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検索対象: 現代日本の文学 27 丹羽 文雄 集

現代日本の文学 27 丹羽 文雄 集から 470件ヒットしました。

現代日本の文学 27 丹羽 文雄 集


現 代 日 本 の 文 学 丹 羽 文 雄 集 〈 監 修 委 員 〉 伊 藤 整 井 上 靖 川 端 康 成 ネ 三 島 由 紀 夫 究 〈 編 集 委 員 〉 習 足 立 巻 一 学 奥 野 健 男 尾 崎 秀 樹 北 杜 夫 ( 五 十 音 順 )

現代日本の文学 27 丹羽 文雄 集


現 代 日 本 の 文 学 27 全 60 巻 丹 羽 文 雄 集 昭 和 45 年 6 月 1 日 初 版 発 行 昭 和 57 年 10 月 1 日 27 版 発 行 著 者 発 行 者 発 行 所 丹 羽 文 雄 古 岡 滉 鑾 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 暁 印 刷 株 式 会 社 製 本 株 式 会 社 若 林 製 本 工 場 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 OFemio Niwa 1970 Printed in Japan ISBN4 ー 05 ー 050237 ー 2 C0393 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す

現代日本の文学 27 丹羽 文雄 集


冬 の 待 崎 河 ロ 付 近 観 音 寺 。 道 の 左 手 に 墓 地 が あ り 、 畠 山 勇 子 の 墓 が あ っ た を 第 な の 第 を 物 第 第 物 、 の は 、 そ の 総 元 締 の 寺 か と 思 っ て い た が 、 よ く 聞 く と 、 本 山 の 上 に 、 大 本 山 が あ り 、 そ の 上 に 総 本 山 が あ る の だ と い う 。 総 本 山 は 身 延 山 に あ る も の し く ら か 、 そ の 系 統 だ と い う 。 身 延 山 と 聞 け ば 、 、 が わ か る よ う な 気 が す る 。 こ こ は 、 日 蓮 が 、 北 条 景 信 の 迫 害 に 遭 っ て 、 危 く 殺 さ れ そ う に な っ た が 、 よ う や く 助 か り 、 そ の 代 り 、 従 者 の 僧 鏡 忍 と 天 津 城 主 工 藤 吉 隆 が 切 ら れ た と こ ろ だ と い う 。 山 門 を 入 っ た 右 側 に 大 き な 槇 の 木 が あ る 。 数 百 年 の 樹 を 持 っ て い る よ う だ 。 そ の 木 を 見 て 、 こ の 寺 の 古 さ カ わ か る よ 、 つ に 田 5 え た 私 た ち の 泊 っ た 相 模 屋 の 部 屋 の 縁 側 か ら 、 す ぐ 海 岸 の 砂 浜 が 見 え た 。 翌 朝 、 私 た ち は 、 そ の 砂 浜 に 出 て み た 。 長 い 海 岸 線 だ っ た 。 海 水 浴 場 と し て 、 お ん ” く 御 宿 、 鵜 原 な ど よ り 大 き い よ う に 思 え る 。 冬 の こ と で 、 人 影 も あ ま り 見 ら れ な い 。 待 崎 川 に 近 つ く と 、 そ の 対 岸 に カ ラ ス が た く さ ん 黒 く 群 れ て い る え じ き こ の 河 口 に 集 っ て く る 魚 を 餌 食 に ね ら っ て い る の だ ろ う か こ ん な に 集 っ て い み と 、 な ん と な く 気 味 か 悪 い 日 と い っ て も 、 す ぐ 町 に 接 続 し て い る と こ ろ に 出 没 す る の も 珍 ら し い か 、 そ れ だ け 彼 ら に は 、 獲 物 が こ こ で 多 く 期 待 さ れ る か ら だ ろ 、 つ 車 を 拾 っ て 、 弁 天 島 の 見 え る 町 は す れ の 漁 港 に 出 47

