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検索対象: 現代日本の文学 7 谷崎潤一郎 集

現代日本の文学 7 谷崎潤一郎 集から 438件ヒットしました。

現代日本の文学 7 谷崎潤一郎 集


現 代 日 本 の 文 学 谷 崎 関 一 集 7 学 習 研 究 社 夫 成 靖 整 夫 樹 男 + 杜 秀 健 巻 委 紀 康 五 崎 野 立 集 島 端 上 藤 修 北 尾 奥 足 三 川 井 伊 監

現代日本の文学 7 谷崎潤一郎 集


現 代 日 本 の 文 学 7 全 60 巻 谷 崎 潤 一 郎 集 昭 和 44 年 12 月 1 日 昭 和 57 年 10 月 1 日 26 版 発 行 初 版 発 行 著 者 発 行 者 発 行 所 谷 崎 潤 一 郎 古 岡 滉 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 吽 映 精 版 印 刷 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 OMatsuko Tanizaki,Ayuk0 Takeda 1969 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す printed in Japan ISBN4 ー 05 ー 050217 ー 8 C0393

現代日本の文学 7 谷崎潤一郎 集


ヘ レ ( 働 く 人 類 ) で も な く 、 も と に な っ て い る の で は な か ろ 、 つ か 人 類 ) で も ホ モ ・ フ ァ ホ モ ・ ル ー デ ン ス ( 遊 ぶ 人 類 ) な の で あ る 。 文 学 者 谷 一 良 と い 、 フ と 耽 美 的 呂 能 勺 な 乍 宀 豕 と い 、 つ イ 崎 は い つ ま で も 幼 少 年 期 の 純 粋 さ を う し な わ す 、 母 や メ ー ジ が 先 立 つ が 、 彼 の 文 学 は 和 漢 洋 に 及 ぶ 古 典 や 歴 そ の 代 償 で あ る 女 を 独 占 し 、 甘 え 、 か っ 仕 え 、 一 般 の 史 へ の 箭 く べ き 豊 富 な 知 識 の 上 に 成 立 っ て い る 。 そ れ は 同 時 代 の 自 然 主 義 文 学 の 作 家 な ど と は 比 較 に な ら な 社 会 な ど 無 視 し た 駄 々 っ 子 の よ う な わ が ま ま な 生 汁 を 送 っ た 。 青 年 期 を 原 体 験 と す る 文 学 者 た ち が 、 や か て い は ど 博 く か っ 深 く 殆 ん ど 学 者 的 と 言 っ て よ い ほ ど で し か も 血 肉 化 し た 身 に つ い た 教 養 で あ る こ れ ら の . 文 現 実 社 会 と の 対 決 に 疲 れ 裏 切 ら れ 、 挫 折 し た リ 妥 協 し 学 的 教 養 は 東 京 の 下 町 と い う 江 戸 時 代 の 文 化 が 根 づ い た リ し て そ の 文 学 的 モ チ ー フ を す り へ ら し 、 変 質 す る ー は 、 社 ム ム て い る 都 に 育 ち 、 担 任 教 師 の 稲 葉 清 吉 ら の 熱 、 い な 英 オ の に 対 し 、 幼 少 期 を 原 体 験 に し た 谷 崎 調 教 育 を 受 け た 幼 少 年 期 に 培 か わ れ た も の と 考 え ら れ る や 時 代 の 変 動 と は 関 係 な く 八 十 歳 の 「 瘋 癲 老 人 日 記 」 こ の よ う な 幼 少 年 期 に 形 成 さ れ た 原 モ チ ー フ を 、 死 に い た る ま で 幼 児 本 能 の よ う な 原 モ チ ー フ を 保 ち 続 け ぬ ま で 繰 返 し 描 き 、 発 展 、 深 化 、 昇 華 さ せ た の か 谷 崎 た 。 そ こ に 谷 崎 文 学 の 偉 大 さ と 永 遠 性 と 、 幼 稚 さ と 退 一 郎 文 学 に ほ か な ら な し 、 。 ほ か の 多 く の 文 学 者 が 嬰 陸 と が あ る こ ん じ ゃ ( わ か ん よ う 自 我 に め ざ め 、 社 会 に 直 面 す る 青 年 期 の 悩 み や 希 望 や そ れ 故 谷 崎 の 作 品 は 、 今 昔 和 漢 洋 に 及 題 材 や 舞 台 不 安 や 思 想 等 々 を 、 自 己 の 文 学 の 原 モ チ ー フ と し て 自 や 装 飾 的 効 果 や 趣 味 や 古 血 ( 的 教 養 や 話 術 や な ど で 、 ま 覚 的 に 設 定 す る の に 対 し 、 谷 崎 潤 一 郎 は 未 た 自 我 と 他 こ と に 多 彩 で 華 や か で 千 変 万 化 の よ う に 読 者 に 映 す る 我 の 境 い も 仄 か で 定 ま ら な い 幼 少 年 期 の 本 能 的 、 肉 体 が 、 少 し 注 意 し て 読 む と そ の 底 に 流 れ る モ チ ー フ は 一 的 な 憧 れ や 恐 怖 や 决 楽 を 、 無 意 識 的 に 原 モ チ ー フ と し 貰 し 不 変 で あ り し つ も 同 し 歌 を う た っ て い る の に 気 て い る 。 だ か ら 谷 崎 文 学 に は 、 い つ ま で も 母 の 甘 い 乳 く で あ ろ 、 つ 。 特 に こ の 集 に 収 め ら れ た 作 品 は 、 谷 の 匂 い が 残 っ て い る 「 夢 見 る よ う な 少 年 の れ と 本 能 の も う ひ と つ の 特 徴 で も あ る 西 洋 趣 味 的 、 悪 的 、 装 的 な 怖 れ と が 消 え な い 考 え る 文 学 で は な く 感 し る 文 飾 的 あ る い は 第 佇 午 な き ら ひ や か な 作 品 を 捨 て 、 は の 学 で あ り 、 働 く 文 学 で は な く 、 遊 び の 文 学 で あ る 。 っ イ メ ー ジ に 尓 5 い こ か れ 、 ~ し い 女 陸 に 扞 跪 、 す る 山 ! い 的 ・ ま り 谷 崎 の 表 現 し た 人 間 は ホ モ ・ サ ピ エ ン ス ( 考 え る テ ー マ の 作 品 : こ し ば っ た の で 、 読 者 は そ の モ チ ー フ の 430

