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検索対象: 現代日本の文学 30 獅子 文六 集

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現代日本の文学 30 獅子 文六 集


現 代 日 本 の 文 学 30 豸 師 子 文 六 集 北 尾 奥 足 三 川 井 伊 崎 野 立 集 島 端 上 藤 修 五 + 杜 秀 健 巻 委 瞿 康 委 聖 夫 樹 男 夫 成 靖 整 学 習 研 究 社

現代日本の文学 30 獅子 文六 集


獅 子 文 六 文 学 ア ル バ ム 第 《 昭 和 38 年 , 東 京 都 港 区 赤 坂 新 坂 町 の 自 邸 で , 70 歳 の 獅 子 文 六 獅 子 文 六 の 随 筆 集 の 一 つ に 、 「 物 亭 雑 記 」 ( 昭 和 十 五 年 刊 ) が あ る 。 主 と し て 「 ユ ー モ ア ク ラ ブ 」 ( 佐 々 木 邦 編 集 ) に 連 載 し た 随 筆 を 集 め た も の だ 。 そ の な か で 獅 子 文 六 は 、 日 本 の 代 表 的 な 小 噺 と し て 、 つ ぎ の は な し を ひ い て い る 。 え ば 或 る と こ ろ に 、 聾 の 親 子 が 住 ん で い た 。 二 人 が 家 に い る と 、 誰 か 門 前 を 過 ぎ る 者 が あ っ た 。 蕊 れ 父 「 お い 伜 ゃ 。 今 通 っ た の は 、 隣 り の 源 兵 衛 さ ん し ゃ な か っ た か 」 息 子 「 違 う よ 、 お 父 さ ん 。 あ れ は 隣 り の 源 兵 衛 さ ん だ よ 」 父 「 そ う か い 。 俺 は ま た 隣 り の 源 兵 衛 さ ん だ と ば か り 田 5 っ た よ 」 評 伝 的 解 説 尾 崎 秀 樹

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現 代 日 本 の 文 学 30 獅 子 文 ハ 集 全 60 巻 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 昭 和 57 年 10 月 1 日 28 版 発 行 昭 和 45 年 10 月 1 日 初 版 発 行 著 者 発 行 者 発 行 所 獅 子 文 / 古 岡 滉 鑾 査 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 暁 印 刷 株 式 会 社 製 本 文 勇 堂 製 本 工 業 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , OYukiko lwata 1970 Printed in Japan ISBN4 ー 05 ー 050240 ー 2 C0393 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す

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女 界 」 「 婦 人 公 論 」 「 婦 人 倶 楽 部 」 を も じ っ た も の 。 一 拓 務 大 臣 植 民 地 ・ 移 植 民 な ど に 関 す る 行 政 を つ か さ ど っ た 三 発 ク キ チ ・ カ ン 小 説 家 ・ 戯 曲 家 で あ り 文 藝 春 秋 社 長 で あ っ た 拓 務 省 の 長 官 。 菊 池 寛 ( 1888 ~ 1948 ) の も じ り 。 巴 五 ア ・ ラ ・ モ ー ド 5 la mode ( 仏 ) 。 最 新 流 行 の 。 現 代 式 。 三 ” 蝶 竹 れ や ″ 珍 興 “ 松 竹 映 画 と 新 興 キ ネ マ の も じ り 。 E0i( ゴ ン ス ケ 業 飯 た き 男 、 下 男 の 異 名 。 三 初 瀬 川 是 々 観 評 論 家 長 谷 川 如 是 閑 ( 一 875 ~ 一 8 ) の も じ り 。 四 フ ィ レ ・ ド ・ ソ ー ル 6 可 de sole ( 仏 ) 。 ひ ら め の 切 身 。 = " 解 造 と ″ 中 庸 公 論 。 総 合 雑 誌 の 「 改 造 」 と 「 中 央 公 論 」 四 2 川 島 武 男 蘆 花 の 小 説 『 不 如 帰 』 の 男 主 人 公 。 こ こ で は 、 そ の も じ り 。 ″ 珍 青 年 れ は 「 新 青 年 」 の も じ り 。 