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検索対象: 現代日本の文学 Ⅱ― 8 山本 周五郎 集

現代日本の文学 Ⅱ― 8 山本 周五郎 集から 282件ヒットしました。

現代日本の文学 Ⅱ― 8 山本 周五郎 集


情 裏 長 屋 ー を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 八 月 、 「 蘭 」 を 「 家 の 光 」 に 、 九 月 、 ふ く 物 語 ( 3 ) 〉 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 五 月 、 「 七 日 七 夜 」 を 「 講 談 ね む の き や ま び こ お と め 「 合 歓 木 の 蔭 」 を 「 新 読 物 , に 、 十 月 、 「 お し ゃ べ り 物 語 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 六 月 十 八 日 ~ 九 月 三 十 日 、 「 山 彦 乙 女 」 を 「 朝 日 新 聞 」 さ ざ ん か ち ょ う 雑 誌 」 に 、 「 山 茶 花 帳 」 を 「 新 青 年 」 十 一 ・ 十 二 月 合 併 号 に 発 表 。 夕 刊 に 連 載 。 戦 後 初 め て の 新 聞 小 説 で あ っ た 。 七 月 、 「 雨 あ が る 」 は な む し ろ 四 月 、 「 花 筵 」 ( 書 き 下 し ) を 労 働 文 化 社 か ら 、 六 月 、 「 風 鈴 」 を 操 を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 増 刊 号 に 、 「 半 之 助 奔 走 」 を 「 キ ン グ 」 に 発 表 。 書 房 か ら 、 「 松 風 の 門 」 を 操 書 房 か ら 公 刊 し た 。 九 月 十 八 日 ~ 一 一 十 七 年 一 一 月 一 一 十 九 日 ま で 「 火 の 杯 ー ( 現 代 小 説 ) を ち く は く 、 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 四 十 六 歳 「 福 島 民 友 新 聞 , に 連 載 、 十 月 ~ 一 一 十 七 年 三 月 ま で 「 竹 柏 記 」 を 「 労 一 月 、 「 山 女 魚 」 を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 四 月 、 「 お た ふ く 物 語 ( 1 ) 」 働 文 化 ー に 連 載 し た 。 八 月 よ り 十 一 月 ま で 全 四 巻 の 「 山 本 周 五 郎 傑 を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 六 月 ~ 八 月 、 「 む か し も 今 も 」 を 「 講 談 雑 誌 」 作 選 集 」 を 太 平 洋 出 版 社 か ら 刊 行 し た 。 に 、 七 月 、 「 落 ち 梅 記 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 八 月 、 「 陽 気 な 客 」 を 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 I) 四 十 九 歳 「 苦 楽 」 に 、 十 月 ~ 十 一 月 、 「 契 り き ぬ 」 を 「 ロ マ ン ス ー に 、 十 一 月 、 二 月 、 「 タ 靄 の 中 」 を 「 キ ン グ ー に 、 三 月 ~ 四 月 、 「 雪 の 上 の 霜 」 を ひ さ ご 「 桑 の 木 物 語 」 を 「 キ ン グ ー に 、 「 お れ の 女 房 ー を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 「 面 白 倶 楽 部 」 に 、 三 月 、 「 月 夜 , を 「 読 切 小 説 集 、 に 、 四 月 、 「 瓢 い 」 ・ つ ば ー ノ 十 一 一 月 、 「 泥 棒 と 若 殿 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 「 お ば な 沢 」 を 「 講 談 か ん ざ し 」 を 「 キ ン グ 」 に 、 「 よ じ よ う 」 を 「 週 刊 朝 日 」 増 刊 号 に 雑 誌 」 に 執 筆 。 掲 載 。 作 者 み ず か ら 「 後 半 期 の 道 を ひ ら い て く れ た 」 と す る 意 欲 作 よ い や み 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 四 十 七 歳 で あ っ た 。 五 月 、 「 宵 闇 の 義 賊 ー を 「 講 談 読 切 倶 楽 部 」 に 、 六 月 、 一 月 ~ 十 一 月 、 「 楽 天 旅 日 記 」 を 「 講 談 雑 誌 」 に 連 載 。 一 一 月 、 「 寒 「 四 人 囃 し 」 を 「 キ ン グ ー に 、 七 月 、 「 似 而 非 物 語 」 を 「 週 刊 朝 日 」 橋 ー を 「 キ ン グ 」 に 、 「 い さ ま し い 話 」 を 「 講 談 雑 誌 」 増 刊 号 に 、 増 刊 号 に 、 「 わ た く し で す 物 語 」 を 「 冨 士 」 に 、 八 月 、 「 暴 風 雨 の 四 月 、 「 め お と 蝶 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 増 刊 号 に 、 「 菊 千 代 抄 」 を 「 週 中 」 を 「 週 刊 朝 日 」 増 刊 号 に 、 九 月 、 「 雨 の 山 吹 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 刊 朝 日 」 増 刊 号 に 、 五 月 、 「 長 屋 天 一 坊 」 を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 六 月 、 に 、 十 一 月 、 「 い し が 奢 る 」 を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 増 刊 号 に 、 十 一 一 月 、 「 わ た く し で す 物 語 」 を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 七 月 十 一 一 日 ~ 十 四 日 、 「 大 「 「 こ い そ 」 と 「 武 四 郎 」 」 を 「 キ ン グ , に 、 「 秋 の 駕 籠 ー を 「 講 談 倶 衆 文 学 芸 術 論 ? 」 ( 評 論 ) を 「 朝 日 新 聞 [ 夕 刊 に 、 八 月 、 「 百 足 ち が 楽 部 」 に 、 「 北 へ が っ た 家 」 ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 ー に 発 表 。 十 一 一 い 」 を 「 キ ン グ , に 、 「 つ ば く ろ , を 「 講 談 倶 楽 部 」 増 刊 号 に 、 九 月 よ り 一 一 百 十 一 一 回 に わ た り 「 風 流 太 平 記 」 を 「 四 国 新 聞 」 な ど に 連 譜 月 、 「 ゆ う れ い 貸 屋 ー を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 「 妹 の 縁 談 , 〈 お た ふ く 物 載 ( 内 外 通 信 社 扱 い ) 。 一 一 月 、 「 山 彦 乙 女 」 を 朝 日 新 聞 社 よ り 刊 行 。 語 ( 2 ) 〉 を 「 婦 人 倶 楽 部 」 増 刊 号 に 、 九 月 ~ 十 一 一 月 、 「 思 い 違 い 物 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 三 ) 五 十 歳 年 語 」 を 「 労 働 文 化 ー に 、 十 一 月 、 「 追 い つ い た 夢 , を 「 面 白 倶 楽 部 」 一 月 よ り 一 一 十 九 年 一 月 ま で 「 正 雪 記 」 ( 第 一 部 ) を 「 労 働 文 化 ー に 、 う そ に 、 十 二 月 、 「 嘘 ア つ か ね え 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 発 表 。 一 月 よ り 九 月 ま で 「 栄 花 物 語 」 を 「 週 刊 読 売 , に 連 載 。 一 月 、 「 貧 四 十 八 歳 窮 問 答 」 を 「 オ ー ル 読 物 , に 、 七 月 、 「 妻 の 極 意 」 を 「 キ ン グ 」 に 、 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) と り で や ま の う ぜ ん 一 月 、 「 は た し 状 」 を 「 週 刊 朝 日 」 増 刊 号 に 、 三 月 、 「 湯 治 」 〈 お た 九 月 、 「 砦 山 の 十 七 日 」 を 「 サ ン テ ー 毎 日 」 増 刊 号 に 、 十 月 、 「 凌 霄 ば や ゅ う も や

現代日本の文学 Ⅱ― 8 山本 周五郎 集


