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検索対象: 現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集から 475件ヒットしました。

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


堀 田 善 衛 文 学 ア ル バ ム 昭 和 42 年 、 神 奈 川 県 逗 子 の 自 宅 書 斎 に て 449

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


四 十 九 歳 四 月 、 『 笛 吹 川 』 ( 書 き お ろ し ) を 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 六 月 、 「 婦 人 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 = D 公 論 」 に 「 ろ ま ん さ 」 、 七 月 、 「 文 学 界 」 に 戯 曲 「 木 曽 節 お 六 」 ( 一 一 月 、 「 枕 経 」 を 「 文 芸 」 に 、 「 白 鳥 の 死 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 正 宗 白 幕 ) を 発 表 。 十 月 、 随 筆 集 『 言 わ な け れ ば よ か っ た の に 日 記 』 を 中 鳥 と 私 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 八 月 、 「 脅 迫 者 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 同 月 、 随 筆 集 『 流 浪 の 手 記 』 を ア サ ヒ 芸 能 出 版 社 よ り 刊 行 。 九 月 、 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 四 十 五 歳 「 お 灯 明 の 姉 妹 」 ( 庶 民 烈 伝 ー そ の 一 l) を 「 新 潮 」 に 、 十 二 月 、 「 数 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 五 月 、 「 新 潮 」 に 「 か げ ろ う 囃 子 」 を 、 十 月 、 「 朝 鮮 風 小 夜 楽 」 を の 年 齢 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 五 十 歳 「 中 央 公 論 」 臨 時 増 刊 第 十 号 に 、 九 月 、 「 安 徳 山 の 天 狗 岩 」 を 「 読 売 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 新 聞 」 日 曜 版 に 、 十 月 、 「 東 京 の プ リ ン ス た ち 」 を 「 中 央 公 論 」 臨 一 月 、 「 安 芸 の や ぐ も 唄 」 ( 庶 民 烈 伝 ー そ の 三 ) を 「 新 潮 」 に 、 五 月 、 時 増 刊 第 十 五 号 に 、 十 一 月 、 「 絢 爛 の 椅 子 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 発 表 。 「 千 秋 楽 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 八 月 、 『 楢 山 節 考 』 ( 文 庫 ) を 新 潮 社 同 月 、 『 東 京 の プ リ ン ス た ち 』 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 こ の 年 、 フ か ら 刊 行 。 『 千 秋 楽 』 を 河 出 書 房 か ら 刊 行 。 十 二 月 、 「 甲 州 子 守 唄 」 ラ ン ス の ガ リ マ ー ル 書 店 か ら 、 ベ ル ナ ー ル ・ フ ラ ン ク に よ る 仏 訳 を 「 群 像 」 に 発 表 。 五 十 一 歳 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) 『 楢 山 節 考 』 を 刊 行 。 四 十 六 歳 一 月 、 「 く ら が え 」 を 「 文 芸 」 に 、 一 一 月 、 「 作 家 の 眼 ・ お 歳 暮 と 年 賀 」 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 0 ) 八 月 、 「 騒 げ 、 騒 げ 、 も っ と 騒 げ 」 を 「 群 像 」 に 、 十 月 、 「 女 中 ポ ン を 「 新 潮 」 に 発 表 。 十 一 月 八 日 、 埼 玉 県 菖 蒲 町 に 移 住 、 ラ ブ ミ ー 牧 ジ ョ ン 」 を 「 小 説 中 央 公 論 秋 季 号 」 に 、 十 二 月 、 「 風 流 夢 譚 」 を 場 を 始 め る 。 五 十 二 歳 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 十 一 月 七 日 付 の 「 日 本 読 書 新 聞 」 で 「 夢 中 問 九 月 、 「 生 態 を 変 え る 記 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 十 二 月 、 随 筆 集 『 人 答 」 と 題 し 、 谷 内 六 郎 と 対 談 。 四 十 七 歳 間 減 亡 の 唄 』 を 徳 間 書 店 よ り 刊 行 。 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 五 十 三 歳 一 一 月 、 「 風 流 夢 譚 」 に 端 を 発 し 、 嶋 中 事 件 が お き 、 逃 亡 ・ 放 浪 の 生 昭 和 四 十 一 一 年 ( 一 九 六 七 ) 活 に は い る 。 二 月 、 コ 一 つ の 夢 」 を 「 新 潮 」 に 、 十 一 月 、 「 流 浪 の 手 一 月 、 「 ラ ブ ミ ー 牧 場 の 2 年 目 」 を 「 毎 日 新 聞 」 に 、 三 月 、 「 サ ロ メ 記 」 を 「 サ ノ デ ー 毎 日 」 特 別 号 に 、 十 一 一 月 、 随 筆 「 自 伝 と こ ろ ど こ の 十 字 架 」 ( 庶 民 烈 伝 ー そ の 四 ) を 「 新 潮 」 に 発 表 。 同 月 、 『 深 沢 七 郎 選 集 』 全 三 巻 の 1 を 大 和 書 房 よ り 刊 行 。 ( 2 は 四 月 、 3 は 五 月 良 ろ 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 ー ・ リ サ イ タ ル が 東 京 、 四 十 八 歳 に 刊 行 ) 。 三 月 九 日 、 同 選 集 の 出 版 記 念 ギ タ 沢 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 l) 深 四 月 、 「 流 転 の 記 」 を 「 群 像 」 に 、 「 風 雲 旅 日 記 」 を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 新 宿 の 厚 生 年 金 会 館 で 開 か れ た 。 堀 田 善 衛 が 友 情 出 演 し 、 深 沢 七 郎 特 別 号 に 、 六 月 、 「 庶 民 烈 伝 」 ( 序 章 ) を 「 新 潮 」 に 、 九 月 、 「 お く ま と デ ュ エ ッ ト 「 春 の 海 」 を 弾 い た 。 九 月 、 一 天 に ″ ツ ・ ハ “ の 値 上 だ が 嘘 歌 」 ( 庶 民 烈 伝 ー そ の 一 ) を 「 新 潮 」 に 、 十 一 一 月 、 「 小 説 と ア ク チ 人 為 的 豊 作 」 を 「 産 経 新 聞 」 に 発 表 。 五 十 四 歳 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) ュ ア リ テ ィ 」 と 題 し て 日 沼 倫 太 郎 と の 往 復 書 簡 を 「 文 芸 」 に 発 表 。

