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枢密院議長の日記から 321件ヒットしました。

枢密院議長の日記


佐 野 眞 一 ( さ の し ん い ち ) 一 九 四 七 年 東 京 生 ま れ 早 稲 田 大 学 文 学 部 卒 出 版 社 動 務 を 経 て ノ ン フ ィ ク シ ョ ン 作 家 に 。 著 書 に 「 日 本 の ゴ ミ 」 「 あ ぶ く 銭 師 た ち ょ ! 」 ( と も に ち く ま 文 庫 ) 、 「 旅 す る 巨 人 」 ( 文 藝 春 秋 大 宅 壮 一 ノ ン フ ィ ク シ ョ ン 賞 受 賞 ) 、 「 東 電 O—J 殺 人 事 件 」 ( 新 潮 文 庫 ) 、 「 巨 怪 伝 〈 上 ・ 下 〉 」 ( 文 春 文 庫 ) 、 阿 片 王 」 ( 新 潮 社 ) な ど が あ る

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『 恋 の 華 ・ 白 蓮 事 件 』 永 畑 道 子 ( 一 九 九 〇 年 四 月 ・ 文 春 文 庫 ) 『 有 馬 頼 寧 日 記 2 』 尚 友 倶 楽 部 ・ 伊 藤 隆 編 ( 一 九 九 九 年 十 一 月 ・ 山 川 出 版 社 ) 『 七 十 年 の 回 想 』 有 馬 頼 寧 ( 一 九 五 三 年 十 二 月 ・ 創 元 社 ) 『 評 伝 廣 津 和 郎 』 坂 本 育 雄 ( 二 〇 〇 一 年 九 月 ・ 翰 林 書 房 ) 『 摘 録 断 腸 亭 日 乗 ( 上 ・ 下 ) 』 永 井 荷 風 、 磯 田 光 一 編 ( 一 九 八 七 年 七 、 八 月 ・ 岩 波 文 庫 ) 『 狂 気 と 王 権 』 井 上 章 一 ( 一 九 九 五 年 五 月 ・ 紀 伊 国 屋 書 店 ) 『 西 園 寺 公 と 政 局 ( 第 一 一 巻 ) 』 原 田 熊 雄 ( 一 九 五 〇 年 十 一 月 ・ 岩 波 書 店 ) 『 昭 和 天 皇 独 白 録 』 寺 崎 英 成 他 編 ( 一 九 九 一 年 三 月 ・ 文 藝 春 秋 ) 『 昭 和 史 の 謎 を 追 う ( 上 ) 』 秦 郁 彦 ( 一 九 九 三 年 三 月 ・ 文 藝 春 秋 ) 『 二 ・ 一 一 六 事 件 ( 第 三 巻 ) 』 松 本 清 張 ( 一 九 八 六 年 一 一 月 ・ 文 藝 春 秋 ) 『 明 治 維 新 人 名 辞 典 』 ( 一 九 八 一 年 九 月 ・ 吉 川 弘 文 館 ) 『 久 留 米 人 物 誌 』 久 留 米 人 物 誌 刊 行 委 員 会 ( 一 九 八 一 年 十 月 ・ 菊 竹 金 文 堂 ) 407 主 要 参 考 文 献

