るし、私自身も一緒にいるととても心地よく感じている。 第二話不安と恐怖 優しいだけじゃなくて、考えていることを伝えてくれる なんとか待ち合わせ時間前に着けてホッとした。電車し、私の間違いも指摘してくれる。数日前に「大事な話 が少し遅れていたから間に合うかドキドキしていたけ がある」って言っていたけど、なんだろう。なんとなく ど。周りを見るとさすがに明日はクリスマスイヴ。人通はわかるけどやつばり直接聞かないとね。 りもいつもより多い気がする。駅前は色とりどりのネオ ンが輝いて、それを見ているだけで気分も上がってくる。 ふと時計を見る。待ち合わせ時間が過ぎている。「あ この時期はいくつになっても意味もなく期待感が高まれ ? どこかですれ違ったのかな ? でもそんなはずはな 6 ってくるよね。 」今まで時間 いよね。場所はここで間違いないし・ に遅れるときはお互いに連絡していたし、理由もなく遅 今夜は八神光也と会う約束をしている。あと五分くられることは一度もなかった。 いで約束の時司。 バッグからスマホを取り出して確認してみる。特にメ ドいつもの待合せ場所。今日は私が先に 着いたみたいね。光也からメッセージ来たし、もうすぐ ・。電話してみ ッセージも着信もない。おかしいな・ 会える。お互いに忙しい中で彼とはすごくうまくいって ても呼び出し音もないまま留守電に切り替わる。これま いると思う。私のことを大切にしてくれているのがわかでの暖かい気持ちが不安に打ち消されていく。見渡して
あれからこの日までさおりのことは忘れたことはな い。今日は十二月二十三日。ふたりの約束が果たせなか った日であり、ふたりの約束の始まりの日でもある。あ の時渡せなかった指輪をジャケットにしまい込む。あれ から姉が保管していてくれた。てつきりなくしたのだと ばかり思っていた。「これ、大事なものなんでしょーと 手渡された。ケースはポロポロになってしまったけど、 中身はあの時のまま。 僕はあの場所へ向かう。 僕とさおりの「ふたりの約束ーを果たすために。 「うん、わかった。でも、どちらかが来なくても恨みつ こなしだよ さおりの悪戯つぼい笑顔だ 8
焦って声が裏返った。向こうから聞こえてきたのは女性受けてるの」 の声だった。 直子さんの話を聞いている時も涙が止まらない。頭が回 「あの、さおりさんですか ? らない。自分が何を感じているのかわからない 女性の声は落ち着いているが、涙が流れているようだっ 「さおりさん、大丈夫 ? 今から病院へ来れる ? すぐに場 所を教えるからー さおりです。これは光也さんの番号ですよね ? 場所のメモを取り、急いでタクシーへ乗り込む。 電話を持つ手も震えている。 「光也、無事でいて。お願いだから・ ・」それだけを 「そうです、光也の番号です。私、光也の姉で直子と言考えながら。 います。この電話の履歴から連絡しました」 光也にお姉さんがいるのは聞いていたけど、話すのは初 めてだ。 「光也さんはどうしたんですか ? 時間になっても会え ないかったので交番にいたんです 「ごめんなさい、あなたに会いに行く途中で自動車には ねられたみたいなの。いま病院の集中治療室で手当てを 8
僕のプロポーズを聞いたさおりのリアクションはど んなだろ ? 「はいーって言ってくれるだろうか。まさか 。さおりとの待合せ場所 の「ごめんなさいーかも・ までもう少し。いつもデートをするときに使っている場 所だ。数時間後の二人を想像すると顔が緩んでくる。周 りの人が見たら気持ち悪がられるんだろうな。ちょうど 横断歩道も信号が変わり、小走りの勢いのまま渡ろうと したその時、一台の自動車が速度を落とさず左折してき た。アスファルトとタイヤの乾いた摩擦音が近づいて きた。 い切って告白し、付き合いが始まった。さおりとはいい 関係を築いていると思う。二人とも仕事を持っているし、 「え ? 」 なかなか休みを合わせることもできなかったが、飾らな右手の方向からライトに照らされた僕は言葉を発する い素の自分で居られる。気持ちがとても穏やかになるん暇もなく強い衝撃を受けた。身体中に電気が走ったよう な感覚と痛み。すぐに目の前が暗くなってきた。薄くな りつつある意識の中でさおりに渡すはずの指輪が見え た。手を伸ばそうとするが力が人らない。 「さ、さおり・