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


二 十 八 歳 学 界 」 に 、 八 月 、 「 物 い わ ぬ 人 」 を 「 近 代 文 学 」 に 発 表 。 十 一 月 、 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) こ の 年 、 ひ き つ づ い て 上 海 に 滞 在 、 「 祖 国 喪 失 」 「 歯 車 」 な ど の 草 稿 『 広 場 の 孤 独 』 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 を 書 き は じ め る 。 五 月 、 評 論 「 反 省 と 希 望 」 を 「 改 造 評 論 」 ( 上 海 ) 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 三 十 四 歳 に 発 表 。 十 月 、 盗 難 に あ い 、 所 持 品 な ど す べ て を 失 う 。 一 月 、 「 広 場 の 孤 独 」 そ の 他 に よ り 第 二 十 六 回 芥 川 賞 を 受 け る 。 二 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 一 一 十 九 歳 月 、 「 断 層 」 を 「 改 造 」 に 、 「 潜 函 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 歴 史 」 を 「 別 一 月 、 帰 国 。 二 月 、 世 界 日 報 社 に 入 社 。 六 月 、 「 上 海 で 考 え た こ と 」 冊 文 藝 春 秋 」 に 、 三 月 、 「 燈 台 へ 」 を 「 群 像 」 に 、 四 月 、 「 無 人 地 帯 」 を 「 中 国 文 化 」 の 創 刊 号 に 発 表 。 十 二 月 、 詩 「 断 章 」 を 「 日 本 未 来 を 一 新 潮 」 に 、 五 月 、 「 石 を 愛 す る 男 」 を 「 文 学 界 」 に 、 ル ポ ル タ 派 」 に 発 表 。 ー ジ ュ 「 朝 霞 と 立 川 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 発 表 。 短 篇 集 『 祖 国 喪 失 』 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 三 十 歳 を 文 藝 秋 新 社 よ り 刊 行 。 七 月 、 「 不 幸 へ の 意 志 」 を 「 群 像 」 に 、 八 月 、 吉 田 健 一 と 共 訳 で キ ル ケ ゴ 1 ル の 『 追 憶 の 哲 理 』 を 大 地 書 房 「 幸 福 へ の 意 志 」 を 「 新 日 本 文 学 」 に 発 表 。 八 月 、 「 影 の 部 分 」 を よ り 刊 行 。 九 月 、 世 界 日 報 社 解 散 の た め 退 社 、 神 奈 川 県 逗 子 に 居 を 「 文 藝 眷 秋 」 に 発 表 。 十 一 月 、 「 国 境 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 短 篇 集 定 め た 。 十 二 月 、 「 波 の 下 」 を 「 個 性 」 に 発 表 。 『 捜 索 』 を 未 来 社 か ら 刊 行 。 十 二 月 、 「 重 慶 の 墓 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 三 十 一 歳 三 十 五 歳 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 = l) 一 月 、 佐 々 木 基 一 、 山 下 肇 ら と と も に 社 会 時 評 「 闇 黒 の 生 態 」 を 二 月 、 「 鹿 地 事 件 に 於 け る 小 説 的 解 釈 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 危 険 な 物 」 「 新 日 本 文 学 」 で 担 当 す る 。 五 月 、 「 国 な き 人 々 」 を 「 世 界 の 動 き 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 『 堀 田 善 衛 集 』 ( 新 文 学 全 集 ) を 河 出 書 房 か ら に 、 「 共 犯 者 」 を 「 個 性 」 に 発 表 。 十 一 月 、 ツ ワ イ ク 「 最 後 の 賭 」 を 刊 行 。 七 月 、 武 田 泰 淳 と の 対 談 「 現 代 に つ い て 」 を 「 文 学 界 」 に 、 翻 訳 し 、 「 個 性 」 に 発 表 。 八 月 、 「 砕 か れ た 顔 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 『 広 場 の 孤 独 ・ 祖 国 喪 失 』 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 三 十 一 一 歳 ( 現 代 日 本 名 作 選 ) を 筑 摩 書 房 か ら 刊 行 。 九 月 、 「 工 場 の な か の 橋 」 び よ ′ カ 一 月 、 「 被 革 命 者 」 を 「 改 造 文 芸 」 に 発 表 。 三 月 ま で 病 臥 し た 。 五 を 「 新 潮 」 に 、 十 月 、 「 破 滅 型 」 を 「 新 潮 ー に 、 「 広 場 日 記 」 を 「 群 月 、 「 祖 国 喪 失 」 を 「 群 像 」 に 、 「 彷 徨 え る 猶 太 人 」 を 「 人 間 」 に 発 像 」 に 、 十 一 月 、 「 時 間 」 を 「 世 界 」 に 発 表 。 『 歴 史 』 を 新 潮 社 か ら 表 。 七 月 、 読 売 新 聞 社 渉 外 部 に 一 週 間 動 務 し た 。 十 一 月 、 『 モ ー ・ ハ 刊 行 。 十 一 月 十 一 一 日 、 父 堀 田 勝 文 死 去 。 サ ン 詩 集 』 を 翻 訳 し 酣 燈 社 よ り 刊 行 。 十 一 一 月 、 「 捜 索 」 を 「 新 潮 」 三 十 六 歳 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) に 、 「 十 二 月 八 日 ー 悔 恨 の 名 に お い て 」 を 「 婦 人 画 報 」 に 発 表 。 一 月 、 「 夜 の 森 」 を 「 群 像 」 に 、 三 月 、 「 或 る 公 爵 の 話 」 を 「 文 芸 」 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 三 十 三 歳 に 発 表 。 六 月 、 「 囚 わ れ て 」 を 「 群 像 」 に 、 七 月 、 「 山 川 草 木 」 を 一 一 月 、 「 夜 来 香 」 を 「 文 学 界 」 に 、 五 月 、 「 歯 車 」 を 「 文 学 」 の 創 「 改 造 」 に 、 「 受 難 楽 」 を 「 文 学 界 」 に 、 十 月 、 「 水 際 の 人 」 を 「 別 刊 号 に 、 八 月 、 「 広 場 の 孤 独 」 の 前 半 を 「 人 間 」 の 終 刊 号 に 、 九 月 、 冊 文 藝 春 秋 」 に 、 十 一 月 、 「 萩 原 朔 太 郎 と 金 子 光 晴 」 を 岩 波 講 座 『 文 「 広 場 の 孤 独 」 の 全 部 を 「 中 央 公 論 文 芸 特 集 」 に 、 「 漢 奸 」 を 「 文 学 の 創 造 を 鑑 賞 』 ① に 、 十 二 月 、 「 雪 ど け 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


