「変だよ。ずっと変だった。初めて見たときから、かなりャパかった」 そうして俺たちは押し黙った。 目の前を、鳩が歩いていた。岬ちゃんは鳩を捕まえようとした。当然の事ながら、鳩は 逃げた。何度かその試みを繰り返し、その全てに失敗すると、顔を正面の噴水に向けたま ま、岬ちゃんは言った。 「 : : : だけどさ佐藤君」 「あたしと佐藤君、どっちがダメ人間かっていったら、それはきっと、佐藤君の方がダメ でしよう ? 日 俺はまったく同意した。 の 「だからだよ。だから佐藤君は、あたしのプロジェクトに抜擢されたんだよ」 し ようやく彼女は、すべての核心を話してくれる気になったらしかった。 お だけども、もはや、何事も、どうにも変化はしないだろう。それが俺の確信だった。な 章 九のに岬ちゃんは笑顔だった。見る者をどことなく不安にさせる、だいぶ嘘臭い笑顔を浮か こころもと べていた。唇だけをわすかに吊り上げた、心許ない作り笑いだった。 「まず前提として、あたしみたいな人間を、好きになってくれる人なんか、いるわけない ばってき
らば、ひきこもりからも脱出できるじゃないか ! 」 「無理ですよ」 「無理じゃない ! 「ダメですよ」 「ダメしゃない 俺の懇願は、その後一時間ほども延々と続いた。 なだめ、すかし、怒鳴り、「お前が学校に行ってる間に放送されてるアニメ、俺が録画 しておいてやるから。 O カットもしてやるから」とご機嫌を取ったところでーーっいに 山崎は譲歩した。 「 : : : 佐藤さん。本気なんですね」 それは真面目な声だった。 「あ、ああ。俺は本気だ。マジメだぜー 「それならば たったひとつだけ、佐藤さんでもゲームクリエイターになれる方法があ ります。ですがーー」 「ですが ? 」 「それはおそらく血塗られた道です。どこまでも険しく苦しい、誰もが逃げ出したくなる、 そんな方法です。ましてや佐藤さんのような一般人では
あざわら 耳を澄ませば、確かに聞こえた。彼らが俺を嘲笑う、その声が。 それ以来だ。 それ以来、俺は外に出るのが恐ろしくなったのだ。 つまり スピーカーが一三ロった。 「そうだよ。佐藤さんを笑った人たちは、妨害エ作員だったんだよ。決して佐藤さんの被 害妄想なんかじゃないよ。奴らは、佐藤さんの傷つきやすくてナイーブな心を利用して、 ひきこもりに仕立てあげたんだよ ああ。 そうだったのか ! その瞬間、長らく俺の精神を覆い尽くしていた深い暗闇は、ついに取り払われた。 生ようするに、俺はいままで、何者かからの心理操作を受けていたのだ ! そう考えれば、 の すべてのつじつまが合う ! 士 戦 : だけど、誰が何の目的でそんなことを ? 一わからない。 わからない。 と、そのとき、ふいにテレビがこんな事を呟いた。 つぶや
: なんにもできないくせに、 あいつらみたいに、口先ばかりの奴が一番腹立つんですよ。 群れやがって , どうやら俺は、学園生活に関する彼の葛藤を刺激してしまったらしい。コーヒーなどを 飲ませて、落ち着かせてやることにした。 床に散らばったゴミクズの中から、まだ使われていない紙コップを拾い、押入れの中に せんべい 設置されているポットからお湯を注ぐ。さらにべッドの下などをあさってみると、煎餅の 徳用。ハックなどが出てきた。 俺たちはその煎餅を食いつつ、コーヒーを飲んだ。 一息つくと、山崎は本題に戻った。 力なりのセンスと技術 「それじゃあ、今度は具体的に考えていきましよう。音楽ーーは、、 を必要とするから、佐藤さんには無理ですね。プログラムはーー数学とか苦手でしよう ? だから無理。絵ーーも、無理ですよね。一度佐藤さんが描いた絵を見たことがあります。 たからマンガも不可能。ならばーー」 ひざ 山崎はそこでハタと膝を打った。 「佐藤さん、あなた文芸部員だったでしようが ! 」 ・どから ? 「小説ですよ小説 ! 」 かっと、つ
る舞いには、妙な自信が満ちあふれていた。 やはり四年という歳月は、人の性格を激変させてしまうものらしい。イジメられっ子だ った山崎君の精申よ、 ネ。いまやすっかり、ヤ・ハイ感じにねじ曲がっているようだった。 だが・・ーーそれはこの際、どうでもいい。目の前に立ちはだかる問題を解決してくれるも こうべ のならば、俺は悪魔にでも頭を垂れよう。 「いやいや、なにも頭を下げたりしなくてもいいですけど。まあ、とにかく話を始めまし さて、クリエイターと一言で言っても色々ありますが、佐藤さん、あなた一体、 何がやりたいんですか ? 」 だからクリエイター 「クリエイターという職業はありませんよ ! 」山崎は声を荒げた。「小説家とか、漫画家 とか、そーゅー職業を総称して、クリエイターって言うんです。つまり作家です。 から佐藤さんは何が作りたいんですか ? 僕はそう訊いてるんです」 「クリエイターって肩書きがつくんなら、何でもいいよー みぎこぶし 山崎は右拳をきつく握りしめた。 そして気を取り直したのか、今度は「はあ」と大きなため息を吐いた。 「ま、まあ、良しとしましよう。それじゃあ、佐藤さん、あなた、どんな技術があるんで