の モ デ ル と い わ れ て い る 明 治 大 正 の 実 業 家 の 三 島 弥 太 郎 ( 1 7 三 九 藤 原 銀 次 郎 ( 1869 ~ 1960 ) 実 業 家 。 昭 和 八 年 、 製 紙 ト ラ ス ~ 1919 ) を さ す 。 ト 王 子 製 紙 を 実 現 し 、 製 紙 王 と 呼 ば れ た 。 ä0< 戯 れ に 恋 は す ま じ フ ラ ン ス 浪 漫 派 の 詩 人 ア ル フ レ ッ ド ・ ミ き ら こ う す け の す け よ し な 立 = 充 五 吉 良 赤 穂 浪 士 に 討 た れ た 吉 良 上 野 介 義 央 ( 1640 ~ 1702 ) 。 ュ ッ セ の 恋 愛 喜 劇 の 日 本 語 訳 の 題 名 に よ る 。 三 突 大 下 辻 郎 当 時 の 有 名 な 活 動 写 真 弁 士 の 大 辻 司 郎 の も じ り 。 XO< 天 人 に 偽 り は な き も の を 謡 曲 「 羽 衣 」 の 一 節 で 天 人 の セ リ 売 七 カ ネ は 涙 か 溜 息 か 昭 和 六 年 の 流 行 歌 「 酒 は 涙 か 溜 息 か 」 ( 高 フ 。 「 い や 疑 ひ は 人 間 に あ り 、 天 に 偽 り な き も の を 」 。 橋 掬 夫 郎 作 詞 、 古 賀 政 男 作 曲 、 藤 山 一 郎 唄 ) に よ る 。 巴 0 駄 々 羅 遊 ひ 遊 郭 で 金 銭 を 浪 費 し て 遊 興 す る こ と 。 き よ う が の こ む す め ど う じ よ ろ 三 九 七 カ ネ に 恨 み は 数 々 ご ざ る 安 珍 清 姫 の 舞 踊 劇 「 京 鹿 子 娘 道 成 巴 三 河 漁 師 は 河 で 果 て る 河 べ に 生 ま れ 育 っ て 河 に な れ た も の は 寺 」 の 一 節 。 鐘 を 金 に す り か え て い る 。 河 で 死 ぬ 。 特 技 の あ る も の は そ れ で 身 を ほ ろ ・ ほ す こ と に も い う 。 ハ ー フ ・ ボ ・ フ half bob ( 英 ) 。 極 端 で な い 軽 い 断 髪 。 巴 三 フ ェ ミ ナ リ テ ィ feminality ( 英 ) 。 女 で あ る こ と 。 ド レ フ ュ ス 事 件 一 八 九 四 年 、 フ ラ ン ス で 、 ユ ダ ヤ 系 の ド レ 巴 三 盛 塩 料 理 店 な ど で 吉 事 の 到 来 を 祈 っ て 門 口 に 盛 る 塩 。 フ - ス 大 尉 が ド イ ツ の ス ・ ( イ の 嫌 疑 を か け ら れ 終 身 刑 に さ れ た 巴 七 サ チ ン satin ( 英 ) 。 し ゆ す 。 し ゆ す 織 り 。 が 、 作 家 ゾ ラ な ど の 知 識 人 の 活 躍 も あ っ て 、 の ち に 無 罪 が 明 ら 巴 七 tl ー ・ フ ・ ド ・ ソ ワ レ 3 「 de soirée ( 仏 ) 。 夜 会 服 。 あ り わ ら の 、 と か た か に な っ た 政 治 的 大 事 件 。 巴 八 年 の 内 に 春 や 来 り し 在 原 元 方 の 「 年 の 内 に 春 は き に け り ひ 四 8 プ ロ ・ ハ ガ ン ダ propaganda ( 英 ) 。 宣 伝 。 と と せ を こ ぞ と や い は ん 一 HJ し と や い は ん 」 ( 「 古 今 和 歌 集 』 春 四 8 佐 々 木 与 次 郎 漱 石 の 「 三 四 郎 』 の 登 場 人 物 。 名 訳 を つ け た 歌 上 ) に よ る 。 西 諺 は "Pity's akin to love. 紅 野 敏 郎 め ぐ 矍 ) 岩 見 重 太 郎 戦 国 時 代 の 伝 説 的 豪 傑 。 諸 国 を 巡 っ て 勇 名 を と あ ま は し だ て 吉 田 正 信 ど ろ か せ 、 天 の 橋 立 で 父 の 仇 を 討 っ て の ち は 、 豊 臣 秀 吉 に 仕 え た と い わ れ る 。 あ だ

現代日本の文学 30 獅子 文六 集