を 。 第 新 第 当 霻 力 な い 深 沢 七 郎 は こ の エ ル を 主 人 公 に し て 、 「 ト / さ な ロ マ 冬 の 夜 お そ く ン ス 」 と 題 し た 掌 編 を 書 い て い る エ ル は 突 然 性 器 か ら 出 血 し た 。 そ の 部 分 を お さ え て い る と 出 血 は と ま っ た が 、 そ う 気 が つ い て み る と 、 数 日 前 か ら 彼 女 の そ の 部 分 は 大 き く は れ あ が っ て い た 。 そ し て エ ル の 首 を 抱 き な が ら 、 作 者 は ヌ ー ド 劇 場 の 楽 屋 の ト イ レ で 、 美 し い 踊 子 が 残 し て い っ た 血 の に し ん だ あ わ 薄 い 紙 の こ と を 思 い 出 し 、 そ れ が 悲 し く 哀 れ に 田 5 え た の だ 。 ジ に 満 た な い 短 い 作 品 だ が 、 エ ル の 異 常 生 理 と 、 孔 雀 の 羽 を つ け た 踊 子 の 血 の 思 い 出 と が ひ と つ に か さ な っ て 、 も の が な し い 味 を か も し 出 し て い る 。 そ ひ ざ の 作 品 の こ と を 考 え つ く と 、 私 の 膝 の 上 に お も た い 尻 ク の ポ 時 を の せ て い る エ ル を 追 い 払 う こ と が で き ず 、 私 は い っ ま で も な め ら れ る ま ま に し て い た 。 み る と た し か に 局 。 年 戸 か ふ く ら ん で い る 。 私 の 気 持 の な か で は 、 三 島 事 件 に つ い て そ こ で か わ さ れ た 会 話 と 、 エ ル の ど っ し り と 愛 で で 働 の 大 上 で 重 い 重 量 感 と が 、 不 思 議 な 均 衡 を も っ て 印 象 づ け ら れ 氏 牝 の 場 沢 の 生 牧 た 。 ラ ブ ミ ー 牧 場 と は 、 そ の よ 、 つ な と こ ろ で あ る 深 プ 芝 深 沢 七 郎 は そ の 間 に も 書 き か け の 原 稿 の 最 後 の と こ 上 タ 右 師 ろ を 圭 日 き た し 、 い ろ い ろ と し ゃ べ り な が ら 日 き 終 え た 。 か く ぜ っ 作 家 の 中 に は 、 隔 絶 さ れ た 書 斎 で な け れ ば 書 け な い と