現代日本の文学 27 丹羽 文雄 集


上 昭 和 24 年 頃 自 宅 に て 。 後 列 左 よ り 福 井 、 清 水 邦 行 、 ひ と り お い て 令 嬢 、 ふ た り お い て 中 村 八 朗 、 中 列 左 よ り 近 藤 啓 太 郎 夫 人 、 十 返 夫 人 、 見 島 正 憲 、 ひ と り お い て 夫 人 、 前 列 左 か ら 小 笠 原 貴 雄 、 福 島 保 夫 、 十 返 肇 、 文 雄 、 若 月 彰 、 峯 雪 枝 、 近 藤 啓 太 郎 、 右 に 立 つ は 小 泉 譲 の 諸 氏 右 昭 和 27 年 、 執 筆 原 稿 5 万 枚 突 ( 田 村 茂 氏 撮 影 ) 破 を 記 念 し て 右 林 芙 美 f ・ と 。 ( 昭 和 24 年 頃 ) 上 小 諸 に て 。 左 か ら 文 雄 、 久 米 正 雄 、 浜 本 浩 、 真 杉 静 枝 ( 昭 ( 樋 口 進 氏 撮 影 ) 和 25 年 ) こ い

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444 三 九 一 鬼 子 こ と わ ざ の 「 親 に 似 ぬ 子 は 鬼 子 」 を ふ ま え て い っ た も 主 著 「 平 安 朝 文 学 史 」 「 軍 記 物 語 研 究 」 「 修 辞 学 講 話 」 。 の で 、 親 に 似 な い 子 。 巴 0 山 口 剛 国 文 学 者 ( 一 884 ~ 】 932 ) 。 茨 城 県 に 生 れ る 。 早 大 教 授 。 四 浄 土 和 讃 親 鸞 作 の 「 三 帖 和 讃 」 の 一 編 。 「 弥 陀 和 讃 」 と も い 藤 岡 作 太 郎 、 藤 村 作 ら と と も に 、 趣 味 的 で あ っ た 近 世 文 学 を 学 う 。 仏 祖 と そ の 教 法 を 讃 仰 す る 五 編 の 和 讃 を 収 め る 。 問 化 し た 先 覚 者 の 一 人 。 著 書 「 江 戸 文 学 研 究 」 「 支 那 文 芸 思 潮 」 。 四 0 五 正 像 末 和 讃 親 鸞 作 の 「 三 帖 和 讃 」 の 一 編 。 「 正 像 末 浄 土 和 讃 」 巴 0 窪 田 空 穂 歌 人 ・ 国 文 学 者 ( 一 877 ~ 】 967 ) 。 本 名 通 治 。 長 野 県 の 略 称 。 の 人 。 早 大 教 授 。 歌 集 「 ま ひ る 野 」 「 鳥 声 集 」 「 老 槻 の 下 」 。 著 書 四 0 五 愚 禿 悲 歎 述 懐 「 愚 禿 悲 歎 述 懐 和 讃 鼓 音 鈔 」 の 略 称 。 親 鸞 が 当 「 万 葉 集 評 釈 」 「 古 今 和 歌 集 評 釈 」 。 時 の 仏 教 界 の 退 廃 を 歎 い て 書 い た 十 六 首 の 和 讃 。 XIE 落 慶 式 神 社 や 仏 殿 な ど の 新 築 ま た は 修 繕 の 工 事 が 落 成 し た 四 0 五 教 行 信 証 正 式 に は 「 顕 浄 土 真 実 教 行 証 文 類 」 と い う 。 親 彎 こ と を 祝 う 式 。 の 代 表 著 作 。 浄 土 真 宗 の 教 義 の 根 本 を 述 べ た 書 。 六 巻 。 阿 弥 陀 四 一 一 三 妙 好 人 浄 土 真 宗 の 信 心 に 徹 し た 念 仏 行 者 で 、 行 状 の 美 し い 仏 へ の 絶 対 的 帰 依 に よ る 救 い を 説 い た 書 。 