ローマ帝国 - みる会図書館


検索対象: まんがと図解でわかるニーチェ : 「超人」「ニヒリズム」…ニーチェの思想が2分で理解できる!
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1. まんがと図解でわかるニーチェ : 「超人」「ニヒリズム」…ニーチェの思想が2分で理解できる!

敗者” . 自分たちを 支配している ローマ人が憎い 我々を 圧迫しているのは 彼らが「悪」 だからだ 一悪い彼らが をクやっている行いも 、、こ違いなー 悪 ( ローマ帝国が ヨーロッハの ほば全域と 北アフリカを支配 していた頃 ノ 当時、ユダヤ教徒は 支配される側の 民族の一つだった その逆の 自分たちは 「善」であり いっか天国に 一何け・る 彼らは、 自分たちを支配する ローマ帝国は 「悪」であり 反対の立場の 自分たちこそが 0 えんこん 怨恨感情から生まれた モラルはこうして拡大し ついには「弱いこと」 「貧しいこと」 「階層の低いこと」が 「善」である となったと言うんだ 「善」だと考えた 7 5

2. まんがと図解でわかるニーチェ : 「超人」「ニヒリズム」…ニーチェの思想が2分で理解できる!

0 すべては神の計画である う画れ冫 のだも 三と神 の アイス 買った 9 9 欲張って のつけすぎな だけでしょ 0 0 0 どらかーと リ 43 、ま やつばり 0 植物を生み、最後にその支配者として人間 ( アダムとイプ ) を誕生させた。 つまり、世界は唯一絶対者である神 ( ャ ハウェ ) の意向に従ってつくられたのであ る。そこで人間は、神の思いにかなうよう に生きることが求められる。その「生き方」 を神が定め、人間に伝授したのが「モーセ ぐうぞうすうはい の十戒」だ。人間はこのとき、偶像崇拝や かんいん 殺人、姦淫、盗み、偽証などを禁じられ、 じゅんしゅ 安息日の遵守や親孝行の実践を命じられた。 このヤハウェの教えを守ってきた宗教がユ ダヤ教である。 しかし、多くのユダヤ教徒が神の言いっ そこで彼らを けを破り、罪を重ねてい 救うべく地上に遣わされたとされるのが、 神の子イエス・キリストイエスは十 字架刑にかかることでユダヤ教徒だけでな 、人類全体の罪を浄化したとされている。 その後に生まれたキリスト教は、迫害を 経てローマ帝国の国教となり、ヨーロッパ に広く浸透していった。 6 3

3. まんがと図解でわかるニーチェ : 「超人」「ニヒリズム」…ニーチェの思想が2分で理解できる!

ルサンチマンによって b う se ( 憎い ) が「悪」になる ルサンチマンが善悪の価値観を逆転 ! ( 顛倒した遠遊去 ) 「ローマ人たちが 憎い (bÖse) ! 」 ローマ人 ( 支配者 ) 0 ( 嗽 ) キリスト教徒 ( 被支配者レ 「ローマ人の対極にいる我々はよい ( gut ) 」 0 怨恨感情 ( ルサンチマン ) 「ローマ人たちは 悪い (böse) 」 墅 0 聞 0 ローマ帝国は、多くの奴隷に 支えられていた社会ではあっ たが、民族や宗教で奴隷の身 分が決まるわけではなかった。 ローマ市民でも債務不履行に なった場合、一定の年数、奴 隷として勤め上げる必要があ った。キリスト教徒 ( やユダヤ 人 ) には確かに貧困層が多かっ たが、官職に就くものもいた。 ーチェのキリスト教やユダ ヤ人に対する批判は、ある程 度、差し引いて受け止める必 要がある。 0 = 弱いこと、貧しいこと、畠 を貧者に投げ出すこと・・ 奴隷道徳の誕生 = 支配すること、奪うこ と、現世で成功するこ と ( 富を貯めること ) 存在だ。我々の属性 ( 弱さや貧しさ ) もま た、善であるー 、者か、自らを是認るために善 」の を、ー一さた て生まれた道徳観が、奴隷道徳である ( こ いいっき の道徳観の逆転を「奴隷一揆」という ) 。 奴隷道徳の根っこにあるのが、ローマ人 への「ルサンチマン ressentiment 」 (Ⅱ 怨恨感情 ) 。この言葉は、哲学用語として よく知られているが、本来はフランス語で 「み」という程度の言葉にすぎない ーチェはフランス語の新聞も読んでいたの たんのう で、フランス語は堪能だった。奴隷道徳を 生んだキリスト教徒の屈折した怨恨感情 ( い わばただの逆恨み ) に、彼は皮肉の意味を こめたのかもしれない 君主道徳と 奴隷道徳の違い 君主道徳では、自信に満ちた状態で自ら を肯定して「善」とみなし、反対の「悪」 どれ 6

