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検索対象: 現代日本の文学 11 芥川龍之介 集

現代日本の文学 11 芥川龍之介 集から 439件ヒットしました。

現代日本の文学 11 芥川龍之介 集


芥 川 龍 之 介 集

現代日本の文学 11 芥川龍之介 集


現 代 日 本 の 文 学 芥 川 fiü 之 介 集 三 川 井 伊 北 尾 奥 足 僉 崎 野 立 集 端 上 藤 修 五 + 杜 秀 健 巻 委 紀 康 夫 成 靖 整 聖 夫 樹 男 学 習 研 究 社

現代日本の文学 11 芥川龍之介 集


現 代 日 本 の 文 学 芥 川 龍 之 介 集 全 60 巻 昭 和 45 年 3 月 1 日 初 版 発 行 昭 和 57 年 10 月 1 日 28 版 発 行 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 著 者 発 行 者 発 行 所 芥 川 龍 之 介 古 岡 滉 齡 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , ◎ GAKKEN 1970 Printed in Japan ISBN4 ー 05 ー 050221 ー 6 C0393 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す

現代日本の文学 11 芥川龍之介 集


( ア イ を ノ ネ し 0 龍 之 介 の 描 い た 自 画 像 ( 大 正 11 、 12 年 ご ろ ) 長 男 比 呂 志 を 膝 に 抱 い た 龍 之 介 ( 大 正 13 年 7 月 ) 三 年 あ と の 作 品 に な る が 、 人 間 の エ ゴ の 醜 さ へ の え ぐ り 方 は 、 さ ら に 鋭 さ を 増 し て い ち な み る 。 因 に 、 こ れ は 「 羅 生 門 」 の 名 で 映 画 化 さ れ て 、 西 欧 人 に も 好 評 で 迎 え ら れ た 。 芥 川 の 近 代 性 を 証 し す る も の と 言 え る か も し れ な い 。 し か し 、 「 王 朝 も の 」 の 中 で 、 ひ と き わ 光 彩 を 放 っ て い る の は 「 地 獄 変 」 で あ る 。 こ れ は 、 芥 川 の 芸 術 至 上 主 義 的 な 思 想 を 盛 り こ ん だ も の で あ る が 、 そ の テ ー マ が け ん ら ん ち ん ま り し た 枠 を 作 る こ と な く 、 絢 爛 で 緊 密 な 文 章 と 相 ま っ て 、 額 縁 を は み 出 す 、 よ り 大 き い 空 間 を 得 て い る 。 芥 川 自 身 、 自 分 の MYSTERIOUS な 趣 好 に つ い て 指 摘 し て い る が 、 明 確 な テ ー マ を 持 っ て い る と は い え 、 「 王 朝 も の 」 も 、 不 思 議 で 、 物 め ず ら し い 世 界 で あ る 。 「 奉 教 人 の 死 」 を は じ め と す る 「 切 支 丹 も の 」 も 、 宗 教 的 関 心 よ り も 、 MYSTERIOUS な 趣 好 か ら 出 た も の と 解 す べ き で あ ろ う 。 な お 、 画 こ の 小 説 の 末 尾 で 作 者 が 言 及 し た 架 空 の 書 「 れ げ 物 し ん む ら い ず る ん だ ・ あ う れ あ 」 が 、 新 村 出 な ど の 好 事 家 を 実 際 に 走 ら せ た と い う の は 、 有 名 な 話 で あ る 井 田 の 一 介 龍 芥 川 は 、 昭 和 二 年 、 死 の 直 前 、 「 改 造 」 に 「 文 芸 439

