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検索対象: 近代の失敗について : O氏への手紙一通目
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1. 近代の失敗について : O氏への手紙一通目

人類が新たな技術を獲得したことで幸福になれるのか ? の る れ狩猟採集生活から農耕社会へ、農耕社会から科学技術社会へ、その対比を試みる 私はこのように考えてしまう。科学を、科学技術を知ったことは、人類にとって本当に幸福な 幸のだろうか。長期的には人類にどうしようもない不幸、不調和をもたらすのではないかと。 近代の歩みは、人類が科学と科学技術を知ったことは、人類史上の画期的な、革命的な出来事 だったと思う。これは実生活の上でも、価値観・世界観の上でも人類に大変化をもたらした。人 し 旧付 類は新たな知、新たな技術、新たな力を獲得したのだ。このような大変化をもし比較するとした 獲 ら、かっての狩猟採集生活から人類が農耕という技術を発見したときの大転換と、比較しうるの 技ではないか。 第私は人類が新たな力を獲得したことが、そのまま人類に役立ち、人類を幸福にするのか疑問を この技術を持っ 驪持っている。最初のころはその技術の圧倒的な成果に驚嘆したのかもしれない。 人 てすれば人類は永遠の幸福に至ることができる、と思えたのかもしれない。しかし歳月が過ぎ、 最初のころの驚きも薄れ当たり前になってくると、ありがたみも薄れてくることだろう。そして、 歳月の経過はその新たな社会特有の問題、かっての社会にはなかった問題を生み出すのではない

2. 近代の失敗について : O氏への手紙一通目

科学と科学技術の進歩の限界、科学が進歩することによってもたらさ れるディレンマ 界科学の知識も科学技術も、無限に進歩するなんてことはないだろう。ある限界があるのではな の 。し、刀 進もちろん、科学と科学技術は現在も進歩しているし、これからも進歩するだろう。しかし、人 の 術間の願望や欲望に、すべて応えてくれるところまで進歩することはないだろう。 学 科 科学の進歩の限界 学 科」 科学上の新たな知識を得ることが現代では難しくなってきているのではないか。知れば知るほ ど、新たに知ることは難しくなるのではないか 実験によって科学上の新たな知識を獲得することが、ますます難しくなっていくのではないか。 実験設備は巨大化しハイテク化し、それに要する費用はどんどん巨額になっていく。一九世紀に は科学の実験にかかる費用が問題になることはなかったという。しかし、二〇世紀に入り時代が 進むにつれて、新たに知るためには実験はより大規模になり費用のかかるものになっていく。

3. 近代の失敗について : O氏への手紙一通目

しかし資本主義経済では、失業の問題が深刻になることもあると思われる。この経済では絶え 匕することを要求される。そういうことを続けていけば、ま ず機械を改良すること、生産を効率イ すます生産に人手は必要なくなっていくわけだ。現代ではほとんど無人の生産工場も出現してい 批る。だとしたら、どうしても失業者が増えていく傾向があるのではないか。『インダストリアリ ズム』 ( 前掲書 ) では、労働力の過剰の問題が取り上げられている。 疑 の 工業化が勢いづくにつれて、工場労働者の生産性が急激に上昇する傾向があり、このこと の そ が一般の工業労働者〈の需要の拡大を制限する。 ( 一九一頁 ) 社 - 術そして、生産を拡大したが、逆に雇用労働者を減らした工場の例を挙げている。 学 だから、この資本主義経済は人びとの悪徳によって栄えるのだろう。マンドヴィルの言うよう 科 社 - 人びとは生きていくために仕事をしなければならないのだから、仕事を得るために仕事を無理 義 本にでも作り出す。あらゆる商品やサービス、欲望や快楽や道楽根性や贅沢を刺激するものを生み 資 出し、人びとを誘惑し金を使わせようとする。そうしなければ仕事を生み出せないからだ。人間 が今まで知らなかった新たな欲望や快楽、新たな便利さや快適さを生み出すことによって、新た な道楽や贅沢を作り出すことによって、新たなマーケットが生まれることになる。どんどん新し ノ 51