戦 記 」 を 「 講 談 雑 誌 , に 、 四 月 、 「 春 三 た び 」 ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 記 ) を 、 十 一 一 月 、 「 晩 秋 ー を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 発 表 。 三 月 、 「 夏 草 戦 記 」 人 倶 楽 部 」 に 発 表 。 四 月 一 一 十 五 日 か ら 十 月 一 一 日 ま で 「 北 海 道 新 聞 、 を 八 雲 書 店 か ら 刊 行 。 十 月 、 「 菊 屋 敷 」 ( 書 き 下 し ) を 講 談 社 か ら 出 版 。 に 「 新 潮 記 」 を 連 載 、 五 月 、 「 不 断 草 」 ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 四 十 三 歳 あ こ ぎ ほ ・ ル ー く 部 」 に 、 六 月 、 「 阿 漕 の 浦 」 ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 ま す ら を , に 、 「 障 一 月 、 吉 村 き ん と 結 婚 。 一 一 月 、 馬 込 東 か ら 横 浜 市 中 区 本 牧 元 町 一 一 百 ゃ ぶ か げ 子 ー ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 七 月 、 「 藪 の 蔭 ー ( 日 本 婦 三 十 七 番 地 に 転 居 。 一 月 、 「 小 指 ー を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 一 一 月 、 「 彩 虹 」 ほ お 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 九 月 、 「 頬 ー ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 五 月 、 「 備 前 名 弓 伝 , を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 七 月 、 つ ば き 楽 部 」 に 、 十 月 、 「 横 笛 」 ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 十 一 「 四 年 間 」 を 「 新 青 年 ー に 、 「 柳 橋 物 語 」 を 「 椿 ー に 、 十 月 、 「 恋 の 月 、 「 郷 土 ー ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 十 一 一 月 、 「 雪 し ま 伝 七 郎 ー を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 十 一 一 月 、 「 野 分 ー を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 む す め く 峠 , ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 「 義 経 の 女 」 を 「 少 女 之 「 寝 ぼ け 署 長 」 シ リ ー ズ を 一 一 十 三 年 一 月 ま で 「 新 青 年 ー に 連 作 。 九 い も か ゆ 友 」 に 、 「 薯 粥 」 を 「 講 談 雑 誌 」 に 発 表 し た ほ か 、 八 月 、 講 談 社 か 月 、 「 修 道 院 の 花 嫁 」 が 大 映 で 映 画 化 さ れ た 。 五 月 、 「 蕭 々 十 三 年 」 と お る ら 「 日 本 婦 道 記 」 を 刊 行 し た 。 三 月 、 次 男 徹 が 生 ま れ た 。 を 操 書 房 か ら 、 九 月 、 「 菊 月 夜 」 を 都 祥 閣 か ら 出 版 。 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 四 十 一 歳 四 十 四 歳 は つ つ ば み 一 月 、 「 初 蕾 」 を 「 講 談 雑 誌 ー に 、 四 月 、 「 ひ や め し 物 語 」 を 「 講 談 戦 局 の ひ っ 迫 に つ れ 、 用 紙 統 制 で 作 品 本 数 も 一 一 十 編 に 減 少 し た 。 こ の こ ろ か ら ″ 山 本 ぶ し 〃 を 打 破 し よ う と す る 苦 闘 が 始 ま る 。 四 月 、 雑 誌 」 に 、 六 月 、 「 葦 ー を 「 週 刊 朝 日 」 に 、 九 月 、 「 金 五 十 両 ー を 「 紅 梅 月 毛 」 を 「 富 士 」 に 、 「 尾 花 川 ー ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 「 講 談 雑 誌 」 に 、 十 月 、 「 化 物 屋 敷 」 を 「 講 談 雑 誌 ー に 、 十 二 月 、 部 」 に 、 「 琴 女 覚 書 」 ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 文 藝 春 秋 」 に 、 五 月 、 「 水 「 評 釈 勘 忍 記 」 を 「 新 読 物 」 に 執 筆 。 六 月 、 「 糸 ぐ る ま 」 を 民 衆 社 か ら せ つ の 下 の 石 . を 「 新 武 道 」 に 、 七 月 、 「 兵 法 者 , を 「 新 武 道 」 に 、 ま ら 、 「 羅 刹 」 を 操 書 房 か ら 、 「 明 暗 嫁 問 答 」 を 門 野 書 店 か ら 刊 行 し た 。 た 、 初 め て の 書 き 下 し 長 編 「 菊 屋 敷 」 に 着 手 、 十 一 一 月 、 「 日 本 士 道 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 四 十 五 歳 こ の 年 の 春 、 自 宅 か ら 市 電 の 停 留 所 で 三 つ 離 れ た 中 区 雌 町 の 旅 館 記 」 を 晴 南 社 か ら 刊 行 し た 。 え ん よ う き 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 四 十 一 一 歳 「 間 門 園 」 を 仕 事 場 と し て 使 う よ う に な る 。 一 一 月 、 「 艶 妖 記 」 を 「 新 す い ぞ う が ん ち ん せ つ ぎ ら 長 女 と 次 女 は 学 童 疎 開 、 五 月 、 妻 き ょ を 膵 臓 癌 で う し な う 。 空 襲 は 読 物 」 に 、 「 若 殿 女 難 記 」 を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 「 椿 説 女 嫌 い , を 「 娯 や ま つ ば き 急 で 戦 時 下 の 物 資 窮 乏 は げ し く 、 本 だ な を ほ ど い て 棺 を つ く り 、 遺 楽 世 界 ー に 、 「 失 恋 第 五 番 ー を 「 新 青 年 , に 、 三 月 、 「 山 椿 」 を 「 講 ざ く ろ 体 を リ ャ カ ー に の せ 、 秋 山 青 磁 、 添 田 知 道 と 三 人 で 桐 ヶ 谷 の 火 葬 場 談 雑 誌 」 に 、 「 失 恋 第 六 番 , を 「 新 青 年 」 に 、 四 月 、 「 柘 榴 」 を 「 サ へ 運 ん で い っ た 。 一 月 、 「 足 軽 奉 公 」 を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 一 一 月 、 「 油 ン 新 聞 ー に 、 「 壱 両 千 両 」 を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 五 月 、 「 三 悪 人 物 語 」 ー リ イ 」 に 、 六 月 、 断 大 敵 ー を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 八 ・ 九 月 合 併 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 「 墨 丸 」 ( 上 ) を 「 新 読 物 」 に 、 「 う ぐ い す 」 を 「 ス ト か し の き あ お あ ら し こ う ず け の す け ( 日 本 婦 道 記 ) を 、 十 月 、 「 二 十 三 年 ー ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 「 古 い 樫 木 . を 「 苦 楽 」 に 、 「 青 嵐 」 を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 「 上 野 介 正 り ん し よ く き 部 」 に 、 十 一 ・ 十 一 一 月 合 併 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 「 生 き , ( 日 本 婦 道 信 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 、 七 月 、 「 真 説 吝 嗇 記 」 を 「 新 読 物 」 に 、 「 人

