ことになる。信じる預言者が、異なるだけなのです。 イスラム教から見れば、旧約聖書に従うのがユダヤ教徒で、新約聖書に登場するイエ スを神の子だと考えるのがキリスト教徒。どちらも信じ方は間違っているけど、アッラ ーの啓示には従っているから、まったくの異教徒とはみなされていません。ムハンマド に先行する預言者たちをアッラーの言葉を伝える預言者として認めている点で、宗教的 寛容をそなえているのです。 佐藤もっとも遅く成立したイスラム教は、ユダヤ教、キリスト教の強い影響を受けて います。偶像崇拝を禁止して、神の前の平等を説くのはキリスト教と同じですがより徹 底している。 橋爪イスラム教ではムハンマドを拝むことはもちろん、ムハンマドの絵を描くことす ら禁止して、アッラーだけが神であることを強調しています。 佐藤さらにいえば、神の前での平等もキリスト教よりも徹底させています。イスラム 教では教徒内の身分や階級、民族などの差を認めていません。ですから専門の神官階級 もいないという建前になっています。
火獄という罪を受ける不信仰は重大な罪である〉と。 橋爪そうするとイスラムでは神に背いて行為すること以前に、信仰を拒否することが 大きな罪になりますね。 佐藤そもそも「イスラム」とは「絶対帰依ーという意味で、あらゆる行為がアッラー への絶対服従として決められています。 クルアーンは聖書と違って、教義のほかに日常生活のすべてを規定する法典という性 格を持っています。すべてに通じるのはアッラーへの服従です。 たとえば、クルアーンにはイスラムの「五行」という規範がある。それがアッラーの ほかに神はないと唱える「信仰告白」、一日五回メッカに向かって祈る「礼拝」、収入の 一部を貧しい人に施す「喜捨」、ラマダン月の日の出から日没まで飲食しない「断食」、 一生に一度メッカに足を運ぶ「巡礼」です。ほかにもお酒を飲まない。豚肉を食べない。 利子を取らないなど、日常の規範が細かく決められています。 橋爪クルアーンはアラビア語でなければならず、ほかの言語への翻訳が認められてい ません。そこも、聖書の翻訳を認めているキリスト教とは異なる点です。イスラム教で
佐藤少し補足させてください。 キリスト教の人たちは英語で神をク気ドイツ語ではロシア語で 0 ( ポ 1 フ ) クと呼んでいます。ユダヤ教はヤハウェ。イスラム教はアッラー 三つの一神教は呼び方こそ違いますが、同じ神を崇めています。 そして預言者というと細木数子さんのような占い師を想像する方が多いようです。で もそれは間違い。預一言者は神様の言葉を預かる人。なかには将来に起きる出来事を話す 人もいたかもしれませんが、それは例外的で、ほとんどは神の言葉を預かって政治や王 権の現状を批判しました。 橋爪も、つひとっ加えるなら、預一言者は、神でないということ。ではなく、あく までも人間です。 預言者を神みたいな存在として崇めてしまうと、一神教ではなくなります。預言者は あくまでも媒介であり、「器」。神の言葉を伝えるだけで、神ではない。 イスラム教の神は、一一一口うまでもなく、アッラー。アラビア語で、の意味です。 そして、もっとも大事な預言者は、ムハンマド。
佐藤そうです。だからなんでもありです。つまり条約による権利や義務がはっきりし ていないわけですから、恣意的にやめることもできます。 橋爪都合が悪くなれば、しつほを巻いて逃げ出すことも可能ですね。 佐藤そうなります。だから国際社会は、安倍政権に論理は通じないという目で見はじ めています。いや、それは諸外国だけではなく、霞が関の官僚もそう感じています。 安倍政権は極めて異質な政権です。身内の結東は固いけれど、何がしたいかわからな いかといって、神の声が聞こえているわけでもない それは政権だけではありません。二〇一四年一〇月にシリアに渡って「イスラム国 に加わろうとした北海道大学の学生が、刑法の私戦予備・陰謀の疑いで事情聴取されま 本した。彼がアッラーの声を聞いたかはわかりません。が、私が危惧しているのは、本当 日 る にアッラーの声を聞いた人間が今後出現するかもしれないということです。 す 立 日本人のなかにもイスラム過激派の思想に共鳴する人たちがかなりの数いると思わな 孤 ければならない。日本人が一億二〇〇〇万人いれば、過激な思想に惹かれる人が数十人 章 序から数百人いてもおかしくはありません。
佐藤今、「合議で選ばれる , とおっしやったのは、スンナ派の立場ですね。 橋爪はい。 その合議の正当性を疑い、ムハンマドの娘婿のアリーとその系統が、ほんとうの後継 * 2 者であるとするのが、シーア派です。 佐藤ところで、カリフは長らく廃位されていたのですが、それを現代に復活させたの がスンナ派の「イスラム国」です。果たして「イスラム国」が世界を大混乱に陥れてま で復活させたカリフとは何者なのか。そのあたりから、ます議論したいです。 橋爪そもそもイスラムの理想は、アッラーが一人の預一言者を選び、預一言者が聞いたア ッラーの言葉に従う人びとが全人類に広がって、平和なウンマを作ること。 では、軍事や政治の最高責任者であるカリフは、イスラム世界の王なのか、という問 題があります。 、 : 王は、部族より広い範囲の人 ししか、王でなくてもしし カリフとは、王であっても、 びとを、血縁と関係なく統治する君主で、その地位を世襲します。カリフが世襲される と、王になる。しかしもともと、カリフは、ムハンマドの「代理人ーという意味なので、
