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検索対象: 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替
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1. 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替

遠山美都男「古代王権と大化改新ー律令制国家成立前史』雄山閣出版、一九九九年 同 「卑弥呼の正体」洋泉社、一九九九年 鳥越憲三郎「神々と天皇の間」朝日新聞社、一九七〇年 直木孝次郎「古代史の窓」学生社、一九八二年 「日本古代の氏族と天皇」塙書房、一九六四年 西嶋定生 「日本歴史の国際環境』東京大学出版会、一九八五年 「邪馬台国と倭国」吉川弘文館、一九九四年 原島礼二ほか「巨大古墳と倭の五王」青木書店、一九八一年 平野邦雄 「大化前代政治過程の研究」吉川弘文館、一九八五年 前田晴人 「日本古代の道と衢』吉川弘文館、一九九六年 同 「神功皇后伝説の誕生』大和書房、一九九八年 前之園亮一 「古代王朝交替説批判」吉川弘文館、一九八六年 松丸道雄ほか「世界歴史大系中国史 2 三国ー唐」山川出版社、一九九六年 黛弘道 「律令国家成立史の研究』吉川弘文館、一九八二年 水谷千秋 「継体天皇と古代の王権』和泉書院、一九九九年 水野祐 「日本古代王朝史論序説』小宮山書店、一九五二年 宮崎市定 「隋の煬帝』中央公論新社、一九八七年 森博達 「日本書紀の謎を解くー述作者は誰か』中央公論新社、一九九九年 献 文山尾幸久 「日本古代王権形成史論』岩波書店、一九八三年 『古代史と日本書紀ー津田史学をこえて』ニ = ートンプレス、一九九九年 参山田宗睦 吉井巌 「ヤマトタケル」学生社、一九七七年 一口 一口 249

2. 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替

そのため『日本書紀』は、七世紀半ばに、従来のクニが分割・統合されてコオリ ( 評 ) という 新制度が施行されたという一大地方行政改革 ( いわゆる大化改新の一環である ) について、一言も 触れようとはしなかった。これは、徹底したというべきか、まったく硬直した歴史認識といわざ るをえない。 あくまでも現行の地方行政制度が成務朝にまでさかの・ほり、日本における郡県制の歴史が中国 と同じくらい古く長いことを主張するためには、歴史の偽造や改竄などは朝飯前なのである。だ が、かれらは歴史の偽造・改竄を行なったという意識すら希薄であったに相違ない。 物 の 生 誕 仲哀天皇・神功皇后 5 皇后、海をわたる の そ 夫は英雄の遺児、妻は巫女 : 皇 卩立した。 国・タラシナカッヒコ ( 足仲彦 ) か日イ 令・彼はヤマトタケルの第ニ子てあった。オオタラシヒコオシロワケノ天皇には孫、ワカタラ・ ・シヒコノ天皇には甥にあたる ・ワカタラシヒコノ天皇こ夋司ヾ、、 : 彳局力、なかったために、その皇太子に立てられ、そして天皇に かいざん 103

3. 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替

終章再び、万世ー系と王朝交替と 最近の研究では、『日本書紀』の実際の書き手が渡来・帰化した中国人であったことが解明さ れつつある ( 森博達氏、前掲書 ) 。「日本書紀』が何世紀にもわたる中国からの文化・思想の摂 取・継受をベースにして、当時の大唐帝国に向けて発信された歴史書であったということは、今 後、「日本書紀』自体を研究する場合でも、また、『日本書紀』を使って歴史の研究を行なう場合 でも、押さえておかねばならない基本的な視点と結論して間違いないであろう。 243

4. 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替

たる歴史があるのならば、わが国にだって同様の長い長い歴史があるのだという、実に単純素朴 な政治的主張であった。『日本書紀』は、日本という作られて間もない国号を書名に冠したこと叫 からも明らかなように、中国を、大唐帝国を強烈に意識し、それに対して発信しようとする内容 を備えていたのである。 だが、中国と同様に日本にも王朝の交替があったといいながら、他方で、日本という国家を統 治する天皇が天神Ⅱアマテラスの血脈の相承者であったとすることは、明らかに矛盾している。 しかし、日本の支配者集団がこの矛盾を矛盾として認識しなかった ( できなかった ) のは、中国 において王朝交替を支える論理であった天の思想を、かれらがそれこそ換骨奪胎して導入し、ア マテラスの血脈による万世一系という論理を生み出した経緯を見れば、納得ができる。 すなわち、中国における天 ( 天帝 ) とは、世界を支配する皇帝 ( 天子 ) を選択・任命する絶対 的・超越的な存在であって、中国の歴史において王朝交替を支える理論的な根拠となったのが天 という思想であった。それに対して日本は、中国の天の思想を導入・摂取したものの、そのさい たかまがはら それに大幅なアレンジを加え、天とは高天原のことであり、それは神々が住まう天上の世界であ るとした。そして、その高天原の最高神であるアマテラスの血脈を継承するがゆえに天皇は尊く 日本列島を統治する資格をもつのであり、この血脈を相承する者のみが天皇として推戴されうる という論理を創り出したのであった。