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一 月 、 「 嫁 取 り 一 一 代 記 」 を 「 婦 人 供 楽 部 」 に 、 「 大 塩 平 八 郎 . を 「 青 一 月 、 「 鼓 く ら べ 」 を 「 少 女 之 友 ー に 、 三 月 、 「 夫 婦 の 朝 , を 「 婦 人 か さ お り か ん ぎ し 年 太 陽 , に 、 八 月 、 「 お 美 津 簪 」 を 「 キ ン グ 」 増 刊 号 に 、 九 月 、 「 面 倶 楽 部 」 に 、 「 矢 押 の 樋 」 を 「 キ ン グ 」 に 、 「 笠 折 半 九 郎 , を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 五 月 、 「 与 之 助 の 花 」 を 「 譚 海 ー に 、 七 月 、 「 三 年 目 」 師 出 世 絵 形 」 を 「 富 士 」 に 発 表 。 三 十 五 歳 を 「 雄 弁 」 に 、 八 月 、 「 萬 太 郎 船 」 を 「 譚 海 ー に 、 九 月 、 「 奉 公 身 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) へ ん や 一 月 、 「 松 林 蝙 也 ー を 「 キ ン グ 」 に 、 三 月 、 「 藤 次 郎 の 恋 」 を 「 キ ン 命 , を 「 キ ン グ 」 に 、 「 あ ら く れ 武 道 」 を 「 講 談 雑 誌 , に 、 十 一 一 月 、 グ 」 に 、 「 喞 主 従 ー を 「 婦 人 倶 楽 部 」 増 刊 号 に 、 十 月 、 「 朝 顔 草 「 避 け ぬ 三 左 , を 「 講 談 雑 誌 、 に 発 表 。 十 月 、 「 奉 公 身 命 」 を 大 白 書 つ じ 紙 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 「 一 代 恋 娘 ー を 「 講 談 雑 誌 , に 、 十 一 一 月 、 房 か ら 、 十 一 月 、 「 夜 明 け の 辻 」 を 博 文 館 か ら 、 十 一 一 月 、 「 風 雲 海 南 「 風 車 」 を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 「 聞 き 違 い 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 発 表 。 記 」 を 大 阪 東 光 堂 か ら 、 ま た 「 明 和 絵 暦 」 ( 長 編 ) を 奥 川 書 房 か ら こ の 年 「 恋 愛 武 士 道 」 「 腰 元 吉 弥 組 」 「 喧 嘩 主 従 」 な ど が 新 興 映 画 や 刊 行 し た 。 三 十 九 歳 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 日 活 で 映 画 化 さ れ た 。 し よ う し よ う 三 十 六 歳 一 月 、 「 蕭 々 十 三 年 , を 「 新 国 民 . に 、 「 噴 上 げ る 花 」 を 「 譚 海 」 に 、 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) く ま の な だ 一 月 ~ 八 月 、 「 安 政 三 天 狗 」 を 「 新 少 年 ー に 、 三 月 、 「 違 う 平 八 郎 」 を 一 一 月 、 「 米 の 武 士 道 」 を 「 講 談 雑 誌 ー に 、 四 月 、 「 熊 野 灘 」 を 「 講 談 つ ね み ぞ れ が し 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 五 月 、 「 本 所 霙 河 岸 ー を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 七 月 、 雑 誌 」 に 、 「 狐 」 を 「 産 報 」 に 、 「 花 宵 , を 「 少 女 之 友 」 に 、 七 月 、 そ こ っ 「 粗 忽 評 判 記 」 を 「 富 士 。 に 、 十 月 、 「 多 忙 」 ( 随 筆 ) を 「 博 浪 沙 」 「 日 本 婦 道 記 」 シ リ ー ズ 第 一 作 「 松 の 花 を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 「 お に 、 十 一 月 、 「 秋 風 不 帰 ー を 「 講 談 雜 誌 」 に 、 十 一 一 月 、 「 柿 , を 「 現 も か げ 」 を 「 少 女 之 友 。 に 、 「 江 戸 の 土 師 」 を 「 譚 海 」 に 、 八 月 、 代 」 に 発 表 。 後 日 の 作 風 の 基 礎 を 示 す 作 品 が こ の こ ろ か ら 目 立 つ よ 「 城 を 守 る 者 」 を 「 講 談 雑 誌 ー に 、 九 月 、 「 青 竹 ー を 「 ま す ら を ー に 、 う に な る 。 「 粗 忽 評 判 記 」 が 松 竹 ・ 下 加 茂 で 映 画 化 さ れ た 。 十 月 、 「 梅 咲 き ぬ 」 ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 十 一 月 、 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 三 十 七 歳 「 水 戸 梅 譜 」 を 「 藝 能 文 化 」 に 、 「 愚 鈍 誠 忠 記 」 を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 や だ け よ い や み し し べ え 一 一 月 、 「 宵 闇 に 来 る 」 を 「 奇 譚 」 に 、 「 ぬ き う ち 獅 子 兵 衛 , を 「 講 談 十 一 一 月 、 「 箭 竹 」 ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 発 表 。 一 月 、 く ′ っ ・ - き 、 画 ー ノ 雑 誌 」 に 、 四 月 、 「 土 佐 太 平 記 」 を 「 読 物 文 庫 」 に 、 「 五 十 三 右 衛 「 戦 国 少 年 記 ( 秘 伝 鞍 馬 経 ) 」 を 鶴 書 房 か ら 、 「 浪 人 一 代 男 」 を 今 日 門 」 を 「 雄 弁 , に 、 「 春 風 祝 言 」 を 「 奇 譚 」 に 、 「 城 中 の 霜 ー を 「 現 の 問 題 社 か ら 、 四 月 、 「 内 蔵 允 留 守 」 を 成 武 堂 か ら 、 七 月 、 「 島 原 伝 譜 代 」 に 、 五 月 、 「 与 茂 七 の 帰 藩 . を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 八 月 、 「 大 将 来 記 」 を 桜 木 書 房 か ら 、 十 一 月 、 「 武 家 太 平 記 」 を 新 正 堂 か ら 板 行 。 四 十 歳 首 」 を 「 キ ン グ 」 に 、 十 月 、 「 松 風 の 門 」 を 「 現 代 」 に 、 十 一 月 、 「 内 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 三 ) こ う が い ぼ り ら の し よ う 年 蔵 允 留 守 ー を 「 キ ン グ 」 に 、 十 一 一 月 、 「 紀 伊 快 男 児 」 を 「 講 談 雑 誌 」 第 十 七 回 直 木 賞 に 「 日 本 婦 道 記 」 が 推 さ れ た が 辞 退 。 一 月 、 「 笄 堀 」 よ ろ い に 、 「 火 の 紙 票 」 を 「 譚 海 」 に 発 表 。 十 月 、 「 土 佐 の 国 柱 」 が 博 文 館 ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 「 め お と 鎧 , を 「 講 談 雑 誌 」 に 、 「 殉 死 」 を 「 キ ン グ ー に 、 二 月 、 「 忍 緒 」 ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 か ら 、 ? 月 、 「 無 明 絵 巻 」 ( 長 編 ) が 大 阪 東 光 堂 か ら 刊 行 さ れ た 。 ム す ま 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 三 十 八 歳 楽 部 」 に 、 三 月 、 「 襖 」 ( 日 本 婦 道 記 ) を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 、 「 夏 草 て ん ぐ