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明 治 三 十 八 年 ( 一 九 〇 五 ) 二 十 歳 三 月 、 府 立 一 中 を 卒 業 し 、 九 月 、 第 一 高 等 学 校 英 法 科 に 入 学 。 明 治 四 十 年 ( 一 九 〇 七 ) 一 一 十 一 一 歳 六 月 、 初 恋 の 相 手 の 小 間 使 へ の 手 紙 が 発 見 さ れ 北 村 家 を 出 み 。 伯 父 や 小 学 時 代 か ら の 親 友 笹 沼 源 之 助 の 補 助 を 受 け な が ら 学 業 を 続 け た が 、 文 学 で 身 を 立 て る 決 意 を 固 め 、 英 文 科 に 転 じ る 。 明 治 四 十 一 年 ( 一 九 〇 八 ) 一 一 十 三 歳 明 治 十 九 年 ( 一 八 八 六 ) か 、 が ら 七 月 一 一 十 四 日 、 東 京 市 日 本 橋 区 蠣 殻 町 二 丁 目 十 四 番 地 ( 現 中 央 区 日 七 月 、 第 一 高 等 学 校 卒 業 、 東 京 帝 国 大 学 国 文 科 に 入 学 。 一 一 十 四 歳 本 橋 芳 町 ) に 、 父 倉 五 郎 、 母 関 の 次 男 と し て 生 ま れ る 。 長 男 は 夭 明 治 四 十 ニ 年 ( 一 九 〇 九 ) 折 。 家 は 米 穀 取 引 所 の 気 配 を 印 刷 す る 谷 崎 活 版 所 を 経 営 、 後 に 父 は 史 劇 「 誕 生 」 を 書 き 「 帝 国 文 学 」 へ 送 っ た が 没 と な る 。 短 篇 「 一 米 仲 買 人 と な る 。 江 戸 の 名 残 り を 止 め る 下 町 の 少 年 時 代 は 初 期 の 文 日 」 を 「 早 稲 田 文 学 」 に 掲 載 を 図 っ た が 実 現 せ ず 、 失 望 の た め 、 強 ひ た ら 度 の 神 経 衰 弱 と な り 、 常 陸 の 助 川 に 転 地 。 学 活 動 に 少 な か ら ぬ 影 響 を 与 え て い る 。 明 治 四 十 三 年 ( 一 九 一 〇 ) 一 一 十 五 歳 明 治 ニ 十 五 年 ( 一 八 九 一 l) 七 歳 九 月 、 日 本 橋 区 阪 本 小 学 校 に 入 学 。 は に か み や で 乳 母 の 付 添 が な く こ の 頃 、 山 形 の 新 聞 記 者 の 就 職 口 を 求 め た こ と も あ る 。 九 月 、 小 山 て は 通 学 で き ず 、 一 学 年 の 進 級 に は 落 第 。 一 一 年 で は 首 席 で 進 級 。 内 薫 、 和 辻 哲 郎 、 後 藤 末 雄 、 木 村 荘 太 ら と 同 人 雑 誌 「 新 思 潮 ー ( 第 十 六 歳 一 一 次 ) を 創 刊 。 同 月 、 月 謝 滞 納 の た め 論 旨 退 学 。 「 新 思 潮 」 に 「 象 」 明 治 三 十 四 年 ( 一 九 〇 一 ) 三 月 、 阪 本 小 学 校 高 等 科 全 科 を 卒 業 。 担 任 の 稲 葉 清 吉 先 生 の 感 化 は 「 刺 青 」 「 麒 麟 ー な ど を 発 表 、 一 部 に 才 能 を 認 め ら れ る 。 一 一 十 六 歳 大 き く 「 文 学 開 眼 は 稲 葉 先 生 に よ る 」 と 後 に 述 懐 し て い る 。 小 学 生 明 治 四 十 四 年 ( 一 九 一 一 ) 時 代 の 生 活 環 境 が 「 少 年 」 「 小 さ な 王 国 」 「 神 童 」 な ど に あ ざ や か に 描 一 月 、 戯 曲 「 信 西 ー を 、 六 月 、 「 少 年 ー を 、 九 月 、 「 幇 間 」 を 「 ス ・ ハ き 出 さ れ て い る 。 そ の こ ろ 父 が 事 業 に 失 敗 し 、 経 済 的 困 窮 か ら 中 学 ル 」 に 、 十 月 、 「 颶 風 」 ( 発 禁 ) を 「 三 田 文 学 」 に 発 表 。 十 一 月 、 「 三 へ の 進 学 は 困 難 で あ っ た が 、 本 人 の 懇 願 と 担 任 教 師 の 勧 告 、 親 類 の 田 文 学 ー 誌 上 で 、 永 井 荷 風 の 激 賞 を 受 け 、 文 壇 的 地 位 を 確 立 。 同 月 譜 援 助 な ど に よ り 、 東 京 府 立 第 一 中 学 校 ( 現 日 比 谷 高 校 ) に 進 学 す る 。 「 秘 密 , を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 、 十 二 月 、 短 篇 集 「 刺 青 」 を 籾 山 書 十 七 歳 店 か ら 刊 行 。 明 治 三 十 五 年 ( 一 九 〇 一 l) 一 一 十 七 歳 年 六 月 、 家 の 生 活 は い よ い よ 苦 し く 退 学 を 迫 ら れ た が 、 教 師 の 紹 介 で 明 治 四 十 五 年 ・ 大 正 元 年 ( 一 九 一 一 l) 築 地 精 養 軒 主 人 北 村 氏 の 住 込 み 家 庭 教 師 と な る 。 成 績 優 秀 の た め 九 一 一 月 、 「 悪 魔 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 四 月 、 京 都 に 遊 ぶ 。 神 経 衰 月 、 一 一 年 級 を 超 え て 三 年 に 進 む 。 文 芸 部 委 員 と し て 、 学 友 会 雑 誌 に 弱 再 発 し 、 強 迫 観 念 に 苦 し む 。 同 月 、 「 朱 雀 日 記 」 を 「 大 阪 毎 日 新 あ つ も の 「 道 徳 的 観 念 と 美 的 観 念 」 な ど の 論 文 を 発 表 。 聞 」 「 東 京 日 日 新 聞 」 に 、 七 月 、 「 羹 」 を 「 東 京 日 日 新 聞 」 に 連 載 。

