128 ゴールデンウィークが来たと思ったら、いつの間にやら梅雨が終わっていた。月日が素 晴らしいスビードで、俺の目の前を流れ流れ流れ過ぎていった。 しかしこの一カ月、それなりに様々なイベントが発生した。 たとえばこの前、深夜のコンビニで岬ちゃんと。ハッタリ会った。岬ちゃんは、俺に一枚 のワープロ用紙を手渡した。その紙は契約書たった。黒いポールペンで大きく『契約書』 と書かれていたので、それはおそらく契約書に違いない。 あと、一週間ほど前に、高校の頃の先輩と渋谷で待ち合わせをした。喫茶店などに入っ ナしふトキドキしたが、それほど特筆するべきこと て、ちょっとばかり歓談などをした。ど : 。 もない。 それと、親がリストラされた。来月から仕送りが止まる。 六章追憶、そして誓約
116 時刻は午後三時。最高のタイミングだ。 「デジカメの他にも使い捨てカメラだなんて、一体なんに使えって言うんです ? 」 山崎は息を切らしながら質問した。 目的地にたどり着いたところで、俺は答えてやった。 「君が、俺を、撮るんだよ 「はあ ? 」 「ここが、どこたかわかるか ? 」 「えーと。見たところ、小学校の校門前ですね」 「そうだ。生田小学校だ。生徒数約五百人の公立小学校だ。そうして俺は、校門前の植え 込みの陰に姿を隠す。山崎君、君も身を隠しなさい。ほら、急いで 「は、はあ」 「もうすぐ終業のチャイムが鳴るそ。そうすると、小学生がこの校門から溢れだしてく 「 : : : そうっすね。それでフ 「俺は、撮る」 「な、何を ? 」 「しよ、小学生を」 あふ
となると、これは明らかに計画的犯行なのだった。岬ちゃんは、ずっと前から死ぬつも りだったのだ。 そんな女の目の前に俺がのこのこ現れて、それで一体どうするつもりだ ? どうにもならない。 とか、そんなことを言ってみればいいのだろうか ? 「死ぬんじゃない ! 「明日があるさ ! 」とか、そんなことを叫んでみればいいのだろうか ? そんなセリフなら、岬ちゃんの秘密ノートにいくらでも書き込まれている。しかしそれ らの言葉は、決して岬ちゃんを救いはしなかった。だからこそ彼女は、薬百錠一気飲みに トライした。 。土会の底辺に生 つまり、俺にできることなど何もない。むしろ顔を見せない方がいしネ きるひきこもり人間などに見舞いされたら、よけいに虚しくなるだろう。 ートに帰ることにした。 というわけで、俺はア。ハ が、正門まで来たところで、足を止めた。 ダ 章 + もう一度、正面玄関へと引き返す。 思考がループしていた。 このままでは、夜までぐるぐる歩き続けてしまいそうだ。
ダ 大晦日を目前に控えたある日の午後、町外れにある巨大な総合病院の前庭を、俺はぶら 章 十ぶらうろついていた。 この病院に、岬ちゃんが入院しているという。 今朝、駅前のマンガ喫茶に赴いた俺は、疲れ切った表情のオジサンから、その情報を聞 救急車は、岬ちゃんの家の前に停車した。 彼よ救急隊員に向かって、何 勢いよく玄関のドアが開き、オジサンが飛び出してきた。 , 。、 かを大声でわめいていた。 救急隊員は担架を持って、家の中に駆け込んでいった。 しばらくすると、玄関から担架が担ぎ出されてきた。 その担架には、岬ちゃんが横たわっていた。 ぐったりしていた。 救急車は、岬ちゃんの乗った担架とオジサンオ。ハサンを収容すると、またも猛ス。ヒード で俺の目の前を疾走していった。 っ 1 おおみそか
やはりこの前と同しように、無駄に可愛い笑顔を浮かべていて、彼女をアシモの後継機 と見なすのは、もはや不可能たった。 つぶや 俺は顔をそらして、呟く。 「 : : : 俺はひきこもりしゃない」 「嘘。この前、オ・ハサンに勧誘されたとき、自分から思いっきり。ハラしたクセに。あたし に気づくと、逃げたクセに。普通の人間は、そんなことしないよ 俺の言葉は、しかし遮られる。 他の人がー 「布いんでしよう ? 顔を上げると、目があった。黒目がちの大きな瞳をしていた。 その目を見つめたまま、俺は何を言うべきか、しばらくのあいだ迷ってしまう。 道 のしかし 主 物 結局、何も言わずに、もう一度顔をそらした。 四ふと気づくと、いつのまにやら風が出ていた。頭上では、木々の枝がざわめいていた。 肌寒い夜だった。 俺はア。 ( ートに帰ることにした。べンチから立ち上がり、背を向けた。 ひとみ