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か ず ら 花 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 十 一 月 、 「 小 説 の 芸 術 性 ー ( 評 論 ) を 「 日 月 ~ 三 十 年 十 一 一 月 、 「 正 雪 記 」 ( 第 一 一 部 ) を 「 労 働 文 化 ー に 連 載 。 十 本 経 済 新 聞 」 に 、 十 一 一 月 、 「 歳 晩 雑 感 」 ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 」 に 発 一 月 、 「 某 月 某 日 」 ( 随 筆 ) を 「 日 本 経 済 新 聞 , に 執 筆 。 表 。 七 月 、 「 わ た く し で す 物 語 」 を 東 成 社 か ら 、 九 月 、 「 栄 花 物 語 」 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 五 十 一 一 歳 を 要 書 房 か ら 刊 行 。 一 月 ~ 七 月 、 「 花 も 刀 も 」 を 「 税 の し る べ 」 に 連 載 。 一 月 、 「 女 は 同 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 五 十 一 歳 じ 物 語 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 一 一 月 、 「 中 島 健 蔵 氏 に 問 う 」 ( 評 論 ) お お い の す け 一 月 か ら 一 一 月 ま で 、 「 扇 野 」 を 「 面 白 倶 楽 部 」 に 、 一 月 、 「 雪 と 泥 」 を 「 朝 日 新 聞 ー に 、 三 月 、 「 大 炊 介 始 末 , を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 「 お こ ぶ し を 「 オ ー ル 読 物 。 に 、 三 月 、 「 三 十 ふ り 袖 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 た は 嫌 い だ 」 を 「 小 説 倶 楽 部 」 に 、 四 月 、 「 夜 の 辛 夷 」 を 「 週 刊 朝 四 月 、 「 初 夜 」 を 「 週 刊 朝 日 」 増 刊 号 に 、 「 「 面 白 さ 」 の 立 場 か ら 」 日 」 増 刊 号 に 、 七 月 、 「 か あ ち ゃ ん 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 八 月 、 つ り し の ぶ ( 評 論 ) を 「 読 売 新 聞 ー に 、 五 月 、 「 み ず ぐ る ま 」 を 「 面 白 倶 楽 部 」 「 釣 忍 」 を 「 キ ン グ 」 に 、 「 ほ た る 放 生 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 「 写 ち ょ う え ん し ょ に 、 「 艷 書 」 を 「 小 説 倶 楽 部 」 に 、 六 月 、 「 夜 の 蝶 」 を 「 家 の 光 」 に 真 嫌 い ー ( 随 筆 ) を 「 文 藝 春 秋 ー に 、 十 月 、 「 し ゆ る し ゆ る 」 を 「 オ も み ー ル 読 物 ー に 、 十 一 月 、 「 裏 の 木 戸 は あ い て い る . を 「 講 談 倶 楽 部 」 発 表 。 七 月 一 一 十 日 か ら 三 十 年 四 月 一 一 十 一 日 ま で 、 「 樅 ノ 木 は 残 っ た 」 ( 第 一 部 ) を 「 日 本 経 済 新 聞 」 に 連 載 し た 。 数 十 年 来 の テ ー マ で 、 作 増 刊 号 に 、 「 水 た た き 」 を 「 面 白 倶 楽 部 」 に 、 「 妻 の 中 の 女 ー を 「 小 者 の 代 表 作 と な っ た 。 こ の 取 材 の た め 六 月 十 八 日 ~ 一 一 十 二 日 、 十 一 説 倶 楽 部 」 に 、 十 二 月 、 「 暗 が り の 弁 当 ー ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 ー に し ば た べ つ む ね 月 一 一 十 日 ~ 一 一 十 三 日 の 一 一 回 に わ た り 宮 城 県 柴 田 町 船 岡 、 青 根 、 陸 前 発 表 。 こ の 年 十 月 、 「 間 門 園 」 の 別 棟 の 独 立 家 屋 に 移 り 、 以 後 は ほ い し の ま 、 わ く や な る ご 小 野 、 市 巻 、 涌 谷 、 松 山 町 、 鳴 子 、 満 沢 鉱 山 な ど 〈 旅 行 し た 。 船 岡 と ん ど こ こ に ひ と り で 暮 ら す よ う に な る 。 五 月 、 「 風 流 太 平 記 」 を 同 で 大 池 雄 を 知 る 。 連 載 に 先 立 ち 、 「 私 は 事 件 そ の も の よ り も 、 そ 光 社 か ら 、 九 月 、 「 大 衆 文 学 代 表 作 全 集 山 本 周 五 郎 集 」 を 河 出 書 房 こ に 登 場 す る 人 々 、 な か ん す く 原 田 甲 斐 そ の 人 の . 、 「 人 間 」 と 「 生 か ら 、 十 月 、 「 お も い ち が い 物 語 」 を 同 光 社 か ら 、 「 お た ふ く 物 語 」 け ん 、 よ う 活 」 を 描 い て み た い 。 こ の 事 件 の 「 史 的 事 実 」 を 歪 め た り 、 牽 強 付 を 河 出 文 庫 の 一 冊 と し て 、 十 一 月 、 「 大 炊 介 始 末 」 を 講 談 社 か ら 、 会 し た り す る こ と を で き る 限 り 避 け 、 そ の な か で も っ と も 真 実 に 近 十 一 一 月 、 「 花 筵 」 を 同 人 社 か ら 刊 行 。 は と ん い も の を つ か む つ も り で あ る 。 そ れ は 、 す で に 現 存 す る 資 料 を 殆 ど 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 五 十 三 歳 検 討 し て し ま っ た の で 、 そ の 背 景 を な す 土 地 の 山 川 林 野 を 、 自 分 の 眼 一 月 、 「 渡 の 求 婚 」 を 「 大 阪 新 聞 」 に 、 「 ひ ど い 凍 の 後 に 」 を 「 小 説 で な が め 自 分 の 足 で 歩 い て み る た め に で か け た の で あ る 」 ( 「 雨 の み 公 園 , に 、 二 月 、 「 な ん の 花 か 薫 る 」 を 「 週 刊 朝 日 」 増 刊 号 に 発 表 。 ち の く 」 Ⅱ 日 本 経 済 新 聞 ) と 書 い た 。 七 月 、 「 四 日 の あ や め 」 を 「 オ 三 月 十 日 ~ 九 月 三 十 日 、 「 原 田 甲 斐 ー 樅 ノ 木 は 残 っ た 」 ( 第 一 一 部 、 第 う ま ー ル 読 物 」 に 、 「 日 日 平 安 」 を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 増 刊 号 に 、 、 、 ノ 月 三 部 ) を 「 日 本 経 済 新 聞 」 に 連 載 。 三 月 、 「 こ ん ち 午 の 日 」 を 「 オ ふ ら 「 月 の 松 山 ー を 「 キ ン グ 」 に 、 「 美 女 ケ 淵 , を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 九 ー ル 読 物 ー に 、 「 あ ん ち ゃ ん 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 、 五 月 、 「 逃 亡 記 」 月 、 「 葦 は 見 て い た 」 を 「 面 白 倶 楽 部 」 に 、 十 月 、 「 し じ み 河 岸 ー を を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 「 月 夜 の 眺 め 」 を 「 小 説 春 秋 ー に 、 「 小 説 の 効 し よ う げ ん 「 オ ー ル 読 物 , に 、 「 大 納 言 狐 ー を 「 週 刊 朝 日 」 増 刊 号 に 発 表 。 十 一 用 」 ( 評 論 ) を 「 朝 日 新 聞 」 に 、 六 月 、 「 将 監 さ ま の 細 み ち 」 を 「 小 ふ な お か ど ろ な が

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た に ざ き し ゅ ん い ち ろ う な お き 西 に 移 る だ ろ う と い う 見 方 が あ り 、 谷 崎 潤 一 郎 、 直 木 間 の 神 戸 滞 在 は 言 っ て 見 れ ば 「 須 磨 寺 附 近 」 一 作 書 く 一 一 一 上 五 は じ め 東 京 を は な れ 関 西 に 移 住 し た 文 学 者 も 多 た め の も の で あ っ た 。 し か し 東 国 で 生 れ 育 っ た 山 本 周 か っ た 。 山 本 周 五 郎 も 、 文 学 を 志 す の な ら 、 今 の 東 京 五 郎 が 、 二 十 代 の 前 半 に 関 西 に 住 み 、 関 西 人 の 気 風 や ば く ぜ ん で は だ め だ と 漠 然 と 考 え て 、 関 西 移 住 を 決 意 し た の で 人 情 や 風 土 を 生 活 の 中 で 味 わ 「 た と い う こ と は 、 作 家 あ ろ う 。 い わ ば 震 災 を き っ か け に し て 、 文 学 に 向 っ て と し て の 貴 重 な 体 験 で あ リ 、 そ の 後 の 山 本 文 学 の 幅 を の 新 し い 人 生 を 自 己 に 課 し た の で あ る 。 広 く し て い る 。 大 正 十 五 年 、 既 に め ざ ま し い 復 興 を 示 し 、 活 況 を 呈 は ん し よ う し て い る 東 京 に 帰 っ て 来 た 彼 は 、 再 建 し 繁 昌 し て い る も ど し た や く ろ も ん ら よ っ 山 本 質 店 に は 戻 ら す 、 は し め 下 谷 の 黒 門 町 に 下 宿 、 つ し ん ば し い た し ん み ち 関 西 に 移 っ た 山 本 周 五 郎 は 朝 日 新 聞 に 震 災 の 記 録 を い で 新 橋 の 板 新 道 の 芸 者 置 屋 の 二 階 に 下 宿 し た 。 