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昭 和 40 年 5 月 、 東 ド イ ツ の ベ ル リ ン 、 ワ イ マ ー ー ル で 開 か れ た 「 ベ ル リ ン ・ ワ イ マ ー ル 国 際 作 家 合 同 に 中 野 重 治 と と も に 出 席 。 東 ド イ ツ に て 、 中 野 重 治 と 、 を 昭 和 38 年 頃 、 書 斎 に て ス ト 伊 沢 信 彦 、 冲 繩 出 身 の 特 高 刑 事 井 田 一 作 、 学 徒 兵 の 特 攻 隊 員 石 井 菊 夫 、 ホ テ ル の 給 仕 で 生 活 力 旺 盛 な 鹿 野 邦 子 、 康 子 の 弟 の 左 翼 で 転 向 し 参 謀 本 部 の 仕 事 し て い る 克 巳 、 そ の 妻 で バ ス 車 掌 で 人 民 の 革 命 を 信 じ て い る 初 江 等 々 に 彼 は 日 本 人 の さ ま ざ ま な 層 の 反 応 を 描 い て い る 。 「 時 間 」 「 夜 の 森 」 を も 含 め て 、 こ の 作 者 が 追 求 し て い る の は 歯 ぎ し り し た い よ う な 日 本 民 族 の 不 可 思 議 な 性 格 で あ り 、 戦 争 と 政 治 の 中 の 人 間 の 裸 の 姿 で あ る 。 ひ と り ひ と り は 善 良 で 素 朴 な 日 本 の 庶 民 が 、 な ぜ 集 団 と し て は あ の よ う な 残 虐 性 を 示 す の か 、 為 政 者 は 計 算 を 超 え た と こ ろ で 戦 争 を は じ め 、 知 識 人 も 精 神 ド に ひ き こ ま れ て し ま う 。 す べ て の 論 理 的 主 義 の ム ー 対 立 を 中 和 し て し ま う あ い ま い さ 、 日 本 特 有 の む な し い か な し い 鎮 魂 歌 の よ う な も の を ひ た む き に と ら え 解 明 し よ う と し て い る 。 今 日 か ら み る と そ れ ら が 日 本 を 経 済 大 国 に し 破 滅 に 導 い て い る 。 そ の 日 本 民 族 の 非 西 欧 的 非 論 理 的 非 個 人 的 な 陸 格 を 先 駆 的 に 追 求 し た 作 品 と 言 え る だ ろ う 。 こ れ ら の 作 品 に よ り 遅 れ て 出 発 し た 堀 田 善 衛 は 「 戦 後 派 文 学 」 の 有 力 な 一 員 と な っ た 。 し か し 臼 井 吉 見 が 気 宇 壮 大 と や ゅ し た よ う に 、 政 治 的 倫 理 的 な い し 国 際 的 意 識 や 観 念 の み 先 走 り 、 登 場 人 物 が 生 き て い な い 操 り 人 形 に よ る 年 代 記 に と ど ま っ た き ら い も あ る 462