31 二章ジハー い存在ではないのかもしれない。むしろ素晴らしいと言っても過言ではないのかもしれな : ああ、そうだぜ。 実に卑猥じゃないか。よくよく考えてみれば、それはまさしく最高じゃないか。 せつかん それは年長の厳しいシスターに折檻される少女。 たとえば脳裏に浮かぶイメージ。 そして巻きおこる魔女裁判。ついには激しい拷問が。そこは石畳の地下室。拷問係が「お むち 前が魔女かどうか確かめてやる」と言って三角木馬を用意し ! な、なんと鞭を ! ッ これでもか ! これでもか ! ひいっ ! 堪 これでもか ! っ 忍を ! お慈悲を ! もう許して ! しかし彼女の哀願は聞き入れられることなく、い 終わるとも知れぬ陵辱の宴ば、どこまでもどこまでも制限無くエスカレートしていくこと なのであったのであった ! ファンタスティック ! サティスファクション ! スタンディングオペーショ 「ーーあのう」 気がつくと、目の前に立ったす ( サンが、俺を不安げに見つめていた。 「大丈夫ですか ? 」 うたア
だがそれでも 今日はなぜだか、いつもと違った。 ど、ぶびつくりすることがあった。 昼の一時に目を覚ました俺は、新聞受けに、見慣れぬ紙切れが挟まっていることに気が ついたのだ。 手にとって、眺める。 それは数日前の、マンガ喫茶でバイトをするために書いた履歴書だった。思い出したく ない記憶ナンく ーワンの、例の一件、あのときに書かれた履歴書なのだった。 なぜ ? なぜ、あの履歴書が新聞受けに ? 俺は早足で、山崎が住む隣室へと赴いた。 ソコンに向かい、何かのゲームをやっていた。 山崎は、今日も学校を休んでいた。。ハ 俺は訊いた。 「今日、宗教の勧誘が来なかった ? 」 「えーと、二時間ぐらい前に来ましたよ。ほら、例の冊子も貰いました。この直訳調の文 体が最高ですよね。あれ ? 佐藤さんのところには来なかったんですか ? 」 山崎のその証言によって、俺は恐ろしい事実に気がついた。 どうやら俺は、マンガ喫茶に履歴書を置き忘れてきてしまったらしい もら
が混んできたら機械の補助役を務めてみたりもするが、結局のところ、毎度同じくぶらぶ らと誘導棒を振り回すだけのことだった。 事故もなく、何事もなく、きわめて安全にクリスマスの夜は更けていく。 どこか遠くの方で、クリスマスソングが奏でられているようだった。 一台の車がやってきた。 閉店になる一時間ほど前に、 車自体は、どこにでもある普通の国産車だった。なにも特筆すべきことはない。 だが、助手席に乗っている女の顔を、俺は知っていた。 車内ランプを点けていたので、よく見えた。 俺は何となく、制帽を目深くかぶりなおしてみた。もちろん、その車はなんの滞りもな く俺の目の前を通過していったので、わざわざそんなことをする必要はなかった。 助手席に座る先輩が、一瞬こちらを振り向いたような気がした。 イ当然それも、錯覚だった。 章 + 勤務時間が終わった。 かばん 俺は制服を着替え、誘導棒とヘルメットを鞄に詰めると、終電間際の電車に揺られてア ートに帰った。
268 ほら、すぐそこに、淡く優しく輝いている。 それは涙の出る、懐かしくて、切ない、本当のふるさと。 どこまでも続く秋の平原。遥か昔の遠い思い出。けらけらと笑う少女たちの、ほんのつ かのまの永遠の視線。車にひかれた黒猫の安らぎ。 もう、大丈夫だ。 もう、辛・いことも苦しいことも、どこにもない。 「そう。だからもう、あなたは 少女が一 = ロった。 山崎の置き土産、等身大アニメ人形が俺を見つめていた。 彼女は天使だっこ。 彼女は見事に動き出し、俺をいざなった。 そうして俺は、彼女と一緒に : とこか遠い別の惑星へと旅だった。 その星は、美しかった。 空は青空。白い雲。 涼やかな風が吹いていた。目の前には春の草原が広がっていた。 その草原の真ん中に、俺と少女の二人がいる。 少女は一輪の真っ白な花をつみ取ると、俺の目の前にかざした。
なので俺は、土曜の夜に爆弾を爆発させた、公園の茂みの中に潜り込んでみた。 そこには三日前の山崎と、三日前の俺がいた 山崎は。ハイプ爆弾の周りをコンクリートプロックで包み、時限装置をセットしていた。 「さあ、あと三分で爆発です。離れてください , 俺と俺と山崎は退避した。 「革命家になりたかったなあ、しかしそれは叶わなかった。戦士になりたかったなあ、し かしそれは叶わなかった。オヤジが死にそうだ。ならば僕は帰るしかない。だれが悪いん でしようかね ? 悪いやつが、どこかにいると思うんですよ。そいつをこの爆弾で、 ウッド映画並みに爆発させてやりたかったんですよ。だけど、ねえ ? 」 背中しか見えないので、そのときの山崎がどんな顔をしていたのか、確かめようがない。 日たけど俺にはわかっていた。 の 「あれ ? もう三分たったのに、爆発しない」 し山崎は爆弾の方に歩いていった。 コンクリ ートプロックを持ち上げようとしたところで、「パン」と音がした。 章 九山崎はこてんとひっくり返った。 俺にはわかっていた。泣いているのだと、わかっていた。 「せんぜん、威力がないですよ。頑張って作った爆弾も、爆竹程度の威力です。こんなん かな