あるいは漢文で記すべきであったものを、漢字仮名まじりや仮名書きで記したものである。た とえば、天皇が読みあげる宣命、祭祀の場における祝詞、書状の類などが挙げられる。これら の中には、漢語を極力使わない、 いわゆる「やまとことば」で音読するものもあるが、その語 順については参考にすることができる。 この他、訓読の手がかりを得るための資料として、譲状と置文という組み合わせは興味深 、 0 譲状とは、家の当主が自身の死後、誰にどのような財産を譲るのかを書きあげた文書であ る。公的な機関にも提出されて認可を受けるため、漢文で記されることが多い。それに対して、 当主が被譲者に対して死後の遵守事項を命じたのが置文である。これは私的な内容であるため、 仮名書きであることが多いが、文章そのものは前者の譲状と共通する部分がきわめて多い。大 つかみに言って、譲状を訓読して仮名書きにしたのが置文ということになる。両者を比較する ことによって、当時の人々が変体漢文をどのように訓読していたかを知ることができる。 こうした方法によって抽出された規則を、たとえば仮名書きの書状にあてはめて、それをも とに漢文を再構築してみると、他の変体漢文とほとんど矛盾は見出せない。 ここで解説するの は、そのようにして見出された訓読の方法であるということになる。 読者は、とりあえす本書の冒頭から目を通し、提示された例文の訓読および現代語訳を読ん
※同様な意味を示すものとして「篇」という語がある。 例云主従相論之篇、云遺財進止之段、 主従相論の篇と云い、遺財進止の段と云い、 主人と従者が相論することも、遺産を処分することも、 ↓、のおもむき ⑤「趣」 直前に文節と「之 , をともない、文の主部を形成する。「之、があるため、その直前には体 言がくる。「 5 の内容」「 5 の事情」という意味になる。 例 1 右、訴陳之趣、 右、訴陳の趣、 右、訴訟の内容は、 例 2 書状之趣、誠以外也、 ↓書状の趣、誠に以ての外なり、 ( 2 ) 主部
①「不 . 仮名書き古文の助動詞「ず」に相当する。活用も同じ ( 形容動詞型 ) 。その直後に必ず活用 語 ( 動詞・助動詞・形容詞など ) がくる。活用語は未然形となって接続する。意味は単純な否 定であり、「 5 ないー 例 1 不書之、 ここでは、古文書・古記録において多用される助動詞を挙げる。 たちま 何ぞ忽ち御家人の侘僚に及ぶべけんや、 どうしてすぐに御家人の困窮になることがあろうか ( 3 ) 助動詞 之を書かす、 これを書かない と訳す。 ( 3 ) 助動詞
ならびに。 并 ( ならびに ) 例扈従公卿并御共殿上人已下、 ) ) しょ・つ 扈従の公卿ならびに御共の殿上人已下、 付き従う公卿ならびにお供の殿上人以下、 重而 ( かさねて ) = かさねて。再び ( 『鎌遺』一四二〇四号、大中臣祐賢書状案 ) 例巨細尚条々、重而以一紙、披露可申候、 こさ 巨細なお条々、重ねて一紙を以て、披露申すべく候、 詳細については、再び一通の書状でもって、ご案内いたします。 追而 ( おって ) = おって。後に ( 「吾妻鏡」宝治元年六月五日条 ) 例委尋明、随注申、追而可有御計者、 ↓委しく尋ね明かし、注進に随い、追って御計らい有るべし、てへり、 詳しく追及し、報告に従い、おって処断があるだろう、とのことだ。 くわ ( 「勘仲記」建治一一年正月十一日条 ) Ⅲ修飾語・修飾部川 8
書き上げ候、 書き上げます。 例 2 可有御座候、 御座あるべく候、 そうである ( そこにいらっしやる ) べきです。 例 3 書改候了、 書き改め候い了んぬ、 書き改めました。 おわんぬ ②「了 . 「畢」「訖」 活用語の連用形に接続する補助動詞。動詞「おわる」と完了の助動詞「ぬ。の結合「おわ りぬ」の撥音便。活用はないが、「ぬ。をともなわない「おわり」という連用形をとることで、 あとの文につながる場合がある。意味は過去・完了で、「 5 した」と訳す。 名書きにせず、そのままのかたちで残す。 例 1 書上候、 Ⅱ述語・述部 72
