V111 物理入門コースについて 決して単なる物理学のダイジェストではない . ぜひ熟読してほしい . すでに述べたように , 各科目は一応独立に読めるように配慮してあるから , 必要に応してどれから読んでもよい . しかし , 一応の道しるべとして , 相互関 係をイラストの形で示しておく . 絵の手前から奥へ進む太い道は , 一応オーソドックスとおもわれる進路を示 している . 細い道は関連する巻として併読するとよいことを意味する . たとえ ば , 『弾性体と流体』は弾性体力学と流体力学を現代風にまとめた巻であるが , 『電磁気学』における場の概念と関連があり , 場の古典論として『相対性理論』 と対比してみるとよいし , 同し巻の波動を論した部分は『量子力学』の理解に も役立つ . また , どの巻も数学にふりまわされて物理を見失うことがないよう に配慮しているが , 『物理のための数学』の併読は極めて有益である . この「物理入門コース」をまとめるにあたって , 編者は全巻の原稿を読み , 執筆者に種々注文をつけて再三改稿をお願いしたこともある . また , 執筆者相 互の意見 , 岩波書店編集部から絶えず示された見解も活用させていただいた . 今後は読者諸君の意見もききながらなおいっそう改良を加えていきたい . 1982 年 8 月 編者 「物理入門コース / 演習」シリーズについて 戸田盛和 中嶋貞雄 このコースをさらによく理解していただくために , 姉妹篇として「演習」シ リーズを編集した . 1. 例解力学演習 2. 例解電磁気学演習 3. 例解量子力学演習 4. 例解熱・統計力学演習 5. 例解物理数学演習 各巻ともこのコースの内容に沿って書かれており , わかりやすく , 使いやす い演習書である . この演習シリーズによって , 豊かな実力をつけられることを 期待する . ( 1991 年 3 月 )
3 ー 2 プラウン運動とポルツマン定数 う 9 見なして運動方程式を書いておく必要がある . これを古典力学の正準形式と呼 ぶ . 正準形式に書かれた古典力学と量子力学との間には簡単な対応関係がある という点からも , 読者はこの章で正準形式に慣れておいてほしい ( 本書を理解 する上では以下述べる説明で十分であるが , 正準形式についてもっと詳しく知 りたければ , 物理入門コース『解析力学』を参照 ) . 3-2 フ。ラウン運動とポルツマン定数 原子の実在性を疑う科学者 ( たとえばマッハ E. Mach) は 20 世紀にはいって も絶えなかった . 原子を直接観測することはできないから , 現象を説明するた めの便宜的仮定にすぎないとかれらは主張したのである . このような懐疑論は , プラウン運動に関するべラン ( J. Perrin ) の実験によって一掃された ( 1908 年 ) . 重力場中におかれた気体分子の空間分布を , もっと大きなコロイド粒子に真似 させ , 後者の分布を顕微鏡で直接観察することにより , ポルツマン定数たの 値 ( 1.7 ) を決定することに成功したのである . 当時 , 気体定数火 = NA たの値は 気体の状態方程式の研究からすでにわかっていたので , アポガドロ数 NA の値 を決めたといってもよい . 重力場中の気体分子鉛直上方にえ軸をとり , これに平行な軸をもつ細長い 円筒形容器につめた希薄気体を考えよう . 気体分子の質量を襯とすると , 分 子はえ軸方向に重力ー襯 0 を受けるから , もし分子が熱運動することを考えな ければ , 容器の底 ( ここを 2 = 0 にえらふ ) に沈んでしまう . 実際には熱運動の ため容器全体に分子は分布するわけだが , 上方にゆくほど密度は小さくなる . 図 3 ー 1 のように , それぞれ高さえおよびえ十にある水平面 SI, S2 ではさま れた体積素片 dV = S に注目する . S は容器の断面積である . いま考えてい るのは希薄気体であるが , それでも分子と分子の間の平均間隔はミクロな長さ であって , たとえば 50 A 程度とする . 幅はこれにくらべると十分に大きく , したがって体積素片 d V には多数の分子がふくまれているものとする ( たとえ ばが 5000 A とすると 106 個程度の分子がふくまれることになる ) . この分
