も 、 コ ン テ ン ツ だ け 見 る と " 校 則 ~ 社 会 へ の 文 化 活 動 と 、 企 業 と し て の 経 済 活 動 を 両 立 し 、 し ま し た 。 出 版 事 業 は 、 私 た ち の 原 点 で す 」 と の こ と だ 問 題 に 関 す る 記 事 が 多 い よ う だ し 、 島 田 紳 介 へ の イ ン タ 文 化 プ ロ デ ュ ー サ ー と し て の ス タ イ ル を 確 立 し て い っ が 、 現 在 は 「 企 画 制 作 会 社 」 で 、 「 プ ラ ン テ ィ ン グ 、 —æ 、 ビ ュ ー も 、 不 良 少 年 だ っ た 高 校 生 時 代 に 関 す る 内 容 の よ た 」 と あ る が 、 か な り 長 文 の 人 物 紹 介 を 読 ん で も と に か 、 (.DQ- 、 採 用 な ど の 分 野 で 、 企 業 分 析 を 起 点 う で あ る 。 第 ニ 号 の 特 集 タ イ ト ル は 「 学 校 へ 行 か な い 自 く 掴 み ど こ ろ の な い 怪 人 物 で あ る 。 に お 客 様 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 活 動 を 支 援 し て い ま す 」 由 が あ っ て も い い 」 で 、 「 フ リ ー ス ク ー ル 」 が 主 な テ ー 謎 だ ら け で 評 価 の し よ う が な い 「 元 気 マ ガ ジ ン 」 は 措 と い う 、 社 員 百 名 以 上 の か な り 大 き な 会 社 の よ う で あ る 。 マ と な っ て い る 。 「 真 面 目 通 信 」 と い う コ ー ナ ー が あ っ い て 、 「 ヒ ス ト リ ー ズ ・ ラ ン 』 や " は や し た け し 。 と い っ あ だ ば な 『 元 気 マ ガ ジ ン 』 な る 雑 誌 は 八 六 年 四 月 に 創 刊 さ れ 、 て 、 「 反 核 テ ィ ー チ イ ン 」 な ど と い う 記 事 が 載 っ て い る 。 た 紛 ら わ し い ニ セ モ ノ 、 徒 花 が 咲 き 乱 れ る ほ ど 、 八 〇 年 び や っ こ

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" 名 編 集 者 。 清 水 達 夫 が 自 身 で 思 い つ い た 企 画 で は な く 、 清 水 の 死 去 は 九 ニ 年 で あ る 。 故 が 知 ら れ て 退 学 に な る の が 怖 か っ た か ら 」 と の 供 述 か 高 野 兄 弟 の 持 ち 込 み に よ る も の で あ る ら し い 。 清 水 の ら 、 つ ま り " バ イ ク 禁 止 と い う 不 当 な 校 則 さ え な け れ ご 一 人 で 一 人 の 物 語 マ ガ ジ ン 八 ウ ス の 雑 誌 づ く り 」 茁 版 『 ヒ ス ト リ ー ズ ・ ラ ン 』 ほ ど 悲 惨 で は な い が 、 印 象 と ば 、 事 故 は 起 こ し た か も し れ な い が 現 場 か ら 逃 げ た り は ニ 、 ー ス 社 ・ 年 ) に も そ の あ た り の 事 情 に 触 れ た 箇 所 が し て は 似 た 存 在 と し て 、 " は や し た け し 。 ( 筆 名 は 一 貫 し て し な か っ た は ず だ と 学 校 側 の 責 任 を 追 及 、 「 仲 間 と と も あ る 。 「 ヒ ス ト リ ー ズ ・ ラ ン 』 が 実 際 に 刊 行 さ れ る 直 前 平 仮 名 表 記 だ が 、 読 み に く い の で 以 下 「 林 毅 」 と す る ) の 一 連 の に 『 減 刑 嘆 願 の 署 名 』 活 動 を 始 め 、 け つ き よ く 保 護 観 察 の 著 作 で あ り 、 清 水 は こ の " ト ン テ モ 企 画 。 