176 りで会話を交わすという、ひきこもり人間にとっては最大級のプレッシャーになる現在の シチュエーションも、今の俺にはまったく苦にならない。 当然、いかに岬ちゃんが可愛くても、それでどうこうしてやろうという気も起こらない。 『チカンに注意 ! 』という看板が公園の入り口に設置されているが、これでも俺は紳士的 なひきこもりだ。だから安心してくれ岬ちゃん。 「んん ? なにさニャニヤして」 いやいや、それよりも今日の特訓メニ = ーは ? 」 いつものようにべンチに腰を下ろして俺に向かい合っている岬ちゃんは、やはりいつも のぞ のように秘密ノートを覗き込んた。 「えーと、今夜のメニューは、会話の仕方 ! 」 「はあ ? 」 「ひきこもり人間は一般的に言って、会話がヘタクソです。他人とお喋りするのが苦手な ために、余計に部屋に籠もります。今夜からは、その辺りを矯正しようと思います」 「ほう」 「そうゆうわけで、これからあたしが素晴らしい会話テクニックを伝授してあげます。よ く聴いていてください 岬ちゃんは秘密ノートにちらちらと目をやりながら講義を始めた。俺はよく聴いた。 しゃべ
203 八章潜入 今日、岬ちゃんの属する宗教団体の集会があるらしい。その集会で、なにやら岬ちゃん が大変な役を演じるらしい。 そのような情報を総合した結果、俺は。ヒンとひらめいたのだった。まさしく今日こそ、 岬ちゃんの正体を突き止める最高のチャンスだと。 そうして俺は、かなりの勇気を出して勧誘員にお願いした。 「見学に連れて行ってください ! 」 通常、見学者は、毎週水曜日の『書籍研究』に連れて行く決まりになっているそうで、 二人の勧誘員は「せひとも今日 ! 今日の集会に連れて行って ! 」と懇願する俺の扱いを、 どうしたものかと決めかねているようだった。 が、数分間にわたる懇願の末、ついに彼らは折れてくれた。『帝国会館』の場所と、集 会が始まる時間を教えてくれた。 「タ方の六時から始まります。『金田の紹介で来た』と言えば、通してもらえますから 夕方だった。 あやしげな衣装で見事に変装した俺たちは、『帝国会館』への道を早足で歩いていた。
だがそれでも 今日はなぜだか、いつもと違った。 ど、ぶびつくりすることがあった。 昼の一時に目を覚ました俺は、新聞受けに、見慣れぬ紙切れが挟まっていることに気が ついたのだ。 手にとって、眺める。 それは数日前の、マンガ喫茶でバイトをするために書いた履歴書だった。思い出したく ない記憶ナンく ーワンの、例の一件、あのときに書かれた履歴書なのだった。 なぜ ? なぜ、あの履歴書が新聞受けに ? 俺は早足で、山崎が住む隣室へと赴いた。 ソコンに向かい、何かのゲームをやっていた。 山崎は、今日も学校を休んでいた。。ハ 俺は訊いた。 「今日、宗教の勧誘が来なかった ? 」 「えーと、二時間ぐらい前に来ましたよ。ほら、例の冊子も貰いました。この直訳調の文 体が最高ですよね。あれ ? 佐藤さんのところには来なかったんですか ? 」 山崎のその証言によって、俺は恐ろしい事実に気がついた。 どうやら俺は、マンガ喫茶に履歴書を置き忘れてきてしまったらしい もら
219 八章潜入 学校では普通の若者として過ごし、家庭では立派な宗教者として暮らすーーそんな二重 生活を送っているという。 「 : : : だからなあ、あんたたち。間違っても入信しちやダメだぜ それは真面目な声だった。 「今日はチャホャされただろ。結構気分が良かっただろ。こんな優しい人たちとなら一緒 にやっていけるかもしれないなあ、なんて、そんなバカげたことを思ったろ ? でもな、 それは違うぜ。アレがあいつらの上手いやり方なんだよ。別に、無償の愛じゃあないんだ ぜ。あんたたちを入信させるための手段なんだぜ」 「いったん中に入ってしまえば、そこにあるのは普通の社会だ。みんな長老の座を狙って る。みんなべテル行きを狙ってる。家の父親なんて、根回しに必死だよ。よその長老に贈 今日も見たろ り物を贈って、なんとかのし上がろうとして。ホントに馬鹿らしい う ? 一番最後に発表した子。あの子なんて、ついこの前までただの研究員だったのに、 家族に言われてとうとう宣教学校に入っちゃったんだぜ。家族が宣教学校で発表すれば、 あの子のオパサンの鼻も高くなるからな」 俺はさりげなく、さらに岬ちゃんのことを訊いてみた。 「 : : : ん ? だからあの子は、ついこの前研究生になったばっかりの、ただの娘だよ。あ