現代日本の文学 11 芥川龍之介 集


三 月 、 「 泉 鏡 花 全 集 」 の 編 集 に 参 加 。 四 月 、 湯 治 の た め 修 善 寺 に 五 を 「 婦 人 公 論 , に 、 「 僕 は 」 を 「 驢 馬 」 に 、 「 彼 ー を 「 女 性 」 に 、 引 月 ま で 滞 在 。 同 月 、 「 芥 川 龍 之 介 集 」 が 「 現 代 小 説 全 集 」 第 一 巻 と 「 悠 々 荘 ー を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 に そ れ ぞ れ 発 表 。 一 一 月 、 改 造 社 の 宣 し て 新 潮 社 よ り 刊 行 さ れ た 。 七 月 、 三 男 也 寸 志 誕 生 。 八 月 下 旬 よ り 伝 講 演 会 の た め 佐 藤 春 夫 ら と 大 阪 へ 旅 行 し 谷 崎 潤 一 郎 の 家 に 一 泊 す 三 週 間 再 び 軽 井 沢 つ る や 旅 館 に 滞 在 。 十 月 、 興 文 社 の 依 頼 で 「 近 代 る 。 三 月 、 「 河 童 ー を 「 改 造 」 に 発 表 。 モ ス ク ワ の ク ル ー グ 出 版 社 日 本 文 芸 読 本 」 全 五 巻 を 精 根 っ く し 公 平 に 収 録 し た が 、 収 録 作 品 や よ り 世 界 文 学 叢 書 第 四 編 「 芥 川 龍 之 介 」 が 上 梓 さ れ た 。 四 月 に 自 殺 印 税 配 分 の 問 題 に つ い て 紛 争 が あ り 、 強 い 精 神 的 打 撃 を 受 け た 。 十 の 決 心 熟 す 。 同 月 よ り 「 文 芸 的 な 余 り に も 文 芸 的 な 」 を 「 改 造 」 一 月 、 「 支 那 游 記 」 を 改 造 社 よ り 刊 行 。 こ の 年 、 「 馬 の 脚 」 ( 「 新 潮 」 ( 七 月 ま で ) に 連 載 し 、 同 誌 に 「 饒 舌 録 」 を 連 載 し て い た 谷 崎 潤 一 一 、 一 一 月 ) 、 「 温 泉 だ よ り 」 ( 「 女 性 、 六 月 ) 、 「 海 の ほ と り 」 中 央 公 郎 と 論 争 を 展 開 。 五 月 、 改 造 の 講 演 旅 行 の た め 里 見 弴 と 東 北 ・ 北 海 論 」 九 月 ) な ど を 発 表 。 健 康 の 衰 え は げ し く な る ・ 道 を ま わ っ た 。 帰 り 単 身 新 潟 に 寄 り 、 新 潟 高 等 学 校 で 最 後 の 講 演 大 正 十 五 年 ・ 昭 和 一 年 ( 一 九 一 一 六 ) 三 十 四 歳 「 ポ オ の 一 面 」 を す る 。 五 月 末 、 宇 野 浩 一 一 が 発 狂 。 こ の 事 件 は 龍 之 前 年 末 よ り 胃 腸 を 損 じ 、 ま た 神 経 衰 が 昂 進 し て 不 眠 症 が 激 し く な 介 に 大 き な シ ョ ッ ク を 与 え た 。 六 月 、 第 八 創 作 集 「 湖 南 の 扇 」 を 文 っ て き た た め 、 一 月 十 五 日 か ら 湯 河 原 温 泉 へ 湯 治 に 出 か け 、 中 西 屋 藝 春 秋 社 よ り 刊 行 。 七 月 一 一 十 四 日 未 明 、 田 端 の 自 宅 で ヴ ェ ロ ナ ー 旅 館 に 滞 在 し 、 一 一 月 十 九 日 に 壘 只 す る 。 四 月 二 十 二 日 か ら 、 改 造 社 ル 、 ジ ャ ー ル の 致 死 量 を あ お い で 自 殺 し た ・ 枕 も と に は 聖 書 が あ っ よ り 印 税 一 一 百 円 を 前 借 り し て 、 妻 と 也 寸 志 と 三 人 で 鵠 沼 へ 養 生 に 行 た 。 遺 書 は 妻 文 子 、 小 穴 隆 一 、 菊 池 寛 、 葛 巻 義 敏 、 親 戚 の 竹 内 氏 宛 き 、 東 屋 旅 館 に 滞 在 す る 。 七 月 ま た 鵠 沼 に 行 き 、 以 後 年 内 い つ ば い な ど が あ り 、 そ の ほ か 「 或 旧 友 へ 送 る 手 記 」 や 多 く の 遺 稿 が あ っ た ・ 妻 と 也 寸 志 の 三 人 だ け で 東 屋 近 く の 貸 家 ( 伊 の 四 号 ) に 住 む 。 衰 弱 同 月 一 一 十 七 日 、 谷 中 斎 場 で 葬 儀 が 行 な わ れ た 。 先 輩 総 代 泉 鏡 花 、 友 は 極 度 に は げ し く な る 。 十 月 、 随 筆 集 「 梅 ・ 馬 ・ 鶯 」 を 新 潮 社 よ り 人 総 代 菊 池 寛 、 文 芸 家 協 会 代 表 里 見 弴 、 後 輩 代 表 小 島 政 一 一 郎 ら の 弔 刊 行 。 こ の 年 の 作 に は 、 「 年 末 の 一 日 」 ( 「 新 潮 」 一 月 ) 、 「 湖 南 の 扇 」 詞 が あ っ た 。 墓 は 、 遺 志 に 従 っ て 、 愛 用 の 座 布 団 を 形 ど っ た 台 石 の ( 「 中 央 公 論 」 一 月 ) 、 「 越 び と 」 ( 「 明 星 」 一 一 月 ) 、 「 春 の 夜 」 ( 「 文 藝 上 に 、 小 穴 隆 一 の 筆 で 「 芥 川 龍 之 介 墓 」 と 刻 ま れ た も の で 、 染 井 春 秋 」 九 月 ) 、 遺 書 の 先 触 れ 、 「 点 鬼 簿 」 ( 「 改 造 」 十 月 ) 、 遺 稿 「 凶 」 、 の 滋 眼 寺 境 内 に あ る 。 遺 稿 と し て 「 西 方 の 人 」 ( 「 改 造 」 八 月 ) 、 「 続 「 鵠 沼 雑 記 」 な ど が あ る ・ 西 方 の 人 」 ( 「 同 」 九 月 ) 、 「 闇 中 問 答 」 「 侏 儒 の 言 葉 」 「 十 本 の 針 」 ( 「 文 昭 和 ニ 年 ( 一 九 二 七 ) 三 十 五 歳 藝 春 秋 」 九 月 ) 、 「 歯 車 」 ( 「 同 」 十 月 ) 、 「 或 阿 呆 の 一 生 」 ( 「 改 造 」 十 一 月 二 日 、 田 端 に 戻 る 。 義 兄 西 川 豊 か 全 焼 ・ 火 事 の 直 前 に 莫 大 な 月 ) な ど が あ っ た 。 十 一 月 、 「 芥 川 龍 之 介 全 集 」 全 八 巻 が 、 遺 言 ど 保 険 金 が か け て あ っ た た め 、 不 在 だ っ た 豊 に 放 火 の 嫌 疑 が か け ら お り 岩 波 書 店 か ら 刊 行 さ れ は じ め る 。 十 二 月 、 「 侏 儒 の 言 葉 」 「 澄 江 れ 、 そ の 行 方 を 捜 査 中 に 豊 は 鉄 道 自 殺 を と げ た 。 高 利 の 借 金 が 残 さ 堂 句 集 」 が 文 藝 眷 秋 社 よ り 刊 行 さ れ た 。 れ た た め 、 龍 之 介 は そ の 後 始 末 と 整 理 に 東 奔 西 走 し 、 神 経 衰 弱 は 極 ( こ の 年 譜 は 、 諸 種 の も の を 参 照 の 上 、 編 集 部 で 作 成 し 、 さ ら に 進 度 に 悪 化 。 そ の か た わ ら 「 玄 鶴 山 房 」 を 「 中 央 公 論 , に 、 「 蜃 気 楼 」 藤 純 孝 氏 の 校 閲 を 得 ま し た )

