警吏 - みる会図書館


検索対象: 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー
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1. 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー

王は警吏に訊ねた。あの若者は、帰って来たか、と。 警吏は、 しいえまだ姿を見せておりませんと答えた。 王はそうかと言うものの、なぜか満足げに笑う事は出来なかった。 それがなぜなのか、王自身にも判らなかった。 なぜだ、なぜ、あの若者が戻って来ぬ事を、当然と思い、満足す る事が出来ぬのだ。そう仕向けもしたと言うのに。 もしかすると、心のどこかで、あの若者が戻って来る事を期待し 王 ていたのか。 た せ 馬鹿な。人を信じたところで、裏切られるだけ。常にそうだった″ らではないか。そしてこれからも。 刑場に、石工が引き立てられて来た。 その佇まいは堂々としており、あたかも演劇に登場する英雄のよ うにも思えた。悲劇の英雄に。 いや、実際そうだ。 友と称する者を信じて裏切られた悲劇であり、その身をもって人 を信じる事の愚かさを示す英雄なのだ。 日はすっかりと傾き、色を伴い始めた。

2. 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー

刑吏達が松明の用意を始めていた。 あれが灯された時、刑は執行される。 どうした若者よ。お前の村は、ここからひどく離れてはいなかっ たはずだ。 歩いて間に合わぬのならば、走れ。 全てを突き切り、全てを飛び越え、走れ。 走って、我が眼前に躍り出よ。 王 お前は、そうすると約束したではないか。 た いよいよ落ちる段となっていた。 日は傾くから、 せ ら既に過半を大地へと沈め、明日の晴天を約する輝きを示していた。 だが今の王に、そのような輝きは何の慰めにもならぬ。 王はただ、若者の現れるのを焦がれていたのだ。 ついに日は、最後の輝きを地に沈めようとしていた。 もはや、これまで。 王は深い嘆きにあった。 所詮、お前もここまでなのか。 これ程の者を友に持つお前も、やはり裏切るのか。

3. 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー

石工が磔台へ、徐々に釣り上げられる。まさにその時、風に乗っ たか、微かな声が、王の耳朶を打った。 いま、帰って来た」 が帰って来た。約束のとおり、 その声に僅かに腰を浮かせると、今まさに、刑場を取り囲む群衆 を掻き分け、何者かがやって来るところであった。 はたして、それは件の若者であった。 何があったのか一糸纏わぬ姿で、石工の足へとすがりつき、涸れ 王 た、声にならぬ声で叫んだ。 せ「私だ、刑吏 ! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした ら私は、ここにいる ! 」 その様に、群衆は全てを察し、どよめき、口々にわめいた。 あつばれ、許せ、と。 王は手を振り、刑を止めさせた。 石工の縄は解かれ、若者と向き合った。 二人は何事かを言い合い、そして互いの頬を、刑場にその音が鳴 り響くほどの勢いで、殴り合った。 直後、二人は抱擁し合い、男泣きに泣き出したのである。

4. 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー

走らせた王 走らせた王 太宰治「走れメロス」より 発行日 : 2015 年 11 月 23 日 ( 初版 ) 2016 年 1 1 月 23 日 ( 二版 ) 著者 : 青銭兵六 発行 : POINT-ZERO POINT-ZERO オフィシャル Web サイト 「煉瓦発」 URL : http://wwwl.ttcn.ne.jp/ —rengakabe e-mail : rengakabe@yahoo.co. JP Twitter : @Hyourock @ HYOUROKU SEISEN 加 15 乱丁・落丁本は、お取替え致します。 P 血ⅲ明 本書の内容を著者に無断で、複写、複製、転写する事を禁じます。

5. 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー

ろう。だが、ここで放り出してしまっては、それこそ彼らの死は全 く無意味となってしまうだろう。 若者達の涙に、誘われた者もいる群衆の前に、王は進み出た。 未だ泣き続ける若者達に、頬を紅潮させ、言った。 「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。 信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間 に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえら 王 の仲間の一人にしてほしい」 た 「万歳、王様万歳」 ら群衆の声に、改めて王は思う。こんな自分を、民はまだ信じてく れていたのだ。それを信じてこなかったとは、何と自分は愚かであ ったのだろうと。 そして、少女から渡された緋のマントを赤面して羽織る若者、メ ロスを見て思う。 許せ若者よ。王は、民の前で頬を殴られるわけにはいかないのだ。 ( 終 )

