120 ったく不可能になってしまった。だからああ悲しいなあって、お前は泣け ! 本当は、み んなの役に立つ人になりたかった、みんなに尊敬されたかった。みんなと仲良く生きてい きたかった、それなのに今じゃ、ロリコンひきこもりだよって、絶望して、泣け ! 泣く んだ ! : ううう。悲しいなあ。凄く悲しいなあ。だけど小学生は可愛いなあ。興奮するなあ。 : ううう。うううー。涙が止まらないよう。ファインダーが曇ってよく見えないよう。 だけど俺はまだまだ少女を盜撮する・せ。だから山崎君、君も頑張って俺を撮るんだ。悲し いけれど頑張ろう。涙が止まらないけど頑張ろう。頑張って小学生を盗撮しようー たた なんだよ。いきなり俺の肩を叩いてどうしようってんだ ? どうかしたのか ? おいおい、うるさいなあ。今、良いところなんだよ。 ほら見ろよ、あのニーソックスを穿いたショートカットの女の子。可愛いよなあ。持っ : んん ? しつこいなあ て帰りたいよなあ。小脇に担いでティクアウトしたいよなあ。 君も。今、忙しいんだよ ! まったく、どうしたんだ山崎君。そんなに肩を叩くなって、 カメラがブレるからさ。 : おいおい、ホントにうるさいってば。なんなんだよ急に。君 もおかしな奴だなあ」 「 : : : 佐藤君、佐藤君ってば」
そしたら元気になった。 俺たちは無駄に陽気に会話を交わした。 「高校時代は、佐藤君、普通だったのにね。 「先輩は、今、何やってるんです ? 」 「無職」 「大学は卒業したんでしよう ? 」 「そうだけど、だけど今は無職。 : : : もうすぐ主婦になるけど」 「へえ、結婚するんですか」 二十四歳の若奥様か。萌え萌えだ。 「ビックリした ? て「それなりに そ「悲しい ? 」 蠍「まさか」 「どうしてさ ? 」 章 「どうなんですか ? 喫茶店を出た。先輩は俺の周りをくるくるとふらっきながら、にこやかに笑っていた。 いや、そうでもないか」
148 すると、先輩も笑った。 「もしかしたら、そんな感じになってたりとか、ちょっとは予想済みだったけどね 俺は自慢してやった。 プロフェッショナルのひきこもりで 「いやもう、籠もり籠もってもう四年ですよ , 「やつばり今も、外に出るのは大変なの ? 」 俺はうなずいた。 「なら、良いものがあるよ 先輩は、小さなバッグから。ヒルケースなどを取り出して、何やら小粒の錠剤を俺に手渡 「これ、リタリン」 「なんすかそれ ? こう - つつ 「抗鬱剤。覚醒剤の親戚みたいなクスリだから、すつごい効くよ。これでいつでも元気で 先輩は、今もやつばりおかしい人たった。精神科を三つほど掛け持ちしているそうだ。 うれ それでも彼女の心遣いは、なかなかに嬉しかったので、俺はありがたく、そのあやしげ な抗鬱剤をいただいた。 かくせい しんせき
「は皆様の受信料によって運営されております」 いつもならば気にも留めないその一言は、しかしそのとき、なぜか俺の心をかき乱した。 そのアルファベット三文字。 そこに何か重大な秘密が隠されているような気がしたのだ。 ぎれごと それは決して、単なる誇大妄想やくだらない戯言ではない。いかに今の俺が強力幻覚剤 でトリップしている真っ最中といえども、冷静な判断力までをも失っているわけではない。 むしろ頭脳は、この二十二年間生きてきたその生涯の中でも、最高潮に激しく回転して 1 十 1 Ⅱ 2 。 2 十 2 Ⅱ 4 。ほら、論理的な思考もバッチリだ ! だから、たから考えるんだ。 今こそ俺は、考えるべきだ。 その三文字に、俺に関する巨大な秘密が隠されている。 それはあくまで単なる直感にすぎなかったが、もはやその真理に疑いは持てない。その 着想は、すでに天啓と呼んでも差し支えはない。悟りと言っても過言ではない。 しかしーーーああ。 脳裏に浮かぶのは、との蜜月。 みつげつ