アパートに帰ってくると、俺はビックリ驚いた。 俺の部屋の真ん中に、マネキンみたいな等身大の人形が設置されていた。その人形のま わりを、山崎がふらふらと旋回していた。 「お帰りなさい佐藤さん ! 御神体ですよ ! 」 「学校の知り合いの友達の兄さんが、昔に買ったルリルリ等身大フィギュアを持て余して るって話を、いつだか小耳に挟んでまして。そこでさっそく、僕が手段を尽くして、その フィギュアをゲットです ! だから佐藤さんも拝んでください ! この、白くて青くて小 さくて可愛いルリルリを ! 」 何かのアニメキャラらしい。年の頃は小学校高学年と思われる等身大人形に、山崎は平 身低頭していた。 見ると、クスリを入れておいた金属製の缶が空つ。ほになっていた。残り全てを山崎が摂 取してしまったらしい 「ええ、クスリを使いましたとも ! そうして僕は、またもや今世紀最強のトリップを体 章 そう ! 今度こそ僕は悟ったんです。ええ佐藤さん、僕はこの世の仕 験しましたよ。 9 組みを見てとりました」 山崎は人形の足元に額をすりつけてから、ふいにガ・ハッと立ち上がり、こちらを向いた。
240 変な話だった。 「でもねえ : : なんだろう ? せめて遺書ぐらいは残すべきだと思ったよ。たとえば、と ろろいもとか」 「 : : : とろろいも、食べたいなあ」 「かゆくなるよね」 「うん 「でも、おいしいよね」 迷走する会話だった。 やはり俺は途方に暮れていた。しかし岬ちゃんは笑っていた。 「ーーーああ楽しいなあ愉快たなあ。そう思うでしょ佐藤君 「そうだね」 「だけど、そろそろ終わりだよ。 : プロジェクトの最終日が迫っていますー 岬ちゃんは本を鞄にしまった。 「これだけタメになる講義を続けてきたんだから、そろそろ佐藤君、立派な大人になれた でしょ ? 」 べンチから立ち上がり、そう言った。
渋谷の、コジャレた喫茶店で「どうなんですか ? 」と俺は訊いた。 数年ぶりに出会った先輩に、俺は訊いた。 この前の日曜日に、いきなり何の前触れもなく電話がかかってきたのだ。『会おうよ』 と先輩は言った。俺はのこのこ出かけていった。 待ち合わせ場所はモャイ像前だった。ちょっと地方出身者つ。ほい行動たったが、事実俺 たちは地方出身者なので、特に問題ない。 出会い頭に、先輩は言った。 「佐藤君の実家に電話をかけて、佐藤君の今の連絡先を教えてもらおうと思ったら、君の オしふ胡散くさがられたよ」 お母さんにセールスマンと間違われて、ど : 「ああ、よくあるんですよ。学校の同級生を名乗って、名簿を集めようとする業者ーー」 約 て数年ぶりに再会して、一番最初の会話がこれかと思うと、ちょっとげんなりした。 そ ; 、記意に違わず先輩は、やはりばっちり可愛かったので、俺はだいぶドキドキし 蠍た。ついでに、ひきこもり特有の視線恐布と広所不安がやってきた。 喫茶店に入っても、冷や汗が止まらなかった。 章 窓際の席に座った先輩は、アイスコーヒーなどをストローでかき回しながら訊いた。 「あのさあ佐藤君、君、今、なにやってるの ? 」 俺は包み隠さずに本当のことを答えた。笑顔で。 うさん
『スカートを』 『お医者さん』 『注射』 、も、つダメだ , も一つダメだ , も一つダメたー 死のう死のう今すぐ死のうー だけどーーんん ? なんだよ。うるさいな。 いるんでしよう ? 開けてくださいよ 「佐藤さん ! 遠くから、どこか遠くから、誰かが俺を呼んでいた。 「佐藤さん ! 生きてるんですか ? 死んでるんですか ? 生きてるんなら開けてくださ 世ドアが、アパートのドアが、激しくノックされていた。 + だけども俺は、もはや人前に姿を現せるだけの資格を持っていない。 . だから放って置い てくれ。 章 : せつかくスンゲー裏ビデオ貸してやろうと 五「 : : : なんだ、本当にいないんですか ? 思ったのに」 俺は立ち上がり、涙を拭いて、ドアを開けた。
292 『優しい態度で』 というのがキーワードらしい 俺は襟元をただし、岬ちゃんに向き合った。神妙な態度の証明た。 そして言う。 「死んじやダメだ。生きていこう」 ちょうしよう 岬ちゃんは微笑んだ。それは嘲笑だった。 俺がどれだけ苦労してここまで来たのか、それをしつかり思い知らせてやりたくなった が、当然それも我慢する。優しい声色で訊く。 「どうして急に自殺なんか ? 」 「別に佐藤君のせいじゃないよ」 「そんなことはわかってる。だからーー」 「生きていくのに疲れました」 「 : : : もっと具体的にさ」 「全部がイヤになりました。生きてても仕方がありません 微笑みながら、そんな抽象的語句を唱える女だった。 やつばり、、ハ力にされているのだろうか ? 「うん、そうだよ。だっていまさら佐藤君に助けてもらおうとは思わないよ。しよせん佐