ルま 北海道大学公共政策大学院准教授の中島岳志氏が『パール いて語っている。 ラーダ 1 ビノード・ 八六ー一九六七 ) 。 判事東京裁判批判と絶対平和主義』 ( 白水社 ) を上梓した のは昨年夏のことだった。奥付には「二〇〇七年八月一五日 / 東京裁判で被告人全員の無罪を説いたインド人裁判官とし 発行」とある。カバージャケットの表には神奈川県箱根にあて知られる。 / 彼は法廷に提出した意見書 ( いわゆる「パ るパール下中記念館所蔵の「東京裁判時に法廷でパ 1 ル判事ル判決書」 ) で、東京裁判が依拠した「平和に対する罪ー「人 が使用した椅子、の写真が使われている。背もたれと座面の道に対する罪、が事後法であることを強調し、連合国による 茶色の革が朽ちて破れ、中から綿か羊毛のようなものが出て 一方的な「勝者の裁き」を「報復のための興行に過ぎない、 いる。帯には「曲解されつづけてきたパールの思想と行動をと批判した。 / この議論は「日本無罪論」と見なされ、しば 解き明かす」と書かれ、朽ち果てた椅子の写真と「曲解されしば「東京裁判史観 . を批判する論客によって引用される。号 つづけてきた」というフレーズとが重なり合う。曲解され続中には「大東亜戦争肯定論」の根拠として持ち出す論考もあ けた無念を、朽ち果てた椅子の姿で象徴しようというのだろ り、近年の歴史観論争に頻繁に登場する重要な存在となって うか。少なくとも発行元はそのような印象操作を狙っている いる。 / このように数多くの論客から注目を集めながら、一平 のだろう。中島氏も同書の序章で執筆の動機を述べている方でパ 1 ルの生涯や思想、東京裁判の判事以外の活動に関し測 が、その中でも次のようにパ 1 ル下中記念館の荒廃ぶりにつては、ほとんど語られることがない。彼の意見書の概要には 、、、法と道徳をめぐる西部・中島 氏の誤謬 。鈊 ) 〕、あえて旧師を言挙げする ~ ( どれでは、バールは浮かばれない 、、高崎経済大学教授・やぎ・ひでつぐ八木秀次
争でも、パリ条約ないし同条約から生じた結果のために、不義を峻拒するものであって、そこに「自称保守派の法哲学の 法または犯罪的となったものはない。またいずれの戦争を犯乱れ」があるという批判が返ってきそうである。実は、この 罪的であるとする慣習法もなんら成立してきていないのであ点こそ、中島氏と西部氏との『問い直す』において「自称保 る〉 ( 東京裁判研究会編『共同研究パル判決書 ( 上 ) 』講談社守派」を批判するために、新たに提起された論点である。中 学術文庫、一九八四年 ) と述べていることからも明らかであ島氏は言う。 る。 〈法をめぐる法哲学、法観念の乱れが左右問わずあると思わ また、パールは、昭和一一十七年十月一一十九日に東京弁護士れます。その乱れが東京裁判、あるいは『パール判決書』を 会館で講演した際、ある弁護士が「パ 1 ル先生の御同情あるめぐって現れた間題だと思うのですが、先生 ( Ⅱ西部氏 ) の 判決、に対して感謝にたえぬという意味の謝辞を述べたとこおっしやるように、保守派であるならば、実定法至上主義、 ろ、やや色をなして、「私が日本に同情ある判決をくだしたあるいは制定法絶対主義という立場は、本来、手放しでとれ というのは、大きな誤解である。私は日本の同情者として判ないはすです。 / 法というものの背景には超越的な垂直の軸 決したのでもなく、また日本の反対者として裁判したのでもの自然法があり、一方で歴史と空間において形成されてきた ない。真実を真実として認めて、正しい法を適用したまでで慣習法というものがあるという視点に立たなければならない ある。それ以上のものでも、それ以下のものでもない、と応にもかかわらず、東京裁判や戦争犯罪をめぐっては、きわめ えたという ( ラダビノード・ パール著・田中正明編著『パ て純粋法学のハンス・ケルゼンの立場、あるいは法実証主義 。