さおりから返事が来る。「私も向かってるよ。ちょうど いい時間に着けそう。今夜も寒いね、暖かくして来てね さおりからの文字を見るだけで心が熱くなってくる。 今夜の僕は恐らく人生の中で心拍数が最高値を示す に違いない。今日、この日のためにかなり時間を費やし早く会いたいな。自然と歩みも速くなってくる。町中が てきた。付き合い始めて四年を経過した彼女「杉田さおクリスマス一色に光り輝いている。行き交う人たちもい りにプロポーズするつもりだ。まだ約束の時間までし つもより輝きを増しているように思えてくる。 ばらくあるのに今からソワソワしている。 本当なら明日のクリスマスイヴにプロポーズできれ さおりとの関係が深まったのは知り合って一年経っ 4 ば一番良かったのかもしれないが、どうしても外せない たくらいだろうか。友人と中心になって企画している 出張が人ってしまった。もともと今夜は会う約束をして 「気の合う仲間と飲み明かす会ーにたまたま連れられて きていたのがさおりだった。初めは特別な感情もなかっ いたし、数日前に「大事な話があるんだ」と伝えている。 たか、いつもみんなとの集まりに来ていてくれたし、さ もちろん、プレゼントも準備、ジャケットには指輪も忍 び込ませている。 おり本人も楽しんでいたようだった。そのうち良く話す 「仕事も終わったし、今から待合せ場所に向かうね。時ようになって、二人で会う機会も増えていった。しばら 間通りに着けそうだよーとメッセージを送る。間もなく くするとお互いに異性として意識し始めた。ある時、思 第一話この日のために
「俺の家族にさおりを紹介したいんだ。だから来てくれ 「今日は楽しかったね、光也も随分ハジけていたようだ ったし。今回はさおりに助けられたよ。段取り任せてよ それってもしかして・ かった」 帰りに車内で隆二さんと話している。 、予定人れておくね」 「いえ、隆二さんも連絡係お疲れ様でした。やつばり光何だろ、この感じ。胸の奥がザワザワする。嬉しいこと しコンビですね。あまり言葉がなくても分を隆二さんが言ってくれたのに。私は何を思っているん 也さんとはい、 だろう。 かり合えるって感じで」 女の私には人り込めないなと感じる関係がある。 「そうだな、学生の頃からずっと遊び仲間だったし、怒 られるのも一緒だったことが多いな」 何をやって怒られてのか怖くて聞けないわ。 「ところでさおり、来月の連体の時に時間取れないか な ? 一日でいいけど」 何だろう、旅行の話もしてないけど・ 「いいですよ、でもどうしたの ? 4
耳を疑った。やり直せないって ? 「え ? どういうことなの ? 教えてくれないか」 僕が知らない時間がそこにはあった。さおりが歩んでき た時間 「今、付き合っている人がいるの。あの事故以来、すっ と助けてくれた人と」 衝撃が走った。僕が寝ていた時間はそれぞれ違う方向へ 流れたいたらしい 「そっか、それは僕が知ってる人なの ? 」 小さく頷くさおり。 「光也、ごめんね、私・ さおりの涙が激しくなる。僕はどうしたらいいのかわか らないままだ。 「いや、悪いのは僕で・ 僕もこれ以上の言葉に詰まった。 二人の間に流れたとてつもない長い時間。僕らを引き 離すには充分な時間。本当に悲しい時は涙が出ないって 今はわかる。両手で顔を覆うが心の痛みは増すばかりだ。 僕はこの先いったいどうしたらいいのか。 「私、帰るね。ごめんなさい かける言葉を見つけられないままさおりは病室を後に した。 8 2
古いらしい。そりやそうだ。一年以上も社会と切り離れ た世界にいたんだから。 「一通り仕事の流れは把握できたと思いますので来週 からいよいよ実際に作業をこなしてもらいます。頑張っ てくださいね 「わかりました。すでにヘトへトなんですが」 二人とも軽く笑った。 「八神さん、今夜時間ありますか ? 良ければご飯でもい きませんか ? 研修も終わったことですし まさかの春花さんからのお誘いだ。特に予定もないし、 断る理由はない。 「いいですねえ、行きましよう」 会社の同僚とはいえ、女性と二人で食事なんて久しぶ りだ。なんかとても新鮮に感じる。ちょっとくすぐった 駅までの帰り道に 「八神さん、私、応援してます。事故に遭われたことは 直子さんから聞いていますが、これからの時間を大切に してくださいね」 春花さんからの言葉が胸に響く。これからの時間か。ま だよくわかんないや。 「ありがとうございます い。そこでは意外なほど話が盛り上がった。春香さんは ひとっ年上だったが、聞いている音楽、好きな映画なん かも同じものが多かったから親近感が湧いたのだろう。 「なんか昔からの知り合いみたいですね、私たちー 「そうですね、そんな気がします」 グラスを合わせる音が心地よかった。 4
