録されていることを材料にした。今度はトンカムは 3 万フラン ( 約万円 ) の罰金を 命じられてしまった。 だが、アベ・プロの主張も「ドラゴンポール」のみが認められ、「ドラゴンポー ル」や「セーラームーン」に関する要求は却下されている。 ドミニクは日本の版権一兀にも、鳥山明氏の作品を勝手に外国の企業が登録商標とす るのはいかがなものかと相談したが、実質的な援助は受けられなかった。 トンカムとしては反証材料が手に入らない以上、訴訟を起こしても費用と時間が無 駄であると判断し、涙をのんで裁判の続行を諦めたのだ。 結果としてフランスの小売店から「ドラゴンポール N 」の日本から輸人されたキャ ラクター商品が姿を消してしまった。その後、アベ・プロは独自の商品の開発と販売 を始めたが、 日本製の商品に比べ品目が少ない上に質が低く、評価はいまいちであ る。だが、競合商品がないのでそれなりに売れている。 だが、この事件はテレビアニメの人気を盛り下げることになった。豊富なアニメ関 連商品はファンのアニメ作品に対する親近感を増すことをアベ・プロは理解していな かったのだ。 また、アニメ関連商品の人手を断たれたファンのアベ・プロⅡ「クラブ・ドロテ」
ンスでの社会的な立場を悪くした。また、穿った見方をすれば、競合他社のテレビ局 なり製作会社に放映させないために、先手を打って作品の権利を押さえ、お蔵人りに しているのではないか、そうドミニクは思っていた。 「アベ・プロは、告訴するずっと以前から我々の仕事内容を知っていたんです。以前 一緒に組まないかっていう話があったくらいなんですから。こちらは、アベ・プロの ートナーになろうとは微塵たりとも思いませんでしたが」 」行状からして、 カ訴訟が具体的にどう進んだかというと、アベ・プロは、まず、トンカムが「ドラゴ いンポール」「ドラゴンポール N 」「セーラームーン」の「海賊商品」を輸人し、闇市場 堂を作っていると告訴した。無論、この時点でアベ・プロが企画した「正規の商品」は 。トンカムにしてみれば、合法的に日本の取次業者から輸人し、税関 の存在していない クの検査も受けており、事実無根であると、証拠を並べて裁判所へ提出した。 タ オ この訴訟ではトンカムはアベ・プロに対して、マーチャンダイジングに関する契約 ス書を証拠として提出することを要求したが、アベ・プロは提出できなかった。断言は ラできないが、この時点でアベ・プロはマーチャンダイジングの権利を押さえていなか ったのであろう。 それでアベ・プロとしては「ドラゴンポール N 」が、フランスで自社により商標登
なものである。ドライな外銀と日本の個人の与信審査に長けているサラ金が組んで銀 行を始めたら、既存の日本の銀行は壊滅するだろう。 銀行からの融資が難しいなどということは、はなっから覚悟のドミニクだったが、 大きな訴訟間題が次から次へと降りかかるという災難に見舞われた。 そのひとつは、フランスで「ドラゴンポール」や「セーラームーン」などのアニメ を扱う番組製作会社のアベ・プロから複数の業者とともに版権を巡って訴えられたの トンカムはアベ・プロがフランスのテレビで放映したアニメのマーチャンダイズ、 つまり文房具とかカード、ポスターなどを販売していた。アベ・プロは、自分たちが 放映しているアニメで他の業者が儲けているのはけしからんと思ったのだろう。それ で、そのような商品を扱かっている業者を告訴したのだ。 以前からドミニクはアベ・プロにはよい印象をもっていなかった。というのもア べ・プロの姿勢があまりに商業主義的だったからだ。 アベ・プロは日本でアニメを買い付けたパイオニアということもあり、多くの日本 のアニメの権利を押さえていた。しかし、日本のアニメには多彩な分野の作品がある にもかかわらず、安直に視聴率を稼げる作品ばかりを放映し、その結果アニメのフラ
