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検索対象: 現代日本の文学 28 舟橋 聖一 集

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現代日本の文学 28 舟橋 聖一 集


430 根 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 「 高 持 家 の 姦 淫 」 を 「 改 造 ー に 連 載 。 歌 舞 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 五 十 一 歳 伎 座 復 興 の こ け ら 落 し に 「 箕 輪 の 雪 ー が 猿 之 助 ・ 時 蔵 に よ っ て 上 演 一 一 月 、 『 寝 も や ら ぬ 夏 子 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 四 月 、 「 善 意 」 を 「 新 さ れ る 。 三 月 、 谷 崎 潤 一 郎 監 修 ・ 舟 橋 聖 一 脚 色 ・ 久 保 田 万 太 郎 演 出 潮 」 、 「 鴛 鴦 の 間 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 連 載 ( 三 十 一 年 十 二 月 完 「 源 氏 物 語 」 ( 第 一 部 ) が 菊 五 郎 ・ 猿 之 助 両 劇 団 に よ っ て 初 演 さ れ る 結 。 三 十 一 一 年 七 月 文 藝 春 秋 新 社 刊 ) 。 六 月 、 「 白 い 魔 魚 」 を 「 朝 日 新 ( 歌 舞 使 座 ) 。 六 月 、 「 墨 田 川 物 狂 ひ 」 が 新 生 新 派 に よ っ て 上 演 さ れ 聞 」 に 連 載 ( 二 百 八 十 回 完 結 。 三 十 一 年 三 月 、 四 月 〔 完 結 篇 〕 新 潮 る ( 歌 舞 使 座 ) 。 十 月 、 「 源 氏 物 語 」 が 歌 舞 伎 座 で 再 演 さ れ 、 十 一 月 社 刊 ) 。 「 春 色 梅 暦 」 を 「 文 芸 」 に 連 載 ( 三 十 一 年 八 月 完 結 ) 。 十 一 に は 大 阪 で 三 演 さ れ る 。 月 、 「 秋 の 月 の 虚 像 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 四 十 八 歳 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 五 十 一 一 歳 一 月 、 「 力 士 と 双 生 児 」 を 「 文 藝 春 秋 」 、 「 似 顔 の キ リ ス ト 」 を 「 中 一 月 、 「 白 薊 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 も て 遊 び 草 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 央 公 論 . 文 芸 特 集 号 に 発 表 。 「 芸 者 小 夏 」 を 「 小 説 新 潮 ー に 発 表 、 四 月 、 「 新 ・ 忠 臣 蔵 」 を 「 毎 日 新 聞 」 に 連 載 。 六 月 、 「 黒 い 花 粉 ー を 以 後 「 夏 子 も の 」 は 、 三 十 六 年 十 一 一 月 ま で 満 十 年 間 連 載 さ れ る 。 四 「 週 刊 読 売 」 に 連 載 。 七 月 、 「 荒 ら う み 」 を 「 別 冊 小 説 新 潮 」 に 断 続 連 載 。 月 、 日 本 文 芸 家 協 会 理 事 長 を 辞 任 。 六 月 、 「 不 肖 の 子 」 を 「 群 像 」 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 五 十 三 歳 に 発 表 。 七 月 、 「 花 の 生 涯 」 を 「 毎 日 新 聞 - 夕 刊 に 連 載 ( 四 百 八 回 完 一 月 、 「 顔 師 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 紅 葉 の 湯 」 を 「 文 藝 眷 秋 」 に 発 結 ) 。 十 月 、 「 夜 の 蝶 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 表 。 「 新 ・ 忠 臣 蔵 」 ( 全 十 一 一 巻 ) を 毎 日 新 聞 社 よ り 刊 行 し は じ め る ( 三 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 三 ) 四 十 九 歳 十 六 年 九 月 完 了 ) 。 三 月 、 随 筆 集 「 み ち づ れ 」 を 宝 文 館 よ り 刊 行 ・ 一 月 、 「 紅 顔 白 髪 」 を 「 新 潮 」 、 「 あ る 黄 昏 . を 「 改 造 ー に 発 表 。 二 四 月 、 来 日 し た イ リ ヤ ・ エ レ ン ・ フ ル グ を 自 宅 に 招 き 歓 談 、 一 タ を と 月 、 著 作 権 問 題 に つ ぎ 大 蔵 委 員 会 公 聴 会 に 出 席 。 三 月 、 「 夜 の リ ポ も に し た 。 六 月 、 「 顔 師 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 「 白 い 魔 魚 」 の モ デ ル ン 」 を 「 産 業 経 済 新 聞 ー に 連 載 ( 二 百 六 十 回 完 結 ) 。 四 月 、 「 山 雪 抄 」 問 題 で 突 然 民 事 訴 訟 を 起 さ れ 、 夏 、 そ の 公 判 傍 聴 の た め 岐 阜 に 滞 を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 「 花 の 生 涯 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 ( 続 篇 を 十 在 、 帰 途 、 尾 崎 士 郎 の 案 内 で 三 州 吉 良 へ 赴 き 、 「 新 ・ 忠 臣 蔵 」 の 資 一 月 に 刊 行 ) 。 九 月 、 「 絵 島 生 島 」 を 「 東 京 新 聞 」 に 連 載 。 野 間 賞 が 料 調 査 を す る 。 十 月 、 「 若 い 果 実 し を 芸 術 座 ( 東 宝 現 代 劇 ) で 上 演 、 復 活 、 そ の 選 考 委 員 と な る 。 十 月 、 「 た か 女 覚 書 」 を 「 文 藝 眷 秋 」 に 発 表 。 演 出 も 担 当 し た ( 脚 本 は 十 一 一 月 「 婦 人 画 報 」 に 掲 載 ) 。 五 十 四 歳 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 五 十 歳 一 月 、 「 ツ ン ・ ( 売 り の お 鈴 」 を 「 文 藝 春 秋 」 、 「 過 去 の タ 景 色 , を 「 群 一 月 、 「 春 怨 」 を 「 別 冊 小 説 新 潮 ー に 発 表 。 「 花 実 」 を 「 中 央 公 論 」 像 ー に 発 表 。 「 若 い セ ー ル ス マ ン の 恋 ー を 「 中 央 公 論 」 に 連 載 ( 九 月 に 連 載 ( 十 二 月 完 結 ) 。 武 智 鉄 一 一 、 川 口 秀 子 の 結 婚 の 媒 酌 人 を つ と め 完 結 ) 。 「 海 の 百 万 石 」 を 「 東 京 新 聞 」 に 連 載 ( 三 百 八 十 回 完 結 。 三 る 。 三 月 、 東 京 馬 主 協 会 副 会 長 と な る 。 五 月 、 「 朱 の 花 粉 ー を 「 週 間 読 売 」 に 連 載 。 七 月 、 「 青 麦 の 頃 」 十 月 、 「 青 稲 の 頃 ー を 「 別 冊 小 十 年 十 二 月 〔 上 ・ 中 巻 〕 、 三 十 一 年 一 月 〔 下 巻 〕 講 談 社 刊 ) 。 十 二 月 、 「 風 流 抄 」 を 文 藝 春 秋 新 社 よ り 刊 行 。 説 新 潮 」 に 発 表 。

