102 って注意をしても、ヒカルは言うことを聞かない。しゅんとした顔 何度も「くつつくな ! はするものの、またすぐにくつついてくる。 ーフかと思うほど色が白くてキレイな顔立ちをした、キラキラしい雰囲気のヒカルが、チ •••) なオレに抱きついている姿って、子供が人懐っこい洋犬にじ ビ ( 自分で言ってもキズつく やれかかられているのとそっくりに見えるらしい。 とまど 最初は戸惑った顔をしていたクラスメイトたちが、ヒカルがオレにしがみつくたびに笑って 見物しているのも気に入らなかった。 って気持ち満々 そんなわけで、せめて昼休みくらいヒカルに抱きっかれずに過ごしたいー になったオレは、ひつついてくるヒカルを教室に置ぎ去りにして逃げた。 くわ 校内にまったく詳しくないヒカルを、昼時に一人にするのは可哀相かなあとも思ったんだけ ど。クラスには、一時間目の休み時間にヒカルを取り囲んでいた学年トップの連中をはじめ、 ヒカルと話してみたいって顔をしているヤツが多い。 ヒカルがオレを見失って一人になったら、これ幸いと昼食に誘いたがるに決まってる。 せつかくなんだから、ヒカルもオレだけじゃなくてクラスの皆と仲良くなった方がい いんだよ。 ざいあくかん ヒカルを置き去りにしたことで、罪悪感で痛む気持ちに言い訳をする。手の中のペットボト
175 ムーンヴォイスの奇跡 ひらめくように、そう思う。 叫ぶヒカルの声の調子は、子供のものと一緒だ。 もしかしたらヒカルは、『月の声』を持っというオレを、はじめて会った時から主と定めて いて。オレの気持ちが一志に傾いていることに気付き、一志やオレと同じくらいの年齢にまで 姿を変えただけなのかもしれない。 すべ がてん そう考えると、ヒカルが取っていた態度全てに合点がいく。ヒカルが言う一言葉は、どれも子 供の本音だ。 だからオレは、ヒカルの誘いに最初、うなずいてしまったのかもしれない。 オレもヒカルみたいに、自分の本音をありのまま人にぶつけてみたい。そう、普段は意識し ない心の底で思っていたから うつむいて唇を噛んだオレの耳に、唐突にヒカルの強い言葉が聞こえた。 「ダメだよ」 顔を上げてヒカルを見る。ヒカルは、強情を張る子供のように、まっすぐにオレを睨みつけ てきた。 と、つとっ
「どうしたの、また具合悪い ? 一緒に保健室行こうか。それとも : ・」 「しい、ヒカルは教室に戻れよ」 自分でもびつくりするくらい低い声で言ってしまう。 うつむいているせいで、ヒカルの顔は見えない。けれど、肩を掴んでいるヒカルの手が固く なったのは解った。 「・ : ヒカル ? ・ なぜ 黙り込んでいるヒカルの様子が気になって、おずおずと顔を上げる。ヒカルは何故か、ひど く傷ついた顔をしていた。 つや 艶やかな唇をぎゅっと噛みしめ、オレからすっと目を逸らす。横を向いて、一志が消えた、 みや 校舎の陰を遠く見遣るようにした。 跡 「ー・ーー・聖は、オレが側にいるだけじやダメなのかな。どうしても、一志じゃなきやダメなの 奇 スかな」 「ばっ : そんなんじゃないよ ! オレと一志は中学の頃からの友達で、ヒカルは昨日会っ ヴ ン 一たばっかりだけど、友達だろ卩」 ム 肩を掴まれたまま、反対にヒカルの腕をむ。 ヒカルが、オレの方に顔を戻し、何故か苦いような顔をして笑った。
この声で命じれば、ヒカルはオレが言うままに奇跡を起こす。ヒカルが探しに来たのは、 あるじ 『月の亠こを持つ者であり、ヒカルの主になる者だからだ。 「ヒカルたちの世界って、何処にあるんだ。ヒカルはいったい : ・」 ひとごと つぶや 独り言のように呟いたオレの目の前で、ヒカルは小さくうなずく。制服の腕を伸ばして、竹 林に囲まれた空を指さした。 「僕達の世界はあそこだよ」 つられて目を上げる。 のぞ 竹の枝葉の合間から覗き見る空が、鈍い銀色に輝いていた。 不気味なほど大きい月が、夕刻の空に浮かんでいる。 昨日、小さいヒカルに出会った時に浮かんでた月と、まったく同じだ。 跡 奇 ス「あの月が、ヒカルたちの : ・」 呆と口にしたオレの前で、ヒカルが小さく首を振る。もう一度、銀色に輝く巨大な月を見 ヴ ン 上げた。 ム 「よく似てるけど、あれは聖が知ってる月とは違うんだ。 異界、って呼ぶ人もいる」 「異界 : ・ ? にぶ
も拳で床を叩き続けた。 「聖 ! とが はが 咎める声とともに、背中から羽交い絞めするようにして止められる。耳元で、もう一度 「聖」と呼んだのはヒカルの声だった。 「ーーー僕なら、ヒカルのお父さんとお母さんを助けてあげられるよ」 耳元で、本当に微かにヒカルが呟く。 オレははっと顔を上げて、ヒカルを振り返った。 まなざ ヒカルが、嘘や冗談では決して有り得ない真剣な眼差しでオレを見返す。 とラジオの大音量が鳴り響くリビングで、オレはじっとヒカルを見つめた。 ヒカルの目も、保健室で見た木根先生と同じように、左右の色が微妙に違っていると、その 奇時、やっと気付いた。 の ス イ 「助けて、くれる : ・ ? 」 ヴ のど ン からからになっている咽では、まともに声が出ない。 ム けれどヒカルは、オレの唇の動きだけを見て、うん、とうなずいた。 「その代わり、聖はここを捨てて僕たちの世界に来ゑって約束してもらわなけりやいけな かす
