るのです。 私たちの生活の中にはまたまだ毛筆が生きており、とりたてて珍しいものではありま せんが、冒頭で述べたように、筆は世界的に見てきわめて特殊な形態と性能をもった筆 記用具であり、特異な文化なのです。大正時代になって、国家の先進化を急ぐ日本では、 ペン優先の毛筆廃止論が、高々と掲げられた時期がありました。第二次大戦後の占領下 でも、再び毛筆廃止の指導方向が強く働いて、日本から毛筆が消え去る可能性はいくら もありました。今、私たちが毛筆文化を享受し、楽しみ、その価値観を再認識できるの は、先達の命をなげうった努力によって守り抜かれたおかげであることを忘れるわけに はいきません。私たちが筆を執ることは、それだけですでに大きな歴史的意義を反映し ているのです。 2 毛筆で書すること 書と心 ( 脳 ) の働き せんだっ
毛筆 筆は柔らかな動物の毛を束ねた筆記用具で、世界的に見てもきわめて特殊な文化です。 筆記用具は硬筆と毛筆に分けるのが普通の考えかたですが、硬筆は「硬い、筆記用具の 意味ですから、これには「毛、という一一 = ロ葉では対応できていません。つまり、「硬に は「軟」が対をなす言葉であって、本来は軟筆というべきなのでしよう。ところが硬筆 というと、万年筆、つけペン、ポールペン、鉛筆、フェルトペンなど実に多彩であるの に比べ ( かっては謄写版という印刷技術で、ガリ版を下敷きにして原紙を切る鉄筆とい うものもありました ) 、軟筆は筆ペンを含めれば毛筆だけです。そこで軟筆とはいわず、 具体的にはっきりと毛筆ということが日常的になったものと思われます ( 近年は中国で ほ - っキ、 ~ い は、高齢者が公園などのたたきに水書きするためのスポンジで作った箒大の筆がありま すが、これは毛筆の代用をする例外中の例外 ) 。 筆は特殊な筆記用具
第十一則懐を」広くとるーー字形の雄大さは懐の広さから生まれる ふところ 長峰羊 ( 山羊 ) 毛筆 馬毛筆
毛筆と線 本書の冒頭で述べたとおり、筆は柔らかな動物の毛を束ねた世界的にも稀な筆記用具 で、書の表現はその特殊性の上に成り立つものです。中国には、一本一本の毛は弱いが それを束ねることによって支えあい、筆毛の強い働きが生まれるとの考えかたがありま す ( 楊守敬・巌谷一六筆談 ) 。もし一本一本の毛の弾力が強ければ、筆毛が張りすぎて 柔軟な運筆はできないでしよう。 書の運筆が残すものは、あくまでも線であるということも述べました。その線質は強 ばくとっ い線、厳しい線、柔らかな線、温かな線、重厚な線、軽快な線、朴訥な線、変化する線、 しとま 淡々とした線、執拗な線と枚挙に遑がないのは先に述べたとおりですが、それをかいっ まんで言うならば、生きた線、表青を持っ線ということになるのでしよう。 パネのカ ではその生きた線、表情をもっ線はどうしたら引けるか、また表現できるかです。そ こで重要になるのが、毛筆独特に備えられた性能、即ち毛筆のパネの力を発揮させるこ とです。パネの働いた線はすっきりとして明るく、躍動感があります。たとえにじんで 116
目次 序章毛筆と脳、運筆と個性・作風 筆は特殊な筆記用具・ 2 毛筆で書すること・ 動いた結果が形であること・ 第一則振り子に動かすーーー横画・縦画を軽やかに運ふ・ 筆のコンディションと手人れ 2 筆の持ちかた・構えかた・ 振り子で線を引く・ 4 横画・縦画を振り子で引く・ 第二則旋回を大きく続けるーーー行書・草書の動きは円運動の連動が基本 1 行書から始めよう 2 横への旋回運動・ 60 54 49 46 88 82
第ニ則旋回を大きく続ける 馬毛筆
序章毛筆と脳、運筆と個性・作風 羊 ( 山羊 ) 毛大筆
第一則振り子に動かすー・・、、横画・縦画を軽やかに運ぶ 長蜂羊 ( 山羊 ) 毛筆
, ・第第碑を碑 図 0 ー 8 宇治橋断碑 29 序章毛筆と脳、運筆と個性・作風
第五則紙離れをすはやくーー線質には紙離れの跡によ。て 促される錯覚あり 羊 ( 山羊 ) 毛筆 ( 中国筆 )