5. 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替

神であるアマテラスオオミカミ ( 天照大神 ) の子孫によって連綿と継承されていったと述べてい た。しかし、その一方で、万世一系という構想とはおよそ正反対の王朝交替という構想を容認し ていたのである。 以上のように考えることができれば、序章で見たような、戦後になって提唱された実にさまざ まな王朝交替説というのは、 いってみれば、『日本書紀』にもともと内蔵されていた王朝交替の 構想とそのなかの個々の王朝を歴史上実在した王朝として認定していったにすぎないことになる。 王朝の本質に王位の血縁による世襲ということがみとめられるとするならば、そのような意味で の王朝が日本で本格的に成立を見たのは、どのように早く考えても六世紀以後と考えられよう。 それなのに、王朝交替説は六世紀以前に王朝の存在とその交替を大胆に想定したものだから、結 果的に、王朝交替説を唱えることによって批判し相対化しようとした万世一系の構想と、基本的 な部分で認識を共有することになってしまったのである。その結果、万世一系という考えを根本 的に批判し、乗り越えるつもりが、六世紀以前において万世一系のミ = チ = ア版ともいうべき王 朝の存在をいくつもいくつも発見・確認する、という誤りを犯してしまったといえよう。 天皇、および日本の誕生 それでは、『日本書紀』という歴史書は、どうして倭国の実際の歴史過程を正確に叙述しよう 236

6. 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替

全国平定の使命をうけた将軍たちは、天皇の皇居から東西南北の四方に向かって伸びている道 ごとに任命・派遣されたことになっている。これに関しては、若干説明が必要である。 古代には、四方国 ( ョモノクニ ) という概念があった。それは、天皇の直接の基盤である畿内 ( ウチックニ ) に対する用語で、天皇の住居 ( 皇居 ) を中心 ( 起点 ) にして東西南北に向かって道 が伸びているという認識を前提に、それそれの道の果てにある国々を指して、このようによんで いるのである。東西南北の道の果てにあるという数多くの国々は、決して明確な領域をもつもの ではありえず、いわば観念上の国々であるといっていい。 そのような道ごとに将軍を任命し、軍事力を背景に天皇の支配を浸透させようというのである が、これは、天皇の支配の拠点である大和を中心にして、いわば同心円的に、波状的に、天皇の 支配が拡大・発展していくという認識をあらわしているわけであって、これが歴史的事実を正確 に表現しているとま、 。しいがたいであろう。なぜならば、『日本書紀』が描き出そうとする天皇中 心の国家形成の道筋は、あまりに単純かっ単線的だからである。実際の国家建設の道程はもっと 複雑で、紆余曲折に満ちたものであったに相違ない。 神武天皇から開化天皇までの九代の間の成果と達成をうけて、こんどは崇神天皇が日本列島の 軍事的な平定に着手したというのは、天皇を中心とした国家形成はこのように進展したに違いあ るまい、という古代の支配者集団の歴史認識の所産であって、それがストレートに歴史的な事実

7. 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替

複数の血縁集団のあいだを移動していた段階なのである。特定の一族から倭国王が選出されたと しても、わずか数代なのであるから、これではとても世襲とはいえない。ともかく、血統による 世襲という観念が未成立であった以上、そこに王朝の概念を適用することは不可能なのである。 本書の課題ーーニつの物語Ⅱ世界の発掘 以上見てきたように、大日本帝国憲法を作った明治国家は、『日本書紀』をもとにして天皇家 の万世一系を主張したが、他方、戦後の王朝交替説は、同じ『日本書紀』を用い、それに徹底的 な批判的検討を加えることを通じて、万世一系とは異なる王朝交替の歴史を描き出してきた。古 代天皇の歴史に関して、万世一系とする説と、王朝の交替があったと考える説は、いずれも『日 本書紀』をもとにしながら、まったく正反対の結論を導き出してきたといえるであろう。 それでは、そもそも日本書紀は、本当に世一系の天白のなるものを描きう 企 てていたのであろうか。われわれは、それを問題にせざるをえない。『日本書紀』の記述をその まま素直に読めば、そこに万世一系の皇位継承の歴史が描かれているとみ・引れるがど・いえば、 かならずしもそうとはいえないと思われる。 な・せならば、『日本書紀』の叙述、とくに六世紀初頭の継体天皇以前の部分を子細に読むなら ば、そこに天皇を中軸としながらもそれそれに主題を異にする二つの物語、あるいは二つの世界

