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昭和天皇(下)


亦 頭 を 下 げ る 」 と 書 い て い る 。 田 中 は 自 民 党 の 衆 議 院 議 員 で 、 決 ( 祀 ) 加 瀬 英 明 「 高 松 宮 か く 語 り き 、 「 文 藝 春 秋 』 ( 一 九 七 五 年 二 算 委 員 長 の 地 位 を 利 用 し 、 土 地 取 引 な ど を め ぐ っ て 数 百 万 円 を 収 月 ) 一 九 三 、 一 九 六 、 一 九 八 、 二 〇 〇 ペ ー ジ 。 賄 し た 。 二 カ 月 後 、 佐 藤 は 別 の 二 人 の 閣 僚 の 職 権 乱 用 事 件 に つ い ) 前 掲 『 入 江 相 政 日 記 ( 五 ) 』 一 九 九 一 年 、 二 七 三 ペ ー ジ 。 て も 天 皇 に 謝 罪 し て い る 。 同 前 四 六 九 、 五 〇 二 ペ ー ジ 。 ) 前 掲 『 入 江 相 政 日 記 ( 六 ) 』 一 九 九 一 年 、 五 六 、 五 七 、 一 一 ( 鬨 ) 『 朝 日 新 聞 』 一 九 七 二 年 五 月 一 五 日 、 入 江 為 年 監 修 『 入 江 相 一 、 一 一 四 、 一 三 二 ペ ー ジ 。 一 九 八 〇 年 の 「 拝 聴 録 」 に つ い て の 政 日 記 ( 四 ) 』 朝 日 新 聞 社 、 一 九 九 一 年 、 三 五 九 、 四 〇 七 ペ ー ジ 。 記 述 は 、 簡 素 だ が 随 所 に あ ら わ れ る 。 ) 吉 田 裕 、 前 掲 『 日 本 人 の 戦 争 観 』 一 三 八 ペ 1 ジ 。 5 ) 前 掲 『 人 江 相 政 日 記 ( 六 ) 』 一 一 一 四 ペ ー ジ 。 ) 岩 見 隆 夫 「 新 編 戦 後 政 治 ( 一 五 ) 」 『 毎 日 新 聞 』 一 九 九 一 年 七 ( ) 同 前 二 一 七 ペ ー ジ 。 ( 同 前 。 月 一 四 日 、 Bix, "The Showa Emperor's 'Monologue' and the Problem of War Responsibility" in , 、 0 ミ 7 ミ 、 、 、 ミ ミ ( ) 渡 辺 治 「 九 〇 年 代 日 本 国 家 と 天 皇 制 」 『 文 化 評 論 』 三 五 七 Stt 、 dies, vol. 18 , No.2 (Summer 1992 ) pp. 362 ー 363 に 引 用 。 「 臨 時 増 刊 続 ・ 天 皇 制 を 問 う 」 ( 一 九 九 〇 年 一 〇 月 ) 四 五 ペ ー ジ 。 ( ) 岩 見 隆 夫 『 陛 下 の 御 質 問 ー 昭 和 天 皇 と 戦 後 政 治 』 毎 日 新 聞 ( 尹 健 次 「 孤 絶 の 歴 史 意 識 」 『 思 想 』 七 八 六 ( 一 九 八 九 年 一 二 社 、 一 九 九 二 年 、 八 五 ー 八 八 ペ ー ジ 、 岩 井 忠 熊 「 天 皇 制 の 五 〇 月 ) 、 一 二 ペ 1 ジ 。 年 」 立 命 館 大 学 人 文 科 学 研 究 所 編 『 戦 後 五 〇 年 を ど う み る か ー 一 一 四 「 即 位 儀 礼 の 焦 点 」 『 朝 日 新 聞 』 一 九 九 〇 年 一 〇 月 一 九 ー 一 一 三 一 世 紀 へ の 展 望 の た め に ( 下 ) 』 人 文 書 院 、 一 九 九 八 年 、 二 五 四 日 。 ペ ー ジ 、 Nakamura, T 、 ミ を 、 ミ ミ ミ ミ ミ を , て . 139. ( 礙 ) 笹 川 紀 勝 「 即 位 の 礼 と 大 嘗 祭 」 横 田 耕 一 / 江 橋 崇 編 「 象 徴 天 料 ) 吉 田 裕 、 前 掲 『 日 本 人 の 戦 争 観 』 一 四 〇 ペ ー ジ 。 皇 制 の 構 造 ー 憲 法 学 者 に よ る 解 読 』 日 本 評 論 社 、 一 九 九 〇 年 、 一 ( 菊 ) 『 朝 日 新 聞 』 一 九 七 五 年 九 月 一 三 日 。 ( ) 同 前 一 九 七 五 年 九 月 二 三 日 、 松 浦 総 三 、 前 掲 二 四 二 ペ ー ジ 。 ( 肥 ) . 、 ミ ~ 77 ミ es , Nov. 23 , 1990. ( 町 ) 「 朝 日 新 聞 』 一 九 七 五 年 九 月 二 三 日 。 ( ) 『 毎 日 新 聞 』 一 九 九 〇 年 一 二 月 二 三 日 。 ) ゴ ミ e (lntl. ed. ) , Oc (. 20 , 1975 , p て 」 4 ー 一 Newsweek, Oc (. 20 , 1975 , 窄 25. ( 的 ) 『 朝 日 新 聞 』 一 九 七 五 年 一 一 月 一 日 。 ) 吉 田 裕 、 前 掲 『 日 本 人 の 戦 争 観 』 一 六 三 ペ 1 ジ 。 1 ) 前 掲 『 入 江 相 政 日 記 ( 四 ) 』 、 二 〇 八 、 二 一 〇 ー 二 一 一 42 41 ま た 54 53 330

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注 ( 第 14 章 一 口 0 ペ ー ジ ) い て は 、 天 皇 は ほ と ん ど 相 談 を 受 け な い 。 そ れ ら は 最 高 司 令 官 だ イ 三 . III: MacArthur UnjustifiablY Accused Meting Out サ が 、 ほ と ん ど の 場 合 、 決 定 す る 。 と も か く 、 陛 下 は 、 戦 争 開 始 'Victors' Justice' in 舅 「 ar Crimes Cases" in 」 ト ・ = ト ミ 0 の 前 に 、 正 式 の 宣 戦 布 告 を な さ る お つ も り で あ っ た 」 ( 同 前 四 八 戔 ミ 、 ミ 113 (Summer 1986 ) , P. 217. ) Report 0 『 Government Section, Supreme Commander for ( ) 細 川 護 貞 『 細 川 日 記 』 中 央 公 論 社 、 一 九 七 八 年 、 一 八 〇 ー 一 the Allied Powers: 戔 0 ミ 誉 ミ R き e ミ ミ 、 ~ ミ ・ . 、 ド S き ミ b ミ 、 八 一 ペ ー ジ 。 木 下 『 側 近 日 誌 』 三 四 ー 三 五 ペ ー ジ 。 7945 、 0 September 7 ミ 8 (Washington, D. C. 【 USGPO' 一 949 ) , ( 四 ) 田 中 伸 尚 『 ド キ ュ メ ン ト 昭 和 天 皇 第 六 巻 占 領 』 緑 風 出 vol. 2 (Appendices) , p. 423. ( 為 ) 東 野 真 『 昭 和 天 皇 二 つ の 「 独 白 録 」 』 日 本 放 送 出 版 協 会 、 一 版 、 一 九 九 〇 年 、 二 三 七 べ 1 ジ 。 入 江 為 年 監 修 『 入 江 相 政 日 記 九 九 八 年 、 六 二 ー 六 八 ペ 1 ジ 。 フ ェ ラ 1 ズ は 、 一 九 四 四 年 半 ば に 第 二 巻 』 朝 日 新 聞 社 、 一 九 九 〇 年 、 一 一 ペ ー ジ 。 ) Cohen, e ミ g 7 ミ ~ , て . 64. 起 草 し た 「 日 本 へ の 回 答 」 と い う タ イ ト ル の 心 理 作 戦 に 関 す る 論 ( ) Douglas MacArthur, Reminiscences. ・ G ミ ミ き 、 、 the 、 文 の な か で 、 「 日 本 人 が 天 皇 の 正 し さ を 疑 う こ と は 、 カ ト リ ッ ク ( 教 徒 が 聖 母 マ リ ア の 貞 節 を 疑 う の と 同 じ く ら い 冒 漬 的 な こ と な の 0 ミ ミ 辷 ミ ミ 、 ミ 、 ( McG 「 aw ・ H 三 B00k CO" 一 964 ) , p. 2 一 Richard E. Lauterbach, "Secret Japan War Plans: Official だ 」 と 書 い て い る 。 ) 一 九 四 五 年 八 月 八 日 付 の 「 プ ラ ッ ク リ ス ト 」 作 戦 の 最 終 版 は Repo 「 ts Reveal Pearl Ha 「 bor St 「 ategy"' ト , Ma 「 . 4 , 】 9 , p. 22 こ ohn Gunther, The Riddle 、 ミ ミ ミ 、 ミ こ 7 ド K ミ ミ ミ ミ 日 本 の 関 与 を 許 さ な い 占 領 を 想 定 し て い た 。 し か し 、 実 際 に は 、 the E ミ 、 East(Harper 年 Brothers, 1957Y マ 116. 『 木 戸 幸 一 日 記 日 本 の 指 導 者 が 占 領 直 後 か ら ア メ リ カ の 政 策 に 影 響 を 及 ば す べ く 積 極 的 に 関 与 し た 占 領 で あ っ た 。 R 。 を ミ ・ G 。 ミ 、 、 ミ ミ ミ と ミ ~ ・ 下 巻 』 東 京 大 学 出 版 会 、 一 九 六 六 年 、 一 二 三 七 ー 一 一 一 三 八 ペ ー ジ 。 豊 下 楢 彦 、 前 掲 「 『 天 皇 ・ マ ッ カ ー サ ー 会 見 』 の 検 証 」 七 八 ミ 、 , ミ ミ 」 4 ミ 、 ミ 、 ぎ . 、 ミ 77 ミ 0 ~ き ミ ぎ ミ 辷 ミ Phase' v 三 . 1 , Supplement, prepared bY His General Staff (Washingt()11' D. 2 ) 豊 下 楢 彦 「 『 天 皇 ・ マ ッ カ ー サ ー 会 見 』 の 検 証 」 八 三 ー 八 四 C. 【 USGPO, → 966 ) , て p. 2 ー 12 を 参 照 。 豊 下 楢 彦 「 『 天 皇 ・ マ ッ カ ー サ ー 会 見 』 の 検 証 」 岩 波 新 書 編 ペ ー ジ 。 集 部 編 『 昭 和 の 終 焉 』 岩 波 新 書 、 一 九 九 〇 年 、 八 一 ペ ー ジ 。 松 尾 ( 芻 ) D. Clayton James The ) 、 ミ ) 、 ミ ミ ミ , vol• 3 , 尊 兊 「 考 証 昭 和 天 皇 ・ マ ッ カ ー サ ー 元 帥 第 一 回 会 見 」 『 京 都 大 7 ) 、 き ミ 、 ~ ミ ミ ミ 3 、 7 ミ 5 こ 964 (Boston: Houghton Mifflin Co., 1985 ) , pp. 322 ー 323. 学 文 学 部 研 究 紀 要 』 第 二 九 号 ( 一 九 九 〇 年 三 月 ) 四 六 ー 四 八 ペ ー ジ 。 ス ポ ー ク ス マ ン に よ り 、 後 日 訂 正 さ れ た 回 答 は 次 の と お り 。 ) 兼 子 昭 一 郎 『 新 聞 カ メ ラ マ ン の 証 一 言 ー 戦 後 新 聞 写 真 史 』 日 本 「 陸 ・ 海 軍 の 配 備 、 攻 撃 の 時 間 や 場 所 な ど 戦 争 の 個 々 の 作 戦 に つ 新 聞 協 会 、 一 九 八 六 年 、 二 八 ー 三 三 ペ ー ジ 。 31 30

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( 肪 ) き ミ ご ミ Sept. 29 , 一 94 Daizabu 「 。 Yui, "Democ ・ 武 蔵 の 生 き 残 り で 、 反 戦 活 動 家 ・ 著 述 家 で も あ っ た 渡 辺 清 が 一 一 racy From the Ruins: The First Seven Weeks of the ()ccupa ・ 月 八 日 付 の 新 聞 報 道 に 寄 せ た 反 応 を 引 用 し て い る 。 tion in Japan," in ~ 、 ミ s ~ 、 s ミ Jo ミ ミ ミ 、 So ミ Studies 19 no. ( 昭 ) 『 木 戸 幸 一 関 係 文 書 』 東 京 大 学 出 版 会 、 一 九 六 六 年 、 一 三 九 1 (ApriI 1987 ) pp. 31 ー 45. ー 一 四 〇 ペ ー ジ 。 さ ら に 木 戸 は 、 「 さ て 御 召 列 車 が 沼 津 駅 に 到 着 ( ) 古 川 純 「 天 皇 ・ 日 の 丸 ・ 君 が 代 ー 天 皇 制 の 記 号 」 横 田 耕 一 / し て 見 る と 、 駅 は 戦 災 の 為 め 焼 失 し て 小 さ な バ ラ ッ ク が 立 っ て 居 ば か 江 橋 崇 編 『 象 徴 天 皇 制 の 構 造 ー 憲 法 学 者 に よ る 解 読 』 日 本 評 論 る に 過 ぎ ず 、 形 許 り の 柵 に は 群 集 が 群 が っ て こ ち ら を 眺 め て 居 る 社 、 一 九 九 〇 年 、 一 三 九 ペ ー ジ 。 「 君 が 代 」 ( 陛 下 の 治 世 ) は 日 清 の で あ る が 、 全 体 の 雰 囲 気 は 至 っ て 和 や か で あ り 、 頭 を 下 げ て 居 ・ 日 露 戦 間 期 ( 一 八 九 四 ー 一 九 〇 五 年 ) の 一 〇 年 の 間 に 初 め て 公 る も の も あ れ ば 、 笑 っ て 居 る も の も あ る と 云 ふ 極 め て 自 然 な 情 景 式 の 国 歌 と し て 扱 わ れ る よ う に な っ た 。 で 、 長 い と 思 っ た 六 分 も 何 と 云 ふ こ と な く 過 ぎ て : : : 」 と も 付 け 7 ) 一 九 四 五 年 一 一 月 一 日 の 『 朝 日 新 聞 』 と 『 読 売 報 知 』 参 照 。 加 え て い る 。 が 一 九 四 五 年 一 〇 月 三 〇 日 に 発 表 し た 価 格 は 降 伏 後 初 期 の 石 ) 木 下 道 雄 『 側 近 日 誌 』 六 四 ペ ー ジ 。 貨 幣 価 値 に 基 づ い て い た 。 そ の 後 、 再 評 価 さ れ た 結 果 、 皇 室 財 産 ( 菊 ) 田 中 伸 尚 『 ド キ ュ メ ン ト 昭 和 天 皇 第 七 巻 延 命 』 一 六 九 ペ の 総 額 は 急 激 に 増 加 し た 。 ね ず ま さ し 『 天 皇 と 昭 和 史 下 』 三 一 ー ジ は 一 一 月 二 四 日 付 の 『 朝 日 新 聞 』 の 記 事 に 言 及 し て い る 。 