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色 」 と 改 題 し て 、 四 十 三 年 六 月 講 談 社 よ り 刊 行 ) 。 芸 術 院 新 会 員 と 項 よ り や や 視 力 減 退 を 感 じ る 。 六 十 一 歳 し て 宮 中 参 内 。 十 一 月 、 「 好 き な 女 の 胸 飾 り 」 ( 五 百 三 枚 ) を 口 述 筆 昭 和 四 十 年 ( 一 九 五 六 ) 一 月 、 内 閣 よ り 社 会 懇 談 会 委 員 を 委 嘱 さ れ る 。 四 月 、 「 麦 の 浪 」 ( 「 真 記 に よ っ て 完 成 、 「 群 像 」 に 発 表 、 野 間 文 芸 賞 を 受 け る ( 十 二 月 、 贋 の 記 」 第 一 部 ) を 「 新 潮 」 に 発 表 。 「 恋 か 魔 か 」 ( 第 一 部 ) を 「 小 講 談 社 刊 ) 。 十 一 一 月 、 「 蜜 蜂 」 を 「 日 本 経 済 新 聞 」 に 連 載 ( 三 百 九 十 説 現 代 」 に 断 続 連 載 。 五 月 、 「 愛 慾 」 を 「 週 刊 現 代 」 に 連 載 。 谷 崎 回 完 結 、 四 十 四 年 六 月 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 ) 。 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) 潤 一 郎 賞 選 考 委 員 と な る 。 六 月 、 「 雲 の 浪 , ( 「 真 賢 の 記 」 第 二 部 ) 、 六 十 四 歳 八 月 、 「 綾 の 浪 ー ( 「 真 賢 の 記 」 第 三 部 ) を 「 新 潮 」 に 発 表 。 谷 崎 潤 一 月 、 佐 藤 総 理 と の 「 新 春 対 談 」 を 「 自 由 民 主 」 に 掲 載 。 一 一 月 、 「 舟 一 郎 の 告 別 式 に 、 後 輩 総 代 と し て 弔 辞 を 読 む 。 箱 根 行 の 帰 り 道 、 大 橋 聖 一 自 選 集 」 を 集 英 社 よ り 刊 行 。 塩 酸 ビ ロ カ ル ・ ヒ ン 点 眼 に よ っ て 観 山 か ら 初 島 の 燈 台 が 見 え な い の に 気 づ く 。 十 月 、 「 渦 の 浪 」 ( 真 薬 物 中 毒 を 起 し 、 左 眼 は 発 赤 、 劇 痛 に 悩 ま さ れ る 。 虎 の 門 病 院 に 一 賢 の 記 」 第 四 部 ) を 「 新 潮 ー に 発 表 。 両 陛 下 主 催 の 園 遊 会 に 招 か れ 日 入 院 。 三 月 、 山 王 病 院 へ 再 入 院 す る ( 三 十 日 間 ) 。 四 月 、 自 宅 に て る 。 観 劇 中 に 俳 優 の 顔 が 一 一 重 に 見 え 、 軽 度 の 複 視 と 診 断 さ れ る 。 十 闘 病 生 活 を は じ め る 。 鎮 痛 剤 連 用 の た め の 食 慾 不 振 に 悩 ま さ れ な が 一 月 。 中 央 競 馬 振 興 会 副 会 長 と な る 。 ら ロ 述 筆 記 を 続 け 、 テ ー プ 録 音 に よ っ て 文 学 賞 の 候 補 作 品 を 読 む 。 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 六 十 一 一 歳 六 月 、 随 筆 「 孔 雀 の 羽 根 」 を 「 東 京 新 聞 」 に 発 表 。 「 舟 橋 聖 一 選 集 』 二 月 、 「 影 の 浪 」 ( 「 真 賢 の 記 」 第 五 部 ) を 「 新 潮 」 に 発 表 。 四 月 、 全 十 三 巻 が 新 潮 社 よ り 刊 行 さ れ は じ め る 。 七 月 、 眼 の 痛 み は 薄 ら い 「 と り か へ ば や 秘 文 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 連 載 ( 七 月 完 結 、 八 月 新 潮 社 だ が 、 視 力 回 復 せ ず 。 六 十 五 歳 刊 ) 。 日 本 演 技 ア カ デ ミ ー 開 校 、 校 長 に 就 任 。 五 月 、 「 与 三 郎 ざ ん 悔 」 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) を 「 京 都 新 聞 」 に 連 載 ( 八 百 七 十 回 完 結 ) 。 糖 尿 病 性 の 眼 氏 出 血 。 七 一 月 、 「 松 陰 遺 聞 ー を 「 群 像 」 に 発 表 。 横 綱 審 議 委 員 長 と な る 、 一 一 月 、 月 、 内 閣 よ り 建 国 記 念 日 審 議 会 委 員 を 委 嘱 さ れ る 。 国 立 劇 場 評 議 員 美 濃 部 都 知 事 の 「 公 営 ギ ャ ン プ ル 廃 止 論 」 を 支 持 し て 「 競 馬 自 粛 」 と な る 。 八 月 、 「 泥 の 浪 ー ( 「 真 贒 の 記 」 第 六 部 ) を 「 新 潮 ー に 発 表 。 を 首 相 に 進 言 。 「 歌 舞 使 美 学 再 考 」 を 「 毎 日 新 聞 」 に 発 表 。 三 月 、 日 九 月 、 左 眼 と 同 様 、 右 眼 の 視 力 も 衰 え る 。 十 月 、 「 火 の 浪 」 ( 「 真 賢 本 演 技 ア カ デ ミ ー の 校 長 を 辞 任 。 六 月 、 「 私 の 履 歴 書 ー を 「 日 本 経 の 記 」 完 結 ) を 「 新 潮 」 に 発 表 。 十 一 月 、 短 篇 集 『 華 燭 』 を 中 央 公 済 新 聞 ー に 連 載 ( 三 十 八 回 完 結 ) 。 十 月 、 「 後 京 栄 子 の こ と 」 を 「 海 」 論 社 よ り 刊 行 。 日 本 芸 術 院 会 員 と な る 。 に 発 表 。 六 十 三 歳 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 六 十 六 歳 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) 一 月 、 「 真 賢 の 記 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 一 一 月 、 日 本 中 央 竸 馬 会 名 誉 顧 一 月 、 「 女 菩 花 身 , を 「 群 像 」 に 発 表 。 七 十 一 歳 昭 和 五 十 一 年 ( 一 九 七 六 ) 問 と な る 。 三 月 。 随 筆 「 松 の 翠 り ー わ が 家 の 明 治 百 年 」 を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 四 月 、 「 文 芸 的 グ リ ン 。 フ ス 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 五 月 、 「 白 一 月 十 三 日 、 急 性 心 筋 梗 塞 の た め 日 本 医 科 大 付 属 病 院 で 死 去 。 い 逆 浪 」 ( 「 恋 か 魔 か 」 完 結 篇 ) を 「 小 説 現 代 」 に 発 表 ( 全 巻 を 「 湖 こ の 年 譜 は 、 編 集 部 が 製 作 し 、 野 口 冨 士 男 氏 に 監 修 を お 願 い し た も の で す 。

