細菌 - みる会図書館


検索対象: 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下
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1. 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下

ランテゥー・・ ランテヴー 3 板形動物 0 カイメン類 カイメンの物語 ・襟鞭毛虫類 襟鞭毛虫類の物語 ランデヴー ・ドリップス ランテヴー 朝菌類 彡 , 73 アメーバ動物 ランテヴー カリフラワーの物語 / セコイアの物語 彡 , 7 朝不確かなグループ ミクソトリカの物 ・歴史的大ランデヴー の古細菌 0 真正細菌 リゾビウムの物語 / タクの物語 ■カンタベリー 主人の帰還 進化のやり直し / 価値に無関係な進歩と価値を背負った進歩 進化しやすさ / 主人からの別れの挨拶 系統発生とコンセスターの復元についての注記 ◇訳者あとがき 参考文献 索引 図版クレジッ ランデヴー ランデヴー ランテヴー 451 264 4 3 1 8 232 250 244 236 260 290 308 453 424

2. 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下

てしまっていた。細菌にうまく感染することはできないが、試験管を感染させることにかけてはす ばらしかった。何が起こったかは明らかだった。 c<Z< に自然な突然変異がこの系列を通じて生じ、 生き残った変異体は、寄生されるのを待っ細菌がいる自然界とは違って、試験管の世界で生き残る のにより適したものであった。主要な違いはおそらく、野生型のウイルスが細菌の寄生体として生 き延びるために必要なコート、爆弾、その他の有効な装備づくりに必要な四種類のタンパク質のた めにあてられる指示暗号のすべてを、試験管の世界のでは、なしですますことができるとい うことだろう。残されたものは、レプリカーゼと原素材に満たされた羽布団にくるまれたよう な試験管の世界で自己複製するのに必要な、むきだしの最小限の情報だけである。 野生型の祖先の一〇分の一以下の大きさでしかない、 このむきだしの最小限の情報しかもたない 生き残りは、スピーゲルマンの怪物と呼ばれている。この流線型の変異体は、小さいために、競争 相手よりも迅速に繁殖し、したがって自然淘汰は、集団内におけるこの型の代表者の数を徐々に増 やしていく ( そして、ついでながら、いかなる種類のウイルスあるいは生物個体でもない、自由に 浮遊する分子について語っているのではあるが、集団Ⅱ popu 一 a ( 一 on というのはまさに適切な言葉 である ) 。 驚くべきことに、この実験をもう一度繰り返したとき、ほとんど同じスピーゲルマンの怪物がふ たたび進化してきたのである。そのうえさらに、スピーゲルマンと、生命の起源に関する研究にお ける代表的人物の一人であるレスリー ・オーゲルは、この溶液に臭化エチジウムのような有害な物 質を添加するという、さらなる実験を行った。こうした条件のもとでは、臭化エチジウムに抵抗性 2 をもつ、異なった怪物が進化してくる。異なった化学的障害は、」 の方向に特殊化した怪物に向か ン カ って進化を助長するということを引き起こすのである。 ペータ

3. 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下

み取ることもできるし、あるいはそれを指定している遺伝子、つまりとして読み取る こともできる。いずれの方法にせよ、私はそれをと呼ぶことにする。は、すべての 生物がもっているがゆえに、ある生物と他のあらゆる生物の直接的な比較にとって、とりわけ有用で ある。 ;-QZ< は、それがどの生物にもあるという理由だけから使われるのではない。同じように重要な のは、それがちょうどよい具合の遺伝的変異を示すことである。つまり、比較するものがあるほどに は十分に互いに似通っているが、違いが見つけられないほど極端に似てもいない。〈テナガザルの物 語〉の方法を用いることで、断片を総合して生物の系統樹全体をつくりあげるのにを使い 主要なドメイン間、およびそれぞれの内部の広大な進化的距離を算出することができる。ここで注意 しなければならないことがある。は「長枝誘引」やその類の落とし穴にまったく弱いことで ある。しかし他の遺伝子の助けや、稀なゲノム変異 ( 大きなの塊の挿人や欠失 ) を使うことで、 暫定的なツリー図を描くことができる。それが、ページに示したものである。確かに、この暫定的 なツリー図のいくつかの枝は不確かで、とくに真正細菌類の内部ではそうだが、これは彼らが相互に 遺伝子をやり取りする傾向をもっ ( いかなる真核生物でもけっして出会ったことのない間題 ) ことを 反映しているのかもしれない にもかかわらず、研究者たちは、めったに交換されることのない細菌 遺伝子のコア・グループを発見しており、いつの日か、このツリー図内部の分岐の順序に、非難の余 正地なく合意できるようになるというのはありえないことではない。私はそれを楽しみに待っている ゲノムの比較によって計測される分類学的距離は、多様性を調べる一つの方法である。もう一つの ~ 方法は、生活様式の幅、私たち巡礼者が営む「生業」の幅を調べることである。一見したところ、異 ン なる細菌はこの点において、たとえばライオンに対するスイギュウ、あるいはモグラに対するコアラ 9 なりわい

