たものではなく、適応性のあるもの、社会的および個人的に定義された構成体として再定義したがると いうことである。 ハイオテクノロジーの進歩に不安を覚えても、結局はそれを歓迎する。なぜならば、 こうあるべきと思う姿に自分を作り変える、より多くの自由を与えてくれるからである。 マニズム トランスヒューマニズムは「人間主義の拡張」であると、オックスフォード大学の哲学教授で、急進 的なヒューマン・エンハンスメント擁護者の筆頭であるニック・ポストロムは主張する。「合理的な手 段で人間の体調や外的環境を改善するのと同しように、そういった手段を用いてわれわれ自身を、つま り人体を改善することもできる。そうすることでわれわれは、教育や文化の発展といった従来の人間主 義的な方法に縛られすにすむ。技術的手段を用いて、最終的には、「人間」として捉えているものを超 えることもできるだろう」。ポストロムの見解では、トランスヒューマニズムがもたらす最大の利益は、 「人間の可能性」が拡張されることで、「情報に基づいた各人の希望に沿って、自分自身やその暮らしを 形作る」より多くの自由が手に人ることである。トランスヒューマニズムは、自然から人間を解放する ものだというのである。 他のトランスヒューマニストのなかには、人間主義の流れを汲むものとしてその信念を描くのに、若 干異なる論法を用いている人たちもいる。急進的なエンハンスメントの最大の利益は、人類の最も根源 的な自然を超越することではなく、むしろそれを充足することだという論理である。「自己の再構築」 は、「人間特有の行動で、人間の定義に役立つものだ」と、デューク大学の生命倫理学者であるアレ ン・ブキャナンは著書『人間を超える』のなかで述べている。「人間は自らの必要性や好みに応し、周 囲の環境をたびたび作り変えている。そうすることで、必然的にわれわれ自身をも作り変えている。わ 455 ダイダロスの使命
によると、「堕落して背中をひどく痛めた」。レオナルド・ダ・ヴィンチは、オーニソ。フターと呼ばれる、 翼を有する人力飛行機械の設計図をいくつもスケッチした。バットマンの尖った翼のケー。フは、ポツ。フ カルチャーの天空を浮遊している。映画『バ ードマン』は二〇一五年のアカデミー賞で作品賞を獲得し た。「レッドブルはあなたに翼を授ける」と、エナジードリンクの広告は請け合う。 。フーア博士は自分の論文を思考実験と考えており、次のような忠告で締めくくった。「人間は人間の まま、地上にとどまり、空を飛ぶという難題について考えを巡らせ、研究するべきである。そして、鳥 は鳥のまま、天使は天使のままにしておくべきである」。しかし、彼の警告を誰もが受け入れたわけで ヒューマン・エンハンスメント はなかった。急進的な人間強化や人間超越主義の提唱者たちは、その論文にインスピレーションを 見出した。トランスヒ = ーマニズムの人気プログの著者は、外科的技術と人工筋肉や遺伝子操作を組み 合わせることで、動くヒトの翼を作ることがもうすぐできるようになるかもしれないと書いた。「多く の人間たちが空を飛べたらと望んできた。その望みを叶えるのに道徳的に間違っていることは何もな この投稿は七〇〇件以上のコメントを得た。典型的なのは「翼が欲しい ! 」というもの。「物心ついたときからずっと、自分の羽に風を感じたいと願ってきた , というの もあった。 二〇〇六年刊行のエッセイ集のタイトルを『首のたるみが気になるの』としたとき、ノーラ・エフロ ンはベストセラー間違いなしだと思った。肉がだぶついたり皺が寄ったり、筋張ったりたるんだりと、 トランスヒュ マニズム 444