「私、もう何が良くて、何が悪いのかわからないよ。た ドキっとした。僕が春花さんに言った言葉と同じだ。 「隆二・ だ、今は自分の気持ちに正直になりたい。私、光也が好 それ以上かける言葉が見つからない。 き。ずっと好きだったの 「光也、さおりちゃんを・ ・大切にな」 さおりを抱きしめた。キャシャな体つきは変わらない 電話が切れた。僕にどうしろって言うんだ。 「い、痛いよ、光也」 「あ、ごめん 次の日にさおりへ連絡を人れた。とにかく話をしない と。ちょうど通院の日だったらしいので近くで待ち合わしばらく沈黙があった。 せすることにした。 「僕もさおりが好きだよ。ずっと好きだったよ。でも、 7 決めていた場所へ現れたさおりはしばらく見ないう このままじや気持ちの整理がっかないよ。お互いにいろ いろあったから ちにだいぶ回復しているが表情は沈んでいる。 「そうだね 「さおり、何やってるんだ、隆二と別れて。それでいし のか ? 今からでも間に合う。隆二と・ 「少し時間を空けよう。その時に今の気持ちのままだっ 僕の言葉を遮ってさおりが話し出す。 たらまた会わないか ? あの時、僕たちの約束が果たせな かった同じ日の同じ時間にさ 僕たちの時間が止まってしまったあの時に戻りたい。
なんだか悪い予感しかしないが・ った、この荷物を持って待つのも憂鬱だわーと思ってい たとこだった。ナイスタイミング。車内は少し混んでい 「今、さおりが怪我をして治療を受けているんだ」 たけど先頭車両に空席を見つけた。やっと落ち着けるか電話の向こうで焦りまくっている隆二。 な。発車してしばらくするとウトウトしてきた。到着ま 「さおりが ? なんで ? 」 これ以上言葉が出てこない で時間かかるしと思い、目を閉じた。 「さおりが載っていた電車が踏み切りで事故を起こし て脱線したんだ。連絡が来て今病院に着いたところなん ふとスマホが光っている。見ると隆二からだ。なんだ だ」 なんだって ? まさかそんな。 ろ ? と思いながら電話に出る。 「もしも・ 「わかったすぐに行くから場所をメールしてくれ。着い 僕の声を遮って隆二が話し出した。なにやらすごく慌てたら連絡する」 ているけど。 隣にいた春花さんに事情を話して病院へ向かう。 「春花さん、一緒に来てくれますか ? 」 「光也、今どこにいる ? 今から言う病院へ来てくれない 「もちろんです、とにかく急ぎましよう」 「え ? 病院 ? なんかあった ? 春花さんの手を取り隆二からのメールを開く。 0
「私が作りたいんです。今日だけでも来ませんか ? 」 それじゃお邪魔します そうだな、これからする話はもっと静かなところですべ春花さんの表情が明るくなったようだ。一緒に近くのス ーで買い出しをして、春花さんのアパートへ向かっ きだろうな。春花さんもそれをわかっているようだ。 た。綺麗に片付いていて居心地がいい。僕の部屋とは大 「光也さん、ちゃんとご飯食べてますか ? 直美さんから 違いだな。 も作る時間が取れないって聞きましたよ」 「いやあ、姉ちゃんとは帰る時間も合わないし、コンビ 「すぐに作りますから座っていてください ニ弁当かスー ーの惣菜かってとこです」 手際よく作り始める春花さん。誰かにご飯を作ってもら 3 うっていうのも久しぶりだ。 そういえばもう長いことそんな暮らしをしてる。自炊も してないし。 「それはダメですよ。じゃあ今夜はうちで食べません久々の手料理は格別だった。僕の胃袋を満たしてくれた。 同時に心も満たされたようだ。 か ? 私作ります。光也さんがよければ 春花さんもアパートで一人暮らしをしているそうだ。確「ごちそうさまでした、美味しかったです かにゆっくり話ができそうだが。 食器を重ねながら片付けを手伝う。 「いいんですか ? なんか悪いな・ 「光也さん、場所変えませんか ? 周りが気になっちゃっ