統治者であるカリフに、それぞれ継承していくかたちをとった。 法学者は、かならすいます。しかしカリフは、い ることが望ましいけれども、現実に はいないこともある カリフがいない場合は、各地で勝手にできあがる地方政権や王権が、カリフの部下ス ルタンやそのまた部下のアミールなどを自称して、人びとを統治し、かなり大きな国家 をつくるケースもあった。しかし彼ら統治者らが、なぜ人びとを支配してよいのか、ど んな根拠で政権や国家を樹立したか、イスラム法学によっては正当化できないのです。 佐藤私もそう思います。イスラム世界にも当然なんらかの統治機構は必要ではあるけ ど、ネーションステート ( 国民国家 ) のような方向には向かわない。なぜなら、イスラ 生 ム世界では、神である「アッラー がひとつなら、規範である「シャリ 1 ア」もひとつ、 誕 の指導者「カリフーもひとつだからです。 神 しかしデファクト ( 事実 ) としては、政権や国家は存在している。イスラム法に照ら 章 第 * ウラマーイスラム法学、神学などの専門家。シャリーアの解釈や運用も行なう。
イスラム教の「最後の審判」では、天使が克明に記録した一人ひとりの言動を証拠書 類として提出する。地上の言動についての責任を追及され、アッラーに裁かれる。 佐藤審判の場で、善い行ないと悪い行ないを天秤にかけて重さを量るわけですね。 橋爪そうです。そこが原罪の考え方とは大きく違います。 原罪とは、罪を犯したかどうかの問題ではありませんから、善い行ないと悪い行な、 を天秤にかける以前の問題である。 では、原罪があるキリスト教の最後の審判はどうか 審判を下す裁判官は、。です。 最後の審判のその日には、さまざまな天変地異が起こります。空が割れて、イエス・ キリストと天使の軍勢が雲に乗って現れる。地上の悪の軍勢とメギドの丘 ( ハルマゲド ン ) で戦う、最終戦争が始まります。それに勝利したキリストの統治が行なわれる。そ れから最後の審判です。 最後の審判を受けるために、それまで存在したすべての人間が、ひとり残らず復活す る。そこで大切な点は、一人ひとりが個人単位で裁かれること。誰もが自分に責任を持
たちも入信した。 当時のメッカは貧富の差が大きい格差社会でした。ムハンマドはアッラーへの信仰、 偶像崇拝の禁止、神の前の万人の平等を唱え、大商人による富の独占を批判した。当然、 メッカの支配層である商人たちは反発しました。迫害を受けたムハンマドと信徒たちは 六二二年に、北のメディナに移住します。 これがいわゆる「ヒジュラ ( 聖遷 ) 」で、この年がイスラム暦元年とされました。当 時、アラビア半島は様々な宗教が併存して混迷していましたが、イスラムの教えは明央 だったので、信者は増えて一大勢力になりました。そして「ヒジュラ」から八年後の六 三〇年にはメッカを無血で占領した。周囲の部族も次々に支配下に収めていき、」ハ三一 生年にはアラビア半島を制圧します。 誕 の 橋爪そこで成立したイスラム共同体が「ウンマ」ですね。 教 神 ムハンマドがやったことを振り返ると、彼は、軍事司令官として軍隊を指揮したこと 章 第 * メディナサウジアラビア西部の都市。ムハンマドが六二二年にメッカから移住した。
ムハンマドが生まれたのは五七〇年ころだとされています。生まれたのはアラビア半 島のメッカーーー現在のサウジアラビア西部の都市です。 当時のメッカは商業都市として繁栄していました。ムハンマドもこの地の商人の一族 です。ムハンマドが四〇歳のころ、彼は山の洞窟で瞑想していました。そんなある日、 天使ガプリエルに「読め」と言われた。これが神アッラーからの最初の啓示です。 橋爪ガプリエル ( アラビア語では、ジプリール ) は、天にある書物 ( 原本 ) を読んで は、ムハンマドのもとにやってきて、耳元で読み聞かせた。飛んでくる間にガプリエル がアラビア語に翻訳したとされています。 モ 1 セはファラオの前で、杖を蛇に変えましたし、イエスは病気治療のようなことを 行ないながら放浪しました。 ムハンマドはそういう奇蹟を起こしていません。けれど、神の言葉を聞き、啓示を受 けた。クルアーンの存在自体が奇蹟なのです。 佐藤その奇蹟を一五歳年上の妻のハーディージャに伝えると彼女もその言葉を信じた。 イスラム教の第一信者はムハンマドの姉さん女房だったわけです。その後、親戚や友人
第一章■ー神教の誕生 イスラム教でもっとも大切なのは、唯一の「一」です。いわゆるタウヒードという考 え方です。 アッラーが「一つ」なら、預一言者も「一」。そして、聖典「クルアーン」も二」。 「クルアーン」にもとづくイスラムの法、シャリーアも「一」。さらに、イスラム教徒の 共同体である「ウンマ」も二」。ウンマを導く、「カリフ」 ( ムハンマドの後継者 ) も 「一」です。カリフは最初、合議で選ばれた。 * 1 タウヒードアラビア語でひとつであることを意味する動詞「ワヒード」から派生した言葉。神 の唯一性を指す。 * 2 クルアーン預一言者ムハンマドが受けた啓示をまとめたイスラム教唯一の聖典。コーランとも。 * 3 シャリーアイスラム法。クルアーンを基礎として、個人の生活から社会や国家のあり方を規定 したイスラムの法体系。イスラム教徒は神に与えられた法と考える。九世紀から一〇世紀に成立。 * 4 ウンマアラビア語で「集団」を意味する。イスラム教徒の共同体。 * 5 カリファラピア語で後継者という意味。ムハンマドの後継者で、全イスラム教徒の最高指導者。 4