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ミ ラ ー は 「 鍵 」 の ド イ ツ 語 版 の 序 文 に 「 谷 崎 潤 一 郎 は 文 学 的 価 値 に つ い て は 評 伝 の 中 で 明 ら か に し て 行 く こ 二 十 世 紀 に お い て も っ と も 男 性 的 な 唯 一 の 現 代 作 家 で 貶 と に し て 、 こ こ で は 、 戦 前 は そ の オ 能 こ そ 尊 敬 さ れ な あ る 」 と 絶 賛 し 、 サ ル ト ル は 先 年 来 日 し た と き 「 細 雪 」 が ら 、 思 想 の な い 現 代 ば な れ し た 作 家 と 思 わ れ て い た を 現 代 日 本 の 本 質 を も っ と も リ ア リ ス テ ィ ッ ク に 描 い 谷 崎 潤 一 郎 が 、 戦 後 の 今 日 に い た っ て 体 系 的 な 思 想 で た 作 品 と 評 価 し 、 「 瘋 癲 老 人 日 記 」 を 「 老 年 の セ ッ ク こ そ な い が 、 日 本 の 文 学 者 と し て 肉 体 と 官 能 に 基 く 強 固 な 思 想 の 持 主 で あ り 、 そ の 肉 体 の 恐 布 に も と づ く 文 ス と 真 正 面 か ら 取 組 ん だ 世 界 最 初 の 小 説 」 と 驚 歎 の 言 学 は 既 成 の 道 徳 、 い や 道 徳 そ の も の に 対 す る 本 質 的 な 葉 を 述 べ て い る 。 谷 崎 潤 一 郎 の 文 学 は 現 代 ば な れ ど こ に い た の で あ る 批 判 で あ る こ と が よ う や く 理 解 さ れ 、 谷 崎 文 学 に 対 す ろ か 、 世 界 の 現 代 文 学 の 最 前 線 る 再 評 価 が 行 わ れ て い る こ と の み を 記 し て お き た い 。 明 治 末 期 に 、 こ の よ う な 反 道 徳 的 反 倫 理 的 な モ チ ー フ を 純 文 学 と し て 主 張 す る こ と が い か に 勇 気 の い る 行 為 谷 崎 潤 一 郎 は 明 治 十 九 年 ( 一 八 八 六 ) 七 月 二 十 四 日 、 で あ っ た か 、 一 見 順 風 の 中 に 大 成 し た と 思 わ れ が ち の 谷 崎 潤 一 郎 も 本 質 的 に は 先 駆 者 が 避 け る こ と の で き ぬ 東 京 市 日 本 橋 区 ( 現 中 央 区 ) 蝣 諟 町 で 谷 崎 倉 五 郎 を 父 に 、 谷 崎 関 を 母 に そ の 次 男 ( 長 男 は 既 に 夭 折 ) と し て 宿 命 的 な 認 め ら れ ざ る 文 学 者 で あ っ た の だ 。 そ の 谷 崎 文 学 の お そ る べ き 価 値 を ひ ろ く 認 め さ せ る 生 ま れ た 。 父 も 母 も 代 々 江 戸 の 人 で 、 谷 崎 潤 一 郎 は 純 面 を は し め 粋 の 江 戸 っ 子 、 下 町 育 ち で あ る 。 谷 崎 潤 一 郎 を 論 し る に い た っ た の は 、 永 井 荷 風 の 予 言 者 的 な 評 ー と し 、 伊 藤 整 、 十 返 肇 、 武 田 泰 淳 、 三 島 由 紀 夫 ら の 既 場 合 、 そ の 家 系 や 生 い 立 ち で 重 要 な の は 祖 父 久 右 衛 門 と 母 関 で あ る 。 祖 父 は 天 保 二 年 生 れ で 谷 崎 の 「 幼 少 時 成 の 定 説 化 さ れ た 文 学 常 識 を 打 ち 破 る 世 界 の 現 代 文 学 代 」 に よ る と 、 も と 深 川 の 小 名 木 川 べ り の 釜 を 製 造 す の 動 向 を ふ ま え た よ り 広 い 新 し い 見 地 か ら の 辛 抱 強 い る 釜 六 と い う 店 の 総 番 頭 で あ っ た が 、 維 新 の 際 、 京 橋 評 論 に よ る と こ ろ が 大 で あ る 谷 崎 潤 一 郎 の 文 学 は 諸 外 国 に お い て 単 な る エ キ ゾ チ 霊 岸 島 の 真 鶴 館 と い う 旅 館 を 買 い 経 営 し 、 つ い で 蠣 殼 シ ズ ム の 文 学 と し て で は な く 、 も 「 と も 前 衛 的 革 命 的 町 に 家 を 構 え 、 谷 崎 活 版 所 と い う 印 刷 業 を 始 め 、 近 く の 取 引 所 の 米 相 場 を 毎 タ 報 し る 「 谷 崎 物 価 」 と い う 相 な 現 代 文 学 と し て 評 価 さ れ て い る 。 た と え ば ヘ ン リ せ き