一 を か い お ん じ ち ょ う ご ろ う 罘 た て 海 音 寺 潮 五 郎 氏 の ほ か 、 と く に 鹿 児 島 県 出 身 作 家 と い の ふ る さ と 宀 呂 う も の は 見 当 ら な い 桜 島 の 古 里 温 泉 に は 、 林 芙 美 子 真 眺 も 籠 の 文 学 碑 が あ る が 、 こ れ は 彼 女 の 母 の 里 に ち な ん だ も 参 な 密 館 ・ 日 ′ 》 市 の で あ る し 、 坊 の 津 に は 「 人 生 幻 化 に 似 た り 」 と 刻 ま う め ざ き よ る お 教 年 , 図 れ た 梅 崎 春 生 の 文 学 碑 が あ る が 、 こ れ は 梅 崎 春 生 の 名 青 を 内 0 く ら じ ま 美 ど 館 作 「 桜 島 」 や 「 幻 化 」 に ち な ん だ も の で あ る に す ぎ な は や と 海 頃 ト 間 薩 摩 隼 人 は 、 文 学 に は 適 応 性 を 持 た な い よ う だ 。 そ の か わ り 、 薩 摩 人 の エ ネ ル キ ー は 、 島 津 治 下 の 七 百 艇 い 若 ノ 出 蹴 て の の 外 年 以 前 か ら 、 一 貫 し て 政 治 と 軍 事 に 集 中 さ れ て き た 。 れ 帥 学 の こ う い う 鹿 児 島 的 特 性 は 、 そ っ く り 県 立 二 中 に 流 れ 殊 に 元 理 曜 特 匇 の 物 日 軍 た 陳 0 函 文 。 海 て い た し 、 そ う い う 特 性 の 純 粋 培 養 と し て 谷 真 人 が 生 つ が 列 英 た れ て く る の で あ る だ ど 陳 る つ - ( を 「 ー 定 な , た な た 作 中 で 、 県 立 二 中 の 校 庭 に あ る と さ れ て い る 「 中 原 な お す け の ひ く っ 予 器 は 然 い ま な お 甲 南 高 校 の 校 庭 に あ る 。 日 本 猶 介 之 碑 」 は 、 る 兵 人 整 な 1 耽 れ 攻 真 の ま み 海 軍 創 始 期 の 先 覚 者 と で も い う べ き 人 で あ る 。 さ 特 「 代 済 読 そ の 校 庭 の 一 隅 に 「 追 思 之 碑 」 と い う の か あ っ た 。 用 の 。 時 が 使 く 室 学 気 を に 多 料 留 は 本 戦 後 建 て ら れ た も の で あ る 。 二 中 関 係 の 戦 死 者 は じ め 期 か 資 国 で う 殉 職 者 を 祀 っ た も の で あ る 。 末 は の 英 け い 私 は 、 こ れ ら 二 つ の 碑 の あ い だ を 歩 き な が ら 、 ふ と 、 争 の 館 た だ と ほ う あ ん て ん ち ゃ っ 戦 こ 考 ま れ 伝 考 え て み た 。 戦 後 、 日 本 全 国 の 学 校 か ら 、 奉 安 殿 と 忠 洋 , 参 , そ 詳 碑 は 追 放 さ れ て い 「 た 。 新 た に 「 追 思 之 碑 」 の ご と - ト 、 平 は 育 章 う 帥 太 に 教 勲 も 元 き も の を 作 る と い う 気 風 も な い 。 そ れ だ け で は な い 上 わ 右 し が 東 昭 和 四 十 年 代 に 入 る と 、 「 わ だ つ み の 像 」 も ひ き す り げ ん か

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獅 子 文 六 集

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で あ っ た 。 太 平 洋 戦 争 と い う あ の 戦 争 は な ん だ っ た の な い よ う な 空 気 」 と は 、 瀬 戸 内 の 島 の 天 然 の 美 し さ と 、 き び 口 に 海 軍 精 神 と い わ れ る よ う な 人 工 的 イ デ ー の 厳 し だ ろ う 。 そ し て 、 そ の な か で 死 ん で い っ た た く さ ん の 若 者 の 生 命 と は な ん だ っ た の だ ろ う 。 私 は 、 そ れ に 対 さ と が 生 ん で み せ た 一 つ の 作 品 だ っ た の で は な い か 。 お く - う 少 年 時 代 の 私 は 、 身 体 虚 弱 か っ 臆 病 で あ っ た か ら 、 兵 し て 、 明 央 に 語 る べ き 言 葉 を も っ て は い な い 。 戦 争 を 学 校 を 志 望 し よ う と 思 っ た こ と も な い し 、 海 軍 好 き の 憎 悪 し 、 戦 争 を 否 定 す る 念 は 、 戦 争 末 期 に 青 年 期 を 迎 少 年 で も な か っ た 。 