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412 た 。 こ の 頃 よ り 、 「 釈 迦 八 相 倭 文 庫 」 「 童 謡 妙 々 車 」 な ど の 明 治 初 期 こ ん び ら り し よ う 物 草 双 紙 や 「 西 遊 記 」 の 翻 案 「 金 毘 羅 利 生 記 -l' 帝 国 文 庫 本 の 「 水 滸 伝 ー な ど を 愛 読 し た と い わ れ て い る 。 明 治 三 十 五 年 ( 一 九 〇 一 l) 十 一 月 一 一 十 八 日 、 実 母 フ ク 病 死 。 四 月 ご ろ か ら 同 級 生 た ち と 回 覧 雑 誌 「 日 の 出 界 」 を 発 行 、 自 ら 表 紙 の 画 や カ ッ ト な ど 描 き 編 集 し た 。 す で に 馬 琴 、 三 馬 、 一 九 、 近 松 な ど の 江 戸 文 学 に 親 し み 、 ま た 徳 富 明 治 ニ 十 五 年 っ 八 九 一 D 三 月 一 日 、 原 敏 三 ( 山 口 県 人 牛 乳 業 ) ・ フ ク の 長 男 と し て 、 東 蘆 花 「 自 然 と 人 生 」 「 思 出 の 記 」 、 泉 鏡 花 「 化 銀 杏 」 等 も 愛 読 し た 。 京 市 京 橋 区 ( 現 中 央 区 ) 入 船 町 に 生 ま れ る 。 辰 年 辰 月 辰 日 辰 刻 の 生 明 治 三 十 七 年 ( 一 九 日 ) 十 一 一 歳 ま れ だ っ た の で 龍 之 介 と 命 名 さ れ た 。 龍 之 介 は 父 四 十 一 一 歳 、 母 三 十 実 父 敏 三 と 後 妻 フ ュ ( フ ク の 妹 ) と の 間 に 次 男 得 一 一 が 生 ま れ た の な い や く 三 歳 の 大 厄 の 年 の 子 で あ っ た た め 、 江 戸 時 代 か ら の 迷 信 に 従 っ て 、 で 、 新 原 家 は 得 一 一 が 嗣 ぐ こ と に な り 、 八 月 、 龍 之 介 は 芥 川 家 と 正 式 形 式 的 に 近 く の 教 会 の 前 に 捨 て ら れ 、 松 村 浅 一 一 郎 が 拾 い 親 に な っ た 。 に 養 子 縁 組 を 結 ん だ 。 一 一 姉 が あ り 、 長 姉 ハ ツ は 六 歳 で 病 死 、 次 姉 ヒ サ は の ち 葛 巻 義 定 に 嫁 明 治 三 十 八 年 ( 一 九 〇 五 ) 十 三 歳 ぎ 、 一 男 一 女 を 生 み 、 夬 の 死 後 西 川 豊 と 再 婚 し た 。 龍 之 介 の 生 後 八 三 月 、 江 東 小 学 校 高 等 科 三 年 修 了 、 足 府 立 第 三 中 学 校 ( 現 都 立 両 国 か 月 後 に 母 フ ク が 発 狂 し た た め 、 そ の 実 家 、 本 所 区 ( 現 墨 田 区 ) 小 高 校 ) に 入 学 。 学 業 は 常 に 優 秀 で 、 特 に 漢 文 の 力 は 抜 群 で あ っ た 。 泉 町 の 芥 川 家 に ひ き と ら れ 、 母 の 実 兄 道 章 に 育 て ら れ た 。 芥 川 家 は 読 書 欲 は 強 ま り 、 紅 葉 、 露 伴 、 一 葉 、 樗 牛 、 独 歩 、 漱 石 、 外 な ど 代 々 徳 川 家 の お 数 寄 屋 坊 主 を つ と め た 旧 家 で 、 家 庭 生 活 に は 江 戸 の を 手 当 り 次 第 に 読 破 し た 。 外 国 作 家 で は 、 イ プ セ ン 、 ア ナ ト ー ル ・ 文 人 ・ 通 人 的 な 気 風 が 強 か っ た 。 龍 之 介 は 、 実 母 フ ク の 姉 で 生 涯 独 フ ラ ン ス に 興 味 を 示 し た 。 学 科 で は 歴 史 を 最 も 好 み 、 将 来 は 歴 史 家 身 を 通 し た 伯 母 フ キ に よ り 母 が わ り に 愛 さ れ 育 て ら れ た 。 に な ろ う と 思 っ て い た 。 中 学 時 代 の 作 品 「 木 曾 義 仲 論 」 は 文 学 的 素 明 治 三 十 年 ( 一 八 九 七 ) 五 歳 質 の 早 熟 な 開 化 を 示 す も の と し て 注 目 さ れ る 。 回 向 院 の 隣 に あ っ た 本 所 元 町 の 江 東 小 学 校 付 属 幼 稚 園 に 通 う 。 明 治 四 十 三 年 ( 一 九 一 〇 ) 十 八 歳 明 治 三 十 一 年 ( 一 八 九 八 ) 六 歳 三 月 、 第 三 中 学 校 を 卒 業 。 成 績 優 秀 の た め 無 試 験 で 、 九 月 、 第 一 高 四 月 、 本 所 元 町 の 江 東 小 学 校 に 入 学 。 神 経 質 で ひ 弱 な 子 供 だ っ た が 、 等 学 校 第 一 部 乙 ( 文 科 ) に 入 学 。 同 級 に 久 米 正 雄 、 菊 池 寛 、 松 岡 学 業 成 績 は 優 秀 で 、 一 中 節 の 師 匠 宇 治 紫 山 の 息 子 に つ い て 英 語 ・ 漢 譲 、 山 本 有 三 、 恒 藤 恭 、 土 屋 文 明 、 成 瀬 正 一 ら が お り 、 独 法 科 に は 学 ・ 習 字 を 習 い は じ め た 。 倉 田 百 三 、 藤 森 成 吉 ら が 、 一 級 上 の 文 科 に は 、 豊 島 与 志 雄 、 山 宮 明 治 三 十 四 年 ( 一 九 〇 一 ) 九 歳 允 、 近 衛 文 麿 ら が い た 。 龍 之 介 は 特 に 四 歳 年 長 の 秀 才 恒 藤 恭 と 親 交 ベ ル グ ン ン 、 西 田 幾 多 郎 な ど の 哲 学 を 議 論 し 合 っ 「 落 葉 焚 い て 葉 守 り の 神 を 見 し 夜 か な 」 と い う 俳 句 を 初 め て 作 っ を 結 び 、 カ ン ト 、 日 た っ