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主 要 参 考 文 献 『 元 枢 密 院 議 長 倉 富 勇 三 郎 博 士 』 古 賀 益 城 編 ( 一 九 七 六 年 一 月 ・ 非 売 品 ) 『 牧 野 伸 顕 日 記 』 伊 藤 隆 ・ 広 瀬 順 晧 編 ( 一 九 九 〇 年 十 一 月 ・ 中 央 公 論 社 ) 『 原 敬 日 記 』 原 奎 一 郎 編 ( 二 〇 〇 〇 年 六 月 ・ 福 村 出 版 ) 『 政 党 政 治 と 天 皇 』 伊 藤 之 雄 ( 二 〇 〇 一 一 年 九 月 ・ 講 談 社 ) 『 青 年 君 主 昭 和 天 皇 と 元 老 西 園 寺 』 永 井 和 ( 二 〇 〇 三 年 七 月 ・ 京 都 大 学 学 術 出 版 会 ) 『 闘 う 皇 族 』 浅 見 雅 男 ( 二 〇 〇 五 年 十 月 ・ 角 川 選 書 ) 『 宮 中 某 重 大 事 件 』 大 野 芳 ( 一 九 九 三 年 六 月 ・ 講 談 社 ) 『 華 族 』 小 田 部 雄 次 ( 二 〇 〇 六 年 三 月 ・ 中 公 新 書 ) 『 ミ カ ド と 女 官 』 小 田 部 雄 次 ( 二 〇 〇 五 年 一 月 ・ 扶 桑 社 文 庫 ) 『 大 正 天 皇 』 原 武 史 ( 二 〇 〇 年 十 一 月 ・ 朝 日 選 書 ) 『 明 治 ・ 大 正 ・ 昭 和 華 族 事 件 録 』 千 田 稔 ( 二 〇 〇 五 年 十 一 月 ・ 新 潮 文 庫 ) 『 横 か ら 見 た 華 族 物 語 』 山 口 愛 川 ( 一 九 三 二 年 六 月 ・ 一 心 社 出 版 部 ) 『 動 乱 の 中 の 王 妃 』 李 方 子 ( 一 九 六 八 年 十 一 月 ・ 講 談 社 ) 『 三 代 の 天 皇 と 私 』 梨 本 伊 都 子 ( 一 九 七 五 年 十 一 月 ・ 講 談 社 ) 『 閔 妃 暗 殺 』 角 田 房 子 ( 一 九 九 三 年 七 月 ・ 新 潮 文 庫 ) 406

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て 、 南 部 情 報 の 「 実 業 之 日 本 社 の 小 僧 」 は 誤 り と 思 わ れ る 。 た だ し 、 皇 居 内 て の 吉 五 郎 に つ い て の 新 聞 の 記 述 は 曖 昧 な 伝 聞 に 頼 っ て お り 、 南 部 情 報 の 生 々 し さ に は 到 底 及 ば な い 。 「 怪 少 年 宮 城 に 闖 入 」 と い う 見 出 し に 合 わ せ た 『 東 京 朝 日 新 聞 』 の 講 談 調 の 屋 し げ な 記 事 を 引 用 し て お こ , フ 。 〈 一 説 に 依 れ ば 吉 五 郎 は 食 パ ン 一 週 間 分 を 携 へ 、 某 工 事 に 従 事 中 の 土 工 に 紛 れ 込 ん て 宮 中 に 忍 び 込 み 、 昼 は 御 苑 内 の 樹 木 の 闇 に 身 を 潜 め 、 或 は 樹 々 の 枝 に 上 っ て 発 見 さ れ ぬ ゃ う 努 め 居 た が 、 女 官 に 発 見 さ れ 終 に 逮 捕 さ れ た も の て あ る が 、 吉 五 郎 は 逮 捕 さ れ た 時 、 前 記 の 食 パ ン を 容 れ た 風 呂 敷 包 を 後 に 背 負 っ て 居 た と も 伝 へ ら れ て 居 る 〉 朝 日 の 記 事 に は 、 後 述 す る 華 族 ス キ ャ ン ダ ル に 関 連 し て 倉 富 日 記 に 登 場 す る 警 視 庁 刑 事 課 長 の 正 カ 松 太 郎 が 事 件 の 取 り 調 べ に あ た っ た 、 皇 居 に 侵 入 し た の は 無 邪 気 な 美 少 年 だ っ た と も 書 か れ て い て 思 わ ず 目 が と ま っ た 。 だ が 、 そ れ 以 上 に 興 味 を そ そ ら れ た の は 、 皇 居 侵 入 少 年 は 一 週 間 分 の 食 パ ン を 背 負 い 昼 は 木 の 下 陰 に 身 を ひ そ め て い た と い う 記 述 て あ る 。 少 年 を 夜 陰 に 乗 じ て 皇 居 の 小 暗 い ま し ら ぬ え 木 々 の 間 を 飛 び 回 る 怪 し い 猿 か 、 宮 中 に 厄 災 を も た ら す 不 吉 な 鵺 扱 い し た こ の 報 じ 方 は 、 お も ね 明 ら か に 読 者 の 俗 情 に 阿 っ て 、 立 川 文 庫 さ な が ら て あ る 。 ト 曽 を 内 務 省 管 轄 皇 后 陛 下 の 仁 慈 に す が っ て 奨 学 金 の 恩 賜 に あ ず か ろ う と し た 出 版 社 の / イ 174

