あさって 0 「船津くん・ : 明後日はもうインタ 1 ハイだよ。一緒に行かないの ? 」 せんばい 入部して先輩たちとの顔合わせの時に、「目標は全国制覇ですと言った勇帆の自信 せとじ 満々の顔を思い出した。レギュラーに選ばれているのに、瀬戸次が死んでから 1 週間も部 し。バスケをしている時が一番生き生きしていた勇帆が、それをそっ 活に顔を出していな ) ちのけで母親捜しをしている。仕方ないと思っていても、湊には夢を投げ捨てた気がして なみだ たた さび 寂しかった。自然と流れる涙を手の甲で拭って、頬をびしやりと叩いた。 「だめだめ。しつかりしろ、湊。部員は船津くんだけじゃないんだから。今はみんなのこ とを考えなきや むあっ 気合いを入れて買い足すもののメモを持ち、湊は部室を出た。夏の夕暮れの蒸し暑さを 、」かげ・きようこ 残す校庭を抜けて車道に出たところで、湊は足を止めた。プラタナスの木陰に亨子が立っ ていた。 「あなたは : 夜目の前に立った湊を認め、亨子は寂しそうに笑った。 舞「こんにちは」 「何しにきたんですか ? 船津くんはあなたを捜して奥多摩に行ってますけど」 くちょう あの夜を思い出して、湊の口調は知らず知らず荒くなる。 「奥多摩へ : ・・ : ? 」 ほお いっしょ
148 こうようしんじゅく はいじま 翌日、志摩を入院させ、その足では高陽と新宿で待ち合わせた。中央線で拝島ま で行き、そこから梅線に乗り換えた。終点の奥多摩に着いた時は、すでに午後 3 時をま わっていた。 「ここからバスだな。げつ、次のバスまで分からあるぜ」 時刻表を見て、勇帆がうんざりした声をあげた。 ようしゃ 夏の照りつける日差しは容赦なく二人の上に注がれる。けれど都心の気温からすれば、 す すがすが 3 度は低いだろう。見渡すかぎりの緑の山々。高く青く澄んだ空。かすかにそよぐ清々し あふ い風。ここは自然が溢れている。 もど 「戻ってジュースでも飲むか」 高陽が顎をしやくって駅を指した。 「そうだな。、渇いたよな」 あぶ 「危なかったわね、吉舎くん。大丈夫 ? 」 その声には、感情がまるきりこもっていなかった。
同士だった。 勇帆は照れを隠しきれないまま様子にったが、すぐに顔の筋肉を引き締めて、まっす ぐに高陽を見つめた。 「おまえに訊きたいことがある。 : : : 俺に憑いている母さんの霊って、どんなふうに見え じゅそ る ? 呪詛ってなんだ ? どうして、じいちゃんやばあちゃんに痣ができた ? 俺にはわ からないことばかりだ」 ひぎ 勇帆の質問に、べッドに腰かけ膝の上で手を組んでいた高陽は、びくりと眉を動かし 勇帆は高陽の答えを待つ。 おくたま 「勇帆、君さ、奥多摩で、生きている人間のほうが大切だって言ったよな : 本心 ? 「ああ。それが何か : : : ? 」 のろ 「この家は呪われている。これが答えだ」 「待てよ。答えになってない。俺の質問とおまえの答えと、共通点がないじゃないか」 「 : : : もし、母親が生きていると今でも思っていたとしたら ? それでも君は、母親より ばあさんを守るか ? ひとみけわ 勇帆の瞳が険しく光る。 まゆ 。それって
144 二人はきよとんとした顔で湊を見る。 「戸を見たことあるの ? あれって離婚とかして除籍したら、どこの籍に入ったか記載 されてるでしょ ? 「本当か ? 」 「たぶん。誦しくは知らないけど」 勇帆と高陽は同時に立ち上がった。 「区役所、行ってくる」 「僕もついていく」 しようがないなあと小さく笑うと、湊は手を振った。 るすばん 「私はおばあさんが心配だから、留守番してるね」 「悪いな、湊。すぐに帰ってくるから」 勇帆は居間のサイドボードの引き出しから印を出すとポケットに入れ、高陽と出て し十 / 渋区役所まで全速力で走って間分とかからなかった。少しの時間も惜しく、いらいら とうほん と待ってようやく戸籍謄本を手に入れた。 それを覗き込んだ二人は、無言で見つめ合った。 やすこ しんどう 母・船津慈子は除籍後、信藤慈子になり、東京都奥多摩に移っていた。 のぞ
