18 1 原子とエーテル なる方向に反射光を送りかえす . 光源とその像の位置の差を測定して , PC 間 を光が往復する速さを求めるのである . フーコーはこの方法によって空気中と 水中の光速度を測定し , 波動論の予言どおり , 後者の方が遅いことを確かめた . これは光の波動論を支持する決定的な実験的証拠である . 電磁波光波の正体がテレビ電波と同し電磁波であることは , マクスウェル によって明らかにされた ( 1864 年 ) . 両者の違いは振動数であって , テレビや FM ラジオの電波は振動数が 108HZ 付近にあるのにたいし , 光の振動数は 1015 Hz に近い . X 線や 7 線はもっと高振動数の電磁波である . マクスウェルの電磁気学は場の理論 ( fieldthe 。 ry ) である . モーター トのたてる湖面の波が岸辺の葦をゆらすように , 電荷や電流の間の相互作用は 電磁場によって伝達されると考える . テレビの送信アンテナに流れる振動電流 がまわりの空間に振動する電磁場を作り出す . これが電磁波として光速度で伝 播し , 各家庭の受信アンテナに達して振動電流を誘導するのである . 電磁波の発振にはしめて成功し , その伝播が光学の法則にしたがうことを確 かめたのはヘルツ (). Hertz) である ( 1888 年 ) . 誘導コイルを火花間隙につな ぎ , 火花放電にともなう電気振動で電磁波を発生させた . 受信器は火花間隙の あるループ状導線で , 電磁波が来ると火花がとぶ . その場合 , 発信器の火花で 受信器の火花間隙を照らすと火花がとびやすくなることにヘルツは気づいた . 金属の表面を光で照射すると電子が放出される光電効果 (photoelectric effect) のためである . この効果はのちに ( 第 4 章 ) 光が粒子性を示すことの証拠とされ るものであって , それが最初の電磁波発振と同時に発見されたというのは面白 1. 光の粒子論を採用した場合 , 空気中および水中における粒子の速さの比て , 1 : て , 2 を 入射角〃 1 と屈折角のを使ってあらわせ ( 図 1 ー 6 ).
1 ー 7 トルんに垂直である . 真空概念の変革 ト = 0 25 ( 1.20 ) なお ( 1.19 ) ではコサインの代りにサインを採ったが , 位相定数夜を応 / 2 だけず らせばコサインになる . また , ( 1. 19 ) に対応する磁場は であたえられる . た x 石はべクトル積であり , したがっておはたにもおにも 1 ( 1.21 ) 垂直である ( 図 1 ー 11 ) . 8 8 8 図 1 ー 1 1 平面電磁波の電場と磁場 . 進行方向の軸 , 偏りの方向軸 . 1. 球面波 ー cos ( ん・一 c ん ) は波動方程式 ( 1.14 ) の解であることを確かめよ . らの = 1 ー 7 真空概念の変革 マクスウェルは物質は連続的に分布した電磁媒質であり , 電磁場はこの媒質 r 門 tz ) である ( 1878 年 ) . 電磁場の媒質はエーテルだけであり , 通常の意味の物 ローレンツ理論電磁気学に原子論をもちこんだのはローレンツ (). A. Lo- テルがみちていて電磁媒質の役割をするとした . におこる一種の歪みだと考えた . 物質が存在しないという意味の真空にもエー
24 1 原子とエーテル 質はエーテル中を運動する荷電粒子の集団にすぎないと考える . 電荷 9 の粒子 が速度じで動いていると , 電磁場からローレンツカとよばれるカ お = 〆 E 十じ x お ) ( 1.22 ) を受ける . 右辺の刃 , おは粒子の位置における電磁場である . ( 1. 22 ) を荷電粒 子にたいするニ ートンの運動方程式の力として代入し , 電磁場の運動を決め るマクスウェル方程式と連立させ , 粒子と電磁場の運動を決定しようというの がローレンツ理論の筋書である . ローレンツ理論は物質の電磁的性質を説明する上である程度の成功をおさめ た . たとえば電磁波が真空から物質に入射すると , 物質中の荷電粒子はローレ ンツカを受けて入射波と同じ振動数で強制振動をはしめる . これにともなって 振動電流が流れるから , 荷電粒子はミクロな送信アンテナとなり , 入射波と同 し振動数の電磁波ーー散乱波を放射する . 物質中の電磁波は入射波と散乱波の 重ねあわせであり , 伝播速度は真空中と異なる . 屈折率が 1 とちがうのはこの ためである . 荷電粒子の行う強制振動の振幅は入射波の振動数に依存するから , 屈折率もそうである ( 分散 ). 