の 可 能 性 に 活 動 が あ る 。 処 分 に と ど ま り 退 学 も 撤 回 さ せ て い る 」 と い う 。 こ の " 減 き わ め て 大 き な 希 望 を 抱 い て い る 。 清 水 に よ れ ば 、 「 ヒ 林 は 六 八 年 生 ま れ で 、 小 中 高 と 育 っ た 千 葉 県 の 管 理 教 刑 嘆 願 署 名 。 の 運 動 に つ い て も 、 地 元 で 大 き く 新 聞 報 道 こ 者 く さ ス ト リ ー ズ ・ ラ ン 』 は 「 マ ガ ジ ン ハ ウ ス の 創 業 四 〇 周 育 の 実 態 を 描 き 批 判 し た 『 ふ ざ け る な ! 校 則 」 を 駒 草 出 さ れ て い る 様 子 が 『 ふ さ け る な ! 校 則 』 で 紹 介 さ れ て い 年 の 記 念 事 業 の 一 つ 」 で 、 「 一 〇 代 だ け が つ く る 一 〇 代 版 と い う 小 さ な 版 元 か ら 八 七 年 四 月 に 十 九 歳 で 上 梓 し る 。 署 名 運 動 は 林 ら が 卒 業 直 前 の 高 三 の 三 学 期 に 展 開 さ の 雑 誌 な の で あ る 。 お そ ら く い ま ま で の 商 業 雑 誌 ジ ャ ー た 。 何 度 も 書 い た よ う に 千 葉 県 も ま た 当 時 、 " 西 の 愛 知 、 れ た こ と に な る 。 ナ リ ズ ム で は 誰 も が 考 え な か っ た 新 雑 誌 で あ ろ う 」 、 「 そ 東 の 千 葉 。 な ど と " 管 理 教 育 の メ ッ カ ~ で あ る か の よ う の イ ン タ ビ ュ ー で は 他 に 、 生 徒 会 は 「 完 ん な 雑 誌 が 商 売 に な る の か ? 」 と い う 声 が 社 内 か ら も 上 に 言 わ れ て い た 。 全 に 学 校 側 」 だ っ た の で 敵 視 し て お り 、 「 つ ま ら な い 生 が っ て い る が 「 他 の 営 業 用 の 雑 誌 と ち が っ て 、 こ の 『 ヒ 八 七 年 八 月 号 に 掲 載 さ れ た イ ン タ ビ ュ ー 徒 総 会 を つ ぶ し て 、 校 則 の 問 題 を 取 り 上 げ さ せ よ う と し し ろ い ス ト リ ー ズ ラ ン 」 は 利 益 追 求 の た め に 創 刊 す る の で は な に よ れ ば 、 林 も 千 葉 県 立 白 井 高 校 に 在 籍 し て い た 現 役 高 た こ と も あ り ま す 。 段 上 に の ぼ っ て 、 役 員 と や り あ い く て 、 志 あ る 一 〇 代 の 少 年 少 女 た ち の た め に 一 つ の ス 校 生 時 代 に は そ れ な り に 闘 っ て い た よ う で は あ る 。 な が ら 、 「 服 装 を 自 由 化 し よ う 』 と い う こ と や バ イ ク 解 テ ー ジ を 提 供 し よ う と す る 試 み と し て 創 刊 を 決 め た の で 林 が 本 格 的 に " 反 管 理 教 育 。 的 な 活 動 を 始 め た き っ か 禁 や 頭 髪 の 問 題 を 話 し ま し た 。 下 級 生 に も 同 調 し て く れ あ る 」 と 、 意 気 軒 昂 で あ る 。 け は 、 級 友 が 部 活 の 合 宿 で 教 師 に 夜 中 に 酒 を 買 い に 行 か る 人 が 出 ま し た 」 な ど と も 語 っ て お り 、 当 時 の " 闘 う 高 一 三 年 生 ま れ の 清 水 は こ の 時 す で に 七 〇 を 超 え た 老 人 さ れ 、 し か も 好 き で も な い の に 飲 む こ と ま で 無 理 強 い 校 生 。 