ヾー . ルはどツ」 と言われる立場で東京裁判批判を展開するという転倒が起き ル博士「平和の宣言」』小学館、一一〇〇八年 ) ています。保守派であるならば、道徳や慣習、伝統的価値、 までも裁判官としての職業倫理に忠実に判決文を書いたとい うことであり、そこに個人の思想信条やイデオロギ 1 を読み社会的通念は「法、と無関係であるという法実証主義をこそ 、パールとし批判しなければなりません。また、成文化された実定法を超 取るのは、たとえそれが垣間見られるとはいえ ては不本意であったということであろう。 えた道徳や倫理が世の中には存在するということを主張しな ければなりません。しかし 、パ 1 ルを援用した自称保守派の 東京裁判批判は、全面的に法実証主義に依拠している〉 ケルゼンは関係なく、法実証主義も問題ではない 西部氏も別のペ 1 ジで〈『パール判決書』を読む際に、理 このようなことを言えば、中島・西部両氏から、それは法解しておかなければならないのは、ケルゼンの純粋法学ない 。。ハールはこの思想を全面的 実証主義者の物言いだ、保守とは法実証主義のような設計主し法実証主義という議論ですね
「東京裁判は国際法に基づかない不当なものだ」と批判した ネチネチ批判を続ける。わしは恩人に因縁を吹っかけてから ところで、当時は何の効果もなかっただろう 。パ 1 ルは内部みまくるチンピラのイチャモンを延々読まされているような でなんとかこの裁判を国際法に基づくものに変えようと、他気がして、気持ち悪くなった。 の判事と激しいやりとりも行って、これを「勝者の裁き」に 西部は、日本の保守派がパールの世界連邦主義について しないための戦いをした。そして東京裁判判事の立場で東京「気づかない鈍感さ、あるいは私に言わせれば気づこうとし 裁判批判を行い、全被告無罪の判決文を歴史に残すという離ないご都合主義、これを批判せざるをえない、と言ってい れ業を成し遂げたのだ。 る。 さっさと東大教授の職を辞めて、評論家として外から好き 西部さんよ、本当に大丈夫ですか ? 誰だって気づいてる 勝手言って、それで東大を何か変えたか ? 一体、何様のつんですよ 、パールの世界連邦主義という思想が穴だらけだっ もり - か てラ」と 2 、、りゝよ。よ」ゞ、 オカ誰もが精神のバランス感覚を持って ついでに言えば、西部は東京裁判で清瀬一郎弁護人の理論 いるから、大人気ないことをしないだけですよ。 を忘却してパールにばかり依存するのは「まず外国人の日本 確かに思想的には不可能なことも言っているけれど、あの 評価を気にする、という島国根性がまだ続いているというこ時代にそれを言うところに、。ハールという人物の誠実さを感 とですね」と頓珍漢なことを言っている。 じるから、あえて非難せず、より偉大な業績の方を賛美して 被告人に有利な理論を被告側弁護人が主張するのと、裁判 いるのですよ。人間の誠実さがわかる人なら、普通こんなチ 官が主張するのとでは、重みも意味合いも違って当然であ ンピラみたいな態度はとりませんよ。 る。単に外国人の評価だからという理由でありがたがってい インタ 1 ネットの「 2 ちゃんねる」でパール論争が行わ るのならば、プレイクニー、ファ 1 ネス、スミスら米国人弁れ、ここでパール本人が「日本無罪論」の呼称を認めている 護人もパールと同等に扱われているはずではないか。 手紙の存在が発表された。これは玉石混交のネットの中で最 『パール真論』で描いたとおり 、パールは日本の恩人である高の「玉」だったが、「石」の程度の低いものには、本当に とわしは考える。日本人としては、恩人に礼を尽くしただげ目を覆うものがあったとスタッフが報告してきた。