書 房 、 一 九 七 六 年 、 一 一 六 五 ー 一 一 六 六 ペ ー ジ 。 ( ) 竹 山 昭 子 「 占 領 下 の 放 送 ー 『 真 相 は こ う だ 』 」 南 博 / 社 会 心 ( 圏 ) Herbert P. Bix, "The Shöwa Emperor's 'Monologue' and 理 研 究 所 編 『 続 ・ 昭 和 文 化 → 945 ー → 989 』 勁 草 書 房 、 一 九 九 〇 the Problem of War Responsibility," in . 、 0 ミ 7 ミ 、 、 7 ミ ミ se 年 、 一 一 一 一 一 三 ペ ー ジ 。 『 朝 日 新 聞 』 一 九 四 五 年 一 二 月 八 日 。 S 、 ~ 、 ミ es18 , no. 2(Summer 】 992 ) , p. 307. ) John Dunning, T ミ ミ ) 、 "es 、 ミ ミ 0. ・ The U ミ ミ ミ e E ミ 0 ミ e ・ ( ) 退 位 は 占 領 期 全 体 を 通 じ て 重 大 な 問 題 で あ っ た 。 退 位 問 題 に 戔 、 0 ミ ー T ぎ ミ ミ 0 廴 925 ー 7976 (Prentice-Hall, lnc. , 1976 ) , 関 す る 論 考 と し て 一 b ミ こ pp. 3 に ー 318 を 参 照 。 pp. 393 ー 396. ( ) 安 田 常 雄 「 象 徴 天 皇 制 と 民 衆 意 識 ー そ の 思 想 的 連 関 を 中 心 ( 竹 山 昭 子 「 占 領 下 の 放 送 」 一 〇 五 ー 一 〇 六 ペ ー ジ 。 Mark に 」 『 歴 史 学 研 究 』 第 六 二 一 号 ( 一 九 九 一 年 七 月 ) 三 六 ペ ー ジ 。 Gayn, . 、 ミ ~ (William Sloane Associates, 1948 ) , p. 6 も 併 石 ) 山 田 朗 『 大 元 帥 ・ 昭 和 天 皇 』 新 日 本 出 版 社 、 一 九 九 四 年 、 三 せ て 参 照 し た 。 な お 、 『 真 相 は こ う だ 』 の リ ハ ー サ ル を 見 た の ち 、 ゲ 〇 六 ペ ー ジ 。 陸 海 軍 両 省 の 最 後 の 残 滓 ー ー 第 一 ・ 第 二 復 員 局 ・ ー ・ イ ン は 次 の よ う に 書 き 残 し て い る ( ミ . , p. 7 〔 邦 訳 は 井 本 威 夫 は 一 九 四 七 年 一 〇 月 に 閉 鎖 さ れ た 。 訳 『 ニ ッ ポ ン 日 記 』 筑 摩 書 房 、 一 九 六 三 年 、 八 ペ ー ジ に よ っ た 〕 ) 。 ( 犯 ) 田 中 伸 尚 『 ド キ ュ メ ン ト 昭 和 天 皇 第 七 巻 延 命 』 緑 風 出 版 、 一 九 九 二 年 、 一 六 七 ー 一 六 八 ペ ー ジ 。 田 中 は 、 沈 没 し た 戦 艦 ラ ジ オ 放 送 や 、 ま た 明 日 か ら 二 十 回 に わ た っ て 連 載 さ れ る 予 ( マ マ ) 3 12

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注 ( 第 15 章 2 凵 ー 222 ペ ー ジ ) Bix, "The Shöwa Emperor's 'Monologue' and the problem 0 ( 時 に 出 席 し た 裁 判 官 の 多 数 決 を も っ て 決 定 す る と 規 定 し て い た 。 War ResponsibilitY" in , 、 0 ミ 7 ミ 、 、 . 、 ミ ミ S き ミ e ュ 8 , 2 欠 席 し た 裁 判 官 は 、 「 そ の 欠 席 中 行 な わ れ た 審 理 に 」 通 暁 し な い と 〔 自 己 の 無 資 格 を 〕 公 開 の 法 廷 に お い て 宣 言 し た 場 合 を 除 い (Summer 1992 ) , p て . 314 ー 315 を 参 照 。 ( 浦 ) 木 下 道 雄 『 側 近 日 誌 』 一 三 五 ペ ー ジ に 収 録 さ れ た 「 国 体 護 持 て 、 そ の 後 の 審 理 に 参 加 す る こ と が で き る も の と さ れ た 。 Wal- lach,"The ProceduraI and Evidentiary 「 Rules of the Post- ノ 方 略 ( 木 下 の メ モ ) 」 。 ) 共 和 党 と 極 右 組 織 で 働 く た め に ア メ リ カ へ 帰 国 す る 直 前 、 フ World War II War Crimes Trials: Did They Provide An エ ラ 1 ズ は 昭 和 天 皇 に 宛 て て 「 精 神 的 に 重 要 な 問 題 」 に つ い て 書 OutIine For lnternational LegaI Procedure?" て p. 864 ー 86 じ ゅ う じ か さ い い て い る 。 政 治 家 の 笠 井 重 治 か ら 宮 内 省 の 大 金 益 次 郎 侍 従 長 に 手 Yoram Dinstein and Mala Tabory, eds. , V'V ぎ 、 C1imes ぎ を 、 ・ 渡 さ れ て い た た め 、 天 皇 は こ の 手 紙 を 読 ん で い た も の と 思 わ れ 、 ミ 二 ミ ミ 、 ト ミ v(The Hague, Boston: Martinus Nijh0ff Pub ・ lishers, 1996 ) , て . 270 を 参 照 〔 憲 章 の 邦 訳 は 法 務 大 臣 る 。 こ れ に 関 し て 、 一 七 年 後 の 一 九 六 三 年 四 月 に 笠 井 は フ ェ ラ ー ズ に 次 の よ う に 書 き 送 っ た ( 東 野 『 昭 和 天 皇 一 一 つ の 「 独 白 録 」 』 官 房 司 法 法 制 調 査 部 『 戦 争 犯 罪 裁 判 関 係 法 令 集 第 一 巻 』 一 九 六 三 年 、 五 八 ー 七 二 ペ ー ジ に よ る 。 以 下 、 同 様 〕 。 一 九 二 ー 一 九 三 ペ 1 ジ よ り ) 。 ) Dinstein and Tabory, eds. , 一 ← 、 ミ 、 C こ ミ ) 7 ミ ミ 7 ミ ミ 今 日 は 、 天 皇 誕 生 日 だ 。 マ ッ カ ー サ ー と 君 の お か げ で 、 天 皇 ト ミ 。 も . 5. の 座 は 維 持 さ れ た 。 君 に は 本 当 に 感 謝 し て い る 。 君 の 努 力 は す ( ) 国 際 法 学 者 の セ オ ド ア ・ メ ロ ン は 、 東 京 裁 判 は 「 〔 ニ 1 グ 諸 規 定 全 体 を 必 ず し も ュ ル ン ベ ル ク 裁 判 〕 と は 対 照 的 に 、 ハ ば ら し か っ た 。 