ている。 「ちょっとおもしろい考えでしよう ? 」 三原が読みおわるのを待って、院長はロを開いた。笑うといっそう細い目であ 0 た。 「寝ているから、こんなことを考えるのですね」 「そうですね」 あい・つち 三原は気のない相槌を打って雑誌を返した。彼には安田亮子の感し方よりも、本文の冒頭にあ る「主人も、仕事の上で出張が多いから、時刻表をよく買っている。じっさいによく見なれてい とるらしいが」の一旬が目に残って、しばらく院長の存在を忘れていた。 点 警視庁に三原が帰ったのは、夜の八時ごろであった。主任の笠井警部は帰ったあとでいなかっ 机の上にインク瓶を押えにして、電報がおいてある。三原は、あんがい早く来たな、と思った。 彼は立ったまま、すぐにひらいた。思ったとおり、北海道の札幌中央署からで、問い合せにたい する返電であった。 「フタバショウカイノカワニシノショウゲンニョレ・ハ 一ガッ二一ヒ、サッポロエキニテャスダ 線 131 びん

点 いう文旬があったことを覚えているが、私の心も同じである。所在ないときは、時刻表のどこ たの を開けても愉しくなった。私は勝手に山陰や四国や北陸に遊んだ。 こんなことから、つぎに時間の世界に私の空想は発展した。たとえば、私はふと自分の時計 を見る。午後一時三十六分である。私は時刻表を繰り、十三時三十六分の数字のついた駅名を えちご きや 探す。すると越後線の関屋という駅に 122 列車が到着しているのである。鹿児島本線の阿久 ひだみやた 根にも 139 列車が乗客を降ろしている。飛騨宮田では 815 列車が着いている。山陽線の藤 おうじ きたのしろ おう ) いいだじようばん 線生、信州の飯田、常磐線の草野、奥羽本線の北能代、関西本線の王寺、みんな、それそれ汽車 がホームに静止している。 私がこうして床の上に自分の細い指を見ている一瞬の間に、全国のさまざまな土地で、汽車 がいっせいに停っている。そこにはたいそうな人が、それそれの人生を追って降りたり乗った りしている。私は目を閉じて、その情景を想像する。そのようなことから、この時刻には、各 線のどの駅で汽車がすれ違っているかということまで発見するのだ。たいへんに愉しい。汽車 の交差は時間的に必然だが、乗っている人びとの空間の行動の交差は偶然である。私は、今の 瞬間に、展がっているさまざまな土地の、行きずりの人生をはてしなく空想することができる。 他人の想像力でつくった小説よりも、自分のこの空想に、ずっと興味があった。孤独な、夢の 浮遊する愉しさである。 仮名のない文字と、数字の充満した時刻表は、このごろの私の、ちょっとした愛読書になっ 130 と ひろ くさの

た。三原は目次を見て、ページを開けた。 りようこ 「数字のある風景」という題で、下に「安田亮子」とあった。ははあ、亮子という名前なのかと 三原ははじめて知った。彼はその奇妙な題の本文を読みはじめた。 長い間、寝たきりでいるといろいろな本が読みたくなる。しかし、このごろの小説はみんな つまらなくなった。三分の一まで読んだら興を失って閉じることが多い。ある日、主人が帰っ 線て汽車の時刻表を忘れて行った。退屈まぎれに手にとってみた。寝たきりの私には旅行などと ても縁のないものだが、意外にこれがおもしろかった。下手な小説よりずっと面白い。主人も、 と仕事の上で出張が多いから、時刻表をよく買っている。じっさいによく見なれているらしいが、 それは実用からで、病床の私には非実用のおもしろさである。 点 時刻表には日本中の駅名がついているが、その一つ一つを読んでいると、その土地の風景ま ローカル とよっ さいかわ でが私には想像されるのである。それも地方線の方が空想を伸ばさせてくれる。豊津、犀川 さきやまゆすばるまがりかねいた ′」とうじ いなか しんじようますがた 崎山、油須原、勾金、伊田、後藤寺、これは九州のある田舎の線の駅名である。新庄、升形、 ふるくちたかや かりがわあまるめ 津谷、古ロ、高屋、狩川、余目、これは東北のある支線である。私は油須原という文字から南 の樹林の茂った山峡の村を、余目という文字から灰色の空におおわれた荒涼たる東北の町を想 像するのである。私の目には、その村や町を囲んだ山のたたずまい、家なみの恰好、歩いてい つれ・つれぐさ る人まで浮ぶのである。徒然草に「名を聞くより、やがて面影は推しはかるる心地するを」と 129