4. 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下

3 OO セルロースを消化するためには、セルラーゼという酵素が必要である。ほとんどの動物はセルラー ゼをつくることができないが、一部の微生物はそれができる。〈タクの物語〉で説明するように、真 好率いンる応リ 正細菌と古細菌は、生物界の残りのすべてを合わせたよりも生化学的には多芸である。動植物は、細と効てピい反ア 応、つルて的ロ 反ろ操ピっ気シ 菌類が利用できるさまざまな生化学的芸当の混合体の、ごく一部を行うことができる。セルロースの しにてな嫌 しむみしにがる なは巧と点菌、 消化については、草食性哺乳類はすべて腸内の微生物に依存している。長い進化的な時間のうちに、 素り、物発細強る 両者は協力関係をもつようになり、哺乳類は、微生物にとって老廃物である酢酸のような化学物質をょに産出、にあ ううなのでうで 的いよ要路とよの 利用するようになった。微生物のほうは、前処理されていて、簡単に砕いて扱いやすい小片にするこ 気とく主回こるる 嫌すいは応るくき とができる自分たちの生化学的反応の原材料がたつぶりとある、安全な天地を獲得したのである。す、やて路反すつで は燃し回鎖うをが てをに応連そ酸と べての草食性哺乳類は腸に細菌をもっており、哺乳類自身の消化液が消化を試みた後の食べ物がそこ し料し反的、ンこ はんすう と燃出的気りビる 小気嫌とルす に到達する。ナマケモノ、カンガルー、 コロプス、そしてとりわけ食べ物をかみ戻す反芻類も、それ法 方もっ嫌ないピ放 なれすな的奪て解 ぞれ独立に、胃に細菌を保有しており、それが哺乳類自身の主要な消化努力に先行するのである。 主ずし的般をつを るい少般一素使一 哺乳類と違ってシロアリ類は、少なくとも、いわゆる「進んだ」シロアリの場合には、自分でセル す。を一の酸をギ 出る一も分由料ル ラーゼをつくることができる。しかし、ダーウインシロアリのような、より原始的な ( つまりよりゴ抽あギ最部自燃ネ をがル。大らうエ 一丿ネるカカしに キプリ的な ) シロアリの正味重量の最大で三分の一は、細菌だけでなく、真核生物である原生動物をギ工あれ内と的 ででこ腸材気 ネの形路、さ、好 含めた豊かな微生物群によって占められている。シロアリは材を見つけ、かみ砕いて、扱いやすい 工応な回りわして ら反う応あさにつ 片にする。微生物はこの材の小片によって生きており、シロアリ自身の生化学的な道具箱にない酵素 か , よ反でわう使 料りる的の、よを によって、それを消化するのである。あるいは、微生物がシロアリの道具箱のなかの道具になったと燃あき学もはい酸 う素で化る類なン 言うことができるかもしれない。ウシの場合と同じように、シロアリが生きる糧としているのは、微い酸用のじリえヒ と ( 利連生ア使ル 物的に一を口かピ 生物の老廃物である。ダーウインシロアリやその他の原始的なシロアリは、自分の腸内で微生物を飼食気的く酸シしは っていると一言うことができるのではないかと私は思っている。そしてここから、最後には、この物語