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龍 之 介 の 養 子 縁 組 証 書 第 の " あ 愛 ー を は 川 良 3 4 上 芥 川 ( 左 ) と 井 川 ( 恒 藤 ) 恭 ( 一 高 時 代 ) 左 龍 之 介 が 白 樺 編 集 部 に あ て た 手 紙 の 下 書 ( 明 治 43 年 ) そ の う ち に 日 の 暮 は 迫 り 出 し た 。 し か し 彼 は 熱 、 い に 本 の 背 文 字 を 読 み つ づ け た 。 そ こ に 並 ん で い む し る の は 本 と い う よ り も 寧 ろ 世 紀 末 そ れ 自 身 だ っ た 。 ニ イ チ ェ 、 ヴ ェ ル レ エ ン 、 ゴ ン ク ウ ル 兄 弟 、 ダ ス タ エ フ ス キ イ 、 ハ ウ ブ ト マ ン 、 フ ロ オ ペ エ ル 、 芥 川 龍 之 介 の 二 十 歳 の 頃 に は 、 既 に 二 十 世 紀 に 入 っ て い た が 、 こ こ に 並 べ ら れ て い る 名 前 は 、 す べ て 十 九 世 紀 末 期 を 代 表 す る 文 学 者 や 思 想 家 の 名 前 ば か り で あ り 、 文 字 通 り そ れ は 世 紀 末 そ の も の で あ る 。 し か し 、 十 九 世 紀 の 終 り の 世 紀 末 的 時 代 風 潮 と い 、 フ も の を 、 私 た ち は い っ た い ど の よ う に 理 解 し た ら い い の で あ ろ 、 フ か そ れ は 、 こ こ に も 々 翌 則 を 出 し て い る ニ ー チ ェ の 言 葉 を 借 り れ ば 、 有 名 な 「 神 は 死 ん だ 」 と い う 予 言 的 一 句 に 尽 き る と 言 っ て い で あ ろ 、 フ 。 近 代 の 端 緒 は 一 応 、 人 間 主 義 と 実 証 主 義 と 言 っ て い い か と 思 う が 、 そ の 人 間 主 義 と 実 証 主 義 に も と づ い た 近 代 リ ア リ ズ ム は 、 神 で は な く 、 人 間 そ の も の の 中 に 、 信 し る に た る 真 実 が ひ そ ん で い る に 相 異 な い と 思 い こ ん で 、 ひ た す ら 実 証 主 義 の メ ス を 振 っ て 、 人 間 の エ ゴ の 解 明 に 乗 り 出 し た 。 し 4 か し 、 自 我 を い か よ う に ひ ね く り 回 し 、 分 析 し て