君 と 二 人 で 、 天 皇 に 「 遺 憾 の 意 」 〔 lmperial repentance 〕 を 表 明 す る よ う お 願 い し よ う と し た こ と を 覚 え 慣 習 法 を 正 確 に 映 し 出 す 鏡 で あ る と は 捉 え て い な か っ た 」 と 指 摘 て い る か ね ? あ れ が 実 行 さ れ て い れ ば 、 天 皇 は 日 本 国 民 の み し て い る 。 Theodor Meron, H ミ 、 ミ ミ Rights ミ ミ H ミ ミ ミ 斗 ミ i ミ ~ ~ ミ ミ s 房 0 、 s 、 03 ミ ト ミ 0 (Oxford: Clarendon Press, 1989 ) , P. な ら ず 、 世 界 の 人 々 の 敬 愛 を 集 め た こ と だ ろ う 。 39 を 参 照 。 ) "Opening Statement" by 「 Keenan, in T ュ ミ 、 を 、 ミ ミ se 8 ) マ ッ カ ー サ ー は 「 五 七 / 三 」 に あ る 部 分 で は し た ( 礙 = 、 ぎ 、 0 、 ぎ 斗 ミ 分 . ・ oc ミ ミ e p. 19. が い な が ら も 、 ニ ュ ル ン ベ ル ク 憲 章 を 相 当 改 正 し た 。 彼 が 定 め た — 憲 章 は ニ ュ ル ン ベ ル ク 憲 章 に 明 記 さ れ た 戦 時 中 の 「 国 家 ( ) Brackman, The 0 き ミ 、 ~ ミ 、 ミ ミ g も . 374. 〔 日 暮 吉 延 訳 『 東 の 元 首 」 の 免 責 を 否 定 す る 条 項 ( 第 七 条 ) を 削 除 し て い た 。 京 裁 判 』 四 三 一 ペ ー ジ 〕 東 京 裁 判 ハ ン ド ブ ッ ク 編 集 委 員 会 編 『 東 ヾ 0 ;•æ;[email protected]憲 章 は ニ ュ ル ン ベ ル ク 憲 章 に あ っ た 予 備 裁 判 官 の 任 命 を 明 記 京 裁 判 ハ ン ド ブ ッ ク 』 六 二 ー し な か っ た 。 そ の 一 方 で 、 裁 判 所 の 決 定 と 判 決 は 当 該 案 件 の 決 裁 ) 日 暮 吉 延 「 東 京 裁 判 の 訴 願 問 題 」 『 軍 事 史 学 』 第 三 五 巻 第 一 一 3 2

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現 し 、 注 釈 を つ け て い る 。 議 事 録 の 全 文 と 軍 の 側 の 見 積 も り に つ ( Ⅲ ) 大 江 志 乃 夫 「 ヒ ロ シ マ ・ ナ ガ サ キ を 免 罪 し た 昭 和 天 皇 の 責 い て は 、 "Appendix" to MartinJ. Sherwin, 4 W ぎ 、 ミ estl ミ ミ ・ 任 」 『 週 刊 金 曜 日 』 一 九 九 五 年 四 月 二 八 日 号 、 四 〇 ペ ー ジ 。 八 月 一 七 日 の 詔 書 の 英 訳 に つ い て は 、 U. S. Pacific Fleet and Pacific il 、 0 ぎ ミ ミ ミ 、 0 こ s 、 the 」 こ s ミ 2 (Vintage B00ks, 1987 ) , pp. 355 ー 363. 3 ( n も . , CINCPAC-CINCPOA Bulletin NP164 ー 45 , 15 Aug. ) Giangreco, "Casualty Projections," p. 560. ー ト ン ・ 1945 ) . ) lbid., p て . 574 ー 577. ギ ャ ン グ レ コ の 分 析 は 、 バ ン シ ュ タ イ ン の 死 傷 者 数 の 予 測 に 関 す る 議 論 と 比 較 す べ き で あ ろ 第 一 四 章 創 り 直 さ れ た 君 主 制 う 。 "The StruggIe Over History: Defining the Hiroshima Narrative," in Philip N0bile, ed. , ト ミ 'g き e ミ ミ the S ミ デ 0 こ ミ ~ ( 1 ) こ の 手 紙 は 『 文 藝 春 秋 特 別 号 大 い な る 昭 和 』 ( 一 九 八 九 年 (MarIowe 年 Co. , 1995Y pp. 127 ー 256. 三 月 ) 三 六 四 ー 三 六 五 ペ ー ジ に 復 刻 さ れ て い る 。 ) Forrest C. Pouge, George C. 辷 ミ 3 洋 ・ S 、 ミ e き ミ ド V01.4 (Viking,1987) , p. 19 , from Pogue's February 「 1957 interview ( 2 ) 天 皇 が 皇 太 子 に 宛 て た 一 九 四 五 年 三 月 六 日 付 の 手 紙 、 同 前 三 with Marshall. ( 3 ) 鶴 見 俊 輔 / 中 川 六 平 編 「 天 皇 百 話 下 』 ち く ま 文 庫 、 一 九 八 ( 燗 ) 前 掲 「 木 戸 幸 一 日 記 下 』 一 一 三 三 ペ ー ジ 。 (E) 松 浦 総 三 「 天 皇 裕 仁 と 地 方 都 市 空 襲 』 大 月 書 店 、 一 九 九 五 九 年 、 三 九 ー 四 一 ペ ー ジ 。 こ の 手 紙 は 共 同 通 信 社 に よ り 一 九 八 六 年 四 月 一 五 日 付 で 国 内 の 新 聞 各 紙 に 配 信 さ れ た 。 当 時 、 中 曽 根 康 年 、 一 七 五 ー 一 七 八 ペ ー ジ 。 ( ) 正 式 な 英 訳 に つ い て は 、 Butow, を 三 洋 c 之 を ミ デ 弘 内 閣 は 天 皇 在 位 六 〇 年 記 念 式 典 の 準 備 を 進 め つ つ あ っ た 。 坂 本 ト ) appendix 1 , p. 248 を 参 照 。 ま た 、 Bix, "The Showa 孝 治 郎 『 象 徴 天 皇 制 へ の パ フ ォ ー マ ン ス ー 昭 和 期 の 天 皇 行 幸 の 変 , を . 300 ー 302. 藤 田 省 三 『 転 向 の 思 遷 』 山 川 出 版 社 、 一 九 八 九 年 、 六 五 ペ ー ジ 、 ゝ き ミ E ミ こ Emperor's 'Monologue' 「 ミ vs , Apr. 15 , 一 986 を 参 照 。 想 史 的 研 究 』 岩 波 書 店 、 一 九 七 五 年 、 一 三 七 ー 二 三 〇 ペ ー ジ 。 ( 4 ) 木 下 道 雄 「 側 近 日 誌 』 文 藝 春 秋 、 一 九 九 〇 年 、 四 八 ー 四 九 ペ ( ) 竹 山 昭 子 『 玉 音 放 送 』 晩 聲 社 、 一 九 八 九 年 、 一 二 八 ペ ー ジ 。 章 ( Ⅷ ) 同 前 一 三 四 、 一 三 八 ペ ー ジ 。 ( Ⅲ ) 降 伏 を 放 送 に よ る 「 儀 式 」 と し て 行 う と い う 発 想 に つ い て ( 5 ) 同 前 四 九 ペ ー ジ 。 第 ( 6 ) 千 本 秀 樹 『 天 皇 制 の 侵 略 責 任 と 戦 後 責 任 』 青 木 書 店 、 一 九 九 は 、 同 前 七 一 ペ ー ジ を 参 照 。 章 ⅲ ) 千 田 夏 光 『 天 皇 と 勅 語 と 昭 和 史 』 汐 文 社 、 一 九 八 三 年 、 三 九 〇 年 、 一 四 一 ペ ー ジ 。 第 ( 7 ) 同 前 一 四 四 ペ ー ジ 。 五 百 旗 頭 真 『 占 領 期 ー 首 相 た ち の 新 日 注 104 103 11 309