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潤 一 郎 、 5 歳 の 時 明 治 23 年 ば く は 谷 崎 文 学 が な が く 誤 解 の 中 に あ っ た と 述 べ た が 、 そ れ は 文 壇 や 読 者 が 谷 崎 の 文 才 を 理 解 し 得 な か っ た と い う こ と で は な い 。 谷 崎 潤 一 郎 の 文 学 的 才 能 、 特 に 文 章 の 見 事 さ は 広 く 万 人 が 認 め る と こ ろ で あ っ た 。 ふ ち ま た 小 説 の 布 置 、 構 成 の 巧 み さ 、 語 り 口 の お も し ろ さ 、 題 材 や 舞 台 の 珍 ら し さ 、 不 思 議 さ 、 あ る い は 奥 床 し さ 、 そ こ に 展 開 さ れ る 蠱 惑 的 な 官 能 美 、 女 性 の 美 し さ へ の あ く な き 憧 れ 、 そ れ ら の 魅 力 や 、 た の し さ に か ら れ 谷 崎 潤 郎 の 作 品 は 、 広 い 多 く の 読 者 に 読 ま れ 、 愛 好 さ れ て 来 た し か し そ の 一 方 、 文 学 者 の 中 に も 、 一 般 の 文 学 読 者 の 中 に も 、 谷 崎 の 才 能 は 認 め つ つ も 、 自 分 と は 関 係 の な い 遠 い 別 世 界 に い る 文 学 者 と し て 、 根 本 的 に 無 関 心 で あ っ た 人 々 も 少 く な い 自 分 の 人 生 や 思 想 に 、 自 分 歳 の ぶ つ か っ て い る 現 実 ー ー 社 会 や 政 治 の 問 題 に 、 全 く か か わ り の な い 文 学 だ と 決 め て し ま っ て 、 谷 崎 文 学 に 興 味 本 位 で 読 む こ と 精 つ い て 真 剣 に 考 え よ う と し な い は あ っ て も 、 文 学 と し て 内 心 で は 軽 視 し 、 黙 殺 し て い る 、 あ る い は 現 代 ば な れ し た 特 異 児 童 的 な 小 説 家 、 自 歳 分 の 異 常 な 趣 味 だ け 追 っ て い る 天 オ 的 職 人 作 家 と 割 切 っ て 、 好 奇 な 目 で 眺 め る 。 実 は 最 近 ま で 、 そ う い う 見 方 の ほ う が 谷 崎 文 学 に 対 す る 日 本 の 文 壇 の 主 流 的 見 解 お お か た で あ り 、 文 学 青 年 を は じ め と す る 文 学 読 者 の 大 方 の 態 419