まった。 ヒカルの席を取り巻 視界の端で、教室の一番後ろにかたまっているクラスメイトたち いていたヤッらが、驚いた顔をしてこちらを見ていることに気付く。 あせ なんとなく焦って、くつついたま離れないヒカルの腕の中から無理矢理抜け出した。 「ねえ、あいつらと話してたんじゃないの ? ー 教室の後ろを振り返りつつ聞く。ヒカルは、思い出した ! という顔をして、自分の席の方 を振り返り見た。 七、八人ほど溜まっているクラスメイト達に軽く手を振って見せる。 まるでどこかの国の王族が、国民に愛想良く手を振ってあげている、そんな堂々とした仕草 うれ それなのに、ヒカルの席を取り巻いてるヤッらは、妙に嬉しそうな顔になってヒカルに手を 振り返しているんだから、解らない。 転校早々、ヒカルが人気者になってる ? オレは顎に指をあてながら、ヒカルと教室の後ろに溜まっているクラスメイトたちを代わる がわる見た。 ヒカルがオレに向き直り、軽く首を傾げてにつこりと笑う。 守 - 」 0 わか かし
162 はっと後ろを振り返り見る。 ヒカルが、夕暮れの光が遠くから射し込む竹林に、すっきりとした立ち姿で佇んでいた。 ほほえ まだ土の上に座ったままでいるオレを見下ろし、幸せそうに微笑む。 ひざ ゆっくりとした仕草で、オレの前に片膝をついた。 「聖が、僕に『行け』って言ってくれたら、世界の果てでも何処でも連れて行ってあげられる んだけど。僕一人のカで起こせる奇跡は、この竹林へ戻ってくるのが限界みたいだ」 「ヒカル : ・」 オレは、目の前で笑いかけてくれるヒカルを見つめる。 りんかく 逆光の夕日がヒカルの輪郭を取り巻いて、ヒカル自身がオレンジ色に発光しているように見 その時、オレは唐突に木根先生の言葉を思い出した。 木根先生は、ヒカルを、『人ならざる者』と言っていた。 確かにヒカルは、人ではない証拠のようにキレイ過ぎる姿をしている。 オレは、ヒカルの腕にすがって額を押しつけた。 「本当に、父さんと母さんを助けてくれるんだよね ? オレが助けて、って言えば奇跡をおこ ひたい
体から一気に力が抜ける。支えていたはずの一志に反対に支えられ、オレはなんとか顔を上 げた。 良かった、本当に良かった。怪我をしても生きていてくれた。 体の奥から込み上げる嬉しさで、目眩がしそうだ。 「ヒカル ? ・ 一志の声に、オレは顔を上げてヒカルが立っている方を見た。 はっと息を飲む。 ヒカルの立っているまわりの青竹が、ぼうっと銀色に発光していた。 さつかく 錯覚かと思い、目をこすってみても銀色の光は消えない。それどころか、ますます輝きを増 奇してヒカルを取り囲んでゆく。 ス光の中で、ヒカルが顔を上げた。 その姿が、見る見るうちに昨日、はじめてここで出会った小さいヒカルになる。 ヴ ヒカルは、昨日と同じ白いシャツにズボンという、どこかの小学校の制服のような服を着て ム 。ヒンク色の小さな唇を開き、鈴の音に似たキレイな高い声で、「聖」と呼ぶ。 すずね めまい
キレイな高校生の姿をしているヒカルに、昨日はじめてここで出会った時の、小さいヒカル の姿がダブる。 ここで会った小さいヒカルは、何かというとすぐに泣きそうな顔をしていた。 かわい それが可愛くて、放っておけなくて、オレはヒカルと一緒に暮らすことを承知してしまった んだ。 そんなことを思い出し、オレは体の痛みを堪えながら少しだけ身じろぎをする。切れた唇の 傷が引きつって、痛つ、と眉をひそめた。 「ごめん : ・つ、聖・ : 」 涙声のヒカルが、オレの横に膝をつく。オレが体を起こそうとすると、おずおずと手を貸し てくれる。 奇オレは胸のあたりを押さえながら、なんとか体を起こして立ち上がった。 の ス 目の前にいるヒカルは、たった二日の間で見慣れた、光り輝くほどにキレイな顔をしてい イ ヴ ン そうだ。木根先生が言っていた、最初にこの竹林に降り立った伝説の姫君は、あのか ム ぐや姫だったんだもんな : ・。 そんなことを思ったオレの前で、ヒカルがうつむく。すっと一筋、頬を涙が伝ったように見
186 「どうしたんだよ、ヒカルー 駆け寄りたいけれど、一志と支え合って立っているオレは、思うように動くことが出来な ヒカルが、オレたちを見て微笑んだ。小さなヒカルの笑顔は、ひどく愛らしいのに悲しく見 える。 「聖、僕は一人で帰ることにする。いっかまた、この竹林に降り立っことがあるかもしれない けど。その時は、聖の家に泊めてくれる : ・ ? 」 「もちろん、泊めるに決まってる ! また、一志を荷物持ちにして、スー パーに買い物に行っ たり、一緒にタ飯食べたりしようよ。オレとヒカルは友達なんだから、いつうちに来たってい いんだよ」 必死に言ったオレの言葉に、ヒカルが小さくうなずく。 そして、嬉しそうに笑った瞬間、フラッシュを焚いたような光が瞳を刺した。 あっ、と声を上げて片手を目の上にかざす。 「・ : ヒカル ? ・ 目の上にかざした手を下ろし、あたりを見回す。 ひとみ