悪魔 - みる会図書館


検索対象: 六人の兇王子 : サーリフの宴
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1. 六人の兇王子 : サーリフの宴

118 アスカニオは居心地が悪そうに目線を下におとしていた。 「さっきはありがとう、アスカニオ。かばってくれて」 少年は唇を一文字にしたまま首をふる。 「私のことを悪魔だと思いますか」 声は返ってこない。しばらくまっていると、わからないと小さな口が動いた。 「応えなくていいです。わずかのあいだだけ、私の話をきいてもらえますか」 少年を見つめつづけた。下唇をかんでうなずいた。 ギヴァは前髪をかきあげた。額に指をあてる。固い物体がある。 「この青い石が、あのカの源です。これは悪魔のカでもなんでもありません。この石が、死体 のなかにある燐を動かすのです。それで死体が動くー 理解できているのだろうか。一心に目がむいてくる。 「ただ、わかってほしいのは、私も人の子ということです。 : : : 私にも、父も母もいました」 夜、修道会の騎士であるカテリナは寝つけずにいた。 まぶた 自分の天幕で横になりながら、瞼を閉じていたが眠りには入らない。 やとう 彼女が生まれた村が夜盗に襲撃を受けたのもこんな夜だった。音のしない闇が世界を覆って

2. 六人の兇王子 : サーリフの宴

ギヴァはさきほどから人々が声をひそめて交わす会話をきいていた。兇王子の聴力が庭の各 とら 所で交わされる声を捉えたのだ。病人同士、修道女同士、騎士同士で、こちらを一暼したの ち、こそこそと話している。 人々の視線が痛い。親の仇でも見るように横目でねめつけ、顔をそらす。 ディアボロ 「私は歓迎されてないようですね。あの村でも悪魔の手先だと言われましたが」 アンジェラは、庭を見まわした。彼女の視線がむけられると、申し訳なさそうにうつむく。 皆にきこえるように急に声をはりあげた。 「皆さん ! この方をそのような目で見てはなりません。この方は人間です。怪我の手当てを ふうぶん した私が言うのですからまちがいありません。風聞に流されてはなりません」 ささや 皆、なにか囁きながら目をそらす。アンジェラの説明に納得したような様子ではなかった。 「風聞とは、なんです」 アンジェラはロごもりつつ言った。 さいやく 「黒衣一色の男が悪魔として災厄を撒き散らしているという噂が流れているんです。だれがそ れを広めたかわかりませんが」 申し訳なさそうな様子だった。彼女が広めたのではないのに。 「私の格好が悪かったというわけですか」 黒い髪と黒衣姿といえば、ギヴァそのものだ。苦笑するしかない。 いちべっ

3. 六人の兇王子 : サーリフの宴

ディアポロ ラ・フォルツア 「兇王子は悪魔ではありません。〈カ〉は、れつきとした原理に基づいたものです。自然の せつり 摂理を大幅に超えてはいますが」 「あなたも兇王子なのでしよう ? あのサーリフといっしょに世界を破滅させるために働し ていたのですか ? でも、サーリフという男は、あなたを狙っているようだったわ」 「私は裏切り者ですから」 「裏切った・ : 「世界を破減させることなど私にはできませんよ。悪事を働く自分に怖くなったのかもしれな ・ : だから、逃げたんです」 「あなたを処罰にくるわけですね。彼は強いですか ? 」 宴ギヴァはうなずく。 の フ「私よりはるかに。サーリフとはともに育ってきました。ですから、彼の怖さは私が一番よく 一知っていますー アンジェラは歯をかみしめて考えを巡らせているようだった。彼女にしてみれば、〈家〉も 子 兇兇王子も認めることができない存在なのだろう。ありとあらゆることが彼女の行動原理である 人ティマイオスの教えに相反することなのだ。 「サーリフを説得できないでしようか」 ギヴァは唖然とした。