現代日本の文学 28 舟橋 聖一 集


昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 五 十 五 歳 伎 審 議 会 委 員 と な る 。 八 月 、 「 こ こ ろ 変 り 」 を 「 東 京 新 聞 」 に 連 載 一 月 、 「 好 色 論 ー ー 日 本 文 学 の 伝 統 」 を 「 群 像 」 に 連 載 ( 十 一 月 ま ( 四 百 八 十 五 回 完 結 ) 。 九 月 、 「 影 絵 女 人 」 を 「 中 央 公 論 ー に 連 載 ( 三 で 、 未 完 ) 。 「 新 ・ 忠 臣 蔵 」 よ り 「 瑤 泉 院 」 を 劇 化 し 、 中 村 歌 右 衛 門 十 八 年 十 一 月 完 結 ) 。 十 月 、 「 鵞 毛 」 が サ イ デ ン ス テ ッ カ ー に よ っ て ら に よ っ て 歌 舞 伎 座 で 上 演 。 一 一 月 、 永 田 雅 一 、 荻 原 吉 太 郎 、 河 野 一 英 訳 さ れ る ( ジ ャ パ ン ク オ ー タ リ ー 誌 に 掲 載 ) 。 「 千 姫 図 絵 」 取 材 の 郎 ら の タ キ シ ー ド 会 が 九 州 に 旅 行 、 こ れ に 参 加 。 三 月 、 「 白 い 魔 魚 」 た め 姫 路 ・ 岡 山 ・ 京 都 旅 行 。 十 一 一 月 、 「 告 げ た る の ち の 夏 子 」 を 「 小 説 新 裁 判 、 岐 阜 地 方 裁 判 所 に て 請 求 棄 却 の 判 決 が 下 り 、 勝 訴 と な る 。 四 潮 」 に 発 表 、 十 年 同 誌 に 連 載 さ れ た 「 夏 子 も の 」 に 終 止 符 が う た れ る 。 月 、 中 央 竸 馬 振 興 会 が 設 立 さ れ 、 監 事 と な る 。 六 月 、 — ・ e ・ o ( 国 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 l) 五 十 八 歳 際 演 劇 セ ン タ ー ) 創 立 、 会 長 に 就 任 。 八 月 、 タ キ シ ー ド 会 で 、 一 週 一 月 、 「 山 霧 の 遠 景 」 ( 「 霧 ま た 霧 の 遠 景 」 ) を 「 群 像 」 に 、 「 悪 事 」 間 の ハ ワ イ 旅 行 を し た 。 「 霧 あ る 情 事 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 十 月 、 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 五 月 、 「 お 七 花 体 」 を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 に 連 載 「 千 姫 牡 丹 」 を 「 京 都 新 聞 」 に 連 載 ( 三 百 一 一 十 回 完 結 ) 。 十 一 月 、 国 語 問 題 ( 三 十 八 年 八 日 完 結 ) 。 九 月 、 「 裏 切 っ た 女 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 協 議 会 が 設 立 さ れ 、 理 事 と な る 。 「 春 色 梅 暦 」 を 河 出 書 房 よ り 刊 行 。 「 猫 と 泉 の 遠 景 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 十 月 、 「 寝 顔 」 を 「 読 売 新 聞 」 に 連 載 。 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 五 十 六 歳 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 = l) 五 十 九 歳 一 月 、 「 剥 製 の 猫 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 四 月 、 「 白 鷺 記 」 を 「 別 冊 小 一 月 、 「 風 中 燭 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 一 一 月 、 随 想 「 日 日 雑 感 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 「 お 市 御 寮 人 」 を 「 主 婦 の 友 」 に 連 載 ( 三 十 六 年 十 説 現 代 」 に 連 載 ( 三 十 七 年 十 一 一 月 完 結 ) 。 三 月 、 「 自 伝 風 文 芸 史 妙 」 一 月 完 結 。 同 月 新 潮 社 刊 ) 。 観 世 栄 夫 、 谷 崎 恵 美 子 の 結 婚 に 仲 人 を を 「 小 説 中 央 公 論 」 に 連 載 ( 十 二 月 同 誌 の 休 刊 に よ り 中 絶 ) 。 四 月 、 っ と め る 。 五 月 、 「 夢 で あ り た い 」 を 「 産 経 新 聞 」 に 連 載 ( 三 十 六 年 「 花 の 生 涯 」 を zxx テ レ ビ で 連 続 放 送 ( 十 一 一 月 完 結 ) 。 日 本 近 代 文 四 月 完 結 。 六 月 新 潮 社 刊 ) 。 十 月 、 「 エ ネ ル ギ イ 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 学 館 創 立 、 常 務 理 事 と な る 。 五 月 、 父 了 助 死 去 、 陛 下 よ り 銀 盃 を 下 連 載 ( 十 一 一 月 完 結 、 同 月 文 藝 春 秋 新 社 刊 ) 。 「 風 景 」 創 刊 、 「 文 芸 的 グ 賜 さ れ る 。 八 十 七 歳 。 六 月 、 「 雪 と 狐 の 遠 景 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 リ ン プ ス 」 を 連 載 、 今 日 に 至 る ( 編 集 は キ ア ラ 同 人 が 担 当 、 初 代 編 集 八 月 、 「 モ ン ロ ー の よ う な 女 」 を 「 週 刊 文 春 」 に 連 載 ( 三 十 九 年 十 一 長 に 野 口 冨 士 男 、 一 一 代 目 は 有 馬 頼 義 、 三 代 目 は 吉 行 淳 之 介 、 四 代 目 は 月 完 結 ) 。 九 月 、 「 痩 牛 の い る 遠 景 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 十 月 、 「 遠 譜 船 山 馨 、 五 代 目 は 沢 野 久 雄 、 四 十 五 年 四 月 号 よ り 六 代 目 は 八 木 義 徳 ) 。 景 も の 」 を ま と め た 「 あ る 女 の 遠 景 」 を 講 談 社 よ り 刊 行 。 