し か し 、 も し 軍 隊 と い う も の に 美 え た 私 と し て も 、 人 後 に 落 ち ょ う は す も な い が 、 谷 真 し い イ デ ー が あ る も の と し た ら 、 そ れ は 兵 学 校 に よ っ 人 と い う 青 年 の 短 か っ た 生 涯 を 考 え る と き 、 問 題 は も て 作 ら れ る の で は な い か と い う 思 い を 托 し た こ と は あ っ と 深 く 悲 し い 人 間 の 暗 部 に ま で つ き 当 る よ う で あ る か っ て の 江 田 島 、 か っ て の 兵 学 校 と は 、 あ る 時 代 の 戦 後 も 、 戦 争 中 の 陸 軍 の 無 知 ・ 傲 慢 ・ 粗 に 比 し て 、 海 軍 の 美 徳 を の べ る 人 が 多 い 。 軍 隊 と い う も の が 、 た 日 本 が 懸 命 に 作 り あ げ た 、 あ る イ デ ー の 実 現 で あ っ た 。 ん な る 侵 略 的 暴 力 集 団 で な し に 、 も し そ こ に 人 間 の 高 そ の 意 味 で 、 そ れ は 一 つ の 文 化 で あ り 、 一 つ の 作 品 で 雅 さ と か 厳 粛 さ と か が あ る も の だ と し た ら 、 そ う い う あ っ た 。 い ま は そ の イ デ ー は 存 在 も し な い し 、 必 要 で も な イ デ ー の 托 さ れ て い た の が 兵 学 校 で あ っ た 。 、 0 そ の 意 味 で 、 厳 密 に は 、 江 田 島 は び た し 、 廃 墟 こ ん に ち の 日 本 に は 、 そ う い う イ デ ー は 存 在 し な い い ま 自 衛 隊 の 学 校 が あ る し 、 求 め ら れ て も い な い 。 江 田 島 か ら は イ デ ー が 消 え と な っ た 。 私 は そ の あ と に 、 島 の 天 然 の 美 し さ は い ま も あ る が 、 イ デ ー の 滅 び こ と を 喜 ば な い 。 自 衛 隊 に は か っ て の イ デ ー は な い し 、 た あ と に 、 人 間 の 美 し さ は な い 。 江 田 島 は 「 こ の 世 の ま た あ る 必 要 も な い 。 異 質 の も の を 、 な ま し 伝 統 的 に ひ 、 よ う も の と は 思 わ れ な い よ う な 」 イ デ ー の 秘 境 で は な く な 連 続 さ せ る こ と は 、 無 意 味 で も あ る 以 上 に 、 有 害 で も あ る 私 は 、 か っ て の 江 田 島 イ デ ー を 復 活 さ せ た い な ど と い ま も そ の 構 内 の 参 考 館 に は 、 谷 真 人 ( 横 山 正 治 ) し は 、 つ ゆ 思 わ な い 。 復 活 す る は す の も の で も な い ら 「 軍 神 」 た ち の 遺 書 類 が 保 存 さ れ て い る 。 か し か っ て は 、 そ の イ デ ー の も と に 生 死 し て い っ た 人 こ う い う 過 去 に 出 会 う こ と は 、 胸 の 痛 む つ ら い こ と

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73 海 軍 の 出 し よ う が な か っ た 。 優 し い 、 美 し い 声 で あ る の に 、 音 に 当 り 、 近 代 海 軍 の 創 設 に 献 身 し た の で あ る 。 彼 は 、 真 に 痴 と い う の か 、 小 学 校 以 来 、 ロ ク な 点 を と っ た こ と が な い 愛 国 の 士 で あ っ て 、 来 る べ き 時 代 の 戦 争 に 、 国 家 も 藩 も 、 こ ろ う た た か の で あ る 。 何 事 を 欠 い て る か を 、 痛 切 に 知 り 抜 い て 、 固 陋 な 思 想 と 闘 お う せ い 試 験 の 終 っ た 日 に 、 河 田 校 長 の 講 話 が あ る か ら 、 一 年 生 っ た の で あ る 。 帝 国 海 軍 が 旺 盛 な る 精 神 力 と 共 に 、 比 類 な は 、 大 講 堂 に 集 れ と い う 、 告 示 が あ っ た 。 き 科 学 的 優 秀 性 を 誇 る 現 在 こ そ 、 実 に 中 原 猶 介 の 夢 で あ っ 白 い 日 覆 を 、 帽 子 に つ け た 生 徒 達 が 、 続 々 と 、 大 講 堂 へ た の で あ る 。 * そ っ け ん 繰 り 込 ん だ 。 本 校 舎 と 、 別 棟 に な っ て る 大 講 堂 は 、 ヒ ン ヤ 猶 介 は 江 戸 に 留 学 し て 、 江 川 太 郎 左 衛 門 や 安 井 息 軒 の 門 た ま た ま リ と 、 清 潔 な 空 気 が 流 れ て い た 。 