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る 水 艦 は 現 有 量 を 大 き く 減 じ ら れ る な ど 、 日 本 に と い く も の て は な か っ た 。 っ て 必 ず し も 満 足 右 だ が 、 半 年 前 に 成 立 し た ば か り の 浜 口 内 閣 は 軍 郎 次 縮 会 議 の 決 裂 を 避 け る た め 、 こ の 線 て 妥 協 す る こ 槻 と を 決 め た 。 後 に 首 相 と な る 海 軍 の 岡 田 啓 介 る ら も こ れ に 同 意 し た 。 ひ ろ は る 一 方 、 海 軍 軍 令 部 長 の 加 藤 寛 治 は 、 政 府 が 兵 力 調 ( 新 の 決 定 に 関 与 す る の は 統 帥 権 の 干 犯 に あ た る お そ 条 毎 れ あ り と し て 、 妥 協 案 に 反 対 す る 一 派 の 急 先 鋒 と 海 彪 ン 部 な り 、 日 本 海 軍 の 象 徴 的 存 在 の 東 郷 平 八 郎 も こ れ に 同 調 し た 。 ロ の 加 藤 は こ の 年 の 四 月 一 日 、 浜 口 が 条 約 妥 結 の 上 奏 を す る 前 に 、 絶 対 反 対 の 上 奏 を し よ う と 願 い 出 て 、 侍 従 長 だ っ た 鈴 木 貫 太 郎 に 制 止 さ れ て い る 。 翌 二 日 、 加 藤 は 折 れ て 、 政 府 の 意 見 ど お り 穏 便 な 意 見 を 上 奏 し た が 、 こ れ が 上 奏 阻 止 事 件 と し て 大 問 題 と な っ た 。 加 藤 は そ の 後 、 ふ た た び 条 約 に 反 対 の 意 見 を 表 明 、 海 軍 省 と 軍 令 部 が 割 れ て の 統 帥 権 干 犯 騒 動 と な っ た 。 370

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を 講 じ ね ば な ら な い 」 と 力 説 し 、 倉 富 も 「 軍 人 が 規 律 を 守 ら な く な れ ば 国 家 の 一 大 事 だ 」 と 同 調 し た 。 国 家 の 中 枢 部 に 位 置 す る 人 間 と し て は 、 、 、 ( 力 に も 具 体 の な い 議 論 ぞ あ る 。 平 沼 、 二 上 、 堀 江 は 十 時 三 十 分 頃 に 辞 去 し こ 。 オ こ の 夜 、 倉 富 家 の 門 前 て は 巡 査 四 人 が 交 替 ぞ 警 戒 に あ た り 、 護 衛 担 当 の 潤 愛 彦 も 泊 り こ ん だ 潤 は 満 州 事 変 勃 発 直 後 、 倉 富 が 書 生 が わ り に 使 っ て い た 松 岡 淳 一 と 応 接 間 て の ん び り 将 棋 を 指 し て い た 男 た が 、 今 度 ば か り は そ ん な 呑 気 な こ と を し て い る 場 合 て は な か っ た 。 と お る 平 沼 、 二 上 、 堀 江 の 三 人 が 帰 っ た あ と 、 行 政 裁 判 所 長 官 の 清 水 澄 か ら 倉 富 に 電 話 が 入 っ 小 原 駘 吉 死 去 の 新 聞 広 告 を 出 し た い の て 、 友 人 総 代 と し て 倉 富 の 名 前 を 使 う こ と を 許 諾 し て ほ し い と い , フ 、 連 絡 だ っ こ 。 倉 富 は こ れ を 快 諾 し て 、 清 水 の 所 在 を 問 う と 、 い ま ま て 小 原 の 家 に い て 、 た っ た い ま 帰 宅 し た ば か り だ と い う 。 清 水 は 内 務 省 出 身 の 憲 法 学 者 て 、 戦 後 の 昭 和 二 十 一 年 に は 最 後 の 枢 密 院 議 長 に な っ た 男 て あ る 。 公 職 追 放 の 通 知 を 受 け た 昭 和 二 十 一 一 年 、 新 憲 法 が 施 行 さ れ た 同 年 五 月 三 日 付 の 遺 し た た 書 に 国 体 の 護 持 と 天 皇 の 健 在 を 祈 る 文 章 を 認 め 、 熱 海 の 海 岸 て 自 決 し た 。 翌 日 の 朝 八 時 過 ぎ 、 倉 富 は ま ず 総 理 官 邸 に 行 き 、 大 養 毅 を 弔 問 し た 。 玄 関 に 出 て き た 秘 書 官 が 「 た だ い ま 総 理 の デ ス マ ス ク を と っ て い る た め 、 部 屋 ま て 案 内 て き ま せ ん 」 と 言 っ 357 第 七 章 ロ ン ド ン 海 軍 条 約

