【二日目】 121 ジャスパーは片手でファンガスの太い柄を掴み、傘の付け根に刃を押し当てた。 突如、ファンガスの柄がジャス。、 ノーに向かって折れ曲がった。大きな傘がジャスパーにのし かかる。と思った次の瞬間、傘は勢いよく上方に跳ね、ジャスパーの下あごを打った。 「っ 不意打ちにのけぞったジャスパーの眼前で、太い柄の下部が音を立てて二つに分かれた。さ らに柄の中央付近からも、細長い触手のようなものが左右一本ずっ飛び出す。 ファンガスは「脚」で地を蹴ってジャスパーに体当たりし、「腕」で彼を横に押しのけた。 突き飛ばされたジャスパーは背中から石床に倒れ、二足歩行を始めた大キノコを呆然と見上 ・ : な、な、なんだこれ」 「ぶははははつ」 エドワードが腹を抱えて笑いだした。 「バカ正直にひっかかりやがって。動かねえキノコなら冒険者に依頼するわけがねえだろ」 「こ、このやろ」 ジャスパーは剣を掴んで立ち上がり、不規則に動き回るファンガスを追いかけた。 ファンガスは俊敏にジャスパーから逃れ続ける。 いっしか両者の走る軌道は円になり、同じ場所をぐるぐる回り始めた。エドワードは心底愉
エドワードが親指でファンガスを指した。 「ジャス公、好きにやってみな。切るのは得意だろ . 「傘だけ切り取ればいいんだろ ? 簡単じゃないか」 ジャスパーがショートソードを抜き、ファンガスに近づいていく。 エドワードは後列のアトリを手招きし、寄ってきた彼女に耳打ちした。 「準備しとけ」 亭 木「え ? 」 ま アトリは戸惑ったように小声で聞き返した。 止 の 「攻撃魔法を使うんですか ? そんなことをしたら傘も傷んでしまいますよ . 村 ん 「まあ見てろ。すぐ分かる」 よ じ首をかしげたアトリが前方に視線を戻すと、ちょうどジャスパーがファンガスの正面に立っ ん たところだった。 120 6 ダンス・ウイズ・キノコズ
は逃げねえ。ぐるぐる回ってやがったのはそれが理由だ。あとは自分でやってみな」 エドワードは静かに数歩ファンガスに向かって移動し、やおら両手を打ち合わせた。ファン ガスはびくりと震え、手足を生やしてうろうろと歩き始めた。 ジャスパーは動き回るファンガスを横目に、そろそろと壁際へ移動した。 どう動こうと最終的に元の場所に戻るなら、その地点で待ち構えていれば良い。 慎重に移動するジャスパ】は、ゆっくり歩くだけならほとんど足音が立たない自分自身に驚 木きを覚えた。 ま ほんの数時間とはいえエドワードの動きを真似してきた成果が表れつつある。どうやら努力 止 のを見抜かれていたようだが、不思議と悪い気はしない 村 ん ファンガスはジャスパーの読み通り、彼が待っ場所へと戻ってきた。 よ じ ショートソードを腰だめに構え、ジャスパーは狙いどころを探った。 ん 暴れさせては傘を傷つけるおそれがある。可能ならば一撃で仕留めたいが、弱点らしい箇所 が見当たらない。脚部に切りつけて転倒させるか。うまく倒せれば後の作業が楽になるかもし れない。しかし相手の脚は短い。地面すれすれをどうやって切ればいい ? 「迷ったらど真ん中を突け」 エドワードのささやき声はすんなりと頭に入った。 迷いが消えた。 126
一行はいくつかの通路を回り、数体のファンガスから傘を採取した。 木 エドワードと並んで歩きながらも、ジャスパーの胸中には不安が広がり始めていた。 ま地図の上では東西に伸びる通路を歩いていると分かっている。しかし通路の長辺は数百メー のトルにもおよび、それを何回も曲がっている。周囲の風景にはほとんど変化がなく、方角を知 んる助けとなる太陽や風もない。階段の方向は本当に向こうで正しいのか よ じ不意にエドワードが左手を横に伸ばし、手のひらを下へ向けた。「停止」のサインだ。 ん ジャスパーは足を止め、目を凝らした。 進路上に新たなファンガスがいる。 その意味に気づき、ジャスパーは身震いした。 夜目の利く自分が先に気づけなかった。明らかに注意力が落ちている。あれがファンガスで なく、危険な魔物だったらどうなっていただろう。 「 : : : 必要なんだな、先導って」 「ほんまにシュールなキノコやな」 「ま、こんな感じだ。次行くぞ
【一日目】 「 : : : 案外しつかりしとるんやな」 予想外の返答にルピニアは目をしばたいた。 「金も大事だけど、オレは強くなりたい」 ジャスパーの返答はルピニアの予想の範囲内だった。 ほんま、あんたは分かりやすいわ。 ルピニアは苦笑し、グラスの水で喉を潤した。 「お待たせ。これがあなたたちへの依頼よ」 羊皮紙を手にアルデイラが戻ってくると、三人の背に緊張がよみがえった。 「ファンガスの傘を十五個集めること。食材だから丁寧に扱うように。期限は三日以内。 「ファンガス ? ・ : ああ、大キノコってやっか ジャスパ】が安心したようにうなずく。 「すぐ行くか ? 」 ジャスパーが何気なく提案した。エルミイが無邪気にうなずく。 あ。これ、なんかあかん。