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 五 十 七 歳 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 六 十 歳 一 月 、 「 紅 の 山 」 を 「 小 説 中 央 公 論 ー に 、 「 夢 に 見 る 人 」 を 「 別 冊 小 一 月 、 「 あ る 女 の 遠 景 」 に よ っ て 第 五 回 毎 日 芸 術 賞 を 受 け る 。 「 私 の 年 説 新 潮 」 に 発 表 。 三 月 、 国 語 審 議 会 の 表 音 化 傾 向 を 不 満 と し 脱 退 。 会 っ た 人 ー を 「 朝 日 新 聞 」 に 連 載 。 宮 中 歌 会 始 に 招 か れ る 。 六 月 、 国 語 問 題 協 議 会 の 常 任 理 事 と な る 。 五 月 、 「 遠 景 も の 」 の 最 初 で あ る 「 花 の 生 涯 ー 創 作 の 功 績 に よ り 彦 根 市 名 誉 市 民 第 一 号 に 迎 え ら れ る 。 「 あ る 女 の 遠 景 」 を 「 群 像 」 、 「 国 語 問 題 と 民 族 の 将 来 」 を 「 中 央 公 中 央 競 馬 振 興 会 理 事 と な る 。 九 月 、 「 緋 の 化 粧 」 を 「 東 京 新 聞 」 に 論 」 に 発 表 。 「 風 の 花 園 」 を 「 週 間 女 性 」 に 連 載 。 六 月 、 松 竹 歌 舞 連 載 ( 七 百 十 一 回 完 結 ) 。 十 月 、 「 愛 の 淵 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 こ の

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五 月 、 同 人 誌 「 歩 行 者 」 に 参 加 、 戯 曲 「 支 配 す る 力 」 「 人 間 の 恋 」 を 発 表 。 二 、 梶 井 基 次 郎 、 外 村 繁 、 阿 部 知 一 一 、 徳 田 戯 一 一 等 が 集 ま る 。 三 月 、 む く ろ 清 元 師 匠 延 玉 英 の 門 下 と な る 。 相 弟 子 に 大 震 災 で 罹 災 し 、 水 戸 へ 避 戯 曲 「 骸 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 東 京 帝 国 大 学 卒 業 。 四 月 、 明 治 大 学 難 中 の 小 伝 馬 町 の 染 物 屋 老 田 弥 吉 が い た 。 彼 に よ っ て 大 工 町 花 街 で 予 科 講 師 と な る 。 十 月 、 戯 曲 「 魑 魅 ー を 「 文 芸 都 市 」 に 発 表 ( 十 一 の 遊 興 を 知 る 。 こ の 老 田 弥 吉 は 後 の 「 悉 皆 屋 康 吉 」 の モ デ ル で あ る 。 月 、 心 座 第 九 回 公 演 で 上 演 ) 。 文 芸 家 協 会 会 員 と な る 。 一 一 十 五 歳 昭 和 四 年 ( 一 九 二 九 ) 一 一 十 歳 大 正 十 三 年 ( 一 九 二 四 ) 一 一 月 、 戯 曲 「 佝 僂 の 乞 食 」 を 「 歩 行 者 ー に 発 表 。 こ の 年 築 地 小 劇 場 「 魑 魅 」 新 潮 社 刊 行 の 「 日 本 戯 曲 集 第 五 集 」 に 収 録 さ れ る 。 八 月 、 の 東 屋 三 郎 の 紹 介 で 、 小 山 内 薫 の 門 に 入 っ た 。 父 が 東 京 帝 国 大 学 教 長 男 雄 之 介 誕 生 。 心 座 の 左 翼 化 と 相 容 れ ず 脱 退 す る 。 約 四 ヶ 月 間 、 大 連 、 奉 天 、 京 城 を 旅 行 。 授 を 退 官 。 一 一 十 六 歳 昭 和 五 年 ( 一 九 三 〇 ) 二 十 一 歳 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 三 月 、 水 戸 高 等 学 校 を 卒 業 。 四 月 、 東 京 帝 国 大 学 文 学 部 国 文 科 に 入 一 一 月 、 今 日 出 海 等 と 蝙 蝠 座 結 成 。 四 月 、 拓 殖 大 学 講 師 を 兼 任 。 新 興 学 。 九 月 、 池 谷 信 三 郎 、 村 山 知 義 等 と 河 原 崎 長 十 郎 を 中 心 に 新 劇 団 芸 術 派 ク ラ ブ に 参 加 。 戯 曲 「 ・ ハ ン ガ ロ オ の 秘 密 」 を 「 新 潮 」 に 発 「 心 座 」 を 結 成 。 十 月 、 阿 部 知 一 一 、 古 沢 安 一 一 郎 等 と 帝 大 文 芸 部 雑 誌 表 。 処 女 出 版 「 愛 慾 の 匙 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 、 印 税 百 九 十 五 円 を 得 る 。 十 月 、 小 説 「 海 の ほ く ろ 」 を 文 学 時 代 に 発 表 、 川 端 康 成 の 賛 辞 「 朱 門 , を 創 刊 、 小 説 「 信 吉 の 幻 覚 」 を 発 表 。 一 一 十 一 一 歳 を う け る 。 十 一 月 、 コ ク ト ー の 「 声 」 を 今 日 出 海 と 共 同 演 出 。 十 二 大 正 十 五 年 ・ 昭 和 元 年 ( 一 九 一 一 六 ) 月 、 戯 曲 集 「 、 ハ ン ガ ロ オ の 秘 密 」 を 赤 炉 閣 よ り 刊 行 。 五 月 、 「 骨 」 が 牛 込 会 館 に お い て 、 研 劇 協 会 に よ っ て 上 演 さ れ た 。 昭 和 六 年 ( 一 九 三 一 ) 一 一 十 七 歳 同 月 一 一 十 七 、 八 の 両 日 「 痼 疾 者 」 が 新 橋 演 舞 場 の 心 座 第 三 回 公 演 で 初 演 さ れ 、 上 司 小 剣 、 秋 田 雨 雀 等 に 認 め ら れ た 。 七 月 十 一 日 、 父 方 六 月 、 文 芸 家 協 会 評 議 員 と な る 。 九 月 、 「 近 代 生 活 」 同 人 と な る 。 の 伯 父 佐 藤 一 一 郎 の 四 女 佐 藤 百 寿 と 結 婚 。 九 月 、 心 座 第 四 回 公 演 に 築 こ の 年 、 吉 行 ェ イ ス ケ 、 楢 崎 勤 等 と 遊 び 、 竜 胆 寺 雄 と 交 友 を 結 ぶ 。 地 小 劇 場 で 上 演 さ れ た 戯 曲 「 白 い 腕 」 が 、 十 月 、 今 東 光 の 推 薦 に よ 昭 和 七 年 ( 一 九 三 一 l) 一 一 十 八 歳 っ て 「 新 潮 」 新 人 号 に 掲 載 さ れ 、 は じ め て 原 稿 料 八 十 八 円 余 を 得 る 。 一 月 、 「 士 官 夫 人 」 を 「 報 知 新 聞 」 に 連 載 。 間 も な く 掲 載 禁 止 を う け 一 一 十 三 歳 て 中 絶 。 六 月 、 長 男 雄 之 介 急 死 。 七 月 、 あ ら く れ 会 の 同 人 と な り 、 昭 和 ニ 年 ( 一 九 二 七 ) こ の 年 、 今 東 光 を 通 じ て 今 日 出 海 を 知 り 、 交 友 今 日 に 及 ぶ 。 十 一 徳 田 秋 声 門 下 に 列 な る 。 「 あ ら く れ 」 を 創 刊 。 十 一 月 、 「 白 い 蛇 赤 い 月 、 長 女 美 香 子 誕 生 。 東 京 帝 国 大 学 文 芸 部 委 員 長 と な る 。 十 二 月 、 蛇 」 を 「 都 新 聞 」 に 連 載 ( 百 一 一 十 回 完 結 ) 。 明 治 大 学 文 芸 科 講 師 と な る 。 生 活 を 緊 縮 す る た め 、 土 地 一 一 百 坪 を 売 却 、 家 屋 も 三 つ に 分 け て 年 卒 業 論 文 「 岩 野 泡 鳴 の 小 説 及 び 小 説 論 ー を 脱 稿 。 一 一 十 四 歳 そ の 一 部 に 住 む 。 昭 和 三 年 ( 一 九 二 八 ) 昭 和 八 年 ( 一 九 三 = l) 一 月 、 心 座 の 執 行 委 員 長 と な り 、 富 田 常 雄 を 知 る 。 二 月 、 田 辺 茂 一 一 一 十 九 歳 主 宰 の 「 文 芸 都 市 」 に 参 加 。 戯 曲 「 襤 褸 」 を 発 表 。 同 人 に 井 伏 鱒 四 月 、 明 治 大 学 予 科 教 授 と な る 。 六 月 、 紀 伊 国 屋 出 版 部 が 設 立 さ

