ひきこもり - みる会図書館


検索対象: NHKにようこそ!
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1. NHKにようこそ!

「もう、わかるよね ? どうして自分がダメ人間になっちゃったのか。なんでひきこもり になっちゃったのか。そろそろ、、ハッチリわかったでしよ」 「ちゃんと考えてみれば、きっとわかるよ」 俺はべンチに腰を下ろしたまま、岬ちゃんを見上げた。夜の公園、彼女の輪郭だけしか 判別できない。だから表情は窺えない。 「 : : : そろそろホントに、もう時間がないから。これ以上オジサンオバサンに迷惑はかけ られないから だからあたし、もうこの町からいなくなるよ」 その声色は、いたって普通だ。たから俺も冷静に訊く。 「どこ行くの ? 」 日「人の沢山いる都会。誰もあたしを知らないところ。知ってる人の、いないところ。 いだからそれまでに佐藤君、佐藤君は、立派になってよ」 し なにやら話がよく見えないが、大変な無茶を言う娘である。 お 俺は・ほんやり首を横に振った。 章 九岬ちゃんは「そんなんじやダメだよ、と言った。 そこで俺はとりあえず「よしわかった。俺はもう大丈夫だ」と言ってみた。 「いやあ、君のおかげで、俺は生まれ変わった。だから君も安心して、どこかの町で一人 、つかカ

2. NHKにようこそ!

「なあ岬ちゃん。あんた俺のこと、 岬ちゃんは、「そんなことないよ」という顔をして、ふるふると首を振った。 ともかく、現在までの一週間にわたる岬ちゃんとの接触によって、彼女の一生懸命さだ けは理解できた。 そう。彼女は実に頑張っていた。最初の数日間は、その努力が思いっきり空回りしてい たが、ひきこもり問題を一生懸命に考察してくれる彼女の熱意、ただそれだけは、確かに 本物らしかった。 たくら : もちろん、彼女の真意がどこにあるのか、本当は何を企んでいるのか、それはいま 石だにわからない。わからないが、まあ、それは結局どうでもいい。 る若い娘との交流によって、俺の腐れ果てた精神に少しでもエネルギーが充填されてくれ 転れば、それで万々歳なのである。いっかマズイ問題が持ち上がったとしても、もはや俺に は失うものなど何もないのだ。それにどっちみち、どうせもうすぐお別れである。ア。ハ 章 七 とにか ~ 、 , も、つオ・ - み、、 トから追い出されるか、それとも何か、別の方法でどっかに行くか 俺は消える。そのときまでの、単なる暇つぶしなのである。 と、そんな感じのナゲャリなことを考えているので、親しくない女子とふたりつき 、、ハ力だと思ってる ? 」 じゅうてん

3. NHKにようこそ!

『ねえ見てよアレ。気持ち悪いねえ』 「無職のひきこもりよ。最悪だね』 『アパートに帰った方が良いんじゃないの。この街は、君なんかが歩いちゃいけない所 通りすがりの主婦が、女子高生が、オバサンが、すれ違うたびに小声でささやく。俺は すっかり青くなる。 ああ、帰りたい。 あの薄暗くて居心地の良い六畳一間に帰りたい。あったかい布団に潜って、何も考えず つぶ に目を瞑りたい。しかし、ダメだ。それはダメだ。そんなことをしたら、ますます奴らを つけあがらせるだけだ。だから耐えろ。ここが勝負どころなんだ。頑張るんだ 事実、俺にはある程度の予想がついていた。社会復帰に乗り出そうとする俺を、奴らが 放っておいてくれるわけがないと、最初から知っていた。 だから俺は負けなかった。一歩歩くごとに高まる不安を無理に抑えつけつつ、かなりの 早足で目的地を目指した。 そしてーーやっとのことで目指すマンガ喫茶に到着。駅の裏手にある、このこちんまり とした佇まいのマンガ喫茶「フレイクタイム、が、これからの俺の職場となる。明日から 毎日、ここで働くのだ。