「私、もう何が良くて、何が悪いのかわからないよ。た ドキっとした。僕が春花さんに言った言葉と同じだ。 「隆二・ だ、今は自分の気持ちに正直になりたい。私、光也が好 それ以上かける言葉が見つからない。 き。ずっと好きだったの 「光也、さおりちゃんを・ ・大切にな」 さおりを抱きしめた。キャシャな体つきは変わらない 電話が切れた。僕にどうしろって言うんだ。 「い、痛いよ、光也」 「あ、ごめん 次の日にさおりへ連絡を人れた。とにかく話をしない と。ちょうど通院の日だったらしいので近くで待ち合わしばらく沈黙があった。 せすることにした。 「僕もさおりが好きだよ。ずっと好きだったよ。でも、 7 決めていた場所へ現れたさおりはしばらく見ないう このままじや気持ちの整理がっかないよ。お互いにいろ いろあったから ちにだいぶ回復しているが表情は沈んでいる。 「そうだね 「さおり、何やってるんだ、隆二と別れて。それでいし のか ? 今からでも間に合う。隆二と・ 「少し時間を空けよう。その時に今の気持ちのままだっ 僕の言葉を遮ってさおりが話し出す。 たらまた会わないか ? あの時、僕たちの約束が果たせな かった同じ日の同じ時間にさ 僕たちの時間が止まってしまったあの時に戻りたい。
第六話強がり たった一年しか経っていないことなのにもうずいぶん 時間が経ってしまったような錯覚を覚える。でも、今は 週末のたびに病院へ来るのもだいぶ慣れてきた。看護目覚めない光也をじっと見守っているだけ。体の傷はほ 師さんたちと会話する機会も増えた。いろんな話をする とんど治っているようだ。内出血のあとも少し残ってい るにナ % にけど ことができる人が増えてくるのは本当にありがたかっ た。少なくとも周りに人がいてくれるだけで余計な考え をすることもなくなってくる。心が折れそうになる時も ドアをノックする音が病室に響く。「どうぞ」と返事 支えてくれる。 をした。中に人ってきたのは光也の友達だった。「気の 5 季節はもうすぐ桜が咲こうかという頃。今まで冷たか合う仲間たちと飲み明かす会のメンバーで私ももちろ った風が時折気持ちよく感じる時も多くなってきた。少ん知っている人たちだ。ホッとした気持ちで涙が出そう になる。 しずつ新しい命がその生命力を精一杯表現してくる。私 が動物を好きなこともあり、近場に限らず遠方の動物園 「来てくれたんですか、皆さん。ありがとうございますー にたくさん出かけた。特にこれからは生まれた動物の赤手渡された花束を受け取る。 ちゃんを公開するところが増えてくるから楽しみだっ 「さおりちゃん、大丈夫 ? 少し痩せたよね ? た。その時を思い出すとなんだかとても懐かしく思う。光也の一番の親友と呼べる「戸口隆二 , さんだ。中学の
正直そう思う。とても素敵な女性になっている。なのに 続けて僕はロを開く。 「でも、戻ってこれたのはさおりのおかげなんだ。さお僕はこんな姿に・ りが僕を呼んでくれたから」 「まあね、光也が覚えている時よりも時間経っているし。 「おかえり、光也。私、なんだか夢見てるようで そういう光也もだいぶ痩せたよ べッドの横に座り込むさおり。力が抜けてしまったよう軽く二人で笑い合う。 「さおり、あのさ、勝手なこと言ってるかもしれないけ 「かなり寝たきりだったから、身体中の筋力が落ちちゃ ど、僕たちあの事故の時から始められないかな ? ってさ、これからリハビリで体力を戻すんだ。元に戻る止まってしまった二人の時間を進めたい。 のも時間かかるけど 細くなってしまった腕をさおりに見せる。 しばらく止まっていたさおりの涙が流れ出す。 「そうだね、これから大変だけど頑張ってね 「さおり、どうしたの ? 泣かないで」 なんとなく一 = ロ葉に力がなくなったように思う。 しばらく沈黙が二人を包んだ。 「さおりだいぶ変わったね、僕が覚えているのよりも髪「私、もう光也とは・ が伸びてるし、綺麗になった」 それ以上声を出すことができずにいるさおり。 「私、光也とはもうやり直せないの。もう・
