声 - みる会図書館


検索対象: 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談
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1. 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談

148 こうようしんじゅく はいじま 翌日、志摩を入院させ、その足では高陽と新宿で待ち合わせた。中央線で拝島ま で行き、そこから梅線に乗り換えた。終点の奥多摩に着いた時は、すでに午後 3 時をま わっていた。 「ここからバスだな。げつ、次のバスまで分からあるぜ」 時刻表を見て、勇帆がうんざりした声をあげた。 ようしゃ 夏の照りつける日差しは容赦なく二人の上に注がれる。けれど都心の気温からすれば、 す すがすが 3 度は低いだろう。見渡すかぎりの緑の山々。高く青く澄んだ空。かすかにそよぐ清々し あふ い風。ここは自然が溢れている。 もど 「戻ってジュースでも飲むか」 高陽が顎をしやくって駅を指した。 「そうだな。、渇いたよな」 あぶ 「危なかったわね、吉舎くん。大丈夫 ? 」 その声には、感情がまるきりこもっていなかった。

2. 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談

158 ) 」、つよう 「高陽 : : : 、寝たか ? ー めぐみはいりよと いさほ 恵の配慮で泊めてもらった勇と高陽は、広い客間で床に入っていた。枕元にあるラン プが小さな明かりを灯し、夜は帳を下ろしていた。 「いや : : : 、起きてる」 てんじよう 高陽の声に、勇帆は天井に視線を向けたまま話し始める。 「ここの人ってみんないい人だな。こんなところで育った母さんは優しい人だったんだと 思う。俺、他人がこんなに親身になってくれたのって初めてだから : 。うちは血が繋 がっていても争いばっかしてるから、なんか感動した」 「正直いって、僕もだ。人間もいいなって思ったよ」 「あはは。人間も : : : ね、そうかもな」 「 : : : 大丈夫か : : : ? 」 トーンを落とした高陽の声に、勇帆は体の向きを変えた。薄暗い明かりの中で、高陽が ひとつの悲しみを乗り越えて、勇帆の顔は輝いていた。 とこ つな

3. 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談

212 ふなづ 「船津。体は温まっているな」 必死になって声援を送っていた勇帆は、その言葉に振り返った。 「メンバーチェンジだ。おまえはまだデータがまわっていない。ここで巻き返す」 「はいっ ! 」 後半に入って 5 分、勇帆はコートに出た。 がんば 「頑張って ! 」 みなと 湊が、歩きだした勇帆に声をかけた。 「まかしとけってー ホイッスルが鳴って、勇帆の名がアナウンスされる。片手を高く挙げ、番をつけた勇 帆は初めて全国大会に出た。 「バシバシ打っていけよ。パス、まわすからな」 山本が背中を叩いて研する。ほかのメンバーたちも息を切らしながら、熱い視線を 送った。 「まずは 1 本 ! 」 ここち しん 声を張り上げた。体の芯から湧いてくる燃える情熱が、心地よかった。走る。パスを受 ける。スピンターンで相手をかわし、ディフェンスをかいくぐって、レイアップシュート を決める。ザシュッという、ポールがネットをくぐる音とともに、はちきれんばかりの歓

4. 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談

きず 走り寄る勇帆を、空気の風が弾いた。かまいたちの現象で、腕に一直線の傷が走った。 むいた湊の肩がびくりと揺れた。口から白い煙がゆらゆらと立ちのばった。 よりまし 「まさか : 湊を憑人に使う気かー 高陽が湊に手を伸ばそうとした。 「飃るな ! 」 その声は湊のものではなかった。聞き覚えのない女の声だった。 「なぜ、湊を使う ? 勇帆に志摩を預け、高陽は湊に向き直った。 おも 「この子は私の想いに同調してくれた : ・ ・ : 。私と同じ波長を持っている 「湊 ! しつかりしろ ! こっちを見ろ ! 俺がわかるか ? 夜勇帆の呼びかけに、ゆっくりと顔を上げた。その顔は湊ではなかった。いや、外見は湊 0 た「たが、醗し出すオーラはま「たくの別人だ「た。 狐「 : ・ : ・おまえは、誰だ : : : ? 勇帆は震えを抑えられず、志摩を抱き締めた。 かわい 「勇帆 : : : 、可愛い私の勇帆。私を忘れないで・ : ふる はじ