4. NHKにようこそ!

223 八章潜入 た。しまったと思った。カフェインの作用で、ますます落ち着きが無くなってしまう。挙 動不審になってしまう。 だけど一方、岬ちゃんはずいぶんとニコニコしていた。愉央そうだった。テーブルに設 置されているべー ーナプキンで、何かの折り紙を作製していた。 「ほらね完成、すごいでしよう ? 」鶴だっこ。 「 : : : 凄いね。器用だね」俺は褒めた。 胃が痛くなってきたので、ファミレスを出た。 その後さらに三十分ほど歩き、今度は喫茶店に入った。俺は紅茶を飲んだ。岬ちゃんは ケーキを食べていた。俺はこの会合の、そもそもの目的を思い出そうとした。 この前の夜ーーー岬ちゃんは言った。 『街に出ましよう。そうすれば、きっと良い方向に向かうと思うよ』 そうなのだ。すなわちこれは、ひきこもり脱出プログラムの一環であり、なにも二人で デートなどをしているわけではないのだ。 : カーー昨夜のこともある。昨夜の岬ちゃん観察 によって、彼女の正体がますます不透明になってしまった。少なくとも宗教勧誘という線 は、完全に消えた。あれほど周囲から浮き上がっているのに、わざわざ熱心に勧誘などを するわけない。 結局彼女は何者なのか ? それはいまだに大いなる謎である。そんな謎めいた娘と、こ すご

5. NHKにようこそ!

しやく 「持病の癪が ! 「シャクって何 ? 」 : これだから困る。最近の娘はモノを知らない。もう少し勉強しろ ! そう叫んでやろうかと思ったが、やつばりそれは不可能だった。数年間のひきこもり生 活によって獲得した、嫌な感じのダメ人間アビリティ、すなわち広所不安、視線恐怖、そ の他もろもろの神経症が、かなりのパワーで迫っていた。 あれ ? 部屋の鍵、締めてきたつけ ? タ。ハコの火とか、ちゃんと消してきたつけ か ? というか岬ちゃん、そんなつぶらな瞳で俺を見るなよー かといって、沈黙するの はやめてくれ。無言で俺を見つめるのはやめてくれ ! ものすごく不安になるんだ。胃が、 胃が痛いんた。 だけど、ああ とにかく素早く、何か言わねば。 「 : : : ところで岬ちゃん、お菓子とか、食う ? 」なんたそりゃあー 「食わない 「普通さあ、君ぐらいの年頃の女子だと、二十四時間、常にお菓子食ってるよね。あたか 章 : アレは一体、どうしてだろうね ? やつば 八 , も , 月動物の′」と ~ 、、・ほりぼり・ほり・ほりと。 り若いから、代謝が速いのかね ? だからいつでもカロリーを補給してないと、たぶんコ ロリと死んでしまうんたろうね。きっと、そうゆうことかね ? 」

6. NHKにようこそ!

ちょっと見ないうちに、ずいぶん生意気な口を利くようになったなあ などと絡んで やろうかとも思ったが、よくよく思い出してみれば、こいつは昔から生意気たった。 そうなのだった。この男は、ひ弱なクセに、誰にでも言いたいことを言う男なのだった。 『お前たちはスカだ ! 』とか『あっち行け』とか、クラスメートにも堂々とそんなことを 一一 = ロう。だからこいつはイジメられていた。まったくの自業自得だ。 俺にだけは丁寧な口を利くが、無職中退のひきこもりという俺の正体を知ってしまった 今現在、面と向かって「ダメ人間 ! 」とバカにしてくるのも、もはや時間の問題だろう。 が、そんなことはどうでもいい。 ともかく俺は、なんとしてもゲームクリエイター にならなければいけない。業界人にならなければいけない。だから頼むぜ山崎君。 「頼まれても困るんですってま。、 をしくら佐藤さんの頼みでも、世の中にはどうにもならな いことだってあるんですよ」 道 の「そこをなんとか ! 「大体ねえ、女の子に尊敬されたいとか、そーゅーバカげた動機で始める物事が、そうそ う長続きするワケがないんですよ。すぐにヤル気が無くなるに決まってるんです」 四「そんなことはないそ ! 俺は本気だ ! 燃えている ! 「 : : : 明日は学校なんですよ。僕、もう眠いんですけど」 「岬ちゃんに尊敬されたいだけじゃないんだ ! もしもゲームクリエイターになれたのな

7. NHKにようこそ!

「ダメたダメだダメだ 「何がダメなのさ ? べンチに腰を下ろして頭を抱えていた俺に、女が訊いた。 彼女はべンチの脇のブランコに揺られていた。肩の辺りまで伸びた髪が、さらさらとな びいていた。やはり今夜も、そこらの若者的な、ごくごく普通の格好をしていた。当然、 うかカ 日傘なんかを差しているわけもなく、宗教の気配は窺えない。 しかしーーーそれでも油断は禁物だ。なにより、このシチュエーションの異常さ自体が、 彼女のおかしさを如実に物語っている。あくまでも慎重に、冷静な対応をせねばならない。 そこで俺は、彼女のことを、ホンダが開発した二足歩行口ポットであると思いこむこと にした。そうすることによって、かなりの精神安定が得られる。 とこから見ても、まるつきり : ああ。最近のロポットは、さすがに進んでいるなあ。。 人間だ。 ぎこぎことプランコを小さく揺らしながら、ロポットが一言う。 「どうしてこの前、逃げたの ? 今、人が足りなくて困ってるのに。即決だよ かんべき すごいなあ。音声出力も完璧だ。関節の動きも滑らかた。スカートから伸びた足も、実 にしなやかだ。日本の技術は世界一だなあ。 「やつばり、ひきこもりだから、外で働くの、途中で怖くなった ? 」

