店員は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、内容をあらためた。 「ルピニア、ジャスパ エルミイのお三方で間違いありませんか」 「連絡やて ? 」 「タベのうちに知らせをいただいております。当店と止まり木亭は親密な関係ですので」 「噂の冒険者支援ネットワークやな。たしかにようできとるわ」 「噂なの ? 亭 木 きよろきよろと周囲を見回していたエルミイが口を挟む。 ま 「あんた、なんも知らんで止まり木亭に来たんか ? 」 止 の 「止まり木亭が、魔王を倒した冒険者の開いた店だってことは知ってるよ。たしかバッタモン んド商会も、あのひとたちがこの村に呼んだんだよね」 よ じ 「そのとおりです。冒険者はダンジョンで価値ある物品を見つけ、当店がそれを買い取る。一 ん 方で当店は装備品などを提供し、冒険者はより強くなる。お互いに利益がある良い関係です 「 : : : もしかして、オレたちの予算もお見通しだったりするのか ? 」 店員は穏やかな笑顔をジャスパーに向けた。 「おおよそ見当はついております。初心者向けクエストの報酬金と、装備類の準備金といった ところでしよう」 「そんなら遠慮なく相談させてもらうわ。正直ウチは武器の相場なんてよう知らんし。言い忘
「あー。もうさつばり分からん。結局ウチは怒ってええんか ? それとも感謝せなあかんのか : ごめんなさい。話さないといけないことがたくさんあるんです。長くなってしまいます から、説明は止まり木亭に戻ってからでもいいですか」 アトリが申し訳なさそうに頭を下げる。 「ややこしい話は終わったか ? 」 木 ケインは肩に細目の男を担いでいた。 ま「さっさと戻ってこいつを引き渡そう。そのあとはヤケ酒飲んでたっぷり寝させてもらう。一 の杯くらいおごれよエド。ああ、それとだな」 ん 四人を見回すケインの顔はどこか楽しげだった。 よ じ「止まり木亭に着くまでじっくり聞かせてもらうぞ。どうやってこいつを倒したのか。スカッ だとする話を期待しているからな」 12 不揃いのピースたち
アトリが組んだ焚き木に細枝を近づける。焚き木には若干の油がかけてあった。火は焚き木 に移り、次第に力強く燃え始めた。 「できたね ) あとは何回かやれば慣れるよ 「ありがとうございました、エルミイさん」 安堵したように胸をなでおろすアトリの表清は、昨日に比べてはるかに和らいで見えた。一 晩ぐっすり寝て回復したことも大きいだろうが、一時的にせよ安全な場所にいることで肩のカ が抜けたのかもしれない ジャスパーは起き上がり、扉へ向かった。 足音に気づいたエドワードが片手を挙げた。 「よう。起きたか」 エドワードの前でジャスパーは逡巡したが、ゆっくり頭を下げた。 朝「ありがと。センパイ」 目 「そういう仕事だからな . 日 エドワ 1 ドは生あくびした。 「メシ食ったら一階へ戻るぞ。肉の分配は任せる」 189
ルピニアはじろりとジャスパーを睨んだ。 「あんたが驚かせてどうするんや。初対面で匂いなんか嗅いどるからやで」 「そんなにいやだったのか ? だったら謝る。ごめん」 「あ、いえ、そういうわけではないんです 頭を下げかけたジャスパーを、アトリは慌てたように制した。 「止まり木亭であのひとを見かけた覚えがないので、ちょっと気になっただけです。登録して 木間もない冒険者なのかもしれません」 ま「見かけた覚えがない ? アトリは前から止まり木亭にいたのか ? 」 の 「少し前から働かせてもらっています」 村 ん 「ああ、それでルピニアが顔を知ってたのか」 よ じ納得してうなすいたジャスパーだったが、なおも首をかしげているエルムを見て顔をしかめ 「まだ何か気になるのか」 あのひとの匂いを覚えてる ? : ジャスパ 「分かるわけないだろ。ここはひとの匂いだらけだぞ 「それもそうだね。たくさんひとがいたし」 エルムは思案顔で訓練場の出口を眺めていたが、不意に片手で腹を撫でて笑った。
だんじよん村の止まり木亭 -StartLine- 318 ゆっくりと動き出した馬車に背を向け、アトリは顔を上げた。 深緑の瞳が映すのは三人の仲間たち。 ここからは自分の足で歩いて行ける。この道はもう孤独ではない。 アトリは穏やかに微笑んだ。 「わたしたちも帰りましよう。次の冒険が待っています だんじよん村の止まり木亭 ー Start Line ー了