てん せん 定価はカバーに表 示してあります。 新潮文庫草 109 R く乱 送本 料は 負面 担倒 てす おが 替社 い信 し宛 。付 発 所 振電東郵会株 社式 替編業京便 集務都 新番「 京〇〇 = 宿号 八生 0 五町一 八当一 七 0 社 番一 発 者 佐 著 者 松 ! 昭昭 和和 五四 年年 七五 月月 日日 刷行 印刷・塚田印刷株式会社製本・憲専堂製本株式会社 0 Seichö Matsumoto 1971 Printed ⅲ Japan

勝海舟子母沢寛 ( 全六冊 ) 剣」知。、」〈 ) 柴田錬三郎関 " 原 ( 中 ) 司馬遼太郎 江戸群盗伝柴田錬三郎 峠 ( 司馬遼太郎次郎物語下村湖人 続江戸群盗伝柴田錬三郎 出発は遂に訪れす島尾敏雄プールサイド小景・ 静物庄野潤三 美男城柴田錬三郎 旧主人・芽生島崎藤村 眠狂四郎無頼控柴田錬三郎 総会屋錦城城山三郎 ( 全六冊 ) 嵐・ある女の生涯島崎藤村 役員室午後三時城山三郎 島崎藤村 眠狂四郎独歩行 ( し柴田錬三郎春 桑の実鈴木三重吉 眠狂四郎殺法帖 ( 柴田錬三郎桜の実の熟する時島崎藤村 夜あけ朝あけ住井すゑ 孤剣は折れす柴田錬三郎家 朝島崎藤村 夏の終り瀬戸内晴美 赤い影法師柴田錬三郎 戒島崎藤村 徳瀬戸内晴美 女 上 運命峠 ( 当柴田錬三郎 日し前上島崎藤村いすこより瀬戸内晴美 梟の城司馬遼太郎 風神の門司馬遼太郎藤村詩稿島崎藤村妻と女の間 ( 鬱瀬戸内晴美 . し 声瀬戸内晴美 人斬り以蔵司馬遼太郎千曲川スケッチ島崎藤村遠 愛と死の書芹沢光治良 国盗り物語司馬遼太郎 新 生 ( 島崎藤村 ( 全四冊 ) 巴里に死す芹沢光治良 燃えよ剣 ( 司馬遼太郎父子鷹 ( 子母沢寛ヒ 婚芹沢光治良 新史太閤記 (i) 司馬遼太郎おとこæ(i) 子母沢寛愛と知と悲しみと芹沢光治良

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ころ夏目漱石飢える魂丹羽文雄一浜田広介童話集浜田広介 草夏目漱石禁猟区丹羽文雄放浪記林芙美子 丹羽文雄うず潮林芙美子 硝子戸の中夏目漱石顔 縦走路新田次郎運 河丹羽文雄浮 雲林芙美子 強力伝・孤島新田次郎献 し林芙美子 身丹羽文雄め 孤高の人 ( 新田次郎真知子野上弥生子夏の花・心願の国原民喜 蒼氷・神々の岩壁新田次郎秀吉と利休野上弥生子挽 歌原田康子 チンネの裁き・ 」の林原田康子 新田次郎ェロ事師たち野坂昭如ヒ 消えたシュプール 岩壁の掟・偽りの快晴新田次郎真夜中のマリア野坂昭如病める丘原田康子 アメリカひじき・ 野坂昭如にごりえ・たけくらペ樋口一葉 厭がらせの年齢丹羽文雄 火垂るの墓 哭 壁丹羽文雄受胎旅行野坂昭如大つごも ? わかれ道樋口一葉 美しき嘘丹羽文雄水虫魂野坂昭如土と兵隊・麦と兵隊火野葦平 麦丹羽文雄好色の魂野坂昭如こういう女平林たい子 菩提樹丹羽文雄心中弁天島野坂昭如うつむく女平林たい子 命なりけり丹羽文雄てろてろ野坂昭如楢山節考深沢七郎 深沢七郎 日日の背信丹羽文雄暗い絵・崩解感覚野間宏笛吹 蛇と鳩丹羽文雄真空地帯野間宏 . 東北の神武たち深沢七郎

