210 ちめいし 4 っ ヴァの剣のまえに次々と戦闘不能にされていく。アンジェラの視線を感じ、致命傷は与えなか った。腕や脚を斬り、動きをとめるだけにした。 う′」め 寸刻のうちにたっている者がいなくなり、石畳の上には横たわった兵士たちが蠢いているだ けとなった。 馬に乗り、ふたりは館へと急いだ。 厚い灰色の雲が太陽をかくしている。風が異臭を運んでくる。 赤煉瓦造りの建物の列のあいだに、モンテフィアスコーネの北側の防御線となる断崖が見え る。窓が並ぶ建造物が崖の手前にある。ギベルティ家の館だ。 「あそこに、カテリナと、アスカニオがいるのね アンジェラの問いにギヴァはうなずく。 ( サーリフもです ) ギヴァは馬をとめた。つれの女性も手綱をひく。 「ここで別れましよう。私、ひとりでいきますー 「ギヴァ殿。だめよ、そんな」 「ひとりならなんとかなるんです」 なおも言おうとするアンジェラを制した。
昨夜、サーリフの横にはべっていた女だった。 「どういうことなの」 そうはく アンジェラが蒼白な顔でギヴァを見上ける。 「あのサーリフという男がやったの ? 」 ギヴァは眉にをよせてうなずいた。 「飽きたのです。ですから : : : 」 サーリフは女を蔑みながらも女なしでは生きていけない。その能力ゆえ次々と女を乗り換え よ、つしゃ ることができる。そのくせ飽きればこうやって容赦無く捨て去る。 ギヴァに起こったのは、サーリフに対する嫌悪と憎悪だけではなかった。 宴 ( この兇王子と同類なんだ、私も ) フ人の死を悼むアンジェラの姿を見ていると、サーリフと兄弟であるという事実にいたたまれ 一なくなる。自らの手でこの女性を殺したかのような罪悪感まで起こる。 「われわれを待っているのは、こういう男なのです」 子 王 兇 の 人 いた
宴ギヴァとアスカニオは手頃な木の根元で野営した。 フ焚火をはさんで座る。 一ギヴァは足の傷の具合を調べた。痛みは完全にひいてはいないが、傷口は塞がったようだ。 常人からすれば驚異的な回復力である。 子 兇これも〈兇王子〉ゆえだ。〈骨〉を移植したのち、体質は劇的に変質した。 人 ( やはり私は人間ではない ) さだめ いくら厭わしく思おうともこの運命から逃れることはできない。 人々がギヴァを悪魔と罵倒することはしかたのないことだ。 これでいいわという呟きが、遠くでしたようにきこえた。 赤面しながら、胸にある十字架を指ではさんで見下ろした。まともにアンジェラを見ること ができなかった。 「あ、ありがとうございます」 ふたりは馬に乗った。 出発を見送るのはアンジェラだけだった。 カテリナをはしめとして、他の者たちは、安堵の表情をうかべていた。 たきび あんど ふさ
184 「奴を殺すのは簡単さ。けど、殺してしまったら、〈骨〉がもどらなくなるよ。・奴のことだ から、〈骨〉をどこかに隠しただろうからね」 〈影〉は膝をついたまま動かない。 サーリフはアスカニオのほうに歩みよってきた。 「歓迎するよ。アスカニオ」 なんの悪意もないような笑顔をむけてくる。 きしつあくぎよっそ、つ このような顔をしながら、人を殺すと平気でロにする。単純に凶悪な形相ではないゆえに、 なおいっそうの恐怖をアスカニオに感じさせる。 「さて。ギヴァはどうするだろうね」 アスカニオは歯を食いしばった。 「ギヴァは、必ず助けてくれる」 声が震えた。 「君はギヴァのおそましい力を見たんだろう。どう思った ? 怖くなかったかい。とんでもな い怪物といっしょにいたと思ったんじゃないの」 かいこんよみがえ 歯を食いしばった。一度はギヴァを置いて逃げてしまった悔恨が蘇ってくる。 「あんな怪物が助けにくると思うかい ? 黙っていると、低い笑いが形のよい唇からもれてくる。 オッソ