4. まんがと図解でわかるニーチェ : 「超人」「ニヒリズム」…ニーチェの思想が2分で理解できる!

10 8 ルサンチマン〈るさんちまん〉↓、 4 、 alt 「 uism 、 Altruismus 「 essentiment ( 仏 ) 、、 自分の利益や欲望よりも他人の利益を優先する考え敗者が勝者に対して抱く怨恨感情のこと。敗者は、 無神論〈むしんろん〉・ 2 atheism 、、 Atheismus 方。親切、博愛、隣人愛に通じるが、ニーチェはこ ルサンチマンから相手を「悪」と規定し、その対極 神は存在しない、とする立場。ニーチェはときに無れを畜群道徳であるとした。 にある自らを「善」とする。ニーチェは、「ローマ 神論者といわれるが、彼は「神は死んだ」と神の存 帝国時代に迫害されていたキリスト教徒はルサンチ マンから、貧しいこと、弱、 在を前提した発言を ( 象徴的とはいえ ) くり返して隣人愛〈りんじんあい〉↓。 8 、 142 しことが尊いとい一つ道・徳 しし・カ十 / し neighbor-love 、、 NächstenIiebe おり、妥当な指摘とは、 観が生まれた」と主張した。ルサンチマンとは要す 自分の欲望を抑制し、人のために奉仕すること。ニー るに、逆恨み、負け惜しみによって自らを正当化し チェはこれを自然な人間らしさに反する感情であようとする感情のこと。 物自体〈ものじたい〉↓ thing ゴ itself 、、 Ding an sich 畜群本能に由来するとして批判した。また、隣 カント哲学では、人間の認識には限界があり対象人愛は自己愛が足りないものが自分を愛させようとローマ帝国〈ろーまていこく〉↓、 6 8 や現象自体は認識できないとする。物自体とは、認することにすぎないとも指摘した。 the Roman Empi 「 e 、、 das 「Ömische Reich 識できない対象の本質的な実体、本体のこと。 古代ヨーロッパに君臨した帝国。紀元前 8 世紀頃の 都市国家に始まり、王政、共和制を経て紀元前年 倫理学〈りんりがく〉↓ ethics 、、、 Ethik に帝政となる。 152 世紀の最盛期は、ヨーロッパ 人間がお互いの間で行う行動についての善・悪を問 全土から北アフリカ、ブリテン島に至るまでの大帝 国になった。 し、規範、原理、道徳を追究する哲学。 ルー・ザロメ〈るー・ざろめ〉・、掲 ワークナー〈わーぐな↓・秬 欲望〈よくほう〉・ P138 、、、 Lou A. Salomé desi 「 e 、、 Trieb, Ve 「 langen 、、 W. R.Wagne 「 足りないこと、ものを満たそうとして「ほしい」「し ニーチェが一目惚れをし、失恋した女性。弟子とし ( 1813 5 18 8 3 ) ドイツの作曲家、音楽家。 たい」と思う感情。欲望を満たすための行動はキリスての彼女の才能をニーチェは手放しでほめている。 音楽、劇、文学を融合する総合芸術を作り上げるこ ト教では悪とされるが、ニーチェにとっては欲望こそ自 後に、彼女との交流は、妹エリーザベトら家族とのとを目指し、ヨーロッパ音楽に絶大な影響を与えた。 然な人間の姿なので、肯定されるべきものである。 不和を招くこととなった。 バイロイト祝祭劇場を設立。ニーチェは初めワーグ ナーに心酔するが、やがて権力者におもねる姿に失 望し離れていった。 里目一〈りそう〉↓ ideal 、、 ldeal 現実に対して「あるべき」または「本質的な」姿の 我思う、故に我あり〈われおもう、ゆえにわれあり〉 こと。ヨーロッパ社会では禁欲主義的な生き方が理 4 想とされが、ニーチェはこれを畜群本能から生まれ 一 think he 「 e → 0 「 e 一 am. 、、 CogitO e 「 go sum. ( ラテン ) た一つの考え方とし、世の中の理想に最高の価値を デカルトの有名なフレーズ。この世のすべての存在 置くことの意味を否定した。 を疑ったとしても、考えている自分の存在だけは疑 - んない という意味。デカルトの思索は、哲学的に 自我の存在を基礎づけたとされ、以降の西洋哲学の 底流となった。 や・ら・わ行 ま行 759

