のままでいいのか、あるいは変えるのか、しつかり民主的な手続きを取るべきだと思うの です。これは日本の民主主義を強くすることにつながるのです。そこに私は一番こだわっ ています」 そうした話を聞くと、谷口雅春氏の主張も思い出されます。現在の憲法は無効であ って、明治憲法を「復元」し、その上で議論すべぎだと。生長の家に出自を持つ人びとは そういう考えの方がいまもいるようです。 「主権回復の直後だったら、それも国民の理解を得られたかもしれません。でも、川年も 現行憲法を中心にいろいろな制度がでぎてきたわけですから、いまとなって無効というの は現実的ではないと思います」 いまとなっては難しいと。 つまり、本来であればそういう考えもあるだろうけれど、 「今の憲法を基に戦後の体制が全部つくられ、それを根底から覆すことはやるべきではな いと思います」 いすれにせよ、やはり憲法改正が当面の最大目標なわけですね。 「ええ。事実として主権が制限されていた占領下につくられた。正常な形で定められたも のか。憲法改正問題の根本はそこにあると思います」 236
わけではないし、彼らの視座に立ってみれば不十分極まりない面もあるのだろうが、日本 会議とその前身の右派組織の活動が大きな役割を果たしたのもまた否定できない。 こうしてみると、なるほど、見事なものだと感心する。すさましいほどの執念というか、 執拗さというか、粘り強い継続的な運動の取り組みには、感服すら覚える。このような運 動自体がけしからぬものだ、などというつもりはもちろん、毫もない。 たた、日本会議の中枢にいる人びとを知る関係者は、その執念や粘り強さの背後には 「宗教心」があると指摘した。新興宗教団体・生長の家に出自を持つがゆえの「宗教心」。 また、日本会議そのものが神社本庁を筆頭とする神社界などの手厚いバックアツ。フを受け ているため、その「宗教心」に裏打ちされた運動や主張は、時に近代民主主義の大原則を 容易に逸脱し、踏み越え、踏みにしる。 しようけい 天皇中心主義の賛美と国民主権の否定。祭政一致への限りない憧憬と政教分離の否定。 まれ 日本は世界にも稀な伝統を持つ国家であり、国民主権や政教分離などという思想は国柄に 合わない そんな主張を、たとえば日本会議の実務を取り仕切る椛島は、平気の平左で 口にしてきた。それは同時に、日本会議の運動と同質性、連関性を有する安倍政権の危う さも浮き彫りにする。 そんな安倍政権と日本会議がいま、総力を注ぎ込んでいる最大の目標はよこ、 オ冫カこれ、も 2 ー 4
国体論や天皇崇敬、皇道というようなものに集約されたわけです」 そしていま、ふたたび停滞期で日本会議やその主張への共鳴が広がっている。危険 たと思いますか 「んを非常に危ういと思います。神道指令を否定し、政教分離も踏みにしるわけだから、 これは戦前回帰たと受けとめられても仕方ない」 日本会議とその中枢、周辺にいる「宗教心」に駆動された宗教右派の政治思想は、そう した危うさを確実に秘めている。エスノセントリズムⅡ自民族優越主義。天皇中心主義。 国民主権の否定。過剰なまでの国家重視と人権の軽視。政教分離の否定。神社は宗教では 、という稲田の論理も、「国家の祭祀」とされた戦前の国家神道の論理と相似形であ 実 の る。 そ 振そうしたことごとをすべて踏まえ、日本会議の正体とはいったいなんなのか。 の 私なりの結論を一言でいえば、戦後日本の民主主義体制を死減に追い込みかねない悪性 政ウイルスのようなものではないかと思っている。悪性であっても少数のウイルスが身体の 安端っこで蠢いているだけなら、多少痛くても多様性の原則の下で許容することもできるが、 章 その数が増えて身体全体に広がりはしめると重大な病を発症して死に至る。 第 しかも、現在は日本社会全体に亜種のウイルスや類似のウイルス、あるいは低質なウィ う一こめ 245