中でもよ である。しかし西部はパールに対して「彼のいささかならず く目についた最低の書き込みは「パールなんて世界連邦を信 貧相な法律観、「あまりにも人間に対する認識が浅い」「友愛じてた基地外 ( キチガイ ) だろ ? 」というものだったそうだ なるものも偽善の芝居だ、ということを、何ほどか見つめな が、西部・中島はこれと全く同じことを保守用語で粉飾して いで法律家をやっていられるんですか、と尋ねたいなどと言っているだけである。この二人の自称保守派の精神は、
ゞヾールの言わんとしたこ生運動をやっていたほどの愚か者が何を言っていると、延々 でに矛盾に満ちている」というのカノ ということになる。現に九・一一テロ以 とであり、そこに大東亜戦争批判や日本人批判の意図は特にあげつらってもいい 降、アメリカ批判をした西部に対して親米保守が一斉にその こもっていないのである。 ような誹謗中傷をした。わしは西部を守るため、過去をあげ それをわざわざ西部は、中島本の情報操作そのままに発言 している。嘘は百篇繰り返せという魂胆なら実に悪質であつらうことに意味はないと主張し続けたのだが、あれは何の ためだったのだろうか ? る。仮に西部が本当に原著の『平和の宣言』しか読んでおら パールが理想主義者・平和主義者であることくらいは、誰 す、復刊の巻頭のわしの解説を読んでいなかったとしたら、 にでもわかることである。そして、それが破綻しているだ 西部はもはや前後の文脈を読み取る国語力も喪失してしまっ の、保守思想とは相容れないだのとあえて言わないのは、そ たということにしかならない 西部・中島が本の三割以上も使って『平和の宣言』を批判んな大人気ないことを言う必要がないからである。誰も「絶 したのは、本誌一月号の西部論文の第二の論点、すなわち対平和主義者」の活動をパールの業績として評価しているの 「パールは絶対平和主義、世界連邦主義という左翼思想の持ではない。東京裁判のど真ん中に入り込んで「日本は無罪で ある」という判決を下したことを評価しているのだ。マッカ実 ち主で、そんな人物を自称保守派が評価するのはおかしい、 ーサ 1 独裁の下でそれをやることは、命がけと言ってもいし不 という主張を繰り返すためである。しかしこの論点について 的 知 もわしは本誌一一月号で論破している。戦後七年という時代背ほど大変なことだったのである。 の ち 西部は「ここで自称保守派には、『あなた方が法律論をふ 景を無視して批判すること自体が無意味で、「歴史的パース りかざすのであれば、パ 1 ルが判事を引き受けたこと自体 者 ペクテイプ , を欠いた行為なのだと。 が、東京裁判を全否定などしていない証拠だ。あるいは不法学 にもかかわらす西部は「パールの思想が、保守派には明ら かに認め難い」とあげつらい、「平和主義者を毛嫌いしてきの東京裁判で判事を引き受けたパールは、法律家としては間め た反左翼、自称保守派の陣営が、平和主義者パ 1 ルを見て見題だ』と一一『〔、言っておきます」とまたもや的外れな批判をを 意 している。 ぬふりをするというのは思想的なごまかしです」と論難し、 この左翼に先祖がえりした詐称保守派は、東京裁判判事と書 パールの発言をこと細かく批判していく。 判 いう立場でマッカーサー及び東京裁判と戦うことこそが、最 確かに現在から見れば、パ 1 ルの平和主義は明らかに破綻 ル も過激な戦い方であるということに、考えが及ばないらし しているが、時代背景無視でそれをあげつらい、得意満面に 。東京裁判判事が東京裁判を全否定する判決文を書くとい なることに何の意味があるのか ? そんなことが許されるな くら外から 5 ら、西部邁はたかが左翼の学生運動家だったではないか、学うことのすさまじさに、思いが至らないのだ。い