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爆 撃 の と き に ガ ラ ス の 飛 散 を 避 け る た め の 和 紙 が 、 >< じ る と 、 三 度 、 伊 沢 の 言 い 方 に よ れ ば 、 絶 叫 ー ー 、 し た 。 ま た 、 去 年 、 十 八 年 の 十 月 二 十 一 日 、 文 部 省 主 催 の 出 陣 し に は っ て あ っ た 。 い つ も 彼 女 は 、 こ の >< を ガ ラ ス に で は な く 自 分 自 身 に は り つ け ら れ た も の で あ る か に 思 う の で あ 学 徒 壮 行 会 が 明 治 神 宮 外 苑 競 技 場 で 行 わ れ 、 菊 夫 も 参 加 し 、 夏 子 は 女 子 専 門 の 学 生 と し て 、 拍 手 壮 行 の た め に 呼 び っ た 。 そ の 窓 を 彼 女 は 力 を こ め て 引 き 上 げ た 。 冷 た い 風 が 出 さ れ た 。 銃 剣 を 担 っ た 学 生 も 観 覧 席 を 埋 め た 女 学 生 及 び 横 殴 り に 吹 き か か り 、 同 時 に 、 や む を え な い の だ 、 こ れ だ 父 兄 も 、 演 説 を し 答 礼 す る 東 条 首 相 も 文 部 大 臣 も 、 雨 に 濡 け は 、 と 言 い 訳 を し て い る よ う な 都 会 の 物 音 が 風 に の っ て れ て い た 。 ぐ し ょ 濡 れ に 濡 れ て 康 子 も 女 学 生 も 、 し つ か り 来 た 。 戦 争 は 南 方 や 北 方 の 、 水 平 線 の か な た か ら こ の ホ テ う そ ル の 窓 際 ま で 押 し 寄 せ 、 押 し か え さ れ て 来 て い た 。 そ れ が や っ て 下 さ い お ね が い し ま す 、 と 祈 っ た 。 そ の 心 に 嘘 は な た な か し ん 。 し か し 、 そ の 同 じ 文 部 大 臣 が 、 文 科 系 統 の 廃 合 を ば 秦 あ ま り に 近 く ま で 、 生 活 の 只 中 に ま で 踏 み 込 ん で 来 た の ふ ん し ょ で 、 人 々 は 一 種 の 麻 痺 状 態 に 陥 っ て い た 。 方 々 で の 敗 戦 の 焚 書 と 同 じ に 考 え る 。 は 、 軍 人 が か く そ う と す れ ば す る ほ ど あ ら わ に な り 、 従 っ 伊 沢 の 体 臭 の 匂 う 毛 布 に く る ま っ て 足 先 の あ た た ま る の う ち て ほ と ん ど 人 の 注 意 を 惹 か な い も の に な り か け て い た 。 控 を 待 ち 、 暗 黒 の 部 屋 裡 で 眼 覚 め て い る と 、 み し 、 み し と い え 目 に 損 害 が 発 表 さ れ れ ば 、 公 表 さ れ ぬ ど ん な ひ ど い こ と う 空 音 が 聞 え そ う な ほ ど に 、 上 の 方 か ら 、 ま た 前 後 左 右 か が か く さ れ て あ る の か 、 と 思 う よ う に な っ た 。 小 磯 総 理 大 ら 重 い も の が 圧 し つ け て 来 る 。 隣 室 の 二 人 は 話 し 込 ん で い て ん も く さ ん る ら し か っ た 。 お も に 話 し て い る の は 、 夏 子 の よ う だ っ 臣 は 、 レ イ テ 決 戦 は 大 東 亜 戦 争 の 天 目 山 だ と 言 っ た 。 が 、 ま れ た 。 菊 夫 に は 恐 ら く 大 し て 言 う こ と が な い の だ 。 い ま で は 信 じ る 者 は 、 稀 だ っ た 。 そ れ を 言 う 人 自 身 、 果 し て そ う 信 菊 夫 と 夏 子 は 、 ま た 康 子 も 、 ま っ た く 別 な 風 土 の 住 人 な の じ て い る の か ど う か 、 信 じ ら れ な か っ た 。 焼 け 跡 は 、 時 間 だ 。 三 つ の 世 界 。 お 互 い に 相 手 を 特 殊 な 風 土 の 人 間 と 考 え が た っ と そ こ に か っ て 何 が あ っ た の か 、 た と え そ れ と 教 え か ん げ き る 。 い ま は じ め て 、 は っ き り と 康 子 は 気 付 い た 。 そ し て 後 ら れ て も 信 じ 難 か っ た 。 物 事 の 信 じ 難 さ 、 そ の 間 隙 に 、 多 碑 か ん ご く 悔 し た 。 こ ん な 抽 象 的 な 、 監 獄 の よ う な ホ テ ル な ど に 菊 夫 く の 病 的 な も の が 、 病 的 な 人 間 関 係 が 浸 食 し て 来 た 。 し か し よ う 念 。 も う す ぐ 昭 和 二 十 年 は 来 を 迎 え る の で は な か っ た 、 と 。 し か し ほ か に ど う 仕 様 が あ し 何 が 果 し て 病 的 で あ る か : 記 る 。 荷 物 と い っ し ょ に 、 な に か な っ か し い も の が 母 子 の 間 る だ ろ う 。 け れ ど も 昭 和 二 十 一 年 、 が ど う い う か た ち の も の か 、 誰 に も 想 像 が っ か な か っ た 。 生 と 死 が 特 殊 な 結 合 の 9 か ら 疎 開 し て い っ て し ま っ た 。 し ゃ へ い ま く 彼 女 は 起 き 出 し て 窓 の 遮 蔽 幕 を ひ い た 。 窓 ガ ラ ス に は 、 仕 方 を は じ め る 時 間 が 訪 れ て い た 。 あ ら ゆ る 時 間 は 、 当 分 に お に な せ つ き よ う ま ひ