雪 の よ う に 白 い 、 正 面 の に 入 っ た が 、 安 井 塾 に 在 る 頃 、 偶 々 薩 摩 の 蒸 汽 軍 艦 が 品 川 壁 に 、 菊 の 御 紋 章 が 、 輝 い て い た 。 生 徒 達 は 、 誰 も 、 入 口 へ 入 港 し た 。 朝 野 の 見 物 人 が 堵 を な し た が 、 息 軒 も 猶 介 を で 脱 帽 し て 、 最 敬 礼 の 姿 勢 を と っ た 。 案 内 と し て 、 艦 内 を 一 巡 し た 。 猶 介 は そ の 軍 艦 は 自 分 が 建 か ら だ デ ッ プ リ し た 河 田 校 長 の 嘔 も 、 深 く 、 腰 を 屈 め て か ら 、 造 し た こ と を 、 一 言 も 師 に 語 ら な か っ た 。 後 に そ の 事 実 を た い そ く 演 壇 に 着 い た 。 知 り 、 息 軒 は 太 息 し て 、 猶 介 の 人 物 に 膝 を 打 っ た と い う 。 き よ う け ん 「 今 日 の 話 の 題 は 、 海 軍 の 先 覚 者 中 原 猶 介 に つ い て で あ り こ の 恭 謙 さ こ そ 、 東 郷 元 帥 に 継 が れ た 、 一 つ の 郷 土 精 神 で ま す 。 諸 君 の 全 て は 、 わ が 校 庭 に あ る 、 あ の 碑 の 碑 文 を 見 は な か っ た か 。 す で て 、 既 に ご 承 知 の こ と と お も う が : : : 」 猶 介 は わ が 国 最 初 の 機 械 水 雷 を 造 っ て 、 薩 英 戦 争 に 備 え 一 年 生 達 は 、 顔 を 見 合 わ し た 。 誰 も 、 隆 夫 と 同 じ よ う た 。 ま た 砲 術 の 大 家 で あ る た め に 、 鳥 羽 伏 見 の 戦 い に 出 に 、 碑 の 存 在 す ら 気 づ か な か っ た の で あ る 。 陣 、 新 政 府 か ら 、 海 軍 参 謀 に 任 ぜ ら れ た 。 さ ら に 、 北 陸 の て ん ぼ う 「 ち ょ う ど 、 あ の 碑 の あ る と こ ろ に 、 屋 敷 が あ っ て 、 天 保 戦 い を 応 援 し て 、 河 井 継 之 助 と 対 陣 す る う ち 、 敵 弾 を 右 脚 う ぶ ご え 三 年 四 月 八 日 に 、 そ こ で 産 声 を あ げ た 鉄 心 斎 中 原 猶 介 は に 受 け 、 そ れ が 因 と な っ て 、 三 十 七 年 の 生 涯 を 終 っ た 。 そ の 最 期 も 亦 、 常 人 と 異 な る も の が あ っ た 。 あ れ ほ ど 科 学 を し り ぞ 校 長 の 講 話 は 、 約 一 時 間 続 い た が 、 そ れ を 要 約 す る と 、 信 仰 し て い た 癖 に 、 天 命 と 知 る や 、 一 切 の 医 薬 と 治 療 を 却 ま ば た 猶 介 は 科 学 者 で あ り 、 教 育 家 で あ り 、 ま た 、 壮 烈 な る 軍 人 け た の で あ る ー ー 、 真 人 は 、 こ の 講 話 を 、 瞬 き も せ ず に 聴 い で も あ っ た 。 十 八 歳 に し て 、 長 崎 で 蘭 学 を 学 び 、 二 十 二 歳 て い た 。 で 藩 公 斉 彬 の 許 可 の も と に 、 薩 摩 水 軍 の 造 兵 造 船 造 機 の 職 か が

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四 十 一 歳 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 四 十 五 歳 一 一 月 、 「 現 代 戯 曲 家 総 評 」 を 「 文 芸 」 に 、 三 月 、 戯 曲 「 朝 日 屋 絹 物 一 月 、 「 女 給 双 面 鏡 」 を 「 日 の 出 」 に 連 載 。 「 女 軍 」 を 「 婦 人 公 論 」 店 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 七 月 、 「 サ ラ ・ ・ ヘ ル ナ ー ル 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 連 載 。 三 月 、 文 学 座 の 第 一 回 試 演 と し て 「 ク ノ ッ ク 」 と 「 わ が 家 に 、 八 月 、 翻 案 物 「 十 九 歳 の 息 子 」 を 「 若 草 」 に 発 表 。 