俣氏のしとぎ調査では今のところ、東インドやネノ 。、、ールでは、その存在が知られておらす、 インドのアンドラ・プラデシュ ル・ナドウ州からスリランカ、ミャンマ ルネオ、台湾、中国南部、そして日本へと関連がありそうで、これは、海洋ルートでの伝 播の可能性を示唆している。 ル・ナドウ また、大野晋氏は『日本語の起源』 ( 一九九四 ) において、インドのタミー 丿の言語であるタミー ル語が文法的にも、語源的にもハ日本語や朝鮮語にも近いことを発 表しているが、このこととも関連し、興味深い。 しかしながら、東インドやブータンには餅麹を用いた酒があり、餅麹をつくるためには 生穀類からまず生シトギをつくるはずで、それらの地方でしとぎが神々の供物になってい るかどうかの調査も必要である。 中央アフリカに見出されたカビ酒 アフリカの酒づくりを見ると、ビール醸造の発祥の地メソボタミアおよびエジプトの影
ジス河流域からインド東北部を経て、タイ に入ったと考えられる。これらの伝播を明 住もし にのら 部型ず らかにするには、民族はもちろんのこと、 北判め 島小た 供民族の移動にともなうほかの物資や文化の ソ麹ク氏 ル餅一雄伝播の解明が先決であろう。 のモ道 また、前述のとおり、米餅麹が中国の江 ン族ス ピオを 南地方から東南アジアにかけてカビ酒づく 丿ガ面 イフ表麹 フィは餅りに利用されているが、米餅麹の素材、す なわち、米粉を水で練った団子の生シトギ は、この地域においても神への供物として用いられていたようだ。 たとえば、インドのマプは、木俣美樹男氏によると次のようにしてつくられ、利用され ている。すなわち、マプは黒砂糖や蜂蜜を生穀粉と混合し、練ってポ 1 ル状にした食品で、 生穀粉は、竪臼、竪杵による湿式製粉法でつくられる。これは日本のしとぎと同じである。 また、木俣氏らの調査によると、マプは少なくともインドのタミー ル・ナドウ州の数か所 の村において、アワの生粉からっくられていた。そこでは、マプは神々に供えた後、村人
こと、および餅麹の酒より古い酒と考えられると述べている。なお、吉田集而氏は稲芽酒 と報告しているがここでは芽米酒とした。 一方、渡部忠世氏はアッサム・雲南地方を揚子江河口と並んで稲の発祥の地と考えてい て、これにしたがえば、芽米酒もアッサム地方で生まれ、ついでタイの方に広がったと考 えるのが自然のように思われる。 私たちは糸引き納豆の研究の途上で、納豆菌の粘質物の生成を支配する細胞質因子 ( プ ラス、、、ト 。 ) の大きさが、雲南付近のものを最大として、周辺に広がるにつれて同心円的に 小さくなり、日本、台湾で最小になることを見出している ( 「留学生と糸引き納豆」の項を 参照 ) 。このことから、糸引き納豆の納豆菌は雲南に起源をもっことが推測され、そして さらに、そのことから、この場合も、中国江南地方の米餅麹 ( 小麹 ) も雲南に源を発し、 中尾佐助氏が提唱した照葉樹林帯のトライアングルに沿って、東南アジアに広がったとも 考えられる。 しかし、永ノ尾信悟氏の「古代インドの酒スラー によると、インド南部の芽米酒につ いて、紀元前一〇〇〇年後半のインドの古い記録があり、ガンジス河流域で紀元前三〇〇 〇—前二〇〇〇年頃に芽米酒が誕生したことが推測され、それからすると、芽米酒はガン
野本寛一「焼畑農民の祭りー稗酒と猿舞ー」、『歴史公論』一一巻三号三八四七頁、一九八五年 木俣美樹男「インドにおける雑穀の食文化」、阪本寧男編『インド亜大陸の雑穀農牧文化』学会出版セ ンター 一九九一年 安渓貴子「中央アフリカ・ソンゴーラ族の酒づくりーその技術誌と生活誌」、和田正平編著『アフリカ ー民族的研究』同朋舎出版、一九八七年 山本紀夫「チチャこそすべてーインカ帝国の酒ー」、山本紀夫・吉田集而編著『酒づくりの民族誌』 八坂書房、一九九五年 永ノ尾信悟「古代インドの酒スラー」、山本紀夫・吉田集而編著『酒づくりの民族誌』八坂書房、一九 九五年 Suprianto, R., Ohba, T., Koga s. Ueda 【 Liquefaction 0 ( Glutinous Rice and A 「 oma FO 「 mation in Ta 、、 prepation by Ra を . J. Ferment. Bioeng. , 67 , 249 ー 252 ( 1989 ) Varauinit, S. Shobsnob, S. 【 Rice Malting and 一 U ( 三 za ( ぎラ . Machid01 Univ. , Japan-Thai Seminar, Chiang Mai Thailand ( 1988 ) Pa 「 k, Y. K. , zenin, C. T. , Ueda, S., Ma 「 tins, C. 0 = Nets, J. P. M. 【 Microflora in B 代ミ and Their BiochemicaI Characteristics. J. Ferment. Technol" 60 , 1 ー 4 ( 1982 ) pasto 「 e, G. M. , park, Y. K. 年 Min, D. B. 【 production 0 ( F 「 uity a 「 oma by ~ ミ、 0 も 0 ミ from Beiju. Mycol. Res., 98 , 1300 ー 1302 ( 1994 ) ー 80