と し て は ま あ 平 均 以 上 の 水 準 で 、 林 も や る べ き こ で あ り 、 判 断 力 の 衰 え は 仕 方 の な い こ と で も あ ろ う が 、 さ れ た と い う 出 来 事 が あ り 、 そ れ に 抗 議 し た こ と ら し と は や っ て い る 。 往 年 の " 名 編 集 者 ~ 清 水 の 輝 か し い 経 歴 に 汚 点 を 残 し た い 。 「 友 達 も 、 日 頃 か ら 頭 髪 の こ と や バ イ ク と か の 規 制 し か し 高 校 卒 業 か ら 約 一 年 後 に 「 ふ さ け る な ! 校 則 』 " ト ン デ モ 雑 誌 。 創 刊 の 背 景 に も 、 保 坂 の 主 導 で こ の 時 に 不 満 を も っ て い て 、 学 校 を 変 え て い こ う と い う こ と で 、 を 刊 行 し 、 そ れ が 一 冊 単 体 と し て は お そ ら く 保 坂 の 諸 作 期 に 全 国 規 模 で 拡 大 し て い た " 十 代 の 反 乱 ~ が あ っ た に 人 ぐ ら い の グ ル ー プ を つ く り ま し た 」 。 ニ 年 生 だ っ た を し の ぐ 反 管 理 教 育 運 動 " 業 界 最 大 の ベ ス ト セ ラ ー ( 約 は 違 い な い 。 ″ 名 編 集 者 ~ の ア ン テ ナ 自 体 は 鈍 っ て い た 八 四 年 十 一 月 に 修 学 旅 行 か ら 帰 っ て き た 直 後 の こ と だ と 七 万 部 と 聞 い て い る ) と な っ て 以 降 の 林 の 活 動 は 、 ま っ た わ け で は な い の で あ る 。 「 ふ さ け る な ! 校 則 」 に は あ る 。 く 評 価 に 値 し な い 。 そ れ は つ ま る と こ ろ 、 こ れ ま で に 触 と く に 首 都 圏 の " 反 管 理 教 育 ~ 系 の 集 会 に は 、 九 〇 年 林 ら の 主 な 戦 法 は 、 " マ ス コ ミ を 使 う 。 こ と だ っ た と れ て き た よ う な 青 生 舎 界 隈 の " 闘 う 高 校 生 。 た ち の 大 半 頃 ま で 、 「 十 代 が 作 っ た 十 代 の た め の 雑 誌 で す ! 」 と 『 ヒ い う 。 学 校 で 不 当 な 目 に 遭 わ さ れ た ら 新 聞 社 な ど に タ レ と は 異 な っ て 、 林 に は オ ー ソ ド ッ ク ス な 新 左 翼 ノ ン セ ク ス ト リ ー ズ ・ ラ ン 』 を 手 売 り し に く る 謎 の 老 人 の 姿 が よ 込 む 。 「 学 校 は マ ス コ ミ に 弱 い で す ね 。 問 題 は 学 校 の 外 ト ふ う の 問 題 意 識 や 思 想 教 養 が ま っ た く 欠 け て い た こ と く 見 ら れ た 。 若 い 活 動 家 た ち は 、 見 て は な ら な い も の を に 持 っ て い く 、 と い う ふ う に し ま し た 」 。 に 起 因 す る の で は な い か と 思 わ れ る 。 見 た よ う な 気 が し て 目 を そ む け る の が 常 だ っ た 。 清 水 で 八 六 年 元 旦 、 級 友 が バ イ ク に よ る 轢 き 逃 げ 死 亡 事 故 を つ ま り 林 に は 、 ま っ た く の と こ ろ ″ 校 則 批 判 気 " 管 は な か っ た か も し れ な い が 、 清 水 だ っ た か も し れ な い 。 起 こ し 、 退 学 処 分 に な り か け た の を 、 「 逃 げ た の は 、 事 理 教 育 批 判 。 し か な い の で あ る 。 " 理 不 尽 な 校 則 や ヒ ド