十 月 、 獅 子 の 平 和 」 を 飛 行 館 で 上 演 す る 。 六 月 、 「 断 髪 女 中 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 文 六 の ・ ヘ ン ネ ー ム で 、 小 説 「 金 色 青 春 譜 」 を 「 新 青 年 」 に 連 載 。 十 に 、 七 月 、 「 今 年 の 春 の 外 套 」 を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 に 発 表 。 「 沙 羅 乙 一 月 、 『 金 色 青 春 譜 』 を ア ト リ エ 社 か ら 出 版 。 こ の こ ろ 、 友 田 恭 助 、 女 」 を 「 毎 日 新 聞 」 に 連 載 。 『 青 空 部 隊 』 を 春 陽 堂 か ら 刊 行 。 八 月 、 田 村 秋 子 ら に よ る 築 地 座 で の 「 に ん じ ん 」 な ど を 演 出 し た 。 四 月 、 「 豪 傑 」 を 「 大 陸 」 に 、 「 猿 も 木 か ら 落 ち る 」 を 「 日 の 出 」 に 、 九 月 、 愛 媛 県 出 身 の 富 永 シ ヅ 子 と 結 婚 。 東 京 の 渋 谷 千 駄 ヶ 谷 に 移 る 。 「 桜 桃 三 塁 手 」 を 「 雄 弁 」 に 発 表 。 『 胡 椒 息 子 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 昭 和 十 年 ( 一 九 三 五 ) 四 十 二 歳 十 月 、 「 信 子 」 を 「 主 婦 之 友 」 に 連 載 。 三 月 、 「 浮 世 酒 場 」 を 「 新 青 年 」 に 連 載 。 四 月 、 「 金 髪 日 本 人 」 を 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 四 十 六 歳 「 改 造 」 に 、 九 月 、 「 巷 に 歌 あ ら ん 」 を 「 文 芸 」 に 、 十 月 、 「 呑 気 族 」 一 月 、 「 南 京 料 理 事 始 」 を 「 新 青 年 」 に 発 表 。 一 一 月 、 『 沙 羅 乙 女 』 を を 「 新 青 年 」 に 、 「 久 里 岬 土 産 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 新 潮 社 か ら 刊 行 。 七 月 、 「 東 京 温 泉 」 を 「 週 刊 朝 日 」 に 連 載 。 八 月 、 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 四 十 三 歳 「 団 体 旅 行 」 を 「 新 青 年 」 に 発 表 。 一 月 、 『 遊 覧 列 車 』 を 改 造 社 か ら 出 版 。 三 月 、 「 霊 魂 工 業 」 を 「 改 造 」 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 四 十 七 歳 に 発 表 、 「 楽 天 公 子 」 を 「 新 青 年 」 に 連 載 。 五 月 、 「 松 の 一 番 」 を 一 月 、 「 わ れ 過 て り 」 を 「 ユ ー モ ア ク ラ ブ 」 に 発 表 。 「 虹 の 工 場 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 発 表 。 七 月 、 最 初 の 新 聞 小 説 「 悦 ち ゃ ん 」 を 「 報 「 日 の 出 」 に 連 載 り 『 牡 丹 亭 雑 記 ー 理 窟 ・ 話 ・ 随 筆 』 を 白 水 社 か ら 、 知 新 聞 」 に 連 載 。 ダ ビ の 「 北 ホ テ ル 」 お よ び 「 男 と 犬 」 を 『 フ ラ ン 『 東 京 温 泉 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 四 月 、 「 太 陽 先 生 」 を 「 主 婦 之 友 」 ス 現 代 小 説 』 の 第 五 巻 と し て 第 一 書 房 か ら 刊 行 。 八 月 、 「 エ ロ イ ズ 物 に 連 載 。 十 二 月 、 『 近 代 劇 以 後 」 を 河 出 書 房 か ら 刊 行 。 語 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 十 一 月 、 『 楽 天 公 子 』 を 白 水 社 か ら 刊 行 。 