「今日はありがとな、隆二には言ったけど、さおりには まだだったね」 壁に背中をつけて横に並んだ。こうして話すのもいつぶす , りだろう。 悪戯つぼく舌を出すさおり。 「さおりこそ隆二とうまくいってるんだろ ? 」 「うん、就職おめでとう。頑張ってるのね。よかった、 本当に」 「うん、いろいろ気遣ってくれてる」 「ありがとう。大変だけどなんとかやってるよ。今の僕そうか、そうだろうな。 にはこれくらいがちょうどいいのかもね。長いフランク ふと前を見ると春花さんが立っている。 もあるし 「トイレに行ったっきり遅いから見に来ましたよ 気付かないうちにさおりと話し込んでいたようだ。 冗談つぼく笑い合う。 「すみません、すぐに戻ります [ 「そうだね、でもやるじゃない。あんなに綺麗な春花さ んを連れてくるなんてさ 「じゃーとさおりに手を振り再度レーンに戻る。 さおりのヒジテッが炸裂した。 「おちよくるなよ、春花さんは仕事上の付き合いだけ さおりが僕の言葉を遮る。 わかりました。そういうことにしておきま 8
「光也も早く起きないとな。ずっとさおりちゃんがそば にいてくれてるのにいつまで寝てるのかってね。起きた らみんなでビンタ食らわして説教だな」 みんなとの話も盛り上がった。久しぶりに顔を見たか ら話題が尽きない。少し気が楽になったように感じる。 「ありがとう、本当にありがとう」ロビーで見送りを終 えて病室へ向かう。この先いったいどうなるんだろ。ど うしたらいいんだろ。様々な考えが頭をよぎった。 る
「まい、 「だけど、順調に回復してて安心したよ。一時はどうな ありがとうごさいます。まだしばらくは通院し ないといけませんけど、ひとまず大丈夫です。あの、光るかと思っていたから」 「ありがとう隆二さん」 也さんは・ なんだか隆二さんの言葉に心が痛みを感じているのか 気になっていたことを思い切って聞いてみた。 「ごめんなさいね、お見舞いにも来ていないでしょ ? 光もしれない。チクチクする。 帰りの車中でも心を重く感じる。 也、これまでの仕事を辞めて県外に就職して一人暮らし 「隆二さん、ごめんなさい。い ろいろ心配かけてしまっ してるのー 「そうなんですね、少し気になったものでー どことなく寂しさを覚えた。 「どうした ? ぼーっとしてるよ テープルの向かいで隆二さんが見てる。 「ううん、なんでもない。ごめんなさい」 慌てて食事を進める。 て。私・ 本当に申し訳ないと思う。 「いや、気にしないで。さおりのせいじゃなんだからー 「私、隆二さんに言わないといけないことがあります すでに私は涙を流している。 「私、目が覚めるまで光也さんのことを夢で見ていたよ うに思います。光也さんがそばにいてくれたような気が してました」
その後の食事会も大盛り上がりだった。みんなとの時「あの、さおりさんって、八神さんとはどんな・ 間はいつもながら心から楽しめる。僕はとても幸せなん切り出す言葉を探した。 と感じさせてくれる。 「いや、昔からの友達ですよ。それが何か・ みんなと解散した後に春花さんを途中まで送って行 「そうなんですか。でも、八神さんがさおりさんを見る / 、ことにした ときすごく優しい目をしていました。それが気になっち やって 「今日はありがとうございました。参加してもらって 「いえ、私もこんなに楽しかったのは久しぶりだったの 「え ? そうかなあ。普通ですよ。どうしてですか ? で良かったです。こちらこそありがとうございました 「私、八神さんを見ているから。八神さん、いつも寂し 9 歩きながらしばらく世間話をしていた。そこで春花さんそうな目をしてることが多いから、 が立ち止まる。 ドキッとした。自分ではわからない 「あれ ? どうかしたんですか ? 「僕が寂しい目を ? してませんよ、そんな」 振り向いて春花さんを見る。 少し考え込んでいた春花さんが口を開く。 「あ、あの、一つ気になったことを聞いていいですか ? 「私、八神さんが、光也さんが好きです。初めて会った 「どうぞ、なんでしよう ? 時から。私・ 「ええ ? 春花さんが気になったことってなんだろう。
第八話止まらない時間 隆二さんから連絡が来た時にはびつくりした。 「さおりちゃん、次の土曜日の夜時間ある ? 久しぶりに 「今夜は本当にありがとうございます。私、しばらく皆 さんともなかなか会えなくて。この半年以上の間、自分みんなで集まろうかって話が出てて。よかったら来ない かい ? たまには気晴らしもしないと息が詰まっちゃう が何をするべきか、何ができるのかってずっと考えてい ました。まだ答えは見つかりませんが、以前に比べて少よ。気が乗らないなら遠慮なく言ってくれていいからー しは前向きになれたのかなと思います 「いえ、ぜひ行かせてください。私も皆さんに会いたい 隆二さんを中心に私を励ます会を開いてくれた。みんし」 なも久しぶりに揃うようで楽しそう。私も嬉しい。これこのことを直子さんに言ったら「うん、 まで沈みがちだった気分も楽になる。 たまにはそういうのがないとね。隆二くんたちもさおり 「うんうん、やつばりさおりちゃんは笑っている時が一 さんが来てくれるのなら嬉しいんじゃないかな」と背中 番いいよ ! 」 を押してくれた。 「ありがとうごさいます 深々と頭をさげる。本当なら横に光也があるはずなんだ 0 実際すごく楽しかった。同級生の友達ともいろんな話 ができて、歌も歌って。昔に戻ったみたいだった。一時 しいことだよ。 0 91
