第 1 部 NPO が強くなるために 2 目的地はどこにある ? どう進む ? 「何をしているの ? 」「どう社会の役に立っているの ? 」という問いに説得力をもっ て答えるのは、案外むすかしいものです。 事業を旅に例えて考えてみましよう。あなたは仲間といっしょに地図を見ています。 さて、どこに行きたいのか。陸地か海か、北か南か、街か森か、地図上には無数の 場所が存在します。望ましい社会はどこに ? 今いる地点で満足ならそもそも旅には 出ませんが、多くの NPO はめざす社会の姿があって生まれたもの。 NPO の旅は目 的地が含まれている旅です。ただ、行き先が漠然としていたり、人によって解釈が 違ったりするのはめすらしいことではありません。目的地がはっきりしなければ、出 発さえもむずかしい。仲間と確認しながら、誰にでも伝わることばにしていく作業が 必要です。 さて、ともかくも目的地が明確になったとします。次に考えるのは、どの道をどう 進めばたどり着くかいうこと。「なんとなく南へ」「バスが来たので乗ってみよう」で は、迷走しそうです勘が当たることもありますが、目的地へつづく正しい道を進ん で 0 、ると 0 、う実感カ : なければ、あなたも仲間もだんだん疲れてきてしま 0 、ます。時 に目的地から遠ざかってしまったことに気づかないこともあるかもれません。 普通、旅の資金は多くはありません。仲間で助け合うとともに、旅の途中で出会 う人々の応援を期待しての旅です。「なんだか頑張っているようだから」と、何も聞 かずに親切にしてくれる人もいるかもしれません。でも普通は、応援を求めるのにも 旅仲間になってもらうにも、説明がなければ「この人たちは何のためにどこへ ? 」と 疑問や不安が浮かんでくるのが自然です。 「この目的地をこういう理由でめざしている。あそこから出発して、こまできた。 これからこの道を進む予定です」 こう言えるようになるのは、単に社会に応援してもらうためだけではありません。 NPO 自身が、的を射た事業改善ができるようになり、組織の土台をしつかりと整え るにも大変有効なのです。 7
ツを朝事業運営の羅針盤としての評価 本プックレットの第 1 部で、評価は事業を進めるときの「羅針盤」である、という 例え話をしたかと思います。目的地の選択は正しいだろうか。そこに行くにはこの道 がベストだろうか。そして、順調に目的地に近づいているのか、それとも計画の修 正が必要なのか、もしかしたら目的地自体を変更した方がいいのか。評価はこうし た問いを考える際の指針となる、という意味で評価を事業運営の「羅針盤」に例え こでは、まさに評価を事業運営の羅針盤とした団体の事例を紹介します。 ました。 団体 A は、家庭の経済格差による子どもの教育格差の解消を目的とした団体で す。現在日本でも大きな問題になっている「子どもの貧困」の背景には、親の経済 的格差が子どもの教育格差につながることによる、「貧困の世代間連鎖」があると 言われています。団体 A はこの「貧困の世代間連鎖」を断ち切るため、経済的な理 由で十分な学習機会を得られない子どもに対して、学校外での学習の機会を提供 する学習塾事業を実施しています。団体 A は学習塾における学習支援だけでなく、 スタッフが電話や面談で子どもの学習相談や進路相談にのる相談活動も行ってい ます。 団体 A は、事業を開始してから数年経った年に第三者による外部評価を実施し ました。「目的地に向けて本当に自分たちは正しい道を進んでいるのか」、それが団 体 A の代表が知りたいことでした。評価は外部の第三者に委託しました。事業の 改善だけでなく、支援者への説明責任を果たすことも目的としていたため、客観的 な評価が必要だと考えたためです。 外部評価の結果は意外なものでした。 「学習塾事業によって子どもの学力が向上した、という一貫した強い証拠は見ら れなかった」 一歩立ち止まり、進む道の方向を改めて考えさせる結果でした。 この評価結果に直面し、団体 A はどうしたのでしようか。団体 A はこの結果に真 摯に向き合い、事業改善に取り組みます。 54