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カ 作 家 会 議 書 記 局 出 席 の た め 、 コ ロ ン ボ に 行 き 、 同 月 帰 国 。 十 一 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 四 十 九 歳 一 月 、 「 沖 縄 の 祈 り 」 を 「 世 界 」 に 、 「 墓 を め ぐ る 」 を 「 文 学 界 」 に 、 月 、 『 堀 田 善 衛 集 』 ( 日 本 文 学 全 集 ) を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 = l) 四 十 五 歳 三 月 、 「 紀 元 節 と 俳 句 」 を 「 世 界 」 に 発 表 。 ソ ・ ヒ エ ト 、 ヨ ー ロ ツ ・ ハ 、 一 月 、 エ ッ セ イ 「 〈 な か じ き り ー 〉 極 北 か な れ の 果 て か 」 を 「 文 芸 」 中 近 東 へ 旅 行 。 十 月 、 「 〈 鑑 賞 席 〉 汚 れ た 手 」 を 「 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 発 表 。 〈 な か じ き り 〉 は 〈 8 〉 ま で つ づ い た 。 六 月 、 「 風 景 異 色 」 に 、 「 外 の 私 的 な 註 若 干 」 を 「 季 刊 芸 術 」 に 発 表 。 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 十 月 、 「 盟 神 探 湯 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 『 審 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) 五 十 歳 判 』 を 岩 波 書 店 か ら 、 『 堀 田 善 衛 集 』 ( 新 日 本 文 学 全 集 ) を 集 英 社 か 四 月 、 「 ″ か く れ く に ″ の 熊 野 」 を 「 太 陽 」 に 、 六 月 、 「 一 冊 の 本 」 ら 刊 行 。 を 「 展 望 」 に 、 「 思 痛 記 ( 続 ) 」 を 「 増 刊 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 、 九 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 四 十 六 歳 月 、 「 こ と ば の こ と か ら 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 十 月 、 『 若 き 日 の 詩 三 月 、 「 あ る ヴ ェ ト ナ ム 人 」 を 「 文 学 界 」 に 、 「 感 想 」 を 「 近 代 文 学 」 人 た ち の 肖 像 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 す る 。 十 一 月 、 「 沖 縄 と 石 川 木 の 終 刊 号 に 発 表 。 「 文 学 的 断 面 』 を 河 出 書 房 新 社 か ら 刊 行 。 七 月 か と 」 を 「 別 冊 サ ン デ 1 毎 日 ー 読 物 専 科 」 に 発 表 。 ら 、 九 月 ま で 、 キ ュ ー ・ ハ ソ ビ エ ト 、 フ ラ ン ス へ 旅 行 。 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 五 十 一 歳 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) 四 十 七 歳 一 月 、 「 小 国 の 連 命 ・ 大 国 の 運 命 」 を 「 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 連 載 ( 六 一 月 、 「 我 慢 に つ い て 」 を 「 展 望 」 、 「 ヘ ミ ン グ ウ ェ イ 旧 宅 」 を 「 文 月 ま で ) 。 『 美 し き も の 見 し 人 は 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 一 月 二 十 二 学 界 」 に 発 表 。 五 月 、 中 野 重 治 と と も に 東 ド イ ツ ・ ベ ル リ ン お よ び 日 、 野 間 宏 、 野 坂 昭 如 ら 六 十 一 名 と 共 に 東 京 大 学 全 共 闘 支 持 を 声 ワ イ マ ー ル で 開 か れ た ベ ル リ ン ・ ワ イ マ ー ル 国 際 作 家 合 同 に 出 席 。 明 。 二 月 、 沖 縄 米 民 政 府 の 労 働 布 令 撤 回 を 百 十 六 名 の 文 化 人 グ ル ー 「 ・ ヘ ト ナ ム に 平 和 を 」 の 市 民 集 会 を 小 田 実 、 開 高 健 ら と 提 唱 。 七 月 、 ・ フ と と も に 支 持 し て 声 明 文 を 発 表 。 韓 国 の 暗 黒 裁 判 に 対 し て 、 阿 部 「 思 痛 記 」 を 「 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 発 表 。 十 一 月 、 ア ジ ア ・ ア フ リ 知 二 、 中 野 好 夫 ら 六 十 七 名 と 共 に 反 対 声 明 。 カ 作 家 会 議 日 本 協 議 会 の 文 化 講 演 会 で 講 演 す る 。 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) 五 十 二 歳 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 四 十 八 歳 三 月 、 書 き 下 ろ し 『 橋 上 幻 像 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 四 月 、 「 海 」 の 一 月 、 「 若 き 日 の 詩 人 た ち の 肖 像 」 を 「 文 芸 」 に 連 載 ( 四 十 三 年 五 シ ン ポ ジ ウ ム 「 ソ ル ジ ェ ニ ー ツ イ ン の 除 名 を め ぐ っ て 」 に 出 席 。 十 月 ま で ) 。 『 キ ュ ー ・ ハ 紀 行 』 を 岩 波 書 店 か ら 刊 行 。 三 月 、 「 ふ る さ と 月 、 イ ン ド で 開 か れ た ア ジ ア ・ ア フ リ カ 作 家 会 議 に 出 席 。 十 一 一 月 帰 を 行 く ー 高 岡 」 を 「 週 刊 朝 日 」 に 、 五 月 、 「 ル イ ス ・ カ ト ウ ・ カ ト ウ 君 」 国 。 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 七 月 、 「 最 大 の 矛 盾 に つ い て 」 を 「 世 界 」 に 、 八 月 、 「 航 空 路 の 思 想 」 を 「 世 界 」 に 、 「 感 想 一 つ 」 を コ 二 田 文 学 」 に 、 九 月 、 「 風 邪 っ 引 き の 道 化 役 」 を 「 世 界 」 に 、 十 月 、 「 少 数 意 見 」 を 「 別 冊 潮 」 に 発 表 。 十 二 月 、 『 歴 史 と 運 命 』 を 講 談 社 か ら 刊 行 。 ( こ の 年 譜 は 、 各 種 の 年 を 参 考 に し て 編