8. 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替

な歴史認識をもっていたのかということである。それは、『日本書紀』が『古事記』とは多少異 なり、七二〇年に当時の国家権力の手で成立して以後、一貫して支配者集団の内部で受容され、 尊重されてきた長い歴史があるためにほかならない。 たしかに万世一系 ? 明治国家が定めた大日本帝国憲法の第一条には、有名なつぎの一文がある。すなわち、「大日 本帝国 ( 万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」である。そして、第三条には「天皇ハ神聖ニシテ侵スへカ ラスーとあった。 天皇は神の子孫であり、それゆえにこの国を統治する資格を有するのであって、何代にもわた って同一の一族から天皇が選出されるという、 世界に類を見ない皇位の継承を実現できたのも、 この神聖性に由来するというわけである。このような政治思想に歴史的な根拠を提供していたの が、『日本書紀』に見える神話であり、それに続く歴代天皇の物語にほかならなかった。『憲法義 解』 ( 明治憲法の解説書 ) を書いた伊藤博文も、『日本書紀』の文章を随所に引用している。 あまてらすおおみかみ この『日本書紀』によるならば、初代天皇である神武は、天照大神の孫で、天照大神の命令に たかまがはら あまつひこほのににぎのみこと より高天原から降臨した天津彦火瓊瓊杵尊 ( 天孫 ) の子孫とされており、以後長きにわたって、 天皇はこの天津彦火瓊瓊杵尊の子孫から選出され続けたことになっている。万世一系 ( 数え切れ

9. 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替

皇 9 7 8 4 1 2 1 0 1 5 6 8 6 生 山 美 都 男 著 天皇誕生 中公新書 1568 ん帰化人 上田正昭著 岡田英弘著 は倭国 氈大化改新 遠山美都男著 土橋寛著 書一持統天皇と藤原不比等 遠山美都男著 新睚壬申の乱 公蹴古地図から見た古代日本金田章裕著 森博達著 日本書紀の謎を解く 神武以来、連綿と続く万世一系の皇統の歴史を綴った書 物として尊重されてきた「日本書紀」。戦後はそれに徹底 生的な批判が加えられ、王朝交替という、万世一系とは対立 誕する古代史が提唱されるに至った。本書は「日本書紀」 皇の神武天皇から武烈天皇までの物語を精細に読み解き、 天その叙述を貫く主題・構想や歴史認識を鮮やかにあぶり 出す。律令制国家として新生した日本が描こうとした天 皇と国家の歴史とはいかなるものか。 川ⅢⅢ川 旧Ⅱ川ⅧⅧⅧ旧ⅡⅢ 1 9 2 1 2 2 1 0 0 7 4 0 5 遠山美都男著 天皇誕生 日本書紀が描いた王朝交替 I S B N 4 ー 1 2 ー 1 0 1 5 6 8 ー 1 C 1 2 2 1 \ 7 4 0 E 定価ー 中公新書 中公新書 1568 中ぬ鯱書 1568

10. 天皇誕生 : 日本書紀が描いた王朝交替

「実在のたしかな最初の天皇はだれ ? 「古代天皇の実在はどのあたりから確実なのでしよう ? 」 最近こそ減ってきましたが、このような質問をうけたことはこれまでに数えきれないほどあり ました。それは、日本古代史を専門に勉強している者に対して、多くの人が是非とも尋ねたい ( 問いただしたい ? ) と思っている疑問なのでしよう。一般の古代史への関心がどこにあるかがは つきりわかります。 このような問いかけに対し、研究者は決して沈黙を守ってきたわけではありませんが、どちら かといえば、禁欲的に寡黙を通してきた感があることは否めないでしよう。それは、『古事記』 『日本書紀』に見える神話をふくめた古い時代の天皇に関する叙述を歴史学の立場からどのよう に理解・評価するかについて、研究者個々人がふみ込んだ追究を避けてきたためではないか、と 思われてなりません。かくいう私も、こと『日本書紀』に関しては、継体天皇以降ならば歴史学 あとがき 244