置 屋 と よ お か 売 り こ ん だ り 、 豊 岡 の 地 方 新 聞 に 勤 め た り し た 後 、 須 の 二 階 に 住 む な ど い か に も 山 本 周 五 郎 ら し く 、 こ の 頃 ま も も の い た つ お お う せ い 磨 に 住 む 小 学 校 時 代 の 親 友 桃 井 達 雄 の 姉 の 家 に 下 宿 し か ら 旺 盛 な 好 奇 心 と 作 家 魂 を 持 っ て い た よ う だ 。 後 年 た 。 そ し て 神 戸 の 観 光 が イ ド 雑 誌 の 編 集 部 に 勤 め た 。 の 岡 場 所 も の 、 長 屋 も の な ど に こ う い う 体 験 が 活 か さ あ こ カ 山 本 周 五 郎 は 横 浜 時 代 か ら 知 っ て い た 桃 井 の 姉 に 憧 れ れ て い る の だ ろ う 。 雑 誌 「 日 本 魂 」 の 編 集 部 に 勤 め な が き く ち か ん に 似 た 恋 心 を 抱 い て い た 「 大 正 十 五 年 「 文 藝 春 秋 」 四 ら 、 習 作 を 書 き 続 け る 。 そ し て 「 須 磨 寺 附 近 」 が 菊 池 寛 に 月 号 に 発 表 さ れ た 山 本 周 五 郎 の 処 女 作 「 須 磨 寺 附 近 」 認 め ら れ 「 文 藝 春 秋 」 四 月 号 に 発 表 さ れ た 。 こ の 作 品 て ひ ど は 、 こ の 時 の 体 験 を も と に し て 書 か れ た 恋 愛 小 説 で あ は 精 神 的 に か な り 手 甚 い 打 撃 を 受 け た 清 水 清 三 と い う る 。 も ち ろ ん 「 須 磨 寺 附 近 」 に 書 か れ て い る こ と は 虚 主 人 公 が 、 そ れ を い や す た め 青 木 と い う 友 人 に 迎 え ら 構 が あ り 事 実 そ の ま ま で は な い が 、 既 に 夫 の あ る 桃 井 れ て 住 ん だ 須 磨 寺 附 近 の 家 で 、 夫 が 米 国 の 支 店 に 勤 め の 姉 に 、 同 情 の 交 っ た 息 苦 し い ま で の 恋 情 を 抱 い た で 留 守 宅 を 守 っ て い る 美 し い 嫂 の 康 子 と の 間 に 恋 情 が う あ ろ 、 つ こ と は 想 イ 、 象 で き る 。 そ う で な け れ ば 、 「 夜 の 神 ま れ る 。 二 人 の 愛 は 急 速 に た か ま っ て く る の だ が 、 夫 戸 」 の よ う な が イ ド 雑 誌 の 、 い に 染 ま ぬ 編 集 を 続 け 、 関 の あ る 康 丘 は 自 分 を 抑 え 、 清 三 に 「 我 慢 な さ い 」 と ま 西 に 三 年 間 も 居 た と い う こ と は 説 明 が っ か な い 三 年 る で 弟 を い た わ る よ う に 言 う 。 許 さ れ ぬ 恋 で あ る だ け あ ね や す こ

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説 新 潮 」 に 、 「 し ず や し ず ー を 「 週 刊 朝 日 」 増 刊 号 に 、 七 月 、 「 肌 匂 説 新 潮 」 に 、 十 一 月 、 「 古 今 集 巻 之 五 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 、 十 二 月 、 う , を 「 週 刊 新 潮 」 に 発 表 。 八 月 ~ 三 十 一 一 年 八 月 、 「 正 雪 記 」 ( 第 一 一 一 「 ち ん ば の 踏 段 ー ( 絵 と 随 想 ) を 「 小 説 新 潮 」 に 、 「 年 の 瀬 の 音 」 ( 随 部 ) を 「 労 働 文 化 」 に 連 載 。 八 月 、 「 並 木 河 岸 ー を 「 オ ー ル 読 物 」 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 ー に 発 表 。 一 月 、 「 樅 ノ 木 は 残 っ た 」 ( 上 ) を 講 談 に 、 十 一 一 月 、 「 つ ゆ の ひ ぬ ま 」 を 「 オ ー ル 読 物 ー に 執 筆 。 一 月 、 「 雨 社 か ら 、 「 な ん の 花 か 薫 る 」 を 宝 文 館 か ら 、 九 月 、 「 樅 ノ 木 は 残 っ あ が る 」 を 、 四 月 、 「 楽 天 旅 日 記 」 を い ず れ も 同 光 社 か ら 、 五 月 、 た 」 ( 下 ) を 講 談 社 か ら 、 十 月 、 「 小 説 日 本 婦 道 記 」 を 新 潮 文 庫 の 一 「 三 十 ふ り 袖 」 を 学 風 書 院 か ら 、 十 一 一 月 、 「 将 監 さ ま の 細 み ち 」 を 新 冊 と し て 刊 行 し た 。 潮 社 か ら 刊 行 し た 。 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 五 十 六 歳 べ ん つ ば 、 あ み 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 五 十 四 歳 一 月 ~ 九 月 、 「 五 瓣 の 椿 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 連 載 。 一 月 、 「 薊 」 を ま く ら 一 月 、 「 深 川 安 楽 亭 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 、 三 月 、 「 枕 を 三 度 た た い 「 小 説 新 潮 」 に 、 四 月 、 「 畜 生 谷 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 、 「 小 説 「 よ た 」 を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 増 刊 号 に 、 「 法 師 川 八 景 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 じ よ う 」 の 恩 人 」 ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 」 に 、 五 月 、 「 そ の 木 戸 を 通 に 、 五 月 、 「 茶 摘 は 八 十 八 夜 か ら 始 ま る 」 を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 「 勘 っ て 」 を 「 オ ー ル 読 物 ー に 発 表 。 六 月 ~ 三 十 五 年 八 月 、 「 御 意 見 弁 記 」 を 「 面 白 倶 楽 部 」 に 、 六 月 、 「 鶴 は 帰 り ぬ 」 を 「 週 刊 朝 日 」 番 に 候 」 を 「 労 働 文 化 ー に 連 載 。 六 月 、 「 町 奉 行 日 記 」 を 「 小 説 増 刊 号 に 、 七 月 、 「 牛 ー を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 「 全 部 エ ヌ ・ ジ イ 」 ( 随 新 潮 」 に 、 「 独 居 の た の し み 」 ( 随 筆 ) を 「 早 稲 田 文 学 」 に 、 七 月 、 か じ よ う 、 筆 ) を 「 文 藝 春 秋 ー に 、 九 月 、 「 花 杖 記 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 、 十 月 、 「 や ぶ か ら し 」 を 「 週 刊 朝 日 」 増 刊 号 に 、 八 月 、 「 八 百 長 に つ い て 」 び よ う ぶ 「 末 っ 子 , を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 「 屏 風 は た た ま れ た 」 を 「 文 藝 春 ( 随 筆 ) を 「 東 京 新 聞 」 に 、 十 月 、 「 失 蝶 記 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 、 秋 ー に 、 十 一 月 、 「 ち い さ こ べ ー を 「 講 談 倶 楽 部 」 に 、 十 二 月 、 「 酒 「 も の の け 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 「 落 葉 の 隣 り 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 屋 の 夜 逃 げ 」 ( 随 筆 ) を 「 講 談 倶 楽 部 」 増 刊 号 に 、 「 六 月 お お み そ か 発 表 。 十 二 月 十 六 日 ~ 三 十 五 年 十 一 月 一 一 十 五 日 ま で 、 「 天 地 静 大 」 説 」 ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 」 に 発 表 。 八 月 、 「 正 雪 記 」 ( 全 ) を 「 講 を 三 社 連 合 に 掲 載 。 