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


広 大 五 も 開 み の を み 根 ア 裏 ず 拠 メ づ が 地 リ け 棲 こ に カ れ て 息 : 近 渡 た さ く れ る 上 富 山 県 高 岡 市 伏 木 港 : 巷 の う し 網 2 本 の 銭 船 は で 銭 ど 屋 問 別 が 善 で 年 国 百 あ 衛 ロ 福 で 衛 る 五 の 衛 こ 史 ま 屈 豸 間 そ 門 見 礼 れ 記 を 北 ら 関 に 妙 す 力 こ 豪 問 よ こ 周 へ 妙 め 者 伏 も と 商 屋 る ら 行 と 族 た 北 の べ こ 海 彳 皮 の つ や と 道 八 ヤ の 記 田 渡 た 記 た れ 右 え の た 越 五 界 代 れ 。 て の 作 門 ん り の 米 屋 富 動 帯 あ 衛 向 お で 家 の 期 感 騒 山 オ 半 産 の 堀 っ て 伏 t 田 の 巨 銭 て お 家 木 さ 家 海 道 と 大 阪 を む す ぶ 、 い わ ゆ る 北 前 船 さ な 港 町 に 、 二 百 年 ほ ど の あ い だ 、 北 右 伏 木 の 旧 廻 船 問 屋 街 。 「 北 国 の 小 ( 「 若 き 日 の 詩 人 た ち の 肖 像 」 ) の 廻 船 問 屋 を い と な ん で 来 た 家 の ・ ・ ま た 堀 田 の 国 を 屋 大 端 善 あ 屋 ち 五 ご の 月 リ 衛 の ・ 家 と あ て 島 奇 た 係 中 て て ぇ ら も る で た 丘 、 衛 の か ら 記 れ そ 善 ー そ て 衛 え の か ら 窓 あ つ た わ け だ こ 説 屋 世 時 丘 、 し い と 。 て ぎ 海 鎖 さ 鶴 の 北 そ れ ら た は い っ 日 0 : 本 。 の 力 、 て の 日 プ 匸 と の や 廻 私 へ の 、 か 衛 、 歴 的 ろ 生 た ね カ ゞ あ る 回 [ 日 そ ら ノ ら も . 越 与 い つ 丘 の 目 で 陸 ら か け の い く し た あ っ た こ 号 つ た 月 リ た も 作 者 く 慨 を も の も 何 で 年 る の し と な ど も そ の 行 . 彳 い 航 て 河 か か で ち い ÅtQ* ら の と 力 、 、 れ て い ば な 達 か つ し 、 釜 禁 右 帳 の 名 月 リ が 筆 で さ て あ た を も ′ つ た と ろ そ の っ 取 ニ 、 と 先 ン あ る せ 文 。 れ 指 し 廻 れ 奇 の 、 村 航 熱 の ス マ 、 で り ・ つ た お り と ン な ー 教 方 矣 の 、 録 よ る と 木 調 は 鶴 た 、 屋 が 衛 も お あ 堀 名 せ 屋 田 前 す 嘉 か っ 。 善 が し 兵 ~ か の だ オ こ ら し い 重 力 の で 記 堀 、 録 田 て 家 録 は 。 鶴 中 題 を つ い と い っ 。 は な と し