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~ ミ ミ be 77 ミ U ミ 。 ミ S ミ the ご を 。 3 、 CHmes %ials ( 為 ) 加 藤 陽 子 「 東 条 英 機 と 石 原 莞 爾 ー 五 十 嵐 武 士 / 北 岡 伸 一 編 (William Morrow 年 Co., 1987 ) も . 47. 〔 日 暮 吉 延 訳 『 東 京 裁 判 『 〔 争 論 〕 東 京 裁 判 と は 何 だ っ た の か 』 築 地 書 館 、 一 九 九 七 年 、 一 ー も う 一 つ の ニ ュ ル ン ベ ル ク 』 時 事 通 信 社 、 一 九 九 一 年 、 五 一 ペ ー ジ 〕 降 伏 文 書 署 名 国 に 送 付 さ れ た 「 五 七 / 三 」 、 お ( % ) 粟 屋 憲 太 郎 「 占 領 ・ 被 占 領 ー 東 京 裁 判 を 事 例 に 」 「 岩 波 講 座 よ び 統 合 参 謀 本 部 の 指 令 ( 「 一 五 一 二 」 ) が の 法 的 な 日 本 通 史 第 一 九 巻 近 代 四 』 岩 波 書 店 、 一 九 九 五 年 、 一 九 六 枠 組 み と な っ た 。 一 九 七 ペ ー ジ 。 吉 田 裕 「 戦 争 責 任 と 極 東 国 際 軍 事 裁 判 」 中 村 政 則 行 ) 松 谷 誠 『 東 京 裁 判 や 再 軍 備 な ど 日 本 再 建 秘 話 ー 動 乱 の 半 世 ほ か 編 『 戦 後 日 本 占 領 と 戦 後 改 革 第 五 巻 』 岩 波 書 店 、 一 九 九 紀 を 生 き た 元 首 相 秘 書 官 の 回 想 』 朝 雲 新 聞 社 、 一 九 八 三 年 、 九 四 五 年 、 七 四 ー 七 六 ペ ー ジ 。 ー 一 〇 五 、 一 二 六 ー 一 一 一 七 ペ 1 ジ 。 一 九 四 七 年 一 〇 月 に 厚 生 省 の ( ) Donald G. Gillin with CharIes Etter, "Staying On: 一 部 と な る こ の 調 査 グ ル ー プ は 裁 判 終 結 ま で 活 動 を 続 け た 。 Japanese S01diers and Civilians in China, 1945 ー 1949 in . 、 0 ミ 、 ・ 8 ) 「 聖 談 拝 聴 録 原 稿 ( 木 下 の メ モ ) 1 『 緒 言 』 」 木 下 道 雄 『 側 近 き 、 、 ゝ s ミ S ミ 釁 42 , no. 3 (May 1983 ) も . 499. 日 誌 』 文 藝 春 秋 、 一 九 九 〇 年 、 一 一 一 一 ( ) 粟 屋 憲 太 郎 「 占 領 ・ 被 占 領 」 一 九 八 ペ ー ジ 。 吉 田 「 戦 争 責 任 ( じ 木 下 道 雄 、 同 前 一 七 〇 ー 一 七 二 ペ ー ジ 。 と 極 東 国 際 軍 事 裁 判 」 七 四 ー 七 五 ペ ー ジ 。 中 村 祐 悦 「 白 団 ー 台 湾 ) 同 前 一 七 五 ペ ー ジ 。 軍 を つ く っ た 日 本 軍 将 校 た ち 』 芙 蓉 書 房 出 版 、 一 九 九 五 年 、 七 四 ( 幻 ) 同 前 一 七 六 ペ ー ジ 。 寺 崎 英 成 / マ リ コ ・ テ ラ サ キ ・ ミ ラ ー 編 著 『 昭 和 天 皇 独 白 録 ー 寺 崎 英 成 ・ 御 用 掛 日 記 』 文 藝 春 秋 、 一 九 九 ( 四 ) 永 井 均 「 フ ィ リ ピ ン と 東 京 裁 判 ー 代 表 検 事 の 検 察 活 動 を 中 心 と し て 」 『 史 苑 』 第 五 七 巻 第 二 号 ( 一 九 九 七 年 三 月 ) 五 八 ペ ー ジ 。 ( ) 寺 崎 英 成 / マ リ コ ・ テ ラ サ キ ・ ミ ラ ー 、 同 前 八 八 、 九 六 ペ ー ジ 。 ) Brackman, The 0 ミ 、 ~ ミ 、 e ミ ~ も て . 92 , 344. 〔 日 暮 訳 「 東 ( ) 東 野 真 、 前 掲 一 四 〇 ペ ー ジ 。 な お 、 英 語 版 「 独 白 録 」 原 文 は 京 裁 判 』 一 〇 五 、 三 九 三 ペ ー ジ 〕 同 書 二 〇 九 ー 二 一 九 ペ ー ジ に 収 録 さ れ て い る 。 ( ) Meirion and Susie Harries, S ミ ミ ミ g the S ~ き . ・ The ) 一 九 四 六 年 一 月 一 六 日 付 の オ ー ス ト ラ リ ア の 日 本 人 主 要 戦 争 き ミ 守 斗 ミ ミ 、 を ミ ( London 【 Hamish Hamilton, 1987 ) も . 犯 罪 人 「 第 一 次 リ ス ト 」 は 、 粟 屋 憲 太 郎 ほ か 編 『 東 京 裁 判 へ の 道 149. 日 暮 吉 延 「 パ ル 判 決 再 考 ー 東 京 裁 判 に お け る 別 個 意 見 の 国 ー 国 際 検 察 局 ・ 政 策 決 定 関 係 文 書 第 二 巻 』 四 〇 二 ー 四 二 五 ペ 1 際 環 境 」 伊 藤 隆 編 『 日 本 近 代 史 の 再 構 築 』 山 川 出 版 社 、 一 九 九 三 ジ に 収 録 さ れ て い る 〔 引 用 文 の 邦 訳 は 山 極 晃 / 中 村 政 則 編 ( 岡 田 年 、 三 九 六 ペ ー ジ 。 良 之 助 訳 ) 『 資 料 日 本 占 領 1 天 皇 制 』 大 月 書 店 、 一 九 九 〇 年 、 ( ) Memo, Comyns-Carr to Keenan, Feb. 25 , 194P Higgins to 四 六 九 ペ ー ジ に よ っ た 〕 。 Keenan, Feb. 27 , 1946 , in GHQ/SCAP Records ( RG331 ) , lnter ・

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注 ( 第 16 章 ー 第 17 章 245 ー 256 べ ー ジ ) ) James J. Orr, "The Victim as Hero in Postwar Japan: The 『 文 藝 春 秋 』 一 九 五 一 年 一 二 月 、 一 二 九 ー 一 三 〇 ペ 1 ジ ) 。 彼 の こ Rise of a Mithology of War Victimh00d. こ Ph. D. dissertation, う し た 率 直 さ が 右 翼 の 反 発 を か っ た の で あ る 。 l)epartment Of East Asian Studies, Bucknell UniversitY' ( ) David McCuIIough, 7 ) ミ 洋 ミ ミ (Simon 年 Schuster, さ 92 ) て . Lewisberg, pennsylvania, P. 230 ー 231. 