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検索対象: 現代日本の文学 32 伊藤 整 集

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現代日本の文学 32 伊藤 整 集


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現代日本の文学 32 伊藤 整 集


現 代 日 本 の 文 学 32 全 60 巻 伊 藤 整 集 昭 和 45 年 6 月 1 日 初 版 発 行 昭 和 57 年 10 月 1 日 27 版 発 行 著 者 伊 藤 整 発 行 者 古 岡 滉 発 行 所 鑾 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 OSadako lto 1970 Printed ⅲ Japan ISBN4 一 05 ー 050242 ー 9 C0393 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す

現代日本の文学 32 伊藤 整 集


宿 、 通 学 し た 。 上 級 生 の 鈴 木 重 道 を 知 り 文 学 上 の 感 化 を う け た 。 大 正 十 年 ( 一 九 二 一 ) 十 六 歳 と う し や ば ん 前 年 よ り 詩 作 を は じ め 、 級 友 石 島 三 郎 と 謄 写 版 刷 同 人 雑 誌 「 踏 絵 」 を 発 刊 ( 三 号 で 終 刊 ) 。 大 正 十 一 年 ( 一 九 一 = l) 十 七 歳 四 月 、 小 樽 高 等 商 業 学 校 ( 現 ・ 小 樽 商 科 大 学 ) に 入 学 。 一 年 上 級 に 小 林 多 喜 一 一 、 高 浜 年 尾 が い た 。 明 治 三 十 八 年 ( 一 九 〇 五 ) 十 八 歳 一 月 十 六 日 ( 戸 籍 面 で は 一 一 十 五 日 ) 、 北 海 道 松 前 郡 炭 焼 沢 村 ( 後 、 白 神 大 正 十 ニ 年 ( 一 九 二 三 ) な る み か わ さ 、 の ば る 村 、 現 ・ 松 前 町 ) の 母 鳴 海 タ マ の 実 家 で 、 伊 藤 昌 整 の 長 男 と し て 出 秋 、 川 崎 昇 と 詩 歌 の 同 人 雑 誌 「 青 空 , を 創 刊 。 生 。 父 昌 整 は 広 島 県 高 田 郡 粟 屋 村 の 伊 藤 彦 五 郎 の 六 男 ( 明 治 四 年 九 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 一 一 十 歳 月 一 一 十 八 日 生 ) 。 日 清 戦 争 に 出 征 後 、 明 治 三 十 四 年 、 海 軍 水 路 部 臨 時 三 月 、 小 樽 高 商 を 卒 業 。 新 設 の 市 立 小 樽 中 学 校 教 論 と な る 。 測 量 員 と し て 北 海 道 に わ た り 、 ま も な く 辞 職 、 教 員 と な り 、 土 着 し 大 正 十 五 年 ・ 昭 和 元 年 ( 一 九 二 六 ) 一 一 十 一 歳 も も た そ う じ た 。 母 タ マ は 炭 焼 沢 村 鳴 海 福 次 郎 の 次 女 ( 明 治 十 七 年 十 月 五 日 生 ) 。 十 一 月 、 百 田 宗 治 主 宰 の 詩 誌 「 椎 の 木 」 同 人 と な る 。 同 人 に 三 好 達 い ぬ い な お え 明 治 三 十 五 年 十 一 一 月 一 一 日 、 昌 整 と 結 婚 ( 入 籍 は 遅 れ る ) 。 長 姉 照 ( 明 治 、 丸 山 薫 、 乾 直 恵 、 阪 本 越 郎 ら が い た ( 一 カ 年 で 廃 刊 ) 。 十 二 月 、 治 三 十 六 年 生 ) 、 他 に 弟 妹 十 名 出 生 。 父 昌 整 は 日 露 戦 争 に 出 征 、 二 処 女 詩 集 「 雪 明 り の 路 」 を 椎 の 木 社 よ り 自 費 出 版 。 〇 三 高 地 で 重 傷 を う け て 帰 国 。 旭 川 連 隊 の 官 舎 に 移 る 。 昭 和 ニ 年 ( 一 九 二 七 ) 一 一 十 一 一 歳 明 治 三 十 九 年 ( 一 九 〇 六 ) 一 歳 四 月 、 東 京 商 科 大 学 本 科 ( 現 ・ 一 橋 大 学 ) に 入 学 し た が 、 一 年 休 学 一 月 、 父 は 余 市 町 尋 常 高 等 小 学 校 代 用 教 員 と な り 、 四 月 、 忍 路 郡 塩 し て 小 樽 中 学 の 教 職 を つ づ け た 。 0 す け ぎ わ 谷 村 伍 助 沢 簡 易 教 育 所 代 用 教 員 と な る 。 昭 和 三 年 ( 一 九 二 八 ) 一 一 十 三 歳 あ ほ う ど り か わ は ら な お い ち ろ う 明 治 四 十 ニ 年 ( 一 九 〇 九 ) 四 歳 一 月 、 河 原 直 一 郎 、 川 崎 昇 と 同 人 雑 誌 「 信 天 翁 」 を 創 刊 。 四 月 、 上 八 月 、 父 、 塩 谷 村 役 場 書 記 と な り 、 十 月 、 塩 谷 村 ( 現 ・ 小 樽 市 塩 谷 京 し て 麻 布 区 飯 倉 片 町 三 一 一 の ロ 訪 に 下 宿 。 北 川 冬 彦 、 仲 町 貞 子 ら 町 ) の 新 居 に 移 る 。 と 同 宿 。 ま た 淀 野 隆 三 、 外 村 繁 、 梶 井 基 次 郎 、 春 山 行 夫 、 瀬 沼 茂 樹 明 治 四 十 四 年 ( 一 九 一 一 ) 六 歳 ら と 知 る 。 七 月 、 父 昌 整 死 去 。 北 海 道 の 塩 谷 村 へ 帰 る 。 十 一 月 、 丸 四 月 、 塩 谷 尋 常 高 等 小 学 校 に 入 学 。 上 級 生 に 小 林 北 一 郎 、 杉 沢 仁 太 山 、 阪 本 、 川 崎 、 乾 ら と 第 一 一 次 「 椎 の 木 ー 創 刊 。 東 京 市 外 和 田 堀 松 郎 が い た 。 ノ 木 の 田 園 ア パ ー ト に 転 居 。 大 正 六 年 ( 一 九 一 七 ) 昭 和 四 年 ( 一 九 一 五 ) 一 一 十 四 歳 十 一 一 歳 四 月 、 北 海 道 庁 立 小 樽 中 学 校 に 入 学 ・ 小 樽 の 小 林 北 一 郎 の 家 に 寄 三 月 、 河 原 、 川 崎 と 批 評 雑 誌 「 文 芸 レ ビ = ー 」 創 刊 。 四 月 、 東 京 商