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( 二 十 四 年 十 一 一 月 完 結 ) ・ の 劇 化 上 演 ( 明 治 座 ) 。 六 月 、 「 相 撲 記 」 を 創 元 社 よ り 刊 行 。 四 十 四 歳 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 四 十 歳 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 一 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 の 巻 の 四 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 十 二 月 、 空 襲 一 月 、 「 伽 羅 焚 き 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 「 雪 夫 人 絵 図 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 連 載 ( 一 一 十 五 年 十 一 一 月 完 結 ) 。 六 月 、 日 本 文 芸 家 協 会 初 代 理 事 長 と 下 の 東 京 を の が れ て 熱 海 に 疎 開 。 四 十 一 歳 な る 。 八 月 、 後 楽 園 に お け る 里 見 弴 還 暦 記 念 試 合 に 、 遊 撃 手 と し て 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 一 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 の 巻 の 八 を 書 き 上 げ る 。 同 じ 頃 熱 海 に 居 た 谷 出 場 。 九 月 、 「 無 風 」 を 改 造 社 よ り 刊 行 。 四 十 五 歳 崎 潤 一 郎 と 往 き 来 し て い た 。 三 月 、 両 親 は 仙 台 へ 、 妻 子 は 一 ノ 関 郊 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 外 の 萩 荘 村 へ 疎 開 。 五 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 を 創 元 社 よ り 刊 行 。 初 版 一 月 、 芥 川 賞 が 復 活 し 、 そ の 選 考 委 員 に な る 。 「 サ ン タ ・ キ ア ラ の 三 千 部 の う ち 一 一 千 部 が 空 襲 の た め 焼 失 。 七 月 、 志 賀 高 原 ホ テ ル に て 御 顔 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 「 花 の 素 顔 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 連 載 ( 百 七 「 散 り 散 ら ず 」 を 書 く 。 八 月 、 萩 荘 村 で 終 戦 を 迎 え る 。 た だ ち に 上 十 二 回 完 結 。 九 月 、 朝 日 新 聞 社 刊 ) 。 三 月 、 「 ひ る 顔 、 夜 顔 , を 「 文 京 。 九 月 、 日 本 文 芸 家 協 会 設 立 代 表 委 員 と し て 再 建 の た め に 動 く 。 藝 春 秋 」 に 連 載 。 キ ア ラ の 会 誕 生 ( 現 在 の 会 員 は 、 有 馬 頼 義 、 有 吉 十 一 一 月 、 日 本 文 芸 家 協 会 書 記 局 長 と な る 。 会 長 菊 池 寛 。 佐 和 子 、 井 上 靖 、 遠 藤 周 作 、 北 杜 夫 、 源 氏 鶏 太 、 沢 野 久 雄 、 芝 木 好 四 十 一 一 歳 子 、 日 下 令 光 、 野 口 冨 士 男 、 舟 橋 聖 一 、 船 山 馨 、 北 条 誠 、 三 浦 朱 門 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 一 月 、 「 毒 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 「 横 に な っ た 令 嬢 」 を 「 キ 水 上 勉 、 八 木 義 徳 、 吉 行 淳 之 介 の 十 七 名 ) 。 十 月 、 「 落 月 」 を 「 群 像 」 に ン グ ー に 連 載 ( 十 一 一 月 完 結 ) 、 は げ し い 非 難 を 受 け る 。 一 一 月 。 戯 曲 発 表 。 「 六 代 菊 五 」 を 「 文 学 界 」 に 断 続 連 載 ( 一 一 十 七 年 七 月 ま で 、 未 完 ) 。 四 十 六 歳 「 滝 ロ 入 道 の 恋 」 が 猿 之 助 ・ 八 重 子 に よ っ て 東 京 劇 場 で 上 演 さ れ 、 四 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) ヶ 月 の ロ ン グ ラ ン だ っ た が 、 劇 評 家 か ら は 総 攻 撃 を 受 け た 。 四 月 、 一 月 、 「 山 山 の 色 」 を 「 文 藝 春 秋 」 、 「 こ こ ろ 変 り 」 を 「 中 央 公 論 」 「 満 月 」 を 「 月 刊 読 売 」 に 連 載 ( 二 十 一 一 年 五 月 完 結 ) 。 新 生 新 派 で に 発 表 。 「 光 君 草 子 」 ( 「 源 氏 物 語 草 子 」 ) を 「 新 潮 」 「 文 芸 」 に 断 続 連 「 団 之 助 紅 」 上 演 。 九 月 、 「 団 之 助 紅 . を 「 京 都 新 聞 」 に 連 載 。 競 馬 載 ( 未 完 ) 。 作 家 の 税 金 問 題 で 、 大 蔵 大 臣 池 田 勇 人 と 面 談 。 四 月 、 日 が 復 活 。 同 好 の 士 、 永 田 雅 一 、 吉 川 英 治 と 交 友 を 深 め る 。 本 文 芸 家 協 会 理 事 長 に 再 選 さ れ る 。 六 月 、 横 綱 審 議 会 委 員 と な る 。 四 十 三 歳 十 一 月 、 「 山 芸 者 」 を 「 中 央 公 論 」 文 芸 特 集 号 に 、 「 落 ち 渋 柿 , を 譜 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 四 月 、 「 老 茄 子 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 五 月 、 「 団 之 助 紅 」 映 画 化 。 「 改 造 ー に 発 表 。 谷 崎 潤 一 郎 作 「 少 将 滋 幹 の 母 」 を 東 を ど り の た め 原 作 料 に 菊 池 覚 の 愛 用 車 を 贈 ら れ る 。 六 月 、 今 日 出 海 、 林 房 雄 、 河 に 脚 色 し 、 新 橋 演 舞 場 で 演 出 。 