日 本 の 世 論 調 査 で 、 安 保 834. さ ら に 現 実 的 な 評 価 は 、 Arnold A. Offner, "'Another Vic ・ ( 0 「 p 「 esident T 「 uman, Ame 「 ican FO 「 eign p 三 一 0 ) 「 , and the 条 約 へ の 反 対 が 多 数 意 見 に な っ た の は 、 改 定 を め ぐ る 一 九 六 〇 年 の 危 機 の と き だ け だ っ た 。 条 約 支 持 の 国 民 合 意 は 、 一 九 七 〇 年 代 Cold War,"in き 、 0 ミ 斗 一 、 0 こ ) , 23 , n02 (Spring 1999 ) , P て . の 初 期 に は ほ ば 回 復 し た 。 条 約 に 賛 成 の 回 答 は 、 一 九 六 九 年 の 四 127 ー 155 を 参 照 。 ー セ ン ト か ら 八 四 年 の 六 九 パ ー セ ン ト に 増 加 し 、 天 皇 の 死 の ) James Chace, 」 4c ミ so 三 77 ミ ミ ミ ミ ・ State ミ ぎ C ミ ミ ed 直 前 で 六 七 パ ー セ ン ト だ っ た 。 ミ 」 4me こ ミ ミ 一 ま ミ ミ (Simon 年 Schuster, 1998 ) , て . 313. ( 3 ) 渡 辺 治 「 天 皇 戦 後 」 『 日 本 史 大 事 典 ( 四 ) 』 平 凡 社 、 一 九 九 ( ) "Memorandum of conversation," in John Foster Dulles 三 年 、 一 二 四 八 ペ 1 ジ 。 憲 法 改 定 を 求 め る 初 期 の 圧 力 の ひ と っ papers, "Japan peace TreatY Files" reel 7 , box 4 , p. 604. に 、 一 九 五 三 年 一 月 一 九 日 に 訪 日 し た 副 大 統 領 リ チ ャ ー ド ・ ニ ク ( 浦 ) 伊 藤 悟 、 前 掲 一 四 一 ペ ー ジ 。 ソ ン の 要 請 が あ げ ら れ る 。 彼 は 戦 争 放 棄 の 条 項 は 「 間 違 い 」 だ っ ) 京 大 文 学 サ ー ク ル 「 『 平 和 の う た 』 は 『 君 が 代 』 を か き け し た と 言 明 し た 。 た 」 『 人 民 文 学 』 一 九 五 二 年 一 月 、 四 一 ペ ー ジ 。 龕 ) 南 博 「 天 皇 制 の 心 理 的 地 盤 」 久 野 収 / 神 島 一 一 郎 編 『 「 天 皇 制 」 ( 4 ) 『 朝 日 新 聞 』 一 九 九 九 年 一 月 六 日 。 こ の 記 録 ( 「 退 位 問 題 に つ い て ー 昭 和 天 皇 四 十 三 年 四 月 二 十 四 日 に 稲 田 侍 従 長 が 承 っ た 要 旨 論 集 』 三 一 書 房 、 一 九 七 四 年 、 一 九 四 ー 一 九 五 ペ ー ジ 、 坂 本 孝 治 に よ る 」 ) は 、 も と の 侍 従 長 徳 川 義 寛 の 未 公 刊 の 日 記 〔 そ の 後 、 郎 、 前 掲 三 六 九 ペ ー ジ 。 ( ) 渡 辺 治 『 日 本 の 大 国 化 と ネ オ ・ ナ シ ョ ナ リ ズ ム の 形 成 』 桜 井 『 徳 川 義 寛 終 戦 日 記 』 と し て 、 朝 日 新 聞 社 か ら 一 九 九 九 年 に 公 刊 〕 の 付 属 資 料 の 中 か ら 見 つ か っ た 。 降 伏 か ら そ れ ま で の 二 三 年 間 書 店 、 二 〇 〇 一 年 、 六 五 ペ ー ジ 。 、 退 位 に つ い て 考 慮 す る 好 機 は 三 回 あ っ た ( 一 九 四 五 年 八 月 の 終 戦 時 、 一 九 四 八 年 の 東 京 裁 判 終 了 直 後 、 一 九 五 一 一 年 の 占 領 終 結 第 一 七 章 静 穏 な 晩 年 と 昭 和 の 遺 産 時 ) が 、 天 皇 は そ れ ら を 巧 み に や り す ご し た 。 一 九 四 五 年 一 二 な り ひ ろ 月 、 徳 川 齊 宏 は 天 皇 の 退 位 の 意 志 を 、 国 務 省 か ら の マ ッ カ ー サ ー ) John W. Dower, "A Message from the Showa Emperor". の 政 治 顧 問 ジ ョ ー ジ ・ ア チ ソ ン ・ に 伝 え た 。 伊 藤 悟 編 『 政 ・ 官 明 田 川 融 訳 「 天 皇 制 民 主 主 義 の 誕 生 ー 『 昭 和 天 皇 の メ ッ セ ー ジ 』 ・ 識 者 の 語 る 戦 後 構 想 』 東 出 版 、 一 九 九 五 年 、 一 五 七 ペ ー ジ 。 を 読 み 解 く 」 『 世 界 』 一 九 九 九 年 九 月 、 二 三 二 ペ ー ジ 。 文 中 の ( 5 ) 清 水 幾 太 郎 「 占 領 下 の 天 皇 制 」 『 思 想 』 三 四 八 ( 一 九 五 三 年 「 彼 」 は 天 皇 側 近 の 日 本 人 だ が 、 特 定 さ れ て い な い 。 327

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注 ( 第 12 章 明 一 Ⅲ ペ ー ジ ) ( 鵬 ) 日 本 兵 器 工 業 会 編 『 陸 戦 兵 器 総 覧 』 図 書 出 版 社 、 一 九 七 七 寺 崎 英 成 ・ 御 用 掛 日 記 』 文 藝 春 秋 、 一 九 九 一 年 、 一 〇 〇 ペ ー ジ 。 前 掲 『 戦 史 叢 書 大 本 営 海 軍 部 ・ 聨 合 艦 隊 6 』 四 七 一 一 ペ ー ジ 。 年 、 五 四 〇 ペ ー ジ 。 ( 川 ) 高 松 宮 宣 仁 親 王 『 高 松 宮 日 記 第 七 巻 』 中 央 公 論 社 、 一 九 九 ( Ⅲ ) 風 船 爆 弾 を 命 じ た 文 書 に つ い て は 、 『 「 大 本 営 陸 軍 部 」 大 陸 命 ・ 大 陸 指 総 集 成 』 第 九 巻 、 エ ム テ ィ 出 版 、 一 九 九 四 年 、 二 七 〇 ー 七 年 、 五 一 四 ー 五 一 五 ペ ー ジ 、 五 一 七 ペ ー ジ 。 二 七 一 、 五 一 三 、 五 一 一 三 ー 五 三 三 ペ ー ジ 。 ( ) 細 川 護 貞 『 細 川 日 記 』 中 央 公 論 社 、 一 九 七 八 年 、 一 一 一 六 ペ ー ⅱ ) 前 掲 『 幻 で は な か っ た 本 土 決 戦 』 二 三 ー 二 四 ペ ー ジ 。 前 掲 ( 燗 ) 文 面 は 『 毎 日 新 聞 』 一 九 九 五 年 三 月 一 九 日 付 を 参 照 。 東 条 『 「 大 本 営 陸 軍 部 」 大 陸 命 ・ 大 陸 指 総 集 成 第 九 巻 』 五 三 二 ー 五 三 三 は 、 一 九 四 五 年 九 月 一 一 日 の 自 決 未 遂 の 日 、 こ の 勅 語 を 手 に し て ( 世 最 近 の 日 本 側 に よ る 調 査 に よ る と 、 太 平 洋 戦 争 終 盤 で 「 体 当 た り 」 攻 撃 に よ り 被 害 を 被 っ た 連 合 国 軍 の 艦 船 の 総 計 は 、 撃 沈 が ( 断 ) 山 田 朗 / 纐 纈 厚 『 遅 す ぎ た 聖 断 ー 昭 和 天 皇 の 戦 争 指 導 と 戦 争 空 母 三 隻 を 含 む 五 七 隻 。 