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講 演 旅 行 で 青 函 連 絡 船 に 乗 る 龍 之 介 、 左 は 里 見 弴 ( 昭 和 二 年 ) 子 供 と 遊 ぶ 龍 之 介 。 左 端 次 男 多 加 志 と 長 男 比 呂 志 ( 昭 和 二 年 ) 第 八 短 編 集 ( 昭 和 2 年 6 月 、 文 藝 春 秋 社 刊 ) ぎ わ い っ 3 う 「 玄 鶴 山 房 」 は 、 芥 川 の 厭 世 思 想 が 死 に 際 に 溢 流 し 、 集 し 結 品 し た よ う な 作 品 で あ る 。 こ こ に は か け ら も 見 ら れ な い 。 人 作 者 の 皮 肉 な 手 つ き は 、 間 の エ ゴ イ ズ ム と 、 そ れ に 基 づ く 家 庭 生 活 の 暗 澹 た る 空 気 を 、 こ れ ほ ど 凝 集 的 に 、 客 観 的 に 描 い た 作 品 は 珍 ら し い 。 「 蜃 気 楼 」 は 、 晩 年 の 芥 川 が 志 向 し た 「 話 ら し い 話 の な い 小 説 」 の 典 型 の よ う な 作 品 で あ る 。 そ し て こ こ に は 、 芥 川 か 志 賀 の 作 品 に 対 し て 言 っ た 「 東 洋 的 な 詩 的 精 神 」 を 越 え た 、 種 の 鬼 気 が 感 じ ら れ る 。 も う ひ と つ 、 死 の 直 前 の 作 品 「 河 童 」 に つ い て こ こ で 触 れ て お き た い 。 芥 川 は 、 一 高 生 の 時 と 、 大 正 九 年 二 十 八 歳 の 時 と 、 二 回 槍 ケ 嶽 に 登 っ て い る 。 大 正 九 年 に は 「 槍 ケ 嶽 紀 行 」 を 発 表 し て い る 。 恐 ら く こ の 時 の 体 験 が ヒ ン ト に な っ た も の と 思 わ れ る 。 河 童 の 国 を 借 り て 、 人 間 社 会 を 諷 刺 す る と い う 、 諷 刺 小 説 の 常 道 を 踏 ん で い る 。 諷 刺 の 内 容 も 、 芥 川 の 作 品 と し て 特 に 新 発 見 が 盛 ら れ て い る わ け で は な い が 、 注 意 す べ き こ と は 、 丁 度 死 に 臨 ん で ア ク を 落 す よ う に 、 冷 笑 が 消 え て 明 る く 清 澄 な ユ ー モ ア が 溢 れ て い る こ と で あ る 。 こ れ が 、 こ の 作 品 が い つ ま で も 多 く の 人 に 愛 し 読 ま れ る 理 由 で あ ろ 、 フ 。 445