現代日本の文学 32 伊藤 整 集


昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 三 十 一 歳 を 創 刊 。 大 陸 開 拓 文 芸 懇 話 会 に 参 加 ・ 二 月 「 徴 笑 , を 「 文 芸 」 に 、 4 一 月 「 葡 萄 園 」 を 「 新 潮 」 に 、 三 月 「 青 い 鉄 柵 」 を 「 文 藝 春 秋 ー に コ 一 重 眼 鏡 」 を 「 文 学 者 、 に 発 表 。 「 霧 氷 , を 雑 誌 「 長 編 文 庫 」 に 発 表 。 杉 並 区 和 田 本 町 七 一 四 に 移 る 。 五 月 「 浪 の 響 き の な か で 」 を 連 載 。 四 月 、 第 四 評 論 集 「 現 代 の 文 学 」 を 河 出 書 房 よ り 刊 行 。 福 田 「 文 学 界 」 に 、 六 月 「 太 郎 の 家 」 を 「 早 稲 田 文 学 」 に 発 表 。 丹 羽 文 清 人 、 湯 浅 克 衛 、 田 郷 虎 雄 、 田 村 泰 次 郎 、 近 藤 春 雄 と 七 週 間 に わ た 雄 、 尾 崎 一 雄 、 外 村 繁 、 田 畑 修 一 郎 、 川 崎 長 太 郎 、 上 林 暁 、 浅 見 淵 0 て 満 支 旅 行 。 五 月 、 第 六 小 説 集 「 街 と 村 』 を 第 一 書 房 よ り 、 随 筆 ら と 同 人 雑 誌 「 文 学 生 活 」 を 主 張 社 よ り 創 刊 。 七 月 「 性 格 の 層 、 を 集 「 四 季 」 を 赤 塚 書 房 よ り 刊 行 。 六 月 「 邂 逅 , を 「 新 潮 」 に 、 八 月 「 文 芸 」 に 、 九 月 「 故 園 の 顔 ー を 「 新 潮 ー に 発 表 。 「 息 吹 き ー を 「 文 芸 」 に 、 十 一 月 「 食 い ち が い 」 を 「 知 性 , に 発 表 。 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 三 十 一 一 歳 十 二 月 、 第 五 評 論 集 「 私 の 小 説 研 究 」 を 厚 生 閣 よ り 刊 行 。 一 月 「 隣 人 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 試 胆 会 」 を 「 文 芸 汎 論 」 に 発 表 。 第 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 三 十 五 歳 一 一 評 論 集 「 小 説 の 運 命 」 を 竹 村 書 房 よ り 刊 行 。 五 月 「 転 身 」 を 「 文 一 月 「 愛 情 の 型 」 を 「 新 潮 、 に 、 「 吉 祥 天 女 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 学 生 活 」 に 発 表 。 六 月 、 第 三 小 説 集 「 馬 喰 の 果 て 」 を 新 潮 社 よ り 、 レ イ モ ン ト の 「 農 民 」 第 三 部 を 第 一 書 房 よ り 刊 行 。 三 月 、 第 七 小 説 第 一 一 詩 集 「 冬 夜 」 を イ ン テ リ ゲ ン チ ャ 社 よ り 刊 行 。 七 月 「 碇 」 を 集 「 吉 祥 天 女 」 を 金 星 堂 よ り 、 六 月 、 第 一 一 長 編 小 説 「 霧 氷 」 を 三 笠 「 中 央 公 論 」 に 、 「 鏡 の 中 、 を 「 新 潮 」 に 、 八 月 「 幽 鬼 の 街 , を 「 文 書 房 よ り 刊 行 。 七 月 「 ス プ リ ・ デ ス カ リ = , を 「 知 性 」 に 発 表 。 芸 」 に 発 表 。 第 四 小 説 集 「 石 狩 」 を 版 画 荘 よ り 刊 行 。 九 月 「 。 レ ン 八 月 「 得 能 五 郎 の 生 活 と 意 見 , を 「 知 性 。 に 連 載 ( 十 六 年 一 一 月 完 結 ) 。 ス 読 本 」 を 編 集 し 、 第 一 書 房 よ り 刊 行 。 ソ ー ン ト ン ・ ワ イ ル ダ ア の 「 運 命 の 橋 」 を 翻 訳 、 新 潮 社 よ り 刊 行 。 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 三 十 三 歳 九 月 、 第 八 小 説 集 「 祝 福 」 を 河 出 書 房 よ り 、 十 一 月 、 ・ ( ー ネ ッ ト の 一 月 「 弓 子 . を 「 新 潮 」 に 発 表 。 梗 概 「 = リ シ ー ズ 」 ( 名 著 研 究 文 「 小 公 女 」 を 主 婦 之 友 社 よ り 、 十 一 一 月 、 書 き お ろ し で 第 一 一 一 長 編 小 説 庫 ) を 河 出 書 房 よ り 刊 行 。 四 月 、 第 三 評 論 集 「 芸 術 の 思 想 」 を 砂 子 屋 「 典 子 の 生 き か た 」 を 河 出 書 房 よ り 刊 行 。 書 房 よ り 刊 行 。 五 月 「 石 を 投 げ る 女 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 六 月 、 最 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 三 十 六 歳 初 の 書 き お ろ し 長 編 小 説 「 青 春 」 を 河 出 書 房 よ り 刊 行 。 七 月 「 一 葉 一 一 月 、 第 六 評 論 集 「 文 学 と 生 活 」 を 昭 和 書 房 よ り 、 四 月 、 第 四 長 編 文 学 読 本 」 を 編 集 し 、 第 一 書 房 よ り 刊 行 。 阿 部 知 一 一 、 大 島 豊 、 春 山 行 小 説 「 得 能 五 郎 の 生 活 と 意 見 」 を ま と め て 河 出 書 房 よ り 刊 行 。 十 月 夫 と 北 海 道 各 地 を 旅 行 。 八 月 「 幽 鬼 の 村 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 十 「 温 泉 療 養 所 」 を 「 知 性 」 に 発 表 。 旅 行 記 「 満 州 の 朝 」 を 六 星 社 弘 月 、 ク ロ ポ ト キ ン の 「 ロ シ ア 文 学 講 話 」 を 翻 訳 し 、 改 造 社 よ り 、 十 道 閣 よ り 刊 行 。 一 一 月 、 第 五 小 説 集 「 石 を 投 げ る 女 」 を 竹 村 書 房 よ り 刊 行 。 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 D 三 十 七 歳 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 三 十 四 歳 一 月 「 父 の 記 憶 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 第 七 評 論 集 「 小 説 の 世 界 」 を 一 月 「 牡 蠣 、 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 丹 羽 文 雄 、 本 多 顕 彰 、 岡 田 三 郎 、 報 国 社 よ り 、 第 九 小 説 集 「 故 郷 」 を 協 力 出 版 社 よ り 、 四 月 、 第 十 小 尾 崎 一 雄 、 尾 崎 士 郎 、 室 生 犀 星 、 水 野 成 夫 ら と 同 人 雑 誌 「 文 学 者 」 説 集 「 父 の 記 憶 」 を 利 根 書 房 よ り 、 十 月 、 第 八 評 論 集 「 感 動 の 再 あ さ み ふ か し