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査 弥 造 ふ と こ ろ 手 を し て 着 物 の 中 で 握 り こ ぶ し を つ く り 、 肩 を 突 き あ げ 張 っ た さ ま 。 査 お 嬢 吉 一 一 一 「 三 人 吉 三 廓 初 買 」 ( 河 竹 黙 阿 弥 作 ) に 登 場 す る 賊 の 名 。 つ ね に 女 装 を し て 現 わ れ る 。 査 唐 人 髷 江 戸 末 期 か ら 流 行 し だ し た 少 女 の 髪 の 結 い 方 。 査 雪 姫 浄 瑠 璃 時 代 物 「 祇 園 祭 礼 信 仰 記 」 に 登 場 す る 女 性 。 「 金 少 年 閣 寺 」 の 段 で 、 父 の 敵 の た め に 、 庭 の 桜 の 木 に し ば り つ け ら れ る 。 彗 一 蠣 殻 町 一 一 丁 目 当 時 の 、 東 京 市 日 本 橋 区 蠣 殻 町 一 一 丁 目 。 明 治 初 期 以 来 、 種 々 の 商 品 取 引 所 ( 特 に 米 問 屋 が 多 か っ た ) が 出 来 、 七 十 五 座 の お 神 楽 「 座 」 は 、 い ろ い ろ な 神 社 で 行 な わ れ る 里 神 楽 の 曲 目 の 数 の こ と 。 盛 況 を み せ た 。 吾 一 水 天 宮 安 産 、 水 難 、 水 商 売 に ご り や く が あ る と し て 、 庶 民 ど 矢 場 の 女 当 時 の 庶 民 の 娯 楽 施 設 の 一 つ で あ っ た 楊 弓 場 に 雇 わ れ て い た 女 で 、 売 春 婦 を 兼 ね る も の も 多 く あ っ た と い う 。 の 信 仰 を 集 め 、 毎 月 五 日 の 縁 日 は 、 こ と に に ぎ わ っ た 。 翌 箱 魅 魍 魎 さ ま ざ ま な 妖 怪 変 化 の 類 の こ と 。 至 有 馬 学 校 水 天 宮 の う し ろ に あ っ た 有 馬 小 学 校 。 五 四 周 延 揚 洲 周 延 ( 1838 ~ 181 ) 明 治 時 代 の 代 表 的 な 浮 世 絵 師 。 セ 五 Urine ( 英 ) 小 便 。 江 戸 城 の 大 奥 の 美 人 を 描 く の に 長 じ て い た 。 神 童 丑 地 ロ の 行 燈 地 ロ と は 、 普 通 に 用 い ら れ る 成 語 を も と に し て 、 語 呂 の 似 た 意 味 の 違 う 別 の 句 を 作 る 一 種 の し ゃ れ 。 戯 画 や し ゃ 契 石 盤 粘 板 岩 の 薄 片 に 木 製 の 枠 を つ け た も の で 、 石 筆 で 文 字 れ の 書 い て あ る 行 燈 の 意 。 祭 礼 の 時 な ど に 路 傍 に 立 て て 用 い る 。 や 数 字 や 図 画 を か い た 。 当 時 の 学 童 の 学 校 用 具 。 猛 獣 遣 い の チ ャ リ ネ の 美 人 イ タ リ ア 人 、 チ ャ リ ネ の ひ ぎ い 冥 天 神 様 菅 原 道 真 ( 5 ~ 83 ) の こ と 。 文 章 博 士 で 漢 詩 文 に る サ ー カ ス 団 。 一 八 八 六 年 来 日 し 、 神 田 、 築 地 、 浅 草 、 靖 国 神 優 れ 、 宇 多 上 皇 に 愛 さ れ 、 右 大 臣 に 進 ん だ が 、 左 大 臣 、 藤 原 時 ぎ ん そ 社 な ど で 興 行 し て 大 評 判 を と っ た 。 平 の 讒 訴 に よ り 、 九 州 大 宰 府 に 流 さ れ 、 そ こ で 没 し た 。 の ち 、 究 に ん べ ん 東 京 日 本 橋 に あ る 有 名 な 鰹 節 販 売 店 。 初 代 の 伊 勢 天 満 宮 に 天 神 と し て 祭 ら れ た 。 屋 伊 兵 衛 の 名 よ り 「 に ん べ ん 」 の 屋 号 が 生 ま れ た 。 冥 此 の 度 は 幣 も ・ : : ・ 東 風 吹 か ば : : : 「 こ の た び は ぬ さ も と り あ 発 緞 帳 芝 居 引 幕 の か わ り に 緞 帳 ( た れ 幕 ) を 用 い た こ と よ り 、 へ ず た む け 山 紅 葉 の 錦 神 の ま に ま に 」 ( 「 古 今 集 , 巻 九 羇 旅 下 等 な 芝 居 を さ し て い う 。 歌 ) 「 こ ち ふ か ば に ほ ひ を こ せ よ む め の は な あ る じ な し と て は 究 覗 き 機 巧 箱 の 中 に 幾 枚 か の 絵 を 装 置 し 、 こ れ を 順 次 に 転 換 る を わ す る な 」 ( 「 拾 遺 集 」 巻 十 六 雑 春 ) さ せ て 前 方 に あ る 眼 鏡 か ら 覗 か せ る も の 。 の ぞ き め が ね 。 四 書 五 経 「 四 書 」 は 「 大 学 」 「 中 庸 」 「 論 語 」 「 孟 子 」 を 、 「 五 注 解

