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検索対象: ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号
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1. ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号

私たちの運命の一日は 不登校気味の友人に、お前はこの学校最底辺の人間だと言われた無かった。奴隷の日々は終わったのだ。そのあまりの呆気無さに、 時、まさにその通りだと思わざるを得なかった。スクールカースト途方に暮れていた。真に歪んだ思考で有ったと思うが、青春無き学 という一言葉は当時無かったと思うが、確かにその最下層に所属して生生活を過ごしていた私にとって、せめて解放の日はドラマチック いた。荒れていた中学の中で勉強も運動も出来ず、誰よりも殴られに迎えたかったのだ。 ており、端的に言ってしまえば虐めを受けていたのだ。 暴力は日常茶飯事で様々な嫌がらせや恐喝を受けるに留まらず、虐めを受けていた事を誰かに直接話した事は一度も無い。それは 両親は共働きで夜遅くまで帰らなかった為、我が家は溜り場と化し自らが虐めを受ける程能力の低い人間であると思われたく無いとい 喫煙所となっていた。所謂不良である彼らが帰った後、吸殻を掃除う見栄と、相談する事や愚痴を溢す事に意味を感じ無かったからで し必死で消臭剤を撒く毎日であった。 ある。だが人は人とのコミュニケーションの中に存在し生きている 人の脳は強いストレスを受けるとそれに抗うのではなく、耐える中学卒業後高校に進学したが、人間関係の全てを断絶し過ごしてい 方向に向かうと聞く。給食を全て分ければもう殴らないと一一一〔うのでたおかげで友人は一人も出来なかった。教師とも会話をせず、大学 その通りにすると喉を蹴られ、毎日金を持って来れば虐めの対象か受験についても相談せず進言も受けなかった。 ら外すと一『〕うので、親の財布から金を抜き彼等に渡すと石灰と水を大学に進学し自らの過ちと愚かさを自覚すると、途轍もない孤独 浴びせられた。教師や親には一度も相談する事は無かった。一言でを感じた。人々は何故こんなにも朗らかで楽しそうに日々を過ごし も漏らせばさらに状況が悪化すると思っていたのだ。そのようなているのだと、私も彼ら彼女らの様に過ごしたいと常々思っていた。 日々の中、私は表情の無い中学生となっていた。その事が彼らの加だが、心の奥底ではこんな能天気な奴らと自分は違うと思っていた。 虐心を煽ったのだろう。 殻に籠る日々の中で、溜め込んだ芸術に対する知識こそが自分の感 中学卒業の日、私は据置型ゲーム機の本体と持って居る全てのソ性に違いなく、それは誰にも負ける事は無いと、自分には何かの才 フトをカバンに詰め込み登校した。卒業後も嫌がらせを受けたくな能がある筈だと思っていたのだ。誰もそんな事は気にしていないと ければそれらを献上しろとの指示に従ったのだが、卒業式に浮かれも知らずに。 る彼らは私の事など完全に忘れているようだった。念の為、日が暮 れるまで一人学校に残っていたのだが、結局誰も取りに来ることは

2. ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号

ゆっくりと行列は進んで行った。その先頭は建物に開いた大きな入「殺されながら勝利する方法がある」 り口に吸い込まれていた。ひときわ強い血の匂いが漂ってきた。 救いを求めて俺は特子とオザキの言葉を思い返したが、そこには 入り口が近づいてくるにつれ、行列の先頭で何が起きているかが何の共感も生まれなかった。孤立無援になった気がして、俺は一層 分かった。建物に入って少し進んだところで、作業着を着た人間達打ちのめされた。俺は誰の助けも得られずここで一人ぼっちで死ん 数人が立っていた。建物に入った者の頭に、人間の一人が何かを当でいくのだ。 てていた。学校で一度だけ見たことがある。あれは銃だ。持った人生きているうちから遠のいていく意識の中で、誰かが話す声が聞 間が指を動かすと手の先にある物に穴が開く。あれで行列に並んだこえてきた。 者の頭に一人ずつ穴を開けているのだ。 「まず皮を綺麗に剥ぐ。全身をくまなく洗浄する。頭部は切除し、 頭に穴の開いた者が倒れると、待ち構えていたもう一人の人間が BSE 検査に回す。消化器を摘出、循環器と肝臓を摘出、一一つに割っ ナイフで首を喉をかき切る。事切れた者の体を、更に数人が逆さにて一段落だ。あとは工場に運ばれて精肉される」 して天井から下がる鉤に吊るしていた。 俺の全身が残らず分解され、使い切られる ! おぞましさに総毛立 ここは俺達を殺して解体する場所なのだ。俺ももうすぐああやつつ。 て殺され、バラバラの肉にされてしまう。 「肉は食用に、皮は革製品に、残った骨や屑肉は加工されて肥料に 嫌だ。嫌だ。嫌だ。こんな暗くて冷たくて湿った場所で俺の一生なる」 を終わりにされたくない ! 逃げるんだ。逃げれば後ろから撃たれる 肥料 ? 俺の意識が何かを捕らえた気がした。 だろうが、少なくとも太陽を見ながら死ねる。なぜみんな逃げない 「ほら、去年も発注が来てただろう。〇〇ファームが買い取ってく んだ ? なぜみんなおとなしく並んでるんだ。なぜ俺の足は動かないれる。あそこの畑に使われるそうだ」 んだ ? どれだけ自問しようと、俺は走り出すことが出来なかった。学校の名前だ ! 俺の頭の中で 1 年前の先生が言った。 無力感が全身を侵して痺れさせていた。あらゆる感情が絶望に塗り「肥料よ。今朝吉■コーポレーションから届いたの」 込められていった。今の俺は、あの夕暮れに見た奴と同じ目をしてそうだ。ここで作られた肥料が学校で使われているのだ ! 俺の体 いる事だろう。 も肥料になって学校に撒かれるに違いない 結局こうなる運命だった。俺の一生はこの惨めな場所で終わると突然、視界が拓けた。 決まっていたのだ。あの時から俺はそれを知っていたじゃないか。「魂はヤスクニに帰る」オザキの言葉が、今度は福音のように響いた 例えようの無い情けなさが俺を芯から打ちのめした。 俺の肉は人間に食い尽くされ、皮は道具にされ、他の部位も奴ら 「意味の無い命なんて無いよ」 のものになるだろう。だが俺の魂は俺の骨に置いて行く。肥料となっ

3. ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号

「或る少年の運命の日の朝」 水天堂 豪雨の後のカラッとした夏の日。 どこまでもどこまでも透き通った暴力 的なほど青い空が広がっている。 雲が無い空は、天に空いた穴みたいで 見ていると頭がクラクラする。 この辺りは火の海だった。 その日、 その後、火の海は豪雨に飲み込まれた。 豪雨の洗い流した後、雨が町そのもの を流してしまった様に、野原がどこま でも広く広く広がっていた。 隣町の叔母さんにリアカーを借りるこ とが出来た。 でもそれは必要なかった。 全部焼けていたからた。 残念なことに、というか、ありがたい ことに、あの時ここに残ったお母さん の姿も残っていなかった。 何もかも失われてしまった。 お父さんが帰ってきたらなんて言うだろう。 いや、帰ってこないかもしれない。もう一年くらい手紙が帰ってこないし。 いやいや、ということは、なにもかも新たに始めるってことだ。いっそ清々しいじゃ ないか。 庭にあった石に腰掛け、叔母さんが持たせてくれたおにぎりを食べる。 おにぎりが妙に塩辛い。 こんなに塩を効かせなくていいのに 僕は、塩味に閉ロしながら、空にぼっかり広がる青い空を見上げた。 空は海みたいにぼやけていた。 43

4. ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号

まで使って絡め捕られ興奮していた俺達は、そこが学校であることの前途を暗示するようで忌まわしかった。 に暫く気付かなかった。 脱走のことは黙っておけ。はっきり言われたわけではないが、先 今度は叱られるでは済まなかった。俺達は何日も別々の場所に隔生達はみなそうロ裏を合わせているようだった。外の人達からそう 離された。一部の先生以外誰とも会うことを許されず外に出ること いう質問が出る事も無かった。 も出来なかった。 ある日校長先生が俺に近づいてきて言った。何も心配しなくて良 一一週間経ってようやく学校生活に復帰した俺に、仲間達は皆よそい。検査でも何も出なかった。君は大丈夫だ。きっと良い■材になる。 よそしかった。誰もが奥歯に物が挟まったような態度で俺に接した。 シュウカ■の期間はあっという間に終わり短い冬が過ぎ、俺達の 例外は特子で、顔を合わすなり「見損なったわ」と吐き捨ててそれ卒■も間近となった。ここから出た後どこに行くことになるのかは きり目も合わせなかった。 まだ分からなかった。それは卒・の直前に外の人から先生達に伝え 後から聞いた事だが、当時特子は特別選抜試験に合格の見込みがられ、卒■式のその日に俺達一人一人に言い渡されることになって 薄いと言われて、酷くナーバスになりながら必死に前を向こうと足いる。式の日が近づくにつれ、俺達は目に見えない焦燥に駆られた。 掻いている時期だった。だから余計に俺達の行為が許し難く思えた殊に特子は昂ぶり過ぎて憔悴して見える程だった。夏頃の B 判定 のだろう。俺個人としてはあの脱走を後悔はしていないが、あの時を覆そうと、彼女はこの数ヶ月狂おしいほどの努力を重ねてきた。 の特子の辛そうな顔は苦い思いと共に俺の脳裏に刻まれている。 一日も欠かさず走りこみ、特別に用意した食事を摂り、悲痛なまで 落ち込む暇も無くシュウカ・が始まった。何人もの人が外から学の自己管理を己に課し続けた。特別選抜試験の結果も、卒■式で言 校へやってきた。俺達は連日観察され、隅々まで調べられた。四六い渡されることになっている。運命はおそらく既に決しながら、そ 時中質問が飛び交った。いつどこで生まれたのか。何が長所で何がの判定が下される日まで俺達はただ焦らされる日々を送った。 短所か。何か印象的なエピソードはあるか。それが今の自分にどう 結びついているか。あなたは何を持ってオキャクサマを喜ばせるこ卒■の日、俺達は一人残らず整列して校長先生の言葉を待ってい とが出来るか た。全員が一人ずつ、卒・後の行き先を告げられる。脱走の日以来、 俺はと一一一〔えば脱走と謹慎の余韻から頭を切り替えることが出来俺が戻った後も隔離され続けていたオザキの姿も見えた。 ず、何ら方針も覚悟も無いままでなし崩し的にシュウカ■に突入し俺は自分の行き先の事を何故か考えることが出来ず、昨日の夜突 た。こうなったからには腹を括ってオキャクサマに奉仕しようと思然寝床に現れた先生の事を考えていた。先生は俺を校舎裏へ連れ わないわけではなかったがどこか身が入らない自分がいた。脱走先出すと、目の前で門を開けて見せた。俺が微動だにせず突っ立って で見た行列の無気力な目が毎晩のように夢の中に現れ、まるで自分いると、突然先生は俺の肩にしがみつき泣き出した。ごめんね。ご

5. ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号

社会に出て 5 年目となる。労働に楽しみを感じる事は全く無い やりがいも無ければ職場での人間関係に悩み続ける日々だ。だがそ れでも辞める事は無い。就職活動で苦戦した日々と無能な自分が、 次の可能性を否定する。 そう、この生き辛さの全ての原因は自らのコミュニケーション能 力の低さにある。虐められていた事も、友人が少ない事も、人生を 楽しく過ごせない事も全て自分に責任があるのだ。 努力すれば良かった。虐められない為に、人並みに勉強が出来て 運動が出来て意見が一一一一口えるように。友達を作る為に、多くの事に興 味を持ち話していて楽しい人間となれるように。人生を楽しく過ご す為に、様々な可能性を広げ選択肢を増やすように。 全ての努力を放棄した。耐えていればいっかこの苦しみが終わる だろうと、現実から逃避していた。悔やみ続ける日々の中で、絶え ず付きまとう希死念慮。死んでしまえば楽になるという考えが、十 数年頭にこびり付き離れない。 運命とは日々の積み重ねだ。どこでどの様に過ごしてきたか、ど のような選択をしてきたか、その積み重ねの上に現れる結果を人は 運命と呼ぶ。逃避と言い訳を繰り返し、虚栄心に塗れた私の人生に 運命の 1 日は未だ訪れない 田中ジョヴァンニ

6. ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号

あの日、 小と行き合った如来様が 私を木陰に導いて言うことにはー ゲッタント濾過器の効能は ? 規模は ? 採算は ? 視野にいれるべき将来の倒壊可能性は ? 何かが爆発的に変化する 京 ~ = 0 葉を話すからって、いちゃっき同然と見紛ってはいけない ふり・をしてカ、らトントンと舞・い卩・く 亀裂キアズマ やしろ 不浄の社から蹴りを一発 見るからに丈夫なハイエナ 苦しみぬいてイチから始める 鳴き声を真似してみな 枕から何からすっとばして 大事をかかえ込む 腕の長さが足りない 染み付いた景色の透明度が理解できない みすすましのように マンドラゴ一フのよ、つに おおごと ウンメイの一日たちの一日 ( の運命 ) 河合拓始 山のうてなのマイク・パフォーマンス さえず そしてここで囀りだすから いやむしろ、この針金のはじを持って、 あなたも、彼も、 昔気質とは言わないでくれ 作動する流流だ、 いかなびる、格子状にまかりぶる、 みだりに飛んできてい とは限、らない 道に迷ったニワシドリと化した輩か 、つつとり李っ頓狂 な。、イ殳げを始めることだってある 検察官、検視官、 箱舟の中身をうしろから羽交い絞めにされてはたまらない 衆人環視の、公共電波の、 いったい何が圧力か、 す・り・ぬけることば十・、 みだれ染める、ああ、なんてオントロギーな、 くりくりと、きりきりと、すったもんだの最高級 髪留めのあいだからじりりと決意をのぞかす 応援してる そしてここで踊りだすから 4

7. ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号

「さようならお布団」 電子書籍元年。もういつの事を指すのかわからないほど繰り 返された言葉だが、私にとっては今から六年前を指す。一太郎 で電子書籍が作れるバージョンが出た年だ。 今までを払拭するべく私は生気に満ちていた。 一昨年は入社早々に会社でポロポロにされ、頬もこけ、持病 まで抱えた。カーテンを閉め切り、昼間から真っ暗な部屋で「こ のまま、これを繰り返していっか病気になって死ぬんか」と考 えていた。そうでなくとも、死んでいるようなものだが、その 時の私はまだ正常だと思っていた。そんな私を救ったのが、宮 下秀樹作「桶狭間戦記」という漫画だ。その一コマに「乱世と は果てるまで命を燃やす遊び場であると」と出てくる。子供が 泥だらけになっても遊び、日が暮れても遊ぶように、人生も汚 0 上住断靱 大坂文庫代表 途をテーマに執筆。主に歴史小説、詩を書く。 文学は取り戻すのものではなく発展していく ものという考えの下、全国を駆け巡る。 文学フリマ大阪事務局代表でもある。 Uwazumi D anjin れようとも年をとろうとも、死ぬまで遊び尽くすという意味だ この言葉が私を布団から出してくれて座右の銘にもなる。そして、 「出版社を起てる」と独立へと舵を切らせたのだ。 電子書籍にはその可能性があった。これほど未来が開けている ものはない。 私は無邪気に後輩の君とこに駆け込み、夢を語った。 君は聞き上手故に色々聞いてくれたが、ふと 「東京ですけど、こんなイベントがありますよ」 とキーポードを叩いて一つの同人誌イベントを紹介してくれた。 「文学フリマ」 それまで小説畑で同人誌活動をして、イベントにも出ていたの に、活動場所を色々と探してみる事をしていなかったのだから恥 ずかしい 「よし行ってみよう」 ろくすつぼ東京に行った事がない田舎者だが勢いだけはあった。 この決断が私の運命を大きく変えようとは思ってもみなかった。

8. ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号

胎児に向かって言う、わたしとおまえの仲に好きも嫌いもない、 運命の一日 ただの絶対なんだ。そのおまえがそんなにあんドーナツが好きなら、 河野宏子 わたしは甘んじて食べよう。そして今日からおまえはあんこちゃん 妊娠五ヶ月、冬の晴れた朝、近所のパン屋「メルク」の前でわただ。覚悟しろ。 しは立ち尽くしていた。もう地下鉄に乗って出勤しないと朝礼のあわたしはメルクの前で決意した。時計はもう八時四五分。駅まで は徒歩一〇分。走れないわたしはどう考えても間に合わない。アル る八時五〇分に間に合わない、でも、メルクでは今、つやつやに輝 くあんドーナツが揚がっている。マスクをしていても匂いだけで分、ハイトの女の子が金色に輝くあんドーナツを載せたトレイを店の奥 かる。いや正確には約 5 分前、わたしが住んでいる団地の前の、歩から運んでくるのが窓越しに見える。動きの鈍い自動ドアを抜けて、 道橋の階段を上がる前から分かっていた。あんドーナツ。妊娠前なあんドーナツをひとっ買う。店の前で立ったまま食べる。時計を見 ら何の興味もなかった食べ物を、今のわたしの身体は勝手に探し出ると、八時五〇分。あんこちゃん。寒空の下、わたしはいま、おま し欲している。 えに身体を明け渡したんだ。油の付いたビニール袋をポケットにし 妊婦になってから、とにかく鼻が利くようになった。夫が止めたまいながら、ヒステリックな同僚に電話をかけた。切るときに向こ はずの煙草 ( 間違いなく禁煙宣言の前とは違う銘柄だ ) を帰宅前にうで大袈裟な舌打ちが聞こえたので電源を切りバッグの底にしまっ こっそり 1 本だけ吸っていることも知っていたし、職場のヒステた。さあ、今日はどこに行こう。 リックな同僚が生理日であることも、昨日エレベーター内で不機嫌 な挨拶を交わす前に分かっていた。 何の得もない、特殊能力が備わってしまった。 まだ性別も分からない数センチの胎児が、長年慣れ親しんだわた しの身体を操縦している。子宮には窓がない。外の世界が見えない から、胎児は嗅覚を冴えさせて飢えないようにわたしの食欲を駆り 立て、普段ならば知らなくても良い危機を察知させる。それを幸せ だとも、かといって不都合だとも思わない。というよりもどこに気 持ちを置いたら良いのかが分からない 。こっちだって妊娠は初めて なのだから。 4

9. ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号

「今度の六月、ハワイで」 した。彼女と初めて新歓コンパへ行ったのもこんな夜だった。店主 彼女は得意げに笑うと真鍮製のシガレット・ケースから細い煙草に礼を述べ、人の行き交いもまばらになった大通りへ出てタクシー を取り出してライターで火を付けた。それからグラスに残ったラフに乗り、彼女の住む部屋があるマンションへ向かうと、そこは勤め ロイグを飲むとお代わりを頼み、彼との出会いから一一度の喧嘩と仲先の事務所からほんの数十メートルの場所にあった。彼女はこんな 直り、去年の年末に旅行先のグアムにてタ陽を眺めながらプロポーにも近くで暮らしていたのだ。オートロックの扉を開けてエレベー ズされたことまで詳細に話してくれた。スマートフォンのアルバムタに乗り、部屋まで送り届けてから帰ろうとしたら「もう一度部屋 にまとめられた服やハイヒール、クロスが敷かれたテープルに並んで飲みなおしたい」と言うので、そうすることにした。 だ料理や婚約者との仲睦まじい写真の数々は隣に値段を書き加えれ ば雑誌の特集かと見紛うほど華やかで、それはつまり彼女の憧れが七階にあるその部屋は大量の靴が並べられた玄関を抜けると、ほ 実現したということだった。 とんど使われた形跡のないシステムキッチンがあり、その奥にダブ ルサイズのべッドが置かれていた。白い巨大なべッドが部屋中を占 結局閉店時間までふたりで飲み続け、婚約祝いにご馳走するとい領し、他に家具らしいものは何もない。彼女は黒いマトラッセを床 うのも聞かず、彼女はゴールド・カードを出して勘定を済ませた。に置くとべッドのうえに倒れこんだ。 あまりにも足元がおぼっかない様子をみかねた店主が肩を貸してく れながら階段を降りてくれた。 「ええやろ、これ自分で買うたんよ」 「良いけどよく部屋に入ったわね」 「すみません、騒がしくしちゃって」 彼女はむくむくと起き上がり、ストッキングとワンピースを脱ぎ 「大丈夫、今夜はみんな桜を観に行っちゃったから」 捨てると下着姿になり、こっちは立ち入り禁止やでと言いながら隣 の部屋に入り、グラスをふたっとシャンパ ーニュのポトルを手に 「ほんとだ。裏道から来たから気づかなかった」 戻ってきた。そういうお酒は酔っていないときから飲み始めたいと いうと、そらそうやなあとぼやいて今度は飲みかけの角瓶と炭酸水 月沿いの木々に提灯がぶら下がり満開の桜が闇のなかに霞のようを持ってきた。どちらも常温で生温く、彼女の部屋に冷凍庫はなかっ に浮かんでいたのを見ると、一瞬だけ学生時代に戻ったような気がた。