十 一 一 月 、 「 景 気 の こ ち ら 側 ー ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 談 社 か ら 、 「 花 も 刀 も 」 を 同 光 社 か ら 刊 行 。 聞 」 に 発 表 。 一 一 月 、 「 赤 ひ げ 診 療 譚 」 を 文 藝 春 秋 新 社 か ら 、 三 月 、 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 五 十 五 歳 「 ち ゃ ん 」 を 講 談 社 か ら 、 五 月 、 「 ひ や め し 物 語 」 を 光 書 房 か ら 、 九 こ の 年 秋 、 「 樅 ノ 木 は 残 っ た 」 第 四 部 以 下 を 書 き 下 し で 完 成 し た 。 月 、 「 い さ ま し い 話 」 を 光 書 房 か ら 、 「 五 瓣 の 椿 」 を 講 談 社 か ら 、 十 譜 一 月 、 「 橋 の 下 , を 「 小 説 新 潮 」 に 、 「 ひ と で な し . を 「 講 談 倶 楽 一 一 月 、 「 現 代 長 編 小 説 全 集 ( 第 四 十 一 一 巻 Ⅱ 樅 ノ 木 は 残 っ た ) 」 を 講 談 部 」 に 、 一 一 月 、 「 あ だ こ 」 を 「 小 説 倶 楽 部 」 に 、 「 ち ゃ ん . を 「 週 刊 社 か ら 刊 行 。 し ん り よ う た ん 年 朝 日 」 増 刊 号 に 発 表 。 三 月 ~ 十 一 一 月 ま で 、 「 赤 ひ げ 診 療 譚 」 を 「 オ 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 五 十 七 歳 ー ル 読 物 」 に 連 載 。 三 月 、 「 歴 史 か 小 説 か 」 ( 評 論 ) を 「 朝 日 新 聞 ー 一 月 ~ 十 一 一 月 、 「 青 べ か 物 語 」 を 「 文 褻 春 秋 」 に 連 載 。 代 表 作 の 一 せ つ つ の か み 四 に 、 五 月 、 「 若 き 日 の 摂 津 守 、 を 「 小 説 新 潮 」 に 、 八 月 、 「 書 物 と 人 っ に な っ た 。 一 月 、 「 ば ち あ た り 」 を 「 小 説 新 潮 ー に 、 三 月 、 「 霜 生 ー ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 . に 、 十 月 、 「 某 月 某 日 」 ( 随 筆 ) を 「 小 柱 」 を 「 オ ー ル 読 物 ー に 、 五 月 、 「 ふ る さ と の 学 校 . ( 随 筆 ) を 「 週 つ る は だ に お

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父 は こ こ で 生 糸 の 仲 買 い 、 金 融 業 、 料 理 屋 甲 子 屋 、 三 業 組 合 事 務 員 も も の ー な ど の 職 を 転 々 し た 。 西 前 小 学 校 時 代 の 親 友 に 桃 井 達 雄 、 青 江 一 郎 、 ひ ろ え ま ち の 町 野 敬 一 郎 、 村 田 汎 愛 ら が あ る 。 小 学 校 四 年 生 の と き 、 受 持 の 水 野 実 先 生 か ら 「 君 は 小 説 家 に な れ 」 と い わ れ 、 作 家 を 志 望 す る よ う に な っ た 。 以 来 、 水 野 先 生 を 「 終 生 の 恩 人 の 第 一 人 者 」 と し た 。 小 学 校 時 代 よ り 文 才 に す ぐ れ 、 和 田 奈 々 吉 学 校 長 に 学 校 新 聞 の 責 任 者 を 命 じ ら れ た り 、 六 年 生 の と き に 自 分 で 表 紙 を 描 き 、 扉 絵 に 詩 を つ け 、 明 治 三 十 六 年 ( 一 九 〇 一 一 l) つ る は つ か り 六 月 一 一 十 一 一 日 午 後 十 一 時 、 山 梨 県 北 都 留 郡 初 狩 村 八 十 一 一 番 戸 ( 現 大 級 友 の 作 文 、 図 画 等 を 集 め て 回 覧 雑 誌 を 編 集 し た 。 お く わ 、 十 三 歳 大 正 五 年 ( 一 九 一 六 ) 月 市 下 初 狩 一 一 百 一 一 十 一 番 地 ) 奥 脇 賢 造 万 の 長 屋 で 、 父 瀧 逸 太 郎 、 母 と く の 長 男 と し て 出 生 し た 。 き よ う だ い に は 弟 の 潔 、 妹 の 末 子 が 西 前 小 学 校 卒 業 。 東 京 ・ 木 挽 町 に あ っ た 山 本 周 五 郎 質 店 に 徒 弟 と し こ ・ ら さ 製 、 し や ら く さ い あ る 。 実 家 は 武 田 の 遺 臣 で 、 代 々 、 北 巨 摩 の 大 草 村 若 尾 ( 現 崎 市 て 住 み 込 む 。 洒 落 斎 翁 と 自 称 し た 店 主 か ら 深 い 影 響 を う け 、 肉 親 の こ う え 、 お お す み 大 草 町 若 尾 区 ) に 帰 農 し た 豪 族 清 水 大 隅 守 政 秀 の 後 裔 で あ ろ う と い 父 以 上 に 真 実 の 父 と 感 じ る よ う に な る 。 店 主 は 以 後 、 文 壇 に 自 立 す い っ た え ら れ て い る が 、 次 第 に 家 運 が 傾 き 、 祖 父 伊 三 郎 の 代 、 明 治 る ま で 物 心 両 面 に わ た っ て よ き 庇 護 者 で あ っ た 。 正 則 英 語 学 校 、 大 ば く ろ う ま ゆ 一 一 十 一 一 年 に 初 狩 へ 移 住 し た 。 祖 父 と 父 は 馬 喰 や 繭 の 仲 買 い を 家 業 と 原 簿 記 学 校 な ど に 学 ん だ ほ か 、 劇 作 、 創 作 に は げ み 、 十 六 歳 の と き さ と む し て い た 。 三 十 六 と い う 本 名 は 生 年 に 因 ん で 家 主 の 奥 脇 愛 五 郎 が 命 「 萬 朝 報 」 の 懸 賞 に 応 じ た 「 南 桑 川 村 , は 佳 作 に あ け ら れ た 。 二 十 歳 大 正 十 ニ 年 ( 一 九 一 一 三 ) 名 し た も の と い う 。 四 歳 徴 丘 ( 検 査 の 結 果 は 、 右 眼 視 力 が 弱 く 丙 種 合 格 。 九 月 、 関 東 大 震 災 で 明 治 四 十 年 ( 一 九 〇 七 ) 八 月 一 一 十 五 日 早 朝 の 大 雨 に よ る 山 津 波 で 住 家 を つ ぶ さ れ 、 祖 父 伊 一 一 一 山 本 質 店 は 罹 災 、 い っ た ん 解 散 と 決 ま り 、 そ の 旨 を 山 本 夫 人 に 伝 え く め じ ろ う 郎 、 祖 母 さ く 、 叔 父 粂 次 郎 、 叔 母 せ き を 喪 っ た 。 た ま た ま 父 は 上 京 る べ く 同 夫 人 避 暑 先 の 神 奈 川 県 ・ 片 瀬 町 へ 徒 歩 で 赴 い た 。 報 告 を 終 え る と そ の 足 で 藤 沢 駅 か ら 新 宿 に 出 、 中 央 線 経 由 で 関 西 に 向 か っ た 。 中 だ っ た の で 、 母 に 伴 な わ れ て 東 京 へ 出 、 王 子 に 転 居 し た 。 七 歳 「 大 阪 朝 日 新 聞 」 に 「 罹 災 記 」 を 執 筆 、 活 字 に は な ら な か っ た が 、 明 治 四 十 三 年 ( 一 九 一 〇 ) た じ ま 譜 東 京 府 北 豊 島 郡 王 子 町 ・ 豊 島 の 小 学 校 に 入 学 し た 。 校 名 は 不 詳 。 横 は じ め て の 原 稿 料 を 得 た 。 但 馬 ・ 豊 岡 の 地 方 新 聞 社 に 就 職 す る も 間 と ペ も な く 辞 め 、 級 友 桃 井 達 雄 の 姉 の 婚 家 先 で あ っ た 神 戸 ・ 須 磨 に 止 宿 浜 市 西 区 久 保 町 に 移 転 、 西 戸 部 小 学 校 へ 転 校 。 年 明 治 四 十 四 年 ( 一 九 一 一 ) 八 歳 し 、 神 戸 市 の 「 夜 の 神 戸 」 社 へ 通 勤 し た 。 同 社 は 神 戸 を 中 心 と す る 学 区 の 編 成 替 え で 西 前 小 学 校 一 一 年 へ 転 学 し た 。 父 は 依 然 と し て 繭 の 観 光 ガ イ ド 誌 を 刊 行 し て い た 。 一 一 十 三 歳 仲 買 い を 営 ん で い た 。 当 時 横 浜 は 甲 州 出 身 の 生 糸 業 者 が 集 し 、 ま 大 正 十 五 年 ・ 昭 和 元 年 ( 一 九 一 一 六 ) た 繁 栄 し て い た の で 、 伝 手 を 求 め て の 横 浜 移 住 だ っ た と 考 え ら れ る 。 東 京 へ も ど り 下 谷 黒 門 町 に 下 宿 、 さ ら に 新 橋 の 板 新 道 の 芸 妓 屋 へ 転 う し な し た や こ び き い た じ ん み ら と び ら え