168 まさしく今は、夜だった。夜の公園には、岬ちゃんがいるのだった。 「遅いよー ギコギコと・フランコを揺らしていた彼女は、俺に気がつくと、大きく勢いをつけて飛び 降りた。その足元に黒猫が忍び寄る。岬ちゃんは猫を抱き上げた。猫は「にゃん」と鳴い たが逃げなかった。 「良い子だ。今、缶詰あげるからね」 かばん 岬ちゃんは背中の鞄からキャットフードを取り出した。毎晩こうやって、餌付けしてい るらしい 「猫は良いよね」岬ちゃんが言った。 「何が ? 」 「猫は平気そうだもんね、いつでもどこでも、ひとりでも」 そのセリフの意味はイマイチよくわからなかったが、俺は適当なことを言ってやった。 「猫って結構恩知らずだぜ」 「知ってるよ」 「すぐに岬ちゃんのことなんて忘れちゃうぜ。キャットフードの投資なんて無駄無駄」 「こうやって、猫が欲しがってるものをあげてるうちは、きっと大丈夫。あたしのことを 覚えててくれるよ。邪険にしないよ。毎晩公園に来てくれるよ。ね ? 」
302 いう本も、すべてはつまらない単なる妄想なんだよ。 「だけど、それでも、ごくごくまれな確率で、本物の『陰謀』を悟ってしまった人間が存 在するんだよ。今この瞬間にも水面下で進行中の陰謀を、この目で目撃してしまった人間 がいるんだよ ! 」 それは誰だ ? 俺だ。 ならば敵の名は ? 俺はその名を知っている。ずっと前から知っている。 俺たちを苦しめる悪の組織、岬ちゃんがその存在を請い願う、悪い神様。 ャツの名は : そうなのだった。いまこそすべてを思い出した。敵の名前。自分の使命。自分の存在理 むな 由。今まで生きてきたそのワケ。ぐずぐずぐずぐずと虚しく馬鹿らしい毎日を送ってきた、 その意味。ーーそうさ。俺の一生は、君を救うためだけに存在したんだ。それはたぶん本 当のことなんだ。・ せんぶ本当なんた ! だから聞いてくれ ! 岬ちゃんを逃がさぬように抱きしめたまま、懇切丁寧に早ロで説明してやる。 「いい力い岬ちゃん、この世には悪い組織が存在する。奴らの名は。は巨大
うめ 「 : : : ああ」と、呻く。 かんべきらく′」 そろそろ現状を打破しないと、完璧に落伍する。人類社会から落ちこ・ほれてしまう。 ただでさえ大学中退というドロップアウトだ。早く職を探して社会に復帰しなければ。 しかしーーーどうしても、それができない。 なせか ? どうしてなのか ? 答えは簡単だ。 ひきこもりだからである。 今、もっともホットな社会現象の「ひきこもり」。それが俺だ。 今、もっとも大流行な社会現象の「ひきこもり」。それが俺だ。 一説によると、現在の日本には、およそ二百万人ものひきこもり人間が棲息していると いう。二百万人と一 = ロえば、恐ろしい数だ。街頭で石を投げればひきこもりに命中する。 生 いや、やつばりそんなことはないか。ひきこもり人間は外に出歩かないからな。 の と、と , もかく。 戦俺はまさしく、現在日本で大ブレイク中の「ひきこもり」なのである。 章しかも、かなりのべテランひきこもりだ。 外出は週に一度。コンビニに食料とタ・ ( コを買い出しに行くその時だけ。 セロ。睡眠は一日十六時間 友人の数は、・ そ