246 デルクールは元銀行マンだったギー・デルクール氏が興した新興の出版社だ。 同社は急速に成長して今や出版界では確固たる地位を築いている。デルクール氏 はマンガに進出するときにドミニクと組んだわけである。 だが義父の死後、トンカムはデルクールに買収され、その系列となっている。社長 はフランソワーズのままで、ドミニクは現在もアカタの社長を務めている。彼は現在 のフランスにおけるマンガ出版の状況をこう語る。 「現在のフランスではマンガは儲かる商売だ、ということで新規参入が増えていま す。彼らはマンガを文化ではなく単なる商品としてとらえている傾向が強いんです。 現在業界ではジャンブ系の作品 ( 『 Z<c<D+O 』や『デスノート』など ) に頼って いますが、これは長くは続かないだろうと思います。 多少販売が難しくても、 ゝ乍ロロを出して行かないと、読者に飽きられる。あるい は読者の質が下がって多様な作品を求めなくなれば、業界全体が低迷する危険性があ ります。かって自分はいち早く手塚治虫の『ブッダ』『アドルフに告ぐ』などを発売 しましたが、今後もそのような意義のある作品の紹介をもっとやっていきたいと思っ ています」 だが、ユニークでニッチなマンガを出版している会社もある。コーネリアス出版は
彼は武道、特にタイ式ボクシングに没頭していったのである。そして、それが高じ てタイへも旅だった。初めてのアジアへの旅行だった。これがのちにアジアに強い関 心が向き、漫画にかかわるきっかけになったのだ その後もドミニクは、蚤の市での店を続けながら、機会を見つけてはタイをはじめ 春アジア各国を旅行した。そして多彩なアジアの文化に魅せられていった。 の「いっか、アジアの漫画を仕事に取り人れる」 ドミニクの胸のなかでそんな希望が膨らんでいった。 さて、年、ドミニクは、知人とともにまたもや「 > ・ディフュジオン」という ス 名の新しい店を始めた。仕事の中身は、蚤の市の店とさほど変わりない の 蚤の市の店の場合、返本されたアウトレットの本を商品としていたが、新会社で 界 ク は、売れ行きの悪い新本を取り扱った。それらを思いっきり安い値段で販売したの タ オ ス この商売方法は、大成功した。動きのいい人気作品なら、売り上げの 5 パーセント ン フ程度の利益にしかならないが、コケた作品のディスカウント販売なら利益は。、ー ントにもなった。その効率のよさは、会社に大きな潤いを与えた。ところが、間もな くドミニクは、この会社から手を引いてしまうのだ。 ご、
それに当時の作品ではなくとも日本のマンガに対する親近感は十分に熟成されてい るはずだ。 「絶対にイケる ! 」 ドミニクはそう踏んだのである。 しかも、フランスの漫画店では日本のオリジナルのマンガを販売しているところ は、まだ存在していなかった。 まだまだ閉鎖的な日本の出版社 ドミニクの読みは的中した。当時はテレビのアニメの放映が下火になっていたこと もあり、飢餓感を感じていたファンたちは、金にほとんど糸目もつけず商品を買いあ さり、仕人れた商品はあっと一「ロう間にはけてしまった。 以降、ドミニクは、年に 4 回ほどのペースで、日本に買い付けに渡るようになる。 そして「まんだらけ」や「まんがの森」などいろいろなマンガの専門店に行っては、 日本マンガ、模型、キャラクター商品を食い人るように品定めし、 しいと判断したも のは、買い付けてフランスへもち帰ったのだ。
ポットに変形するバトロイド「バルキリー」というメカが活躍するアニメだが、当初 スポンサーが「玩具でキチンと変形させることが不可能だ」と難色を示した。そこで 企画したスタジオぬえの河森正治氏がダミーの模型を作り、変形を実演して「キチン と玩具になる」ことを証明して実現に漕ぎ着けた。 テレビアニメは玩具メーカーの意向がきわめて強く働いている。悪く一言えばテレビ のロポット・アニメはキャラクター商品を売るプロモーション ro ないし、近年流行 のインフォマーシャルであるとも言えよう。 海外への版権の販売もまた赤字の穴埋めに当てられる。しかもこれが一本川万円以 下などといった、捨て値で販売されてきたのだ。しかも契約は買い手側が有利な契約 も少なくない エージェントや商社に版権が売られてしまえば、製作者であるプロダ クションはどのように作品が改竄されようが抗議ができない仕組みとなっているとい う。仮に、抗議をするにしても、手間と時間がかかり、自転車操業を行なっているプ ロダクションは目の前の仕事をこなすのに手いつばいで、そんなことをしている暇は ところがその反面、アニメを放映しているテレビ局の社員は人がうらやむような給 料をとっているのだ。テレビ局は広告のクライアントの手前もあってか高額な給料を かいざん