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


F . ゝ ヾ ・ メ ・ 、 ー ヾ 2 滯 叫 た 。 ギ タ ー の 先 生 は 、 四 亀 清 子 氏 、 小 倉 俊 氏 、 横 山 ( 後 に 佐 藤 ) 志 、 」 ノ 2 価 智 子 氏 。 こ の 間 、 七 郎 は 、 山 梨 の 実 家 に 帰 っ て 家 事 に 従 事 し た り 、 7 、 「 、 《 い メ 4 、 当 、 東 京 に 出 て 職 を さ が し た り 、 ギ タ ー の 練 習 に う ち こ ん だ り し て 、 日 7 、 、 ム い メ 5 メ 日 を 過 し た の で あ る 。 ー て 6 7 ) 、 7 ・ 0 5 圧 二 十 歳 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 7 、 「 、 ハ い メ 7 き ー = 々 こ の 頃 、 胸 部 疾 患 に か か り 、 病 床 六 か 月 、 以 後 ふ ら ぶ ら と 過 す 。 徴 兵 検 査 は 丙 種 合 格 。 そ の 後 、 再 検 査 し て 丁 種 と な る 。 石 和 町 で 丁 種 こ の 演 奏 会 で 、 七 郎 が 日 本 で 最 初 に そ れ ま で の 羊 腸 絃 に か え て ナ イ は 、 め く ら 、 ち ん ば 、 白 痴 の ほ か は 七 郎 だ け だ っ た 。 や が て 、 満 州 ロ ン 絃 を 使 用 し た 。 四 十 歳 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 事 変 、 支 那 事 変 と つ づ き 、 「 軍 需 産 業 」 と い う 言 葉 が 流 行 す る 頃 、 七 郎 は 軍 需 産 業 の 会 社 に 勤 め よ う と 思 う が よ い 口 が な く 、 徴 兵 保 険 前 年 暮 か ら 、 日 劇 ミ ュ ー ジ ッ ク ・ ホ 1 ル の 正 月 公 演 「 一 日 だ け の 恋 人 」 の ス ペ イ ン 景 で 、 踊 り と 組 ん で 特 別 出 演 。 五 月 ま で つ づ く 。 芸 会 社 ( 富 国 生 命 保 険 ) に 勤 務 す る 。 一 一 十 四 歳 名 を 桃 原 青 一 一 と 名 乗 っ た 。 秋 の 公 演 で も 、 ま た 特 別 出 演 す る 。 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 四 十 二 歳 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 徴 兵 保 険 に 勤 務 し て 間 も な く 、 日 支 事 変 で 出 征 し た 人 の か わ り に 、 二 月 、 「 楢 山 節 考 」 を 書 く 。 日 劇 ミ ュ ー ジ ッ ク ・ ホ ー ル の 構 成 演 出 九 州 の 支 店 に 転 勤 。 博 多 に 生 ん だ 。 二 十 五 歳 を し て い た 丸 尾 長 顕 の す す め で 、 「 楢 山 節 考 」 を 「 中 央 公 論 」 の 新 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) ー ・ リ サ 人 賞 に 応 募 。 十 月 、 受 賞 。 選 考 委 員 は 伊 藤 整 、 武 田 泰 淳 、 三 島 由 紀 秋 、 博 多 か ら 帰 り 、 丸 ノ 内 明 治 生 命 講 堂 で 、 第 一 回 の ギ タ イ タ ル を 開 く 。 使 用 し た ギ タ ー は 、 宮 本 金 八 翁 作 の 「 瑞 雲 」 。 ギ タ 夫 だ っ た 。 一 年 ほ ど 前 に 書 い た 「 揺 れ る 家 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 四 十 三 歳 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) ー ・ リ サ イ タ ル は 戦 争 中 、 第 十 七 回 ま で つ づ い た 。 三 十 一 一 歳 一 月 、 「 中 央 公 論 」 に 「 東 北 の 神 武 た ち 」 を 発 表 。 同 月 、 『 楢 山 節 考 』 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) を 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 一 一 月 、 「 文 芸 」 で 「 楢 山 節 考 」 を め ぐ っ て こ の 頃 、 乾 性 ロ ク マ ク 炎 と な る 。 三 十 五 歳 と 題 し 、 井 伏 鱒 二 と 対 談 。 四 月 、 「 三 つ の エ チ ュ ー ド 」 を 「 知 性 」 終 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 月 上 と い う 名 で 旅 廻 り 刊 号 に 発 表 。 こ の 中 で 「 魔 法 使 い の ス ケ ル ツ オ 」 は 、 一 九 四 七 年 こ の 年 か ら 昭 和 二 十 九 年 ま で 、 芸 名 ジ ミ ー ・ ー 頃 、 山 梨 県 石 和 で 書 い た も の が 、 た ま た ま ギ タ ー の 楽 譜 の 間 か ら 発 の ・ ハ ン ド に 入 っ た り 、 衣 類 の 行 商 の 仲 間 に 入 っ た り し た 。 三 十 八 歳 見 さ れ た も の 。 「 月 の ア ・ ヘ ニ ン 山 」 は 、 一 九 五 四 年 頃 書 い た も の 。 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 戦 後 、 七 郎 に と っ て 初 の ギ タ ー ・ リ サ イ タ ル を 、 神 田 で 開 同 月 、 「 中 央 公 論 」 で 、 「 土 の 匂 い の す る 文 学 」 に つ い て 石 坂 洋 次 郎 と 対 談 し た 。 く 。 そ の と き の 曲 目 は 、 四 十 四 歳 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) F. ヾ ~ メ 、 ー ヾ 1 疑

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


現 代 日 本 の 文 学 40 堀 田 善 衛 深 沢 七 郎 全 60 巻 著 者 発 行 者 発 行 所 田 善 衛 深 沢 七 郎 古 岡 滉 集 昭 和 57 年 10 月 1 日 26 版 発 行 昭 和 46 年 2 月 1 日 初 版 発 行 堀 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 暁 印 刷 株 式 会 社 製 本 文 勇 堂 製 本 工 業 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は . 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 ◎ Yoshie Hotta, Shichiro Fukazawa 1971 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す Printed in Japan ISBN4 ー 05 ー 050250 ー X C0393