「 続 雪 夫 人 絵 図 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 年 上 徹 太 郎 と 復 刊 さ れ た 「 文 学 界 」 の 編 集 に あ た る 。 七 月 、 「 鵞 毛 」 文 部 省 国 語 審 議 会 委 員 、 東 京 馬 主 協 会 理 事 と な る 。 十 二 月 、 「 女 め を 「 文 学 界 」 に 連 載 ( 十 月 完 結 ) 。 祖 母 近 藤 広 子 死 去 。 九 月 、 「 冬 夏 く ら 双 紙 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 連 載 。 四 十 七 歳 堂 御 占 ー ( 「 老 茄 子 続 稿 」 ) を 「 群 像 ー に 発 表 。 「 左 ま ん じ 」 を 文 藝 春 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 4 秋 新 社 よ り 刊 行 。 十 二 月 、 「 裾 野 ー を 「 別 冊 文 藝 眷 秋 」 に 断 続 連 載 一 月 、 「 華 燭 」 を 「 新 潮 」 、 「 お げ ん の 恋 」 を 「 文 藝 春 秋 」 、 「 青 首 大

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れ 、 取 締 役 と な る 。 同 社 か ら 「 白 い 蛇 赤 い 蛇 」 刊 行 。 九 月 、 「 浮 寝 」 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 三 十 五 歳 を 「 新 潮 。 に 発 表 。 十 月 、 「 行 動 、 が 紀 伊 国 屋 よ り 創 刊 さ れ 、 阿 部 一 月 、 「 楊 柳 」 を 「 文 学 界 」 に 、 「 す が た 見 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 一 一 知 二 と と も に 同 人 と な る 。 編 集 長 に は 豊 田 三 郎 。 月 、 菊 池 寛 賞 審 査 委 員 と な る 。 谷 崎 潤 一 郎 訳 「 源 氏 物 語 」 刊 行 記 念 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 三 十 歳 講 演 会 に 出 席 し 、 谷 崎 潤 一 郎 の 知 遇 を 得 る 。 九 月 、 「 母 代 , を 、 十 九 月 、 「 自 由 主 義 文 学 の 提 唱 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 、 能 動 精 神 を 唱 え 月 、 「 谷 間 の 宿 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 「 木 石 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 て 作 家 の 積 極 的 活 動 を 主 張 。 十 月 、 「 ダ イ ヴ ィ ン グ 」 を 「 行 動 」 に 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 一 一 一 十 六 歳 発 表 、 同 号 の 小 松 清 の 評 論 「 行 動 主 義 文 学 」 と 共 に 注 目 を 集 め る 。 一 月 、 「 川 音 」 を 「 新 潮 , に 発 表 。 評 伝 「 歴 史 の 一 枚 ー 北 村 透 谷 」 昭 和 十 年 ( 一 九 三 五 ) 三 十 一 歳 を 「 文 学 界 , に 連 載 ( 十 六 年 六 月 ま で ) 。 四 月 、 「 愛 児 煩 悩 」 を 「 文 一 月 、 「 濃 淡 ー ( 「 新 胎 」 ) を 「 行 動 ー に 九 月 ま で 連 載 。 九 月 、 紀 伊 国 芸 」 に 発 表 。 六 月 、 「 川 音 」 を 実 業 之 日 本 社 よ り 刊 行 。 八 月 、 「 姫 鱒 ー 屋 出 版 部 は 解 散 。 「 行 動 ー は 満 一 一 年 二 十 四 号 を 以 て 廃 刊 と な り 、 能 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 五 所 平 之 助 監 督 で 「 木 石 」 映 画 化 さ れ る 。 十 一 一 月 、 「 氷 動 精 神 、 行 動 主 義 の 主 張 も 下 火 と な る 。 「 あ ら く れ 」 休 刊 。 小 林 秀 雪 」 ( 「 り つ 女 年 巴 ) を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 文 芸 家 協 会 理 事 と な る 。 雄 に す す め ら れ て 「 文 学 界 」 に 島 木 健 作 、 阿 部 知 一 一 等 と 参 加 。 十 一 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 三 十 七 歳 月 、 ペ ン ク ラ ・ フ 会 員 と な る 。 一 一 月 、 「 篠 笛 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 三 月 、 祖 母 近 藤 広 子 の 喜 寿 を 祝 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 三 十 二 歳 う 。 四 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 巻 の 壱 を 「 公 論 」 に 発 表 。 八 月 、 「 相 撲 記 」 一 一 月 、 一 一 ・ 二 六 事 件 起 る 。 四 月 、 「 日 日 の 危 機 」 を 、 五 月 、 「 行 動 主 を 「 文 学 界 ー に ( 十 八 年 三 月 完 結 ) 、 「 女 の 手 , を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 義 文 学 再 建 ー を 文 学 界 に 発 表 。 そ の 後 行 動 主 義 に 行 き 詰 り 、 ス ラ ン 連 載 ( 十 一 一 月 完 結 ) 。 九 月 、 「 夏 痩 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 浅 黄 幕 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 発 表 。 十 一 月 、 「 篠 笛 」 を 博 文 館 よ り 刊 行 。 十 二 月 、 プ に 陥 る 。 七 月 、 文 藝 春 秋 社 に よ り 「 文 学 界 」 が 発 行 さ れ る よ う に な る 。 卒 論 に 手 を 入 れ て 「 岩 野 泡 鳴 伝 」 を 六 月 か ら 「 文 学 界 」 に 連 「 男 」 を 「 東 京 日 日 新 聞 , に 連 載 。 載 し 、 十 三 年 十 一 一 月 ま で 続 け る 。 同 月 、 「 行 動 文 学 」 を 創 刊 。 ( 約 一 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 三 十 八 歳 年 続 く ) 。 こ の こ ろ よ り 競 馬 に 親 し む 。 