5. まんがと図解でわかるニーチェ : 「超人」「ニヒリズム」…ニーチェの思想が2分で理解できる!

11 C) 『道徳の系譜」〈どうとくのけいふ〉↓ the GeneaIogy of MO 「 als 、、 Zu 「 Genealogie de 「 MO 「 al 1887 年発行。副題「論争の書」。『善悪の彼岸』 、背後世界〈はいごせかい〉・ backwo ュ d 、、エ inte 「 welt の補遺として発行された。道徳批判を中心テーマ として、「善悪」の価値観の起源、人の「やましさ」 0 「 / 、、 \ ー。 ~ キリスト教や哲学が前提する「真の世界」を指した ニーチェの言葉。背後世界の存在を前提すると、両 の由来、キリスト教の禁欲主義がもたらしたもの 者とも必ず「現実は理想よりも劣っている」という について語られている 認識から、「人間は理想を目指さなければならない」 という価値観が生まれる。ニーチェはこれを批判し、 奴隸一揆〈どれいい。き〉↓ 背後世界 ( 真の世界 ) は虚構である、とした。背面 the revolt of the slaves 、、、 Sklavenaufstand 世界とも訳される。 ニーチェ哲学で、弱者がルサンチマンから君主道徳 における善悪を逆転し、強者を悪、弱者 ( 自分たち ) を善と位置づけた価値観、道徳観を打ちたてること。 ニヒリ、スム〈にひりずむ〉↓ 9 、 4 、 6 、 6 、 反ユダヤ主義〈はんゆだやしゅぎー P120 1 つ」 11 ( 0 anti-Semitism 、、、 Antisemitismus 特に、キリスト教徒がローマ帝国に対して行った善 nihilism 、、、 Nihilismus ナチズムに代表されるユダヤ人を迫害する思想。 悪の価値観の逆転を指す。 「すべてのものは無価値である」とする考え方。既ニーチェはユダヤ教・キリスト教のルサンチマンを 批判したが、反ユダヤ主義には懐疑的であった。 存の価値体系や権威の意味や根拠をすべて否定し、 奴隸道徳〈どれいどうとくー品、 6 、とする立場。 絶対的に正しいものなど存在しない slave mo 「 ality 、、 SkIavenmo 「 al 強者への怨恨感情 ( ルサンチマン ) によって成立す 『悲劇の誕生』〈ひげきのたんじようー 8 the Bi 「 th of T 「 agedy 、、 die Gebu 「 t de 「 T 「 agÖdie る弱者の道徳。自分たちを打ち負かした強者を「悪」『人間的、あまりに人間的』 〈にんげんてき、あまりににんげんてき〉↓ - 1872 年発行。論壇に対するニーチェの実質的な と見なし、自分たち ( 敗者 ) を善としたうえで、「よ 工 uman, AII T00 工 uman 、、 MenschIiches, AIlzumenschliches 処女作。おけるアポロ的要素をディオニュソス的要 い行い」「悪い行い」についての基準が決められる。 1878 年、 1879 年に、Ⅱと相次いで出版さ素を対置させ、ギリシア悲劇の新しい読み方を提示 ニーチェは、キリスト教道徳がその典型であると主 した。 れたニーチェの著作。形而上学、宗教、芸術、道徳 張した。 などをテーマにした批判的な短い文章 ( アフォリズ 対〕君主道徳 ム ) の連続で展開する。Ⅱは、『さまざまな意見とプ一フトン〈ぶらとん〉・ 8 Plato 、 箴 = 一戸と『漂泊者とその影』の合本。 前 427 年頃 5 前 347 年頃。古代ギリシアの哲学 ・ 0 、 2 者。ソクラテスの弟子で、アリストテレスの師。現 象界とイデア界、感性と理性、肉体と霊魂とを区別 knowledge 、 E 「 kennen し、相反するニつの原理であらゆるものを説明する 「これは何か ? 」を知る意識の働き。また、そうし ナチズム〈なちずむー P120 Nazism 、、 Nazismus て知られた内容のこと。認識のメカニズムを追求す立場 ( ニ元論 ) をとった。物事の本質にはイデアが あるとし、西洋哲学の大きな流れの源となった。 ることは哲学にとって重要なテーマ。ニーチェは 1920 年に誕生したナチス ( ナチ党 ) の政治思想 や支配体制のこと。ヒトラー総統の下、ファシズム個々の認識は遠近法的思考に基づく解釈に過ぎず、 認識の内容はカへの意志に基づく欲望に由来する、 ( 全体主義 ) にもとづく独裁政治を押し進め、アー とした。 リア人種の優越性をうたいユダヤ人を迫害した。 0 な行 は行 158