これは、憲法に 〈裁判は、法律に基づかなければならない すべての項目について無罪であるということを、法律的かっ よる命令であって、これを免れることはできない。時に、法 歴史的根拠に基づいて明らかにしている」点だからである。 / そもそも 、パルが平和主義者であるとかガンジー主義者で律と国民の意思にずれがある場合に、裁判所が法律に従った あるとかいうことは、『パル判決書』を読むうえで、まった裁判をしたのに対し、国民から非難されることがある。裁判 く関係ないことである。かって私はドイツで、ある人に「堕官は非常識であるといわれる。 / しかし、裁判は常識に基づ くのではなく、法律に基づくのであるから、非難されるいわ 胎を認める法律が通ったら、カトリックを信する裁判官はど うするのか」と聞いたことがある。カトリックでは堕胎を認れはない。裁判所は動することはない。裁判所は、法律とこ めないからだ。するとすぐに次のような答えが返ってきた。 れを具体的な事件にあてはめるための法理論を総合した前提 の中で自己の正当性と存立の基盤を獲得しなければならな 「啓蒙主義以来、公の場では個人的な宗教的信念は出さない い〉 ( 井上薫『司法のしゃべりすぎ』新潮新書、二〇〇五 ことになっている」。つまり、どんなに堕胎は悪いと思って いるコチコチのカトリックの裁判官でも、堕胎を認める法律年 ) 。 があるならば、堕胎した人を有罪としてはいけないというの 井上氏は裁判官が判決の趣旨に関係なく、個人の思想信条 だ。なるほどそれが裁判官の職業倫理かと納得したものであを傍論として述べる昨今の風潮を「蛇足判決 , 「司法のしゃ べりすぎ」と論難する。裁判所はそのような政治的発言をす る。哲学者イマヌエル・カントも『啓蒙とは何か』という論 パプリック る場ではないし、権限も持っていない。また、発言について謬 考の中で、『宗教はいかに大きな団体でも、国家という公 プライベート の場においては私的なものと見なされる』という主旨のこ責任を取ることもないからである。その意味で裁判官は個人 とを明快に示している。一六四八年のウエストファ 1 リア条の主観を排さなければならないのであり、裁判官の職業倫理両 島 約以降の文明国では、これが公理として認められているのではそういうところにあると言っている。 中 ある。この論理からすれば、『パル判決書』をひもとくとき 事実、裁判官としてのパールも裁判官としての職業倫理に にパルの個人的な思想を取りざたするのは、パルの職業的良忠実だった。確かに個人としては絶対平和主義者であったかる 心を踏みにじるものといえるだろう〉 ( 渡部昇一『パル判決もしれないが、『パール判決書』では当時の国際法では、戦 め 書』の真実いまこそ東京裁判史観を断っ』研究所、 争は違法とはされていないことを繰り返し主張し、そこから徳 二〇〇八年 ) 。 被告人全員に「無罪」の判決を導き出したのだった。この点 は、パールが〈「不当な」戦争は国際法上の「犯罪 , である法 この点については、国内法の適用に関することではある とはされなかった〉〈本官の意見では、どのような種類の戦刀 が、元裁判官の井上薫氏の次のような指摘も参考になる。