一 月 、 「 紅 梅 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 「 北 村 透 谷 」 を 中 央 公 論 社 よ り 刊 と ん ば や あ き 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 三 十 三 歳 行 。 三 月 、 厚 生 省 人 口 問 題 研 究 所 嘱 託 と な る 。 四 月 、 「 蜻 蛉 屋 安 芸 一 月 、 「 藍 色 の 道 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 四 月 、 東 京 家 政 学 院 講 師 子 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 発 表 。 五 月 、 文 芸 家 協 会 解 散 、 日 本 文 学 報 国 と な る 。 六 月 、 「 岩 野 泡 鳴 伝 」 ( 上 巻 ) を 青 木 書 店 よ り 刊 行 。 菊 池 寛 会 と な り 、 常 任 幹 事 に 就 任 。 七 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 の 巻 の 弐 「 葦 舟 」 を 識 る 。 九 月 、 「 新 風 源 氏 物 語 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 十 二 月 ま で 連 載 。 を 「 改 造 」 に 発 表 。 十 一 一 月 、 「 り つ 女 年 譜 」 を 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 十 月 、 「 木 石 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 前 年 よ り 続 い た ス ラ ン プ を 脱 水 谷 八 重 子 等 の 劇 団 芸 術 座 が 「 女 の 手 」 を 上 演 。 す る 。 十 一 一 月 、 「 新 胎 ・ 木 石 」 及 び 「 岩 野 泡 鳴 伝 」 ( 下 巻 ) を 青 木 書 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 三 ) 三 十 九 歳 店 よ り 刊 行 。 一 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 の 巻 の 参 「 向 ひ 鶴 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 「 川 音 」

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と ん れ ば 保 守 反 動 と み な さ れ て い た に 相 違 あ る ま い が 、 そ を 意 図 し た も の で あ っ た が 、 早 大 系 同 人 の 脱 退 か ら 頓 反 骨 精 神 が あ っ た 。 そ し て 、 こ に は 氏 な り の 戦 し 挫 を き た し て 四 年 八 月 に 廃 刊 と な り 、 心 座 も 同 年 八 月 あ つ れ き そ れ は 私 見 に よ れ ば 、 ま だ 完 全 に は 意 識 下 に お か れ て 思 想 的 軋 轢 か ら 舟 橋 さ ん が 脱 退 し た 直 後 に 、 イ ワ ノ フ い な か っ た ア ナ ル コ ・ サ ン ジ カ リ ズ ム 思 想 の 胚 芽 に も の 『 装 甲 列 車 』 が 上 演 禁 止 の 厄 に 遭 っ た と こ ろ か ら 経 と づ い て い た の で あ る 。 済 的 打 撃 を 受 け て 解 散 し て い る 。 そ う ば う が ん 四 年 間 の 大 学 生 活 は 息 忙 の う ち に 過 ぎ る 。 大 正 十 五 そ し て 、 「 長 十 郎 は そ の 後 、 中 村 翫 右 衛 門 と 語 ら っ て 、 ( 昭 和 元 ) 年 五 月 に は 戯 曲 『 骨 』 が 研 劇 協 会 に よ っ て 前 進 座 を 興 し た が 、 私 は 演 劇 運 動 へ の 志 を 折 っ て し ま こ し っ し ゃ 上 演 さ れ 、 五 月 に は 『 痼 疾 者 』 が 心 座 の 演 目 に 取 り 上 っ た 。 同 時 に 、 戯 曲 か ら 小 説 へ と 転 向 し た の で あ る 。 こ げ ら れ て 新 橋 演 舞 場 で 脚 光 を 浴 び た 。 七 月 に は 高 校 時 れ は 井 伏 鱒 二 が 、 『 舟 橋 は 散 文 の ほ う が う ま い の で は な 代 か ら 恋 愛 関 係 に あ っ た 現 夫 人 で 父 方 の 従 妹 に あ た る い か 』 と 何 気 な く 言 っ た 言 葉 に 示 唆 を 受 け た こ と に も も も じ ゅ 百 寿 氏 と 学 生 結 婚 を し 、 九 月 に 心 座 で 上 演 さ れ た 戯 曲 よ る 」 ( 『 私 の 履 歴 書 』 ) と 舟 橋 さ ん 自 身 が 書 い て い る 「 作 『 白 い 腕 』 が 今 東 光 氏 の 推 薦 で 十 月 号 の 「 新 潮 」 に 掲 家 誕 生 」 の 転 機 は 昭 和 五 年 の こ と で あ る 。 す な わ ち 、 載 さ れ た 。 こ れ が 営 業 雑 誌 に 載 っ た 最 初 の 作 品 で あ り 、 同 年 二 月 に は 今 日 出 海 氏 ら と 劇 団 「 蝙 蝠 座 」 を 結 成 。 文 壇 進 出 へ の 第 一 歩 で あ っ た 。 翌 昭 和 二 年 に も 、 三 、 四 月 、 新 興 芸 術 派 ク ラ ブ が 誕 生 し て 小 林 秀 雄 、 井 伏 鱒 四 の 戯 曲 が 上 演 さ れ て い る が 、 十 一 月 に は 長 女 美 香 子 二 、 吉 行 ェ イ ス ケ 氏 ら と と も に 参 加 。 六 月 、 最 初 の 著 さ ん じ よ く 氏 が 産 ま れ 、 夫 人 が 産 褥 に あ っ た 間 も 書 き つ づ け た 六 書 で あ る 戯 曲 集 『 愛 慾 の 一 匙 』 を 「 新 興 芸 術 派 叢 書 」 百 四 十 九 枚 の 卒 論 『 岩 野 泡 鳴 の 小 説 及 び 小 説 論 』 を 文 の 一 冊 と し て 新 潮 社 か ら 出 版 し た の ち 、 十 月 の 「 文 学 学 部 事 務 室 の 窓 口 へ 提 出 で き た の は 〆 切 の わ す か 二 十 時 代 」 に 小 説 『 海 の ほ く ろ 』 を 執 筆 し て 川 端 康 成 氏 の 五 分 前 で あ っ た 。 そ し て 、 三 年 三 月 に は 学 業 を お え て 賞 讃 を 受 け た と い う の が 、 そ の 経 過 で あ る 。 翌 四 月 か ら 明 大 予 科 講 師 と な っ た が 、 田 辺 茂 一 氏 主 宰 の 「 文 芸 都 市 」 同 人 と な っ た の は そ の 前 月 で あ る 。 同 戦 中 戦 後 人 に 井 伏 鱒 二 、 阿 部 知 二 、 尾 崎 一 雄 、 梶 井 基 次 郎 な ど を 擁 し た こ の 雑 誌 は 左 翼 勢 力 に 対 抗 す る 芸 術 派 の 団 結 昭 和 八 年 十 月 、 田 辺 茂 一 氏 に よ っ て 雑 誌 「 行 動 」 が

