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検索対象: 東風西雅抄

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東風西雅抄


本 書 は 、 岩 波 現 代 文 庫 の た め に 新 た に 編 集 さ れ た も の で あ る 。 底 本 は 『 宮 崎 市 定 全 集 』 ( 岩 波 書 店 刊 ) を 使 用 し 、 単 行 本 『 東 風 西 雅 』 ( 岩 波 書 店 刊 ) を 参 照 し た 。

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ろ ろ 2 滝 の よ う に 垂 れ 下 る 。 宮 崎 は 箱 根 丸 で 渡 欧 し て か ら 四 十 年 後 、 筑 摩 書 房 刊 の 『 展 望 』 一 九 七 六 年 十 月 号 か ら 、 六 カ 月 に 亘 っ て 〈 東 と 西 と の 交 錯 〉 と 題 す る 連 載 を し た 際 、 横 光 の 『 旅 愁 』 を 額 縁 代 わ り に 使 っ て 、 日 本 人 の ヨ ー ロ ッ パ 旅 行 記 の 名 著 を 紹 介 し た 。 そ の 第 一 回 「 横 光 利 一 と 歴 史 」 で 、 と 名 乗 り を あ げ て 周 囲 の 人 び と を 驚 『 旅 愁 』 の 主 人 公 矢 代 の モ デ ル は 自 分 か も 知 れ な い 、 か せ た 。 東 洋 史 家 宮 崎 が 生 前 に 世 に 間 う た 随 想 集 は 、 随 筆 風 の 史 論 『 日 出 づ る 国 と 日 暮 る る 処 』 ( 星 野 書 店 、 一 九 四 三 年 。 の ち 中 公 文 庫 に 再 録 ) を 別 に す る と 、 古 稀 を 迎 え た 時 季 か ら 始 ま る の で あ っ て 、 『 中 国 に 学 ぶ 』 ( 一 九 七 一 年 ) と 『 木 米 と 永 翁 』 ( 一 九 七 五 年 。 と も に 朝 日 新 聞 社 刊 、 の ち 中 公 文 庫 に 再 録 ) 、 『 東 風 西 雅 』 ( 一 九 七 八 年 ) と 『 独 歩 吟 』 ( 一 九 八 六 年 。 と も に 岩 波 書 店 ) 、 最 後 は 逝 去 の 直 前 に 上 梓 さ れ た 『 遊 心 譜 』 ( 中 央 公 論 社 、 一 九 九 五 年 。 ご く 最 近 、 中 公 文 庫 に 再 録 ) の 合 わ せ て 五 冊 で あ る 。 『 中 国 に 学 ぶ 』 は 、 題 名 通 り 中 国 の 歴 史 と 文 化 に 焦 点 を 合 わ せ た 堅 い エ ッ セ イ を 集 録 し た も の で 、 江 戸 後 期 の 京 焼 の 陶 工 を 主 題 に 掲 げ た 『 木 米 と 永 翁 』 が 、 日 本 文 化 の 諸 相 へ の 対 応 の 仕 方 を 綴 っ た も の で あ っ た の で 、 第 三 の 随 想 集 の 出 版 を 岩 波 書 店 か ら 慫 慂 さ れ た 際 、 宮 崎 は 連 載 を 終 え た ば か り の 〈 東 と 西 と の 交 錯 〉 と 、 そ の 数 年 前 に 平

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154 の う ち 「 徂 徠 の 学 案 を 論 ず 」 の 一 篇 を 収 録 し た こ と で あ る 。 こ れ は 弱 冠 に し て 早 く も 将 来 の 大 成 を 予 想 せ し め る 博 士 独 特 の 発 想 法 を 知 る た め の み な ら ず 、 明 治 中 期 の 学 界 の 新 動 向 を 示 す も の と し て 興 味 あ る 資 料 を 提 供 す る も の だ か ら で あ る 。 次 に は 京 都 大 学 に お け る 特 殊 講 義 で 未 発 表 の 「 ア ラ 。 フ 人 の 記 録 に 見 え た る 支 那 」 を 当 時 の 筆 記 に 基 づ い て 整 理 収 載 し た こ と で あ る が 、 博 士 逝 去 後 三 十 余 年 を 経 て も 、 こ れ に 代 る 新 研 究 が 出 現 し そ う な 気 配 す ら 見 え ぬ 今 日 、 こ れ を 公 表 す る の は 我 々 当 然 の 責 務 で あ ろ う と 信 ず る 。 私 は こ れ ま で 学 生 た ち か ら 、 東 洋 史 勉 学 の 方 法 を 問 わ れ る と 、 一 時 に 多 様 の 学 説 を 受 容 し て 頭 を 混 乱 さ せ る よ り は 、 先 ず 一 人 の 著 述 を 全 部 読 む こ と か ら 始 め よ 、 そ れ に は 桑 原 博 士 の も の が 最 適 だ 、 と 答 え て き た が 、 こ の 考 は 今 も 変 ら な い 。 博 士 の 著 作 は 凡 て 、 文 章 は 平 易 、 論 理 は 明 快 、 し か も 読 み 進 む に 従 。 て そ の 底 蘊 を 尽 し が た い 博 深 さ に 打 た れ る に 至 る 。 今 こ の 全 集 の 出 版 に よ っ て 、 私 の 提 案 の 実 行 が い よ い よ 容 易 に な る こ と を 、 読 者 と 共 に 喜 び た い 。 〔 『 桑 原 隲 蔵 全 集 』 内 容 見 本 、 岩 波 書 店 、 一 九 六 八 年 一 月 〕