6. 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー

その言葉が聞こえずとも、王には何が語られたかは判った。 彼らとて、人間なのだ。弱さを持った、人間なのだ。 恐らく、この三日の間、多少なりとて、互いを疑う事があったの だろう。 それは彼らにとって、許されざる背信行為であり、最も恥ずべき 事であった。 だが、それを彼らは告白し合った。 王 互いに非を認め、謝し、そして手加減無しの殴打をする事で、で せそれを赦し合ったのだ。 ら抱擁し泣き続ける二人が、王には例えようも無く、眩しく見えて 自分が欲していたのは、あの強さではないか。 他者を信じ続ける強さ。そして、自らの非を認める事に迷いを抱 かない強さ。 何と素晴らしい若者達であろう。 叶うならば、自分もあのようになりたい。 自分が犯してしまった罪は、もはや取り返しがっかないものであ 6

7. 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー

走らせた王 われた。 王は磔台を整えるように命ずる。 今日もまた、裏切り者を殺すのか。 いや、正確には裏切られた者を殺すのだ。 何とも悲しい事だ。 だが、それが王の務め。 国を平和とするためには、たとえ非情とそしられようと、王が定 めた事を揺るがせてはならない。 それが法であれ、王の命であろうと。 刑場には、多くの市民が集っていた。 王が命じたのだ。いかなる者であれ、夕刻に刑場に集まるよう、 触れを出していた。 市民の多くは、王の勘気に触れる事を恐れ、従った。 彼らの多くは石工に同情的であったが、その赦免を求める声は上 がらなかった。 そんな事をして、石工の次に磔台へと上げられるのは、御免被り たいのだ。 0

8. 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー

王は嗤った。 「わざわざ殺されるために、戻ってくる者がいると言うのか」 「そうだ。それが我が友だ。我が友は、確かに学は無い。たが、一 一度信じた相手を裏切る事も無 度交わした約束を違えた事は無い 王よりもずっと立派な人間だ」 「黙れ、もう良い」 王は怒りを露わにした。 王「情けをかけてやろうと思ってみれば、なんたる愚か者よ。そこま せで人を信じたいのであれば、そのまま信じ続けるが良い。信じ続け、 ら裏切られ、死刑となるが良い」 石工の返事を聞かず、王は牢を後にした。 まったく、何と頑迷で愚かな若者なのだ。 人を信じたところで、裏切られるだけだと言うのに。 信じねば、裏切られる事も無いと言うのに。 翌朝、昨夜からの雨は、未だ止まずにいた。 だが、その勢いは弱まっており、日が高くなる頃には、止むと思 9

9. 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー

走らせた王 深夜召された石工に縄が打たれ、若者が出発する段に、王はその 背中に言った。 「忘れるな。三日の日没に戻ってこねば、身代わりを殺す。代わり にお前の罪は永遠に赦してやるぞ」 若者はものも言わず、少し早めの足取りで出発して行った。 初夏、満天の星の下をである。 この星に、仮に心があるのなら、きっとこうも美しく見える事は あるまいよ。 王は、星を見上げ、そう思った。 翌日、王は石工がつながれている牢を訪れた。 戯れである しかし王の考えに反し、石工は、縄を打たれ、牢につながれた境 遇を嘆く事も無く座っているだけであった。 「どうだ、石工よ。牢は辛いか」 王の冷やかしに、石工は静かに答える。 「牢は辛くない。ただ、王が人の心を信じぬのが辛い」

10. 走らせた王 -太宰治「走れメロス」よりー

見よ。およそ政治など関心の無いであろう者すら、王を倒し、国 を返さんとするではないか。 このような痴れ者に対する処遇は決まっている。死罪だ。 この者も磔台の上で泣き、自ら 多くの者がそうであったように、 の過ちを認め、命乞いをするであろう。 だが、そのような事に心動かされる王では無 疑心を抱いた罪と醜さとを、その身に刻むがよいのだ。 王 手を振り、若者を引っ立てろと命じようとした時、彼が発した言 せ葉が王の言葉を、僅かに揺らした。 ら妹に結婚式を挙げさせたいので三日の猶予が欲しい。人質として、 この町に住む、石工の友人を置いて行くと言うのだ。 王は若者の言葉を信じたわけでは無 調子の良い事を言って、逃げ出すに違いないと思ったのだ。 三日の後、裏切り者の身代わりとなった男として、死刑に処する だけだ。きっと、世の正直者とやらも目を覚ますであろう。 であるから、王が若者の申し出を受け容れたのは、情けでは無 戯れであり、裏切り者に対する見せしめになると考えたからだ。 6