4. 六人の兇王子 : サーリフの宴

石を投げてくる。 「アスカニオ、外套で身を包むんです」 頭にだけはあたらぬようにと、腕で外套をかざしながらあとずさった。 一発が防御をかいくぐって、こめかみに命中した。熱い液体が顔の横でにじみだしたことが こぶし わかる。背中に命中すると、拳を叩き込まれたような痛みが走る。足や腕に次々と命中する。 痛みはそのたびに起こる。 村人たちは口々に「悪魔」とふたりを罵りながら、石を投げるのをやめない。 ( 悪魔 ? なんのことなんだ ) すうはいしゃ かってイエルマに兇王子としての〈カ〉を見られて悪魔崇拝者と言われたことがあったが、 この農夫たちがギヴァの正体を知るはずがない。 の ( どういうことなんだ。ここで、なにがあった ) なぜ村人たちの恨みをかわねばならぬのかわからなかった。 サ 「ちがう。私は」 子ぞうお ゆが 王憎悪に歪んだ彼らにはギヴァの言葉などきく気はないようだった。目が尋常ではない。 の「だまれ ! 悪魔め」 「こんなになったのはおまえのせいだ ! 」 「娘を返せー ぼ、つぎよ ののし じんじトでつ

5. 六人の兇王子 : サーリフの宴

「なぜ、このような男をお庇いになるのです。アンジェラ様」 女の声がした。三人が声のほうを見る。 くさりかたびら 騎士の姿をした女性が歩みよってくる。体を鎖帷子で覆い、手には籠手をつけ、足は革の長 マンテッロ 靴で守っている。白い長い外套をなびかせる。 黒髪を肩ロで短く切り揃えており、一瞬男性に思えた。 えいり 切れ長の目をいっそう細くして、鋭利な視線をギヴァにむけてくる。その切っ先を正面から 受けつつ流した。この手の目に睨まれることには慣れている。〈家〉で受けた兄弟たちの視線 は、さらなる悪意と邪気を含んで溢れていた。 「カテリナ、失礼ですよ」 「ほんとうに悪魔であったならどうなさるおつもりです。われらに災いをもたらすことになっ あざむ たら。その怪我もわれらを欺くためのものかもしれません」 「カテリナ」 アンジェラがたちあがる。 「私が言ったことは皆の気持ちです。目が覚めた以上、すぐでていってもらうべきです」 スイニョーレ 「神に仕える者の一一 = ロ葉ではありませんよ」 しっせき 女騎士は胸に手をあて、修道女に一礼した。唇は一直線のままだ。叱責を素直に受けた顔で よよ、つこ。 にら

6. 六人の兇王子 : サーリフの宴

112 「敵とはいえ人を殺したことだけはゆるせませんが」 アンジェラのとりなしは効果がないようだった。皆はアンジェラを敬慕しているとはいって も、ギヴァが見せた〈カ〉の衝撃を消せるものではない。 かば 「なぜそんな男を庇うのです、アンジェラ様 ! 」 カテリナが声をはりあげる。 「襲ってきた傭兵どももその男がよびよせたのかもしれません。悪魔は災いをよびよせるもの ではないですか。第一これだけの人が死んだのですよ。これこそ災いそのものではないです か。このままならこの男はさらなる災いをもたらすかもしれません。とりかえしのつかないこ とになるまえに、この男を : : : 」 剣の切っ先をむけてきた。 「まってください、皆さん」 ギヴァは声をはりあげた。カテリナも騎士たちも息をのんで次の言葉をまった。剣を交える かのようにかまえたままだ。彼らにしてみれば、悪魔の声を受けることなのだろう。 「私はでていきますー アンジェラが目を見開いた。皆が目を見合わせる。安堵の溜息をつくものもいる。 カテリナだけは殺気のこもった視線を崩さない。 「いいんです。私はここにいるべきではありません」