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 四 十 八 歳 昭 和 ャ ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 四 十 四 歳 一 月 、 『 虹 の 工 場 』 を 新 潮 社 か ら 刊 ( 六 月 、 「 南 の 風 」 を 「 朝 日 新 譜 一 月 、 「 達 磨 町 七 番 地 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 連 載 。 「 青 春 売 場 日 記 」 を 聞 」 に 連 載 。 四 十 九 歳 「 主 婦 之 友 」 に 連 載 。 「 東 西 粋 人 伝 」 を 「 新 青 年 」 に 発 表 。 三 月 、 『 悦 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) ち ゃ ん 』 を 講 談 社 か ら 、 『 舶 来 雑 貨 店 』 を 白 水 社 か ら 、 六 月 、 「 達 磨 一 月 、 「 兵 六 夢 物 語 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 発 表 。 『 南 の 風 』 を 新 潮 社 か 年 町 七 番 地 』 を 白 水 社 か ら 、 八 月 、 『 青 春 売 場 日 記 』 を 春 陽 堂 か ら 『 新 ら 刊 行 。 二 月 、 「 お ば あ さ ん 」 を 「 主 婦 之 友 」 に 連 載 。 四 月 、 『 将 軍 作 ュ ー モ ア 全 集 』 の 一 巻 と し て 刊 行 。 九 月 、 「 青 空 部 隊 」 を 「 オ ー 鮒 を 釣 ら す 』 を 錦 城 出 版 社 か ら 刊 行 。 七 月 一 日 、 「 海 軍 」 を 「 朝 日 ル 読 物 」 に 発 表 。 「 胡 椒 息 子 」 を 「 主 婦 之 友 」 に 連 載 。 久 保 田 万 太 新 聞 」 に 連 載 。 こ の 年 、 『 劇 場 と 書 斎 』 を モ ダ ン 日 本 社 か ら 刊 行 。 郎 、 岸 田 国 士 と と も に 文 学 座 を つ く る 。 六 月 、 姉 米 子 死 去 。

現代日本の文学 30 獅子 文六 集


二 月 、 「 出 雲 の 神 様 」 を 「 マ ド モ ア ゼ ル 」 に 発 表 。 六 月 、 『 ア ノ デ ル る 。 八 月 、 『 獅 子 文 六 集 』 を 集 英 社 か ら 「 日 本 文 学 全 集 」 の 第 五 十 さ ん の 記 』 を 角 川 書 店 か ら 刊 行 。 同 月 、 『 岩 田 豊 雄 演 劇 評 論 集 』 を 、 八 五 巻 と し て 刊 行 。 十 二 月 、 『 食 味 歳 時 記 』 を 文 藝 春 秋 よ り 刊 行 。 月 、 『 可 否 道 』 を 、 九 月 、 『 岩 田 豊 雄 創 作 ・ 翻 訳 戯 曲 集 』 を 新 潮 社 か 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 七 十 六 歳 ら 刊 行 。 「 初 の 船 旅 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 十 一 月 、 「 待 合 の 初 味 」 一 月 、 随 筆 「 障 子 の 春 」 を 「 読 売 新 聞 」 に 、 「 大 洲 の 殿 様 と も う 一 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 人 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 発 表 。 三 月 、 『 信 子 ・ お ば あ さ ん 』 を 主 婦 の 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 七 十 一 歳 友 社 か ら 刊 行 。 四 月 、 テ レ ビ で 「 信 子 と お ば あ ち ゃ ん 」 が 放 一 月 、 「 愚 者 の 楽 園 」 を 「 読 売 新 聞 」 に 連 載 。 九 月 、 「 南 の 男 」 を 映 開 始 さ れ る 。 六 月 、 「 あ ん と る め ー 人 物 ・ 風 物 ・ 食 物 」 を 「 諸 君 」 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 十 一 月 、 『 南 の 男 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 十 一 一 月 、 に 連 載 。 