先月、アマゾン・ドット・コムは、人間を組み込んだ自動データ処理システムへの広範な特許を認可 された。それは人工頭脳の取り決めに類するもので、アマゾンの MechanicaI Turk ( 機械仕掛けのトルコ 人の意 ) クラウドソーシング・サービスの根幹を支えるものである。ソフトウェアの。フログラマーは Turk を使い、コン。ヒュータでは処理が難しくとも人間には容易な、たとえば写真のなかのオブジェク トを識別するなどのタスクを。フログラム内に書き込むことができる。そして。フログラムの進行中、「人 材の投人」が要求された時点で、そのタスクは Turk のウェブサイトに掲載され、人びとが少額賃金で 請け負う。そこで人力された内容はその後、。フログラムを続行するコン。ヒュータに戻される。 MechanicalTurk は、要するに、人材をコード化するものだ。 その特許に含まれるのは、アマゾンの説明によれば、「機械と人とのハイブリッド情報処理システム で、コン。ヒューターでは処理が難しい特定のタスクで人間が手助けをして、より効率的に一連の情報処 理を行えるようにするものーであるという。このシステムは応用される分野が指定されており、音声認 識、テキスト分類、画像認識、画像比較、音声比較、ロ述筆記、音楽サン。フルの比較などが含まれてい る。アマゾンはまた、「当業者は、この技術の応用範囲はここに具体的に示されたものに限定されない コードのなかのゴースト ニ〇〇七年四月四日
態から変えるためにテクノロジーを用いるのがトランスヒ = ーマンであるならば、わたしたちはみなす でにトランスヒューマンなのである。 、現在の身体改造よ、 。いかに優れて見えようとも、まだほんの序のロだ。自らを変容、増強させ る人間の能力は、ロポット工学や生体電子工学、遺伝子工学、薬理学といった分野の科学的進歩と技術 的進歩が融合することで、今後数十年のあいだに飛躍的に拡張されるだろう。これまでの身体改造は、 装飾や治療を目的とするものが多かった。外見をよくしたり、病気やけがによる損傷を修復したりする のに用いられていた。人体の自然の限界を超えるための手段として施されることはめったになかった。 ハイオテクノロジーとして広く知られる分野の発展により、人 しかし、これからは違ってくるだろう。 間はいまよりも強く、賢く、健康になり、より鋭い感覚と優れた心身を有するようになるはすだ。 トランスヒュ 人間超越主義者が沸き立つのも無理はよ、。 オし二一世紀の終わりごろには、人間であることの意味が現在 とは大きく変わっているだろう。 戦争と医学は、ヒューマン・エンハンスメントのるつぼである。このふたつには差し迫った必要性が あり、資金もふんだんに注ぎ込まれる。軍事研究者たちは、近年の義肢の性能向上を受け、兵士の体力、 敏捷性、持久力を高める、いわゆるアイアンマン・スーツーー軍服のなかに着用する人工的な外骨格 をテストしている。最新のものを着用すると、兵士はフル装備の状態で一マイル ( 約一六〇〇メー トル ) を四分で走ることができる。さらに高性能なバイオニック鎧の試作品は、視力や状況認識を強化 し、可動性や筋力を高めながら体温調節するもので、アメリカ特殊作戦軍によってテストされている。 人間と機械の融合はかなり進んでいるのだ。 446
づかす、芸術や政策決定はおろか、大衆文化にすら興味を示さない。正確な単位で測れないものや数字 で表されていないものを理解するのを苦手とし、ギーク的安全地帯の外に押し出されると、偏屈で怒り つぼい人間になる。明晰な頭脳に恵まれたブリンは、エドワーズの記述を見る限り、特に幼稚な人間だ という印象を受ける。本のなかで彼は常にわがままな子どものようにふるまっている。重要な人事が話 し合われている会議へスパンデックスのサイクリング用の服装で現れ、同僚たちの頭の上をラジコンの 飛行機を飛ばして悦に人ったりした。また別のときには会社の広告写真の案を拒絶した。「魅力的でな い人たち」が写っているからだと言って、次のように説明した。「グーグルのことを考えたときに楽し い気分になってもらいたいから、うちの広告は絶対に見て美しいものでなければならないんだ」 ペイジはそれほど冷淡ではないが、友人と同じようにグレーの濃淡を理解できないタイ。フの人間のよ うだ。特に自身の会社を見るときはそうで、語彙も黒と白、両極端である。