5. 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談

114 大きくなる。 声を出そうにも出ない。の奥に何か詰ま「ている感じだ。眼も開けられず、声も出せ ちょうかく けはいさぐ ず〕覚だけで相手の気配を探った。 突、音が止まった。 ( 誰 ? ) 不安と恐怖が体を包む。絶対に勇帆ではない。今日は早苗たちも来てはいない。この家 に誰かが入り込んでいる。 ふすま ひあせわ すっと襖を開ける音がする。気温は高いはずなのに、体じゅうに冷や汗が湧き、震えが 始まる。 ( 勇帆、勇帆。どこにいるの ? ) 精神のかぎり叫ぶ志摩の喉を冷たい指が逾う。りついた吐息が顔にかかる。 ( 勇帆 ! ) しんとう おかん 指先から冷気が体に浸透し、悪寒が走る。呼吸が苦しくなり、喉がひゆるひゆると音を たてた。そこから全身が凍っていくようだ。 あまりの寒さにぐったりとなった志摩の喉から、ようやく指が離れる。そしてその気配 は一のうちに消え去ってしまった。 さなえ ふる

6. 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談

なんどがんば こうして納一尸で頑張っている。志摩に訊いても、あるとしたら納戸しかないと言われた。 「こんな物ばっかりしか出てきやしねえ」 手にしたのは勇帆の小学校で描いた絵、習字、成績表。弘海に関するものはほとんどと いっていいほど出てこなかった。 しつまでも取っておいたって仕方ねーのに」 「俺のばっかじゃん。捨てりやいいのに、 ) せとじ ロではそう言いながら、くだらない物まで取っておいてくれた、瀬戸次と志摩の気持ち うれ が嬉しかった。母の日によせて描いた志摩の絵の裏側には、ちゃんと日付まで書いてあ る。 それにしても、なぜ弘海のものがないのだろう。大切な一人息子だったはずだ。記念に なるものは取っておくのが当然だろう。 たな 疲れを感じて寝転がろうとして、棚に頭をぶつけてしまった。 ドサドサ : 夜ぐらついた棚の上から段ボ 1 ルの箱が落ちてきた。 1 冊の本を頭のてつべんで受け、声 うめ 舞にならない呻き声をあげる。 妖「ちくしょー。瘠え : その本を蹴り飛ばそうとして、目を見張った。 「あった : : : 」

7. 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談

声があがる。 「オッケイ ! 船津、絶好調ー 部員たちはましの言葉をかけながら、素早くボジションに戻る。 ( 楽しい つな 勇帆は体じゅうで叫んでいた。父親がやっていたから、母親との繋がりがほしかったか きようらく ら、最初のきっかけはなんであれ、今自分のためにやっているバスケットは享楽だった。 そっう 個人だけではなく、チーム全体の意思の疎通でできるスポ 1 ツがこんなに楽しいものだと は思わなかった。 スリー 「スティール ! 船津、 3 いけえ ! 」 山本からパスが渡り、勇帆は得意の 3 ポイントシュートを打った。メンバーチェンジを してから 2 分で点差まで追いついた。 「いけるぞ ! まだまだ逆転できるー ほまえ 夜ガッツポーズをする勇帆を見て、湊は微笑む。たった何日間にいろいろなことがあっ 舞た。それを乗り越えて、以前の勇帆に戻っている。いや、前以上に成長している。 狐 「岡。船津は何があったんだ ? 個人プレ 1 に走りがちだったのに、ずいぶんと変わっ 妖 たな」 かんとくしんみよう 監督も神妙に、笑いながら声を出して走る勇帆を観察している。