6. まんがと図解でわかるニーチェ : 「超人」「ニヒリズム」…ニーチェの思想が2分で理解できる!

仮象〈かしようー 客観〈きや 0 かん〉↓ 4 『権力への意志』〈けんりよミのいしー the Will to the Powe 「、、、 die Wille zu 「 Macht appea 「 ance 、、 Schein object 、、 Objekt 真理に対する現実のありようのこと。真理の世界があ主観が観察、認識などを行う対象。主観とは別に存 19 01 年、妹エリーザベトが発行したニーチェの ると仮定して、物事の本質的なあり方を実在 ( 本当の姿 ) 在する自分以外の物事。 遺稿集 ( 年に改訂版が 2 巻で刊行 ) 。「カへの意志」 主観 とすれば、現実は本質的な価値を満たし切れていない に基づく生のありように新しい高貴な人間 ( 超人 ) 仮の姿 ( 仮象 ) となる。 の可能性を見る。ただし、文章自体はニーチェの思 想に基づくが、構成において意図的な編集が介在し キリスト教〈きりすときよう〉↓ 4 6 8 Christianity 、、 Christentum ているため、一貫した書籍としての価値については、 神は死んた〈かみはしんだ〉↓ GOd is dead. 7 Gottist tot. イエスをキリスト ( Ⅱ救世主、メシア ) と信じる宗教。疑問視されている。 『ツアラトウストラ』をはじめ、ニーチェが著作の ユダヤ教を母体として 1 世紀中頃、パレスチナに起 中で盛んにくり返したフレース。キリスト教的価値 こり、厳しい迫害を経て 4 世紀初頭、ローマ帝国の ~ 局具な道徳〈こうきなどうとく〉↓ P104 観や西洋思想の根底にある「神」「善」「天国」「真理」国教となった。ローマ・カトリック教会・東方正教 noble mo 「 ality 、 adlige MoraI 「理想」などの絶対的な価値基準は、もはや存在し会・プロテスタント諸教会などの流派に分かれなが 強者が自らを「よいもの」ととらえたときに生じる という意味が込められている。ニーチェは、 ら、欧米を中心に世界各国に教徒を増やす。仏教、行動の規範。肉欲、支配欲、我欲といった従来の道 イスラム教と並ぶ世界三大宗教の一つ。 真の価値基準は、「神」「天国」「真理」ではなく、 徳では「悪」とされる欲望は、すべて肯定される。 自分が生きている現実の「大地」に置くべきと主張 逆に、従来は得とされてきた同情は弱さとして否定 した。 される。 禁欲主義〈きんよくしゅぎー asceticism 、、 Asketismus 力、ノト〈かんと〉↓ 所有欲、支配欲、性欲などを我慢して生きる生き方。古典文献学〈こてんぶんけんがく〉・ ー、、一 . Ka コ ~ ( 一 7245 一 804 ) キリスト教では理想的な生き方とされたが、ニー philology 、、 PhiIoIogie ドイツの哲学者で近代哲学の祖とされる。理性で認チェはこれを、強者が力を発揮することを望まない 古典的なテキストを社会的、文化的、思想的資料と 弱者の畜群本能に由来する、とした。 識できる限界を批判的に考察する一方、神・自由・ して分析的に読み解く学問。 ニーチェは囲代にギリ 善などの抽象的な価値の根拠を明らかにしようとし シア古典の文献学者として論壇でデビューしてい る。 形而上学〈けいじじようがく〉↓ metaphysics 、、 Metaphysik 現象としては認識できない抽象的な価値 ( 真・善・ 君主道徳〈きぞくどうとく〉↓ 美など ) や超越的な存在 ( 神・魂など ) の価値や根拠、 maste 「 mo 「 ality 、、エ e 「「 enmo 「 al 戸ー・イレ 一三ロ〒て . 在を肯定し、その行動や考え方を「よいもの」とすしようとする学問。 ることで生まれたとする支配者の道徳。同様の意味 「取後の審判〈さいごのしんばん〉・ the Last Judgement 、、 das J 〔 ]ngste Gericht でニーチェは貴族道徳という用語も用いている。主 ~ 云術〈げいじゅっ〉・ art 、、、 Kunst キリスト教の終末論において、神が歴史の最後に人 人道徳とも。 美を追求し、具体化しようとする営み。絵画、彫刻、 間にくだす審判。歴史に生きた人間は全員が裁かれ . 奴隷道徳 建築、音楽、演劇など。ニーチェは特に、情動を動て天国・煉獄・地獄行きが決められる。そのため人 的に表現する時間芸術ともいえる音楽を愛した。 間は、生前は「善い」人生を送らなければならない とされる。 さ行 5