であり、その訴えは相当に復古的で戦前回帰的である。だから戦後体制を徹底して敵視し、 憎悪すらし、転換や転覆をはかろうとする様は十分に「反動的」であろう。 また、その主張はしばしば近代民主主義の大原則を平気で踏みにしる。天皇を絶対視し、 国民主権を軽視する。政教分離の原則など屁とも思わない。根っこにはエスノセントリズ ムⅡ自民族優越主義の影すら垣間見える。これを「極右」「超国家主義」と評するのはむ しろごく自然なことでもあろう。 ク右派政界の次期工ース % 稲田朋美の証言 では、「国策を練りあげている」とか「安倍政権を牛耳っている」といった評価はどう か。私なりの総括はあるのだが、それは最後に記すこととして、このあたりにかんする率 直な考えを、当の安倍政権や日本会議国会議員懇談会の中枢にいる政治家に聞きたいと私 は思った。実際、幾人かに取材を申し人れたのたが、案の定、片つばしから拒絶された。 そんな中、ひとりだけ取材に応しても構わないと返答してきた衆院議員がいた。 稲田朋美。日本会議国会議員懇談会の有力メンバーであり、日本会議系の集会などでも たびたび講演し、一部右派からは安倍晋三の後継候補にもあげられる稲田は、 " 右派政界 の次期工ース。と目される存在である。現在は自民党政調会長の座にあり、安倍総裁体制 226
第 5 章安倍政権との共振、その実相 し、組織が瓦解してしまうことも十分に考えられます」 南丘の分析が的確かどうか私には判断できない。ただ、当面は日本会議と安倍政権が総 力を傾注する憲法改正に向けた動きの成否がすべての鍵を握っているのは間違いない。そ れはまた戦後民主主義を いや、近代民主主義の根本原則そのものを守れるか否か、最 後の砦をめぐるせめぎ合いでもある。 247
である。天皇が国民に政治を委任されてきたというのが日本の政治システムであり、西洋 の政治史とは全く歴史を異にする。天皇が国民に政治を委任されてきたシステムに、主権 がどちらにあるかとの西洋的二者択一論を無造作に導人すれば、日本の政治システムは解 体する。現憲法の国民主権思想はこの一点において否定されなければならない〉 ( 19 9 3 年 4 月号より ) マ大皇訪中反対運動ーー 宮沢喜一政権下の 1992 年、天皇は川月幻日から同日までの日程で中国を訪問した。 ようしようこん 天皇の訪中は初めてであり、北京の人民大会堂で開かれた中国国家主席・楊尚昆主催の 歓迎晩餐会で天皇は「我が国が中国国民に多大の苦難を与えた不幸な一時期がありました。 これは私の深く悲しみとするところであります。と述べ、「反省の意」を表明したものと 受けとめられた。 この天皇訪中に日本を守る国民会議や日本を守る会は激しく反発した。背後には、天皇 の訪中が先の大戦の「謝罪」「反省」につながることへの怒りに加え、共産主義国家・中 国への天皇訪問自体に対する憤懣もあった。したがって日本を守る国民会議や日本を守る 会が主導した訪中反対集会などが相次いで開かれている。 18 2
。フしてみよう。 イギリス『エコノミスト』誌 2015 年 6 月 6 日、東京発 その名もありきたりな「日本会議」は、日本の最も強力なロビー団体のひとっとして、 国粋主義的かっ歴史修正的な目標を掲げている。西洋の植民地主義から東アジアを " 解 放。した日本を讃え、再軍備をし、左翼の教師に洗脳された生徒に愛国心を植えつけ、戦 前の古き良き時代のように天皇を敬う 日本会議の支持者たちは、戦後における米国 の占領が民主主義をもたらしたと認めす、占領とそこから生まれたリべラルな憲法が日本 を弱体化させたと言う。 奇妙なことに、 この団体は、日本のメディアの注目をほとんど集めていない。政権の中 枢でますます影響力を強めているにもかかわらす イギリス『ガーディアン』紙 2 014 年川月日、東京発、ジャスティン・マッカリー ( 東京特派員 ) 安倍首相の内閣改造により、日本が急速に右旋回しているという懸念が生している。安 マ マ うやま