気体のように粒子がまばらな物質では体積の大部 分は真空だから , 電磁波の伝播も真空中とあまりちがわない . ローレンツが原 子論を電磁気学にもちこんだ動機は , 気体の屈折率が非常に 1 に近いという事 実を説明することであった . 特殊相対論の出現ローレンツ理論はいわばデモクリトスとアリストテレス の折中で , 粒子と粒子の間にエーテルがみちていると考えた . しかし , それは 考えの上だけのことで , 本当の意味は次のとおりである . 力学で学習したように , 慣性の法則の成立するような座標系を慣性系とよぶ . いま , ある慣性系 K から見て真空中の光波が四方へ同じ速さ c で伝わるとし よう . K にたいし速度じで等速度運動している別の慣性系を K' とする . ートンカ学では , K と K' はガリレイ変換とよばれる変換で結ばれ , 常識的な 速度の合成規則が成立する . つまり , 同し光波を K ′系から見ると , + じの方向 ーじの方向には速さ c 十て・ , で伝わることになる . ロー には速さ c ー。で伝わり , レンツ理論のエーテルは , 慣性系 K につけられたニックネームとおもえばよい
5 ー 4 ポーアの量子論 電磁波が放出されたとしよう . 放出される電磁波の振動数は , 1 12 う ( 5.23 ) であたえられる ( ポーアの振動数条件 ). これは光子という概念で考えた方がわ かりやすい . 遷移の前後で電子のエネルギーは E 。 , ー E ,. だけ減少するが , これ にちょうど等しいエネルギーんをもった光子が 1 個放出されると考えれば , 振動数ンは ( 5.23 ) であたえられることになる . 電子が量子数〃の定常状態から量子数がの定常状態に遷移し , これにとも なって電磁波の吸収がおこる場合にも , 吸収される電磁波の振動数は ( 5.23 ) で あたえられる . さて , ( 5. 23 ) に ( 5. 22 ) を代入し , & 02r ん 3 1.097X 107 m- ( 5. 24 ) とおけば , ( 5.17 ) と同し形が得られる . ( 5.24 ) はリュードベリ定数にたいする 理論式と見ることができる . 普遍定数の値を代入した火の理論値が ( 5.24 ) の 最右辺であって , 実験値と一致する . ポーアの量子論は , 水素原子の安定性と その線スペクトルの説明に成功したのである . 例題 1 電子が陽子を中心にポーア半径 aB で等速円運動しているとき , れにともなって流れる円電流の強さ / と , 円電流による磁気モーメントの大き さ〃 = て 2B2 / を求めよ . [ 解 ] 軌道半径 r , 公転周期レ。ー 1 で電子が円運動しているとする . 軌道に垂 直な断面を電荷ーにが毎秒ン回通過するから , 強さ / = の。の電流が電子の運 動と逆むきに流れているのと等価である . 電磁気学によると , この円電流の作 る磁場は , 磁気モーメントの大きさが = 2 / の双極子 ( 小磁石 ) の作る磁場と 遠方で一致する . 一方 , 電子の角運動量の大きさ ( 5.18 ) はん = 2 つ。〃耻 2 と書け るので ( 5.25 ) 2 襯
86 4 量子論の誕生 実証したのはキルヒホッフであるが , その際 , 明るい輝線ほど吸収によって濃 い暗線となることに気づいた . 物質の光を放出する能力と吸収する能力の間に 比例関係があるにちがいないと予想し , 熱力学的考察によって証明したのが , 次に述べるキルヒホッフの法則である . まず , 空洞の壁を一定温度に保っと考えよう . 壁は空洞内部にむかって電磁 波を放出し , また吸収もするが , はじめは , 放出するエネルギーの方が同一時 間に吸収するエネルギーより大きく , 空洞内の電磁場の温度は上昇する . しか し , やがて壁の温度と等しくなって熱平衡が成立する . この事情は 2 つの固体 を接触させた場合と同様である . 次に , 空洞の壁に小さな穴をあけたと考える . 穴から洩れてくる電磁波 ( 高 温なら可視光 ) を空洞放射とよぶ . これを分光器にかけてみると , 図 4 ー 2 のよ うなスペクトルがえられる . ただし , 穴の単位面積あたり単位時間に洩れてく る電磁波のエネルギーのうちで , 波長がスとス十みの間にあるものをみとす る . この定義をエミッタンスの定義と比較してみると , 空洞の壁にあけた小さ な穴を外から見るとき , 穴のエミッタンスはであることがわかる . ムは熱平 衡にある電磁場の特性をあらわす量であり , 波長と温度に依存するが , 空洞の 壁を作っている物質の種類には無関係なのである . この事情は , 図 4 ー 3 のよう に , 空洞内部に物体を吊しても , 熱平衡にあるかぎり変わらない . 