現代日本の文学 32 伊藤 整 集


語 月 計 重 代 ・ ー 十 一 一 月 。 ( ツ を 簽 第 毅 の 第 第 一 第 を 代 い 物 を 第 を す い 第 当 亠 は 第 ぐ を ~ ( を 一 、 な 物 第 を 第 専 - を 第 生 ~ 〔 「 を い み を を す 」 を ゞ 三 を 第 昭 和 三 年 に 発 刊 の あ は ・ フ ド 、 り 「 信 天 翁 」 第 二 号 ( 下 ) と 同 誌 に 発 表 し た 詩 誌 月 評 ( 右 ) 蓊 天 信 號 貳 ー 第 し お や じ ん じ よ う 伊 藤 整 は 塩 谷 尋 常 高 等 小 学 校 を 卒 業 し 、 大 正 六 年 庁 立 小 樽 中 学 校 に 入 学 す る 。 最 初 の 二 年 間 は 小 樽 の 知 人 宅 に 下 宿 し て 通 学 し た が 、 三 年 生 に な っ て 塩 谷 村 の 自 宅 か ら 汽 車 通 学 す る よ う に な る 。 お も し ろ い こ と に こ の 汽 車 通 学 に よ っ て 彼 は 恋 愛 や 性 を 知 り 、 詩 や 文 学 に め ざ め る の で あ る 。 中 学 一 二 年 生 の 時 、 余 市 か ら 通 学 し し げ み ち て い る 五 年 生 の 級 長 の 鈴 木 重 道 と 汽 車 通 学 の 途 中 知 り 学 合 い 「 藤 村 詩 集 」 を 読 ま さ れ た 。 こ の 詩 集 が 伊 藤 整 橋 の 中 の 詩 心 を め ざ め さ せ 、 生 涯 の 生 き 方 を 決 定 さ せ て 伊 藤 整 は 島 崎 藤 村 し ま っ た と 言 っ て も 過 言 で は な い 。 す ば ら の 青 春 を 歌 っ た 詩 を 読 ん で 、 こ ん な 素 晴 し い 世 界 が あ と う す わ れ っ た の か と 、 我 を 忘 れ て 感 激 し 陶 酔 し た 。 そ れ は 彼 が 7 京 東 北 国 の 風 景 や 自 然 に 対 し 、 ま た 美 し い 少 女 に 対 し 抱 い も 応 え ね ば な ら す 、 弟 妺 た ち に 親 孝 行 の 模 範 も 兄 と し て の 威 厳 も 示 さ ね ば な ら な か っ た 。 勢 い 言 動 も 廩 重 に な り 、 自 分 勝 手 の 行 動 は と れ な い 。 末 っ 子 の よ う に 家 出 し た り 不 良 に な っ た り と い う 自 由 が 許 さ れ な い の だ 。 太 宰 治 や 坂 口 安 吾 が 末 っ 子 の 文 学 で あ る な ら ば 、 伊 藤 整 は お と な し い 長 男 の 文 学 で あ る と 言 え る 。 長 男 と し て の 責 任 を は た し な が ら 彼 は 辛 抱 強 く 、 文 学 者 に な る つ ら ね と い う 自 分 の 意 志 を 貫 き 通 し た の で あ る