的なことだったとしても本当に不安が小さくなったの を感じた。結局解散したのは始発が出る頃だった。 「さおりちゃん、元気だしなよ。今まで辛かった分だ け」っと、 しいことがあると思うよ。それに 別れ際に隆二さんからの言葉。言いかけたのを飲み込ん だけど、なんだったんだろ。 「隆二さん、今日はありがとうございました。おかげで かなり心のつつかえが取れました。皆さんにもよろしく 伝えてください お互いに「じゃあねーと手を振り、それぞれホームの階 段を上っていく。 こんなに人の優しさがしみたことはない。その分一人 になった時に涙が出てくる。電車あのシートに座り目を 閉じる。やつばり時間は進んでいるんだな。頑張らなく ちゃと前向きな自分がいる。あの事故からにはなかった 情 が 91
「いや、さおりが謝ることじゃないよ。びつくりしたけ 三人でしばらく話し込んだ。なんだか変な気分だな。 ど。隆二なら僕も安心できる。他の知らない人だったら帰宅する前に隆二と握手した。「さおりを頼むよーしつ 殴っていただろうな」 かりと頷く隆二。 軽く笑いながら拳を見せる。 テールランプが見送って部屋に人る。「あの二人なら安 「隆二、さおりをよろしく頼むよ。お前達ならきっとう 心だな」ポソッとつぶやくが頬には涙が流れた まくいく。そう思うよ。僕のことは気にしないでくれる か」 今の僕に二人に反対することはできないと思う。きっと 僕にはさおりを幸せにはできないと思う。 「光也、ありがとう。光也が苦しんでいる時に奪った形 になってしまって」 深々と隆二が頭をさげる。 「頭を上げろよ、隆二。そうなる運命だったんだよ
「わあ、是非聞きたいです その後もあちこち出かけた。自然と手をつなぎお互いを 感じていた。 「今日は楽しかったです。光也さんとずっと一緒だった からうれしかったです 別れ際に春花さんの言葉だ 「僕も楽しかったですよ、また行きましようね」 明日会社で春花さんに会うのが楽しみになってきた。 「はい、それじゃまた明日」 数日後の仕事終わりに春花さんと食事に行くことに した。実はサプライズを用意したんだ。びつくりするか 「春花さん、これ持ってきましたよ この前話していたアーティストの O だ。 「ありがとうございます。帰ったら早速聴きますね ジャケットと裏ジャケットを交互に見ている。 「それともう一つ渡したいものがあります と言って一枚の封筒を取り出し、その中から二枚のチケ 7 ットを取り出した。片方を春花さんに渡した。 「あ、これ、来月のライプじゃないですか ! チケット取 れたんですか ? 」 今しがた渡したアーティストが行うライプのチケット だ。かなり探し回ってようやく手に人れたものだ。 「春花さん、一緒に行きましよう、席もまあまあいいと ころだし 食事も進み、コーヒーが来た後、いよいよサプライズ
古いらしい。そりやそうだ。一年以上も社会と切り離れ た世界にいたんだから。 「一通り仕事の流れは把握できたと思いますので来週 からいよいよ実際に作業をこなしてもらいます。頑張っ てくださいね 「わかりました。すでにヘトへトなんですが」 二人とも軽く笑った。 「八神さん、今夜時間ありますか ? 良ければご飯でもい きませんか ? 研修も終わったことですし まさかの春花さんからのお誘いだ。特に予定もないし、 断る理由はない。 「いいですねえ、行きましよう」 会社の同僚とはいえ、女性と二人で食事なんて久しぶ りだ。なんかとても新鮮に感じる。ちょっとくすぐった 駅までの帰り道に 「八神さん、私、応援してます。事故に遭われたことは 直子さんから聞いていますが、これからの時間を大切に してくださいね」 春花さんからの言葉が胸に響く。これからの時間か。ま だよくわかんないや。 「ありがとうございます い。そこでは意外なほど話が盛り上がった。春香さんは ひとっ年上だったが、聞いている音楽、好きな映画なん かも同じものが多かったから親近感が湧いたのだろう。 「なんか昔からの知り合いみたいですね、私たちー 「そうですね、そんな気がします」 グラスを合わせる音が心地よかった。 4
でください 「私も直子さんと会うのがこうなるとは思ってもみま 事故当日から緊張し続けている直子さんにも疲労の色せんでした。ほんと光也さんには謝ってもらわないとい が見える。という私も同じようなものだけど。 けませんね . 「ありがとう、さおりさん。そうね、今夜にでも少し帰二人でクスクス笑い合った。あの日以来笑ったことなど って体ませてもらうわね。家もあの時のままだし。さおなかった。 「光也、早く起きなさい。さおりさんをちゃんと紹介し りさんも無理しないでね。 続けて直子さんが話し続けた。 なさい。将来の妹になる人なんでしょ 「私と光也は十年前に両親を亡くしてから二人で暮ら直子さんの言葉を聞くとまた涙が流れる。光也、早く 2 目を覚まして。 してきたの。光也が中学生だったからいろいろ大変だっ たけど。それが近々紹介したい人がいるって聞いた時は 嬉しかったわ。さおりさんのことも少し聞いていたし。 でも、まさかこんな形で会うなんてね。目が覚めたら光 也を怒らないと」 やつばり光也は私との将来を考えてくれていた。とても