7. まんがと図解でわかるニーチェ : 「超人」「ニヒリズム」…ニーチェの思想が2分で理解できる!

オッカム 「必要もないのに存在の数を増やしてはいけな い」【唯名論】 1285 頃 ~ 1349 物事の因果関係を説明するためには必要以上の前提を仮定す べきではないとして、原理を説明する言葉は最小限にするべ きと唱えた ( 「オッカムのかみそり」 ) 。存在するのは個物のみ と考え、結果的にローマ教皇という普遍的権威をおびやかす 考え方に発展した。 「人は生まれながら自由で、しかもいたるとこ ろで鎖に縛られている」【社会契約説】 1 712 ~ 1778 自然状態から社会状態への移行は、「自然の現象」ではなく、 「人間の意思」によるもので、その意思とは「契約」であり、そ の基礎は「自由・平等」という人間の生存にとって必要不可欠 な究極の価値を前提とするものであるとした。 カント 「ものごとは我々が認識するようにある」 【ドイツ観念論】 1724 ~ 1804 人間の認識は外部にある対象を ( そのまま ) 受け入れるものだ という従来の哲学の常識に対し、人間の理性の限界を規定。 人間は「物自体」を認識することはできず、人間の認識が現象 を構成するのだと説いた。 朝一イギリスとフランスか百年戦争 デカルト 1500 「我思う、故に我あり」【方法的懐疑】 1596 ~ 1650 近代哲学の父と呼ばれる。方法的懐疑を遂行し、目に映るも のに確実なものはないが、そう考える私の存在は疑い得ない と結論した。 朝一アメリカが独立宣言 近代哲学 東ローマ帝国が減びる。宗教改革 キリスト教世界の体化 ; 人文主義の発展 ヘーゲル 1800 「理性的なものは現実的であり、現実的なもの は理性的である」【弁証法】 1770 ~ 1831 近代最大の哲学者。自然、歴史、精神など世界の物事は、対 立するものが発展的に融合することで ( = 弁証法的に ) つねに 運動・変化していると考えた。また、人間は自由であろうと する本性を持ち、市民社会は自由の相互承認という形で作ら れているなど、社会思想を体系的に洞察した。 マルクス 「あらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史である」 【共産主義】 1818 ~ 1883 ヘーゲルの弁証法を発展させ、歴史とは物質的なものの弁証 法的な発展であると考えて ( 唯物論的弁証論 ) 、世界の改革を 主張。個人の物質的生活の生産スタイルが社会経済を形成し、 社会的、政治的、精神的生活の意識を規定すると考察した。 