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= 九 四 ラ ス キ ン John Ruskin ( 1 田 9 ー 一 80 ) イ ギ リ ス の 批 評 家 。 = 究 and now 一 am = 0 ( tears 伊 藤 整 の 詩 集 「 雪 明 り の 路 」 「 近 代 画 家 論 」 な ど の 美 術 批 評 に は じ ま り 、 芸 術 の 基 礎 と し て の 中 の 詩 「 Yeats 」 に み え る 一 節 。 の 社 会 批 評 に ま で 及 び 、 社 会 主 義 的 ュ ー ト ビ ア を 提 唱 し た り し 三 0 一 一 あ な た の 詩 集 の 半 分 が : : ・ ・ 伊 藤 整 が 大 正 十 五 年 十 一 一 月 に 刊 た 。 著 書 に 「 こ の 最 後 の も の 」 「 過 ぎ し こ と ど も 」 な ど が あ 行 し た 詩 集 「 雪 明 り の 路 」 で は 、 そ の 半 分 以 上 が 恋 愛 を 扱 っ た る 。 詩 編 で あ る 。 一 一 九 四 モ リ ス William Moris ( 一 834 ー 一 896 ) イ ギ リ ス の 詩 人 。 三 0 四 三 等 寝 台 券 日 本 に お け る 鉄 道 の 旅 客 等 級 は 昭 和 三 十 五 年 よ ラ ス キ ン 、 ラ フ ァ ェ ロ 前 派 の 影 響 を 受 け 、 装 飾 美 術 を 試 み 、 の り 二 等 級 制 と な り 、 そ れ ま で の 「 三 等 」 は 廃 止 さ れ た 。 ち 詩 人 と し て 物 語 詩 「 地 上 楽 園 」 な ど を 発 表 。 の ち 社 会 改 革 に 三 0 六 河 崎 登 小 樽 高 等 商 業 学 校 時 代 に 伊 藤 整 と 一 緒 に 同 人 雑 誌 を 情 熱 を 注 ぎ 、 夢 想 の 物 語 「 ジ ョ ン ・ ポ ー ル の 夢 」 な ど を 書 い 創 刊 し た 仲 間 の 一 人 川 崎 昇 を さ す 。 初 版 本 「 街 と 村 」 で は 「 山 崎 登 」 と な っ て い る 。 な お 「 薔 薇 の 花 と 高 商 石 鹸 の 店 」 の エ ビ く わ 一 一 突 レ オ ポ ル ド ・ ・ フ ル ウ ム ア イ ル ラ ン ド の 小 説 家 ジ ェ イ ム ズ ・ ソ ー ド は 、 小 説 「 若 い 詩 人 の 肖 像 」 に 詳 し く 描 か れ て い る 。 ジ ョ イ ス James Joyce ( 1882 ー 1941 ) の 小 説 「 ユ リ シ ー ズ 」 三 0< 芥 川 龍 之 介 小 説 家 の 芥 川 龍 之 介 。 初 版 本 「 街 と 村 」 で は に 登 場 す る 人 物 の 名 。 リ ッ フ ィ ー 河 は ダ ブ リ ン 湾 に そ そ い で い 「 塵 川 辰 之 介 , と な っ て い る 。 る 河 の 名 。 伊 藤 整 は ジ ョ イ ス の 文 学 に つ い て 、 昭 和 五 年 の 「 ジ 三 尺 村 見 遁 小 説 家 の 里 見 弴 を さ す 。 芥 川 龍 之 介 と 里 見 弴 の 一 一 人 ェ イ ム ズ ・ ジ ョ イ ス の メ ト オ ド 「 意 識 の 流 れ 」 に 就 い て 」 な ど は 、 昭 和 一 一 年 五 月 、 改 造 社 ( 本 文 で は 「 改 進 社 」 ) が 刊 行 し て の 評 論 で 紹 介 を 試 み 、 同 年 九 月 よ り 友 人 と と も に 「 ユ リ シ ー ズ 」 い た 「 現 代 日 本 文 学 全 集 」 ( 本 文 で は 「 現 代 大 和 文 学 全 集 」 ) 宣 を 翻 訳 、 刊 行 し て い る 。 の ち 昭 和 三 十 年 七 月 版 の 「 街 と 村 」 伝 の た め の 講 演 旅 行 で 、 東 北 ・ 北 海 道 に 赴 い て い る 。 こ の 折 の ( 「 カ ッ パ ・ ブ ッ ク ス 」 の 一 冊 ) 「 あ と が き 」 で 伊 藤 整 は 、 「 こ の 工 。 ヒ ソ ー ド も 「 若 い 詩 人 の 肖 像 」 に 詳 し い 。 な お 芥 川 に は 、 そ 小 説 は 現 実 の 場 所 に 過 去 の 幻 想 を む す び つ け た 形 で 書 か れ て い の 時 の 紀 行 文 「 東 北 ・ 北 海 道 ・ 新 潟 」 が あ る 。 る 。 そ の 書 き か た は 、 、 し ろ い ろ な 批 評 家 が 指 摘 し た よ う に 、 ジ 三 一 四 足 び き の : ・ 「 万 葉 集 」 巻 七 に み え る 歌 。 ェ イ ム ズ ・ ジ ョ イ ス の 「 ユ リ シ ー ズ 」 の 中 の 、 と く に 「 マ 、 ポ ッ 三 一 六 カ ン ジ ン ス キ イ Vasilii Kandinskii ( 1866 ー 1944 ) ロ シ ア 解 ト 街 」 と い う 戯 曲 体 で 書 か れ た 場 面 の 書 き か た の 影 響 を 受 け て の 画 家 。 現 代 抽 象 画 の 先 駆 者 。 芸 術 理 論 書 「 芸 術 に お け る 精 神 い る 。 」 と 書 い て い る 。 的 な も の に つ い て 」 な ど の 著 作 に よ り 、 ド イ ツ 表 現 主 義 の 潮 流 注 元 六 テ イ チ ア ン Tiziano Vecellio ( 1490 ー 1576 ) イ タ リ ア の 画 を 大 き く 推 進 さ せ た 。 家 。 宗 教 画 、 肖 像 画 を よ く 描 い た 。 「 白 衣 の 女 , に つ い て 伊 藤 三 石 聖 ガ プ リ = ル 慰 安 や 吉 報 を も た ら す と い わ れ る 天 使 の 名 。 ち ぢ み 整 は 、 詩 集 「 雪 明 り の 路 」 の 中 の 詩 「 月 夜 を 歩 く 」 で 描 い て い 三 一 へ 明 石 明 石 縮 の こ と 。 夏 用 の 薄 い 絹 織 物 で 高 級 と さ れ 、 名 は -4 る 。 明 石 の 人 、 堀 次 郎 が 創 製 し た と い わ れ る と こ ろ か ら つ い た 。 お も む