吊した物体には , たえず電磁波がふりそそぐ . 物体の単位表面積あたり単位 時間に入射してくる電磁波のうち , 波長が 2 とス十みの間にあるもののエネル この入射エネルギーのうち , 物体は ギーは , 上に定義したに等しい A 必みを吸収し , 残りは反射するものとしよう ( 物体は不透明で電磁波の透過 はないと考える ). は吸収率であり , 温度と波長に依存するだけでなく , 物 質の種類によっても異なる . 物体を吊している糸を通しての熱伝導は無視してよいとすると , 熱平衡を保 っためには , 単位表面積あたり単位時間に放出される電磁エネルギーみみと 吸収される電磁エネルギー A 必みとは等しいことが必要である . よって み = 川 ( 4. 1 )
4 ー 5 電磁場の平面波展開 97 なお , 原子的構造を考えに人れると , 振動数と・波長の逆比例関係 ( 4.4 ) も は = 0 の近傍を除き ) 成立しなくなる . この比例関数はそのままにしておいて , モードの総数が原子数の 3 倍に等しいという条件でだけ原子的構造を考えに人 の場合になぞらえて , 1. 区間 0 ミ $ んで連続な 2 つの関数 / ( , 〆の ) の。スカラー積 ' を , 3 次元べクトル 問題 れる近似を , 固体振動のデバイ・モデルとよぶ . ( 4. 18 ) の規格化直交性を証明せよ . で定義し , げ , の = 0 なら工とは直交するといい , げ , の = 1 なら / は規格化されてい るという . たのと同様に , 空洞内の電磁振動も一般に固有振動の重ねあわせとしてあらわ 軸にそれぞれ平行で長さがんであるとする ( 図 4 ー 8 ). 前節で弦について述べ 話を空洞内の電磁振動にもどそう . 空洞は立方形であり , 各辺は軸 , 軸 , 4 ー 5 電磁場の平面波展開 すことができる . 図 4 ー 8 立方形空洞 . まり境界条件によって敏感に影響される . 一方 , 以下考えるのは高温の熱放射 問題になるので , 固有振動数や空洞内での電磁場の強度分布は壁の存在ーーっ マイクロ波回路の場合には , 空洞の寸法んと同程度の波長をもっ電磁波が
6 ー 4 コンプトン散乱と X 線の粒子性 で 0 であり , 0 が増すとき 1 —cos ″に比例して増大する . 153 波長変化を伴わない散乱をトムソン散乱とよび , 波長変化を伴う方をコンプ トン散乱とよぶ . 前 2 節で扱ったのはトムソン散乱であり , X 線を古典的電磁 波 , 電子を古典的な荷電粒子として一応説明することができたわけである . 方 , コンプトン散乱の方は , x 線を光子と見なすことによってはしめて説明す ることができる . 光子が固体原子に束縛されている電子をはしきとばすことに よってエネルギーを失い , その振動数が低くなり , したがって波長が長くなる のである . ァインシュタインの式コンプトン散乱の説明の基本になるのは , 光子のェ ネルギーおよび運動量を電磁波としての光の角振動数および波動べクトルにむ すびつけるアインシ = タインの式である . 波動べクトルた , 角振動数 = 黻の 電磁波を光子の集団と見るとき , 光子のエネルギー E , 運動量盟はそれぞれ次 の表式であたえられる . E = カ明 ただし , 力はプランク定数を 2 応で割ったものであり , Dirac ) の導入した記法である . 2 応 〃 = カた ( 6.21 ) デイラック (). A. M. ( 6.22 ) 0 ) = 2 つを代入して振動数ソで書けば , ( 6.21 ) の第 1 式はプランクの仮定し たエネルギー量子んにほかならない ( 第 4 章 ). 一方 , 古典電磁気学によれば , エネルギー E の電磁波はその進行方向に E / c の大きさの運動量をはこぶこと が知られているので , 盟 = ( E 効 ( たな ) であり , これに第 1 式の E = カ黻を代入し て , ( 6.21 ) の第 2 式がえられる . さて , 波長 2 が数 A の x 線の場合 , 0 ) = ( 2 / ス ) 1018S ー 1 であり , 光子の工 ネルギーはカ 10 ー 16J 103eV となる . これは原子中の電子の束縛エネルギ ーの 102 倍もあるから , コンプトン散乱を考える場合には , 電子が原子内に束 縛されていることを無視して自由粒子と見なすことができる .