純 粋 な 信 仰 を ほ め て い う 語 。 EO 五 悪 性 さ ら に や め が た し : ・ 「 愚 禿 悲 歎 」 第 三 首 。 「 悪 い 性 質 ド ・ シ ョ ウ George Bernard Shaw イ ギ リ ス の 劇 を 除 く こ と は ち っ と も で き な い 。 心 は 毒 蛇 や さ そ り の よ う に お 作 家 ・ 評 論 家 ( 1856 ~ 1950 ) 。 イ プ セ ン を 師 と 仰 ぎ 、 処 女 作 「 や そ ろ し く 、 善 根 を お さ め る 場 合 も 、 結 局 煩 悩 の 毒 が 混 じ る こ と も め の 家 」 を 発 表 、 そ れ 以 来 諷 刺 と 機 智 に 満 ち た 辛 辣 な 作 品 を に な る か ら 、 い つ わ り の 修 業 と 称 す る の だ 」 の 意 。 発 表 し 、 イ ギ リ ス 近 代 劇 の 確 立 に 貢 献 し た 。 代 表 戯 曲 「 武 器 と 四 無 慚 無 愧 の こ の 身 に て : ・ 「 愚 禿 悲 歎 」 第 四 首 。 「 恥 知 ら ず 人 」 「 運 命 の 人 」 「 人 と 超 人 」 「 聖 女 ジ ョ ー ジ % 評 論 「 知 識 婦 人 の の こ の 身 で 、 真 の 信 心 は な い け れ ど : : : 」 。 以 下 の 二 句 は 「 弥 陀 た め の 社 会 主 義 」 で 一 九 二 五 年 ノ ー ベ ル 文 学 賞 受 賞 。 の 廻 向 の 御 名 な れ ば 功 徳 は 十 方 に み ち た ま う 」 と あ っ て 、 「 弥 四 三 大 徳 徳 高 く 行 い の 清 い 僧 。 陀 が 授 け ら れ た 念 仏 だ か ら 、 功 徳 は 四 方 八 方 い た る と こ ろ に 満 四 三 聞 法 仏 法 を 聴 聞 す る こ と 。 ち 満 ち て い る 」 と い う 意 味 で あ る 。 空 一 五 不 合 理 だ か ら 私 は 信 じ る ギ リ シ ャ の 教 父 哲 学 の ひ と り テ ル 実 悪 人 正 機 の 説 親 鸞 の 念 仏 思 想 の 神 髄 を 示 す 語 。 弥 陀 の 本 願 ト ウ リ ア ヌ ス の こ し J ・ は 0 は 悪 人 を 救 う こ と を 目 的 と し 、 悪 人 こ そ 救 済 の 正 し い 対 象 ( 正 当 五 大 乗 仏 教 小 乗 仏 教 の 自 利 主 義 を 批 評 し て 一 ~ 一 一 世 紀 ご ろ 興 客 ) で あ る と い う 説 。 「 歎 異 鈔 」 の 中 に 「 善 人 な を も て 往 生 を と っ た 仏 教 の 流 派 。 利 他 主 義 の 世 界 観 に 基 づ き 、 自 己 の 涅 槃 の 完 ぐ 、 い わ ん や 悪 人 を や 」 と い う こ の 思 想 を 端 的 に あ ら わ す 有 名 成 の た め 、 衆 生 の 救 い に 積 極 的 に 活 動 す る 。 北 伝 仏 教 と も い し な 一 節 が あ る 。 イ ン ド か ら 中 国 ・ 朝 鮮 ・ 日 本 に 伝 わ っ た 。 巴 0 五 十 嵐 博 士 五 十 嵐 カ 博 士 の こ と 。 国 文 学 者 ( 】 874 ~ 1947 ) 。 紅 野 敏 郎 柳 正 吉 米 沢 の 人 。 早 大 教 授 。 国 文 学 の 文 芸 学 的 研 究 に 功 績 が あ っ た 。