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藤 井 の 回 想 で あ る 。 年 犯 罪 。 ル ボ の 第 一 人 者 と な っ て 、 現 在 ま で に そ の 著 作 一 口 三 万 の 同 人 を 募 り 資 本 金 を プ ー ル 、 も は ( 共 著 な ど も 含 め て ) 五 十 冊 以 上 に 及 ぶ 。 な お 、 初 期 は 赤 字 問 題 を 解 決 で き ず に 資 本 金 の プ ー ル が 尽 き た 時 点 で 新 年 の 終 わ り 、 ぼ く は 事 務 所 を と じ た = 経 済 的 加 害 者 少 年 の 生 育 環 境 な ど に 着 目 し て 厳 罰 化 の 風 潮 に 異 廃 刊 と す る 、 と い う も の で 、 「 ⅱ 月 5 ・ 6 日 に 行 な わ れ た 情 や ら 複 雑 な 人 間 関 係 の も つ れ な ど か ら 、 ス ペ ー ス を 唱 え る ス タ ン ス だ っ た 藤 井 だ が 、 〇 ニ 年 の 「 少 年 に 奪 討 論 合 宿 と 9 日 ( 日 ) の 編 集 委 員 会 で 、 こ の 方 針 で や っ の 維 持 が 不 可 能 に な っ た の だ っ た 。 失 望 し た 仲 間 た わ れ た 人 生 犯 罪 被 害 者 遺 族 の 闘 い 」 ( 朝 日 新 聞 社 ) の 前 後 て い く こ と が 承 認 さ れ ま し た 」 と の こ と で あ る 。 ち は 去 り 、 あ る い は 各 自 の 運 動 を 始 め た 。 事 務 所 を か ら 、 厳 罰 化 に 賛 同 し ″ 死 刑 存 続 み な ど も 要 求 す る ス タ こ う し て の 刊 行 が 始 ま る が 、 す で に 失 わ し め る 頃 、 た ず ね て 来 る 高 校 生 も 「 オ イ こ ら 』 出 版 ン ス へ と 転 じ て お り 、 か つ 自 身 が " 転 向 ~ し た と い う 事 れ て い た 青 生 舎 の 求 心 力 は 回 復 す る こ と は な い 。 そ も そ 当 時 と く ら べ て 激 減 し 、 1 カ 月 に 354 人 と い う 調 実 に 藤 井 は 自 覚 的 な よ う で も あ る 。 も 五 五 年 生 ま れ の 保 坂 が こ の 八 六 年 に は も う 三 十 代 に 突 子 だ っ た 。 「 フ リ ー ・ ス ペ ー ス 」 と い う あ る 意 味 で 実 入 し て お り 、 " 中 高 生 自 身 が 闘 う 運 動 ″ と し て の 青 生 舎 験 的 な 運 動 を 起 こ し 、 結 果 的 に は 「 失 敗 一 し た ぼ く は 、 す で に 触 れ た よ う に 、 タ ブ ロ イ ド 判 だ っ た 「 学 校 解 放 の 反 管 理 教 育 運 動 を 中 心 的 に 担 う キ ャ ラ ク タ ー で は あ り さ ま ざ ま な 思 い を ひ き ず り な が ら 、 今 、 東 京 で く ら 新 聞 」 は 八 六 年 十 一 月 、 版 の 雑 誌 rx--Q(J)J と し え な く な り つ つ あ っ た と も 思 わ れ る 。 老 い た 保 坂 は 、 " 理 し て い る 。 て リ ニ ュ ー ア ル 創 刊 さ れ る に 至 る 。 