思えば俺は、小さい頃からが好きだった。 小学生の頃は、「不思議の海のナディアーを見た。凄く面白いアニメだったよな。 アニメ ? アニメと一言えば、オタクだ。 オタクと言えば、人付き合いが苦手だ。 人付き合いが苦手な人間は、どうしてもひきこもりがちになる。 そ、そうか。 そうだったのか ! ここにきて、ついに Z とひきこもりが、誰の目にもはっきりとした直線によって連 結された。 生 つまり Z は、あのような面白いアニメを放映することによって、アニメオタクを量 誕 士産し、ひきこもりの大量出現に一役買っていたのである。くそ ! なんて卑劣な ! 戦 もはや俺は奴らの陰謀に気づいてしまった。 章 ここまで来たら、謎の完全解明まであと一歩た。 俺はコタッの上に突っ伏して、ひたすら頭を回転させた。 クスリの作用によって、視界がグルグル回っている。部屋中の家具が、口々に俺を応援
すでに数本、空になった缶ビールがコタッの上に転がっている。 隣室から響いてくる大音量のアニメソングにイラつきながら、それでもなおも、俺はむ やみにアルコールを過剰摂取する。 目が回り、頭が激しくグルグルした。 もう少しだった。 もう少しですべてを忘れてしまえるだろう。 それは半日前のこと。 昨日の意気消沈から立ち直った俺は、一刻も早いひきこもり脱出を決意した。 そして思った。 「ムフ日から、、ハイトしよう」 そうなのだった。就職が無理なら、まずはイトから始めればいいのだ。そうすれ ば俺の肩書きが、ひきこもりからフリーターに変更される。そのどちらの語感も、多分に ダメ人間的雰囲気を漂わせてはいるが、ひきこもりに比べれば、フリーターの方がはるか に健康的である。だから今すぐ。ハイトを探そう。 そこで俺はコンビニに向かい、 バイト情報誌を購入した。
176 りで会話を交わすという、ひきこもり人間にとっては最大級のプレッシャーになる現在の シチュエーションも、今の俺にはまったく苦にならない。 当然、いかに岬ちゃんが可愛くても、それでどうこうしてやろうという気も起こらない。 『チカンに注意 ! 』という看板が公園の入り口に設置されているが、これでも俺は紳士的 なひきこもりだ。だから安心してくれ岬ちゃん。 「んん ? なにさニャニヤして」 いやいや、それよりも今日の特訓メニ = ーは ? 」 いつものようにべンチに腰を下ろして俺に向かい合っている岬ちゃんは、やはりいつも のぞ のように秘密ノートを覗き込んた。 「えーと、今夜のメニューは、会話の仕方 ! 」 「はあ ? 」 「ひきこもり人間は一般的に言って、会話がヘタクソです。他人とお喋りするのが苦手な ために、余計に部屋に籠もります。今夜からは、その辺りを矯正しようと思います」 「ほう」 「そうゆうわけで、これからあたしが素晴らしい会話テクニックを伝授してあげます。よ く聴いていてください 岬ちゃんは秘密ノートにちらちらと目をやりながら講義を始めた。俺はよく聴いた。 しゃべ
160 ひきこもり者名佐藤達広 脱出サポート者名中原岬 ひきこもり者を甲とし、脱出サポート者を乙として、両者の間に次のとおり契約 する。 甲はそのひぎこもり脱出に関し、乙に苦悩、葛藤、泣き一一 = ロ、弱音、その他いっさ いの内心をうち明ける。 2 ・甲のひきこもりに関して、乙はその脱出のために尽力し、社会復帰 ( 以下「丙」 ) を成功させるよう努める。また、丙への過程において、乙は甲の精神状態の保全を はかる。 3 ・そのかわり、甲は乙に対して、丁寧な口を利く。 4 ・甲は乙の言うことを、何でも素直に聞く。 5 ・あと、甲は乙を、うるさがったりしない。乙を、邪険に扱ったりしない。 6 ・当然、殴る蹴るの暴行を加えたりもしない。 7 ・カウンセリングは、毎晩、三田四丁目公園で行われる。タご飯を食べた後に来る こと。 8 ・そうすれば、たぶん、良い方向に行くと思う。 かっとう
こまかしてしまえ。 素早く、さりげなく、・ 「 : : : ひこ」もりつ・・ ははははは ! まさかこの俺がひきこもりなワケないじゃないです スカか俺は ! こんな事を言ったら、ますます余計にあやしいじゃないか。早く、もっ と上手にごまかせ。いますぐごまかせ。言い逃れを。もっと。なんとか。頼むから 「そそそそんなワケないですよねえまったく ! ええ。まさかこの俺が、もう一年近く他 人と口をきいていないとか、ひきこもりが高じて大学中退したとか、無職だとか、将来に 希望が見えないとか、もうダメだとか、絶望だとか、そんな話があるわけないじゃないで オバサンは一メートルばかりあとずさった。 そして俺の思考はさらにガリガリと空転し、とどまるところを知らなかった。誰か止め てくれ。 「ええ ! オバサンはバカだなあ。ええ、バカだなあ。本当にバカだなあ。失礼しちゃう なあ。何が『若者を襲うひきこもり。あなたは大丈夫ですか ? 』ですか ? お祈りしてひ 二きこもりが治るぐらいなら、これだけ悩むわけがねえだろうが ! あんたらに何がわか る ? 俺にもわかんねーのに、あんたらにわかるわけがねえよなあ ! 」 おび : 1 もうしし 、、。もういい俺。宗教オ・ハサンはすっかり脅えている。今にも回れ右して警