7. 六人の兇王子 : サーリフの宴

「どのような女もサーリフに逆らうことはでぎません。あの香りの虜にならない女性は、まだ つぼみ 蕾のままの幼女か、枯れてしまったお年寄りだけです」 けんおかん アンジェラは嫌悪感を顔にうかべた。 「神に身を捧げた、私もですか ? 」 「たとえあなたでも逆らうことはできないでしよう」 ゆる 「神がそのようなことをお赦しになるはずがありません」 ギヴァはどう納得させたらいいか言葉を捜した。サーリフの恐怖を理解してほしかった。あ むぼう の男のまえにたっという、無謀なことを二度とさせないために。 ディオ 宴「あの男が属する教団が、別の神を奉じているとしたらどうでしようか」 「なんですって」 一「神がひとつではないとしたら。あなたの神の領域の外にあの男が存在するとしたら」 ディアロ 「それは邪神です。悪魔です」 子 兇全神経を集中させてアンジ = ラを見つめた。 えそら′」と ラ・ファミリア 人ギヴァは神も悪魔も信じていない。〈家〉で育っことによってなにもかもが絵空事にすぎ ないことを思い知らされた。 〈家〉は神の名において世界の破減を説く。正義の名において現在の世を悪と決めつける。

8. 六人の兇王子 : サーリフの宴

ごとき表情だ。 ぞうお カテリナが足をひきずりながら近づいてくる。顔には憎悪がある。歯の音がきこえるほどに 唇をかみしめている。剣でギヴァを斬る気のようだった。 「まって。まってよ」 アスカニオだ。ギヴァの背後からでて、女騎士のまえに両手をひろげて立ち塞がった。 「ギヴァが見せたカだけで悪魔呼ばわりするのはおかしいよ。ギヴァのカで皆を助けたんじゃ オしカー 拳を顔の横に握って身を沈めて、あらんかぎりの声を絞りだした。 「怪我人さえ襲ってくる傭兵のほうがよほど悪魔に近いよー 宴カテリナにつづいて剣をかまえて歩みよってくる修道会の騎士たちもいる。 ファンジェラは身をひるがえして皆にむいた。ギヴァとアスカニオを守るように両手をひろげ サ 「やめなさい。目のまえに起こったことだけに惑わされて、人を責めてはなりません」 子 兇皆の足がとまる。 人「この方が見せたカはたしかにおそましいものかもしれません。ですが、この方が私たちを救 ってくれたのですよ」 横目でギヴァを見る。 こし

9. 六人の兇王子 : サーリフの宴

150 逆に世の国々からすれば、〈家〉こそ悪魔の組織であり、〈高地文書〉こそ邪道の書だろう。 ギヴァはそこで、かたわらを見た。 自ハがとまった。 アスカニオの姿が、なかった。 「アスカニオ、だめです。離れては ! 」 ギヴァは周囲を見回して声をはりあげた。アンジェラとの問答に気をとられているうちに、 彼がいなくなっていた。 失策だ。 己に舌打ちした。 「 : : : すぐもどってくる」 遠方から声がきこえた。かなり離れたところからだ。 「だめです ! 声のほうへむかう。 「・ : ・ : アンジェラ様からもらった十字架が、馬のところにあるんだ」 ギヴァは走った。地面を滑るように駈けた。子供の足だ。兇王子の脚力をもってすれば、す ぐ追いつける。 こ、っちもんじよ

10. 六人の兇王子 : サーリフの宴

130 アンジェラは目を覚ました。 夜だった。 かたわらに寝る修道女を起こさぬようにと上半身を起こす。外套を肩からまとわせて、天 幕からでた。 せいじゃく 月明かりの下、教会の周囲は静寂につつまれていた。礼拝堂のなかで寝る怪我人、病人たち も、天幕で休む修道会の面々もいまはまどろみのなかにある。 ずきん 尼用の頭巾を頭にかける。 足を森へとむけた。 ( カテリナが見たら怒るわね ) ギヴァとアスカニオのふたりがどうしても気になった。 ディアボロ ( あの人は、ほんとうに悪魔だったのだろうか ) たしかにこの目で見た。死体が起き上がり、襲撃してきた傭兵たちと戦うのを。 ようへい マンテッロ