2 荷電粒子の弾道論 う 2 2 襯 と書くと , 比電荷 4 襯 e の値がプラウン管で測定される電子の比電荷と一致す るのである . ローレンツの振動子モデルによると , この磁場効果は以下のように説明され る . 前節では直線運動を考えたが , 今度は電子は軸 , 軸 , 軸いずれの方 向にも振動できると考える . ただしどの方向に振動する場合にもバネ定数は 共通の値工に等しいとする . ( 2.40 ) の明は ( 2.34 ) の質量襯を電子質量 me で おきかえたものに等しい . 場所にも時間にもよらない強さ B の磁場をえ軸に 平行に加えると , 電子は磁場からカ ( 2.12 ) を受ける . したがって運動方程式は 次のように書ける . ( 2.41 ) ¯()o の一 3C4 , ( 2.42 ) , こでは時間微分を点で示してあり , バネ定数は工 = 襯 e 2 と書き直 ( 2.42 ) で = 0 とおけば , 2 ー 3 節で述べたように , 電子のェ , 座標は ( 2.11 ) であたえられる角速度で円運動をおこない , 座標は等速運動をおこ なうから , 結局電子はラセン運動することになる . いま考えようとするのは , むしろ明》の場合 , つまり電子を原子内に束縛 している力の方が , 磁場のおよほ、すローレンツカより強い場合である . まず , ( 2.42 ) により , 2 軸方向の運動は B=O のときと同しであり , 角振動数の単 振動である . この振動にともなって , 同し角振動数の電磁波が放出されると考 える . 他方 , 磁場に垂直な平面上の運動については , を定数として = sin = COS O)t, とおこう . ( 2.42 ) のはしめの 2 式に代入すると , は次の 2 次方程式を満足す べきことがわかる . し ( 2.43 ) ( 2.44 ) e02 ヨー ( 2.43 ) はの 2 十 = 22 を満足するから , 角速度の円運動をあらわしている .
5-7 ゾンマーフェルトの量子化条件 できるのである . ゾンマーフェルトの量子化条件第 3 章で注意しておいたように , 調和振動 子の位置運動量力を直交座標とする相平面上で , 振動子の古典力学的状態 をあらわす代表点は原点を中心とする楕円上を運動する . 例題 1 この楕円のかこむ面積を求めよ . [ 解〕振動子のエネルギーを E とすると 2 2 〃 ~ ン 2 2 2 襯 E と書くことができる . これは平面上の楕円をあらわし , = [ E / 2 応 2 襯ン 2 ] 1 / 2 , 6 = [ 2 襯 E ] 1 / 2 が , それぞれ軸およびカ軸方向の主軸の長さである . 楕円の面 積をあらわす公式 ,"tab に代入して , 面積は E/v であることがわかる . ー プランクの量子論は E= れんレ ( れ = 0 , 1 , 2 , ・・・ ) を仮定するのであるから , 楕円 の面積でいえばんの整数倍である . これは 1 め 1 2 9 ( 5.30 ) 第イ 9 = ん と書くことができる . 左辺の記号は振動の 1 周期にわたって積分することを意 味する . いまの場合 , 2 は 9 の 2 価関数であるが , カ > 0 の分枝を 9 について ー 4 から十 a まで積分し , カ < 0 の分枝を 9 について十 4 から一まで積分す ることになり ( 図 5. 13 ) , ( 5.30 ) の左辺は惰円の面積に等しい . ゾンマーフェルト (). SommerfeId) は , ポーアの量子化条件 ( 5.21 ) もやはり 0 q 第イ 9 の意味 . 図 5 ー 13
IX はじめに この『量子力学 I, Ⅱ』は , 量子力学をはしめて学ばうとする諸君のための 入門書または参考書である . 量子力学の基本をひととおり学習しておきたいと 希望する理工系学生を読者に想定して書いた . 「物理入門コース」の『カ学』と 『電磁気学』の学習を一応終了した諸君 , あるいは同し程度の講義を受けた とのある諸君ならば , いちいち他書を参照することなく理解できるとおもう . 量子力学で扱うのは電子や原子のミクロな運動である . 一方 , 諸君がこれま で学んだ力学や電磁気学は , 人工衛星やテレビ電波のようなマクロな世界の物 理現象の基本法則として確立されたものであり , そのままではミクロな運動に あてはめることができない . そもそも人間自体がマクロな存在であり , 私たち の常識とか直観もマクロな世界に適応するように進化してきたのであって , ミクロな運動を扱うためには , 量子力 クロな世界に通用するとはかぎらない . 学という新しい物理法則と , これにふさわしい新しい物理的直観とが必要であ る . 初学者が量子力学を抽象的で難解だと感ずるのはむしろ当然であって , クロな現象に親しんで新しい直観を育てる努力が大切である . この『量子力学 I 』も , 諸君をなるべく要領よくミクロな世界に誘導し , クロな運動を支配している基本法則が量子力学であることを納得してもらう目 的で書いた . その素材のかなりの部分は , 従来「原子物理学」の名のもとにま