小売店との間に、大きな価格差が出てしまった。そのため零細な小売店は在庫を抱 え、かなり厳しい状況に追い込まれてしまった。 「アニメというのは、ディズニー作品などと違い マニア向けの商品なので、一般向 けにワッと売れて、どんどん在庫がはけるという性質の商品ではないんです。なのに メーカーが市場規模を無視して作品をリリースしたので、大型店でも川タイトル扱っ て 6 タイトルぐらいは売れ残ってしまうような状況になってしまいました。それで、 ある時期大型店が『もうウチではアニメのビデオは販売しません』と言い出したんで す。それまで大型店のほうばかりを向いていたビデオ製作会社はノコノコと零細な小 売店に頭を下げて営業に行ったわけです」 小売店にしたら、「今まできちんと価格を維持して市場を支えていたのは自分たち だ。それをいまさらなんだ ! 」と言いたくもなる。 結局、小売店にもそっぽを向かれてしまったのだ。それで多くのビデオ製作会社が 経営難に陥ってしまった。 さらに言えば、リリースされるタイトルが「淫獣学園」や「超神伝説うろっき童 かたよ 子」など「手つとり早く儲かりそうな」バイオレンスとセックスがメインの作品に偏 ってしまった。それが、また、フランスのアニメ・ビデオの市場の拡大と発展を妨げ
大学卒業後は、広告関係のサラリーマンをしていたが、頭より気を使う広告の世界 に嫌気がさし、囲年にロンドンに渡り、 1 年間英語の勉強とライターの仕事をしてい た。帰国後就職したが思うような仕事もできず、一一つの会社を渡り歩いた後、次の就 職までの繋ぎの仕事としてライターをしていた。そんな頃、作家の荒巻義雄先生に勧 められたこともあり、単行本を書き、文筆業を生業とするようになった ( もっとも先 生は会う人みんなに本を書け、と言っているという話もあるが ) 。 物書きの仕事の傍らで、趣味的にミリタリーサープラス ( 軍払い下げ品 ) の貿易を 行なっていたのを本格化し、食品商社に勤めていた弟と会社を興した。 それ以来取材と買い付けを兼ねて年に 4S5 回ヨーロッパに出かけるようになって いた。渡航のたびに個人的な興味で、日本のアニメやマンガのヨーロッパへの浸透を 観察していた。 そんな矢先にドミニクを紹介され、アニメ関連商品の貿易を手助けすることになっ たのだ。 ドミニクと初めて会ったときは、トンカムの商売はまだ、本当に細々としたものだ った。話をしているとお互い似た者同士というか、仕事に対する姿勢や物事に対する 考え方など似ていたこともあり、すっかり意気投合してしまった。
このようなことがなされてきたため当時、多くのヨーロッパ人はアニメが日本で製 作されていたことを知らなかった。実際、ぼくは「アルプスの少女ハイジ」はスイス いくら説明しても聞く耳をもたない愛国的 ? なスイ で製作された作品だと信じ込み、 ス人に何度も出会ったことがある。「舞台もキャラクターも全部スイスで日本的な匂 いなどないじゃないか」と一「ロうのである。 もっと日本の製作者には「自分たちの作品を尊重しろ」と主張してほしいものだ 陸 上が、実際それは難しい。テレビのアニメ作品を作っているプロダクションは作品の製 ス作を赤字を承知で請け負い、不足分を権利の切り売りでしのいでいるのが実情だ。 テレビの分アニメを製作すると、局から支払われる製作費が 700 万円程度、こ フ て れは長年ほとんど変わっていない。しかし、実際にかかる製作費は 1000 万円から し 1200 万円といわれている。つまり構造的に赤字となっているのだ。その穴埋めに はキャラクター商品の版権料などで赤字を埋めているのだ。 , 一それゆえ玩具メーカーがメインのスポンサーとなり、玩具が企画しやすいロポッ ア ト・アニメが多数放映されるようになったのだ。逆に変形しないロポットや、それ以 本 日 前にロポットが出てこない玩具にしにくいアニメは企画が通りにくくなった。 ー凵トムキャットのようなリアルな戦闘機がロ 「超時空要塞マクロス」は米海軍の