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と の む ら 外 村 繁 、 田 畑 修 一 郎 、 中 谷 孝 雄 、 三 好 達 治 ら と 同 人 誌 「 世 紀 」 を 創 こ の 年 、 淀 橋 区 下 落 合 に 転 居 。 い に く 刊 。 七 月 、 「 贅 肉 」 を 「 中 央 公 論 新 人 号 」 に 発 表 。 ま た 、 こ の 年 あ た 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 三 十 五 歳 し よ う け い こ う ・ つ り か ら 「 海 面 」 ( 世 紀 ) 、 「 象 形 文 字 」 ( 改 造 ) 、 「 甲 羅 類 」 ( 早 稲 田 文 学 ) 「 還 ら ぬ 中 隊 」 続 篇 ( 中 央 公 論 ) ほ か 「 人 生 案 内 」 ( 改 造 ) 、 「 南 国 抄 」 な ど 、 い わ ゆ る 〈 マ ダ ム も の 〉 を 盛 ん に 発 表 。 新 進 作 家 と し て 、 文 ( 日 本 評 論 ) 、 「 隣 人 」 ( 中 央 公 論 ) 、 「 太 宗 寺 附 近 」 ( 文 芸 ) な ど を 発 表 。 壇 に 確 固 た る 地 位 を 築 い た 。 四 月 、 『 丹 羽 文 雄 選 集 』 ( 全 七 巻 ・ 古 谷 綱 武 編 ) を 竹 村 書 房 よ り 刊 行 。 昭 和 十 年 ( 一 九 三 五 ) 三 十 一 歳 こ の 年 、 父 教 開 上 京 。 約 三 十 年 ぶ り に 、 父 と 母 は 再 会 す 。 中 野 区 上 高 田 の 軽 部 清 子 宅 に 仮 寓 。 一 月 、 第 一 創 作 集 『 鮎 』 ( 限 定 五 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 三 十 六 歳 百 部 ) を 文 体 社 よ り 刊 行 。 こ の 年 、 「 鬼 子 」 ( 新 潮 ) 、 「 岐 路 」 ( 中 央 公 三 月 、 「 再 会 」 ( 改 造 ) 、 十 月 、 「 浅 草 寺 附 近 」 ( 改 造 ) な ど を 発 表 。 ま た 、 ん の う ぐ そ く 論 ) 、 「 自 分 の 鶏 」 ( 改 造 ) 、 「 煩 悩 具 足 」 ( 文 囈 春 秋 ) な ど 、 数 多 く の 七 月 、 「 闘 魚 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 連 載 。 単 行 本 に は 随 筆 集 『 秋 冷 抄 』 作 品 を 発 表 。 太 田 綾 子 と 結 婚 。 浅 草 永 住 町 に 新 居 を 構 え 、 の ち 中 野 ( 砂 子 屋 書 房 ) な ど が あ る 。 ふ み ぞ の 区 文 園 町 に 移 転 。 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 三 十 七 歳 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 三 十 二 歳 二 月 、 広 津 和 郎 と そ の 愛 人 関 係 を モ デ ル に し た 「 書 翰 の 人 」 を 「 文 四 月 、 「 菜 の 花 時 ま で 」 を 「 日 本 評 論 」 に 発 表 し た ほ か 、 「 蜀 葵 の 花 」 芸 」 に 発 表 。 そ の ほ か 「 九 年 目 の 土 」 ( 知 性 ) 、 「 暁 闇 」 ( 中 央 公 論 ) な ( 新 潮 ) 、 「 こ の 絆 」 ( 改 造 ) 、 「 女 人 禁 制 」 ( 中 央 公 論 ) な ど 旺 盛 な 創 作 ど が あ る 。 