重 大 な 損 傷 に よ り 戦 争 期 間 中 、 戦 線 復 帰 一 三 三 ペ ー ジ 。 Leon V. 責 任 」 昭 和 出 版 、 一 九 九 一 年 、 一 一 一 三 ー で き な か っ た 艦 船 は 正 規 空 母 等 の 空 母 六 隻 を 含 め 一 〇 八 隻 。 さ ら に 八 四 隻 の 他 の 海 軍 艦 船 が 、 船 体 に 大 破 を 受 け る か 、 あ る い は 多 ぎ the U ミ 、 & States ミ ミ を 、 ド 7 ミ 5 (Cornell l-JniversitY Press, 数 の 死 傷 者 を 出 す か 、 も し く は 人 的 、 物 的 の 両 面 で 大 き な 被 害 を 1988 プ p. 31. 受 け た 。 そ し て 、 一 三 一 隻 が 小 破 を 被 り 、 総 計 で 四 七 〇 隻 の 艦 船 ( ) 同 前 一 四 八 ペ ー ジ 。 に 損 害 を 与 え た 。 カ ミ カ ゼ 刊 行 委 員 会 『 写 真 集 カ ミ カ ゼ 陸 ・ 鵬 ) 吉 田 裕 『 昭 和 天 皇 の 終 戦 史 』 岩 波 新 書 、 一 九 九 二 年 、 一 四 ペ 海 軍 特 別 攻 撃 隊 上 巻 』 ベ ス ト セ ラ ー ズ 、 一 九 九 六 年 、 一 九 ペ ー ジ 。 最 近 の ア メ リ カ 側 の 研 究 に つ い て は 、 D. M. Giangreco, 川 ) 前 掲 『 木 戸 幸 一 日 記 上 』 一 一 一 "The Truth About Kamikazes," in ~ を ミ H (May-June Ⅱ ) 前 掲 『 幻 で は な か っ た 本 土 決 戦 』 二 〇 ー 二 一 ペ ー ジ 。 1977 ) , pp. 25 ー 30. ( ) 山 田 朗 / 纐 纈 厚 、 前 掲 一 六 七 ー 一 六 八 ペ ー ジ 。 当 吉 橋 戒 三 「 侍 従 武 官 と し て み た 終 戦 の 年 の 記 録 」 『 季 刊 ・ 軍 ( Ⅲ ) 全 文 は 、 千 田 夏 光 『 天 皇 と 勅 語 と 昭 和 史 』 汐 文 社 、 一 九 八 三 事 史 学 2 』 軍 事 史 学 会 ( 一 九 六 五 年 八 月 ) 、 九 六 ー 九 七 ペ 1 ジ 。 二 ペ ー ジ 。 レ イ テ 、 な 勝 野 駿 『 昭 和 天 皇 の 戦 争 』 図 書 出 版 社 、 一 九 九 〇 年 、 二 〇 〇 ペ ー ( Ⅲ ) 原 剛 / 安 岡 昭 男 編 、 前 掲 一 〇 九 ー 一 一 ら び に フ ィ リ ピ ン 海 戦 で の ア メ リ カ の 死 傷 者 は 約 一 万 五 〇 〇 〇 名 ジ 。 瓜 生 忠 夫 、 前 掲 五 一 三 ペ ー ジ 。 ) 吉 橋 戒 三 、 前 掲 九 七 ペ ー ジ 。 で あ る 。 肅 ) 寺 崎 英 成 / マ リ コ ・ テ ラ サ キ ・ ミ ラ ー 編 『 昭 和 天 皇 独 白 録 ー ( ) 土 門 周 平 、 前 掲 一 九 二 ペ ー ジ 。 121 120 299

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( ) 原 田 熊 雄 、 前 掲 三 四 七 ペ ー ジ 。 (University of California press, 1995 ) , p て . 7 ー 32 , 36 ー 53. ) 森 茂 樹 、 前 掲 「 国 策 決 定 過 程 の 変 容 」 三 四 ペ ー ジ 。 ( を 安 田 浩 、 前 掲 二 七 〇 ペ ー ジ 。 "lnterrogation of (Marquis) Kido Koichi, Feb. 27 , 1946 , ご 前 ( ) 寺 崎 英 成 / マ リ コ ・ テ ラ サ キ ・ ミ ラ ー 編 著 『 昭 和 天 皇 独 白 掲 「 国 際 検 察 局 訊 問 調 書 』 第 三 巻 、 五 三 三 ペ ー ジ 。 森 茂 樹 「 枢 軸 録 』 文 藝 春 秋 、 一 九 九 一 年 、 一 二 九 ペ ー ジ 。 「 独 白 」 の 中 で 、 昭 外 交 及 び 南 進 政 策 と 海 軍 」 『 歴 史 学 研 究 』 七 二 七 号 ( 一 九 九 九 年 和 天 皇 は 、 二 回 「 秩 父 宮 が 日 独 同 盟 を 主 張 」 と 述 べ て い る 。 さ ら 九 月 ) 一 七 ペ ー ジ 。 に 、 天 皇 は 「 そ の 后 ( 秩 父 宮 ) は 病 気 と な っ た の で 意 見 は 判 ら 隝 ) 前 掲 、 森 山 優 、 五 四 ペ ー ジ 。 ぬ 。 高 松 宮 は い つ で も 当 局 者 の 意 見 に は 余 り 賛 成 せ ら れ ず 、 ( 中 ( 判 ) 沢 田 茂 『 参 謀 次 長 沢 田 茂 回 想 録 』 芙 蓉 書 房 、 一 九 八 一 一 年 、 略 ) 日 独 同 盟 以 来 、 戦 争 を 謳 歌 し 乍 ら 、 東 条 内 閣 で は 戦 争 防 止 の 意 見 」 で あ っ た と 付 け 加 え て い る 。 ( ) 同 前 、 七 三 ー 七 四 ペ ー ジ 。 9 ) 一 九 四 〇 年 一 〇 月 一 九 日 、 木 戸 は 天 皇 が 及 川 提 督 に 次 の よ う ( ) 同 前 、 七 四 ペ ー ジ 。 に 話 し て い る こ と を 記 し て い た 。 「 秩 父 宮 は 軽 い 結 核 で 静 養 し て ) 前 掲 『 木 戸 幸 一 日 記 下 巻 』 八 一 二 ペ ー ジ 。 居 ら る ゝ の で 、 万 一 の 場 合 に 摂 政 は 高 松 宮 に 願 は な く て は な ら な 8 ) 吉 沢 南 『 戦 争 拡 大 の 構 図 』 青 木 書 店 、 一 九 八 六 年 、 六 八 、 七 い と 思 ふ 。 そ れ 故 、 高 松 宮 は 第 一 線 の 御 勤 務 に な ら な い 様 に 考 へ 〇 、 七 二 ペ ー ジ 。 て 置 い て 貰 い た い 」 前 掲 『 木 戸 幸 一 日 記 下 巻 』 八 三 〇 ペ ー ジ 。 や す ひ と 9 ) Jonathan MarshalI は 前 掲 書 の 中 で 、 早 く と も 一 九 四 〇 年 秩 父 宮 家 『 雍 仁 親 王 実 紀 』 吉 川 弘 文 館 、 一 九 七 一 一 年 、 六 三 九 ペ ー ま で に 、 日 米 と も に 、 資 源 の 支 配 を め ぐ り 重 商 主 義 的 な 観 点 か ら 国 益 を 規 定 す る よ う に な っ て い た と 論 じ て い る 。 ( 四 同 盟 締 結 の 表 向 き の 目 的 は 、 日 米 戦 争 を 止 め る こ と に あ っ た 0 ) 前 掲 『 木 戸 幸 一 日 記 下 巻 』 八 二 一 ペ ー ジ 。 が 、 そ の 真 意 は ま っ た く 異 な る も の で あ っ た 。 『 木 戸 幸 一 日 記 ( ) 同 前 、 八 二 五 ペ ー ジ 。 