の条文というものが、どこかにあると思「ているのだろう系の基礎にいわば『歴史的自然法』が胚胎している」とい カ ? ・ いくらウエストファリア条約以降、個人の宗教や思想 う。この「歴史的自然法」とは「『歴史の英知』ともいうべ 信条を法に持ち込まないようになったといっても、その法自き国民の規範意識のことであり、保守たる者は歴史的自 体の中には、倫理や道徳が内包されている。裁判官は個人の法に則らなければならないという。西部によると、「歴史的 倫理や道徳を持ち込むのではなく、法に内包された倫理や道自然法」とは異なるものとして「啓蒙的自然法」があり、こ 徳を行使するのである。西部・中島の法律観はあまりにも幼れは「哲学的思弁や宗教的想念によ「て、超歴史的な理性が 稚で浅薄としか言いようがない 社会秩序の根底を支え社会規範の発展を方向づけている」と もちろん成文化された実定法を超えた道徳や倫理が世の中 いう考えに基づき、「一種の神秘主義にすぎない」と批判さ には存在するが、それが実定法として結実するには歴史の積れるものだそうだ。 み重ねが必要である。実定法という「合理的認識」に到達し その上で西部は法実証主義と罪刑法定主義は「左翼 ( 近代 ていない道徳や倫理で人を裁くのは、かえって危険な行為な 主義 ) 的な法律観」だと再度強い疑義を呈する。小難しい言 のだ 葉を並べ立てているが、要するに保守ならば国際法を超える そして、国際法とは「条約」と「国際慣習法」から成り立「歴史的自然法」、すなわち「歴史の英知」や「伝統精神に つ。「条約 . とは「国際政治」の産物であり、「国際慣習法」 よって東京裁判批判をすべきだと言いたいのだ。それでは西 とは「国際道徳」の産物である。つまり国際法を尊重すると部は、何を「歴史の英知」や「伝統精神」だと言うのだろう いうこと自体が、国際政治と国際道徳を尊重するということ カ なのである。このようなことは、本誌二月号の論文 ( 『パ それは、信じ難いものであった。 ル真論』第六章に収録 ) でとっくに詳述している。しかし西 西部は『問い直す』の巻末から一一ページ目、まさに結論の 部・中島はそれをろくに読みもせす、既に論破されたデマ部分でこう書いている。 を、誤ったケルゼン解釈で塗り固めようとしたわけだ。 《少しすつ「侵略 , ( 覇権的先制攻撃 ) の度合いを強めてい 西部は、国際法に基づいて東京裁判批判をすることを「制 った近代日本の戦争史に適正な贖罪を行い的確な反省を行う 定法至上主義」に与しているとひたすら嘲笑し、それは「社 ためにも、制定法を至上とするルール観を超えて、歴史的自 会規範について論じるのを不要として拒ける見解、で「狭い 然法 ( 国際道徳 ) そして慣習法 ( 国際慣行 ) にまで歩を進め 近代主義 . にすぎす、保守たる者がとるべき態度ではないと なければならないのです》 ( P205 ) し、つ わしは思わす目を疑った。 さらに西部は、英国の法哲学は慣習法を重んじ、「慣習体 西部は「近代日本の戦争史、は「侵略、であり、「適正な
贖罪を行い的確な反省を行う」べきだと思っていたのだ。そのほうが「歴史的自然法」に基づいているのである。 後から人工的に作られた「道徳」で裁くよりは、罪刑法定 して、当時の国際法で日本の「侵略ーを追及できないのなら ば、「制定法を至上とするルール観、など放棄し、「歴史的自主義のほうがすっと安全で、嘘がない。そういう認識の下に 然法 ( 国際道徳 ) そして慣習法 ( 国際慣行 ) にまで歩を進法治社会秩序を築いてきたのが「歴史の英知」というもので はないか。 め」て「侵略ーを認め、「贖罪 , と「反省」をすべきだと言 それでも西部はこう言う。 っているのだ。西部の言う「歴史の英知」「伝統精神」とは、 「日本は侵略したのだから適正な贖罪と的確な反省をしなけ《法律は解釈しないと運用できないんです。法律文は抽象的 に書かれているから、具体的な事犯を裁くための解釈と運用 というものだったのだ / ればならない 結局のところ、西部が繰り返した「保守たるものは法至上には、法に携わる人たちのすべての価値観、一般常識その他 主義ではなく国際道徳・国際慣行に基づいて日本の戦争を考かかかわってくる。