戦 局 拡 大 に よ る 情 報 局 検 閲 は 厳 し さ を 増 し 、 七 月 、 有 光 力 で 作 品 を 多 く 発 表 。 ま た 五 月 、 初 め て の 連 載 小 説 「 一 茎 一 花 」 を 社 刊 行 の 『 逢 初 め て 』 ( 「 藍 染 め て 」 改 題 ) 、 河 出 書 房 刊 の 書 下 し 長 篇 「 福 岡 日 日 新 聞 」 に 、 六 月 、 「 若 い 季 節 」 を 「 東 京 朝 日 新 聞 」 に 連 『 中 年 』 が 、 前 者 は 学 生 の 恋 愛 を 、 後 者 は 酒 場 の マ ダ ム と 妾 を 書 い 載 し た 。 三 月 、 長 女 桂 子 誕 生 。 て い る と の 理 由 で 、 相 つ い で 発 売 禁 止 と な る 。 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 三 十 三 歳 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 三 十 八 歳 一 月 、 「 霜 の 声 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 藍 染 め て 」 を 「 新 女 苑 」 ( 七 月 一 一 月 、 大 観 堂 よ り 書 下 し 長 篇 『 勤 王 届 出 』 を 刊 行 。 五 月 、 「 現 代 史 」 完 ) 、 「 豹 と 薇 」 を 「 若 草 」 ( 六 月 完 ) 、 「 日 紀 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 し を 「 改 造 」 に 断 続 的 に 連 載 。 こ の 年 、 海 軍 報 道 班 員 と し て ラ ・ ( ウ ル た ほ か 、 「 狂 っ た 花 」 ( 文 藝 春 秋 ) 、 「 町 内 の 風 紀 」 ( 中 央 公 論 ) 、 「 愛 欲 方 面 に お も む き 、 ソ ロ モ ン 群 島 ッ ラ ギ 沖 海 戦 に 遭 遇 、 顔 面 両 腕 な ど の 位 置 」 ( 改 造 ) 、 連 載 小 説 「 青 春 強 力 」 ( 週 刊 朝 日 ) 、 「 薔 薇 合 戦 」 ( 都 新 に 三 十 教 ヶ 所 の 負 傷 を 受 く 。 そ の 体 験 を も と に 、 十 一 月 、 「 海 戦 」 を 聞 ) な ど が あ る 。 六 月 、 長 男 直 樹 誕 生 。 「 中 央 公 論 」 に 発 表 し 、 第 二 回 中 央 公 論 賞 を 受 賞 。 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 三 十 四 歳 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 三 ) 三 十 九 歳 ば ん の う い わ ゆ る マ ダ ム も の や 女 性 の 愛 欲 煩 悩 を 扱 っ た 作 品 を 矢 つ ぎ ば や に 四 月 、 長 篇 『 報 道 班 員 の 手 記 』 を 改 造 社 か ら 刊 行 し た が 、 海 軍 報 道 発 表 し た が 、 九 月 、 内 閣 情 報 留 命 令 で 漢 ロ 作 戦 に 従 軍 作 家 と し て 派 班 員 の 不 名 誉 を 記 し た と の 中 傷 を 受 け 、 発 売 禁 止 の 処 分 を 受 け る 。 遣 さ れ 、 十 二 月 、 従 軍 作 品 「 ら ぬ 中 隊 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 四 十 歳 か ん こ う