者 ( てへれば ) = そうであるので 例為棄命於軍旅、進発上者、雖不被申鎌倉、有何事乎者、遂以扈従云々、 ( 『吾妻鏡』承久三年五月二十五日条 ) 命を軍旅に棄てんがため、進発する上は、鎌倉に申されずと雖も、何事か 有らんや、てへり、遂に以て扈従すと云々、 即・則 ( すなわち ) = すなわち。つまりそこで 例所詮悔先非、可書進誓文於熊野牛王裏、然者可免許之由、被示之間、為其 ( 『師守記」貞治六年六月廿五日条 ) 来臨、則四箇条被書告文、 所詮、先非を悔い、誓文を熊野牛王の裏に書き進らすべし、然らば免許す べきの由、示さるるの間、そのために来臨す、則ち四箇条の告文を書かる、 結句、以前の非を悔い改め、熊野牛玉宝印の裏に起請文を書いて提出せよ。 そうすれば許すとのことを示されたので、そのためにやって来られた。そ こで、四箇条の起請文をお書きになった。 757 ( 1 ) 接続詞的に用いられる語
②「以ー 体言の直前について、「 5 で以て」、「 5 を通して」 ( 手段 ) 、「 5 を使ってー ( 使役 ) などの意 味になる。 例 1 以使者、令申事由了、 ↓使者を以て、事の由を申さしめ了んぬ、 使者を遣わして、事情を説明させた。 例 2 以小刀、令切給、 小刀を以て、切らしめ給う、 例 2 遣状於弥九郎、 状を弥九郎に遣わす、 書状を弥九郎に遣わす。 例 3 任法於公方、 法を公方に任す、 法的な裁きを公方に任せる。 ↓ 5 を以て Ⅲ修飾語・修飾部川 2
⑦可令射 ⑧可令管領 ⑨可令駆 ⑩可令宛 応用演習以下に挙げる変体漢文を訓読しなさい。 ①往古、以八幡宮、為氏神之条、不可有所見云々、此事猶不審事也、 ( 『十輪院内府記」文明十三年三月廿八日条 ) ②然者、任彼例、可被造歟之由勅定候、 ( 「久我家文書』一七二八号、藤原忠通書状 ) Ⅱ述語・述部 82
固・本自 ( もとより ) = もともともとから、であるのに加えて ( 「鎌遺』一六七六九号、信空書状 ) 例本自、庶幾候事候、 こいねカ ↓本自り、庶幾い候事に候、 もともと、願っていたことでございます。 将又 ( はたまた ) = さらにまた、あるいはまた 例国栖・立楽等被停止可被行哉、将又再興之間、如法可被行哉、 ( 『実隆公記』延徳一一年正月九日条 ) れ 国栖・立楽等停止せられ、行わるべきか、将又再興の間、如法に行わるべ用 0 , 刀 国栖・立楽等はやめて、その儀礼を行うべきか、あるいはまた、儀礼が再 興されたので、形式に則って行うべきか だろ、つか。 一三ロ
( 3 ) 動詞の体言化 きわめて限定された範囲だが、動詞を体言化し、主語として用いるための特殊な接尾語があ る。相当する漢字は存在しないが、動詞の直後に補って、慣用的に「 5 らくは」と訓読してい る。「 5 するのは」「 5 することは」という意味になる。概して、上級権力者への訴えかけなど に際して用いられる傾向が強い。 もとは、「る」の語尾をもっ活用語の連体形に、古代の形式名詞「あくーが付いて変化した ものとされている。「見らく」「告ぐらくー「すらく」「死ぬらくなどの形が知られる。のちに は他の動詞の連体形にも付くようになった。 書状の内容は、本当にけしからぬものである。 例 3 此返事之趣、叶御意之由、有仰、 ↓この返事の趣、御意に叶うの由、仰せあり、 この返事の内容は意に叶っている、との主人の仰せがあった。 I 主語・主部 22