少年は首をふる。 「あなたは貴族として生まれた子ですからね」 声を低めて言う。 「人は、食べるために働くんです。それでも、ロに入るものは粗末なものばかりです。これで もましなほうなのですよ」 自身も料理を口に運んだ。味など気にせずかみくだく。 「ギヴァはあるの ? うなずいてみせた。 「もう十年もまえです。両親は人里離れた場所で畑を耕して暮らしていました。私も手伝いま した。指の爪を割り、手を皸だらけにして」 アスカニオは下唇をかんだ。ロ許をひきしめる。葉の上の茸と豆すべてを口に含んだ。目を つむって、一「三度かんで一気にのみこんだ。 涙ぐむ目を手でぬぐい、息をつく。 あにうえ 「姉上ね。何度も縁談があったんだ。チーボアレ従兄上がすすめにきて」 彼は火を見つめながら言った。 ギヴァは片目をしかめた。ルクレチアの従兄である野心的な公子チーボアレのことを考えれ しようちゅう ば、まともな縁談ではないはずだ。政略結婚というだけでなくスケルツツォ公国すべてを掌中 あかぎれ たがや そまっ
282 「なんで、俺がてめえらの相手をしなけりゃならねえんだよ。え、ギヴァにサーリフよ」 プリンチベ・グアイオ 「まあ、そう一言わずに、ヴァイサル。兇王子の対談をしてというお手紙があったんだからー 「なに、いい子ぶってるんだ、サーリフ、まったくらしくねえ。それに、対談だあ ? こんな の田〇芳〇の創〇伝の座談会のパクリじゃあねえか。作者の野郎がネタに困ったんだろうー 「僕は昔からいい子だよ。ねえ、ギヴァ」 「色目つかってるぜ、ギヴァ。サーリフの野郎、女たらしだけじゃあなく、モーホーのほうの 趣味もあったからな。ヴァレージが怒るわけだ。なんで、俺のまわりは変態が集まるのかねー げひん 「あいかわらず下品だなあ、ヴァイサル。もう少し品のある言い方はないのかい。人様のプラ トニックな気持ちは理解できないんだろうねえ。下半身から生まれてきたような男には」 「なんだと。変態フェロモン男がよく一一 = ロうぜ、人のことをよ」 「細菌ばらまき男に言われたくないね」 「なんだ「。 キヴァ、その目は。さっきから黙ってじーと見てやがって」 いろめ あどがき三人の兇王子・特別座談会
その者は直接ギヴァにむかうことなく、ルクレチアを襲った。 ( ルクレチア。愚かだった。私は ) その兇王子は彼女の″心〃と意識を奪っていった。 彼女のまえにたって名を呼んでも、応えはいっさいなかった。瞳は遠くを見つめたように動 かない。椅子に座ったまま意識が奪われていた。 ぼうぜん ギヴァは呆然とするしかなかった。とりかえしがっかないかもしれないと思った。なんの反 応もしなくなった彼女は、ギヴァにとって突きつけられた刃そのものだった。 そばの脇机には赤い表紙の〈高地文書〉が置かれていた。〈家〉の聖典、世界減亡の予言書 である。それは、兇王子ひとりひとりに一冊ずつ与えられたものだ。 兇王子のだれかが現れた証拠だった。 彼女は人質だった。ギヴァを呼び寄せるための。 ( 姉上のためにいってくれるんでしよう ) 、つる ルクレチアの、十三歳になる弟アスカニオの潤んだ瞳を思い出す。少年は、言葉をかけても 応えることのない姉を目の当たりにしたのち、こちらを見上げて訴えてきた。ギヴァとルクレ チアが恋仲と思い込んでいるようだった。 ( そうじゃないんだ。姉上は私を元気づけてくれただけだった ) ギヴァは泣きはじめた少年にすべてを話した。その上で言った。