そ の 創 解 あ る 大 人 み と し て 中 高 生 の 声 に 耳 を 傾 け 、 " 子 ど も た 刊 号 の 巻 末 に 付 さ れ た 「 発 行 の 遅 れ に つ い ち を 守 る み ス タ ン ス へ と そ の 志 向 を 変 質 さ せ 始 め て い た て の お わ び と 経 過 説 明 」 に よ れ ば 、 創 刊 に 先 立 っ て ま ず 、 よ う に も 見 え 、 八 七 年 九 月 号 に 掲 載 さ れ た 上 京 し た 藤 井 は 青 生 舎 の 近 傍 で フ リ ー ラ イ タ ー と し て 「 ( 「 学 校 解 放 新 聞 」 の ) 9 月 号 で 「 ナ ゾ の 新 紙 面 」 を 予 告 し 、 山 本 夜 羽 の 短 い 文 章 に も そ の こ と へ の 苛 立 ち が 表 れ て い の 活 動 に 力 を 注 ぎ 、 『 学 校 解 放 新 聞 」 や に 0 1 月 号 を 休 刊 し な が ら 、 ⅱ 月 号 が な か な か 届 か な い : る と 解 釈 し う る 表 現 が あ る 。 山 本 の 一 文 は 、 も そ れ ま で 以 上 に た び た び 寄 稿 す る よ う に な る 他 、 八 八 そ ん な 状 況 」 が あ っ た よ う で あ る 。 「 9 月 7 日 ( 日 ) の 編 の " 雑 誌 内 雑 誌 。 と し て 持 続 し て い た 「 ち こ 」 が 、 八 七 年 三 月 に は 、 " 教 師 へ の 管 理 ~ を テ ー マ と し た ニ 冊 目 の 集 委 員 会 で 、 発 行 が 3 カ 月 続 け て 遅 れ た こ と を 理 由 に 編 年 五 月 号 掲 載 の 「 ⅱ 号 」 を 最 後 に 出 な く な っ て い る こ と 著 作 『 こ れ が 初 任 者 研 修 の 実 態 だ 』 ( あ ゆ み 出 版 ) を 上 梓 集 長 が 山 本 か ら 平 野 に 替 わ り 、 1 カ 月 の 猶 予 期 間 を 置 い に つ い て の 釈 明 だ が 、 「 い ろ ん な 話 し 合 い 」 の 「 結 論 と す る に 至 る 。 愛 知 時 代 か ら 青 生 舎 と は 別 個 に 活 動 し 、 著 て と し て 出 発 す る こ と が 固 ま り ま し た 。 / し て は 、 残 念 な が ら 現 ス タ ッ フ の 状 態 で の 継 続 発 行 は 無 作 も あ り 、 自 前 の 実 践 経 験 も 豊 富 な 藤 井 は 、 青 生 舎 の 中 と こ ろ が 、 9 月 日 ( 月 ) の 青 生 舎 会 議 ( 毎 週 月 曜 午 後 7 理 」 で 、 「 大 き な 理 由 と し て は 『 ち こ 』 の シ ス テ ム 自 体 で も あ る 種 " 別 格 。 的 な 、 オ ・ フ ザ ー バ ー 的 な 存 在 と 見 な 時 か ら 開 い て い る 会 議 ) で 、 突 然 『 廃 刊 」 の 話 が 出 ま し た 。 に 疑 問 が あ る : ・ う さ ん く さ い な あ と い う 意 見 が 強 さ れ て い た よ う な 印 象 が あ る 。 財 政 の 悪 化 が そ の 理 由 で す 。 累 積 赤 字 が 100 万 円 近 く か っ た こ と で す 」 と し て い る 。 ど う 「 う さ ん く さ い 」 の そ の 後 も 藤 井 は 、 中 高 生 の 自 殺 問 題 を 扱 っ た も の と 思 あ り 、 そ の う え こ の ま ま で は 好 転 の き ざ し も ま っ た く な か 具 体 的 に は 書 か れ て い な い が 、 現 役 中 高 生 か ら 青 生 舎 し き 「 先 生 、 も う 生 き て い け な い ! 」 ( 三 一 書 房 ・ 田 年 4 月 ) い 。 こ れ 以 上 出 し 続 け る の は 無 理 で は な い か ー ー と い う に 届 い た 手 紙 を 非 中 高 生 の 山 本 ら 青 生 舎 ス タ ッ フ が 編 集 や 、 八 八 年 暮 れ か ら 八 九 年 は じ め に か け て の い わ ゆ る " 女 主 張 で し た 。 / そ れ に 対 し 、 こ れ ま で 「 学 校 解 放 新 聞 』 し て 中 高 生 読 者 の も と へ 送 り 返 す よ う な 、 い わ ば " 代 行 子 高 生 コ ン ク リ ー ト 詰 め 殺 人 事 件 。 を 扱 っ た 「 少 年 の 街 」 の 編 集 を 担 っ て き た メ ン バ ー か ら 「 出 し 続 け て い き た い 』 主 義 。 に つ い て 言 っ て い る と 解 釈 す る こ と も 可 能 だ 。 ま ( 教 育 史 料 出 版 会 ・ 年 ) な ど 、 な 管 理 教 育 。 の 問 題 に と ど ま と い う 声 が 強 く あ が り 、 財 政 問 題 の 解 決 案 も だ さ れ ま し た 、 「 「 ち こ 』 終 刊 の 後 、 保 坂 展 人 が ( 引 用 者 さ ら に 小 学 ら な い " 学 校 も の ~ や " 少 年 少 女 も の ~ の ル ホ を 得 意 と た 」 と い う 経 緯 が あ り 、 「 解 決 案 」 と は 、 『 学 校 解 放 新 聞 』 生 に ま で 対 象 を 広 げ よ う と い う ) 「 し ょ ち こ 」 と い う の を 提 起 す る 書 き 手 と し て 活 躍 し 、 と く に 『 少 年 の 街 」 以 降 は " 少 の 赤 字 は 『 学 校 解 放 新 聞 」 と し て 清 算 、 は し て い ま す が 、 現 ス タ ッ フ が こ れ に 参 加 す る か は 一 切 未

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リ ン グ が な い ん じ ゃ な い か と 思 っ た ん で す 。 つ ま り 僕 た 北 朝 鮮 の 200 日 』 ( 情 報 セ ン タ ー 出 版 局 ) は そ れ な り に 売 く な っ た 。 実 は 『 ヒ ス ト リ ー ズ ・ ラ ン 』 以 前 の 八 一 年 っ ち が 今 、 疑 問 と か 、 自 分 自 身 の 夢 と か 未 来 と か も 含 め れ 、 話 題 に な っ た よ う で も あ る 。 「 高 野 生 君 と い う 青 年 は 、 ま り 十 六 歳 の 頃 に 、 こ れ は ど う い う 本 な の か 分 か ら な い て 、 そ れ を 同 世 代 に 確 か め よ う と し た と き 、 僕 た ち 自 身 「 全 共 闘 時 代 』 に 遭 遇 で き な か っ た 自 分 を な ぜ か 大 い に が 、 『 敗 者 よ 再 び 挑 戦 者 た れ 』 と い う 本 を 、 高 野 生 は 修 の メ ッ セ ー ジ が 世 の 中 に 送 り 出 せ る リ ン グ が な い 。 / だ 悲 し み 、 そ の あ ま り 北 朝 鮮 の 田 宮 氏 ( 引 用 者 註 ・ 赤 軍 派 " よ 羅 書 房 と い う 小 さ な 版 元 か ら 出 し て も い る よ う だ 。 か ら こ れ は 、 リ ン グ 、 一 〇 代 の 主 張 の 場 を つ く ろ う と い ど 夛 グ ル ー プ の リ ー ダ ー ・ 田 宮 高 麿 ) に 、 学 び た い 、 連 帯 し そ の 修 羅 書 房 か ら は 、 弟 の 高 野 大 も 八 〇 年 、 な ん と う こ と な ん で す 」 ( 生 ) 、 「 一 〇 代 が つ く り 、 一 〇 代 に 送 る 。 た い 、 と 手 紙 を 書 い た 。 一 九 八 六 年 、 ニ 十 歳 の と き で あ 十 ニ 歳 で 最 初 の 著 作 で あ る 『 ミ ラ ー ジ ュ の 森 』 と い う " 物 一 〇 代 の 発 信 を 一 〇 0 % 保 証 す る と い う こ と を 基 本 的 主 る 」 ( 関 川 夏 央 「 退 屈 な 迷 さ 年 ・ 新 潮 文 庫 ) 。 や が て " よ ど 号 ~ 語 詩 ~ と や ら を 刊 行 し て い る 。 