ショーベン′、ウアー 「人生は苦しみと退屈の間を絶え間なく揺れ動 いているようなものた」【厭世主義】 1788 ~ 1860 世界とは自我の表れであり、人間は絶えず満たされない欲望 を抱き続けるため人生は苦しいのだ、と説いた。 ーチェが 大きく影響を受けた哲学者。 「知はカなり」 1561 -1626 実験と観察に基づいた客観的な認識 ( = 経験に基づく認識 ) こ そが重要であると主張。近代自然科学とイギリス経験論の先 駆者。 ロック 「すべての知識は経験に基づいており、究極的 にはそこに起源がある」【イギリス経験論】 1632 ~ 1704 人間は元々。白紙、、状態の存在であり、人間の持つ観念は経験 を通じて獲得されたものだと考えた。すべての知識は人間に よって作られたものとして、神による宿命や観念を否定した。 ヒューム 1700 「自我とは知覚 ( 観念 ) の束にすぎない」 171 1 ~ 1776 経験論を徹底し、外的事象も、同一にとどまる自我も、因果 律も、すべては実在とは認められず、人の主観によって作ら れる観念であり信念にすぎない、と述べた。 スビノザ 「一切は神という実体のうちにある」【汎神論】 1632 ~ 1677 それ以上探求することができない究極的な原因 ( 自らが存在 の根拠となっているもの。自己原因 ) が実体・神・自然に等し いと述べる。伝統的であった自由意志の概念を退ける徹底し た決定論を唱えた。 ライプニツツ 「モナドは窓をもたない」【モナド論】 1646 ~ 1716 この宇宙はすべて、それ以上分けられない極小の、自発的運 動ができる実体 ( モナド ) 、もしくはその集合体から成り立っ ていると考えた。微積分法を確立したことでも知られる。 イギリスの発展 ニュートンが万有引力の法則を発見 アヘン戦争 ダイナマイトの発明 キルケゴール 「絶望は死にいたる病」【実存哲学】 1 813 ~ 1855 絶望とは死に至るまでつきまとう免れ得ない病であり、神によ る救済だけが信じられる、と思考した。人間には他の要素に 還元できない本質があり、真理や価値の基準は人間自らにあ るとし、人間が主体的に世界と関わる「生の哲学」を唱えた。 ーチェ 「神は死んた」【超人思想】 1844 ~ 1900 「真理」の存在は。信仰。であるとして従 来の哲学を批判。また、善悪の起源を キリスト教思想に帰して批判した。哲 学は、人間がいまを生きるべき生の本 質であるとし、人間は無意味な人生の 中でニヒリズムを乗り越えるために 自らの意志で人間同士を高め合う「超 人」であるべきと説いた。 1900 7 ・・・その時代の前後に起こった重要な歴史的事項です。

8. まんがと図解でわかるニーチェ : 「超人」「ニヒリズム」…ニーチェの思想が2分で理解できる!