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( ) ( ー 第 第 ” 無 物 繆 チ 0 を 第 物 ? 一 を 潮 新 財 新 人 號 し た こ と も ま た 事 実 で あ っ た 。 維 新 に よ っ て 父 方 の 舟 橋 家 が さ ん た ん た る 没 落 過 程 を た ど っ た の に 反 し て 、 母 方 の 近 藤 家 は 明 治 の 新 興 階 て つ ぼ う 級 で あ っ た 。 三 多 摩 の 鉄 炮 鍛 冶 で あ っ た 近 藤 氏 は 御 家 人 の 株 を 買 っ て 徳 川 の 旗 本 と な っ た 家 で 、 聖 一 氏 の 曽 え の も と ′ ー 祖 父 庫 一 二 郎 は 維 新 の と き 上 野 の 戦 争 に 敗 走 し て 榎 本 武 あ き 揚 と と も に 北 海 道 へ 渡 っ た の ち 明 治 新 政 府 に 重 用 さ れ た が 、 司 法 卿 ぐ ら い に は な れ た も の を と 惜 し ま れ な が ら 世 を 去 っ た 。 安 政 四 年 ( 一 八 五 七 ) 江 戸 に 生 ま れ た 祖 父 陸 三 郎 は 庫 三 郎 の 三 男 で 、 東 大 の 前 身 で あ る エ 部 大 学 校 の 鉱 山 学 科 を 明 治 十 三 年 に 卒 業 後 い っ た ん 官 途 に つ い て 、 同 十 六 年 に 静 岡 県 出 身 の 軍 医 遠 藤 周 民 の 女 ひ ろ 子 と 結 婚 後 、 秋 田 県 の 阿 仁 鉱 山 へ 所 長 と し て 赴 俐 し た 。 夫 妻 の 長 女 で 聖 一 氏 の 母 堂 に あ た る さ わ 子 氏 が 明 治 十 九 年 に 生 誕 し た の は 、 こ の 鉱 山 の 官 舎 に 在 住 中 の こ と だ が 、 特 初 は 人 。 真 た ま た ま 銅 山 王 の 古 河 市 兵 衛 が 阿 仁 鉱 山 を 買 い 取 る こ 新 載 写 本 と に な っ て 陸 三 郎 の 幸 運 の 道 は ひ ら か れ た 。 彼 は 古 河 」 掲 版 を る 初 鉱 業 の 社 員 と な っ て 二 十 一 年 に 帰 京 す る と 、 ま も な く 新 」 得 の 月 、 を そ 鉱 業 視 察 の た め に ヨ ー ロ ソ ハ へ 一 年 半 の 外 遊 を 命 し ら -0 し 料 と れ た 。 年 珀 稿 誌 に 原 載 明 治 三 十 年 、 古 河 の 経 営 す る 栃 木 県 足 尾 銅 山 の 製 錬 正 号 て 掲 に と も な う 鉱 毒 が 渡 良 瀬 川 に 流 れ こ ん で 、 沿 岸 数 十 カ 大 集 め 同 十 第 年 三 十 ニ 第

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を つ 料 物 村 第 大 正 十 四 年 水 戸 高 同 人 誌 、 大 正 十 一 一 年 部 學 大 京

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本 人 の 美 術 工 芸 に 巧 み な る 原 因 は 、 指 先 の 働 き の 器 用 に あ る と 言 わ れ て い る が 、 そ の 半 面 掏 摸 の 発 達 を 促 し た と も 考 え ら れ る 。 前 者 は 指 先 の 善 用 で あ り 、 後 者 は そ の 悪 用 で あ る 。 指 先 の 器 用 な の は 、 日 本 料 理 、 中 国 料 理 、 朝 鮮 料 理 な ど 一 い ず れ も 箸 を 使 う が た め と 言 わ れ る が 、 果 た し て 然 り や 否 や 。 そ う 言 わ れ れ ば 、 よ う ろ つ ば ・ あ め り か の 国 民 は 、 ナ イ フ ・ フ ォ ー ク あ る い は ス 。 フ ー ン を 使 用 す る の で 、 指 先 の 鍛 練 が 足 り な い の も 当 然 で あ る 。 ま た 西 洋 人 は 、 ナ 。 フ キ ン あ る い は ハ ン カ チ ー フ の ご と き 真 四 角 な 布 を 使 う が 、 日 て ぬ ぐ い 本 人 は ま こ と に 器 用 に 手 拭 と い う 細 長 い 布 を 用 い る 。 こ こ も つ は ち ま ー に も 彼 我 優 劣 の 差 が 認 め ら れ る 。 手 拭 を 以 て 鉢 巻 を し た り 、 ほ お か ぶ 頬 被 り を し た り 、 入 浴 の 際 は 必 ら ず 携 え て 、 身 体 を 隈 な く そ の 頃 、 東 京 下 谷 警 察 署 勤 務 の 予 は 、 署 よ り 徒 歩 数 分 の 洗 っ た り 拭 い た り す る の に 適 し て い る 。 か り に 西 洋 人 に 、 距 離 に あ る 上 野 西 黒 門 町 の 官 舎 に 住 居 し て い た 。 予 は 三 十 手 拭 一 本 を 与 え て 入 浴 を め て も 、 彼 等 は 只 、 持 て あ ま す ぶ き よ う を 越 し て い た が 、 ま だ 独 身 で あ っ た 。 下 谷 署 は 明 治 五 年 、 の み で あ ろ う 。 要 す る に 、 指 先 の み な ら ず 、 手 先 も 不 器 用 と ん し ょ 第 五 大 区 三 、 四 小 区 及 び 七 、 十 小 区 巡 査 屯 所 を 置 き た る に な の で あ る 。 日 本 及 び 中 国 人 が 、 手 品 に 妙 な の も 、 こ の 理 も つ ば 始 ま る 。 つ い で こ れ を 合 し 、 八 年 警 視 第 五 分 庁 第 一 一 署 、 警 由 か ら だ 。 日 本 及 び 中 国 の 手 品 は 、 専 ら 手 首 な い し 手 先 に は な は 視 第 五 方 面 第 一 一 署 と な り 、 十 年 警 視 第 五 方 面 第 一 一 分 署 、 十 よ っ て 、 甚 だ 奇 妙 の 芸 当 を 演 じ る が 、 泰 西 流 の 手 品 は 、 主 四 年 第 五 方 面 下 谷 区 西 黒 門 町 警 察 署 と な り 、 つ い で 第 五 方 と し て 器 具 あ る い は 器 械 の 精 妙 に よ っ て 演 じ ら れ る も の で 面 下 谷 警 察 署 と 改 め ら る 。 管 す る 所 は 下 谷 区 一 円 な り 。 予 あ る 。 も ち ろ ん 西 洋 物 と 、 指 先 の 働 き は 重 要 で あ る が 、 す り は 掏 摸 係 の 刑 事 で あ っ た 。 警 察 で は ス リ と 言 わ ず 、 ト ウ モ そ の 主 眼 は わ が 在 来 の 手 品 と は 基 本 的 に 異 質 で あ る 。 従 っ と 音 読 み す る の が 正 式 な 呼 び 方 だ っ た が 、 一 般 に は ス リ 係 て 東 洋 流 は 手 品 師 ま た は 手 妻 師 と 称 し 、 西 洋 流 は 奇 術 師 あ * し よ う 、 よ く さ い て ん か っ で 通 っ て い た 。 掏 摸 係 は ほ と ん ど 私 服 で 、 倒 服 を 着 用 す る る い は 魔 術 師 と 言 う 。 た と え ば 松 旭 斎 天 勝 な ど の 流 行 に よ 、 わ ま れ か く そ で の は 、 極 め て 稀 で あ っ た 。 昔 は 角 袖 と も 言 わ れ た 。 わ が 日 っ て 、 巧 妙 な る 手 妻 師 よ り も 、 大 掛 り の 人 体 切 断 等 の 仕 掛 百 七 号 具 條 さ き の こ と