も光也の姿はない。探しに行こうかとも思ったけどここ を動いてさらに離れてしまうかもと考えると動けない。 動こうにも体が硬くなっているようだ。何度電話をかけ ても繋がらない。メッセージ送っても既読にならない 寒さのせいだけじゃなく震えてきた。 やっとの思いで到着するとすぐに近くで事故はなか ったか、さっきの救急車はなんだったのか問いただした。 かなり取り乱していたらしく「とにかく落ち着いてくだ さい」との言葉で我に返った。話を聞いている時も震え が止まらない。血の気が引くのもわかる。確かに近くで 人身事故があったらしい。詳しい状況はまだわからない 少し先で救急車のサイレンが聞こえる。この音も私のが、男性が巻き込まれたらしい。私の不安は的中した。 不安感を増幅させてしまう。まさかとは思うけど・ やつばり光也は事故にあって連絡も取れない状態なの 7 いつの間にか賑やかな音も耳に人ってこない。どうする かと想像すると涙が溢れてくる。 。一時間以上もこの こともできず時間ばかり過ぎていく 「光也、私どうしたらいいの ? 場所にいる。やつばり光也に何かあったに違いない。不 安は恐怖に変わってきた。いてもたってもいられず、駅 しばらく経っとスマホが光っているのに気付いた。あ 近くの交番へ向かう。自分の体ではないように重く感じわてて取り出したから思わず落としそうになる。画面は る。まともに歩けていないのがわかる。たいした距離で光也の番号が出ていた。 はないのに。 「光也 ? 」
さおりから返事が来る。「私も向かってるよ。ちょうど いい時間に着けそう。今夜も寒いね、暖かくして来てね さおりからの文字を見るだけで心が熱くなってくる。 今夜の僕は恐らく人生の中で心拍数が最高値を示す に違いない。今日、この日のためにかなり時間を費やし早く会いたいな。自然と歩みも速くなってくる。町中が てきた。付き合い始めて四年を経過した彼女「杉田さおクリスマス一色に光り輝いている。行き交う人たちもい りにプロポーズするつもりだ。まだ約束の時間までし つもより輝きを増しているように思えてくる。 ばらくあるのに今からソワソワしている。 本当なら明日のクリスマスイヴにプロポーズできれ さおりとの関係が深まったのは知り合って一年経っ 4 ば一番良かったのかもしれないが、どうしても外せない たくらいだろうか。友人と中心になって企画している 出張が人ってしまった。もともと今夜は会う約束をして 「気の合う仲間と飲み明かす会ーにたまたま連れられて きていたのがさおりだった。初めは特別な感情もなかっ いたし、数日前に「大事な話があるんだ」と伝えている。 たか、いつもみんなとの集まりに来ていてくれたし、さ もちろん、プレゼントも準備、ジャケットには指輪も忍 び込ませている。 おり本人も楽しんでいたようだった。そのうち良く話す 「仕事も終わったし、今から待合せ場所に向かうね。時ようになって、二人で会う機会も増えていった。しばら 間通りに着けそうだよーとメッセージを送る。間もなく くするとお互いに異性として意識し始めた。ある時、思 第一話この日のために
第三話私にできること があって、そこでようやく落ち着いてきた。 「光也は事故の時に頭を強く打っているようで、今意識 病院に着くとロビーに女性が待っていてくれた。直子がないらしいの。それと打撲と骨折も何カ所かあるそう さんだ。直子さんとは初めてお会いするけど、すごく大なのー 人っぽい。落ち着きのある姿がとても印象的だ。同性の これは本当に現実の出来事なのかもわからない。実は夢 で、目が覚めると隣に光也がいてくれるのかも・ 私でも憧れてしまう気がする。 でも、そうじゃないようだ。 「ごめんなさい、さおりさん。光也がこんなことになっ て。心配したでしょ 「光也さんに会えないんでしようか ? 意識は戻るんで 9 . ーレよ - つ、か ? ・ 直子さんの優しい声が私の心に染み渡る。 「はい、今もどうしたらいいのかわかりません 一番知りたいことだ。早く光也に会いたい。一度は止ま 。それった涙が溢れ出す。 「光也は事故にあってすぐここへ運ばれて・ で光也の免許証から私のところへ連絡が来たの。さっき 「先生の話では面会は数日の間できなくて、いつ意識が 先生に状況を聞いてきたから話すわね。とにかく座りま戻るかはわからないらしいの。今日かもしれないし、ず もしかするとこのまま・ っと先かもしれない しょ - つ」 「そ、そんな・ 直子さんがコーヒーを持ってきてくれた。少しの沈黙