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き ら れ て 来 た 。 そ し て . 一 方 で は 反 自 然 主 義 的 な 漱 石 、 鵰 お ( 最 下 級 の 料 理 用 酒 ) を が ぶ が ぶ 飲 む 情 景 が 描 か れ て い る 。 こ の 絶 望 的 な 時 期 に 、 そ う い う 苦 し い 体 験 を 自 外 さ ら に は 鏡 花 の 伝 統 を ひ く 芸 術 至 上 主 義 、 耽 美 主 義 、 そ し て 人 道 主 義 的 な 白 樺 派 が 出 現 し て 来 る 。 四 十 三 年 然 主 義 作 家 、 私 小 説 作 家 の ご と く 直 接 に 書 か ず 、 「 象 」 に は 鵰 外 の 「 青 年 」 、 漱 石 の 「 、 尸 」 荷 風 の 「 冷 笑 」 が 「 刺 青 」 「 麒 麟 」 「 少 年 」 「 幇 間 」 な ど 、 自 然 主 義 文 学 全 盛 ノ ノ 」 創 刊 に つ ぎ 、 「 白 樺 」 「 三 田 期 の 当 時 の 文 壇 で は 殆 ん ど 認 め ら れ る 可 能 性 の な い 耽 書 か れ 、 前 年 の 「 ス ヾ レ 美 的 な 芸 術 至 上 主 義 的 な 小 説 を の み 書 き 続 け た 谷 崎 の 文 学 」 が 発 刊 さ れ 、 有 島 武 郎 が 「 或 る 女 」 を 書 き 、 武 作 家 根 性 は 見 事 で あ る 。 こ の 逆 境 に 屈 し な い 負 け じ 魂 者 小 路 実 篤 が 「 お 目 出 た き 人 」 を 発 表 す る 。 そ う い う と 、 自 己 の 文 学 へ の 自 矜 が あ っ て こ そ 、 近 代 日 本 文 学 中 に 、 谷 崎 潤 一 郎 は 今 ま で ど の 文 学 者 も よ う 書 き 得 な か っ た 、 道 徳 や 習 慣 な ど 無 視 し た 、 肉 体 の 美 し さ 、 官 史 上 画 期 的 な 文 豪 大 谷 崎 が 生 ま れ た と 言 え よ う 。 能 の 陶 酔 こ そ 至 上 で あ る と 大 胆 に 主 張 し た 「 刺 青 」 を 明 治 の 末 年 に あ た る 四 十 年 代 は 、 日 露 戦 争 の 勝 利 に よ る 国 民 的 な 自 信 と よ う や く あ ら わ に な っ た 国 内 の 矛 持 っ て 登 場 し た の だ 。 ま さ に 登 場 す べ き 時 期 に 谷 崎 潤 一 郎 は 期 待 以 上 の 新 鮓 な 衝 撃 を も っ て 登 場 し た の だ 。 盾 と が 錯 綜 す る 曲 り 角 の 時 代 で あ っ た 。 特 に 谷 崎 が 「 刺 そ の 画 期 的 な 試 み は 、 た ち ま ち 文 学 青 年 の 間 で 反 自 然 青 」 を 発 表 し た 明 治 四 十 三 年 は 藤 村 の 「 家 」 、 花 袋 の 主 義 の 新 星 と し て 注 目 さ れ た 。 「 縁 」 、 秋 声 の 「 足 跡 」 、 泡 鳴 の 「 放 浪 」 、 長 塚 節 の 「 土 」 な ど 文 学 史 上 に 今 も 残 る 作 品 が 書 か れ 自 然 主 義 文 学 が し か し こ の よ う な 今 ま で の 自 然 主 義 文 学 と 全 く 異 な 絶 頂 期 に 達 す る と 共 に 、 こ の 年 の 六 月 幸 徳 秋 水 ら が 大 る 、 価 値 観 を 転 倒 さ せ た 大 胆 な 革 命 的 と 言 え る 文 学 や 逆 事 件 で 検 挙 さ れ 、 無 政 府 主 義 社 会 主 義 者 さ ら に は 文 作 家 が 、 す ぐ に 既 成 文 壇 に 認 め ら れ る わ け は な い 。 谷 学 者 へ の 当 局 の 苛 烈 な 思 想 的 弾 圧 が は し ま り 、 石 川 啄 崎 が 貧 窮 の 生 活 の 中 、 背 水 の 陣 を し き 、 全 力 を 傾 け て 木 が 「 時 代 閉 塞 の 現 状 」 を 書 き 自 然 主 義 文 学 の 限 界 を 書 い た 「 誕 生 」 「 象 」 「 刺 青 」 「 麒 麟 」 「 信 西 」 「 彷 徨 」 「 少 年 」 批 判 し 、 幸 徳 事 件 を 転 機 に 自 然 主 義 も 平 面 描 写 や 私 小 「 幇 間 」 ら の 作 品 は 、 文 壇 や ジ ャ ー ナ リ ズ ム か ら 無 視 説 へ と 政 治 や 社 会 か ら 絶 縁 、 変 質 し か っ て の 現 実 暴 露 黙 殺 さ れ る 。 彼 は い ら だ ち 神 経 衰 弱 が 悪 化 し 、 も ん も の ヴ ァ イ タ リ テ ィ を 失 な い は じ め 、 そ の 生 真 面 目 で は ん の 日 々 を 送 っ た 。 そ う い う 絶 望 的 状 况 の さ な か 、 「 三 田 文 学 」 明 治 四 あ る が 泥 臭 く 、 田 舎 臭 い 書 生 的 な 非 芸 術 性 、 暗 さ が あ 436