166 こ、つししっ んな英雄じみたことをする柄ではないし、そんな高尚な使命感などもちあわせていません。な により、こんな醜くて酷い世界など救うのに値しないのではありませんか」 アンジェラはロ許をひきしめてギヴァの一 = ロ葉を受け止めている。 「人間たちはほんとうに救う価値があるとお思いですか。あなた方を襲った傭兵たちのように 怪我人や病人さえも襲い、争いや略奪を繰り返す連中ばかりです」 彼女は深呼吸をした。言葉を選んでいるような気がした。 「ギヴァ殿、あなたが人の醜いところを見てきたことはわかります、でも、すべての人がそう だとは隸わないで」 しんし 真摯な瞳がむいてくる。すみぎった泉を思わせる瞳だ。 ギヴァは息をとめた。純粋さに圧倒されそうだった。 以前、似たような印象を受けた記憶があった。 イエルマだ。 似ている。似てはいるが、かの公女が弱々しいものだったのに対し、この女性からは力強さ を感じる。神を心の底から信じきっているがゆえの強さなのだろう。 「皆、生まれたときから悪に手を染めていたわけではないわ。子のときは悪とは無縁で純真 だったはず。世が悪いのよ。世が人に悪を行わせる」 その世をつくったのも人間であろうと思う。 ひど あ
132 少年がささやく。 「敵です。だから油断せずに」 オンプラ 「〈影〉からきいた。女が原因でまずい立場になったそうだね。ヴァイサルではなく、僕が ともにいっておれば、そのようなことはさせなかったのに」 ビロード サーリフは身分の高そうな女を連れていた。天鵞絨の布地で作ったドレスを着ている。若い けしよう が化粧が濃く、艷がある。 おぼ 「この女は貞淑な人妻だった。それでも僕の手にかかればこうなる。快楽に溺れて、僕に可愛 がられたい一心で、夫まで殺した」 彼が顔をよせると、女は恍惚とした表情で頬に唇をあてた。 「女なんて、こんなものだよ。どんなに貞節を守る女だとて、僕の″香り〃のまえでは、こう なる」 サーリフは女に対して情というものをもっていない。その能力ゆえ女というものがすべて自 分の思い通りになるために、単なる道具としか考えられなくなっているのだ。そのくせ、〈快 はべ 楽の宗主〉の異名のとおり女をそばに侍らすのをやめることができない。自分自身の肉欲を満 たす相手をいつも手元においている。 「どんな見目麗しき姫君にも心はときめかないんだ。求めても手に入らぬものだからこそ求め てやまぬのかもしれないね。ヴァレージがうらやましかったよ。ギヴァ」 みめうるわ こ、つこっ
280 胸が痛む。息がつづかない。 ( 無理だなんて、いわない ) 最後のひとかきで黒い衣に手がとどいた。水面へと体を反転させる。 心臓が鷲みにされたように萎んだ。耳鳴りがひどくなる。 なんと光のあたる場所が遠いのだろう。苦しくとも、ロをあけはしなかった。 ( 水を飲んだら、終わりだ ) 周囲が明るくなってくる。あと少しだ。 水面に顔をだした。口を大きく開けて、喘いだ。情けない濁った声をあげて、息を吸い込ん だ。水がロに入り、咳き込んだ。鼻水がとめどもなく流れでてくる。街からあがる黒煙で上空 は覆われていたが、わずかな光に照らされる。 動かないギヴァの体を背後からささえ、顔が水面にでるようにした。肌には血の気がない。 唇は紫色だ。周囲に黒い液体が漂っている。ギヴァの血だ。腹部や肩の傷から流れでた体液が 湖水を濁らせている。その量の多さに戦慄した。 「ギヴァ ! 死なないで ! ギヴァ 応えはない。 なみだ 泪が流れでて、水や鼻水と混ざった。こんなことなどいやだった。考えたくもなかった。な ぜギヴァが傷つかねばならぬのか。アンジェラが惨い目にあわねばならぬのか。邪悪極まりな あえ むご