254 だから俺たちは、そのホワイトホールの周りを、ぐるりと一周してみた。 すると、綺麗な湖に出た。 山崎はおもむろに衣服を脱ぎ捨てると、頭から湖に飛び込んだ。しかし 「わあ。砂場でした」 湖は、実はただの砂場だったらし い。だけど、俺にはどうも、湖に見えた。 彼の言うことは、あんまり信用できないなと思った。 : まあ、それはそれとして。 それにしても、どうもさきほどから、時間がとぎれとぎれだった。 昔に戻ったり、未来に進んだりした。 俺は考えた。 今は一体、いつなんだろう ? 「おーい山崎君。今日って何曜日 ? 返事はなかった。 どうやら彼は、もう家に帰ってしまったらしい 悲しくなってきた。 きれい
も」 「俺は好きだなあ。く ノイク。風になれるよね」 店の奥に座っている数人の客も、俺に注目し始めた。 「あのエンジンの鼓動がたまらないんだ。ところでどう ? ・・亠めあ、、もうダメだ。 「つていうか、そもそも。ハイクなんて乗ったこともないけどな ! れじゃあね」 早足で店から逃げた。 帰り道、コンビニによってビールと焼酎を買った。 死のう、もう死のう。 しかし俺は死なない。なぜならば、今日は天気がいいからだ。だから死ぬかわりに、死 ぬほど酒を飲んで全部忘れよう。 忘れてしまおう。 酒をーー しようちゅう いっか一緒にツーリングで
ハレるだろうが ! 」 「シッ ! 静かにしろよ、 「こんな所で何やってるの ? 佐藤君」 「だから決まってるだろうが、あのショートカットの女の子を 「女の子を ? 」 「とうさーー」 そのときだった。 俺は何気なく、ファインダーから目を離した。すると、俺の肩に置かれている手のひら ( が、視界の隅に映った。細くしなやかなその指先ーーー男の指ではありえなかった。 俺は背後を振り返った。 そここ 冫いたのは岬ちゃんだった。 ~ 心臓が通常の五十倍速で脈打ちはじめた。 世そよ風が吹いていた。 十時間が止まった。 章 五 いつの間にやら山崎は消え、彼のかわりに、岬ちゃんがいた しかも今日の岬ちゃんは、宗教ルックに身を包んでいた。
ーフェクトー・」 「だけど本当は宇宙人だった」 「グレイト ! その後数時間に及ぶ打ち合わせの結果、我々が製作するエロゲーのヒロイン設定が、つ いに決定した。 ろうあ 。だが彼女は、盲目で聾唖で病弱で、しかもアルツ 『主人公の幼なしみのメイドロポット ハイマーで分裂病の宇宙人だった。だけど本当は幽霊。主人公とは、前世からの絆がある。 しかしその実、正体は狐』 「すんげーっすよ ! カンベキッすよ ! 萌え萌えっすよ ! 」 約 誓 そ「なんですか佐藤さん ? さっそく今日からシナリオ書いてー・ー」 追 ・こっ・・ 章 「こんなん書けるかあ ! ・ : 俺の好きにやらせてもらうからな」 俺は山崎を足蹴にすると、自室に戻った。 すでに時刻は深夜二時。
234 だがーー・それでも隣人だけは元気だった。ますますむやみに騒いでいた。朝から深夜ま で、大音量のアニソンを響かせていた。 聞くところによると、最近は一日四時間程度しか眠っていないという。アニソンを聴き ながら、クリエイティブな作業を頑張っているという。充血した目をぎらぎらと輝かせて、 まったく無意味な創作活動に励んでいるという。 そんなある日に、山崎は言った。 「やっとゲーム作りが一段落しましたよ 「ほう」 「そして今日からは、爆弾作りを始めます」 「 : : : はあ ? 」 山崎は答えず、生の食。ハンを黙々と齧った。ずいぶんと適当な朝食である。 俺は彼のように無精な人間ではないので、ちゃんと。 ( ンをトーストして、ついでに手早 く目玉焼きを焼いた。 「いただきます」 「たからあんた、人の冷蔵庫から勝手に飯をーーー」 俺は知らないフリをした。
「 : : : やつばりいいや。言うと傷つくから」 とっくの昔に傷ついている。 「気にすること無いよ。佐藤君みたいな人でも、それはそれで人の役に立ってるんだか そうして岬ちゃんはべンチから立ち上がった。 「今日はコレでおしまい。また明日」 山崎はひとりでゲームを作っていた。俺が途中まで書き上げたシナリオを使って、ひと のうみそ 石りシコシコとゲーム製作に励んでいた。先日購人した幻覚剤で脳味噌に気合いを入れつつ、 岩 る無言でひたすら。ハソコンに向かっているのだった。 転これもまた現実逃避のひとつの形か。実に末期的である。 しかしーー・・幻覚剤をキメながらのゲーム製作など、はたして本当に可能なものなのだろ 章 七 、つ、カっ・・ 俺は山崎の背中越しに、 ハソコンのディスプレイを覗き込んた。