00 ー m れ 2 年表でみる西洋哲学占代 ~ 現代まで 哲学の系譜を振り返ってみよう 「世界とは何か」「人間とはどう生きるべきか」 ーチェを含めた数々の哲学者が、この問いをくり返し、 歴史を塗り替えてきた ップで古代ギリシアから現代に 0 C C 、 至るまでの哲学思想の流れを簡単に紹介しておこう。 プラトン 「イデアは原型として自然の内にあり、他のも のはイデアに似た像である」【イデア説】 B ℃ .427 頃 ~ B ℃ .347 頃 古代ギリシア最大の哲学者といわれる。すべての事象は、存 在の本体 ( イデア ) を持っているとし、原理論を統合する考え 方となった。 B. c. アリストテレス 400 ド存在するものとはなにか◆という問いは、実 体とは何かという問いである」【形而上学】 B ℃ .384 ~ B ℃ .322 プラトンの弟子。ギリシア哲学を体系的に研究し、原理を形 相・質料・始動因・目的因の 4 つの概念 ( 四因 ) として整理した。 哲学はイデア ( 理想 ) ではなく、現実の存在 ( 実体 ) の意味や根 拠を扱うべきであるとして、形而上学の必要性を唱えた。 工ビクロス B ℃ . 300 「快楽はこのうえなき幸福な人生の始めであり 終わりである」【快楽主義】 B ℃ .341 頃 ~ B ℃ 270 頃 魂や宗教に思いを馳せるのでなく、現実的な人の幸せを追求。 。快楽、、 ( 平安 ) こそが人を動かす動機であり、善であり、人生 の目標であると考えた。 を 紀元前 600 年以前は、おもに神話や 伝説によって「世界」が説明されてい た。哲学の始まりによって 世界を概念で説明しようとする 動きが起こる。 600 タレス 「万物の源は水である」 B ℃ .624 頃 ~ B ℃ .546 頃 初めて合理的思考で世界と向き合った人物として、哲学の祖 ともいわれる。西洋哲学は諸文化が交流するギリシアで始ま った。タレスは、森羅万象は水が起源となっていると説いた。 B. c. ヘラクレイトス 500 「同じ川にニ度と踏み入ることはできない」 【万物流転】 B ℃ .540 頃 ~ B ℃ .480 頃 一切は絶え間なく変化し続けるという万物流転説を唱えた。 ビタゴラス 「万物の原理は数である」 B ℃ .570 頃 ~ B ℃ .470 頃 「ピタゴラスの定理」で知られる哲学者・数学者・宗教家。すべ てのものは数えられ、秩序と調和を持っていると考えた。 バルメニデス 「あるものはあり、あらぬものはあらぬ」 B ℃ .515 頃 ~ B ℃ .445 頃 「存在」とは何かを初めて問い、無は存在しないと思考した。 ゼノン 「アキレスは決して亀を追い抜けない」 B ℃、 500 頃 ~ B ℃ .430 頃 パルメニデスの弟子。師の遺志を継ぎ、時空間が無限分割で きることを論理的に証明した。 デモクリトス 「甘さ、辛さ、温かさ、色、真実にはアトムと空虚」 【原子論】 B ℃ .460 頃 ~ B ℃ .370 頃 すべての現象は原子 ( アトム ) と原子が必要とする空間 ( 空虚 ) とで説明できると唱えた。 ソクラテス 「私は実際に知らず、知っているとも思ってい ないたけ、彼よりもほんの少しばかり知恵があ る」【無知の知】 B ℃ .470 頃 ~ B ℃ .399 哲学は、世界の存在原理だけでなく、人間の生き方の原理を 考えるべきと説いた。識者との問答法を通して真の認識への 自覚をうながした。 ギリシア哲学 ヘレニズム文化 混乱と不安の時代へ アウグステイヌス A. D. 300 「我々は信仰への入り口として、哲学を役立て るのがよい」【キリスト教神学】 354 ~ 430 初期キリスト教の神学者。キリスト教と新プラトン主義を調 和させ、人は自由な意志と欲望を持っ存在から出発すべきと 信じた。受肉、三位一体、原罪などの重要な神学を哲学的に 考察した。 1200 中世哲学 ー ( キリスト教支配を軸に哲学が展開された ) ローマ帝国時代 トマス・アクイナス 「人間は救済を得るために、人間理性を超えた 事柄が神の啓示によって知らされることが必要 であった」【神の知】 1225 頃 ~ 1274 キリスト教とアリストテレス哲学を融合させ、中世キリスト 教会の中心的な教義体系を作る。理性を起えた神からの啓示 の正当性を主張することで、人間には神を知ることが可能で あると論じた。 朝 , ギリシア哲学の最盛期 ※「」の言葉は哲学者の思想を象徴するフレーズ、【】はその哲学者の立場や思想の特徴を表す用語です。 ※哲学者の並び順は、流れがわかりやすいように一部整理してあります。