ることになった。 「上から」天皇制の再確立を図ろうとする与党自民党に対して批判は相次いだものの、す でに手遅れだった。国会が建国記念の日を定め、元号法を制定したのは、こうした二つの 法制化を求める「下から」の国民的運動を受けて、自民党がようやく重い腰を上げた結果 だったからである。左派は既存体制に対する自分たちの抗議と関連させて、民主主義を 「異議申し立て、ないし参加型の社会運動」ととらえる傾向があるのだが、右派グルー。フ もまた社会運動を通して現状に挑戦した。 ( 中略 ) 紀元節復活と元号法制化を目指して国会に圧力をかけるために、右派の団体はこれまで 左翼運動につきものだったさまざまな草の根運動のテクニックを取り入れた。こうした右 派の組織は日本の多様な「世間」、つまり「市民社会」の一部を構成しており、政治的影 響力は無視できない。 ( 中略 ) / 六 ) がとりわけ注目 紀元節の復活ないし建国記念日の確立を求める運動二九五一ー六 に値するのは、これが右派団体に率いられた最初の運動であり、しかもかなりの数の支持 者を引きつけ、基本的な政治目標を見事に達成したからである。建国記念日運動と元号法 制化運動 ( 一九六八ー七九 ) は、それに関係した参加者と、その政治的展開方法の両面か ら見て驚くべき連続性がある。何年もかかって、彼らは民主的な政治秩序の中で、運動を
ルスが拡散し、蔓延し、ついには脳髄Ⅱ政権までが悪性ウイルスに蝕まれてしまった。こ のままいけば、近代民主主義の原則すら死減してしまいかねない。警戒にあたるべきメデ ィアもひどく鈍感で、たとえば 2016 年 5 月のサミットが伊勢志摩で開かれ、安倍 が各国首脳を伊勢神宮へと誘ったことを批判的に捉える報道すら皆無だった。神社本庁が ほんそう 本宗と仰ぐ伊勢神宮にスポットライトが当てられたことは、日本会議と神社本庁にとって は悲願ともいうべき出来事であったにもかかわらす ただ一方で、こんなふうに見る者もいる。戦後日本の右派を一貫してウォッチし、一部 みなみおか の運動には直接参加もしてきた『月刊日本』主幹の南丘喜八郎。生長の家に出自を持っ 活動家たちとも、日本会議の中枢にいる活動家たちとも、あるいは自民党内の歴代右派政 治家たちとも幅広く交友を持っている南丘は、現在の日本会議の状況を次のように分析し ているという。 「憲法をめぐる考えひとっとっても、日本会議の内部や周辺には『明治憲法の復元』から 『自主憲法の制定』、そして『現行憲法の改正』までいろいろな立場がある。一方、昨年 ( 2015 年 ) の安保関連法制を解釈改憲で押し切ったことも影響し、憲法改正を支持する 世論はむしろ減ってしまったから、現実には憲法改正は相当難しくなっている。いまは必 死で押さえつけていますが、改憲がうまくいかないということになれば内部対立が顕在化 まんえん むしば 246
議の運営や活動とも無関係である。むしろ昨今の生長の家は「エコロジー」に力を入れる 環境左派の色彩を強め、安倍政権のありようには批判的にすらなっている。 実際、本書の執筆が最終盤にかかっていた 2 016 年 6 月 9 日、生長の家は次のような 文書を公式ホームページ上に突如掲載し、関係者に大きな波紋を広げた。 〈来る 7 月 ( 引用者注・ 2016 年 7 月 ) の参議院選挙を目前に控え、当教団は、安倍晋三 首相の政治姿勢に対して明確な「反対」の意思を表明するために、「与党とその候補者を 支持しない」ことを 6 月 8 日、本部の方針として決定し、全国の会員・信徒に周知するこ とにしました。 ( 略 ) 安倍政権は民主政治の根幹をなす立憲主義を軽視し、福島第一原発 事故の惨禍を省みすに原発再稼働を強行し、海外に向かっては緊張を高め、原発の技術輸 出に注力するなど、私たちの信仰や信念と相容れない政策や政治運営を行ってきたからで 〈この間、私たちは、第二代総裁の谷口清超先生や谷口雅宣現総裁の指導にもとづき、時 間をかけて教団の運動のあり方や歴史認識を見直し、間違いは正すとともに、時代の変化 や要請に応えながら運動の形態と方法を変えてきました〉 〈当教団では、元生長の家信者たちが、冷戦後の現代でも、冷戦時代に創始者によって説 かれ、すでに歴史的役割を終わった主張に固執し、 ( 略 ) 活動をおこなっていることに対し、