現代日本の文学 7 谷崎潤一郎 集


( 崎 、 郎 響 き , い 京 都 潺 湲 亭 に て 昭 和 29 年 ( 樋 口 進 氏 撮 影 ) 現 代 の 日 本 文 学 の 中 で 、 谷 崎 潤 一 郎 ほ ど 文 豪 と い う 言 葉 が 適 わ し い 作 家 は い な そ の け ん ら ん 絢 爛 豪 華 な 作 品 、 多 彩 で 華 や か な 文 学 歴 、 月 並 ~ 一 テ ま ん を お そ れ ぬ 日 本 の 正 統 な 伝 統 美 の 体 現 、 傲 漫 な ま で の 自 信 、 な が い 生 涯 を 貫 ぬ く 旺 盛 な 創 ご う い た く で 豪 作 力 、 戦 争 下 で も 変 え な か っ た ぜ 奢 な 日 常 生 活 な ど 、 大 谷 崎 と 大 の 字 を 冠 し て も お か し く な い 唯 一 の 作 家 で あ っ た 。 三 島 由 紀 夫 が 谷 崎 潤 一 郎 を 追 悼 す る 文 章 の 中 で 、 「 谷 崎 朝 時 代 」 と い う 言 葉 を 用 い て い た が 、 そ う い う 大 時 代 的 な 表 現 も 谷 崎 の 場 合 適 わ し く 思 え て く る 阪 本 小 学 校 、 東 京 府 立 一 中 時 代 か ら 神 童 の 名 を は し い ま ま に し 、 そ の 驚 く べ き 学 殖 と 文 学 的 才 能 は 全 校 に な り ひ び い た 華 や か な 存 在 し ゃ 評 伝 的 解 説 奥 野 健 男 417

