そこに書かれた文字を「寄席文字」といいます。ここにその字体を持ってきましたが、ま ことに美しいですね。橘流といいますけれども、寄席文字で書かれたものです。こちらはそ のプログラムも書いていただいたんですけれども、まこと美しい字体であります。歌舞伎で 使う字体とは別ですね。 歌舞伎の字体も、寄席の字体も、同じように、できるだけ黒いところを多くしまして、白 つばゝ いところを少なく、い つばいに書いてあります。これは、客席が白くならないよう に、お客様がいつばいになるようにという願いがこめられているからです。 で、出囃子といいますお囃子にのりまして出てまいります。着物を着て出てまいりますが、 、。この扇子 持っております物はたくさんではございません。扇子です。それから、手ぬぐ ちょっと見て下さい。 この扇子は白い扇子ですから「白扇」といいます。この扇子はたまた を ま、桂ざこばさんにいただいたものでございますけれど、ちょっと、テンションを高める時 レ」 に便利な扇子です。 ( 笑 ) この扇子でいろいろ表現をします。扇子も、日本人なら覚えておいて下さい。お葬式でこ A 」 」ういう扇子、これ、よくございません。白いですから。お葬式にはお葬式用の扇子があるん 話です。こんな扇子、みなさんほとんどはじめて見ると思いますが、真っ黒です。人が悲しん 講でるところに白い扇子を持っていくというのは、祝っているよ、つに見えるとい、つので、まし 第て日の丸がついてたら最悪でございますから、そんなん絶対つけないように。そんなャッお
らんね ( 笑 ) 。お葬式の時には、こういう、お葬式用の真っ黒な扇子がちゃんとあるんです。 サラリ ーマンのお父さんがお使いになる、こういう扇子もあります。昔、田中角栄さんと いう人が、「よっしゃよっしゃ。まーそのー」と言いながらあおいでいたのは、こういう感じ の扇子です。 この扇子をよーく見ていくと、これは使う時にはこんなに大きくなりますけど、収納する 時にはたいへんコンパクトになります。こういう機能的なもの、これは日本の文化の一つで もあるんですが、「縮み文化」と表現した人もいました。あらゆるものを非常にコンパクトに していくというやり方ですね。我々はその扇子というものを「見立てる」わけです。この扇 子で、いろんなものを演出します。 い , かに , もユなん , か、 今はやりの、フィッシング、魚釣りですと、この扇子を、こうやると、 ずーっと先があって糸が飛んだように見えてきます。「あー、あつあつあ、あー、またエサだ けとられてもうたー」てなことをどうでもできる。それは見立てているところの面白みなん ですね。あるいは、これをこう回していくことで巻き付けてあるという表現をする。 これは筆になりましたり、それからお箸になります。東京ですと、そばを食べるシーンが 落語にはよく出てきますけれども、こう、 ( 吹く真似 ) 熱いもんですと吹きますね、冷たいも んですと吹く必要はございませんが、こうやりまして、 ( すする真似 ) こうやると、いかにも 食べた感じがしますね。 166
実際に食べる時は、お鉢をそんな下へ下げないですよ。それを麺がしゆっと上に上がって いくのを見せるために、お鉢を下へ降ろすんです。そうすると、麺がふっと上に上がったよ 、つに見えるというテクニックです。うどんを食べる時にはまたちょっと違って : : : 同じゃい う説もありますが。 ( 笑 ) で、これはそろばんにもなります。そろばんの時には、 ( そろばんをはじく音の真似 ) と音 を入れてやるとそろばんになっていく。そういう「見立てる」芸なんでございます。 そして、この手ぬぐいを使いまして、いろんなものを、これまた演出上使う。これを手紙 にして、こ、つ読んでいく。そ、つい、つよ、つな使い方をしましたり、これはいろいろ便利なもん ですね。これと扇子だけで、物事を前に進めてまいります。 正座をしまして、前のところへ扇子をこういうふうに置きまして、ふかぶかとお辞儀をす を いま高座という高いところに るというのは、この扇子を置くことによって、みなさんより、 レ」 おりますけれども、そうではなしに、あなたがた、お客様方よりも私の立場は、下の立場な んでございますが、見えるために高いところからやらしていただいてるんですよというよう A 」 」な、エクスキューズ、お断りを、この扇子を前におくことで一つの線引きをして、そしてお 話辞儀をするという、結界なのです。こ、ついう演出の仕方がなされています。 講そして、何人もの人物を描いていくんですけれども、人にたよらないで、一人でやってい 第くという、そういう世界です。これが、ほかのものとちょいと違うところなのでございます。 7