東風西雅抄


凡 社 刊 の 『 中 国 古 典 文 学 大 系 』 の 月 報 に 連 載 し た 〈 東 風 西 雅 録 〉 を 中 軸 と し た エ ッ セ イ 集 に し た い 旨 を 申 さ れ て 、 編 集 を 私 に 依 頼 さ れ た 。 早 速 に 五 部 か ら な る 目 次 を 作 成 し て み た が 、 分 量 は 『 中 国 に 学 ぶ 』 『 木 米 と 永 翁 』 に 比 。 へ て お よ そ 一 倍 半 と な り 、 エ ッ セ イ 集 に し て は 重 厚 す ぎ る 嫌 い が あ っ た こ と は 否 め な い 。 書 名 に 関 し て 、 宮 崎 は 『 東 西 古 今 抄 』 を 用 意 さ れ た が 、 私 は 〈 東 風 西 雅 録 〉 に 因 ん で 、 『 東 風 西 雅 』 に さ れ て は 如 何 で す か 、 と 提 案 し た と こ ろ 、 納 得 し て 下 さ っ た の で あ っ た 。 今 回 、 〈 岩 波 現 代 文 庫 〉 に 人 れ る に 当 た っ て は 、 随 想 集 の 通 常 の 分 量 に す る た め に 、 全 体 の 三 分 の 一 を 割 愛 す る こ と に し 、 書 名 は 内 容 に 即 し て 『 東 風 西 雅 抄 』 に 変 更 し た 。 「 — 東 と 西 」 と 「 Ⅲ 新 中 国 へ の 視 角 」 に 所 収 の 諸 篇 は 、 そ の ま ま 再 録 す る こ と に し 、 「 Ⅱ 日 本 の 中 国 学 」 で は 、 最 初 に 掲 げ た 「 論 語 を 読 ん だ 人 た ち 」 は 既 に 同 じ 〈 岩 波 現 代 文 庫 〉 の 『 論 語 の 新 し い 読 み 方 』 に 収 録 し た の で 、 重 複 を 避 け た 。 つ い で 「 Ⅳ 日 本 か ら 日 説 本 へ 」 の 〔 時 評 散 録 〕 の す 。 へ て 、 す な わ ち 「 大 学 病 を 診 断 す る 」 と 、 「 大 学 紛 争 」 「 精 神 肥 満 児 」 「 マ イ カ ー 」 「 霜 を 履 ん で 堅 氷 い た る 」 「 君 の 死 」 「 自 殺 ク ラ ブ 」 「 続 自 殺 ク ラ ブ 」 「 人 解 質 」 「 交 通 間 題 の 原 点 」 「 買 い だ め 」 「 創 業 と 守 成 」 を 省 く こ と に し た 。 最 初 の 一 篇 が 『 サ ン ケ イ 新 聞 』 で あ る の を 除 き 、 ほ か は す べ て 『 京 都 新 聞 』 〈 現 代 の 言 葉 欄 〉 に 寄 稿 さ れ た も