千秋楽深沢七郎ポッコちゃん星新一小説日本芸譚松本清張 人間滅亡の唄深沢七郎ようこそ地球さん星新一或る「小倉日記」伝松本清張 草の花福永武彦気まぐれ指数星新一黒地の絵松本清張 札松本清張 忘却の河福永武彦ほら男爵現代の冒険星新一西郷 廃市・飛ぶ男福永武彦ボンボンと悪夢星新一佐渡流人行松本清張 土福永武彦悪魔のいる天国星新一張込み松本清張 路松本清張 夢みる少年の昼と夜福永武彦広場の孤独堀田善衞駅 史堀田善衞わるいやつら ( 鬱松本清張 愛の試み福永武彦歴 加田伶太郎全集福永武彦 間堀田善衛歪んだ複写松本清張 時 平 凡二葉亭四迷 海鳴りの底から堀田善衛けものみち松本清張 雲二葉亭四迷燃ゆる頬・聖家族堀辰雄半生の記松本清張 し福音松本清張 木石・悉皆屋康吉舟橋聖一風立ちぬ・美しい村堀辰雄黒 雪夫人絵図舟橋聖一 かげろふの日記・曠野堀辰雄かげろう絵図 ( 松本清張 白い魔魚舟橋聖一幼年時代・晩夏堀辰雄ゼロの焦点松本清張 花の生涯舟橋聖一菜穂子・楡の家堀辰雄眼の壁松本清張 花の素顔舟橋聖一大和路・信濃路堀辰雄点と線松 ~ 本清張 石狩平野 (i) 船山馨堀辰雄妻〈の手紙堀多恵子編黒い画集松本清張

楽三島由紀夫 霧の旗松本清張笹舟日記三浦哲郎音 蒼い描点松本清張仮面の告白三島由紀夫真夏の死三島由紀夫 影の地帯松本清張花ざかりの森・憂国三島由紀夫獅子・孔雀三島由紀夫 時間の習俗松本清張愛の渇き三島由紀夫青の時代三島由紀夫 賊三島由紀夫五番町タ霧楼水上勉 砂の器 0 松本清張盗 色三島由紀夫霧と影水上勉 蒼さめた礼服松本清張 鏡子の家三島山記夫 吊雁の寺・越前竹人形水上勉 黒の様式松本清張 潮 ( しおさい ) 騒三島由紀夫飢餓海峡水上勉 の複合松本清張 金閣寺三島由紀夫 水上勉 京の 鵐外の婢松本清張 美恵のよろめき三島由紀夫西陣の女水上勉 分離の時間松本清張一彳 死の枝松本清張永すぎた春三島由紀夫越後 0 0 」し親不知水上勉 沈める滝三島由紀夫凍てる庭水上勉 地の骨 0 松本清張 小説東京帝国大学松本清張獣の戯れ三島由紀夫風の又三郎宮沢賢治 笹まくら丸谷才一美し い星三島由紀夫銀河鉄道の夜宮沢賢治 子宮本百合子 塩狩峠三浦綾子近代能楽集三島由紀夫伸 三浦哲郎午後の曳航三島由紀夫播州平野・風知草宮本百合子 忍ぶ 婚三浦哲郎宴のあと三島由紀夫二つの庭宮本百合子

友 森鷸外暖 ( のれん ) 簾山崎豊子 情武者小路実篤雁 愛慾・その妹武者小路実篤青 年森鵜外はんち山崎豊子 愛と死武者小路実篤ヰタ・セグスアリス森鵐外花のれん山崎豊子 真理先生武者小路実篤阿部一族・舞姫森鵐外女の勲章山崎豊子 空想先生武者小路実篤山椒大夫・高瀬舟森鵐外しぶちん山崎豊子 母と子武者小路実篤恋人たちの森森茉莉女系家族山崎豊子 紋山崎豊子 海辺の光景安岡章太郎花 ~ 辛糧武者小路実篤 質屋の女房安岡章太郎仮装集団山崎豊子 幸福な家族武者小路実篤 棘まで美し武者小路実篤良友・悪友安岡章太郎世阿彌山崎正和 馬鹿一武者小路実篤犬をえらばば安岡章太郎江戸群盗記山手樹一郎 若き日の思い出武者小路実篤愛のごとく山川方夫桃太郎侍山手樹一郎 幼年時代・ 室生犀星海岸公園山川方夫朝晴れ鷹山手樹一郎 あにいもうと 江分利満氏の 山ッロ瞳江戸へ百七十里山手樹一郎 優雅な生活 性に眼覚める頃室生犀星 江分利満氏の 山口瞳樅ノ木は残 0 た ( 鬱山本周五郎 舌を物み切った女室生犀星 華麗な生活 随筆女ひと室生犀星結婚します山口瞳青べか物語山本周五郎 我が愛する詩人の伝記室生犀星結婚しません山口瞳柳橋物語・ むかしも今も山本周五郎 杏っ子室生犀星けつばり先生山口瞳五瓣の椿山本周五郎

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