そういう裁判のリアリズムというもの が、東京裁判を理解するためにも必要だと思います》 えるべし」というのは、中島岳志やサヨクのⅱ本の戦争は 要するにパ 1 ルが「実定法至上主義に依拠して」全被告無 法的には裁けなくても道義的責任がある」という常套句を保 罪の判決を書いたのは「裁判のリアリズム」からするとおか実 守用語で粉飾しているに過ぎない 日本の戦争は「侵略」で、「贖罪 . と「反省」が必要だなしなことで、その他の価値観、一般常識や道徳・政治論などを どという意識は、日本が敗戦するまでは存在しなかった。そを関わらせ、法律を解釈・運用して裁くべきだったと言うの知 ち れは戦後に戦勝国が作り、東京裁判を通じて啓蒙した道徳でだ。それならなぜ「東京裁判は正しい、と一言はっきり言わ 者 あり、戦後体制の道徳である。馬鹿馬鹿しい。これこそが西ないのか。 東京裁判の多数派判事は、マッカーサ 1 が戦後に作った裁馞 部の言う「啓蒙的自然法 , ではないか。 当時は、侵略を違法化しようという世界的な動きはあった判所条例 ( チャータ 1 ) に基づいて裁いた。チャーターは国め ものの、依然として「侵略」の定義がないというのが国際慣際法を逸脱するもので、日本を断罪するという戦勝国の正を 行の現状だった。国際法が「歴史的自然法 ( 国際道徳 ) 」や義、道徳、政治的意図によって作られていた。しかし西部は意 「制定法を至上とするルール観を超えて」日本を「侵略国」書 「慣習法 ( 国際慣行 ) 」と別個にあるなどと、西部は圧倒的な 判 と断罪し、「近代日本の戦争史に適正な贖罪を行い的確な反 勘違いをして、ありえない前提の上に論説を繰り広げている が、何度も言っているとおり、国際法はそもそも慣習法であ省、を促すことこそが「歴史的自然法 ( 国際道徳 ) そして慣 7 習法 ( 国際慣行 ) 」だと言うのだから、まさにチャーターこ る。当時の国際法は国際慣行を反映して、いかなる戦争も、 犯罪もしくは違法としていなか「たのだ。このパールの判断そが歴史的自然法・慣習法の結実であり、東京裁判は国際道
ただし、東京裁判はこれらの道義的な問題ないし道徳的罪を ほど非難してもし過ぎることはない。当然、その道義的罪は 裁く場ではなく、仮に残虐行為や非人道的行為があったとし重い〉 ( 『パ 1 ル判事』 ) 。 ても、東京裁判の被告らはそれに対する作為・不作為に関す 東京裁判の級戦犯は「平和に対する罪」「人道に対する る「法的責任」がないと主張しているだけである。論点を法罪」は犯さなかったかもしれないが、日本軍は南京事件やバ 律論に縮小したり、無謬論を展開しているわけでもない。 タ 1 ン死の行進などの「厳密なる意味における戦争犯罪 . は 中島氏カノ ゞ、。、 1 ルは〈「無罪、についても「刑事上無罪 犯した。パールは級戦犯のそれに対する作為・不作為の という主張であって、「道義的に無罪」とは主張していませ「刑事上の罪、がないことを主張はしたが、それら戦争犯罪 ん〉 ( 『問い直す』 ) とする根拠は、パ 1 ルが『判決書』の中の道義的罪の重さについては繰り返し指摘したのであって、 で事後法だと言って退けたのは「平和に対する罪」「人道にその意味で『パール判決書』を道義的な意味を含めた無罪論 対する罪」であって、「厳密なる意味における戦争犯罪」は と読むことはミスリ 1 ディングである。いや、むしろ道義的 俎上に上げ、この「厳密なる意味における戦争犯罪」を裁く に有罪であることを指摘したものであり、その意味で日本が ことこそが『パール判決書』の〈本来の「判決書」としての少なくとも道義的には「犯罪国家、であると指弾したもので 意味を持っ部分である〉 ( 『パール判事』 ) と理解しているかある。『パール判決書』の真骨頂はここにこそあるのであり、 らである。