押すと、出囃子がチャカチャンリンチャンリンて鳴りまして、僕のホログラフィーかちょこ叩 ちょこちょこっと出てきて、小話を始めるんです。ほんで、終わるとちょこちょこちょこっ と帰っていくんですね。 ほんでまた、続いて座ってるとまたちょこちょこと出てきて、先ほどの小話の続きをやる。 途中で、「あ、扇子忘れた」一言うて帰る時がありまして ( 笑 ) 、扇子忘れる落語家なんて最低 ですよね。ほんでまたちょこちょこっと出てきて、「扇子忘れる落語家なんて最低ですよねえ」 エーションを、五つか六つぐ とか言いながら、「あ、ネタ忘れた一一一口う ( 笑 ) 。いろんなバリ らい、それが次々出てくるんですが、それをやりましたら、小樽では、子供がいつばい来て るそうです。面白い面白い言うて、なんかゲームみたいに私をおもちゃのようにしています。 ゲームで思い出したんですが、昔、ファミコンのゲームで「さんまの名探偵、というのが ありまして、吉本のキャラクターの人がいつばい出てくるんですけど、それで私、いきなり 殺されるんです。ボタンを押してプレイを始めると、「桂文珍でーす」とかいって出てくるん ですよ。音声になってませんから、「桂文珍です」て字が出てね、ほならいきなり、「ギャー」 と一一一口うて、殺されて終わりなんですよ。そんなあほな思うやないですか そのことについては私の肖像権もキャラクターの費用もお金もなんにももらってませんか ら、吉本に言いにいったんですよ。「どないなってまんねん」て一言うたら、「なにが ? 」「さん まの名探偵のゲームで、私、殺されてるんですけど、あれ、なんかいただけないんですか ? 」
の家内にも言われました。 その昔、自分の若い時ですが、今の家内と知り合いました時に、私はにその頃もう出 てたんですけど、彼女はまったく私のことを知りませんで、「あなた何する人 ? 」とこう聞か れまして、「いや、落語家」て言うたら、「は ? 落語家て、あの、着物着て ? 「そうそうそ う」「あれは、おじいさんがする仕事でしょ ? 」と、こう言われまして、「いや違うよ、若い 頃からずーっとやってて、それで年いってるからおじいさんになってんのや」「ああそう。若 いのにどうしてそんなことするの ? 」言うから、ええ ? と思て、他の人はみんな知ってく れてんのに、その女だけ僕のことを知らんいうので、むかっきまして、それで結婚しました。 それと同じような質問なんですが、若い時には、人生の情感、機微、そういうものがなか なか理解しにくい、 いうところもあって、高年齢の方がお好みという意味合いもよくわかり ます。ただ、若くても落語好きという、私のような人も居る、という現実もあります。 続いてこの人は、「どうして落語家の人は必ず着物を着て、座布団の上に座って、扇子を持 って話すんですか。別に扇子じゃなくてもいいんじゃないでしようか」というふうにおっし やっておりますが、これに答えていくには、日本の文化をベースから説明していかないけま せんから大変なのですが、明治以降、こちらの福沢諭吉先生が、「脱亜入欧ーてなことをおっ しやって、ヨーロッヾゝ ノカらたくさんの英知を吸収しようっていうんで、アジアを抜けてヨー ( 笑 ) 2
第六講「舌耕」ということばを・・ ノートをお取りになる時も、女の人はこういうふうにノートを取ってはると、あ、えらい 色つほいなと思うんですが、最近は男の子でこう取る子も増えてまいりました ( 笑 ) 。斜めに なっている。おいおいという、そういうような世界かあったりします。 我々の先輩で、私の兄弟子の桂三枝兄のネタで、それをまたデフォルメしまして、鼻毛を 抜く時にも、女の人は斜めに抜いた方がいいと言っていました。鼻毛 し をこう抜いて、こう置いたら色つほく見えるというんですが、ぜんぜ く ん色つほいことないと思います。で、まちがってもこ、つ抜かないよ、つ にとか、脇の手入れも斜めにするとか、そりやまっすぐにはできまへ ひ んやろとか、そういうことをわかりやすく表現するために、言ってい した。 能、狂言と落語 こういうふうに、見立てて、お話を進めていくというのが、落語の 世界なのでございます。非常にシンプルな、イメージをふくらませる 藝ですから、扇子と手ぬぐいだけで、その物語の世界にどーっと入っ ていくいうことでございますが、私のやっておりますのは上方落語で
語る芸能ーー浄瑠璃の世界 続いて、今度は「語る世界」です。「語る」で一番代表的なものは、「浄瑠璃、です。音楽 的にも、三味線が横にありますから、メロディがあります。「浄瑠璃」というのは、昔は琵琶 とか、扇子の、拍子をとるようなものを使いまして、語っておりましたが、時代が下ってそ れがお人形と結合いたしまして、人形浄瑠璃に進化をしていきます。 浄瑠璃の古いものを、「古浄瑠璃」といいますが、それが元禄時代に大きく変わります。一 六八四年頃と、 しいますから、江戸になってからまだ百年以内の頃ですね。竹本義太夫という 人が、近松門左衛門と組みまして、素晴らしい文芸作品として「人形浄瑠璃」という世界を 完成させていきます。 その「人形浄瑠璃を、どこかでみなさんは見た記憶があるかもわかりませんが、「人形浄 瑠璃」の世界というのは、今の歌舞伎に大いなる影響を与えています。歌舞伎はたくさん 「人形浄瑠璃」の世界から、お芝居のもとをもらっています。まるまるもらっているものは、 まるばん 「丸本ーといっています。 いもせやまおんなていきん 手元のこの本は、国立文楽劇場で行われました「妹背山婦女庭訓」という作品のガイドプ ックとでもいいましようか、解説書です。「妹背山婦女庭訓」は、男と女の情念や、身分制度 6