C 0 ー u m n 「課題解決力」は、課題認識、目的、計画の遂行とリーダーシップ、根拠に基 づく成果の説明 ( 評価 ) 、広報など 7 つの基準から構成されています。これに沿っ て分析を進めてゆくと次の点が明らかになりました。課題認識の基準では、自ら が取り組む社会課題を記すことが求められているのですが、曖昧模楜としてうまく 記せていないケースが少なくなかったのです。そして、それが目的と計画、さらに は評価にまで影響を及ほしていました。考えてみれば、当然のことかもしれません。 なぜならば、多くの NPO が目的として目指しているのは、自ら取り組む社会課題 の解決です。したがって、課題を明確に把握できなければ、それが解決された状態 をうまく描けず、目的や計画も曖昧になってしまうからです。そして、目的や計画 が曖昧であれば成果も生まれ難くなります。 評価の前に行うべきこと 前述のように、評価を行っていると PDCA の P の問題が浮上してくることがあ こで明らかになったのは、さらにその奥に問題があるとい るのですが、どうも、 う点でした。つまり、目的と計画を定める以前の、自らが取り組む社会課題を適切 に把握しているのかという問題です。 昨年の「エクセレント NPO 」大賞表彰式に出席した、ある企業人が「社会のた めに自らの人生を捧げる人々をみて、非常に感激しました。でも、掲げている社会 課題はすごく大きいのに、実際に行っている活動は小さいので、大きな目的との間 に距離があるようにみえました」と感想を述べていたことが印象に残りました。先 の課題認識に関する問題を適切に言い当てていたからです。 NPO にとって、ます、必要なのは、限られた人員・資金の中で、解決すべき直 近の課題を具体的に再定義し、目的や計画と照らし合わせてみることではないで しようか。その上で、より大きな社会課題に到達するためのロードマップを描いて みることで、自らの位置づけがはっきりするでしよう。 評価を行う前に、まず、自ら取り組む課題と目的と計画をしつかりと見直す必要 があるのではないでしようか。 62
3 評価は事業に何をもたらすのか 評価は、いわばよく練られた考え方とそれを現実に照らし合わせる手法の枠組み です。 旅慣れた人でも、初めての土地で慣れない装備で進むとき、最初から最後まで 万事順調ということはなかなかありません。いっしょに進む仲間の経験もさまざま で、信頼関係をつくるのもこれから、という場合はなお更です。まして、旅の途中が 予想外のできごとに溢れているのは、みなさんもよくご存じのはず。 目的地の選択は、正しいだろうか。そこに行くには、この道がベストだろうか。目 的地に着くことで、何がどう変わるのだろうか。この距離を進むのに、どれだけの 装備が必要だろうか。評価の考え方と実践の枠組みは、望ましい社会に近づこうと するあなたの最初の歩みを力強くします。そして、順調に目的地に近づいているの か、それとも計画の修正が必要なのか、もしかしたら目的地自体を変更した方がい いのか。途中で振り返る時の羅針盤の役割にもなります。 評価は事後にするものと思われがちですが、旅を終えたある日、専門家がやって きて「あなた方の旅はすばらしかった ( または全然だめ ) 」と伝えるセレモニーでは ありません。評価はむしろ、旅を始める前の実用的な計画に大きな力を発揮します。 視点を変えていうと、計画段階にこの考え方の枠組みが入っていればこそ、事後に 何を達成したのかを測ることができるのです。 そしてもうひとつ。仲間といっしょに旅の計画と振り返りを繰り返していくうちに、 自分たちの強み、足りないものをだんだんと理解できるようになります。例えば、地 図を読む力は抜群でチームワークもよいけれど、荷物が重すぎてなかなか進めな い。さて、では何をしよう ? チームを強くするのは、課題が何かをきちんと知り、手立 てを講じる力です。なんとなく進んでみたけど、なんだかうまくいかない。課題がど こにあるのかよく分からない。これではどうもお手上げです。評価の過程は、組織 の土台を強くしていく過程でもあるのです。 8
C 0 ー u m n 平価の前に行うべきこと 独立行政法人大学改革支援・学位授与機構教授 / 「エクセレント NPO 」をめざそう市民会議田中リ尓 4 ミ 一三ロ 評価への関心の高まり 評価への関心が高まっていますが、同じくらい頻繁に言われるのが「 PDCA 」です。 これは、 P = 計画、 D = 実行、 C = モニタリングや評価、 A = アクションを示すもの で、計画を実行し、評価を行い、評価結果から得られた教訓を次の計画に反映す ることを意味します。また、 PDCA を継続的に行うことで、より高いレベルへと前 進してゆくことが期待されます。評価は、それを行った時点で終了というわけでは なく、評価結果をどう生かすのかという点が、より大事になりますから、 PDCA は 評価の次のステージを指し示すものと言えるでしよう。 そして、事後評価を行ってみると、よく明らかになるのが、 p の部分、すなわち 目的や計画が曖味で、この事業が何を目指していたのかが判然としないことです。 