4 ー 6 熱放射のエネルギー密度 観測されたムを左辺に代入して p を求めることができる . 10 ろ ( 4.45 ) を導くには , 空洞の壁にあけた小さな穴から洩れるエネルギーを計算 してみればよい . 穴の断面積 S の法線で空洞の内から外へむかうものをえ軸 にえらび , これと角 0 をなす波動べクトルたをもった平面電磁波に注目する ( 0 < 0 < 応 / 2 ). 図 4 ー 10 のように , S を底面とし , んに平行で長さ c 上の斜筒を考 えると , ある時刻に波面がこの斜筒を切っていた平面波は , それから上時間 以内にすべて S に達する . これに伴って S を横切る電磁エネルギーは , エネル ギー密度 ( 可均に斜筒の体積 & 上 cos 〃を掛けたものである . これをた ( ただ し 0 く〃 < 2 ) およびびについて加えあわせたものをみ S 山と書くと , みは単 位面積あたり単位時間に穴から洩れてくる全電磁エネルギーである . み 2c ーな cos ″ 4 2 4 p ( の = cos sin イ ″ン 2 ( / ソ c 盟 / 2 洩れる波 . 図 4 ー 10 空洞から ( 4.46 ) 1. i=UZÄとおくと , が = c 。 sr 十な inr であることを利用し , 4 ー 5 節問題 1 のべ クトル・ポテンシャルを A(), の = な oV 」一 1 / 2 { が・′十 * e ー・ r } び の形に書いてとその共役複素数ス * を求めよ . 2. 前節の問題 1 , 本節の問題 1 の結果を利用して
レーディンガー方程式の発見 ー▽ 2E 十 / 1 ö2E 02 Dt2 1 ö21 c2 at2 ー V21 = 0 1 ö2E つまり 02 Dt2 1 D2 の 6 ー 7 シュ c2 Dt2 となる . ー —V2E 1 ö2 の c2 at2 ー V2 の 単一の角振動数で振動する解に注目して とおく . ( 6.50 ) に代入し , た = 。と書くと V2 十た 2 の = 0 165 ( 6.51 ) ( 6.52 ) これは真空中の光波の場合である . 屈折率んの媒質中では真空中の光速度 c が でおきかえられるから , た = “なとなる . 前節で述べたように , この表式は んがゆるやかに空間変化していても使うことができる . さて , 光波の ( 6.52 ) に対応する物質波の方程式は , たとしてド・プローイの 表式 ( 6.39 ) を代人した形をもっと仮定しよう . 光波ののは , 既 ) に対応する物 質波の波動関数を , 既 ) と書くことにすると , は次の方程式を満足する と仮定するのである . 2 襯 ▽ ? 十一下 [ E ー U = 0 ( 6.53 ) これがエネルギー E の定常状態を記述する量子力学の基本方程式であって , 時 間をふくまないシュレーディンガー方程式とよばれる . この方程式によって系 のエネルギー準位を決定する実例は次章でいくつか示すが , とりあえず水素原 子の基底状態をあらわすを求めておこう . 水素原子中の電子にたいして ( 6.53 ) は 4 EO だ ( 6.54 ) の形である . 電子が座標原点近くに束縛されている状態をあらわすは , 距離 = な 2 十 / 十 2 ] 1 / 2 が大きくなったときに急激に 0 になるにちがいない . 境界条件を満足する簡単な関数として