現代日本の文学 27 丹羽 文雄 集


4 穹 青 海 波 青 海 波 と い う 雅 楽 の 舞 装 束 に 用 い る 青 い 波 形 の 染 め 模 様 。 こ こ で は そ れ と 同 様 な 波 模 様 。 奕 山 脇 高 女 女 子 教 育 家 山 脇 房 子 が 、 明 治 四 十 一 年 、 良 妻 賢 母 を 主 義 と し て 創 立 し た 高 等 女 学 校 。 東 京 都 港 区 に あ る 。 奕 鴨 が 葱 を し よ っ て 来 た 「 鴨 が 葱 を し よ っ て 来 る 」 と い う こ と わ ざ を 踏 ま え て い っ た も の 。 鴨 鍋 に 葱 ま で と は 、 ま す ま す も 藍 染 め て っ て お あ つ ら え む き で あ る の 意 。 ふ じ わ ら み ら つ ね 五 三 わ が 恋 は 藤 原 道 経 の 「 わ が 恋 は 逢 初 め て こ そ 増 り け れ 飾 磨 老 女 子 大 学 東 京 都 豊 島 区 目 白 に あ る 日 本 女 子 大 学 を さ す 。 の 褐 の 色 な ら ね ど も 」 ( 「 詞 花 和 歌 集 」 巻 八 ) 。 小 説 の 題 名 「 藍 染 め を 護 国 寺 東 京 都 豊 島 区 大 塚 に あ る 真 言 宗 豊 山 派 の 寺 。 一 六 八 け い し よ う い ん て 」 は 「 逢 初 め て 」 の 意 で も あ り 、 一 時 は 後 者 の 題 名 に あ ら た 一 年 徳 川 綱 吉 が 母 桂 昌 院 の た め に 建 て た 。 幕 府 の 祈 願 所 と し て 栄 え た 。 め ら れ て い た こ と も あ っ た 。 「 飾 磨 の 褐 」 と は 姫 路 市 の 飾 磨 か ら 大 ど う だ ん ど う だ ん つ つ じ の 略 。 産 す る 濃 い 紺 ま た は 褐 色 の 染 色 。 ま た そ れ で 染 め た 布 。 、 ま ひ る に 見 る 夢 。 非 現 実 的 な 空 想 三 尺 帯 綿 布 を 鯨 尺 三 尺 ( 約 一 一 三 (m) ぐ ら い の 長 さ に 切 ^ 0 白 日 夢 白 昼 夢 と も い い っ た だ け の 簡 単 な 帯 。 略 し て 三 尺 A. { い う 。 へ こ お び 。 を た く ま し く す る こ と 。 五 五 後 架 禅 寺 で 、 僧 堂 の 後 に か け わ た し て 設 け た 洗 面 所 。 そ の 合 市 松 模 様 白 と 黒 の 方 形 を 交 互 に 並 ・ ヘ た 模 様 。 江 戸 時 代 の 役 側 に 便 所 が あ り 、 転 じ て 便 所 の 意 。 ご か 。 者 、 佐 野 川 市 松 が こ の 模 様 の は か ま を 用 い た こ と に 起 る 。 元 禄 模 様 、 い し だ た み 、 い ち ま つ な ど と も い う 。 契 国 富 論 ア ダ ム ・ ス ミ ス の 主 著 。 一 七 七 六 年 刊 。 労 働 だ け が 価 値 を 生 み だ す も の と し 、 利 益 を 追 求 す る 自 由 競 争 に よ っ て お 会 庫 裡 寺 の 台 所 。 転 じ て 、 住 職 や 家 族 の 居 間 。 の ず か ら 秩 序 が 生 ま れ 、 国 の 富 を 増 す と い う 自 由 放 任 主 義 を 唱 九 三 め く ら 縞 経 糸 、 緯 糸 と も 紺 染 め の も め ん 糸 で 織 っ た 平 織 え た 。 最 初 の 体 系 的 経 済 学 書 と い わ れ る 。 物 。 紺 無 地 。 盲 地 。 五 八 ア ダ ム ・ ス ミ ス Adam Smith イ ギ リ ス の 経 済 学 者 ( 1723 一 0 四 ル ー プ 式 急 勾 配 の 地 に 鉄 道 を 敷 く と き 、 線 路 を 環 状 に し て ~ 178 ) 。 古 典 派 経 済 学 の 始 祖 。 し だ い に 高 所 に 登 る 形 式 。 た た き っ ち 犬 三 和 土 敲 土 の 略 。 石 灰 ・ 赤 土 ・ 砂 利 な ど に 苦 塩 を ま ぜ 、 水 一 実 色 即 是 空 色 と は 有 形 の 万 物 を い う 。 こ の 世 の 万 物 は 形 を も を 加 え て 練 り 固 め 、 土 間 な ど に 塗 っ て た た き 固 め た も の 。 つ が 、 そ の 形 は も と も と 仮 の も の で 、 本 質 は じ つ は 空 で あ り 、 発 大 村 益 次 郎 幕 末 、 明 治 維 新 の 軍 政 治 家 ( 1824 ~ 1869 ) 。 陸 不 変 の も の で は な い 、 と い う こ と 。 「 般 若 心 経 」 の 中 に あ る こ 」 ・ よ 0 軍 の 創 立 者 。 明 治 一 一 年 、 兵 制 改 革 を 企 て 、 フ ラ ン ス 式 軍 制 を 採 用 、 守 旧 派 の 反 対 に あ い 、 刺 殺 さ れ た 。 一 端 唄 三 味 線 を 伴 奏 と し て 歌 う 短 い 俗 謡 。 注 解 か し ま