現代日本の文学 7 谷崎潤一郎 集


な る 。 当 時 の 文 壇 登 龍 門 で あ っ た 「 中 央 公 論 」 の 名 編 中 か ら 戦 後 に か け て の 畢 生 の 長 篇 「 細 雪 」 の 絢 爛 た る ち ょ い ん 集 長 滝 田 樗 陰 が 人 力 車 で の り つ け 作 品 を 依 頼 し に 来 る 。 風 俗 絵 巻 物 的 作 品 か ら 古 典 も の の 結 品 と も い え る 「 少 短 篇 集 「 刺 青 」 が 出 版 さ れ る 。 そ れ か ら の 谷 崎 の は な 将 滋 幹 の 母 」 に い た る 後 期 、 そ し て 昭 和 三 十 年 の 「 過 や か な 新 進 作 家 ぶ り は 改 め て 論 じ る 必 要 も な い だ ろ う 。 酸 化 マ ン ガ ン 水 の 夢 」 に は じ ま り 「 鍵 」 「 夢 の 浮 橋 」 か ら 老 年 の 性 の 前 衛 的 文 学 と も 呼 び た い 「 瘋 癲 老 人 日 記 」 に い た る 晩 年 期 の 文 学 に い た る ま で の 谷 崎 文 学 の 本 質 を 、 独 断 か も 知 れ な い か ば く な り に 解 釈 す る こ と を 許 し て 戴 き た い 。 荷 風 は 谷 崎 の 「 刺 青 」 「 少 年 」 な ど の 初 期 作 品 の 特 徴 を 次 の よ う に 分 析 し た 。 第 一 に 「 肉 体 的 恐 怖 か ら 生 ず 一 般 に 谷 崎 文 学 の 特 徴 は 官 能 的 耽 美 的 な マ ゾ ヒ ズ ム る 神 秘 幽 玄 」 、 第 二 に 「 全 く 都 会 的 な る 事 」 、 第 三 に 「 文 の 異 常 な デ カ ダ ン ス の 文 学 と い わ れ て い る 。 し か し ば 章 の 完 全 な る 事 」 と 。 こ の 批 評 は 晩 年 に い た る ま で の く は 谷 崎 潤 一 郎 の 生 涯 と 文 学 と を 退 廃 と も 異 常 と も 思 全 谷 崎 文 学 に そ の ま ま あ て は ま る 、 先 験 的 予 見 的 な も わ な い 。 文 学 者 と し て 珍 ら し い く ら い き わ め て 健 全 で っ と も す ぐ れ た 批 評 で あ る 。 特 に 〃 肉 体 的 恐 布 か ら 生 正 常 な 一 生 と 思 う 。 そ れ は 文 壇 人 と の 交 際 を 避 け 、 特 , 文 学 と い う 指 摘 は 昭 和 も 戦 後 に な っ て 、 そ に 関 西 に 移 住 し て か ら は 芸 能 人 や 実 業 家 と の 交 際 を た こ っ く べ ん れ の 言 葉 に 含 ま れ る 重 い 意 味 が は し め て 思 想 的 、 文 学 史 の し ん だ こ と に も あ ら わ れ て い る 。 求 道 的 な 刻 苦 勉 励 的 に 再 認 識 さ れ 、 世 界 的 現 代 的 な 谷 崎 文 学 評 価 の 基 準 の 生 活 や 、 デ カ ダ ン ス の 中 に 破 滅 す る 放 浪 敗 残 の 生 活 と な っ た 。 と は 無 縁 な 俗 物 的 プ ル ジ ョ ア 生 活 を 好 ん だ 。 そ れ は 「 瘋 こ こ で 余 り 紙 数 も な い の で 、 ば く は 処 女 作 の 「 刺 青 」 、 癲 老 人 日 記 」 の 八 十 歳 近 く な る と 関 心 は 食 欲 と 陸 欲 だ け に な る と い う ・ 発 一 言 に も は っ き り あ ら わ れ て い る 。 老 そ れ に 続 く 「 少 年 」 「 悪 魔 」 な ど の 作 品 か ら 、 西 洋 的 屋 奇 趣 味 の 「 人 面 疽 」 、 「 富 美 子 の 足 」 を 経 、 大 正 期 と い う か 年 に な っ た か ら と て 急 に 死 を 怖 れ 神 や 仏 や キ リ ス ト を 前 期 の 総 決 算 と も い う べ き 大 正 十 四 年 の 長 篇 「 痴 人 の 一 応 の 生 活 を 送 る 拝 み 、 言 仰 的 生 活 に 入 る で も な い 愛 」 、 そ し て 昭 和 戦 前 期 の 「 卍 」 か ら 、 関 西 的 日 本 趣 味 こ と が で き る 食 欲 と 生 欲 だ け に 興 味 を 持 ち な が ら 死 を 的 な 「 吉 野 葛 」 「 蘆 刈 」 「 春 琴 抄 」 な ど の 中 期 の 傑 作 、 戦 そ れ ほ ど 怖 れ な い 平 均 的 な 日 本 人 の 老 年 期 の 生 活 を そ