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右 田 端 の 縁 側 で ( 大 正 六 年 ) 左 『 羅 生 門 』 初 版 本 ( 大 正 六 年 五 月 ) 0 第 多 ′ 第 こ れ が 、 芥 川 龍 之 介 が 最 後 に 到 達 し た 地 点 で あ 念 潤 大 る 。 彼 が 挙 げ た 世 紀 末 の 詩 人 の 多 く は 、 モ ー 記 崎 版 谷 雄 サ ン 、 ポ ー ド レ ー ル 、 ス ト リ ン ト べ リ イ 、 イ プ セ 出 端 正 ン 、 ト ル ス ト イ 、 ニ ー チ 工 と 、 い ず れ も 発 狂 か 自 』 右 米 、 久 殺 か 、 あ る い は そ れ に 類 し た 悲 惨 な 最 後 を と げ て 生 介 端 い る 。 し か し 、 そ れ で も な お か っ 、 コ ク ト ー さ え 羅 之 右 龍 列 信 し た 神 を 、 芥 川 は 信 し る こ と が で き な か っ た 。 と す れ ば 、 発 狂 か 自 殺 か 。 芥 川 は 自 殺 を 選 ん だ 。 芥 川 龍 之 介 の 生 涯 は 、 い わ ば 時 代 精 神 に 先 駆 的 に 目 覚 め た 者 の 悲 劇 で あ り 、 か れ は お の れ の 芸 術 と 、 時 代 精 神 に 殉 し た の で あ る 。 芥 川 龍 之 介 は 、 明 治 二 十 五 年 三 月 一 日 、 東 京 市 京 橋 区 入 船 町 で 生 ま れ た 。 父 の 新 原 敏 三 は 山 口 県 の 出 身 で 、 牧 場 を 持 ち 牛 乳 屋 を 営 ん で い た 。 母 の ふ く は 、 芥 川 家 の 出 で あ っ た 。 之 介 は 、 二 人 の 女 の 子 、 は つ 、 ひ さ の 次 に 生 ま れ た 第 三 子 、 長 男 と し て 生 ま れ た 。 次 姉 の ひ さ は 長 し て 葛 巻 家 に 嫁 し た が 、 長 姉 の は つ は 夭 折 し た 。 芥 川 は 、 自 分 の て ん き ば 知 ら な い 夭 折 し た 姉 の こ と を 「 點 鬼 簿 」 の 中 で 触 れ 、 幼 な い と き か ら 利 ロ 者 だ っ た 姉 の こ と を な っ