第十八話慟哭 「じゃあ私はここで。一人で買い物に行きたいところが それからすぐに家族に隆二さんを合わせていよいよ結 あるから。今夜にでもメールします 隆二さんに手を振り歩き出す。今日は隆二さんと式場の婚に向けて準備するところだ。 下見のために外出していた。これまで数ヶ所回って大体 でも、今日は何だか一人で時間を使いたい気分だ。隆 の目星はついたかな。 二さんには悪いけど、最近なかなか時間がなくてゆっく り買い物もできていなかった。いつも頭の中がゴチャゴ 9 半年ほど前に隆二さんの家族に紹介された。皆さんとチャしている。気持ちの整理もしたかった。 好きなプランドショップや、オープンしたてのカフェ、 食事して帰ったのだけど、その帰りに隆二さんからの言 葉に涙してしまった。 友達が勤めている雑貨屋さんなど満喫した。思いの外た 「さおり、これから結婚を前提に付き合ってくれない くさん買い込んでしまったな。でも、こんな時買ったも か ? これまで何となく一言うのをためらっていたけど、しのは後々使わなくなってしまうのが多いのは内緒ね。 時計を見ると結構時間が経っている。そろそろ帰ろう つかり考えたんだ」 かな。駅に着くと数分後に発車する電車がある。「よか 素直に嬉しい。私も隆二さんとそうなるんだろうなと考 えていた。今度は私の家族に隆二さんを紹介する番だね。
るし、私自身も一緒にいるととても心地よく感じている。 第二話不安と恐怖 優しいだけじゃなくて、考えていることを伝えてくれる なんとか待ち合わせ時間前に着けてホッとした。電車し、私の間違いも指摘してくれる。数日前に「大事な話 が少し遅れていたから間に合うかドキドキしていたけ がある」って言っていたけど、なんだろう。なんとなく ど。周りを見るとさすがに明日はクリスマスイヴ。人通はわかるけどやつばり直接聞かないとね。 りもいつもより多い気がする。駅前は色とりどりのネオ ンが輝いて、それを見ているだけで気分も上がってくる。 ふと時計を見る。待ち合わせ時間が過ぎている。「あ この時期はいくつになっても意味もなく期待感が高まれ ? どこかですれ違ったのかな ? でもそんなはずはな 6 ってくるよね。 」今まで時間 いよね。場所はここで間違いないし・ に遅れるときはお互いに連絡していたし、理由もなく遅 今夜は八神光也と会う約束をしている。あと五分くられることは一度もなかった。 いで約束の時司。 バッグからスマホを取り出して確認してみる。特にメ ドいつもの待合せ場所。今日は私が先に 着いたみたいね。光也からメッセージ来たし、もうすぐ ・。電話してみ ッセージも着信もない。おかしいな・ 会える。お互いに忙しい中で彼とはすごくうまくいって ても呼び出し音もないまま留守電に切り替わる。これま いると思う。私のことを大切にしてくれているのがわかでの暖かい気持ちが不安に打ち消されていく。見渡して
「私が作りたいんです。今日だけでも来ませんか ? 」 それじゃお邪魔します そうだな、これからする話はもっと静かなところですべ春花さんの表情が明るくなったようだ。一緒に近くのス ーで買い出しをして、春花さんのアパートへ向かっ きだろうな。春花さんもそれをわかっているようだ。 た。綺麗に片付いていて居心地がいい。僕の部屋とは大 「光也さん、ちゃんとご飯食べてますか ? 直美さんから 違いだな。 も作る時間が取れないって聞きましたよ」 「いやあ、姉ちゃんとは帰る時間も合わないし、コンビ 「すぐに作りますから座っていてください ニ弁当かスー ーの惣菜かってとこです」 手際よく作り始める春花さん。誰かにご飯を作ってもら 3 うっていうのも久しぶりだ。 そういえばもう長いことそんな暮らしをしてる。自炊も してないし。 「それはダメですよ。じゃあ今夜はうちで食べません久々の手料理は格別だった。僕の胃袋を満たしてくれた。 同時に心も満たされたようだ。 か ? 私作ります。光也さんがよければ 春花さんもアパートで一人暮らしをしているそうだ。確「ごちそうさまでした、美味しかったです かにゆっくり話ができそうだが。 食器を重ねながら片付けを手伝う。 「いいんですか ? なんか悪いな・ 「光也さん、場所変えませんか ? 周りが気になっちゃっ