も光也の姿はない。探しに行こうかとも思ったけどここ を動いてさらに離れてしまうかもと考えると動けない。 動こうにも体が硬くなっているようだ。何度電話をかけ ても繋がらない。メッセージ送っても既読にならない 寒さのせいだけじゃなく震えてきた。 やっとの思いで到着するとすぐに近くで事故はなか ったか、さっきの救急車はなんだったのか問いただした。 かなり取り乱していたらしく「とにかく落ち着いてくだ さい」との言葉で我に返った。話を聞いている時も震え が止まらない。血の気が引くのもわかる。確かに近くで 人身事故があったらしい。詳しい状況はまだわからない 少し先で救急車のサイレンが聞こえる。この音も私のが、男性が巻き込まれたらしい。私の不安は的中した。 不安感を増幅させてしまう。まさかとは思うけど・ やつばり光也は事故にあって連絡も取れない状態なの 7 いつの間にか賑やかな音も耳に人ってこない。どうする かと想像すると涙が溢れてくる。 。一時間以上もこの こともできず時間ばかり過ぎていく 「光也、私どうしたらいいの ? 場所にいる。やつばり光也に何かあったに違いない。不 安は恐怖に変わってきた。いてもたってもいられず、駅 しばらく経っとスマホが光っているのに気付いた。あ 近くの交番へ向かう。自分の体ではないように重く感じわてて取り出したから思わず落としそうになる。画面は る。まともに歩けていないのがわかる。たいした距離で光也の番号が出ていた。 はないのに。 「光也 ? 」
第八話止まらない時間 隆二さんから連絡が来た時にはびつくりした。 「さおりちゃん、次の土曜日の夜時間ある ? 久しぶりに 「今夜は本当にありがとうございます。私、しばらく皆 さんともなかなか会えなくて。この半年以上の間、自分みんなで集まろうかって話が出てて。よかったら来ない かい ? たまには気晴らしもしないと息が詰まっちゃう が何をするべきか、何ができるのかってずっと考えてい ました。まだ答えは見つかりませんが、以前に比べて少よ。気が乗らないなら遠慮なく言ってくれていいからー しは前向きになれたのかなと思います 「いえ、ぜひ行かせてください。私も皆さんに会いたい 隆二さんを中心に私を励ます会を開いてくれた。みんし」 なも久しぶりに揃うようで楽しそう。私も嬉しい。これこのことを直子さんに言ったら「うん、 まで沈みがちだった気分も楽になる。 たまにはそういうのがないとね。隆二くんたちもさおり 「うんうん、やつばりさおりちゃんは笑っている時が一 さんが来てくれるのなら嬉しいんじゃないかな」と背中 番いいよ ! 」 を押してくれた。 「ありがとうごさいます 深々と頭をさげる。本当なら横に光也があるはずなんだ 0 実際すごく楽しかった。同級生の友達ともいろんな話 ができて、歌も歌って。昔に戻ったみたいだった。一時 しいことだよ。 0 91
私をだいじに考えてくれているのは嬉しい言葉なんだ けど、今の私には・ それから私は隆二さんとの距離を縮めていった。久し ぶりに心が体まる日常というものを感じている。引っ掛 「直子さん、私どうしたらいいんでしようか ? 隆二さんかりがないと一一一一口えばそれは嘘になるけど、私の心に開い から言われた一 = ロ葉が・ てしまった大きな穴を隆二さんの気持ちが埋めてくれ 昨日のことを直子さんに伝えた。薄々隆二さんの気持ちている。 には気付いていたらしいけど、直子さんから一言うことじ ゃないからと黙っていたとのことだった。 あ、電話が鳴ってる。着信を見るとドキッとした。光也 5 「隆二くんもさおりさんのことをとても心配してたか の番号だ。「あれ ? どうしたんだろ ? 直子さんかな」静 ら。あなたに対する気持ちは正直に話したと思うわ。光かに通話ボタンを押した。 也のことを考えると複雑だろうけど。私はあなたの気持「もしもし ? 」 ちもわかるけど、今のままじゃいけないって思うの。今 まで長い間苦しい思いをしてきたから少しずつでも隆 二くんに任せてもいいんじやかな。力を抜いてね」 直子さんの言葉に涙が止まらない。