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宝 劇 団 で 、 同 じ く 「 か あ ち ゃ ん 」 が 松 竹 家 庭 劇 で 、 六 月 、 「 季 節 の 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 六 十 三 歳 あ い く ら な い 街 」 が 前 進 座 で 、 「 花 と 七 首 , が 東 宝 劇 団 で 、 七 月 、 「 ち い さ こ 一 月 八 日 か ら 一 一 月 一 一 十 六 日 の 「 朝 日 新 聞 」 日 曜 版 に 「 お ご そ か な 渇 べ 」 が 劇 団 ひ ま わ り で 、 八 月 、 「 将 監 さ ま の 細 み ち 」 が 新 橋 演 舞 場 き 」 を 八 回 分 ま で 執 筆 し た が 、 一 一 月 十 四 日 、 肝 炎 と 心 臓 衰 弱 の た め 、 で 、 十 月 、 「 あ る 浪 人 の 物 語 」 が 梅 田 ・ コ マ 劇 場 で 舞 台 化 さ れ た 。 間 門 園 の 別 棟 の 仕 事 場 で 、 午 前 七 時 十 分 死 去 。 三 月 、 「 槲 落 し 」 が 三 月 、 「 柳 橋 物 語 ・ む か し も 今 も 」 が 新 潮 文 庫 の 一 冊 と し て 、 六 月 、 「 小 説 新 潮 」 に 遺 作 と し て 発 表 さ れ た 。 五 月 か ら 「 山 本 周 五 郎 小 説 「 滝 ロ 」 が 新 潮 社 か ら 刊 行 さ れ 、 八 月 、 「 青 べ か 物 語 」 が 、 九 月 、 全 集 」 ( 全 三 十 三 巻 ・ 別 冊 五 巻 ) が 新 潮 社 よ り 毎 月 一 冊 刊 行 さ れ た 「 五 瓣 の 椿 」 が 、 十 月 、 「 赤 ひ け 診 療 譚 」 が そ れ ぞ れ 新 潮 文 庫 に 収 録 ( 四 十 五 年 六 月 完 結 ) 。 四 月 、 「 釣 忍 」 が 新 歌 舞 伎 座 で 、 五 月 、 「 泥 棒 さ れ た 。 と 若 殿 」 が 南 座 で 、 七 月 、 「 ひ と ご ろ し 」 が 中 座 で 、 九 月 、 「 よ じ よ 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) 六 十 一 一 歳 う , が 明 治 座 で 、 十 月 、 「 柳 橋 物 語 」 が 明 治 座 で 、 十 一 月 、 「 け ち ん こ の 年 、 創 作 は 「 な が い 坂 」 一 本 の み と い う 打 込 み 方 で あ っ た 。 前 年 ぼ 夫 婦 」 が 朝 日 座 で 舞 台 化 さ れ た 。 三 月 、 「 ひ と ご ろ し 」 が 文 藝 春 の 十 一 一 月 十 五 日 、 間 門 園 の 仕 事 場 か ら 外 出 し よ う と し て 踏 段 で 転 落 、 秋 か ら 、 十 月 、 「 お た ふ く 物 語 ・ お ご そ か な 渇 き 」 が 講 談 社 か ら 刊 ろ っ こ っ 肋 骨 一 一 本 を 折 る と い う け が の あ と 、 健 康 が 急 速 に お と ろ え る 。 一 月 、 行 さ れ た 。 七 月 、 遺 骨 が 鎌 倉 霊 園 に 葬 ら れ た 。 戒 名 恵 光 院 周 嶽 文 窓 「 旅 館 に つ い て 」 ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 ー 版 に 、 十 二 月 、 「 人 生 居 士 。 の 冬 ・ 自 然 の 冬 」 ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 」 に 発 表 。 四 月 、 「 赤 ひ げ 」 が 東 宝 で 映 画 化 。 五 月 、 「 花 と 七 首 」 が 東 宝 劇 団 で 三 演 、 十 月 、 「 足 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) に ・ つ さ き 軽 奉 公 」 が 大 阪 中 座 で 舞 台 化 。 一 月 、 「 大 炊 介 始 末 」 が 、 六 月 、 「 日 六 月 、 山 梨 県 韮 崎 市 ( 本 籍 地 ) の 七 里 岩 台 上 に 「 山 彦 乙 女 」 に 因 む 日 平 安 」 が 、 十 一 一 月 、 「 さ ぶ 」 が そ れ ぞ れ 新 潮 文 庫 に 収 録 さ れ た 。 山 本 周 五 郎 文 学 碑 が 建 立 さ れ た 。 五 月 、 「 現 代 文 学 大 系 」 を 筑 摩 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 六 十 三 歳 書 房 か ら 、 六 月 、 「 人 間 愛 の う た 」 を 番 町 書 房 か ら 、 八 月 、 「 日 本 婦 し ば し ば 心 臓 の 発 作 に 悩 む 。 長 年 の 飲 酒 で 肝 臓 機 能 も お と ろ え る 。 道 記 」 ( 全 ) を 講 談 社 か ら 、 十 月 、 「 国 民 の 文 学 Ⅱ 」 を 河 出 書 房 か ら 「 小 説 現 代 」 三 月 号 で 河 盛 好 蔵 と 対 談 。 三 月 、 「 へ ち ま の 木 」 を 「 小 刊 行 し た 。 説 新 潮 」 に 、 六 月 、 「 あ と の な い 仮 名 , を 「 別 冊 文 藝 春 秋 ー に 、 「 三 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 譜 十 余 年 目 の 休 養 」 ( 随 筆 ) を 「 週 刊 新 潮 、 に 、 九 月 、 「 季 節 の な い 九 月 、 「 七 日 七 夜 」 が 講 談 社 か ら 刊 行 さ れ た 。 街 」 ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 に 、 十 月 、 「 旧 帝 劇 の 回 想 」 ( 随 筆 ) を 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) 年 「 新 帝 劇 プ ロ グ ラ ム 」 に 執 筆 。 七 月 、 「 山 椿 、 が 中 座 で 、 十 月 、 「 白 一 月 、 「 樅 ノ 木 は 残 っ た 」 が テ レ ビ 大 河 ド ラ マ と し て 一 年 間 銀 の 糸 」 が 帝 劇 で 、 十 一 一 月 、 「 五 瓣 の 椿 」 が 歌 舞 伎 座 で 劇 化 さ れ た 。 放 映 さ れ た 。 三 月 、 宮 城 県 柴 田 町 船 岡 城 址 に 文 学 碑 が 建 て ら れ 、 全 一 一 月 ~ 三 月 、 「 な が い 坂 」 ( 上 ・ 下 ) が 新 潮 社 か ら 刊 行 さ れ 、 九 月 ~ 国 的 な 「 樅 / 木 」 ・ フ ー ム を ま き 起 こ し た 。 二 月 、 「 季 節 の な い 街 」 ひ さ ご 十 月 、 「 虚 空 遍 歴 」 ( 上 ・ 下 ) が 新 潮 文 庫 に 収 録 さ れ た 。 が 新 潮 文 庫 と し て 、 三 月 、 「 瓢 か ん ざ し 」 、 九 月 、 「 菊 屋 敷 」 が と も ら な

現代日本の文学 Ⅱ― 8 山本 周五郎 集


刊 朝 日 」 に 発 表 。 「 お 便 り 有 難 う 」 ( 談 話 ) を 文 化 放 送 か ら 放 送 。 八 「 改 訂 御 定 法 。 を 「 文 藝 朝 日 」 に 、 「 源 蔵 ヶ 原 ー を 「 週 刊 文 春 」 に 、 ー ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 」 に 発 表 。 一 月 、 「 椿 三 十 月 ~ 九 月 、 「 あ す な ろ う 」 を 「 小 説 新 潮 、 に 、 九 月 、 「 酒 も 喰 べ 物 「 豆 腐 屋 の ラ , パ も 」 ( 随 筆 ) を 「 あ ま か ら , に 、 十 月 、 「 燕 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 発 郎 、 が 東 宝 で 映 画 化 、 六 月 、 「 青 べ か 物 語 」 が 東 京 映 画 で 映 画 化 、 表 。 一 月 、 「 若 き 日 の 摂 津 守 」 を 新 潮 社 か ら 、 三 月 、 「 そ の 木 戸 を 通 「 ち い さ こ べ , が 東 映 で 映 画 化 、 九 月 、 「 青 葉 城 の 鬼 ー が 大 映 で 映 画 っ て 」 を 文 藝 春 秋 新 社 か ら 、 四 月 、 「 楽 天 旅 日 記 」 を 講 談 社 か ら 、 。 十 一 一 月 、 「 こ ん ち 午 の 日 」 が 前 進 座 で 劇 化 。 八 月 、 「 ゆ だ ん 大 ひ こ ざ え も ん 九 月 、 「 足 軽 奉 公 」 を 大 和 出 版 か ら 、 十 月 、 「 彦 左 衛 門 外 記 」 を 講 談 敵 」 が 青 樹 社 で 、 九 月 、 「 小 説 の 効 用 」 が 中 大 出 版 部 で 、 十 二 月 、 社 か ら 刊 行 し た 。 「 季 節 の な い 街 」 が 文 藝 春 秋 新 社 で 刊 行 さ れ た 。 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 五 十 八 歳 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 一 一 l) 六 十 歳 た ん す 一 月 、 「 三 十 年 後 の 青 べ か 」 を 「 文 藝 春 秋 , に 、 「 か ら つ 。 