10. ゆとり世代の総合表現マガジン さかしま 2017年度号

事しきりですが、強いてあげるなら自分の人生観というか、自己認 識が度変わった瞬間が人生のどこかであった筈なのです。幼少時 私は自分を善良な人間だと信じていました。今、私は自分が善良と は真逆の人間だと認識しており、また ( 驚くべきことに ) そのこと に問題意識を持っていません。この根本的な転換 ( というか堕落 ) を遂げた日こそ、私の運命の一日であり、未だに「その後の日常」 を生きていると言って良いでしよう。ではその日が何年何月何日 だったのか : 。これが、思い出せません。 2 年以上前ではない気が しますが、ここ年の事でもない、その程度しか絞り込めません。 運命を気にする資格があるほど真っ当に生きてない、との結論 に帰着し、結局テーマを未消化なまま筆を置きます ( 汗 ) 。 べてめと 食育眺こ らをる かッめ 味種一眺 趣たルを のしフ靴 近取ンの 最採ゴ関 にラ玄す 住でド。で 在いるとき 岡っ こ好 福たてるも 二週間前に購入したペンギン型抱き枕によって、私の睡眠の 質は大幅に改善された。しっとりすべすべの肌触り、つきたて のモチのような柔らかさ、優しげな顔立ち : ・なんと愛おしい 抱いて寝るだけでは飽き足らず、一緒にテレビを見たり、音楽 2 坂本系 を聴いたりもしている。抱き枕のおかげで人肌恋しい独りの日々 とおさらば出来た。 ペンギンは基本的に暑さに弱い生き物だ。私が抱いて 寝ることに苦痛を感じていないか心配である。南アフリカ等に 生息する、暑さに強い種のペンギンであれば良いのだが、残念 ながら素人の私には判別がっかない・ : なんだか話が脱線しそう になってきた。 私が言おうとしていたのは、このマイフェイバリット・抱き 枕を楽天でポチった日は運命前夜と言えるかもしれないという ことだ。否、運命というにはあまりにもショポい。もう少し頑張っ て考えよう これまでの人生を思い返してみる。色々な出来事があったが、 人生に劇的な影響を与えるような、運命と言えるほどのものは 無い気がする。一番ショッキングだった出来事といえば、恋人 の五股交際が発覚した事だが、それで何かが変わったという感 じもない 自分の人生を大きく変えるような、なにか運命的な出来事に、 いっか、出会えるのだろうか。出会いたい。そのうち。人事を 適度に尽くして、その日を楽しみに待とう。 果報は寝て待てという先人のありがたい言葉がある。それに 倣い、とりあえず私は、今宵も抱き枕を抱き、安らかな眠りに つき、運命の日を寝て待っこととしよう。グウ。