「ずいぶん思いきり叩いたんですね。縛ってあるということは官憲に引き渡すんですか ? 必 要でしたら憲兵を止まり木亭に呼んでおきますよ」 「フィオナさん、こいつを知っているのか」 ケインが目を丸くする。 詛 フィオナは首を振った。 「その姿を見たのは初めてです。本当の名前も知りません。どんな顔なのか興味があったんで 木すが、まともな素顔を見る機会はなさそうですね。少しだけ残念です ま ジャスパーは眉を寄せた。 止 の 「あんた誰なんだ ? なんで妖精狩りのことを 村 ん フィオナがわずかに考え込む。 よ 「 : : : 止まり木亭の常連、ということになるんでしようか。アトリさんの事情は聞いています」 ん 困惑するジャスパーらにフィオナは頭を下げた。さらりとした長い金髪がランタンの灯にき らめく。 「リックさんたちが話してくれました。初日からひどい目に遭わせてしまってごめんなさい その男が妖精狩りなのかどうか、確信が持てなかったんです。あまりアルデイラさんたちを責 めないであげてくださいね」 エルムは不思議そうにフィオナを見返した。 252
穴とヒゲ 明け方。五人は止まり木亭で装備類を確認し、一日分の水と食料を購入した。クエストは手 木際よく進めれば一日で終わるものの、エドワードは四人に夜営の経験も積ませる心算だった。 ま 「ところでボク、前から不思議だったんだけど。どうしてダンジョンの入り口を岩でふさぐと 止 のか、いっそ埋めちゃうとかしなかったのかな 村 ん 「いい質問だ」 よ エドワードはにやりと笑った。 ん 「まあ実物を見りや分かる」 三日目】 : うん。これは無理かも エルムはしばらくぼかんと口を開けていたが、やがて納得したようにうなずいた。
2 探索開始 止まり木亭が発行した通行証を門番に見せ、一行は巨大な坑道に足を踏み入れた。 むき出しの土の匂いを予想していたジャスパーは、広い空間を満たす空気がほとんど無臭で 木あることに気づいて周囲を見回した。 ま「この壁、なんか変じゃないか ? の 壁は不自然に白く堅く滑らかで、わずかに光沢を放っている。ところどころ天井を支えるた 村 んめに木材で組んだアーチも見えるが、補強の必要があるのかと疑問が湧くほど坑道は頑丈に思 よ じえた。 ん 「魔王サマが焼いて固めたのさ。火の魔物を使ったそうだ。 「これ全部を : ・・ : ? 」 四人はしばし言葉を失った。魔王と呼ばれた存在の強大さと、それを討伐したという冒険者 たちの偉大さを、彼らは今さらながらに思い知らされていた。
魔王アルウインは地下迷宮の深奥で魔物に守られ、王宮が投入した軍をも退けていたが、最 終的にはとある冒険者たちによって討伐された。止まり木亭の店主夫妻がその一員であること は近隣に広く知られている。 魔王を討伐した彼らは英雄と讃えられ、莫大な褒賞金が与えられた。さらに王宮はパートラ ムを近衛騎士、アルデイラを宮廷魔術師として招いた。それは冒険者にとって考えうる最高の 名誉だったが、彼らはその誘いを一蹴し、当時の迷宮前駐屯地ーー・後にダンジョン村と呼ばれ 木るようになったこの地に、店を建てて居ついてしまった。 ま魔王は死の間際に一つの呪いを残した。それは王宮に対する脅威が絶えぬよう、彼の死後も の迷宮に魔物が召喚され続ける魔術だったと伝えられる。このため王宮は駐屯地に軍を常駐させ、 ん迷宮内の魔物を掃討し続けねばならなかった。しかし迷宮は下層になるほど強力な魔物が徘徊 よ じし、一方で通路が狭く細かくなっていくため、大軍による掃討は深部まで行き届かず膠着状態 ん 、か祝いに 変化が訪れたのは止まり木亭の設立から間もなくだった。バ ートラムとアル一丁イラは私費を 投じて冒険者の宿を建て、各地から多くの冒険者を呼び寄せた。二人はさらに国外からバッタ モンド商会を誘致し、迷宮に挑む冒険者たちを支援する独自のネットワークを形成していった。 冒険者たちの活躍は目覚ましかった。彼らは軍が入り込めない迷宮深部を隅々まで探索し、 また迷宮上層から次第に魔物を駆逐していった。
術はその中でも基本の術だ。 「ありがとな 腕を回しながら、ジャスパーはかすかに顔をしかめていた。鈍痛からはほぼ解放されたが、 窮屈な動きを強いられた上半身はあちらこちらが筋肉痛を訴えている。 「うん、どういたしまして。 ね 口調こそ普段通りだが、エルムの笑顔もわずかに固い。 木「治療術は及第点ってところだな。誰が何をできるか、これでだいたい分かっただろ」 ま エドワードは手をひらひらさせながら宿の方向へ歩き出した。日はすでに暮れかけ、周囲に 止 の いた冒険者たちも大半が引き上げていた。 村 ん 「そんじや解散だ。朝の鐘が鳴ったら鎧を着けて止まり木亭に来い。寝坊すんなよ」 よ ん 「あのひと、まだいるね」 木剣や射的を片づけ、倉庫から出たエルムは不思議そうにつぶやいた。 「どうかしたのか ? 「訓練の間ずっと、あのひとにちらちら見られてたような気がして」