ほ の 簟 笥 」 一 月 四 日 よ り 七 月 五 日 ま で 、 「 さ ぶ 」 を 「 週 刊 朝 日 」 に 連 載 し た ほ ( 随 筆 ) を 「 労 働 文 化 ー に 、 一 一 月 、 「 お さ ん 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 か 、 八 月 か ら 「 山 本 周 五 郎 全 集 」 ( 全 十 三 巻 ) を 講 談 社 よ り 刊 行 ( 三 「 文 藝 春 秋 読 者 賞 を 辞 す の 弁 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 三 月 ~ 三 十 十 九 年 八 月 完 結 ) し 、 ″ 静 か な る プ ー ム 〃 の 到 来 と 称 さ れ た 。 八 月 、 八 年 一 一 月 、 「 虚 空 遍 歴 。 を 「 小 説 新 潮 ー に 連 載 。 三 月 、 「 地 蔵 、 を 「 小 説 新 潮 」 の 「 作 品 の 跡 を た ず ね て 」 の グ ラ ビ ア 写 真 撮 影 の た め 、 あ わ づ え ぶ り ま ん 「 別 冊 文 藝 春 秋 。 に 発 表 。 五 月 、 「 歴 史 と 文 学 」 の 演 題 で 中 央 大 学 で 今 庄 、 山 中 、 粟 津 へ 旅 行 。 四 月 、 「 江 分 利 満 氏 の は に か み 」 ( 随 筆 ) 講 演 。 六 月 、 「 偸 盗 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 八 月 、 「 米 と 貧 し さ 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 、 七 月 、 「 ・ フ ド ー 酒 ・ 哲 学 ・ ア イ ス ク リ ー ム 」 ( 随 え の 、 た き ぐ ち ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 」 に 、 九 月 ~ 十 月 、 「 榎 物 語 」 を 「 オ ー ル 読 筆 ) を 「 洋 酒 天 国 」 に 発 表 。 十 一 月 ~ 三 十 九 年 二 月 、 「 滝 ロ 」 を 物 」 に 、 十 月 、 「 行 水 と 自 炊 」 ( 随 筆 ) を 「 週 刊 朝 日 」 に 、 十 一 月 、 「 小 説 新 潮 」 に 連 載 。 一 一 月 ~ 三 月 、 「 虚 空 遍 歴 」 ( 上 ・ 下 ) を 新 潮 社 「 笑 わ れ そ う な 話 」 ( 随 筆 ) を 「 あ ま か ら 」 に 、 「 日 録 」 ( 随 筆 ) を か ら 、 五 月 、 「 榎 物 語 」 を 新 潮 社 か ら 公 刊 し た 。 「 読 書 新 聞 。 に 発 表 。 一 月 、 「 青 べ か 物 語 」 を 文 藝 春 秋 新 社 か ら 、 三 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 六 十 一 歳 月 、 「 天 地 静 大 」 を 講 談 社 か ら 、 六 月 、 「 落 葉 の 隣 り 」 を 新 潮 社 か ら 、 六 月 か ら 四 十 一 年 一 月 ま で 「 な が い 坂 、 を 「 週 刊 新 潮 , に 連 載 し た 八 月 、 「 長 屋 物 語 」 を 光 風 社 か ら 、 十 月 、 「 平 安 喜 遊 集 」 を 文 藝 春 秋 ほ か 、 十 月 、 「 ひ と ご ろ し 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 , に 執 筆 。 こ の 年 、 新 社 か ら 刊 行 し た 。 小 説 は 一 一 月 完 結 の 「 滝 ロ 」 と 併 せ て 三 本 だ け で あ る 。 三 月 、 「 好 み 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 l) 五 十 九 歳 の 移 り 変 り 」 ( 随 筆 ) を 「 あ ま か ら 」 に 、 四 月 、 「 小 説 と 事 実 」 ( 評 論 ) 一 一 月 、 「 饒 舌 り 過 ぎ る 」 を 「 オ ー ル 読 物 , に 、 三 月 、 「 す べ て は 「 こ を 「 前 進 座 」 に 、 五 月 、 「 め が ね と 四 十 年 と 」 ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 」 れ か ら 」 」 ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 」 に 発 表 。 四 月 一 日 ~ 十 月 一 日 、 に 、 十 一 一 月 、 「 わ が 野 鳥 た ち 」 「 酒 み ず く 」 「 思 い 違 い 」 を い ず れ も 「 季 節 の な い 街 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 連 載 。 四 月 、 「 極 貧 者 た ち の 喜 び 「 朝 日 新 聞 」 版 に 執 筆 。 一 月 、 「 道 場 破 り 」 、 三 月 、 「 続 道 場 破 と 怒 り を 」 ( 随 筆 ) を 「 朝 日 新 聞 」 版 に 、 六 月 、 「 超 過 勤 務 」 を り ー が 松 竹 で 、 「 さ ぶ 」 が 日 活 で 、 十 一 月 、 「 五 瓣 の 椿 」 が 松 竹 で 映 「 文 藝 朝 日 」 に 、 十 月 、 「 十 八 条 乙 」 を 「 オ ー ル 読 物 ー に 、 十 二 月 、 画 化 。 三 月 、 「 長 屋 天 一 坊 」 が 明 治 座 で 、 五 月 、 「 か あ ち ゃ ん 」 が 東 し ゃ べ

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と き ゅ う ぞ う 土 岐 雄 三 の 「 カ ミ さ ん と 私 」 出 版 記 念 会 で 右 か ら 2 人 目 山 本 , 左 隣 り 土 岐 夫 妻 人 日 け ッ 寸 し 「 」 学 ( 1 何 蒡 ろ マ + ニ や マ 、 は ら 日 ー 官 」 け ・ な ゐ 3 。 季 ・ け 〒 ・ 八 オ & や ー 、 り 佰 1 た - 、 吽 ・ 」 / 2 。 守 ホ 歓 / 乙 ど ら 2 せ - ) 、 7 才 。 い い と 、 」 て 、 ( 」 、 5 い し た り と 代 、 、 は 、 、 れ り を 、 ) ド 、 み ち ら 諸 サ 4 、 材 ん り を カ 乂 て マ 工 第 へ カ 1 ち い 、 て た ら 督 促 ー 谷 小 ~ け 翆 ・ 上 、 目 と ・ ろ と ~ ・ 丈 吸 柑 三 と の 山 番 久 幹 本 信 書 麦 こ 井 口 が 山 彼 は 井 口 か ら 原 稿 の こ つ を 教 わ っ た が 、 彳 ー 義 林 仙 て き い ち ろ う 文 葉 手 樹 一 郎 の 名 で 大 衆 作 家 と し て ひ と り 立 ち す る 時 、 逆 馬 小 の 働 の 労 宛 に 小 説 の こ つ を 山 本 に 教 え ら れ て い る 。 山 本 周 五 郎 が 時 典 る ら 典 信 か 」 爾 紙 当 邇 え 大 人 向 け の 大 衆 小 説 を 最 初 に 書 い た の は 昭 和 七 年 五 月 左 = 廴 各 ら 久 が 「 キ ン グ 」 に 発 表 し た 「 だ 、 ら 団 兵 衛 」 で あ る 。 そ し か 村 か 村 も ろ 木 れ 場 木 て 講 談 社 の 「 富 士 」 「 雄 弁 」 「 講 談 倶 楽 部 」 「 婦 人 倶 楽 部 」 月 本 仕 つ り な ど に 次 々 に 大 衆 小 説 を 発 表 し 、 大 衆 文 学 の 実 験 作 、 7 山 の あ ぶ 年 , 郎 園 で 飲 意 欲 作 を 載 せ る 「 ア サ ヒ グ ラ フ 」 で も 活 躍 す る 。 し か 昭 芳 者 痛 し ば く は こ の 時 代 の 山 本 周 五 郎 の 作 品 は や は り 通 俗 文 集 の 和 勝 田 間 安 易 な 。 ハ タ ー ン の 繰 り 返 編 本 学 と 蔑 称 さ れ て も 仕 方 な い 昭 子 村 し の 小 説 で あ り 、 達 者 な 娯 楽 読 物 と い う 域 を 出 て い な い と 思 う 。 お そ ら く 山 本 周 五 郎 の 胸 の う ち は 、 生 活 の ざ せ つ た め と は 言 え 、 純 文 学 へ の 道 に 挫 折 し た ま ま 、 失 意 の 中 に 傾 斜 し て 行 く だ ら し な い 自 己 に 、 も ん も ん と し て 、 こ に 、 い な い お お げ ん か そ う い う 時 、 今 や 伝 説 化 さ れ た 今 井 達 夫 と の 大 喧 嘩 の あ と で の 大 衆 小 説 宣 言 が な さ れ た の だ 。 マ ル ク ス の く ら ぶ 「 資 本 論 」 か ら は し ま っ た 論 争 は 大 衆 的 な 倶 楽 部 雑 誌 へ 出 し て も 、 綜 合 雑 誌 の 文 芸 欄 に も 通 用 す る よ う な 小 説 を 書 き た い と い う 山 本 周 五 郎 の 文 学 青 年 的 理 想 を 批 判 し た 今 井 に 対 し て 、 つ い に 「 こ れ か ら 大 衆 小 説 だ け を 書 い て 行 く 、 し か し や が て は そ の 中 で 自 分 の や り た い こ と を や る つ も り で あ る 」 と 言 い 放 っ た の だ 。 心 の く や ま 451