現代日本の文学 27 丹羽 文雄 集


丹 羽 文 雄 集

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。 牛 込 榎 町 の 栄 進 館 に 下 宿 し 、 こ こ で 、 新 庄 章 、 野 崎 韶 夫 を 知 る 。 『 藍 染 め て 』 の 学 生 群 は 、 こ の 時 代 の 反 映 と 考 え て よ い 大 正 十 三 年 ( 一 九 二 四 ) 二 十 歳 じ ゃ り ば 高 田 町 砂 利 場 の 下 宿 文 隆 館 に 移 る 。 近 く の 撞 球 場 に よ く 通 い 、 先 輩 の 尾 崎 一 雄 、 浅 見 淵 ら を 知 り 、 本 格 的 に 文 学 の 道 に 踏 み 込 む 。 大 正 十 五 年 ・ 昭 和 元 年 ( 一 九 一 一 六 ) 二 十 一 一 歳 明 治 三 十 七 年 ( 一 九 〇 四 ) 第 一 高 等 学 院 を 卒 業 、 文 学 部 国 文 科 に 入 学 。 こ の 年 、 尾 崎 一 雄 の 紹 十 一 月 二 十 二 日 、 三 重 県 四 日 市 市 北 浜 田 町 ( 現 浜 田 町 ) に あ る 浄 土 介 で 同 人 誌 「 街 」 に 「 秋 」 を 発 表 。 は じ め て 小 説 が 活 字 と な る 。 早 真 宗 専 修 寺 高 田 派 の 末 寺 仏 法 山 崇 顕 寺 に 、 父 十 六 代 住 職 丹 羽 教 開 と 稲 田 の 学 生 た ち に よ る 「 街 」 の 同 人 に は 田 畑 修 一 郎 、 火 野 葦 平 、 寺 母 こ う の 長 男 と し て 生 ま れ る 。 四 歳 年 上 に 姉 幸 子 が い た 。 母 こ う は 、 崎 浩 、 中 山 省 三 郎 ら が い た 。 文 雄 満 四 歳 の 折 に 家 出 、 の ち に 父 の 再 婚 に よ り 四 人 の 異 母 弟 妹 が 生 昭 和 四 年 ( 一 九 二 九 ) 一 一 十 五 歳 ま れ た 。 母 の 家 出 に ま つ わ る 古 い 地 方 寺 院 の 人 間 関 係 は 、 そ の 後 く 早 稲 田 大 学 卒 業 。 六 月 、 同 人 誌 「 新 正 統 派 」 ( 同 人 ・ 尾 崎 一 雄 、 浅 見 り 返 し 作 品 化 さ れ 、 丹 羽 文 学 の 血 脈 を 方 向 づ け て い る 。 淵 、 逸 見 広 ら ) に 発 表 し た 「 朗 ら か な あ る 最 初 」 が 「 文 芸 春 秋 」 誌 注 ・ な お 、 従 来 の 作 品 ・ 年 譜 で は 、 母 こ う の 家 出 を 文 雄 数 え 年 八 上 で 永 井 龍 男 に 激 賞 さ れ た 。 十 一 月 、 郷 里 に 帰 り 小 説 修 業 に 励 む か 歳 の 時 と 記 し て い る が 、 こ れ は 丹 羽 氏 の 記 憶 違 い で 、 近 年 ア メ た わ ら 、 僧 職 に 従 う 。 リ カ よ り 帰 国 し た 姉 幸 子 に よ り 満 四 歳 の 時 と 判 明 し た 。 昭 和 五 年 ( 一 九 三 〇 ) 一 一 十 六 歳 明 治 四 十 四 年 ( 一 九 一 l) 七 歳 こ の 年 、 奈 良 に 仮 住 す る 尾 崎 一 雄 を 訪 ね 、 か ね て よ り 尊 敬 し て い た 四 月 、 四 日 市 第 一 一 尋 常 小 学 校 に 入 学 。 そ の 年 、 得 度 式 を 受 け 、 権 中 志 賀 直 哉 に 紹 介 さ る 。 か い じ ゅ ぶ ん ゅ う 僧 都 の 僧 位 を 受 け る 。 法 名 は 海 寿 院 文 雄 。 昭 和 七 年 ( 一 九 三 一 l) 二 十 八 歳 大 正 七 年 ( 一 九 一 八 ) 十 四 歳 四 月 、 永 井 龍 男 の す す め で 書 い た 「 鮎 」 が 「 文 藝 春 秋 」 に 掲 載 さ る 。 三 重 県 立 富 田 中 学 校 ( 現 県 立 四 日 市 高 校 ) に 入 学 。 ス ポ ー ツ を よ く 当 時 毒 舌 を も っ て な る 批 評 家 杉 山 平 助 が 、 「 朝 日 新 聞 」 紙 上 で こ れ を し 、 な か で も 水 泳 、 野 球 、 柔 道 ( 三 段 ) を 得 意 と し た が 、 他 面 、 文 激 賞 、 そ の 切 抜 ぎ が 尾 崎 一 雄 か ら 四 日 市 に 郵 送 さ れ 、 こ れ に 力 を 得 し ゆ っ ぽ ん 学 に も 深 い 関 心 を 持 つ よ う に な る 。 作 文 教 師 に 「 支 那 文 芸 大 辞 典 」 て 郷 里 を 出 奔 す る 。 の 編 者 近 藤 杢 が お り 、 影 響 を 受 け た 。 昭 和 八 年 ( 一 九 三 = l) 一 一 十 九 歳 年 大 正 十 ニ 年 ( 一 九 二 = I) 十 九 歳 こ の 年 「 鶴 」 を 三 田 文 学 に 発 表 。 京 橋 区 新 富 町 の ア パ ー ト に 移 る 。 富 田 中 学 校 を 卒 業 。 四 月 、 早 稲 田 大 学 第 一 高 等 学 院 に 入 学 。 哲 学 科 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 三 十 歳 を 受 け る と 称 し 早 稲 田 を 受 験 し た い き さ つ は 『 有 情 』 な ど に く わ し 淀 野 隆 三 、 浅 見 淵 、 青 柳 瑞 穂 、 尾 崎 一 雄 、 小 田 嶽 夫 、 川 崎 長 太 郎 、 ご ん ち ゅ う へ ん み ふ か し