6-6 幾何光学とニ ートンカ学 161 この位相差は , 両端 A , B を固定しても , 曲線 C を変形すれば値が変わる . たとえば , 屈折率んが定数なら ¯¯KLAB であり , LAB は A から B までの曲線 C の長さである . ( 6.36 ) この場合 , 実際に光の たどる経路は A と B を結ふ直線 , つまり長さ LAB が最小となる曲線である . フェルマーの原理は , よく知られたこの光の直進性を屈折率んが空間変化して いる場合へ一般化したものであって , 光は位相差 ( 6.35 ) が極小値をとるような 経路をたどるというのである . 通常の関数 = ノ朝 ) がの = で極小になるとすると , 1 次微分 = 工 ' ( の はの = ェ 0 で 0 になる . これに対応して , フェルマーの原理も次のような形に定 式化できる . 両端を固定したまま曲線 C を無限小だけ変形したときにおこる 位相差 ( 6.35 ) の 1 次の変化をと書き , の ( 1 次 ) 変分とよぶ . 曲線 C とし て光の経路 CO をえらぶと öØー ん ( め = 0 ( 6.37 ) となるというのがフェルマーの原理の数学的表現である . 物理学の基本原理は しばしばある積分量の変分が 0 に等しいという形にあらわされるが , これを変 分原理とよぶ . フェルマーの原理はその実例である . 光の経路 c 。を無限小だけ変形してえられる曲線は無数にあるが , そのいず れに沿って位相差 ( 6.35 ) を計算しても CO に沿って計算した値と等しくなるこ とを ( 6.37 ) はあらわしている . したがって , A 点からこれらの曲線に沿って伝 播した光波は , B 点で同し位相をもち , 干渉によってたがいに強めあう . これ が波動論の立場から見たフェルマーの原理の物理的な意味である . 幾何光学とニュートンカ学今度は質量襯の粒子がポテンシャル U()' 既ぇ ) の外力の下でえがく軌道を考える . 速度は光速度よりずっと小さいとして相対 論的効果を無視し , 静止エネルギーを引き去った粒子のエネルギーを E と書く と , 運動量の大きさは
ろ 4 2 荷電粒子の弾道論 このとき電子の速度べクトルがの軸となす角をとすると , tan ″ E ( 2.5 ) 〃て ' A2 偏向電場を通過したあと電子は等速度運動をおこない , 軌道はの軸と角 をなす直線である . 電子が軸方向に距離ん ' を走って蛍光板 F に達するとす ると , その間に軸方向に 」 / = ん′ tan0 刃 〃 ~ eVA2 ( 2.6 ) だけ変位する . 蛍光板上に生ずる輝点の高さは ( 2.4 ) と ( 2.6 ) の和であって , れを」 E = 」十」と書くと 〃 ~ eVA2 D 2 P ′ meVA 2 ビの p ( 2.3 ) により ( 2.7 ) ( 2.8 ) 電子線の偏向 . 図 2 ー 4 電場による AC であることに注意しておこう . んと D とがほほ、同程度の大きさであり , 偏向 電圧の p が AC 間の加速電圧のにくらべて非常に小さいとすると , ( 2.5 ) の 偏向角は小さく , tan()E=0E=( の P/ØAC) と近似することができる . 問題 1. ( 2.3 ) のゆ AC = 900V としてて , A を求めよ . このて , A を ( 2.7 ) に代入し , Øp=3()V, D = 0.60cm , ん = 1.8cm , 〃 = 18cm として」ぉを求めよ .
物理入門コースについて V11 であっても , いちいちその実験的根拠を明らかにし , 基本法則との関係を問い 直すことが必要である . まして私たちの日常体験を超えた世界一一たとえば原 子内部一一を扱う場合には , 常識や直観と一見矛盾するような新しい概念さえ 物理学は実験と観測によって私たちの経験的世界をたえず拡大し 必要になる . これにあわせてむしろ常識や直観の方を改変することが必要なの てゆくから , である . このように , ものごとを「物理的に考える」ことは , けっして安易な作業で はないが , しかし , 正しい方法をもってすれば習得が可能なのである . 本コー スの執筆者の先生方には , とり上げる素材をできるだけしばり , とり上げた内 容はできるだけ入りやすく , わかりやすく叙述するようにお願いした . 読者諸 君は著者と一緒になってものごとの本筋を追っていただきたい . そのことを通 しておのずから「物理的に考える」能力を習得できるはずである . 各巻は比較 的に小冊子であるが , 他の本を参照することなく読めるように書かれていて , 量手カ単 熱・飃朸 相対論 電磁笂学 新力学 号イ未とイ本 物五 % の数学 単勿現ス門 ] - ス