少し恥ずかしくなる。 第十一話ふたりの別れ 「え ? 直子さんじゃないんですか ? 光也 ? 僕が目覚めて数日たった。姉から僕の状況を聞いてい 「うん、僕だよ。数日前に目が覚めたんだ」 る。なんとなくは覚えているんだけど闇も深いようだ。 さおりは言葉が出ないようだ。少しの間があり、 すぐ病院に行くね」 「光也、よかった。本当に・ 僕は一年半前にさおりと会うために待ち合わせしてい たが、その途中で自動車事故に遭ってしまったんだ。長「うん、待ってる。さおりに会いたい , 僕の胸は高鳴っている。 間意識が戻らないまま今に至る。まだ体は動かせない が、ゆっくり腕だけは動かすことができるようになった。 姉が解約せずにいてくれたスマホを握りしめ、看護師さ 病室へ来てくれたさおりは僕の記憶よりも少し大人 んに頼んで電話できるところまで移動した。アドレス帳つぼく感じる。 「光也、本当に起きたのね・ からさおりを呼び出し、発信ボタンをタップする。 したか・ さおりは背を向けて泣いているようだ。 「さおり、ごめん。姉ちゃんから今までのことを聞いた よ。長い間辛い思いをさせてしまってごめん 「もしもし ? ・ 電話の向こうから驚いたような声がする。無理もないか 「さおり ? あの、光也だけど・ もう、どれだけ心配 6 ワ 1
帰りに道中で僕から話しかけた。 たら、きっと深く春花さんを傷付けてしまうと思うんで 「春花さん、僕の話を聞いてください す . 「はい、ちゃんと聞きます。どんなことでも 春花さんはじっと僕の話を聞いている。涙をこらえてい 春花さんはしつかり答えてくれた。 るのか小刻みに震えている。 「僕は、今でもさおりが好きです。誰よりも好きですー 「光也さん、私・ 一瞬ビクッとなった春花さんだったが、すぐに言葉を発もう声を出すことができないようだ。 した。 「春花さん、これ以上春花さんとは同じ時間を過ごせな 「まい、 知っています。それは私と知り合う前からです いです。こんな気持ちじゃ・ 僕のせいで、こんな 3 よね。私が光也さんを好きになった時には光也さんの中ことに・ にさおりさんがいました。それでも私は光也さんが今も春花さんをアパートの前で降ろして一人あてもなく走 好きですー った。僕はどうしたいんだろう。自分で自分の気持ちが 「春花さん、その言葉とても嬉しいです。春花さんと一わからないほど麻痺している。気がつくと海が見えると 緒にいた時間はとても温かいものでした。春花さんのお ころまで来ていた。車を止めると、今まで抑えていたも かげで立ち直れたんです。でも、このまま春花さんとい のが一気に噴き出した。声を出して泣いたのは初めてだ った。
「私が作りたいんです。今日だけでも来ませんか ? 」 それじゃお邪魔します そうだな、これからする話はもっと静かなところですべ春花さんの表情が明るくなったようだ。一緒に近くのス ーで買い出しをして、春花さんのアパートへ向かっ きだろうな。春花さんもそれをわかっているようだ。 た。綺麗に片付いていて居心地がいい。僕の部屋とは大 「光也さん、ちゃんとご飯食べてますか ? 直美さんから 違いだな。 も作る時間が取れないって聞きましたよ」 「いやあ、姉ちゃんとは帰る時間も合わないし、コンビ 「すぐに作りますから座っていてください ニ弁当かスー ーの惣菜かってとこです」 手際よく作り始める春花さん。誰かにご飯を作ってもら 3 うっていうのも久しぶりだ。 そういえばもう長いことそんな暮らしをしてる。自炊も してないし。 「それはダメですよ。じゃあ今夜はうちで食べません久々の手料理は格別だった。僕の胃袋を満たしてくれた。 同時に心も満たされたようだ。 か ? 私作ります。光也さんがよければ 春花さんもアパートで一人暮らしをしているそうだ。確「ごちそうさまでした、美味しかったです かにゆっくり話ができそうだが。 食器を重ねながら片付けを手伝う。 「いいんですか ? なんか悪いな・ 「光也さん、場所変えませんか ? 周りが気になっちゃっ