一般に評価は、目的と照らして、どこまで進捗したのか、あるいはどこまで目的を 達成したのかを調査し、明らかにすることですから、目的が不明暸だと何を調査 したらよいのかも明らかにならないのです。米国の評価専門家が「この世で評価 できないものがある。それは目的がないものだ」という名言を残していますが、 の問題を端的に表しています。 「エクセレント NPO 」自己評価書分析から浮上した問題 では、なぜ、目的や計画が曖味になってしまうのでしようか。その疑問にひとっ の答えを提示してくれたのが「エクセレント NPO 」大賞への応募書類の分析でし た。同賞は、毎日新聞と「エクセレント NPO 」をめざそう市民会議が共催するも ので、「市民性」「課題解決力」「組織力」の 3 領域、 15 の基準に基づいて自己 評価を行い、それを応募書類として送付して頂いています。 2016 年度の応募書類 を 1000 余のデータにして分析を行いましたが、課題解決力に問題があることがわ かってきました。
図 1 ロジックモデル 事業実施によって期待される社会的課題が解 決された状態。上位目的と呼ばれることもある。 アウトブット 中間アウトカム 最終アウトカム 活動の結果。通常複数ある。中間アウトカムを のような手段が効果的かを考えていく。 目的と呼ばれることもある。その達成に向けてど ビス利用者、組織等 ) の良い変化。事業目的、作戦 最終アウトカムに貢献する事業対象者 ( 市民、サー をあらわす。 誰のどんなニーズの充足を目的としているのか 活動 投入 達成するための手段。 アウトブットごとの具体的な活動 活動を行うための資源 ( 金、人材、資機材、情報など ) 事業を実施する ことによってもた らされる効果 効果をもたらす ための手段 = 事業 図 2 ロジックモデルの事例 : 生活困窮世帯の子ども ( 中学生 ) への学習支援 最終アウトカム 中間アウトカム アウトブット 進学もしくは希望する職に就くことができる どもが、人とのつながりの中て自分で課題解決に立ち向 かうことができるようになる ( 自立心 ) 自ら学習に取り組むやる気 を促進する支援が行われる ・習熟度や希望に合わせた 学習支援を行う ・勤労観や職業観を育成す る支援を行う ・ほか 地域の人々との関係づくり が促進される ・地域の協力団体との連携 を強化する ・子どもたちが食事の準備 や一緒に後片付けを行う ( 協働の場の経験 ) ・地域の交流会を行う ・ほか 活 投 30 入 予算、人材、実施体制など
1 ワ -4 はじめに このブックレットの目的と活用方法 目次 NPO が強くなるために 1. NPO が社会に応援されるために 2. 目的地はどこにある ? どう進む ? 3. 評価は事業に何をもたらすのか 4. 評価は「コワい」「使えない」「めんどくさい」 ? 事業評価をめぐる NPO の意識調査 コラム : 「事業評価 : 国際協力で定着したのはなぜ ? 」 これだけは押さえておきたい評価のイロハ 1. 事業を評価する ? 組織を評価する ? 2. 誰が評価する ? 3. 参加型評価 4. 評価の潮流 コラム : 「評価と組織基盤強化」 事業評価の基本的な考え方と流れ 1. 事業を効果的に実施していくための道具 : ロジックモデル 2. 事業の計画段階から始まる評価 : 事業評価の 5 つの階層 3. どのように評価をするのか : 評価の設計 4. データの収集と分析・解釈 5. 評価結果の報告・共有 コラム : 「次世代育成と事業継承に効く事業評価」 FAQ よくある質問 FAQI ~ 8 コラム : 「社会的インパクト評価とは ? 」 評価の実例 1. 事業運営の羅針盤としての評価 2. 評価は、コミュニケーション 3. 緊急・復興支援では「中間評価」が効ぐ コラム : 「評価の前に行うべきこと」 評価に関する倫理 もっと知りたい ! 評価のお役立ち情報 事業評価の基本用語 執筆者一覧 第 1 部 1 1 第 2 部 0 1 ワ」っ 0 -4 ワワ」ワ】ワワ】 第 3 部 -8 11 8 1 ワっ 0 ワっ 0 -4 -4 -4 46 ・・ 50 -4 、 6 8 1 -4 ワ」 4