『 好 食 っ れ づ れ 草 』 を 角 川 書 店 か ら 刊 行 。 七 月 、 テ 「 オ リ イ ヒ ッ ク と プ ラ イ ・ ハ シ ー 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 『 獅 子 文 六 レ ビ で 「 胡 椒 息 子 」 が 放 映 開 始 さ れ る 。 「 サ イ レ ン 女 中 」 を 「 小 説 集 』 を 河 出 書 房 よ り 「 現 代 の 文 学 」 の 第 四 巻 と し て 刊 行 。 新 潮 」 に 発 表 。 十 月 、 随 筆 「 富 国 の 夢 ー だ が ″ 強 兵 “ は ご 免 」 を 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) 七 十 一 一 歳 「 サ ン ケ イ 新 聞 」 に 発 表 。 十 一 月 、 長 年 に わ た る ユ ー モ ア 文 学 創 作 一 月 、 「 サ イ ゴ ン に て 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 「 父 の 乳 」 を 「 主 婦 活 動 お よ び 演 劇 活 動 に 対 し て 、 第 二 十 九 回 文 化 勲 章 が 授 与 さ れ る 。 の 友 」 に 連 載 。 七 月 、 「 狂 言 ・ 鬼 の 始 末 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 十 二 月 十 三 日 、 脳 出 血 の た め 赤 坂 八 丁 目 の 自 宅 で 死 去 。 七 十 三 歳 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) 一 月 、 「 出 る 幕 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 二 月 、 随 筆 「 折 り 折 り の 一 月 、 絶 筆 「 モ ー ニ ン グ 物 語 」 が 「 朝 日 新 聞 」 元 日 号 に 、 最 後 の 対 人 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 連 載 。 五 月 、 随 筆 「 小 泉 さ ん の こ と 」 を 「 読 談 と な っ た 飯 沢 匡 と の 対 談 「 遠 近 問 答 」 が 「 週 刊 朝 日 」 新 年 号 に の 売 新 聞 」 に 発 表 。 っ た 。 七 十 四 歳 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 四 月 、 「 読 売 新 聞 」 に 「 但 馬 太 郎 治 伝 」 を 連 載 。 胖 臓 炎 で 慶 応 病 院 に 入 院 。 こ の こ ろ か ら 、 と み に 老 い の す す む の を 感 ず る 。 八 月 、 『 吉 川 英 治 ・ 獅 子 文 六 集 』 を 文 藝 春 秋 か ら 「 現 代 日 本 文 学 館 」 の 第 三 十 一 一 巻 と し て 刊 行 。 十 一 月 、 「 但 馬 太 郎 治 伝 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 七 十 五 歳 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) 一 月 、 「 食 味 歳 時 記 」 を 「 ミ セ ス 」 に 連 載 。 『 父 の 乳 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 二 月 、 胆 の う 炎 を わ ず ら う 。 そ の 後 は 、 好 き な ゴ ル フ を や め 、 小 唄 の 稽 古 に は げ む 。 三 月 、 「 特 殊 潜 航 艇 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 五 月 、 『 獅 子 文 六 全 集 』 全 十 六 巻 が 朝 日 新 聞 社 か ら 刊 行 さ れ は じ め こ の 年 譜 は 、 瀬 沼 茂 樹 氏 の 「 獅 子 文 六 年 」 お よ び 、 朝 日 新 聞 社 刊 の 「 獅 子 文 六 全 集 」 の 年 譜 を 参 考 に し て 、 編 集 部 が 作 成 し た も の で す 。