現代日本の文学 32 伊藤 整 集


0 氾 濫 左 昭 和 四 十 四 年 、 整 が 入 院 し て い た 東 京 ・ 豊 島 区 の 癌 研 付 属 病 院 ( 變 容 ・ 伊 藤 整 右 晩 年 の 三 部 作 冫 濫 」 ( 昭 和 芻 年 新 潮 社 ) 「 発 掘 」 ( 昭 和 妬 年 新 潮 社 ) 「 変 容 」 ( 昭 和 年 岩 波 書 店 ) 下 整 が 、 晩 年 創 立 に 心 血 を 注 い 東 京 ・ 目 黒 区 駒 場 の 日 本 近 代 文 学 館 伊 藤 整 新 第 一 0 物 第 る 、 齢 と っ た 女 に も 経 歴 が 蓄 積 さ れ た 美 と 魅 力 が あ る と 、 大 胆 に 老 年 の 新 し い 境 地 を 開 拓 し た 小 説 で あ 0 た 。 伊 藤 整 は こ こ か ら 、 「 年 々 の 花 」 「 三 人 の キ リ ス ト 者 」 を 経 て 、 エ ゴ イ ズ ム や 性 を 超 え た 、 生 命 の 力 を 、 絶 対 の 救 い を め ざ し て い た に 違 い な い 。 そ れ を 果 せ す し て 六 十 四 歳 、 業 半 ば で 急 逝 し た 伊 藤 整 の 無 念 を 思 う と 、 ば く は く や し 涙 に く れ る 。 伊 藤 整 こ そ 、 老 年 の 現 代 文 学 を つ く り 出 す 唯 一 の 文 学 者 で あ っ た の だ 。 伊 藤 整 は 日 本 に お け る 最 初 の 現 代 文 学 者 で あ っ た 。 古 い 文 士 や 小 説 家 を 否 定 、 捨 し 、 現 代 社 会 の 実 務 の あ め 垢 に ま み れ な が ら 、 し か も 純 粋 な 芸 術 を め ざ し た も っ と も 知 的 で 、 努 力 家 で 、 し か も 詩 人 の 魂 を 失 わ な か っ せ ん く し ゃ 新 し い 文 学 者 の 姿 勢 を 、 生 き 方 を 示 し た 先 駆 者 で あ っ た 。 そ し て ″ 伊 藤 理 論 , と 「 鳴 海 仙 吉 」 あ る い ー 晩 年 の 三 部 作 は 現 代 文 学 の 基 礎 を 築 い た 作 品 と し て 文 学 史 に 永 遠 に 遺 る に 違 い オ し 付 記 本 巻 に 使 用 し た 写 真 そ の 他 の 資 料 収 集 に 関 し 、 ご 協 力 い た だ い た 、 生 沢 朗 、 沢 田 斉 一 郎 、 瀬 沼 茂 樹 、 田 居 尚 、 竹 田 正 雄 、 田 沼 武 能 、 長 尾 重 武 、 益 田 義 賀 の 各 氏 、 ・ お よ び 北 海 道 新 聞 社 渋 谷 四 郎 氏 、 小 樽 商 大 室 谷 賢 治 郎 氏 、 同 鈴 木 三 重 子 氏 、 日 本 近 代 文 学 館 宇 治 土 公 三 津 子 氏 に 感 謝 し ま す 。 な お 、 写 真 の 著 作 権 は 極 力 調 査 し ま し た 。

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た と い 、 つ こ と は 、 何 よ り も 一 言 表 現 と い 、 フ こ と に 重 き て い た 胸 苦 し く な る ま で の 感 傷 を 、 は る か に 素 晴 し い を 置 く こ と に ほ か な ら な い 。 思 想 や 人 生 体 験 が 先 に あ 言 葉 で 歌 い 上 げ て い る の だ 。 こ う い う 詩 を 自 分 も っ く か ん ば ら あ り り 、 そ れ を 世 に 伝 え る た め 文 学 を 書 き は し め た の で は り た い 、 そ れ が 少 年 伊 藤 整 の 夢 に な っ た 。 彼 は 蒲 原 有 ろ ふ う な く 、 藤 村 な ど の 詩 の 言 語 芸 術 の 素 晴 し さ に 感 動 し 文 明 、 三 木 露 風 、 北 原 白 秋 な ど の 詩 を む さ ば り 読 む 。 そ し て 藤 村 の 次 に 彼 の 心 を と ら え た の は 、 新 進 詩 人 の 萩 学 を は じ め た の だ 。 