C 0 ー u m n 平価と組織基盤強化 公益財団法人パプリックリソース財団事務局長田口由糸己糸会 事業評価は、事業の改善を図るために行う場合もありますし、支援者に対して 成果を報告するために行う場合もあります。評価を行う目的によって情報収集の範 囲や必要な分析の方法は異なりますが、組織が掲げる " 社会課題の解決 " というミッ ションに対してどこまで成果を出せているかを評価し事業の改善を図ること、ある いは成果を支援者に伝えて次の支援につなげることは、組織の基盤強化につなが ります。 なせなら組織基盤強化の目的は、自らが設定したミッションに向け、社会的な 成果をあげられる組織になることであり、そのために財政の安定性や組織の持続 性を高めることにあるからです。 ちなみに、組織基盤強化のための取り組みには、ミッションの明確化や共有化、 中長期的な目標の設定や戦略の立案、財源の開拓、人材育成など、様々な方法が あります。事業評価もその一つであるといえるでしよう。 ミッションに対してどこまで成果を出しているかを評価するといっても、 NPO の ミッションは多くの場合、「誰もが生きやすい社会を作る」というような、漠然とし たものです。究極の目的を掲げ理想を語ることは NPO であるがゆえに大切なこと ですが、それだけだと、日常の事業との間のギャップが大きすぎて途方に暮れたり、 目の前の事業をこなすのに必死でミッションのことはすっかり忘れ去ったりというこ とが起きます。何のための活動なのかわからなくなりますし、到達点を確認できな いので無力感に襲われたりもします。支援者の共感もつなぎとめられなくなるかも しれません。 そうやって組織基盤が脆弱になってしまう前に、ミッションと事業の間をつなぐ、 具体的な目標を設定することが必要です。例えば、 「この地域の保育園と学校全てがアレルギー対応食を出すようになる ( アレルギー を持っ子どもが疎外感を感じなくても済むようになる ) 」 「この県で殺処分される大をゼロにする」 24
このブックレットの 目的と活用方法 多様な顔をもつ分、とかくそれぞ れがもつ曖昧なイメージのまま議論 が進んでいきがちな事業評価。この ブックレットの目的は、まず「事業評 価って、なに ? 」という基本的な問い に向き合い、ひとつの像をお見せす ることです。もちろん ていることが、すべて正解とは限り ません。執筆者ひとりひとりが真剣に 考えたうえでお見せするひとつの像 です。皆さんはどう考えるでしようか ? ぜひ仲間や支援者、事業パートナー たちと議論する際の材料にしてみて ください。 事業評価に限らず、ますは知り、 実践し、考える過程で、それが持っ 力と限界が見えてくるはず。皆さんが 評価を考えるスタート地点に、この ブックレットを置いてみてください。 何のために事業評価をするの ? 今までどおりがんはればいいと 思うんだけど・・ 4 評価と呼ばれるものが たくさんあって、なんだか混乱する。 いったいいくつあるの ? 事業評価と言っても、 何から手をつけたらいいの ? 不安や疑問も次々湧いてくる。 に 実際のところ、ほかの NPO / NGO は 事業評価のことどう思ってるんだろう。 やってるのかな ? 事業評価、やってみようかな。 でも実践するのにもうちょっと 羊しく知りたいのだけれど。 = = ロ なんで最近、事業評価への関心が 高まっているの ? 2
第 3 部事業評価の基本的な考え方と流れ 事業の計画段階から始まる評価 : ン事業評価の 5 つの階層 事業評価の目的には、事業の改善、組織学習、資金提供者への説明責任 ( アカ ウンタビリティ ) 、知識創造、社会変革などがあります。評価結果が何に活用される のかを確認することは、評価のときに事業のどこに焦点をあてて、どのような評価 を設計するのかを検討する上で重要になります。 それらを検討する上で役に立つ考え方が、「事業評価の 5 つの階層」 ( 図 3 ) です。 5 つの階層とは事業評価を行うときの 5 つの視点を示したもので、①事業のニーズ 評価、②事業のデザインの評価 ( セオリー評価 ) 、③事業のプロセス評価、④事業 のアウトカム / インパクト評価、ならびに⑤事業の効率性評価です。これらをひとっ の評価調査で同時に検討することもあるし、評価の目的や評価の実施時期 ( 事業 の計画、実施中 ( 中間地点 ) 、終了後など ) によって選択して行うこともあります。 図 3 事業評価の 5 つの階層 ⑤事業のコストと効率の評価 ( 効率性評価 ) ④事業のアウトカム / インパクト評価 ③事業のプロセスと実施の評価 ( プロセス評価 ) ②事業のデザインとセオリー評価 ( セオリー評価 ) ①事業のニーズ評価 出所 : ロッシ , リプセイ , フリーマン「プログラム評価の理論と方法」 ( 日本評論社 .2005. P77 )