8. NHKにようこそ!

な組織だ。全世界を覆い尽くす、悪の秘密結社だ。奴らが俺たちを苦しめている。悪いの は全部だ。もしもこの先、君の周りに悪いことが起きたとしても、それはぜんぶ Z : もっとも ZÆZ という名前は、あくまで のせいなんだ。全部が悪いんだー って名前が気に入らなかったら、好 便宜的なものだ。名前なんて、どうでもいし ( しい。なんだったらサタンでもいいそ。悪い神様でもいいそ。おんなじこと きに呼べま、 そう、名前はどうでもいい。単なる語呂合わせなんだ。自分を苦しめている仮想敵。そ れがの本質だ。 ーーたとえばあの先輩の場合なら、それは「日本ひ弱協会」を意味する。あの人 は、いつもひ弱で参っていた。精神肉体、ともにひ弱だった。リストカットはやめてくれ。 なんとか幸せになってくれ。 そして岬ちゃんの場合なら、は「日本悲観協会」を意味している。岬ちゃんは、 イ生まれながらの不幸によって、なんでも悲観的に考えてしまう。生きていてごめんなさい。 だけど嫌わないで。そんな感しで、いつも悲観的だ。 章 十そうして俺のは 「俺がひきこもりになったのも、実はのせいだ。岬ちゃんが苦しんでいるのも、奴 らのせいだ。それが真実だ。俺はとあるルートから、その真理を教えて貰ったんだ。そう もら

9. NHKにようこそ!

労働を始めることにした。 日雇いの、肉体労働だ。 イベント会場への物資搬入やら、引っ越しの手伝いやら , ーー意外に仕事は上手にこなせ たまにミスをして偉い人に殴られることもあったが、しかしそれでも肉体労働は爽やか だった。体を酷使すればするほど頭の中は空つ。ほになった。数年ぶりに、すっきり眠れた。 カードの借金があったので、最初の一カ月間は連日連夜働いた。複数の派遣会社に登録 し、毎日仕事を入れた。 ある程度生活に余裕ができると、今度は一気に仕事を減らした。一カ月の半分だけ働い て、残りの半月をひきこもって暮らすことにした。月収が十万ほどもあれば、結構快適な 生活ができるものだった。 できる限り夜勤の仕事を選んで働いた。深夜の交通整理などが最高だった。警備員とし イて登録してもらうには四日間の法定研修を受ける必要があったが、それさえ乗り切ってし まえば、これほどに楽な仕事、他にはな、。 章 + 深夜、人里はなれた工事現場で、真っ赤に輝く誘導棒をゆらゆらと振る。聞こえるもの は、背後で鳴り響くエ事機械の駆動音だけ。そして警備員は俺一人。たまに車が通りがか れば、適当に誘導棒を振って「危ないよ、徐行だよ」 さわ

10. NHKにようこそ!

薄暗い六畳一間の中にまで遠慮なく侵入してくる春の気配に、最近の俺はますます落ち 込んでいた。 隣室の学生は入れ替わり、通学路を歩くのは晴れやか笑顔の新入生。窓を開ければ涼や かな春風が、そして桜の花びらが、皆の笑い声が ああ、なんてことだ。俺だけがひとり、春の陽気から取り残されている。いや、春のム ちょうしよう ードに浮かれる全世界から、むしろ積極的に嘲笑されている。そんな気配がある。 もう一年近く、まともに他人と接触していないのだ。 このままでは日本語の話し方を忘れてしまいそうな気がする。社会復帰がどんどん遠ざ かっていくような気がする。しかし、それはマズイ。実にまずい。そろそろ本気でひきこ もりから脱出しないと、社会的に世間から葬り去られてしまう。だからまずは、自立する ことを考えよう。就職だ。 というわけで、俺は先日、コンビニから就職情報誌を購入してきた。 読んでみた。無理だと思った。 三流大学中退の資格ゼロ男。それが俺だ。 一一ああ、無理だ。絶対無理だ。俺が会社の人事担当ならば、絶対に俺のようなひきこもり 人間などを採用したりはしない。この就職難のご時世に、俺のような使えない人間をほい ほいと働かせてくれる会社など、あるわけがない。