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右 / 関 東 大 震 災 当 日 の 日 記 ※ 国 立 国 会 図 書 館 ホ ー ム ペ ー ジ よ り 転 載 下 / 孫 ・ 英 郎 の 出 征 時 に 勇 三 郎 が お く っ た 漢 詩 。 こ の と き 数 え て 盟 歳 習 区 呆 海 蹇 來 士 対 文 抛 孜 孫 芝 己 法 丸 対 武 栄 々 方 萍 太 沁 阯 由 新 膠 ' 列 え 可 文 來 有 棗 ! 美 犬 式 癶 不 米 家 ゑ 斌 鳥 有 交 爲 = 宿 表 将 大 オ 番 々 着 異 及 癶 宏 者

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汾 文 明 皮 相 の 模 倣 に あ ら ざ る は な し 。 大 助 が 犯 罪 も 亦 模 倣 の 一 端 の み 。 洋 装 婦 人 の ダ ン ス と 何 の 択 ぶ と こ ろ か あ ら ん や 〉 荷 風 は 難 波 大 助 の 処 刑 に ふ れ て そ う 記 し て い る 。 い か に も 超 脱 し た 荷 風 ら し い 辛 辣 な 見 方 て あ る 。 荒 唐 無 稽 と し か 思 え な い が 記 さ れ て い る の は 、 そ の 欄 外 に 朱 筆 て 書 か れ た 部 分 て あ る 。 た だ し 、 一 九 八 〇 年 版 の 『 断 腸 亭 日 乗 』 や 一 九 八 七 年 版 の 文 庫 版 『 摘 録 断 腸 よ 大 字 と な っ て い る 。 亭 日 乗 』 て は 、 こ れ に 該 当 す る 箇 所 ~ イ >< x >< >< >< >< >< >< >< >< 無 念 ニ 思 ヒ 腹 讐 ラ 思 立 チ シ ナ リ ト 云 フ 〉 こ の 三 十 一 文 字 分 の 伏 字 が 明 ら か に さ れ て い る の は 、 一 九 九 三 年 版 の 『 荷 風 全 集 』 ( 第 二 十 一 巻 「 断 腸 亭 日 乗 一 」 ) て あ る 。 い い な ず け 〈 難 波 大 助 死 刑 大 助 ハ 社 会 主 義 者 ニ ア ラ ズ 摂 政 宮 演 習 ノ 時 某 処 ノ 旅 館 ニ テ 大 助 ガ 許 婚 ノ 女 ラ 枕 席 ニ 侍 ラ セ タ ル ヲ 無 念 ニ 思 ヒ 腹 讐 ラ 思 立 チ シ ナ リ ト 云 フ 〉 大 審 院 ぞ 難 波 大 助 の 裁 判 が 始 ま っ た の は 大 正 十 三 年 十 月 一 日 、 死 刑 判 決 が 出 る の は 前 述 し た 通 り 同 年 十 一 月 十 一 二 日 、 処 刑 さ れ た の は 十 一 月 十 五 日 て あ る 。 と こ ろ が 、 こ れ に 該 当 す る 日 付 の 倉 富 日 記 を 見 て も 、 こ の 噂 は ま っ た 念 の た め 、 虎 ノ 門 事 件 が 起 き た 大 正 十 二 年 十 二 月 二 十 七 日 か ら 翌 大 正 十 三 年 一 月 末 日 ま て は べ マ マ く 書 か れ て い な い 。 341 第 七 章 ロ ン ド ン 海 軍 条 約