彼女の足取りや手つきは傍から見ていても危なっかしい たしかに向いてないな。 アトリがいっトレイをひっくり返すことかと、ジャスパーは冷や冷やしながらその姿を見守 った。 ダンジョンでルピニアが語った通りだ。たしかに服は似合っている。しかし料理を運ばれる 客はさぞ落ち着かないに違いない 木全員に無事グラスが行き渡り、アトリが席に腰を下ろすと室内の空気が一気に和らいだ気が ました。 止 の 村 ん よ ん 272 「揃ったわね」 アルデイラが室内を見回して切り出した。 「話が長くなるから、先にクエストの処理を済ませるわよ。まずはファンガスの傘」 アルデイラは五人が持ち寄ったファンガスの傘を一つひとっ検分し、大きな皮袋に入れてい った。 最後の傘をしまうと、アルデイラは満足げにうなずいた。
快そうに笑い続けている。 : : : えらくシュールな光景やな 「あ、あはは : ルピニアもエルムもそれ以上の言葉が出なかった。 二人と同じく呆気に取られていた様子のアトリが、不意にはっとしたような表情を浮かべた。 木「 : : : あの、準備する魔法って、まさか ま 「そういうことだ。さっさと眠らせちまえ」 止 の エドワードがどうにか笑いをかみ殺して答える。 村 ん アトリは目を丸くした。 よ じ 「こ、これ眠るんですか ? 」 ん 「植物じゃねえことはたしかだな。おいジャス公、もう、 しいからこっちに来い。魔法に巻き込 まれるぞ」 数分後、エドワードは睡魔の術で動かなくなったファンガスから難なく傘を切り取り、丁寧 にたたんで背負い袋に収めた。 術の解けたファンガスはゆっくりと起き上がり、もともと生えていた場所に戻って動かなく なった。傘を失い、白い柄だけとなった大キノコの姿には、えもいわれぬ哀愁が漂っていた。 122
【日目】 て金貨一枚は銀貨五十枚に相当する。つまり贅沢さえしなければ、一週間の生活費は金貨一枚 で足りることになる。それが十枚ということは 「 : : : 普通にセンパイを雇ったら、それくらいかかるんか ? 」 エドワードは肩をすくめた。 「中層に三日潜ることを考えりや妥当なところだな。要は危険手当っきってことだ。だからき っちり仕事してんのさ。責任もってお前らを連れ帰れってんなら、あれくれえの訓練はしとか ねえと万が一の場合どうにもならねえ」 「危険手当 ? 万が一つてどういう意味だよ」 ジャスパーが口を挟む。 「察しが悪いな。分かりやすく言ってやる。俺が受けたのは、最悪俺がくたばっても、お前ら は止まり木亭へ帰れるようになんとかしろってクエストだ」 ジャスパーは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。 「なんだよそれ。ファンガスの傘集めってそんなに危険だったのか ? アルデイラさんは初、い 二者にびったりのクエストって言ってたぞ」 「たぶん傘集めは初心者向けなんだと思うよ。ファンガスより大蛇のほうがよっぽど強かった 川もの。クエストとは別の理由があるんじゃないかな」 「 : : : 普段なら考えられないような危険があるかもしれない、ということですね」
【二日目】 127 脇を締める。 低く構えたショートソードをまっすぐに突き出す。 たしかな手応えとともに刃が白い柄の中心を貫いた そのまま刃を下へ向け、股に当たる箇所までを裂く。 ファンガスは後ろへ倒れ、しばらく痙攣して動かなくなった。 「やった : : : 」 「六体目だな。十体目まではお前がやれ」 「分かった、センパイ」 「そのあとはルピニアの番だ。お前さんなら狙えるだろ」 「任しとき。こんなでかい的なら楽勝や」 「よし」 エドワードは壁にもたれ、どっかりと座った。 「そいつの傘を取ったら休憩だ。水を飲んどけ」
【二日目】 117 「そういやアトリは眼鏡をしとらんな。もう切り替えに慣れとるんか ? アトリは首を振った。 「わたしの一族は弓より魔法に頼ってきましたから、遠見をあまり使いません。切り替えは苦 手です。エルミイさん、たいまつを返しますね、 「 : : : ? うん、ありかとう」 エルムはたいまつを受け取りながら首をかしげた。 佃かが引っかかる。気づかなければ痛みを感じないささくれのような、些細な何か 「そろそろ動くぞ。エルミイ、悪いがあまり俺から離れるな。ここは普通の人間には暗いんだ からよ」 「はい、先輩 エルムは後列から前進し、前衛二人のすぐ後ろを歩くことにした。いわゆる中衛の位置だ。 「ファンガスはたいてい壁際に生える。よく探せ ちょっと見づらいなあ。 エルムは歩きながら困惑していた。