ファインマン , レイトン , サンズ著 ファインマン物王里学全 5 冊軽装版 B 5 判平均 400 頁 ーカ学 Ⅱ光・熱・波動 Ⅲ電磁気学 Ⅳ電磁波と物性 V 量子力学 ・坪井忠ニ訳 富山小太郎訳 宮島龍興訳 戸田盛和訳 ・砂川重信訳 本体 3010 円 本体 3600 円 本体 2910 円 本体 3200 円 本体 4078 円 岩波書店刊 定価は表示価格に消費税が加算されます 1997 年 4 月現在
4 量子論の誕生 100 これは ( 4.30 ) の Bx をで微分して負号をつけたものに等しい . V ・既 VxB についても同様であって , ( 4.29 ) , ( 4.30 ) は次の微分方程式を満 足することがわかる . V ・ E=O, V ・お = 0 öE V x お = c2 ▽ x 実はこれが真空中の電磁場にたいするマクスウェル方程式であり , ( 4.29 ) , ( 4.30 ) はその一般解を固有振動の重ねあわせとしてあらわしたものである . ( 4.32 ) ( 4.33 ) 1. べクトル・ポテンシャルを ( らの = 朝勹ー 1 / 2 衂びび cosT'ka で定義すれば , 次の関係の成立することを示せ . V ・ス = 0 , お = V x 4 E = at 4 ー 6 熱放射のエネルギー密度 ( 4. 29 ) , ( 4.30 ) で , 各固有振動の振幅び , 位相定数の値をあたえれば , 空洞内のすべての点らすべての時刻 t の電磁場が決まる . 振幅 , 位相定数の 代りに Q ( の = 衂。 cos 十。朝 ( 4.34 ) ー々び Sin ( 々た - 夜 0 ) これらの変数は明らかに次の正準運動方程式を満足する . を導入しよう . DI-I (91-1 ( 4.35 ) DQkÜ (9Pk び ミルトニアンは次の形であるとする . 実際 , 電磁気学によると , 電磁場のエネルギーは ( 4.36 )
84 4 ー 1 序論 4 量子論の誕生 第 3 章で述べたように , 統計力学は物質粒子の熱運動を対象として発展した のであるが , 19 世紀末になると , 電磁場の熱振動が対象として加えられること になった . 固体の比熱の場合には , 古典論と実験事実との不一致は極低温での み現われ , しかもくい違いは有限な大きさにとどまった . ところが , 電磁場の 熱振動の場合には , 古典論と実験事実との不一致はあらゆる温度であらわれ , くい違いは無限大であることが明らかになった . 量子という概念は , この困難 を克服しようとする努力の過程で , プランク (). Planck) によって発見された のである ( 1900 年 ) . 第 1 章で述べたとおり , 物質粒子と電磁場とは真空にエネルギーを蓄える 2 つの異なった形態であるから , 物質粒子に熱運動があるのなら , 電磁場にも熱 運動があってふしぎでない . 実際 , 高温の物体が光を放射し , 温度が高いほど 光の波長が短くなることは , 熱放射 (thermal radiation) としてよく知られてい る . さほど高温でない物体でも , 赤外線を放射する . いずれにしても , 物体を とりまく空間の電磁振動の状態が温度によって変化するのであって , つまり電 磁場が熱振動をおこなうことの証拠である . 19 世紀末には , 白熱電灯が発明され , なるべく明るいフィラメント材料が求 められた . また , 製鉄業の発展にともなって , 熔鉱炉の温度を炎の色によって 推定することが必要であった . このような工業技術からの問題提起が , 一見抽 象的な電磁場の熱振動に関する基礎研究を刺戟したのである . 熱放射の定量的な実験は , 空洞を使っておこなわれた . 空洞は現在でもマイ クロ波回路の一部に使われる . この場合は , 銅のような電気伝導のよい壁でか こまれた空つほ。の空間にマイクロ波を送りこみ , その電磁エネルギーを蓄える のである . 一方 , この章で問題にする熱放射の実験では , 空洞の壁を 1000K あるいはそれ以上の高温に保っ . 空洞内部には , 赤外部あるいは可視部の波長 をもった熱的な電磁振動のエネルギーが存在し , 空洞の壁を作っている原子の