よいものは「グーグリー」、 悪いものは「グーグリーしゃない」。グーグルの動機を疑ったり、その活動を批判したりする部外者は 「クソ野郎となる。「邪悪」という言葉がこともなげに使われる。これほど視野が狭く利己的なものの 見方は、野心的なテクノロジー企業を立ち上げようとしている若い起業家なら許されるかもしれないが、 成長を遂げ影響力を増している企業として、その傲慢さは問題とされる。近年同社の評判を傷つけてい る多くの失策の原因である。 エドワーズの話は二〇〇五年三月、彼が会社を去ったところで終わっている。以降、同社の勢いと影 響力は増すばかりだ。、 グーグルはネット上における情報の中央手形交換所であり、主要な料金所のひと 382
ことがわかるだろう」と言及する。 特許は、システムが「人が作業する。フロセス」のスキルとパフォーマンスを評価する仕組みについて、 かなり細部にまで踏み込んでいる。一例を挙げれば、システムが労働者を「大卒、高くても高卒、高く ても小学校卒業、 ( もしくは ) 公的教育なし」に沿って分類するなどである。他にも、特定のサ。フタス クを実施するために、「最低でも複数の評価基準を満たしたと認定される複数の人間」に振り分け、そ の後人力された個々のデータを統合する仕組みも明記されている。 特許はアマゾンによる見事な〈ッジ戦略のように見える。そのうち人がコンビ = ータの下働きのせい で忙しくなり、オンラインで本や商品を買う暇も金もない時代が来るかもしれない。そうなったとして も、アマゾンは、ポストヒ = ーマンの世界の雇用エージ = ントとして、べらぼうな手数料が稼げるのだ ろう。 69 コードのなかのゴースト
「人類は、造られたのではなく生まれついたことを恥じている」と、哲学者のギュンター・アンダース は一九五六年に述べた。機械の性能が上がるにつれて、わたしたち人間の恥は深まるばかりである。 わたしたちは日々、コン。ヒュータの優位性を思い知らされている。自動運転車は注意散漫になること も、ほかの車にキレることもない。 自動列車は速度超過を起こさない。工場のロポットはサポらない。 由 アルゴリズムには、医師や会計士、弁護士の判断を曇らせるような認知バイアスはない。迅速かっ正確る す に仕事をこなすコンビュータに比べたら、人間はヘまばかりしている怠け者に見える。 要 必 ならば明らかであろう。ヒュ ーマンエラ】をなくす最善の方法とは、人の手を排除することである。 を しかし、いかに流行りといえども、その前提自体が間違いだ。人間を人間から解放するというわたした 人 , も ちの願望は、誤った考えの上に成り立っている。わたしたちはコンビータの能力を過大評価すると同 ら 時に、人間の才能を軽んじているのである。 れ その理由はすぐにわかるだろう。人間がミスを起こしやすいがために起きた大惨事についてはひとっ 残らず耳に人ってくるーー技師がバル。フを開け忘れたために爆発した化学工場、パイロットが操縦桿の 操作を誤ったせいで墜落した飛行機ーー・が、人間が経験をもとに事故を防いだり危険を和らげたりした ことについては聞くことがない。。、 ノイロットや医師などの専門職の人びとは日々、思いもよらない危機 ロポットがこれからも人間を必要とする理由
首というのは長らく自分の体で気に人らない部位のナンバ ーワンだった。だが、不満や失望を感しるの はそこだけではない。弱った毛包から黄ばんだ足の爪、忘れっぽい脳から便秘まで、体はわたしたちに 欠陥や機能不全があることを気づかせようと決心しているようである。人間が他の動物と違うのは、自 分の体を、まるでそれが自分から切り離された物体であるかのように批評的に観察できるところだ。い までは自身をデカルト主義者〔精神と物質が独立して存在するものであるという物心二元論」とみなす人は 少ないだろうが、身体組織と自我を区別している点においては、わたしたちは二元論者のままである。 そしてこのように自分の体を道具として見られるからこそ、自らの欲望や理想に合わせて人体を作り変 えたり改良したりする方法を考えることができる。