伊 藤 整 の 文 章 に 対 す る 美 意 識 や 神 む ろ う さ い せ 、 も も た む ね は る 経 の 鋭 敏 さ は こ こ か ら は し ま る 。 そ し て 北 海 道 の 風 土 原 朔 郎 で あ り 、 室 生 犀 星 で あ り 、 百 田 宗 治 で あ っ た 。 特 に 犀 星 詩 の 直 截 で 平 易 な 言 葉 使 い に よ る 鋭 角 的 な 抒 や 人 間 は 、 短 歌 や 俳 句 な ど の 伝 統 的 短 型 詩 よ り 、 近 代 詩 で 表 現 す る の に 本 質 的 に 向 い て い た の で あ る 情 、 朔 太 郎 の 近 代 人 の 憂 愁 と 異 常 感 覚 を 表 現 し た ロ 語 し か し 伊 藤 整 は 詩 や 文 学 に 夢 中 に な っ た か ら と 言 っ 詩 に 大 き な 影 響 を 受 け た 。 「 中 学 の 三 年 四 年 五 年 と 、 て 、 学 業 を 怠 け る よ う な こ と は し な か っ た 。 逆 に 詩 に 僕 は 藤 村 以 後 の 日 本 の 新 し い 詩 や 西 欧 の 詩 の 翻 訳 に 熱 ば く も な い 夢 中 に な っ た か ら 、 な お さ ら 勉 学 に も 努 力 を 注 ご う と 中 し 、 当 時 の も の で 読 み 残 し た も の は い く す る 。 こ う い う と こ ろ が 伊 藤 整 の 真 面 目 で ユ ニ ー ク な 、 で あ ろ 、 つ 」 と 「 自 伝 的 ス ケ ッ チ 」 の 中 で 自 ら 一 一 一 一 口 、 つ は ど ほ ・ フ と う ぶ ら の 打 ち 込 み 方 で あ っ た の だ 。 そ し て 大 正 九 年 、 中 学 四 あ る い は 長 男 的 な 生 き 方 で あ る 。 放 蕩 無 頼 の 文 学 青 年 に な る こ と を 自 ら 許 そ 、 つ と し な い の で あ る 年 生 の と き か ら 読 む だ け で は な く 自 分 で 詩 を つ く り は 大 正 十 一 年 、 十 七 歳 の 時 、 伊 藤 整 は 小 樽 高 商 ( 現 在 し め た 。 大 正 十 年 中 学 五 年 の 時 に は 級 友 の 石 島 三 郎 と ふ み え の 小 樽 商 大 ) に き わ め て 優 秀 な 成 績 で 合 格 す る 。 当 時 と も に ガ リ 版 の 詩 誌 「 踏 絵 」 を 創 刊 し 、 三 号 ま で 刊 行 の 小 樽 高 商 は そ の 斬 新 な 教 育 と 就 職 率 の よ さ で 全 国 的 し て い る 。 伊 藤 整 は お と な し い 優 等 生 か ら 文 学 青 年 、 に 知 ら れ 、 地 元 よ り も 、 日 本 各 地 か ら 実 業 を め ざ す 優 詩 青 年 の 道 を 辿 り 出 し た の で あ る 。 小 説 に は 余 り 興 味 が 持 て す 、 ま す 詩 に 熱 中 し 、 詩 か 秀 な 青 年 が 集 っ て 来 た 秀 才 校 で あ っ た 。 伊 藤 整 は 塩 谷 リ ー ト ・ コ ー ス へ 進 村 き っ て の 秀 才 、 知 識 人 と し て エ ら 文 学 的 出 発 を 遂 げ た と い う こ と は 、 伊 藤 整 の 文 学 を 考 え る 上 で 重 要 で あ る 。 伊 藤 整 自 身 最 後 ま で 自 分 の 本 ん だ の で あ る 。 伊 藤 整 自 身 、 本 心 は 究 極 的 に 詩 人 を 志 質 は 詩 人 で あ る と 考 え て い た よ う だ 。 丸 谷 オ 一 も 指 摘 望 し て い た に 違 い な い が 、 同 時 に 秀 オ と し て 家 名 を あ げ 、 父 母 を 安 心 さ せ よ う と す る 立 身 出 世 の 野 心 に 燃 え し て い る よ う に 、 詩 に よ っ て 文 学 的 に 開 眼 し 、 出 発 し わ ら さ く こ ろ う ん は ぎ ざ ん し ん ま じ め