岬ちゃんは講義を始めた。 「えーと。まずはひきこもり概論から。 さてさて、ひきこもりの原因、それは一体、 何なのでしよう。佐藤君にはわかりますかっ・・え ? わからない。そうでしようそうでし よう。大学を中退しちゃった佐藤君の頭では、こんな難しい問題、きっとわからないこと でしよう。ですが、あたしにはわかります。あたし、頭が良いから。今も大検の勉強中だ よ。毎日五時間の勉強。偉いでしよう。はははーーこ はははーーーと笑いながら、彼女は先を続けた。 「あたしの研究成果によると、ひきこもりに限らす、すべての精神的問題は、身のまわり の環境との不適合によって引き起こされます。ようするに、この世の中と上手にやってい くことができないから、いろいろ苦しいことが起こるんです」 石そこで岬ちゃんは次のページをめくった。 る「古来あたしたち人類は、世の中とうまく折り合いを付けていく方法を、いろいろ頑張っ 転て考えてきました。たとえばそれは神様です。いろいろな神様がいます。日本たけでも、 え ? 八百万 ? それってちょっと多すぎるよね ? これホント ? 八百万人。 章 「 : : : ま、まあとにかく、世の中には沢山の神様がいて、そのおかげで、苦しみから救わ れる人も、結構沢山いるみたいです。会館とかにね。 : だけど、神様に救ってもらえな
俺はぶつぶっとその三文字を繰り返し続けた。 「 z は、日本。ならばは : : : 」 : そうか。 簡単な話しゃないか ! ついに謎が解明された。俺はすべての真相を悟った。 「はひきこもり ! すなわちとは、日本ひきこもり協会の略だったのだ ! その日から俺の戦いは始まった。 かぎ のドアが開かなかったのは、単に鍵をかけていた . 幻 ~ 見剤によるトリップ山・に、アパート せいにすぎなかったが、しかしそんなことは極々些細な問題にすぎない。 生ともかく俺は、戦い抜くだろう。 士を倒すその日まで、俺は雄々しく戦い抜く。 戦 俺は決して、負けはしない。 章 : たまに死にたくなるけどさ。
「えやっ ! 」 俺は血まみれの右手に包帯を巻きながら、やはりコタッに座っていた。 一日十六時間もの睡眠を取っているからだろうか ? す どうも最近、頭の調子が悪い。 でに半年以上も他人との接触を断っているからだろうか ? 一日中、頭の中がもやもやと霞んでいる。トイレに行くその足取りも、妙にお・ほっかな が、そんなことはどうでもいい 当面の問題は、このどうしようもないひきこもり生活を、いかにして打破するかという ことだ。 の 俺は一刻も早く、この爛れたひきこもり生活から抜け出さねばならないのだ。 戦 人類社会への復帰を ! 章 ドロップアウトからの立ち直りを ! 働いて、彼女を作って、人間らしい生活を送るのだ ! このままでは、廃人だ。このままでは、人間失格だ。 かす
ひきこもりにとって、冬は辛い。寒くて凍えて、わびしいからだ。 ひきこもりにとって、春も辛い。みんな陽気で、妬ましいからだ。 だからといって、やつばり夏も、辛くて辛い 々 日 蝿のうるさい夏だった。朝から晩まで、みーんみーんと鳴きやむことを知らない。 の 暑くて腐る、夏だった。ェアコンを入れつばなしにしていても、それでも暑い。ェアコ ま ルンが老朽化しているのか、それとも今年が特別に暑いのか。 とにかくひたすら、うだってしまう。 章 九責任者出てこい ! と叫びたいところであるが、今の俺にはそれたけの元気もない。バ テていた。夏バテだった。食欲が不振で、精神も疲弊している。いかにリポビタンをが けんたい ぶ飲みしようとも、この倦怠感をぬぐい去ることは不可能だった。 九章おしまいの日々
ハ章追憶、そして誓約 155 来月、仕送りがストップする。そのとき俺は、どうしよう ? この生活も、もうすぐ終わる。 いっそ人生、終わらすか ? 俺はエロゲーのシナリオを書いていたパソコンの電源を切り、とりあえず山崎に電話を ~ かけた。『ごめん、シナリオ、もう書けない』と謝ろうとしたのだ。 だが電話は話し中だった。耳を澄ますと、隣室から怒鳴り声が聞こえてきた。 『どうしてそうゆう話になるんだよ ! 』 しや、テクニックがどう もりのこの俺には、あなたを喜ばせてやるだけの力は無い とかって話じゃなくて。 ああ、俺だって、強い人間になりたかったさ。頼りがいのある、そこにいるたけで周囲 を明るくする、そんな人間になりたかったさ。幸福をばらまきたかったさ。 しかし現実は、ひきこもりだ。外を恐れるひきこもりた。 なんか知らないけど布くて怖くてしかたがないんた。 だからもう、ダメなんだ