東 京 裁 判 期 』 東 京 大 学 出 版 会 、 一 九 八 〇 年 、 四 六 〇 ペ ー ジ 。 田 中 ( ) 条 約 の 文 一 一 一 口 に つ い て は 、 James W. MorIey, ed. , ミ ミ 、 ミ ミ 伸 尚 、 前 掲 『 ド キ ュ メ ン ト 昭 和 天 皇 第 一 巻 』 一 一 七 ー 一 一 八 ペ き ~ 0 、 7 ミ 0 【 ・ . 、 ミ G ミ ミ い ミ ミ 2 USSR, 7935 ー 7940 ー ジ 。 井 上 清 、 前 掲 一 三 九 ペ ー ジ 。 (Columbia University Press, 1976 ) , p て . 289 ー 299. ( 礙 ) 千 田 夏 光 『 天 皇 と 勅 語 と 昭 和 史 』 汐 文 社 、 一 九 八 三 年 、 三 一 ( ) 井 上 清 『 天 皇 の 戦 争 責 任 』 現 代 評 論 社 、 一 九 七 六 年 、 一 二 五 2 ) 森 茂 樹 「 松 岡 外 交 に お け る 対 米 お よ び 対 英 策 ー 日 独 伊 三 国 同 ( 引 ) 原 田 熊 雄 、 前 掲 第 七 巻 、 二 八 〇 ペ ー ジ 。 盟 締 結 前 後 の 構 想 と 展 開 」 『 日 本 史 研 究 』 四 二 一 号 ( 一 九 九 七 年 浦 ) 前 掲 『 木 戸 幸 一 日 記 下 巻 』 八 二 二 ペ ー ジ 。 九 月 ) 五 〇 ペ ー ジ 。 42 41 286

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注 ( 第 15 章 ー 第 16 章 222 一 233 ペ ー ジ ) 四 巻 』 四 一 六 ペ ー ジ 。 S. S. 、 、 S ミ e ミ . 、 ミ e ミ ミ ミ R e ミ 、 R き 0 ミ s , Part 2 , 4 ) 吉 見 義 明 「 戦 争 犯 罪 と 免 責 ー ア メ リ カ は な ぜ 日 本 の 毒 ガ ス 戦 pos ミ ミ 、 、 ミ 4 K ミ 、 ミ 、 ミ ミ SO ミ 、 ~ ミ s 、 」 4s ~ Reel 5 (UniversitY ( 8 追 及 を 中 止 し た か 」 『 季 刊 戦 争 責 任 研 究 』 第 二 六 号 ( 一 九 九 九 PubIication of America, lnc. ) . 行 ) こ の 緊 急 勅 令 ( 案 ) は 粟 屋 憲 太 郎 に よ り 発 見 、 英 語 で 紹 介 さ 年 冬 季 号 ) 二 ー 七 ペ ー ジ 。 粟 屋 憲 太 郎 「 東 京 裁 判 に み る 戦 後 処 理 」 九 七 ペ ー ジ 。 れ た 。 "ln the Shadows of the T0kY0 Tribunal," "Appendix" ( 新 ) Stephen Endicott, Edward Hagerman, The U こ 、 e St ミ es ミ ミ B を ( 一 ミ ミ ミ Secrets 0 ミ 、 一 ミ E ミ 、 CO ミ 一 ← 、 ミ 、 ミ ミ 」 4 ミ 、 ミ 7 ミ 二 ミ ミ 、 S 」 ミ き os き ミ (K0dansha lnternational Ltd. , K ミ 、 ミ (lndiana UniversitY Press, 1998 ) , p て . 37 ー 41. 1986 ) , pp. 79 ー 88 を 参 照 。 ( 新 ) 作 田 啓 一 「 日 本 人 の 連 続 観 」 作 田 啓 一 『 価 値 の 社 会 学 』 岩 波 ( 爲 ) 吉 田 裕 「 『 昭 和 天 皇 独 白 録 』 の 歴 史 的 位 置 づ け 」 東 野 真 『 昭 書 店 、 一 九 七 二 年 、 四 一 三 ペ ー ジ 。 和 天 皇 二 つ の 「 独 白 録 」 』 一 一 六 六 ペ ー ジ 。 ー 一 一 五 ペ 1 ( ) 粟 屋 憲 太 郎 「 東 京 裁 判 に み る 戦 後 処 理 」 一 一 一 ( 四 ) 中 村 政 則 、 前 掲 九 三 ー 一 二 〇 ペ ー ジ 。 ( 部 ) 強 姦 は 〔 起 訴 状 の 〕 付 属 書 第 一 二 節 に お い て 、 女 性 個 人 に 対 す る 暴 力 そ れ 自 体 と い う よ り も 、 む し ろ 「 家 族 の 名 誉 お よ び 権 第 一 六 章 神 秘 性 を と り も ど す 利 に 対 す る 尊 重 の 不 履 行 」 と い う 伝 統 的 な 定 義 づ け が な さ れ て い た 。 粟 屋 憲 太 郎 ほ か 編 『 東 京 裁 判 へ の 道 ー 国 際 検 察 局 ・ 政 策 決 定 ( 1 ) 木 下 道 雄 『 側 近 日 誌 』 文 藝 春 秋 、 一 九 九 〇 年 、 一 一 一 関 係 文 書 第 四 巻 』 四 一 六 ペ ー ジ 。 ジ 。 同 書 に は 、 覚 書 の 原 文 に つ づ い て 木 下 に よ る そ の 翻 訳 が 収 録 ) "The crime of Conspiracy", memorandum for Joseph B. さ れ て い る が 、 木 下 訳 は 過 剰 に 敬 語 を 用 い る な ど 外 国 人 の 文 ら し Keenan, Washington, D. C. , May 23 , 一 .94 Arieh vx. Kochavi' く な い の で 、 こ こ で は 新 し く 訳 出 し た 。 同 書 に は 、 覚 書 の 原 文 に P1 ミ ミ 、 0 「 ミ ミ ミ b ミ g. ・ 】 4 ミ e 一 、 、 C ミ ) PO = ミ ミ 、 一 ミ つ づ い て 木 下 に よ る そ の 翻 訳 が 収 録 さ れ て い る が 、 木 下 訳 は 過 剰 Q ミ 二 0 ミ ミ ・ p ミ s 一 ミ ミ ミ 、 (lJniversitY ミ North Car01ina に 敬 語 を 用 い る な ど 外 国 人 の 文 ら し く な い の で 、 こ こ で は 新 し く → 998 ) , p. 225. 「 共 同 謀 議 」 の 訴 追 は ま た 、 憲 章 を め ぐ る ロ 訳 出 し た 。 ン ド ン 会 議 の 交 渉 過 程 で 英 米 ・ 仏 ソ 間 に 対 立 を も た ら し た 。 ( ) 戒 能 通 孝 「 極 東 裁 判 ・ そ の 後 」 『 思 想 』 第 三 四 八 号 ( 一 九 五 ( 2 ) プ ラ イ ス の 覚 書 中 の 文 一 一 一 一 〔 。 同 前 一 一 一 ( 3 ) Mark Gayn, を 、 ミ 2 , SIoane Associates, 1948 , pp. 137 三 年 六 月 ) 二 八 ペ ー ジ 。 ( ) 粟 屋 憲 太 郎 「 東 京 裁 判 に み る 戦 後 処 理 」 九 六 ー 九 七 ペ ー ジ 。 粟 ニ 3 マ ー ク ・ ゲ イ ン / 井 本 威 夫 訳 『 ニ ッ ポ ン 日 記 』 ち く ま 学 芸 屋 ほ か 編 『 東 京 裁 判 へ の 道 ー 国 際 検 察 局 ・ 政 策 決 定 関 係 文 書 第 文 庫 、 一 九 九 八 年 、 一 三 一 3 2 3