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岩 波 現 代 文 庫 の 発 足 に 際 し て 新 し い 世 紀 が 目 前 に 迫 っ て い る 。 し か し 二 〇 世 紀 は 、 戦 争 、 貧 困 、 差 別 と 抑 圧 、 民 族 間 の 憎 悪 等 に 対 し て 本 質 的 な 解 決 策 を 見 い だ す こ と が で き な か っ た ば か り か 、 文 明 の 名 に よ る 自 然 破 壊 は 人 類 の 存 続 を 脅 か す ま で に 拡 大 し た 。 一 方 、 第 二 次 大 戦 後 よ り 半 世 紀 余 の 間 、 び た す ら 追 い 求 め て き た 物 質 的 豊 か さ が 必 ず し も 真 の 幸 福 に 直 結 せ ず 、 む し ろ 社 会 の あ り か た を 歪 め 、 人 間 精 神 の 荒 廃 を も た ら す と い う 逆 説 を 、 わ れ わ れ は 人 類 史 上 は じ め て 痛 切 に 体 験 し た 。 そ れ ゆ え 先 人 た ち が 第 二 次 世 界 大 戦 後 の 諸 問 題 と い か に 取 り 組 み 、 思 考 し 、 解 決 を 模 索 し た か の 軌 跡 を 読 み と く こ と は 、 今 日 の 緊 急 の 課 題 で あ る に と ど ま ら ず 、 将 来 に わ た っ て 必 須 の 知 的 営 為 と な る は ず で あ る 。 幸 い わ れ わ れ の 前 に は 、 こ の 時 代 の 様 ざ ま な 葛 藤 か ら 生 ま れ た 、 人 マ ン ・ ド 文 、 社 会 、 自 然 諸 科 学 を は じ め 、 文 学 作 品 、 ヒ ュ ー キ ュ メ ン ト に い た る 広 範 な 分 野 の す ぐ れ た 成 果 の 蓄 積 が 存 在 す る 。 岩 波 現 代 文 庫 は 、 こ れ ら の 学 問 的 、 文 芸 的 な 達 成 を 、 日 本 人 の 思 索 に 切 実 な 影 響 を 与 え た 諸 外 国 の 著 作 と と も に 、 厳 選 し て 収 録 し 、 次 代 に 手 渡 し て い こ う と い う 目 的 を も っ て 発 刊 さ れ る 。 い ま や 、 次 々 に 生 起 す る 大 小 の 悲 喜 劇 に 対 し て わ れ わ れ は 傍 観 者 で あ る こ と は 許 さ れ な 一 人 び と り が 生 活 と 思 想 を 再 構 築 す 。 へ き 時 で あ る 。 岩 波 現 代 文 庫 は 、 戦 後 日 本 人 の 知 的 自 叙 伝 と も い う べ き 書 物 群 で あ り 、 現 状 に 井 ん ず る こ と な く 困 難 な 事 態 に 正 対 し て 、 持 続 的 に 思 考 し 、 未 来 を 拓 こ う と す る 同 時 代 人 の 糧 と な る で あ ろ ( 二 〇 〇 〇 年 一 月 )

東風西雅抄


ろ 18 の 場 合 は 恐 ら く 単 行 本 の 影 響 に よ る も の が 多 い だ ろ う 。 強 い 影 響 と い っ て も 色 々 あ り 、 種 類 も 違 え ば 深 度 も 違 う 。 読 書 の 影 響 の 五 ・ 四 % の 中 に は 、 テ レ ビ や 新 聞 の 影 響 と は 全 く 種 類 の 違 っ た も の 、 ま た そ れ ら と は 同 じ 尺 度 に 計 れ ぬ ほ ど 深 刻 な も の が 含 ま れ て い る の で は な か ろ う か 白 書 は 更 に 青 少 年 の 読 書 一 カ 月 平 均 、 小 学 生 五 冊 余 、 中 学 生 二 冊 余 、 高 校 生 二 冊 足 ら ず と い う 数 を 挙 げ る 。 こ の 場 合 、 小 学 生 の は 読 書 と 言 っ て も 明 か に 絵 本 の 類 、 高 校 生 と も な れ ば 多 少 実 質 の あ る も の に 違 い な い 。 友 人 の 話 に 、 近 頃 は 薄 つ 。 へ ら な 本 が よ く 売 れ る 、 と い う の は 、 こ れ で 何 冊 読 ん だ ぞ 、 と 言 っ て 一 種 の 征 服 感 に も 似 た 満 足 を 味 う た め だ そ う だ が 、 ま さ か 。 ど う せ 読 む な ら 、 字 引 の よ う に ど っ し り し た 本 こ そ 、 読 み で が あ っ て よ い 。 秋 闌 け て 、 本 は 静 か に 読 む べ か り け り 十 ニ 月 十 八 日 岩 波 書 店 へ 『 中 国 史 上 』 の 原 稿 を 渡 す 。 執 筆 を 引 受 け た の は ず っ と 以 前 で あ っ た が 、 実 際 に 着 手 し た の は 九 月 一 日 で あ る 。 毎 日 五 枚 と ノ ル マ を 定 め 、 予 定 通 り 九 十 日 で 書 き あ げ 、 あ と 読 み 返 し て 訂 正 に 当 っ て い た が 、 こ れ は ど う も 十 分 で な か っ た 。