わたしたちの頭は常に、自分の体の新たな青写真を 描いているのである。 身体改造というと、原始的な文化ーー鼻に骨を通した未開人というステレオタイ。フなイメージーーーと 結びつけて考えがちだが、それは自己満足な空想で、他者を蔑み、自分は進んだ文明人だとうぬぼれて いるにすぎない。体をいしることに関して、わたしたちはどんなに野蛮な祖先も未熟者に思えてしまう ようなことをしている。メスを人れて鼻の整形、腹部形成、豊胸、植毛、顔の皺取り、ヒッ。ファッ。フ手 術、脂肪吸引など、美容外科手術は枚挙にいとまがない。・ フラシやケミカルビーリングで皮膚を滑らか にし、ポトックス注射やヒアルロン酸注人で皺を隠す。ホワイトニングやラミネートべニア、イン。フラ ントや歯列矯正で笑顔を輝かせる。タトウーを入れ、。ヒアスをし、スカリフイケ】ション〔ケロイドを 利用したボディアート を施す。薬を飲むなどして、気分を徴調整し、思考を研ぎ澄まし、筋肉を増強 し、妊娠をコントロールし、性力と悦びを高める。目的が装飾であれ機能であれ、人間の体を自然な状 445 ダイダロスの使命
愛の統一理論を目指して わたしたち人間はたとえ最も打算的な者であっても、神話を生きている。先月、マーク・ザッカー ーグはフェイスブック上での月並みなセッションで、宇宙論者のスティーヴン・ホーキングから の質問に応答した。「わたしは重力やその他の力についての統一理論を知りたい。あなたは、科学の分 野における大きな問題のなかで何について知りたいですか ? また、その理由は ? 」そう問われたザッ ノ ーグは「人間に関する問題に最も関心があります」と答え、人間に関する疑問をいくつか挙げた。 「わたしたちを永遠に生きられるようにするものは何か ? 」がひとつ。そして「どうやって人間をいま の百万倍学べるようにできるか ? 」がもうひとつ。 ノ それからザッカ ] ーグは、予想外とは言わないまでも、実社会における彼の認識について、なかな か興味深いことを明かした。「わたしたちみんなが、誰を、そして何を大切に思うかのバランスをつか さどる根本的な数学的法則が人間の社交関係の根底にあるかどうかも知りたい。きっとあると思う」。 愛の統一理論、そう呼ぶことにしよう。 わたしたちは、世界でも有数のソーシャル ・ネットワークを運営する人物を選ぶのに、なんと奇妙な ノ 選択をしてしまったことか。ザッカー ーグの答えはまたしても、それを明らかにした。わたしたちは、 ニ 0 一五年七月三〇日 ノ 293 愛の統一理論を目指して
制御不能 考える機械は、機械らしいやり方で考える。これは、ロポットの蜂起を戦々恐々と、あるいはわくわ くしながら待っている者たちを落胆させるかもしれない。だがわたしたちのほとんどは、これで安堵に 胸をなでおろすことになる。世の中の考える機械は、その知的能力でいまにも人間を出し抜こうという これからも人間の。フログラ わけではなく、ましてや人間を下僕やペットとしてしたがえることはない。 マーたちの命令にしたがい続けるのだ。 人工知能の能力の大部分は、まさに意識がない点から生まれている。意識的思考につきものの気まぐ れや偏向に無縁のコンビュータは、雑念や疲弊、懐疑、あるいは感情抜きで、電光石火の演算能力を披 れいり 露できる。その怜悧な思考回路は、人間の熱を帯びるそれを補完する。 事が厄介になるのは、コン。ヒュータを人間の補佐をするものとしてではなく、代替として当てにしは じめるときである。それがいままさに急速に進みつつあるのだ。人工知能の発達のおかげで、今日の考 える機械は、周囲の状況を知覚したり、経験から学習したり、自律的に判断を下すことができ、多くの 場合、速さと精密さで人の能力をはるかに超え、比較にならない。複雑な世界で機械が自律的に作動で きる状態に置かれたとき、それがロポットに内蔵されていようが、単純にアルゴリズムに沿った判断を ニ〇一五年一月一七日 264