4. 近代の失敗について : O氏への手紙一通目

近代という時代は、この世界にある問題を解決してきただけではなく、新たな問題を、それも 人間のカではどうにも解決できそうにない大きな問題を生み出してきた時代でもある。また、近 代は、人びとに解放をもたらしただけではなく、新たな抑圧、隷属、運命に翻弄される生活を生 み出した。 ゅ ここで産業 ( 工業 ) 社会がどういう新たな抑圧と隷属を人びとにもたらしたのか少し触れ、次 て しに資本主義市場経済の問題点を列挙して、どういう問題に人びとは苦しめられ続けることになる 判 批のか考えてみる。それを取り上げるのも、これからの時代も永遠に、産業社会や資本主義市場経 済済のもたらした問題に、人びとは苦しめられ続けることになるからだ。そこから逃れようとして 場も絶対に逃れることはできない。そしてこれは、近代という時代がもたらした新たな苦しみなの 主 本 こういった問題については私より O さんのほうが良くわかっているのだろう。だから、君が書 資 くべきことだが、まあ批判するなり付け加えるなりしてくれ。 社 業 産 産業社会の危険で苛酷な仕事と人びとの隷属 産業 ( 工業 ) 社会は人びとに豊かさと便利さをもたらす一方で、苛酷で危険な労働や人びとの 労苦を生んだ。 産業革命における工場労働の人たち。とりわけ子供や女性の酷使。石炭の爆発的需要による炭 月 9

5. 近代の失敗について : O氏への手紙一通目

により大きな労苦とストレスを与えることになっていくのではないか。また、コストも高くなっ ていくのではないか ( それは人びとが貧しくなっていくことでもある ) 。そういう段階に科学技 術社会は入っていくのではないか。 私は思うのだが、科学が進歩しているというのなら、なぜ世界不況が起こってしまうのか。な ぜ失業や貧困の問題が解決されるほうに向かっていかないのか。若年層の就業困難や企業におけ る労働の苛酷さが、緩和されていかないのだろうか。このように、科学の進歩とわれわれの生活 の幸福とは、もう無関係になりつつあるのではないか。 それから、科学の知識を獲得する面でも、科学技術をより一層進歩発展させる面でも、かって の広々とした未開拓のフロンティアが広がっていた時代から、新たな開拓をすることが非常に難 しくなってしまった世界へ、新たに開拓する余地がほとんどなくなってしまった世界へとなって いくのだろう。科学の知識の面でも技術開発の面でも、無限のフロンティアが広がっているのだ ろうか ? 昔の科学者たち、科学の巨人たちが現れた時代には、ローテクな実験器具でも大きな 成果、新たな大発見がつぎつぎと成功した時代があったのだ。そんな時代に比べると現代はどう だろうか。巨大科学、多数の研究者と巨大な実験設備、多大な経費が必要になってしまった分野 もある。それがなければ新たに知ることができない分野もある。 たしかに一昔前は、科学と科学技術の成果が極めて著しいと思えた時期があった。しかし現在 は、そのころから比べるとかっての勢いは衰えてきたように思えるのだが。

6. 近代の失敗について : O氏への手紙一通目

であると思う。経済成長の限界が近づけば、人類はこういった問題に苦しめられることになる。 そして時代が進めば進むほど、経済成長の限界が表面化してくるであろう。それで、この経済の 欠陥が顕わになってゆき、人間の苦しみも大きくなってゆく。これは、近代という時代がもたら した新たな不調和、新たな抑圧と隷属、新たな運命に翻弄される生活、新たな疎外といったもの だろう。 資本主義経済の欠陥を見抜いていたからこそ、かって社会主義思想があれほど興隆したのだろ 判う。それは、この資本主義経済なるものが、救済の確実性を求める近代人の価値観に反している 済と思われたからだ。この経済体制が、人間同士を争わせたり、人間に酷い仕打ちを加えたり、人 場権を侵害したり、自由・平等に反していると思われたからだ。そして近代人は、経済活動を含め 義たこの世界のすべてを、人間の理性によってコントロールできるはずだと考えていた。 本 だから、社会主義の失敗は、近代人の求めた近代人にとって大切な価値観の失敗、その限界、 資 誤りでもあると思われる。そして科学技術社会は、人間の理性ではもうコントロール不可能な社 会になってしまったということでもある。 結局、社会主義思想は、資本主義市場経済の病気を暴いてみせるところでは真実を突いている が、その治療法については誤っていた。治療することはできなかった。治療する方法などないの だから。彼らの思想とは、「二四時間で、人民を幸福に、賢明に、かっ金持にする方法を論じた」 ハリの憂愁』、福永武彦訳、岩波文庫、一九六六年改訳、一三二頁 ) という ( ボードレール、『。

7. 近代の失敗について : O氏への手紙一通目

資本主義社会、科学技術社会、そのほかの疑いと批判 、仁という時代がもたらした新たな抑圧と隷属 人類が新たな技術を獲得したことで幸福になれるのか ? 川 先進国と発展途上国、どこに進むべき道があるのか ? 楽園喪失 人間の特異性、人間の優れたところは反転してしまう、悪になる 近代は失敗した 前近代の賢人たちの知恵に学んでみる 地獄のような世界での証言 最後の言葉たち 引用・参考文献一覧 お知らせと予告 286 219