『パール判決書』の構成を無視した奇妙な理解でそこを誤解してはならない。 このように中島氏は主張してい あるが、実は中島氏の『パール判事』はこのことを主張する るのである。しかし、果たしてそうであろうか。 ためにこそ書かれたと言っても過言ではないものである。中 林氏が既に『パ 1 ル真論』第十章で指摘しているよう 島氏は述べている。 に、中島氏が「過ち」「悪事」「鬼畜のような性格」という言 〈パールは、検察が提示した起訴内容のすべてについて、 葉を引用した元の『パ 1 ル判決書』の原文にはその後に「し 「無罪」という結論を出した。しかし、これはあくまで国際かし」「しかしながら」などの否定語が続く。さらに南京事 法上の刑事責任において「無罪。であるということを主張し 件については戦時プロバガンダの可能性を示唆し、バターン ただけで、日本の道義的責任までも「無罪 , としたわけでは死の後進については予想外に敵兵が降服し捕虜が増えすぎた ない。 / パールがこの意見書で何度も繰り返したように、日 こと、捕虜に対する日本と外国との観念の違いなどを指摘し 本の為政者はさまざまな「過ち」を犯し、「悪事。を行った。 て理解さえ示している。その上でさらに被告らは「刑事上無 また、アジア各地では残虐行為を繰り返し、多大な被害を与罪」だと言っているのである。『パール判決書』を、先入観 えた。その行為は「鬼畜のような性格、をもっており、どれを排して読む限り「その道義的罪は重いという結論は導き
パ 1 ルが「計画社会への過渡期、とだけ言ったかのように捏九条を擁護した・ : : というもので、ひたすら左翼に都合よく 造していたのだ。西部が中島の本だけを読んで、判決書を読 パ 1 ル判決をねじ曲げており、それを左翼が大喜びしたのは んだふりをしている証しである。 あまりにも当然だったのだ。 実際には、パ 1 ルは未来に希望を託しながらも、懐疑的な ところが西部は、中島が左翼も反左翼も批判していたかの 目も向けている。判決書のこのくだりを西部が本当に読んでようにすりかえている。卑怯きわまりない手口である。 いたならば、『平和の宣言』のパールを薄っぺらな理想主義 中島は西部の詐術に乗ってヌケヌケと「私はこの『パ 1 ル 者としてあんなに罵倒できなかったはすである。 判事』を先生がおっしやる『左翼』と『反左翼』、両方の陣 そもそも西部が「国際法なんか重視するほうがおかしい 営から批判されることを覚悟しながら書きました」「ところ という屁理屈を言い張ったこと自体、そうして卓袱台をひっ がふたを開けてみると、左翼の陣営からは厳しい批判はなさ くり返してしまえば、判決書なんか読まなくても批判ができれす、逆に反左翼からは強く批判されることになりました。 るという安直な発想からであることは、もう丸見えなのだ これは二十一世紀の日本という状況において非常に面白い現 カ 象だと感じました」と言っている。 さらに看過できない点がある。西部は中島を守るため、平 左翼に受けるように書き、左翼に全面的に歓迎された自分 然と事実を曲げているのだ。 の本の受容のされかたを捏造し、両翼の中間で書いたかのよ 《中島君は、東京裁判の判決が法律論として間題がある、そ うにスライドしている。たった一冊の本でこそこそと転向し れどころか棄却さるべきだ、とすら認めています。だから、 ているのだ。こんな卑怯な詐術まで弄して中島を守る西部が 左翼は、中島は級戦犯という存在を否定している、これは「真正保守ーだというのなら、「あなたは何も悪くないのよ」 許せない、マスコミから抹殺すべきだ、となるべきはすなのと甘やかして反社会的な子供を育ててしまう今どきの親も、 に、正反対の対応をしている》æE) みんな「真正保守」である。 