さ ら に 八 四 年 に は 十 五 歳 旨 と し て い る ん で す 。 一 〇 代 自 身 の メ ッ セ ー ジ : : : 作 品 グ ル ー プ か ら 、 お そ ら く 日 本 潜 入 の 北 朝 鮮 工 作 員 を 通 じ で 、 こ れ ま た や は り 大 手 の 筑 摩 書 房 か ら 、 ネ ッ ト で の 情 で す ね 。 そ れ は も ち ろ ん 詩 で も 小 説 で も 論 文 で も 、 ま た 、 て 返 信 が 届 き 、 八 六 年 十 一 一 月 の 北 京 で の 田 宮 ら と の 初 対 報 を 見 る 限 り 前 作 と 同 様 の ( そ れ が ど う い う も の な の か 知 ら 文 字 で な く て も 、 漫 画 と か イ ラ ス ト と か 、 極 端 な 話 、 音 面 を 経 て 、 八 七 年 一 月 、 高 野 は つ い に 北 朝 鮮 を 訪 れ る 。 な い が ) " 物 語 詩 。 ら し い 「 想 の 裁 き 』 が 出 て い る 。 楽 の 楽 譜 と か 、 建 築 の 設 計 図 で も か ま わ な い と 思 っ て い も ち ろ ん 高 野 は 北 朝 鮮 の 実 情 に 絶 望 し 、 逆 に 北 朝 鮮 サ イ ニ 人 揃 っ て と り た て て ( せ め て ) " 文 才 。 な ど ( も ) あ ま す 」 ( 大 ) と の こ と で あ る 。 イ ン タ ビ ュ ー を 一 読 し て も 、 ド か ら も 期 待 外 れ と 見 な さ れ て " 無 事 。 日 本 へ の 帰 国 を り そ う に な い 高 野 兄 弟 が 、 か く も 若 く し て 出 版 界 で 異 例 創 刊 主 旨 は ほ ぼ 意 味 不 明 と 言 っ て よ く 、 引 用 し た 部 分 は 許 さ れ る 。 : ・ と い う 一 連 の 経 緯 を 綴 っ た 本 で あ る ら し の " 成 功 。 を 収 め る こ と が で き た 背 景 に は 、 や は り そ の ま だ マ シ な ほ う で 、 独 り よ が り の ト ン チ ン カ ン な 情 熱 が い 。 関 川 に よ る 読 後 の 感 想 も 、 「 ( 「 北 朝 鮮 」 で は な く 「 全 共 闘 」 特 異 な 生 育 環 境 が 関 係 し て い る と し か 思 え な い 。 と い う 空 回 り し て い る だ け の 印 象 を 受 け る 。 天 下 の 大 新 聞 社 の に 憧 れ て の " よ ど 号 。 グ ル ー フ と の 接 触 な の だ か ら ) 北 朝 鮮 観 察 の も 、 ニ 人 の 父 ・ 高 野 雅 夫 は 、 か な り 有 名 な 活 動 家 で あ 週 刊 誌 編 集 長 で あ る イ ン タ ビ ュ ア ー の 筑 紫 も 、 「 こ う い に 抜 か り が あ る の は 無 理 な い に し ろ 、 『 全 共 闘 』 に 対 し る ら し い の だ 。 三 九 年 に 満 州 に 生 ま れ た 高 野 雅 夫 は 、 戦 う 、 一 種 同 人 誌 的 な も の を い き な り マ ス に の せ て い こ 一 つ て も 知 識 の な さ が 目 立 つ 」 、 「 恣 意 的 な ル ビ や 、 蕗 ) い た 乱 の 中 で 両 親 と 死 別 し て 戦 災 孤 児 と な り 、 敗 戦 直 後 の 混 と い う の は 、 や つ ば り メ テ ィ ア の 時 代 の 子 だ な あ と い う す ら に 情 緒 的 で 奇 怪 な 用 語 が 多 用 さ れ 、 読 む 方 が 気 恥 か 乱 期 を 最 下 層 の 窮 民 と し て 生 き 抜 い た 。 完 全 な る 文 盲 で 気 が す る ね 」 と 遠 回 し に 批 判 し て い る ほ ど だ 。 