東風西雅抄


礪 波 護 本 書 『 東 風 西 雅 抄 』 は 、 一 九 〇 一 ( 明 治 三 十 四 ) 年 八 月 生 ま れ の 宮 崎 市 定 が 、 喜 寿 の 年 に 岩 波 書 店 か ら 上 梓 し た 随 想 集 『 東 風 西 雅 』 か ら 大 半 、 す な わ ち 三 分 の 二 を 抄 録 し て 文 庫 化 し た も の で あ る 。 文 部 省 在 外 研 究 員 と し て 、 一 九 三 六 年 二 月 二 十 日 に 神 戸 港 を 出 帆 す る 印 度 洋 航 路 箱 根 丸 一 万 ト ン に 乗 船 し 、 フ ラ ン ス に 向 か 「 た 宮 崎 は 、 台 湾 海 峡 を 通 過 し つ つ あ 。 た 二 十 七 日 の 朝 、 ガ リ 版 刷 り の 「 船 内 ニ 、 ー ス 」 の 号 外 で 、 二 ・ 二 六 事 件 が 勃 発 し 、 東 京 に 戒 厳 令 が し 説 か れ た こ と を 知 っ た 。 三 十 代 半 ば の 宮 崎 や 横 光 利 一 ら と 同 船 し た 、 還 暦 を 過 ぎ た 高 浜 虚 子 の 『 渡 仏 日 記 』 ( 改 造 社 、 一 九 三 六 年 八 月 ) に は 、 こ の 日 の 朝 、 食 堂 か ら の 帰 り が け に 、 機 関 解 長 の 上 ノ 畑 楠 窓 と 虚 子 親 子 お よ び 横 光 が 、 海 図 室 に 入 っ て 船 長 か ら 海 図 を 見 せ て も ら い こ の 辺 り は 澎 湖 島 の 近 く で あ る と の 説 明 を 聴 い た 話 を 書 き 綴 っ た 後 、 解 説

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岩 波 現 代 文 庫 社 会 35 宮 崎 市 定 礪 波 護 [ 編 ] 東 風 西 雅 抄 岩 波 書 店

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岩 波 現 代 文 庫 社 会 35 宮 崎 市 定 礪 波 護 [ 編 ] 東 風 西 雅 抄 岩 波 書 店

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っ た が 、 私 が 内 藤 先 生 の 弟 子 と 聞 い て に わ か に 容 を 改 め た こ と が あ っ た 。 先 生 は あ る 時 、 郭 煕 の 山 水 図 長 巻 を 我 々 に 示 さ れ た 。 伊 勢 専 一 郎 先 輩 は 大 喜 び で 、 し き り に 感 心 し て い た が 、 我 々 に は こ ん な も の が 、 何 故 そ れ 程 尊 い の か わ か ら な い 。 先 生 は 鑑 定 の た め に 一 時 預 け ら れ た の だ そ う で 、 「 こ う い う も の が 家 に あ る と 、 夜 も お ち お ち 眠 ら れ な い 」 と い っ て 、 先 生 の 他 の 貴 重 書 の 人 っ た 書 厨 と 同 じ 風 呂 敷 の 中 に し ま い こ ま れ た 。 こ の 書 厨 に は 、 宋 版 の 史 記 、 弘 法 大 師 の 性 霊 集 古 写 本 な ど が 人 っ て お り 、 非 常 持 出 し の た め い つ も 枕 許 に お か れ る の だ そ う で あ る 。 伊 勢 先 輩 が 「 こ ん な も の は 泥 坊 が 盜 ん だ っ て 、 ど こ へ も 売 る 所 が な い で し よ う 」 と い う と 先 生 、 「 い や ど こ か へ 売 っ て く れ れ ば い い の だ が 、 分 ら ん 奴 は こ ん な も の だ っ た か と 破 い た り 、 棄 て た り す る か も 知 れ ぬ か ら 、 そ れ が こ わ い の だ 。 」 真 大 阪 毎 日 支 局 の 岩 井 武 俊 氏 な ど が 参 会 す る と 、 政 治 談 に 花 の 咲 く こ と も あ っ た 。 丁 度 清 の 学 浦 内 閣 に 対 す る 護 憲 運 動 の 折 で 、 三 派 が 勝 利 を 占 め た 。 新 聞 記 者 が 汽 車 の 中 で 加 藤 高 明 を 藤 つ か ま え 、 三 派 の 結 束 は 何 時 ま で 続 く か と 質 問 す る と 、 加 藤 は 、 な に あ ん な も の は す ぐ 破 れ る さ 、 と 答 え た 。 「 あ あ 正 直 に 言 わ れ る と 、 新 聞 は ま さ か そ の ま ま 記 事 に 書 け ま せ ん ね 」 炻 と い う の は 岩 井 氏 の 話 。 そ れ を 受 け て 先 生 が 、 「 加 藤 は 選 挙 に 勝 っ て 大 命 を 拝 受 す る と 、