5. 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下

しれない。あらかじめ道路が必要であるためからか、あるいは血管がねじれるという間題はけっして 解決されないからか、あるいはいずれにせよ最終的な解決策に至る中間段階がうまくいかないからか のいずれかの理由によって。細菌は車輪を進化させることができたが、それは、非常に小さな生物の 世界は非常に異なったものであり、まったく異なった技術的間題を提示するからである。 ペんもう たまたま、細菌の鞭毛モーターそのものは、最近、自らを「インテリジェント・デザイン理論家」 イコン と呼ぶ新手の創造論者の手によって、進化不可能性と称するものの象徴の地位にまで昇格させられた。 それは明白に存在するのだから、彼らの主張の結論は違ったものになる。哺乳類のような大型動物が、 なぜ車輪を生みださなかったかの理由の一つの説明として、私は進化不可能性を提案したのだが、創 造論者たちは、細菌の鞭毛車輪を、存在することがありえないが存在するもの ( したがって、それは 超自然的な方法によって出現したにちがいない ! ) として把握してきた。 これは大昔の「神の意向による ( 目的論的 ) 論証」あるいは「ペイリーの時計職人による論証」な いしは「環一兀不能な複雑性による論証」とも呼ばれるものである。私はもっと意地悪に「個人的な懐 疑による論証」と呼ぶ。なぜなら、それはつねに「私は個人的に、 x が生じるような一連の自然な出 来事の連鎖を信じることができない。したがって、それは超自然的な方法によって生じたにちがいな い」という説明の形をとるからである。科学者たちは繰り返して、もしあなたがそのような主張をす るならば、あなたの想像力の貧困について以上には自然について何も語っていないのだと反駁してき た。「個人的な懐疑による論証」は、そのトリックを見抜けなかったうまい奇術師を見るたびに、超 自然をもちださなければならなくなるだろう。 私が車輪をもっ哺乳類の欠如についてしたように、何かが存在しないという、その欠落に対して、 「フ環元不能な複雑性による論証をもってくるのはまったく合法的ではある。しかしこれは、車輪をもっ デザイン

6. 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下

263 ランテヴ - 35 アメーハ動物 き出る水の映像を巻き戻ししたような形で管のなかに注ぎ込まれてい 。その結果、柄の先端は空中 に立ちあがっていき、もともとは柄の後端だった部分が先端にくる。もともと後端にいたアメーバの それぞれは、今や厚い保護壁に包まれた胞子となる。キノコ類の胞子と同じように、落ちて、その殻 から飛びだして自由生活する細菌食アメーバとなり、新しい生活環がまた始まる。 ポナーは、そのような社会性微生物の目を見張らせるようなリストを示している。すなわち、多細 せんも - っちゅう 胞性細菌、多細胞性繊毛虫類、多細胞性鞭毛虫類、そして自らの粘菌を含めた多細胞性アメーバで ある。これらの生き物は、私たち後生生物に見られるような種類の多細胞性についての示唆に富む再 現 ( あるいは予見 ) を表しているのかもしれない。私は彼らがまったく完全に異なった種類のもので はないかと疑っており、それだからこそ、なおさら魅惑的なのである ペんもうちゅう

7. 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下

3 / 6 じみの細菌ではなく、最古の細菌に似たものに出会える希望を私たちに与えてくれるからである。 最初の嘲笑に耐えた後、生命の起源は熱い地中深くの岩石中だという説は、今や肯定された流行の 考え方となりつつある。それが正しいかどうかが判明するにはもう少し研究をまたなければならな いが、白状すれば、私はそうあってほしいと望んでいる。 しつの日か、生命の起源に関 私がくわしく論じなかった理論が他にもたくさんある。あるいは、 ) して、ある種のはっきりした合意に到達するかもしれない。もしそうなったとして、それが直接的 な証拠によって支持されることを私は疑っている。なぜなら、すべては跡形もなく消え去ってしま っているだろうと思うからである。むしろ、それが受け人れられる理由は、偉大なアメリカの物理 学者ジョン・アーチボルト・ホイーラーが別の文脈で言っているように、誰かがあまりにもエレガ ントな理論をつくったために、 : われわれは、その中心的な考え方のすべてを、あまりにも単純に、あまりにも美しく、あまりに あらが も抗いがたく把握するために、誰もが互いに、「そうだよ、それ以外のことなどどうしてありえようー 何でみんな、こんなに長くそのことに気づかなかったんだろう ! 」と言うたろう。 もしそれが、生命の起源という謎。 こ対する答えを私たちが知っていることに最終的に気づくやり 方でないとしたら、いつまでたっても私たちがそれを知ることができるとは思えない