8. 近代の失敗について : O氏への手紙一通目

うことではないか。それだけ技術が高度になり難しいものになり、開発の余地は少なくなり、現 実の越えられない壁に突き当たりつつある、ということではないか。 技術にはさまざまな分野がある。それらは近代という時代にはじめて開発された分野も多いし、 あらゆる技術が爆発的に進歩発展した。しかし、技術開発の進歩の限界、収穫逓減に突き当たっ ている分野も、現在では数多くあるのではないか。 もちろん、技術革新はこれからも起こるだろう。全く別の発想によってそれまでの限界を超え ることもあろう。しかし、それにも限りがあるはずだ。無限に技術革新できるわけではあるまい 科学上の新たな知の獲得もそうだが、科学技術の新たな技術開発においても、進歩すれば進歩 するほど新たに進歩させることは難しくなるのではないか。要する費用は多くなり、人間の労苦 も多くなり、人間の能力も以前より大きなものが要求されることになるのではないか。進歩させ ることに多大な費用の投資を必要とするが、その投資に見合った利益が得られないこともあると 思われる。進歩することで人間に大きなディレンマをもたらすこともあるだろう。 たしかにスー ーコンピューターは猛烈な勢いで進歩しているのだろう。しかし、進歩させる ためには莫大な開発費が必要なのも事実だ ( それでどこかの国では事業仕分けの対象に上ったり するのだろう ) 。私は思うのだが、スー ーコンピューターは経済的に成り立っているのだろう か。一昔前は、現在に比べて低性能なコンピューターでも、人びとは十分に生活していたではな

9. 近代の失敗について : O氏への手紙一通目

科学者はなぜおかしくなってしまったのか ? 科学者は、科学の知識として、この地球は人間なしに始まったことを知っている。そして人間 いずれ終わりが なしに終わる可能性が高いのも知っている。また、この地球は有限の星であり、 来ることも知っている ( 他の生き物は知ることができない ) 。それから、現代人の生活が大量の 天然資源を消費していて、天然資源もまた有限であることを知っている。 だから、この有限性という問題に対して、道具を使い、この世界を変え、新たな道を切り拓い てきた人類は、解決策を見いださなければならないし見いだすことができる、新たな可能性をあ とい一つことになる。 らゆる方向で模索していかなければならない、 進化論生物学の第一人者であるリチャード・ドーキンス博士はこのように言う。 「地球で誕生した生物種の九九 % は絶滅してしまいました。しかし私は、ホモ・サピエンス には遠い将来まで生きのびる可能性があると思います。未来について長期予測を行い、自分 たちを守るためのテクノロジーを創造する能力を持つ、地球上ではまったく新しい生きもの だからです」 ( 同前、一四九頁 ) 有限性という問題に対し、無限に進歩していく科学が解決を与えてくれるし、与えなければな らない、 というわけだ。

10. 近代の失敗について : O氏への手紙一通目

限りを尽して、これまた瞬時の絶間なく天然自然と発達しつつ留め度もなく前進するのである」 この二種類の活動が開化、近代化の特徴であると言っている。 おうちゃくしん わがまま ぜいたく 近代のこういった工夫は、人間の「横着心」、「我儘」、「道楽根性」、「贅沢」の発現だと言っ ている。しかしこれらは徳というより悪徳に近いものだろう。開化が進めば進むほど、人間は悪 くなっていくのだろうか。人間が悪くなることを目指して開化は進んでいくのだろうか。 また、こうも言っている。 「 : : : 結果として昔よりも生活が楽になっていなければならないはずであります。けれども実際 ますますはげ はどうか ? 〔中略〕否開化が進めば進むほど競争が益劇しくなって生活はいよいよ困難になる ような気がする」 開化 ( 近代化 ) が進めば、人間の生活は良くなり楽になっていくはずであるのに、どうもそうノ ではない、佃かおかしい、というわけだ。 人間が道楽と贅沢を求めることが、人間の新たな快楽や欲望が、人びとの新たな仕事と労苦を 生み、また、失業しないためにも人間の道楽心や贅沢心、快楽や欲望を刺激していかなければな らない 近代化とは、人間が悪くなっていくことと悪くしていくことで進んでいく。そして生活は楽に なっていかない。 これは一体何なんだ、ということである。夏目漱石はこのことを、「開化が生 んだ一大パラドックス」と言う。 、、ノレ