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左 艦 端 金 大 の 正 龍 年 介 第 回 海 軍 機 関 学 校 卒 業 式 。 一 一 列 右 よ り 二 人 目 龍 之 介 ( 大 正 六 年 十 一 月 ) か し ん で い る 龍 之 介 は 、 た ま た ま 辰 年 辰 月 辰 日 辰 刻 に 生 ま れ た た め 、 龍 之 介 と 命 名 さ れ た 。 「 龍 之 介 」 と い う の は 芥 川 自 身 が 好 ん で 用 い た 名 前 で 、 戸 籍 上 の 本 名 が 「 龍 之 助 」 に な っ て い る と い う こ と は 、 小 穴 隆 一 な ど の 指 摘 す る と こ ろ で あ る が 、 吉 田 精 一 の 調 査 に よ る と 、 実 は 「 龍 之 介 」 の ほ う が 戸 籍 上 の 名 前 ら し い し か し 、 芥 川 が 「 助 」 の 字 を 嫌 っ た の は 事 実 で 、 こ れ は 本 名 の 固 執 と い う よ り も 、 か れ の ダ ン デ ィ ズ ム で あ ろ う 。 龍 之 介 は 、 生 ま れ た 年 が 、 父 の 四 十 二 歳 、 母 の 三 十 三 歳 の 大 厄 に 当 っ て い た の で 、 当 時 の 迷 信 的 な 慣 習 に 従 っ て 、 父 の 牛 乳 店 の 支 店 を 経 営 し て い た 松 村 と い う 人 に 拾 い 親 に な っ て も ら っ て 、 一 応 捨 て 子 の 形 式 を 取 っ た 。 出 生 の 事 情 と し て は 、 か な り 複 雑 で あ る が 、 こ の 複 雑 な 手 続 き に 疑 義 を 感 じ て 、 芥 川 の 出 生 に つ い て 、 ひ と つ の 大 胆 な 仮 説 的 推 定 を 立 て た の は 、 福 田 恆 存 で あ る 。 し か し 、 し か し 、 こ の こ の こ と に つ い て は 後 に 触 れ オ こ と を 一 応 し ば ら く お く と し て 、 芥 川 龍 之 介 の 不 幸 は 、 実 母 ふ く が 龍 之 介 の 生 後 九 カ 月 で 発 狂 し た こ と に 始 ま る 。 ふ く が 発 狂 し た た め 、 龍 之 介 は 、 ふ く の 実 家 の 芥 川 家 に 引 き 取 ら れ た 。