8. 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下

コンセスター 31 外側に向かって襟細胞 ( くカイメンの物語〉を参照 ) を突き出した球状のもので、 繊毛を波打たせることによって襟に細菌類を集めていたと考えられる。こうした多細胞動物は有性 生殖し、この復元図には、群体のなかにはまり込んだ自由遊泳性の精子と卵子が示されている。

9. 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下

だろうかそれは簡単ではない。 この問題に付け加えれば、生物学者はずっと以前から、 脳の大きさ以外の多くの事柄もこのきっかりという 関係をもっことに気づいてきた。とりわけ、さまざまな 生物が使うエネルギー ( 代謝速度 ) が規則に従い、 これは合理的な理由が知られていないままに、クレイバ ーの法則という自然法則の地位にまで高められた。下の グラフは、体重に対する代謝速度を表示したものである ( 〈器用人の物語〉で、両対数目盛の合理的根拠について くわしく説明してある ) 。 クレイバーの法則に関して、本当に驚くべきことは、 それが最小の細菌類から最大のクジラ類まで通用するこ とである。そこにはおよそ二〇桁の大きさの違いがある 最小の細菌から最大の哺乳類を得るためには、一〇を二 〇回掛ける、つまり〇を二〇個後ろにつける必要があり、 クレイバーの法則は、この変異の幅全体にわたって正し く当てはまるのである。それは植物にも単細胞生物にも 当てはまる。下のグラフは、最もうまく適合する線を引 くと、三本の平行線になることを示している。一本目は デ微生物についてのもの、二本目は大きな冷血動物 ( ここ ー 36 植物 代謝速度 ( / 時間〕対数目盛 ) 変温動物 ( 冷血動物 ) 10-9 単細胞生物 体重 ( g : 対数目盛 ) 20 桁の大きさの違いにわたって適用できる法則 クレイハーの法則のグラフ。 west, B 「 own and Enquist[304] より改変。 0

10. 祖先の物語 : ドーキンスの生命史 下

368 の折れ曲がりをもっ傾向がある。 一つの分子が取りうる三次元の形状のレバートリーは、大きなタンパク質分子のレバート リーほどには大きなものではないかもしれない。しかしそれは、が酵素としての変幻自在な 備えをもっているのではないかという考えを後押しするほどには十分に大きい。そしてまちがいな く、リポザイムと呼ばれる多くの酵素が発見されている。結論は、は、自己複製子と しての QZ< の長所のいくつかと、タンパク質の酵素的な長所のいくつかをもっているということ である。ひょっとしたら、最高の自己複製子であるが出現する前、タンパク質が出現する前 には、だけが両方の専門家としての任にたえる両方の長所をもっ世界が存在した。ひょっと したら、原初の世界での自然発火が起こり、その後で、合成の方向を変え、助けるタ ンパク質づくりに着手し、後にもまた、支配的な自己複製子として取って代わったのかもし れない これが %-*Z< ワールド説の頼みの綱である。それは、コロンビア大学のソル・スピーゲル マンによって開始され、長年にわたって他の研究者によってさまざまな形で追試されていた一連の 魅力的な実験によって、間接的な支持を受けている。スピーゲルマンの実験は、あるタンパク質酵 素を用いるが、それはインチキのように思われるかもしれないが、きわめて目を見張るような結果 しずれ を生んでおり、この理論にとってあまりにも重要な連関を明るみに出すものであるために、 ) にせよやってみる価値があるという思いを禁じることはできない ペータ まず背景である。 O と呼ばれるウイルスがいる。これは Z ウイルスで、その遺伝子のす べてが QZ< ではなく、でできていることを意味する。それは、自らのを複製するの ペータ に、 O レプリカーゼと呼ばれる酵素を用いる。野生状態では、はバクテリオファージ ( フ アージと略称 ) ーー細菌、とくに大腸菌 ) c r c 。 = の寄生者ーーである。細菌細胞は、