現代日本の文学 32 伊藤 整 集


建 」 を 四 海 書 房 よ り 、 十 一 一 月 、 第 五 長 編 小 説 「 得 能 物 語 」 を 河 出 書 に 、 一 一 月 「 女 人 像 」 を 「 女 性 改 造 , に 、 三 月 「 仙 吉 と ユ リ 子 」 を 「 新 房 よ り 刊 行 。 生 」 に 、 四 月 「 出 家 遁 世 の 志 」 を 「 人 間 」 に 、 「 鳴 海 仙 吉 の 知 識 階 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 一 一 l) 三 十 八 歳 級 論 」 を 「 文 芸 」 に 、 「 鳴 海 仙 吉 と 一 一 人 の 女 . を 「 光 」 に 、 「 シ ェ イ 一 一 月 「 病 歴 、 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 三 月 、 世 田 谷 区 祖 師 ヶ 谷 一 丁 目 五 ク ス ・ ヒ ア 談 , を 「 季 刊 芸 術 」 に 、 「 芸 術 の 運 命 」 を 「 近 代 文 学 」 に 八 二 に 移 る 。 四 月 「 隣 組 の 畑 」 を 室 生 犀 星 、 舟 橋 聖 一 と と も に 、 書 発 表 。 七 月 、 長 女 桃 子 出 生 。 「 シ = リ ー マ ン の 話 」 を 「 芸 苑 」 に 発 き お ろ し 創 作 集 「 新 作 品 」 の 一 編 と し て 有 光 社 よ り 刊 行 。 五 月 「 北 表 。 東 京 都 南 多 摩 郡 日 野 町 芝 山 五 九 六 七 の 新 居 に 移 る 。 国 」 を 「 知 性 」 に 発 表 。 書 き お ろ し で 第 六 長 編 小 説 「 童 子 の 像 」 を 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 四 十 三 歳 錦 城 出 版 社 よ り 刊 行 。 六 月 「 玩 具 の 思 い 出 」 を 「 現 代 文 芸 」 に 発 一 月 「 ・ ヒ ス ト ル 」 を 「 花 」 に 発 表 。 三 月 、 日 本 文 芸 家 協 会 理 事 と な 表 。 十 二 月 、 四 弟 実 と と も に 日 露 戦 蹟 踏 査 の た め 満 州 に 旅 行 。 る 。 「 青 い 鳥 ー を 「 フ ェ ミ ナ 」 に 、 六 月 「 逃 亡 奴 隷 と 仮 面 紳 士 」 を 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 三 十 九 歳 「 新 文 学 」 に 、 九 月 「 終 幕 」 を 「 文 芸 」 に 、 十 一 月 「 童 女 の 像 ー を 一 月 、 満 州 よ り 帰 り 新 潮 社 文 化 部 企 画 部 長 に 就 任 。 一 一 月 「 三 人 の 少 「 風 雪 」 に 、 十 二 月 「 灯 を め ぐ る 虫 ー を 「 群 像 」 に 発 表 。 第 十 評 論 集 女 」 を 淡 海 堂 よ り 刊 行 。 八 月 、 第 九 評 論 集 「 戦 争 の 文 学 」 を 全 国 書 「 小 説 の 方 法 」 を 河 出 書 房 よ り 刊 行 。 房 よ り 刊 行 。 十 月 、 日 本 大 学 芸 術 科 の 授 業 停 止 と な り 、 同 系 の 光 星 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 四 十 四 歳 中 学 の 英 語 教 師 と な る 。 十 一 一 月 「 父 の 像 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 一 一 月 「 む し ば め る 花 ー を 「 人 間 」 に 発 表 。 