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間 」 一 般 を 、 「 自 己 」 に 置 き か え た の で あ る 。 親 鸞 の い う 「 無 漸 無 隗 の こ の 身 」 と い う こ と 、 「 悪 陸 さ ら に や め か た い わ か 身 」 を 自 覚 し た こ と が 、 罪 の 意 識 と な っ て 、 は っ き り 加 害 者 の 形 を な し て き た の で あ る 。 〃 匕 じ カ し 、 つ の 9 つ 、 そ の こ と に ほ か な ら な い そ の よ う な 意 識 が 、 丹 羽 文 雄 に 判 然 と し て き た こ と に よ っ て 、 こ の 「 有 」 は ま た 、 客 観 的 リ ア リ て ム を 0 破 っ て 、 作 中 の 主 人 公 が 体 当 り 的 に 躍 動 す る こ と に な 「 客 観 的 態 度 と い し 一 定 の 距 離 を も う け て 書 く こ と か ど 、 つ い 、 つ こ と か 。 作 家 は そ れ だ け で よ い の か そ れ か い つ の 間 に か ひ と つ の 型 に は ま っ て い た の で は な い か た ま に は 現 実 の 中 に は い っ て ど ろ ん こ に な る こ と も 要 で は な い か 」 と 、 反 省 さ せ る 結 果 に も な っ た 。 さ ら に 「 有 情 」 に よ っ て 触 発 さ れ た 意 識 が 、 二 千 月 枚 の 長 篇 「 一 路 」 ( 三 十 七 年 十 月 5 四 十 一 年 年 六 月 「 群 像 」 ) を 書 か せ 、 最 大 の 長 篇 で あ る 「 親 鸞 」 ( 四 十 年 九 月 5 四 十 四 年 三 月 、 「 産 経 新 聞 」 ) へ と 躍 動 さ せ て い っ た の で な い か て そ こ に は い す れ も 、 も は や 受 身 的 な 意 識 は 会 な く 、 わ が 身 か 犯 し た 罪 か 問 題 と し て 問 わ 二 一 一 口 れ て い る そ の 根 底 に は 、 や は り 「 父 に 真 父 の 内 面 に 深 く 踏 込 ん だ こ 出 向 い 」 に な り 、 鸞 と に よ っ て 生 ま れ た 父 の 発 見 が 、 大 き く 作 用 し て い る の で は な い か と 思 、 つ 作 大 注 ・ 資 料 写 真 に 関 し 、 樋 口 進 氏 、 田 沼 武 能 氏 、 田 村 茂 の 氏 、 講 談 社 、 文 藝 春 秋 、 サ ン ケ イ 新 聞 社 、 日 本 近 代 巻 五 文 学 館 等 の ご 協 力 を い た だ い た 。 な お 、 著 作 権 は 極 全 力 調 査 に あ た っ た 。 480