崎は、怒鳴ってもすかしても自分の気が済むまで演説をやめない。経験上、俺はその事実 を知っている。 どうしたものかと途方に暮れていると、彼はがつくりと肩を落とし、今度はぼそ・ほそと 呟いた。 「女はクソだ。 : しかしいかんせん、僕にも女の子とっきあいたいと思ってしまう時も ひど : たが、だがしかし、またもや僕は、酷い思 ある。人間だもの、それはしかたがない。 いを味わった。 クラスで一番可愛い娘がいた。名前は七菜子ちゃん。オタク女が全国から集合して いる僕の学校でも、その娘だけはそこそこに見れる顔をしていた。そして一方、自分で一言 よ、つ」う きやしゃ うのもナンですが、僕はなかなかに格好いい。 この華奢な体と整った容貌によって、イジ メられたり、女子にイタズラされたりしたこともあったが、僕の格好よさは、今となって は人生における大きなアド・ハンテージに違いない。だからこそ僕は、七菜子ちゃんにこう 一一 = ロった。 『つきあおう ! 』 : しかし七菜子はこう答えた。 『ゴメン、山崎君って、ちょっとアレだし。それにあたし、今、和夫君とっきあってるか つぶや かずお
そんな悪者の存在を信じ込めたら、岬ちゃんは生きていけると言う。悪者の存在を示す 奇跡が目の前で起こってくれたのなら、彼女は生きていけると言う。 だったら俺が、君の願いを叶えてやろう。 その方法ーーーそれは限りなく、難しく、大変で、大きな犠牲をともなうだろう。しかし それこそが俺の望み。我が身を犠牲にしてヒロインを助ける、それは最高に主人公らしい 振る舞いだ。 ああ、山崎に自慢してやりたい。 俺は今こそ生きている。愉快に命を燃やしている。生きている実感がある。そう胸を張 って自慢してやりたい。 そうだぜ。よくよく考えてみれば、これはだいぶドラマティックな夜だ。ナイフを振り 回す女、その女の自殺を思いとどまらせようとする俺。かなり感動的だ。 だからもうすぐ一言葉が溢れてくるはすだ。このような状況ならば、俺にも素敵な一言が 一一一一口えるはずた。だけど岬ちゃんは震えていた。俺もおそらく震えていた。恐布があった。 章 + 俺は勇気を出した。 脳裏をよぎっていくのは、二十二年間の思い出だ。きっと俺の人生は、今この時のため に存在していたのだと思う。この女をなんとかして生かしてやる。それが俺の使命なのだ
しかし、そうは問屋がおろさないのだった。俺に遺書と時刻表を発見されてしまったの ; 、岬ちゃんの運の尽きだ。 時刻表につけられた印を見る限りでは、岬ちゃんが電車に乗り込んだのは、ほんの一時 間ほど前のことだ。今から追いかければ、充分に間に合う。目的地もわかっているし、な にせこっちには金がある。タクシーを有効活用すれば、岬ちゃんより早く目的地に到着で きる可能性もある。なにも焦ることはない。 俺は夜行列車の中で、途中の本屋で買い込んできた地図を広げた。 岬ちゃんが小さい頃によく遊んでいたという、例の岬を探す。 あった。これた。 彼女の故郷に岬と名付けられた地名は、ひとっしか存在していなかった。だからここで 間違いない。 おそらく岬ちゃんは、俺よりも一本だけ早い列車に乗り込んで、今もゴトゴト揺られて イいるのだろう。年末の帰省客に交じって、生まれ故郷を目指しているのだろう。自殺名所 ダ の岬を目指しているのだろう。だけど彼女は知らないのだ。俺の尾行を知らないのだ。逃 章 十がしはしない。 俺は間違いなく岬ちゃんを捕まえる。その点に関しては、心配ない。おそらく大丈夫だ。 問題は、しかし別のところにある。