8. 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談

132 いさま さなえそうぞう 勇帆が学校を休んで 5 日目。早苗の騒々しい訪問で目が覚めた。けたたましく呼び鈴を しま くっぬまお 鳴らし、勇帆が玄関に出る前に志摩が迎えに出て、靴を脱ぐ間も惜しいかのように大きな 声を出していた。 ゆいごんじよう 「弁護士に連絡を取ったわ。今日、遺言状を持ってくるように言ったから」 「まだ、おじいさんが死んで間もないのに、そこまでしなくても : ・ とまど ろうか しゃべ 志摩の戸惑う声が聞こえる。早苗は廊下を歩きながら喋り続ける。 ゅうちょう 「そんな悠長なことを言っていられないわ。会社は休めないんだから、早く方針をはっ きりさせないと困るのよ」 したう 勇帆はちっと舌打ちをするとべッドから起き上がり、椅子にかけてあったシャツに手を 通した。 ( 会社会社って、それがどうしたってんだ。ばあちゃんの気持ちも考えろよな ) ンを穿くと部屋を出ようとして、机の上に置いてある紙に気づいた。 」、つよう 昨夜、高陽と遅くまで話し合って決めた、今後のスケジュ 1 ルだった。 よりん

9. 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談

てくれたからね、そこの女が」 ごふ 慈子は倒れている志摩を見た。志摩が護符を剥がさなければ、この部屋にも入ってこら れなかった。結局、この家で護符が賰られているのは、志摩の部屋だけだった。 「勇帆 ! 僕に力を貸せ ! 長時間、准を乗っ取られていると、湊の身が危ない ! 」 高陽の御には汗が流れていた。胸に傷をおい、精神力もそろそろ限界に近づいているの かもしれない。 「勇帆 : 消え入るような声で呼ばれて、志摩を振り返った。呼吸困難で苦しいはずなのに、起き 上がろうとしている。 「ばあちゃんー 「私はいいから : : : 、逃げなさい 。吉舎くんを助けて : ・ なみだ 志摩の涙がこぼれ落ちた。生きてほしいという願いが込められて。 たけだけ 夜勇帆は高陽の肩に手を置いた。ゆっくりと、しかし猛々しく緑のオーラが立ちのばっ れいみよう 舞た。金色と交じり合い、霊妙な輝きを持った。 母さんと暮らしたいと思っていた。船津の家が重荷だった。だけど、じい 「俺は : ちゃんとばあちゃんを殺したいなんて思ったことはない ! 俺は二人が好きだった : : : 」 ぐれん、 引っ張られるようにして慈子は体を起こした。声のない叫びとともに紅蓮の気が二人に

10. 妖狐の舞う夜 : 霊鬼綺談

ひたひたひた ろうか 廊下から足音が近づいてくる。静かにゆっくりと、そして確実に部屋の前で止まる。 瀬戸次はかっと目を見開いた。今夜必ず来ると思っていた。そして言わなければならな いと思っていた。 ふる きようじん しかし、強靱な精神の持ち主でも体の震えは止められなかった。瀬戸次のまわりだけ となり 切り取られた空間になっているようで、隣にいる志摩の寝息さえ聞こえない ふすま 襖を開ける音がしないのに、足元で気配を感じる。 ( 立って見ている ) 痛いほど見つめる視線を避けられないとわかると、瀬戸次は体をゆっくりと起こした。 伏せていた目をそこにいるだろう者に向けて上げる。 だが、そこには誰もいなかった。ただ深い闇があるだけ。目を凝らしてもいなかった。 夜首筋の冷たい指の感触に、瀬戸次は背後を振り返る。 舞視界いつばいに広がる白い顔。耳まで裂けるロを開け、声もなく笑っていた。けれど振 こうしよ、つ 狐動で伝わる哄笑。 から 指は首に絡みつき、力を込めていく。 鼓膜は声のない哄笑で震え、体じゅうの血液が逆流していく。体全体が心臓になって鳴 こまく やみ こ