し い 」 、 「 年 齢 と し て は 非 常 に 子 供 っ ぽ い 。 た だ 不 勉 強 と あ っ た が 、 ニ 十 一 歳 で 夜 間 中 学 に 入 っ て 猛 勉 強 し 一 一 十 七 な せ こ ん な " ト ン デ モ 企 画 。 が そ れ な り の 大 出 版 社 で い た ず ら な い ら だ ち が 感 じ ら れ る だ け で あ る 」 、 「 叫 ん だ 歳 で 卒 業 、 六 七 年 以 降 は 夜 間 中 学 の 廃 止 に 反 対 し 、 む し あ る マ ガ ジ ン 八 ウ ス で 通 っ て し ま っ た の か と い え ば 、 創 り 歌 っ た り す る こ と は 得 意 で も 、 考 え た り 表 現 し た り す ろ も っ と 新 設 せ よ と い う 運 動 に 奔 走 す る 活 動 家 と し て 有 業 者 で あ り 名 編 集 者 と し て 知 ら れ る 清 水 達 夫 が 受 け た 企 る 訓 練 は な さ れ て い な い 」 と 散 々 で あ る 。 名 に な る 。 『 夜 間 中 学 生 タ カ ノ マ サ オ 武 器 に な る 文 字 画 だ か ら と い う の は も ち ろ ん あ ろ う が 、 そ れ で は 今 度 は そ れ で も 高 野 生 は さ ら に 「 追 い 風 に 吹 か れ て 僕 の 戦 と コ ト バ を 』 ( 解 放 出 版 社 ・ 年 ) 、 『 タ カ ノ マ サ オ 2 夜 間 こ ん な " ト ン デ モ 兄 弟 。 が そ ん な 出 版 界 の 大 物 に ツ テ を 場 は 東 京 四 区 だ っ た 』 ( 朝 日 新 聞 社 ・ 8 年 1 月 ) 、 小 説 だ と い 中 学 か ら 朝 鮮 半 島 へ 田 歳 、 学 び の 原 点 を 求 め て 』 ( 同 ・ 持 っ て い る 理 由 が 解 せ な い 。 こ ん な 雑 誌 が 売 れ る は ず も う 「 べ イ ビ ー ユ ニ バ ー ス 』 ( 三 省 堂 ・ 年 6 月 ) 、 「 歳 、 マ 四 年 ) の 著 作 が あ る 他 、 東 京 弁 護 士 会 の 「 人 権 賞 」 を 受 な く 、 翌 八 六 年 ニ 月 の 第 ニ 号 で 打 ち 止 め に な っ て い る の イ ナ ス か ら の 旅 立 ち 」 ( 引 年 9 月 ・ 朝 日 文 庫 ) 、 ま た し て も 賞 し 生 ) 、 〇 九 年 に は 立 教 大 学 ・ 大 学 院 の 特 任 教 授 に だ が ( 時 期 は 不 明 だ が 自 費 で " 復 刊 1 号 ~ と い う の も 出 し た ら し い ) 、 小 説 ら し い 『 東 京 合 衆 国 」 ( 新 潮 社 ・ 年 3 月 ) 、 や は り 小 就 任 し て い る ( い つ ま で か 不 明 ) 。 な お 高 野 大 は 〇 八 年 、 父 ・ 高 野 兄 弟 は そ の 後 も し ば ら く 、 そ れ な り の 大 手 も 含 む 複 説 「 東 京 平 和 維 持 軍 PKO IN T 工 E 工 EART 」 ( 河 出 書 房 新 社 ・ 雅 夫 へ の 聞 き 書 き と 思 わ れ る 『 父 の 遺 書 、 僕 た ち の 新 書 」 数 の 版 元 か ら 著 作 を 出 し 続 け て い る の で あ る 。 年 月 ) と 大 手 版 元 か ら ば か り 、 ニ 十 七 歳 と な る 九 ニ ( 新 読 書 社 ) を 上 梓 し て い る 。 中 で も 高 野 生 が 八 八 年 三 月 に 出 し た 『 歳 の バ イ プ ル 年 ま で に 計 六 冊 を 世 に 出 し て 、 そ の 後 は 名 前 が 見 ら れ な 肝 心 の 雑 誌 『 ヒ ス ト リ ー ズ ・ ラ ン 』 だ が 、 も ち ろ ん