110 うな 声に出さず高陽は唸った。 りよう 「俺、ずっと思っていたんだけど、母さんの生き霊じゃないかって。俺が会いたいと思っ こわ てるように、母さんも俺に会いたいと思ってるんじゃないかって。だから怖くないんじゃ ないかと : 「生き霊・ : : ・ ? 」 「そう、だから母さんを捜したいんだ。訊きたいこともあるし : しせい 姿勢を崩さず高陽は考え込む。彼の中ではある考えがまとまりつつあった。しかし、そ れは参考になる材料が少なすぎて確信が持てない。 「どうした ? 高陽。俺の話、おかしいか ? 黙り込んだ高陽を覗き込みながら勇帆は言う。 これから勇帆はどうしようと思ってるんだ ? 「とにかく信藤亨子を捜す。きっともういないだろうけど名簿の住所に行ってみようと 思ってる」 アルバムの住所録のページを開いて指をさす。奥多摩ならばたぶん実家だろう。何か手 がかりがめるかもしれない。 いっしょ 「それでさ、みがあるんだけど = ・ 一緒についてきてくれないかな ? どうもく 心細げに問う勇帆に高陽は瞠目し、そして笑いを作る。 のぞ
164 あさって 「あなたが何も教えてくれないから、ずっと学校も休んで調べているんです。明後日から インターハイなんですよ。それなのに : 「そう : 。インタ 1 ハイに出るの : : : 」 湊は亨子をねめつけた。全国大会に行くんだと、一生懸命にバスケットをしていた勇帆 にれていた。シ = ートをする勇帆が好きだ「た。それなのにこの女の出現で、勇帆は変 わってしまった。怒りが溢れて抑えきれなかった。 「船津くんの夢だったんです。中学でもに選ばれて、バスケの名門っていわれるう あなたな ちでも 1 年でレギュラーを取ったくらいなのに、あなたさえ現れなければ : : : 。 んて、あなたなんて : ・ 「・ : ・ : 少し時間をもらえるかしら : : : 。話を聞いてもらいたいの」 亨子の申し出に、湊は何も言えず立ち尽くしていた。 心からのお礼を言って奥多摩をあとにした勇帆と高陽は、その足で志摩が入院している ひろお 病院に向かった。広尾にある総合病院のかかりつけの医師に志摩の病状を訊くと、瀬戸次 の時と同じ反応をした。 「ひととおりの検査では異状がないんだよ。おじいさんと同じ症状でしよ。原因不明とい うか、我々もお手上げなんだよ」 われわれ あふ
まい、自分のに閉じこも「ていたから。 「俺たち、似てるよな : ・ いっか湊が、勇帆と高陽は似ていると言ったのを思い出し、もう一度高陽に向かって、 ままえ 枕を投げた。それをキャッチして高陽も微笑む。 「そうだな : ・ つぶや うれ 勇帆に枕を投げ返して呟いた高陽は、心なしか嬉しそうに見えた。 母親の愛情を知らないで育った子供は、その表現の仕方を誰にも習わなかったのだ。甘 さび えてはいけない、寂しくなんてないと思い込んで生きてきた。 ありかとうな : 「 : : : 俺はおまえにすごく感謝してる : ばそりと言うと、勇帆は高陽に背を向けて寝転んだ。その背を見つめ、高陽は目を細め ( 礼を言うのは僕のほうかもしれない : 奥多摩の夜は、静かに温かく二人を包んでいった。 「手がかりは掴めたかなあ : : : 」 インターハイに向けて部員たちはハ 1 ドな練習をこなし、湊は一人部室で、持っていく ものを点検していた。勇帆のロッカーにそっと頬をつけた。 おくたま ほお