中島は「東京裁判判決は棄却さるべきだ」なんて言ってい そしてついに西部は、「級戦犯無罪 , を「日本無罪ーと ない。そもそも中島の『パール判事』の基調は、パールは東言うのは「論理の飛躍」だと言ゝ しノ 1 ル判決は日本無罪論 京裁判を一部認めていた、特に「通例の戦争犯罪、についてではないと断言してしまう。 はその意義を積極的に認めていた、パ 1 ルは日本の戦争を道 『パール真論』で詳述したが、「級戦犯」の行為は「国家 義的に非難していた、日本と西洋は同じ穴の狢だと批判しの行為である」とノ 。、 1 ルは明言している。「級戦犯」は憲 た、パール判決書は「日本無罪論」ではない、パールは憲法法に基づき、国民の意志を付託されて国家の行為を遂行した 0 6
うよりはむしろ復讐であると考えられ、したがって将来の平 達する。さらに憲法の妥当根拠を間うならば、おそらく、そ 和保障の最善策ではない、ということである。戦争犯罪人の れより前の憲法に到達する。 《かようにして、最後には、一人の簒奪者又は任意に形成さ処罰は、国際正義の行為であるべきものであって、復讐にた いする渇望を満たすものであってはならない。戦敗国だけが れた団体によって発布された歴史的に最初の憲法に到達する であろう。歴史的に最初の憲法制定の機関がその意思として自己の国民を国際裁判所に引き渡して戦争犯罪にたいする処 表示したものが規範として妥当すべきであるとゆうこと、そ罰を受けさせなければならないというのは、国際正義の観念 に合致しないものである。戦勝国もまた戦争法規に違反した れこそ、この憲法に基く法律秩序の一切の認識の出発点とな 自国の国民にたいする裁判権を独立公平な国際裁判所に進ん った根本的前提である》 ( P106 ) で引き渡す用意があって然るべきである》 ( 『共同研究パル判 日本で言うならば、日本国憲法、大日本帝国憲法と遡り、 究極には聖徳太子の十七条憲法にまで行き着くかもしれな決書』 ( 上 ) P239 ー 240 ) ケルゼンは敗戦国と同様に戦勝国も裁かなければ、「国際 。まさに国家の歴史に間うことがケルゼンの「根本規範、 正義」に反すると主張した。そしてここで排除しなければな なのである。何がプラックホールですか、中島君。 らないと訴えているのは復讐に対する渇望、そして敗戦国だ実 中島ばかりか西部までが、どこかの「法学入門」のような 不 けを処罰するという政治性である。 アンチョコ本の誤った解釈を鵜呑みにしたか、あるいはネッ 西部・中島が言うような、「法と道徳は全く別物だ、法に知 トのウイキペディアでも参考にしながら、お得意の知ったか ち ぶりに花を咲かせたのであろう。哀れにして滑稽な対談風景道徳や慣習が関与する余地がない」、などということは、パ 1 ルもケルゼンも唱えていないし、そんなことを信奉している者 が想像されるではないか。 パールは判決書の最初の部分で ( ンス・ケルゼンを引用し「自称保守派」など、どこにも存在しないのである。この二学 ている。それは東京裁判法廷の存在そのものに関わることで人は存在しない誰かに向かって、誰も言っていない空論を語め り合うという、実に頭の状態を疑わざるを得ない離れ業を演を ある。 しているのだから、笑っていいのか、心配すべきなのか、人意 《戦争中、枢軸諸国の憎むべき犯罪の犠牲となった国民が、 これらの犯罪人を罰するために、自己の手に処罰権を握りたを不安に陥れる迷惑な学者であるのは確かだろう。 判 いと望むのは、無理からぬ話である。しかし戦争終結後は、 「空論保守」西部邁の正体 7 われわれは再び、つぎのことを考慮する心の余裕をもつであ ろう。すなわち被害を受けた国が、敵国国民にたいして刑事 そもそも、西部・中島は、完全に道徳観を抜き去った法律 裁判権を行使することは、犯罪者側の国民からは、正義とい