評 論 選 集 「 伊 藤 整 文 学 論 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 四 十 歳 選 集 」 を 実 業 之 日 本 社 よ り 刊 行 。 四 月 、 早 稲 田 大 学 第 一 文 学 部 講 六 月 、 新 潮 社 を 退 職 。 七 月 、 祖 師 ヶ 谷 の 家 を 売 っ て 、 北 海 道 山 越 郡 師 、 五 月 、 東 京 工 業 大 学 専 任 講 師 と な る 。 十 月 、 日 本 ペ ン ・ ク ラ ・ フ 野 田 生 村 の 妻 の 実 家 、 小 川 伊 一 一 一 郎 方 に 疎 開 。 八 月 、 北 海 道 郡 落 幹 事 と な る 。 十 一 月 「 た わ む れ に 」 を 「 群 像 、 に 発 表 。 部 村 に 移 り 、 帝 国 産 金 株 式 会 社 落 部 工 場 に 勤 務 。 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 四 十 五 歳 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 四 十 一 歳 一 月 「 妻 の 像 」 を 「 評 論 」 に 、 二 月 「 美 少 女 , を 「 文 芸 」 に 、 三 四 月 、 帝 国 産 金 株 式 会 社 を 辞 職 。 北 海 道 帝 国 大 学 予 科 講 師 と な り 、 月 、 第 七 長 編 小 説 「 鳴 海 仙 吉 」 を 細 川 書 店 よ り 刊 行 。 早 稲 田 大 学 講 お し よ ろ 囀 北 海 道 忍 路 郡 塩 谷 村 に 帰 る 。 七 月 、 上 京 し て 東 京 都 杉 並 区 和 田 本 町 師 を 辞 任 。 四 月 「 生 き る 怖 れ 」 を 「 改 造 」 に 、 「 め ぐ り あ い 」 を 「 新 三 ロ 七 一 四 に 移 る 。 八 月 「 嘘 ー を 「 新 人 」 に 、 「 風 」 を 「 評 論 」 に 発 表 。 小 説 」 に 発 表 。 ロ レ ン ス の 「 チ ャ タ レ イ 夫 人 の 恋 人 」 を 翻 訳 し 、 上 九 月 、 北 海 道 大 学 を 辞 任 。 十 月 「 鳴 海 仙 吉 の 朝 , を 「 文 明 」 に 、 「 鳴 巻 を 、 五 月 、 下 巻 を 小 山 書 店 よ り 刊 行 。 六 月 「 チ ャ タ レ イ 夫 人 の 恋 ゅ う う つ 年 海 講 師 の 憂 鬱 」 を 「 潮 流 」 に 、 「 教 授 室 に て 」 を 「 女 性 改 造 、 に 、 人 」 が 猥 褻 文 書 の 疑 い で 、 検 察 庁 に 押 収 さ れ る 。 九 月 「 チ ャ タ レ イ 十 一 月 「 鳴 海 仙 吉 と 学 生 」 を 「 新 潮 . に 発 表 。 夫 人 の 恋 人 」 の 出 版 に つ き 刑 法 第 一 七 五 条 に よ っ て 出 版 者 小 山 久 一 一 四 十 二 歳 郎 と と も に 起 訴 さ れ る 。 日 本 文 芸 家 協 会 と 日 本 ペ ン ・ ク ラ ・ フ は こ の 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 一 月 「 鳴 海 仙 吉 街 を 行 く , を 「 文 芸 」 に 、 「 本 格 小 説 談 義 」 を 「 人 間 」 起 訴 に 反 対 し 、 対 策 委 員 会 ( 委 員 長 中 島 健 蔵 ) を つ く る 。 十 月 、 感 わ い せ つ

現代日本の文学 32 伊藤 整 集


伊 藤 整 集