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小 原 が 来 訪 す る 連 絡 だ と 思 い 、 平 沼 と 小 原 の 訪 間 が 同 時 刻 に な る だ ろ う と 勝 手 に 田 5 い 込 ん と こ ろ が 、 電 話 を と っ た 女 中 が 取 り 次 い て 一 一 一 口 う に は 、 小 原 が 狭 心 症 ぞ 今 日 の 午 後 四 時 三 十 分 頃 死 ん だ と い う 。 驚 い た 倉 富 が 電 話 を か わ っ た が 、 女 中 の 話 に 間 違 い は な か っ た 。 本 来 な ら す ぐ 弔 問 に 駆 け つ け な け れ ば な ら な い と こ ろ だ が 、 平 沼 と の 約 束 が あ る の て 、 こ の 日 の 弔 間 は 見 合 わ せ る こ と に し た 。 す る と 、 今 度 は 平 沼 騏 一 郎 か ら 電 話 が か か っ て き た 。 〈 平 沼 「 今 日 の 出 来 事 は 聞 き た り や 」 予 「 何 も 聞 か ず 」 平 沼 「 然 る か 。 今 日 、 海 軍 軍 人 と 陸 軍 軍 人 と は 聨 合 し て 犬 養 毅 を 襲 撃 、 犬 養 は 重 傷 を 負 ひ 、 血 を 咯 き 、 牧 野 伸 顕 も 襲 撃 せ ら れ 、 是 も 重 傷 を 負 ひ 、 其 外 警 視 庁 に も 爆 弾 を 投 げ 込 み 、 新 聞 記 者 が 即 死 し 、 日 本 銀 行 も 襲 撃 し た り と の こ と な り 。 此 事 は 自 分 の 処 に は 警 察 署 よ り 報 告 し 、 其 外 若 干 人 よ り 報 告 し 来 り 、 詳 細 は 分 ら ざ る も 大 体 間 違 ひ な き 様 な り 」 予 「 然 る か 。 夫 れ は 大 変 な り 。 今 タ は 君 は 来 る と の こ と な り し が 、 矢 張 り 来 る や 」 平 沼 「 往 訪 す べ し 。 一 一 上 〔 兵 治 〕 に も 自 分 が 議 長 の 処 に 行 く 故 、 一 一 上 も 往 く 様 告 げ 置 き た り 」 〉 は 355 第 七 章 ロ ン ド ン 海 軍 条 約

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巳 代 治 ( 伯 爵 ) が 選 出 さ れ た 。 委 員 に は 、 や は り 大 日 本 帝 国 憲 法 の 起 草 に 関 わ っ た 金 子 堅 太 郎 ( 子 爵 ) 、 白 虎 隊 の 隊 士 か ら 東 大 総 長 に な っ た 山 川 健 次 郎 ( 男 爵 ) 、 元 文 部 大 臣 の 久 保 田 み さ お 譲 ( 同 ) 、 元 参 謀 総 長 の 河 合 操 、 倉 富 の 長 男 鈞 の 岳 父 て あ る 荒 井 賢 太 郎 ら 八 人 が 選 ば れ た 浜 口 く ん は 憲 法 を 知 ら な い 第 一 回 の 審 査 委 員 会 が 開 か れ た の は 、 八 月 十 八 日 だ っ た 。 審 査 委 員 以 外 て こ の 会 議 に 出 席 し た の は 、 枢 密 院 議 長 の 倉 富 、 同 副 議 長 の 平 沼 騏 一 郎 、 同 書 記 官 長 の 一 一 上 兵 治 、 同 書 記 ー て あ っ て 、 委 員 会 官 の 堀 江 季 雄 、 武 藤 盛 雄 の 五 人 だ っ た 。 こ の 五 人 は い わ ば オ ブ ザ ー の 審 議 に は 加 わ ら な い 。 枢 密 院 議 長 て あ る 倉 富 も 伊 東 巳 代 治 か ら の 質 問 が な い 限 り 発 言 す る こ と は な か っ た 。 こ の 日 の 会 議 て 議 題 に の ば っ た の は 、 奉 答 書 の 提 出 間 題 だ っ た 。 委 員 長 の 伊 東 は 、 さ し あ た り 奉 答 書 間 題 に は ふ れ ず に 審 査 を 進 め た い と 、 現 実 派 ら し い 意 見 を 述 べ た 。 だ が 、 と 旧 軍 人 ら し い 正 論 を 述 べ 陸 軍 参 謀 総 長 の 河 合 が 奉 答 書 問 題 を 避 け る わ け に は い か な い 、 て 食 い 下 が っ た た め 、 伊 東 も こ れ を 認 め ざ る を 得 な か っ た 。 九 月 一 日 の 第 五 回 目 の 会 議 て は 、 面 白 い 場 面 が 見 ら れ た 。 荒 井 賢 太 郎 は 、 第 二 回 の 委 員 会 か ら 出 席 し て い る 総 理 大 臣 の 浜 口 雄 幸 に 向 い 、 海 軍 大 臣 を 事 務 管 理 す る 首 相 と 、 海 軍 軍 375 第 七 章 ロ ン ド ン 海 軍 条 約