さて、この講座は、昔から著名なみなさんがおやりになってまいりました。文珍の時にだ凵 めになったといわれることのないように、中味を充実させていきたいとは思うのでございま すけれど、一方的に私がやりましても、大事なことは、それを受けるみなさんの方が、いか にそれをキャッチできるかということです。 で、私か慶応へ行くということになりまして、新聞等がいろいろと書いたりなんかしてく れてましたんですが、早稲田へ入学なさった広末涼子さんほどの扱いではなかった ( 笑 ) 。早 稲田に広末さんが行かれたので、慶応は末広 ( 扇子 ) を使っている文珍を呼んで、いわば早 慶戦 いや失礼 こちらでは慶早戦というんですね、驚きましたよ。なんてわがままな ( 笑 ) 。通常、社会の常識では早慶戦ですよ。それをいきなり、「五月の末には慶早戦がありま すから」と言われて、私はなんのこっちやわからなかったですね。 昔、中国へ行きました時に、ヾ ーティーの会場へ行きますと「中日友好のため」と必ず書 いてあるんですよ。中国へ行くと「中日友好」日本へ帰ってくると「日中友好ーなんですね。 それがもろに、この早慶戦、慶早戦に出ています。 西洋と東洋、笑いの違い そうそう、中国のおもろい話から入っていきましよう。上海の公安局というところへ取材
言霊信仰という言葉を、どこかで皆さんは耳にしたことがあるかもわかりません。「言霊」 というのは、どちらかというと神道の考え方ですけれども、昔から、縁起の悪い言葉とか、 ゲンが悪い言葉というのを避けまして、良い言葉だけを羅列する、並べていくという言い方 をしていました。これは言葉に霊力があって、それが全体に影響を与えるというものの考え 方があったからです。 いまだにその名残といたしまして、皆さんが結婚式に行くと、司会の人は「では、この結 婚式の披露宴をこれで終わります」とは言いません。「お開きにいたします」と言います。こ れから幸せになる二人が終わるのはゲンが悪いというので、「お開き」と一言う。ケーキにナイ フを入れる時も、「ケーキを切る」と一言、つことを嫌がって、「入刀する」と、刀を入れるとい 、つ言い方をしたりします。 る そういうものはすべて、この言霊というものの考え方によっているのです。面白いですね。 よ 宗教心というのはどこかで人に影響しておりまして、言霊信仰であったが故に、マイナスの 「部分に目を向けないというところが日本人の大衆の中にあるんだと、井沢元彦さんなんかは がおっしやってます。 す で この「ことほぐという、おめでたい言葉をたくさん言って、楽しくもりあげるというこ 講とを、昔の漫才では、太夫と才蔵の二人がやっておりました。太夫は、扇子を持ちまして、 第おめでたいことを言って、舞台の合間に、舞を舞ったりというようなことをいたしました。 127
ん三味線を使い、上方弁で唄います。江戸弁で唄ったのが「江戸唄」 ( 「長唄」 ) になります。 「小唄」とか「端唄」というのは、長唄ほど長くはないんですけれども、江戸末期に端唄ゞ 出たりするんですけれど、これは粋で、さらっとしておりまして、端唄は、江戸時代の文 化・文政の頃に成熟した、三味線の歌曲なのであります。また、バチを使わず、つまびき ( 爪びき ) 唄うのが小唄です。 では今度は、言葉を使った芸能というところへまいりましよう。 私の場合はたまたま、言葉を使った芸能活動をしております。で、この言葉を使った芸能 ぜっこう なんですが、それらは、舌で耕すと書いて「舌耕」といわれております。舌でひとさまの心 を耕していくという、農業の作業になぞらえた言葉なのでしよう。舌でひとさまの心を耕し まして、そしてそこに花を咲かせ、実を結んでいただこうという、これを「舌耕」と、 を 、よ す。 A 」 この世界も、たいへんバリエーションがございまして、まず「読む世界」というのがあり ます。読む世界というのは、昔、日本人がまだ文盲が多くて、あまり教育のレベルが行き届 と一 いておりません時代に、ひとさまの代わりに、ものを読むというものが、どんどんどんどん 耕 話進化いたしまして、それが「講談」という形になりました。 講「講談」の世界は、みなさんはひょっとするとどこかで、なにかで見ているかもわかりませ はりせん 第ん。今日は小道具をいろいろ持ってまいりましたが、これは張扇というもんです。扇子に皮 3