「これまで辛い思いをしてきたから、きっとこれからは 「さおり、綺麗になったな。昔はまだ幼さがあったよね。 素敵なことがたくさんあると信じてる。辛い思いをさせ それを言うと怒ってたな。いつの間にこんな綺麗に・ 僕が事故にあって、目が覚めなかった時はこうやってずてしまったのは僕なんだけどな」 「さおり、これまでありがとう。そして、ごめん っと待っててくれたんだよな。あの時は・・・本当にご さおりの手に力が人ったように感じた。夢の中で誰と手 めん。僕以上に辛かったよね をつないでいるの ? 涙が止まらない 「僕はずっとさおりが好きだったよ。今もこれからもず「さおり、そろそろ行くよ。これで本当にさよならだ」 っとさおりのことを好きなんだろうな、多分ね。でも、握っていた手を静かに元に戻した。そして病室を後にし 2 さおりを幸せにできるのは僕じゃない。僕のことは忘れた。隆二の前に立ち止まり て自分の幸せを考えて。さおりのことをちゃんと見てて 「隆二、さおりを頼むよ。きっと幸せにしてやってー くれる人がいるから。だから僕のことはもう忘れなきや 「光也・ ・わかった、約束するー いけないよ 春花さんが立ち上がって僕のそばに来た。 我慢していないと声を出して泣きそうだ。 「春花さん、帰りましよう。さおりも寝てるし、隆二が 付いていますから大丈夫です , 隆二に軽く手を上げ病院を出た。
「光也も早く起きないとな。ずっとさおりちゃんがそば にいてくれてるのにいつまで寝てるのかってね。起きた らみんなでビンタ食らわして説教だな」 みんなとの話も盛り上がった。久しぶりに顔を見たか ら話題が尽きない。少し気が楽になったように感じる。 「ありがとう、本当にありがとう」ロビーで見送りを終 えて病室へ向かう。この先いったいどうなるんだろ。ど うしたらいいんだろ。様々な考えが頭をよぎった。 る
ついさっきまで光也と待ち合わせしていた私なのに なぜいま病院なの ? 本当だったら今頃、一緒に食事して、 クリスマスプレゼントの交換をして、彼からの話を聞い ているはずだった。話っていうのは私達の将来のことだ ったんじゃないかって思う。軽くそんな話もしていたし。 そう思うと涙も震えも止まらない。光也のそばに行くこ ともできないなんて。 重い空気の中、直子さんが口を開く。 「さおりさん、今夜のところはひとまず家に帰って休ん で。ここ時は私がいるから 暖かい手で私の手を握ってくれた。ものすごく安らぐ温 もりだ 「いえ、私もここにいます。このまま帰っても眠れませ んー 今の私にはここにいるとこしかできないすぐに会えな くてもできるだけ近くにいることしか・ 0
だ。こうしているとつい先日のことを思い出す。 を作った直子さん。お互いに笑いあう。 私は一人っ子だったからこんなお姉さんがいたら家「ねえ、光也。この前クリスマスのイルミネーション見 の中が明るくて楽しいだろうなと思う。久しぶりに安ら に行ったよね。あの時も雪が降ってたよね。寒かったけ ど、すごく暖かく感じたよ。早く元気になってまた行こ ぎを感じている私。先の見えないこんな状況でも直子さ んがいてくれると安心する。 うよ。今度はもっと大きいのが見たいな」 とてつもない不安に押しつぶされそうになるけど、私 がここで躓いたら光也が目覚めた時に申し訳ないよね。 直子さんのおかげで元気が出てくる。 「さおりさん、光也のこともあるけど、自分をしつかり 持っていてね。無理をしないで。どんなに時間がかかっ てもきっと光也は戻ってくると思うから」 「はい、私もそう信じています。もうすぐ・ : きっと・ 窓の外を見ると雪がちらついている。道理で寒いはず 4