そこで、しとぎからの酒づくりを実際に行なってみることによって、わが国に存在する 黄麹菌をつけた餅麹では質のよい酒がつくり得ないことを知り、餅麹づくりに適したくも のす力ビが日本の環境に存在しないことが、餅麹によるカビ酒づくりが日本に定着しな かった理由であることを実証できたのである。 また、この一連の実験によって、穀芽酒づくりには、アミラーゼ力の強い麦芽よりも、 アミラーゼ力の弱い芽米の方が、より品質のよい、上品で端麗な酒ができることを知り得 たのは、意外な結果であった。一〇世紀頃の記録になお、芽米酒の存在を示唆する部分が 残されているのは、芽米酒の上品な味が、当時の人々の間にまだ記憶されていた証であろ 古代、中国江南地方で開発された米粉のしとぎによる餅麹 ( 草麹 ) は、フィリビン、イ ンドネシア、タイ、マレーシアなど、東南アジアに放射線状に広く分布する。これについ ては、芽米酒はインドのアッサムから雲南にいたる地域から、稲の分散と同じように放射 タイ、中国へと広がった 線状に広がったとする説と、インドからネパ とする二つの説がある。 、 0 ー 68
揚子江 系剴 ネパ - ル ガンジス川 . ・・ムをイラワ - サ プラマプトラ川 メコンの ) 列 チャオプラヤ川 メコン川戸・ カンホジア セレベス ノヾリ島ロンボク島 ージャポニカの系列 ーインティカの系列 アジア大陸における稲の道 ( 渡部忠世著「稲の道』 NHK ブックスより ) インド 、ト 0
第 7 章世界各地のカビ酒とその起源 マヒドン大学の研究者により、タイ北部の少数山岳民族が芽米酒をつくっていて、彼らも 実験室でアミラーゼ力の強い芽米をつくることができたことを発表していた。 また、吉田集而氏は、インド東北部のアッサム地方において、ロタ・ナガ族、レンマ・ ナガ族、アンガミ・ナガ族が芽米酒をつくっていて、この酒は伝説の中にも出てきている シッキムのガントクで見られるレ プチャ族の餅麹。シダを用いてつ くる。 ( 小崎道雄氏提供 )
話の天孫降臨説には日朝の間に多くの共通点があること、また、弥生人と朝鮮人とが骨格 的に共通していることなどから、このように若干とも口噛み酒受け入れ可能なツングース 系の人々が弥生人として紀元前四—二世紀頃、わが国に入ってきたのではないかと考えら れないだろうか。そうであれば、先住民の縄文人のロ噛み酒もあまり抵抗なく弥生人に受 け入れられたことであろう。一方、日本語の中にはインドネシアやインド南部など南方系 の言語が多く見られるが ( 大野晋、一九九四 ) 、これは南方由来の先住民である縄文人の言 語のなごりではなかろうか。 果汁や雑穀類などによる神酒 日本の酒の主流は、縄文晩期に大陸から稲作が伝来し、米の酒へと移行していったが、 それ以前は、おそらく山野でとれる果実や樹液などを数日間、貯蔵するだけで自然に発酵 させて酒をつくり、 神に供えたのではなかろうか。たとえば、長野県諏訪郡富士見町の縄 文中期の竪穴住居跡からヤマブドウの種子の入った有孔鍔付土器が見つかっていて、紀元
陸から孤立する以前から納豆菌は日本に存在していたのであり、その後、長年にわたり、 そのプラスミドが独自にの一部を脱落して小さくなったものであろうと考えている。 日本の稲と大豆の由来 ところで、野生の納豆菌の棲家と考えられる稲の起源と伝播については、古くからいく つかの説が出されているが、その一つに、百 積の源流はインド北東部のアッサムから中国南 部の山岳地帯・雲南にかけての地域であるという説が、渡部忠世氏により提唱されている。 この説にしたがえば、日本の納豆菌もその起源地である照葉樹林帯 ( おそらく雲南付近 か ) から稲とともに、民族の移動にともなって日本列島にやって来たものと思われる。し 縄文時代 かも、その稲の種類は、弥生時代における水稲栽培に使用された水稲ではなく、 に主流であったと考えられている陸稲ではなかろうか。佐々木高明氏は、『照葉樹林文化 の道』 ( 日本放送出版協会、一九八一 l) の中で、縄文後・晩期 ( 紀元前二〇〇〇年頃 ) になる と、西日本の照葉樹林帯では作物栽培のウェートが大きくなり、雑穀類やイモを主作物と
第 4 章しとぎの分布 木俣美樹男「調理材料の加工」、阪本寧男『インド亜大陸の雑穀農牧文化』学会出版センター 吉田集而『東方アジアの酒の起源』ドメス出版、一九九三年 鄭大聲訳『朝鮮の料理書』東洋文庫、平凡社、一九八二年 考山崎百治『東亜発酵化学論攷』第一出版、一九四五年 参 上田誠之助「しとぎと古代の酒 ( その 3 ) 全国の神社での " しとぎ。分布。『日本醸造協会雑誌』九二 巻一二号九四七—九五〇頁、一九八八年 第 5 章蘖と餅麹 包啓安「中国の製麹技術」『日本醸造協会雑誌』八五号三四頁、一九九〇年 令狐徳等 ( 撰 ) 『周書、巻四十九列伝第四十一』八八七、中華書房、一九七一年 張智鉉「伝統酒類と米を利用した酒類開発」『食品科学と産業』二三号四二頁、一九九〇年 ( 韓国語 ) ( 1998 ) 一九九