ぞうすい 湊は碗に入れた雑炊を盆に載せ、勇帆に差し出した。 「ばあちゃんのぶんまで : : : ? 「たくさん食べて、早く元気になってもらわなくちゃね」 うれ きづか 湊の気遣いが心に染みて、勇帆は嬉しかった。押しつけがましくない行動が、午前中に いた早苗たちと比較してしまい、余計に深く感じてしまった。 湊の作ってくれた野菜燒めの昼食を摂った後、 3 人で今後を話し合った。 おくたま 「奥多摩まで 2 時間半と見て、駅からずいぶんあるから、ここからバスだな」 めいぼ 高陽は地図を見ながら、名簿の住所を探している。 いつ行ってみるかな ? 」 「これって一日がかりだな。どうする ? 「早いほうがいいだろ。でもばあさんを一人にするわけにはいかないか : : : 」 ゝいけど、高陽は ? 」 「いや、ばあちゃんは明日から検査入院だ。俺はいつでもし 夜「じゃあ明日でも行くか ? 「また学校ふける気かよ」 狐「明日は終業式だ。ふけたところで問題ないさ」 一一人の会話を聞きながら、黙っていた湊が口を開いた。 りえん 「船津くんのお母さんって離縁されたの ? 」 わん
めいぼの アルバムの後ろに名簿が載っている。信藤亨子の住所を確認すると、東京都奥多摩に なっていた。 「わかんねーなあ。どうすりやいいんだよ」 なんど かか ろうか ふうと一息つくと、卒業アルバムを抱えて納戸を出た。廊下はひんやりとして気持ちょ ふんいき かった。家の中は静かで薄暗く、瀬戸次がいなくなって、雰囲気がますます重く暗いもの に変わった。 なは 通りがけに志摩の部屋を見ると、よく眠っていた。今朝は一晩じゅう泣き腫らした眼を もど していた。まだ眠れるだけよかった。勇帆は足音を忍ばせて、自分の部屋に戻る。 ちょういやす 学校は弔意休みをもらっている。来週にはインタ 1 ハイが始まるというのに、ポ 1 ルに もふく りたいという気さえ起こらない。それより心を占めるのは母のこと、喪服の女性のこ 「俺は動機が不純だったからな : : : 」 つぶや 夜ばつりと呟いて、再びアルバムを開く。 「信藤亨子」 狐口に出して名前を言ってみる。自分は母親ではないと言った彼女は、弘海の同級生。だ とすれば母との接点はどこにある ? よりん 考えあぐねていると呼び鈴が鳴った。志摩が起き出さないように素早く玄関に出てみ おくたま
184 「死んだ・ : 「ええ。奥多摩に行って得た情報です。本当に知らなかったんですか ? 」 「知らなかった : : : 。絶対、勇帆を取り戻しにくると思っていたわ。私も母さんも」 ろうばい その狼狽ぶりは、本当に知らなかったことを物語っていた。心の中で、取り戻しにきた ら、勇帆を行かせればいいと思っていたのだろう。そうすれば会社も財産も自分のものに なる。 きら 「なぜ、そこまでして瀬戸次さんは慈子さんを嫌ったのでしよう ? 」 りようりよう 高陽の稜々たる声が早苗を責める。早苗だけでなく、船津家の人々に対してだったの たた さび かもしれない。母親不在の辛さや、寂しさは、高陽もずっと体の中に湛えていた。 「そうね : 、なぜかしら。父さんは誰も信じない人だったし、母さんは兄さんを取られ たのが悔しかったんじゃないの ? 「あなたは慈子さんの幸せがましかった ? 」 たばこ たいぜん 泰然としていられず、早苗は再び煙草に火をつけた。 「そうよ。それが悪い ? 私は許せなかったのよ。なんの取り柄もない貧乏な女が、幸せ A 」りら」 そうに船津家でのさばっているのが。どんな方法で兄さんを虜にしたのか知らないけど、 がまん 慈子なんかに船津を乗っ取られるのは我慢できなかった」 くちびるたんたん 冷眼を向けて、高陽の唇は淡々と追いつめゑ = ロ葉を紡ぎ出した。 くや つら